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Recent Trackbacks

June 17, 2018

6月16・17日(土日)毛越寺の延年の舞と歌舞伎座昼の部

昨日土曜日は、国立劇場小劇場で「毛越寺延年の舞」の公演に行く。最初は、常行三昧供からはじまり興味深い。一番面白かったのは、秘儀で何を言っているかわからない「祝詞」。これは、のっとと読む。二部の方は少し単調だった。帰りがけ、半蔵門の駅で「半蔵門ミュージアム」の広告を見た。これは何か知らなかったので調べてみたら、真如苑のもので、あの運慶作大日如来などが展示されているらしい。

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今日、日曜日は歌舞伎座の昼の部へ。「お三輪」「文屋」「野晒悟助」と続く。「お三輪」は、時蔵がよかった。鱶七は松緑。考えてみるとこの芝居、長いわりに、お三輪と鱶七だけの芝居とも言える。芝翫の豆腐買い。女形だけに、先代を思い出した。

「文屋」は、何をやろうとしているのかよく分からない踊り。「野晒悟助」は、いかにも黙阿弥だが、途中が省かれているのか、よく分からなかった。菊五郎が元気なことは間違いない。

June 12, 2018

6月12日(火)小説『DOOM』の連載がはじまった

今回、キノブックスの「キノノキ」というサイトに、小説を連載することになった。

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タイトルのDOOMというのは、運命という意味で、ひいては最後の審判のことをさす。昔、日本女子大で教えていた時、研究室に、‘Doom's Day’といったタイトルの本が並んでいたことを記憶している。史学科に属していたので、それは西洋史の先生の本だった。本は皆分厚く、古く、何かそこには恐ろしいことが書かれているように思えてならなかった。

ちょうどその時代、小説の背景となるあの事件が起こった。この事件をどう描くのか、今回は新しいことにチャレンジすることとなった。

June 10, 2018

6月10日(日)歌舞伎座夜の部の「巷談宵宮雨」は富岡八幡宮の事件を思い出させて恐ろしい

昨日は歌舞伎座夜の部へ行った。演目は、「夏祭浪花鑑」と「巷談宵宮雨」の二つ。

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「夏祭」の方は、吉右衛門が孫の和史と共演するというところがちょっとしたうり。もちろん、渡辺保先生も劇評でほめているように、立派な団七だが、いくつか疑問が。一つは、鳥居前で、団七がすっかりご機嫌になるところ。あまりにそれが過ぎて、団七は根っからの善人に見えてしまう。実際には、彫り物もあからさまで、牢に入っていたわけだから、悪人のはず。吉右衛門のご機嫌ぶりは、それを微塵も感じさせない。となると、なぜまた人を殺めるのかがわからなくなる。団七の人間像がうまくとらえられていないのではなかろうか。

先日の「石切梶原」でも、吉右衛門はご機嫌ぶりを披露したが、梶原と団七では、生きている世界が違う。団七の方は、彼自身を含めて、周囲はすべてやくざ。お辰が焼き鏝を自らの頬にあてるのだって、その世界の女だから。そこらあたりが問題では。

「宵宮」は、24年ぶりの上演で、見たことがない。17代目勘三郎のやっていた役を今の芝翫がするというのは、一つの冒険かもしれないが、人間があまりに違いすぎる。18代目の勘三郎も亡くなり、この役をやれる人がいないのはわかるが、どうだろうか。

それよりも、気になったというか、恐ろしいと感じたのは、この物語が深川八幡、つまりは今の富岡八幡宮の祭りの宵宮が舞台になっているということ。富岡八幡宮の陰惨な事件があったので、当分八幡祭りを題材にした歌舞伎の上演は難しいのではないかと思ったが、歌舞伎界の考え方は常識を超えている。宗教家が親戚に金の問題で殺されるというのは、事件そのまま。見ていて、現実の事件を思い出し、怖くなった。事件も物語も怖いが、それを上演する歌舞伎も怖い。


June 03, 2018

6月3日(日)渡辺保先生の憂鬱と監修本の仕事

昨日は、NHK文化センター青山教室で、「なぜ観音がいちばん多いのか」の講座。今回は、地蔵菩薩とその他の菩薩について扱う。その前に、控室で渡辺保先生とお会いする。同じ時間に講座が開かれている。今回はつきはじめということで、7月の歌舞伎座の芝居ということになるが、まったくの新作の気配なので、どういう芝居になるか全くわからないと途方に暮れておられた。

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講座が終わってからは、六本木に出て、ミッドタウンの茅乃舎の汁やへ寄り、豚汁を食べる。もちろん、出汁がきいているわけだが、生七味というものがあった。ついでに、富士フィルムスクウェアで「林忠彦の仕事」を見る。


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ヒルズでは、監修本の原稿に手を入れる。神社100選といった内容のムックだが、選ぶにあたって、22社を最初にもってきて、以下、神宮、大社といった形で神社を選んでみた。これがなかなか落ち着きがいい。神宮と大社などにつていは、あるいはA級とB級を分けた方がいいかもしれないと思ったが、次の仕事で実現しよう。


May 31, 2018

5月31日(木)拙著『天皇は今でも仏教徒である』をもとにした見解が朝日新聞に掲載された

今日の朝日新聞で、皇室と宗教の問題が扱われている。その記事のなかで、私のコメントが紹介されている。

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実際に記者からインタビューも受けているが、主な論点は、サンガ新書『天皇は今でも仏教徒である』で述べたところ。それをもとにインタビューをされた。

他に原武史氏の見解も紹介されている。


May 30, 2018

5月30日(水)『AIを信じるか、神(アッラー)を信じるか』は明後日発売

6月1日に刊行される祥伝社新書『AIを信じるか、神(アッラー)を信じるか』の見本ができた。

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この本は、AIの提示する答えがブラックボックスに入っていて、因果関係を説明しないというところから発想されたもので、今世界に広がりつつあるイスラム教の神も同じ性格を持つことを指摘するところからはじまる。AIについては、人間の仕事を奪うかどうかといったことに関心が集まっているが、何かを決定する、評価するというところにかかわってきているだけに、これからの影響は大きい。そうしたAIを活用した社会として、意外に先進的なのは中国。中国は自由が規制され、プライバシーということがやかましく言われないので、AIの活用が容易だ。それによって、中国は、デジタルの分野で飛躍的に伸びている。私はそれを「デジタル毛沢東主義」と呼んでみた。

いったこらからの世界はどう変貌していくのか。文明論的な角度から論じたのが今回の本だ。

May 28, 2018

5月28日(月)広野真嗣『消された信仰』は宗教学の先輩宮崎賢太郎氏の見解を批判した興味深い本だった

小学館ノンフィクション大賞を受賞したという広野真嗣氏の『消された信仰ー「最後のかくれキリシタン」長崎・生月島の人々』が仮綴じ本で送られてきた。6月1日に発売になるらしい。

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この本は、一方では、生月島のかくれキリシタンの現状について取材にもとづいて報告したものだが、その一方で、かくれキリシタンのあり方に対して批判的な研究者の見解に疑問を投げかけた、宗教学的にも興味深い考察になっている。

批判の対象になっているのは、私の宗教学研究室の先輩でずっと長崎純心大学で教えてきた宮崎賢太郎氏だ。宮崎氏からはこれも最近『潜伏キリシタンは何を信じていたのか』が送られてきた。宮崎氏はカトリックの信者でもあるので、かくれキリシタンについては、その信仰のあり方を評価していない。これは昔からのことで、それで論争になったこともあった。本来かくれキリシタンは、明治になった時点でカトリックに復帰するべきだったのであり、それができないのは、信仰が変質してしまっているからだというのが、簡単に言えば、宮崎氏の論点だ。

この見方を広野氏は批判しているわけだが、一つ重要なことは、日本にキリスト教の信仰が伝えられた時、宣教師たちはどういう信仰を広めようとしたのかという点だ。現代は合理主義の時代で、とくにカトリックは第二バチカン公会議以降変わった。それまで信者には聖書を読ませなかったし、ミサはラテン語で意味が分からない。修道女も修道院のなかに閉じ込めたままだった。そこでも変わったのだから、16世紀のカトリックの信仰がいかなるものだったのか、それを本来なら検証する必要がある。だが、宮崎氏もそれは行っていない。

当時、キリスト教の信仰を伝えようにも、翻訳の問題があり、仏教用語に頼らざるを得なかった。だから、天国は「後生」と呼ばれていたようだ。少なくとも現代のようなカトリックの信仰が伝えられたわけではない。遠藤周作の小説もそうだが、現代のような信仰が伝えられたことが前提になり、そこで根本的に間違えている。

宮崎氏は、かくれキリシタンは、カトリックに改宗するとたたりが起こると恐れているとしている。そこで非合理だというわけだ。しかし、これは宮崎氏本人から直接聞いたことだが、長崎で水害が起こったとき、水が家の近くまで来たのに、自分の家がそれをまぬかれたのは、信仰によるものだと言っていた。広野氏は、これをどう思うだろうか。


May 27, 2018

5月27日(日)甥が生まれたので対面しに行ってきた

甥が生まれた。正確に言えば、妻の弟の子どもなので、義理の甥ということになる。

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生れたのは、23日なので、まだ4日しか経っていない。行ったら、すやすやと眠っていた。そのあと目覚め、ミルクなどを飲む。まだ、3000グラムもないので小さい。

すでに孫が2人いる私からすれば、甥っ子が生まれるというのは、とても珍しい話になるかもしれない。年の差婚だとそうなるが、妻の弟ももう40歳。子どもができるのが遅かった。

2018年生まれということになると、82歳まで生きれば、22世紀まで生き続けることになる。そう考えると、くらくらしてくる。


May 26, 2018

5月26日(土)Linnの超迅速対応と久しぶりの更科堀井

一昨日の夜、オーディオを立ち上げたら、向かって右のスピーカーから音がでない。しかも、スピーカーはスタンドの上におかれているわけだが、スタンドのスピーカーを支える台のところが、熱くなっている。これは異変ということで、Sound Createに連絡してみると、Lanケーブルを交換して試してみてほしいと言われる。それは試したが、とりあえず電源を落として昨日の朝にもう一度。今度は、両方のスピーカーから音が出ない。スピーカーについてはテストができるのだが、左からは音が出ても、右からは出ない。

そこで、午後にLinnのスタッフに来てもらい、結局、スタンドを交換することになった。通常なら、時間がかかるはずのことなのに、たまたまKatalyst化されたスタンドがあったという、その場で交換してもらう。これで無事に音が出るようになった。たまたま納品があったということも重なり、驚きべき迅速な対応になった。Linnの製品、10年くらい使っているが、今まで一度も問題はなかった。こういうのは珍しいとのこと。

午後は、ヒルズへ行き、敬語関係の難しい論文に目を通す。その後、娘と「更科堀井」へ。実に久しぶり。

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やはりここはうまい。満足して帰るが、乃木坂まで歩いたので、しんどかった。何しろ、ずっとのぼりが続く。

May 25, 2018

5月25日(金)『もう親を捨てるしかない』の韓国語版が出た

幻冬舎新書から出した『もう親を捨てるしかない』が韓国語訳された。5月8日に発売されたようだ。

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私の本の韓国語訳が出るのは、2冊目。1冊目は『人はひとりで死ぬ』だった。ちょうど3.11の直前に出たもので、それで韓国からも取材を受けたように記憶している。

二つの本には共通点がありそうだ。都市化のなかで、家族関係が変化してくるのは韓国も共通していることだろう。それをどのようにとらえ、受け入れていけばいいのか。そうした問題を扱ったものに、韓国から注目が集まるらしい。翻訳でもその問題を論じた本が読みたいというのは、韓国ではまだ分析が進んでいないからだろうか。注目されるところだ。

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