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February 22, 2018

2月22日(木)今週末の「オーディオ哲学宗教談義」は準備万端!?

昨日は、午後、ヒルズで一つ、死生観と労働観をめぐるインタビューを受けた。

その後、銀座でサウンドクリエイト。土曜日の、「オーディオ哲学宗教談義」のシーズン2初回を控えて、その打ち合わせ。黒崎氏が、ここのところ、レコードのオリジナル版にはまっていて、それと後の盤との比較などを聴かせてもらった。


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シーズン1については、『アナログ』誌で連載してくれるらしい。打ち合わせではどういう話をするかは、ほとんどふれなかったが、何しろこの談義ライブなので、それでいいだろう。どう展開するのか、こちらも楽しみだ。


February 18, 2018

2月18日(日)今更ながら国立劇場の「世界花小栗判官」を観る

遅ればせながら、録画で、1月の国立劇場「世界花小栗判官」を見た。

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正月公演ということで、派手で、その分、話としてはどうかという演目が毎年くり返されているが、今回は、割合とまとまっている気はした。ただ、役者の数が少なくて、とくに若手が何役もやり、菊五郎の活躍の場面が少なかったのが残念。

よかったのは、松緑が任された一幕。顔もいいし、立ち回りもなかなか。これだけで演じたら、歌舞伎座でもできそう。それから、菊之助、梅枝、右近の三角関係のところ。これも、もっとぐちゃぐちゃと、混乱するようにしたら、相当面白いのではないだろうか。これも、独立してやった方がいい。

やはり見に行った方がよかったと、ちょっと反省。

February 14, 2018

2月14日(水)高麗屋三代襲名は2か月目

昨日は、歌舞伎座高麗屋三代の襲名興行へ行った。

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襲名披露の演目は、昼の部が「一条大蔵譚」で、夜の部が「熊谷陣屋」と、「忠臣蔵」の7段目。ほかに、夜の部で、口上のつく「寿三代歌舞伎賑」。昼夜通しで見た。

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新幸四郎は、先月は幸四郎を襲名したように見えたが、今月は吉右衛門を襲名したかのよう。どちらかと言えば、後者で本領を発揮する役者なのかもしれない。ただし、新白鸚のような異様なプライドの高さもないし、吉右衛門のような鬱屈もない。その点では未知数というか、まだ道を見出していないようだが、先月よりも立派に見えたのはなかなか。

今月でいちばんの見ものだったのは、玉三郎のお軽。自在でお軽そのもの。これまでも見ているが、いちばんよかった。これぞ「芸の賜物」。あと、最初の「春駒祝高麗」の芝翫。踊りがすばらしい。そして、7段目の力弥をやった新染五郎。中1にしてこの色気。末恐ろしい。

とにかく、ほとんどの歌舞伎役者が終結した興行で、それは華やか。それだけでも見る価値がある。なにしろ、大蔵卿では、成瀬が秀太郎で、勘解由が歌六。これでまったく違うものになった。


February 11, 2018

2月11日(日)娘の高校入試についていく

高校入試のシーズンになった。昨日は、娘が試験を受けるので、それについていった。

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何しろ学校まで遠いし、その経路で本人も行ったことがないので、ついていくしかない。時間は早いし、郊外なので余計に寒い。ただ、土曜日ということで、電車が空いているのは大いに助かる。これがラッシュだったらと考えると、いやになる。

こちらは、仕事があるので、送り届けたところで戻ってきたが、保護者の控室もある。帰りは、同じ学校を受けた友達と一緒に帰ってきたが、乗り間違えたという。そんなわけで、明日も付き添いをしないといけない。そちらの学校は、我が家の人間はまだ誰も行ったことがない。

February 08, 2018

2月8日(木)寺島靖国氏が我が家を訪れたという事件

考えてみればそれは事件です。なにしろ、かの寺島靖国さんが我が家にお見えになったのだから。

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もちろん、遊びにきたということではなく、『Jazz Japan』誌の取材である。この雑誌には、「寺島靖国のMY ROOM MY AUDUO」という連載があり、そこに我が家のオーディオが紹介されることになったのだ。

今度閉店になる吉祥寺の『メグ』が開店したのは1970年の元旦。そのころ、私は高校の1年生で、ジャズに目覚めようとしていた。高校から吉祥寺まで歩いていくこともできたので、『メグ』と『ファンキー』にはよく通った。今回、開店のいきさつもうかがった。

取材は2時間を超え、オーディオ遍歴などを語り、3枚ほどレコードをかけた。Linnにはまっている人間を、寺島さんは「Linn党」と呼んでいるとのこと。たしかに、EXAKTになれば、他のものを入れる余地がほどんとなくなる。ともかく楽しい取材だった。


February 07, 2018

2月7日(水)ヤマギシ会についての本の校正をはじめる

ヤマギシ会についての本の初校ゲラが来ている。とにかく厚い。1日目は100頁くらいやったが、目次もあるので、もっと少ない。

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この本の原稿、最初に書き始めたのは1988年頃だ。放送教育開発センターの助教授になっていたときだが、所長が変わって、仕事がなくなり、窓際族になっていた。ならば、博士論文にしようと書き始めてみたのだが、当時は、簡単に博士号などくれなかった。

そこで、1990年に日本女子大に移ってから、紀要に最初の部分を載せた。続けて載せようと思っていたが、退職せざるを得なくなり、それで果たせなかった。

その後、断続的に書いてきたが、今回本格的に取り組んだのは2016年からのことだ。山岸巳代蔵全集など、新しい資料が相当集まったことも大きい。ヤマギシ会から資料の提供も受けた。というわけで、ようやくゲラになっているが、原稿用紙にして750枚を超える。だから、校正も大変。いつ終わるのか。


February 04, 2018

1月29日~2月3日(月~土)テレビの収録も二回あり重版が決まった本があったり見本もできたり

まるまる一週間、ブログもさぼっていた。その間、月曜日には、2月13日に放送される「教えてもらう前と後」の収録があった。テーマは政治と宗教で、後半に私が登場する。これは浅草のロケも含まれる。

テレビ収録は、金曜日にもあって、こちらはBSTBSの「諸説あり」。3月3日に放送されるが、テーマは空海。空海の謎に迫るといった内容。それとは、直接には関係しないが、『空海と最澄はどっちが偉いのか?』知恵の森文庫が重版になった。空海は映画も公開されるので、注文が増えているとのこと。

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イースト新書から出す『ジョン・レノンは、なぜ神を信じなかったのか』は見本ができた。

ほかに、土曜日からは毎月一度NHK文化センターの青山でやる「なぜ観音がいちばん多いのか」の講座の第1回がはじまった。これは、半年続く。

土曜日には、久しぶりに「歴史の文体研究会」にも出た。というわけで、いろいろあわただしい1週間だった。それにしても寒い。

January 28, 2018

1月28日(日)2月末で閉店するメグのオーディオの会に行く

昨日は、午後、ヒルズへ行って校正をする。それから、ヤマギシ会の本の校正ゲラを印刷する。相当な量で、もちかえらないことにした。

夕方吉祥寺へ。夕食を軽く食べてから、メグへ。来月で閉店するということで、おそらくこれで私が行くのは最後だろう。オーディオの会。これは、サウンドクリエイトの竹田さんに誘われてのこと。言ってみると、会の会長さんにも以前別のところで会ったことがあるし、小幡さんの親戚の坊さんにも再会した。

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それに東京新聞の記者の方が見えていて、メグ閉店にあたっての取材を受けてしまった。

ただ、その場にも来ていたが、店を受け継ぐ方がいるようで、いったん閉店したあと、再開とのこと。ただし、「寺島メグ」はなくなるわけで、1970年の開店以来、48年もの付き合いになった。寺島さんとも、まともにはじめて会話した。

私にとっては、青春の場。高校生の時に学校から歩いて吉祥寺まで通って以来のこと。忘れられない場所の一つだ。


January 23, 2018

1月23日(火)「教えてもらう前と後」のために浅草寺にロケに行ってきた

今日は朝から浅草へ。駅までの道が難儀。一応出る前に家のところは雪かきをした。

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これは、来月出演する「教えてもらう前と後」というテレビの番組のためのロケ。滝沢クリステルさんがMCをつとめる番組で、ゴールデンタイムの放送。宗教を取り上げるというので、浅草寺にロケに来た。

案内役は博多大吉さんと韓国ドラマに出たこともあるという女優さん。女優さんの方は、東京の人なのに浅草寺ははじめてとのこと。これも珍しい。浅草寺と浅草神社をめぐる。途中、浅草寺の本堂の前では、修学旅行生が大吉さんに気付いて大騒ぎ。

浅草神社では、普段は見られない神輿も見せてもらった。担ぐときには1トンになるというが、富岡八幡宮の神輿の重さが改めて実感された。あちらは、4トンと2トンを超えている。

帰りタクシーの運転手さんに、癌研では慰霊祭があるという話をうかがった。検体の場合と似ている。


January 21, 2018

1月21日(日)西部邁氏が亡くなられた

評論家の西部邁氏が亡くなられたという。しかも、多摩川に入水されての自殺とのこと。遺書の内容が発表されていないので、なぜ自ら死を選んだのかが分からないが、驚いた。

西部さんとは、オウム真理教と幸福の科学が激突した朝生などで同席したことがある。その後、編集者の友人に連れられて行った新宿のバーで、何度かお会いした。私が大学を辞めた後には、心配していただいたこともあった。

政治的な主張ということでは、その内容が難しく、実は西部さんの主張が本当はどういうものか、わかりにくいところもあるような気がする。ただ、これは、ほとんどの人が記憶していないだろうが、放送大学の初期に授業を持っておられた。その授業は、黒板を前にして、ひたすら講義するというもので、必ずしもテレビ向きとは言えないものだったが、内容は面白かった。自分のスタイルを崩さない。そんなところが、この講義に現れていた気がする。きっと、駒場でもそうした講義をやっていたのだろう。

自らが死を選ぶということに対して、それを悲惨なことととらえるか、最期まで自分の意志を貫いたととらえるか、実はそれは難しい気がする。ある意味、西部さんらしい死に方であるようにも思える。

ご冥福をお祈り申し上げたい。

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