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December 2004

December 31, 2004

12月31日(金)

『不安との対話』を直す。大晦日に仕事があるのは、嬉しいやら悲しいやら。新年は3日からは仕事をしなければならないだろう。

また、雪が降る。雪のなかを、練馬の実家へ。その社中で、海老蔵のポスターと出会う。

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父も元気そうで、よかった。どうも夏の期間の方がよくないきがする。80を超えているのだから、仕方がないだろう。

紅白、マスケンサンバだけ見る。松平健と同い年と知ってから、親しみを感じるようになった。

December 30, 2004

12月30日(木)

『不安』の文章に手を入れる。元のスタイルを生かしながらやってみることにした。全面的に変えてしまうより、対話の雰囲気を残したほうがいい気がしてきた。このままいけば、なんとかなるかもしれない。

仕事に少しめどがたったので、京王プラザで開かれている年末謝恩会に行ってみる。要するに、バーゲン。伊勢丹のiカードから知らせをもらったが、行ってみると、ほかの経路でも人が来ているように感じられた。かなりの数の人。太ってしまって、これまでのズボンが入らなくなったので、まずズボンを一本買う。特急で裾直しをしてもらっている間に、まわってみる。お目当てのチェスターバリーのところに行くと、信じられないくらい軽くて肌触りのいいカシミアのハーフコートがあった。グレーというか、クリームというか、薄手の感じのものと、ブルーのものとを着比べてみるが、けっきょく、おもしろみと値段で、前者を選ぶことにした。これなら、セーターでもジャケットでも大丈夫。ほかに皮の手袋などを買う。

経堂に戻って、床屋へ。年末なので混んでいるかと思ったが、誰も客がいなかった。昨日のほうが混んでいたらしい。明日も雪の予報なので、皆年末の買い物に行っているのだろうか。最後までほかの客はこなかった。世間話をして、最後はなぜか架空口座の話になった。床屋もペイオフに備えているらしい。外に出ると、剃ってもらった風がつめたい。明日の天気はどうなるのだろうか。昨日の雪で自転車置き場の前が凍っていた。一番これが困る。雪かきする人があまりいない。本当に降ったら、しなくてはならないだろう。なぜかうちには雪かき用のスコップがある。

December 29, 2004

12月29日(水)

東京に初雪が降る。暖冬傾向だったので、ここのところの寒さが余計寒く感じる。たくさん雪が降ると、雪かきをする人が案外少ないので、困ったことになる。積もったら、自発的に雪かきをするしかない。

来年の仕事に手をつける。先日語ったものに手を入れることになるが、なかなかうまくいかない。話の筋はいいように思うが、話した部分を生かそうとするとどうも無理が出てくる。1日やって、満足できない。あるいは、もっと大胆に手をいれてしまった方が、けっきょくは楽なのかもしれない。話は話、原稿は原稿と割り切るべきか。

オフィシャルブログのほうで、今年の歌舞伎を回顧してみる。生の舞台はそれほどたくさん見ているわけではないが、印象に残っているものと残っていないものとやはり両方ある。意外なものが頭に残っていたりして、そこがおもしろい。

ここのところ、衛星放送で「冬のソナタ」をやっているので、HDDに録画しつつみている。純愛と言われるが、果たしてそんな作品なのだろうか。途中から見たせいもあるが、展開が妙な方向に進んでいる。音楽の入れ方など、編集がむちゃくちゃ。もし日本のテレビ局でこんなドラマを作ったら、ディレクターは即刻首だろう。チェ・ジュウは、やはり素敵だとは思うが、泣きすぎる。ヨン様は、ドラマではまったくおもしろくない。本物のほうが、魅力的な気がする。いったいどうなるのか。NHKのホームページを見れば、どういう展開かわかるが、そうなると見なくなるので、やめる。韓国では受けなかったとも聞くが、そもそも韓国ドラマというのはどうなのだろう。その質には疑問を感じる。

December 28, 2004

12月28日(火)

『寺門興隆』の連載原稿を書く。もう16回目になる。だいたいできた。一応、これで今年の仕事納めということにする。実は、明日から来年の仕事をはじめなければならない。まあ、来年のツアーの開幕戦を今年のうちにしてしまった男子ゴルフのような感じ。そうしないと締め切りに間に合いそうにない。

仕事納めを記念して、勝ってあった黒毛和牛のステーキを食べる。霜降りのサーロインで上等だが、少し油分が多いかもしれない。最近は、牛の識別ができるようになっていて、検索してみると、平成14年2月8日生まれの雄とわかる。そのあとに、去勢と書かれていたのが、なんとも複雑。個体識別ができるとは、ずいぶん時代も変わったものだ。そのうち、人間の方もそうなるのだろうか。それとももうなっている? まるでSFの世界だ。

December 27, 2004

12月27日(月)

津波の恐ろしさを改めて知った。想像を絶する被害が出ているようだ。

プリンターが届く。DVDに比較して、設定が意外と楽。それも、コンピュータと連動し、インストールがCD−ROM一枚で出来てしまうためだろう。おまかせでインストールできたので、問題が起きなかった。さっそく、遅れていた年賀状を印刷する。毎年、枚数が増えていって、大変。郵便局で、280枚でいいか、それとも300枚買うべきかを迷った。けっきょく、280枚にしたが、印刷してみて、残りが案外少なかった。これは、もう少しいるかもしれない。プリンター両面印刷ができるのだが、やりかたが分からず、結局片面ずつ印刷する。表を印刷する段階になって、やり方がわかったが後のまつり。

DVDの方は、設定が終わってみると、やはり相当に便利。まだ、わからないところが多々あるが、いくつもの番組を録画予約するのがひどく簡単。ありがたい。これでは、元には戻れない。とくにスカパーと連動しているのが助かる。これまでは、スイッチングしていたからなおさらだ。

December 26, 2004

12月26日(日)

風邪はだいぶよくなる。午前中、ヤマダ電機へ。キャノンの複合プリンターと、東芝のHDD・DVDレコーダーを買う。プリンターは大きいので配送を頼み、レコーダーのほうは自転車で運んできた。

午後は、HDD・DVDレコーダーの設定をする。それがとても大変。接続も面倒だし、レコーダーのほうの設定やら操作やら、相当に面倒で難しい。東芝のレコーダーの中では、フラッグシップモデルのRD-X5だからなのか、午後いっぱいかかって、ようやく録画ができるようになった。途中テレビの画面がおかしくなったり、連動しているはずのスカパーの画面に縦じまがあらわれたりと、いろいろ困った場面にも遭遇し、相当に時間がかかった。夜になって、なんとか使えるようになった気がするが、まだ全貌がつかめない。便利になっている分、ひどくややこしくなっている。こういう機械、普通の人は使えるものだろうか。かなり疑問。コンピュータの設定も面倒だが、それ以上に大変という気もする。

明日はプリンターが来るはずだが、そっちはどうだろう。何しろ、年賀状はまだまったく手付かず。原稿もあるし、年末は大変。

December 25, 2004

12月25日(土)

風邪はだいぶ回復した気がする。9時に起き、掃除もした。3食食べられたので、もう大丈夫だろうか。ただ、近くにパンを買いに行ったり、水汲みにとどめた。まだ咳が出る。

コンビニで、最近買っている雑誌『ジェントリー』の最新号を見かける。創刊されてから3号続けて買ったけれど、だんだん薄くなっているし、内容もあまり興味を引くものではないので、とりあえず買うのはやめておく。そういえば、新聞広告もなかった。あまり売れなかったのだろうか。このごろ、雑誌を買い始めて、3号くらいでやめてしまうというパターンが続いている。その雑誌のカラーがわかってしまうと、興味がわかなくなるのはどうしてだろうか。雑誌のせいか、自分のせいか。『ステレオサウンド』は4号続けて買っているが、今回はグランプリということもあって、少し買うかどうかためらった。オーディオの世界の大体の傾向がわかったためだろうか。買い続けられる雑誌というのは、以外にないものだ。

December 24, 2004

12月24日(金)

クリスマス・イブも風邪。1時過ぎまで寝ている。

それでも、トランスビューから頼まれていた小冊子への原稿、およそ3枚分を書く。最近、少し締め切りがルーズなので、ここらで引き締めておこうと考えた。なんとか書いて送る。原稿書きには、それほど影響はなかった。

December 23, 2004

12月23日(木)

天皇誕生日。やはり風邪。久しぶりだ。昨年大病をしてから、いつ風邪を引くことになるのだろうかと、なかば期待していたが、ようやく引いた。からだというのは、本当に弱っていると風邪も引けない気がする。この風邪が、野口整体流に言えば、無事経過すれば、からだの方も整ってくるのかもしれない。まあ、年末のいい時期の風邪の気がする。


ようやく『厄年』の原稿を書き終わり、編集者に送る。最後、うまい落ちがついてそこは満足。あとは編集者が作ってくれる部分に期待しよう。

December 22, 2004

12月22日(水)

朝から結構あわただしい一日。『厄年』の原稿を10数枚書く。おと1日で一応最後まで行く予定。その間に、食器洗い乾燥機の見積もりにきたり、洗濯機が届いたりする。

洗濯機、いろいろ機能があるのでなれないといけないようだが、一応試しに洗濯してみる。木綿のワイシャツはたしかに説明書にも書かれているとおり、しわになるが、全体にふわふわに仕上がっている。今までの洗濯とはまるで違う感触。これが進化というものかと実感する。

午後から『コスモポリタン』の取材で、ライターの中沢さんがカメラマンと訪れる。外で撮影。取材の内容は、産み時という話。私が男性の代表になってしまうらしい。たまたま、届いた『アエラ』を開くと、中沢さんが書いた記事があった。なるほど、文章と人物が完全に一致している感じがした。

その後、新潮新書の三重編集長と担当の後藤さんに近くのカフェに来ていただき、渡した『オウム真理教事件』の原稿について検討。その結果、とりあえずペンディングということになる。もう一度考え直して見なければならないが、自分でもなぜ書きにくかったのか、その原因がだんだん明らかになってきたように思った。

December 21, 2004

12月21日(火)

やはり風邪を引いたようだ。それほど重くはないが、鼻水がでるし、熱も出たりしている感じがする。それでも、今日は、中央公論社に行って、ラクレから来年出す『会議はもめた方がいい』の原稿のために、3時間半以上ぶっ続けで話をする。編集者の岡田氏と一対一だが、とことん納得してもらうまで話をした。それがこの本のテーマでもある。思わぬ方向に話が進んだところもあって、いい線行ったように思う。

終わってから、部長の横手氏を交えて簡単に食事をする。お土産に、森博嗣の『庭園鉄道』2冊をもらう。それから、柄のところが壊れた果物ナイフ、木屋に修理に出すため、日本橋に寄る。直しは2月3月までかかるらしい。

それから、ソマードへ。久しぶりに社長の加藤氏と会う。本も出て、職場に活気があった。インターネットデパートのシステムを作ったとのことで、見せてもらったが、買った商品の画像が買い物かごのなかに出るようになっているところが新鮮。システム自体を販売したりレンタルするという。つまり、楽天とかヤフー・ショッピングをそのまま自分でやれるということになる。これは、すごい。ご馳走になり、みわたす手帖の来年のをいただいて帰る。

文教堂で、ステレオサウンドの最新号を買う。

December 20, 2004

12月20日(月)

朝ちょっと目が覚めたとき、のどがおかしい感じがして、焦る。風邪を引いたのではないかと思ったが、うがいをし、もう少し寝て起きてみると、さほどでもなかった。今倒れるわけにもいかない。

朝から晩まで、『オウム真理教事件』の直しを続ける。なんとか今日中に終わらせようと頑張った。なんとか終わりまで行き、編集者にメールした。疲れたが、これだけやり続けると、少しハイになってくる。頭の中はぐちゃぐちゃのような気もするが、ものすごく疲れているという感じではない。ちょっと酷使している気もする。

そんなわけで、今日はこれにてお開き。

December 19, 2004

12月19日(日)

朝、洗濯、掃除、風呂掃除。さすがに今日は疲れ気味なので、あまり仕事はしなかった。ここで無理をすると、来週だめになる気がする。『オウム真理教事件』の次の章の内容だけ考える。ぜんぜんこれまでと違うものになりそう。

午後買い物。OXストアーに寄るが、上の本屋に「ステレオサウンド」がまだ入っていなかった。入れるのをやめたのだろうか。とっくにほかの本屋には並んでいるのに。少しオーディオ熱がさめている。もしかして、視聴会に行ったせいだろうか。

家事の合理化について、あとはもしかして必要なのは掃除ロボットだろうか。調べてみると、まともそうなのは東芝で売っているヨーロッパ製だけのようだ。20万もする。松下も開発中で、来年には発売されるという情報もあった。大量にセンサーがついていて、きめ細かにうごくようだ。試作機は2年前にできているらしい。ただ、売値は50万くらいになるようだ。それでも買う人はいるだろうが、誰でも買える値段ではない。ただ、こうした家電が発達することで、家事から解放されていく可能性があるわけで、未来小説の世界がだんだん現実化しているように思える。あと、アウトソーシングを使えば、かなり楽になりそう。あるいは、家事ということの負担が小さくなれば、結婚を考える若い人も増えるかもしれない。

December 18, 2004

12月18日(土)

通常なら、土日仕事をしないようにしているが、そうも言っていられない。今日も『オウム真理教事件』の直しをする。第4章を直し終えた。ここまでで、第2稿よりも頁数を費やしているので、あと2章ではなく、1章になるかもしれない。全体をどうしめるか。あと一頑張り。


夕方、ヤマダ電機の東京本店に寄ってみる。売値を確認しようというつもりで行ったのだが、思ったよりも安かったので、乾燥機付き洗濯機と食器洗い乾燥機を買ってしまった。ボーナスもないのに、夏のボーナス一括ばらいにする。その分、がんばって仕事をしなければならない。でもこれで、洗濯物干しと皿洗いから解放されることになるだろう。仕事が忙しくなると、そう家事に時間を費やしているわけにもいかない気になってくる。しかし、世の中随分と便利になったものだ。今回はどちらもナショナルの製品にしたが、いろいろ情報を集めて比較した結果、ナショナルしかないという結論に達した。他のメーカーとはどうも一線を画している気がする。

本屋で、折口信夫の『かぶき讃』が出ていたので、買った。折口の歌舞伎についての文章はあまり読んだことがないがどうだろうか。折口独特の見方があるのだろう。仙川で出雲牛の焼き肉を食べ、コーヒーを飲む。ビールを飲んでいて、コップを割ってしまった。仕事が立て込んでキーボードを打ち続けていると、そういうことが起こりやすくなる。注意が必要だが、なんともならないかもしれない。珈琲屋はレトロな雰囲気で落ち着けた。

12月17日(金)

この2日間、7時起き。8時半くらいから仕事をするとかなり午前中はかどる。今日は、『オウム真理教事件』の直しをする。4章、全面的に改めた。少し筋が見えてきた気がする。


午後から、福神研究所の日蓮遺文勉強会に。今やっている「顕謗法鈔」なんだかおもしろくない。先生の講義が終わってから、思い切ってそう言ってみる。先生も笑っていた。これは、日蓮が伊豆に流されていたときの遺文だが、論敵がはっきりしていなくて、全体に散漫。日蓮らしい、すかっとした論理の展開がない。まあ、あと一回だから、次に期待しよう。

勉強会が終わってから、忘年会。渋谷のヒラルへ。10数名の参加があってにぎやか。はじめて話をする人もあって、おもしろかった。ソマードの佐藤秀一君も来ていた。彼と会うのは、去年入院していたとき以来。社長の加藤さんが最近出した本などをもらう。今年中に一度寄ると約束。

December 16, 2004

12月16日(木)

ひたすら仕事。今日は、『厄年』の原稿を25枚書いた。4時間ふるにかかった。頭が疲れる。これで一応の目処がたった。あと1日半あればできるだろう。

夕方歯医者。型をとった歯ができた。これで、一応治療は完了。年が越せる。あとは、月一度のケアだけ。病院もそうだが、毎月通うというのは安心感につながる気がする。せっとと歯を磨くことにしよう。

ネットで賃貸マンションを探してみる。ここにはもう7年も住んでいるので、移ってもいいような気がするが、なかなか条件が難しい。最近は、かなり高級な賃貸マンションがあるようで、設備やサービスも整っているようだが、場所によって賃料がものすごく違う。少し外れていないととても無理という感じだが、ホテル並みのサービスのあるところなどどうだろうか。最低、ごみは24時間いつでも出せるというのがいい。今は年始年末を除いて、ほぼそれが可能なので、こうではなくなるとひどく困る気がする。慣れはおそろしい。

December 15, 2004

12月15日(水)

『オウム真理教事件』の直しを続ける。今日は、なんだか眠くて、はかどらない。一昨日直した部分をさらに直す。次の章は手をつけるが、これではだめだと思い、構成を考え直すことにした。

3時過ぎに、セレクトに昨日頼んでおいたジャマイカプレミアムをとりにいく。前は、自分で焙煎していたけれど、最近は面倒になったやめてしまった。豆を煎るという作業は悪いものではないけれど、かなり時間がかかる。仕事が立て込んでいる今では、少し無理。気分転換も必要だが。

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入ったコーヒーを柳宗理のマグカップに入れて飲む。このカップでコーヒーはあまり飲んでいない。表面のつるつるした感じがなかなかよい。もうひとつくらいあっても便利かもしれない。そんなところに、カードのポイントサービスで注文していた、やはり柳のティースプーンとフォークが届く。明日からでも使ってみることにしよう。だんだん、柳化が進んでいる。次は、やかんだろうか。

December 14, 2004

12月14日(火)

とにかく仕事。『厄年』の原稿を20枚ほど書く。これで、140枚になった。あと60枚。もう一頑張りだが、約束した18日までに仕上がるかどうか疑問。

仕事で使っているスティールケースという海外メーカーのセンサーという椅子のカバーが破れてしまったので、代理店のくろがね工作所に連絡し、来てもらう。あまり家庭用には出していないようで、くろがねの人もとまどい気味。どの種類かをたしかめて、帰っていった。見積もりを出してくれるらしい。カタログをもらったが、そこには、10数年前に買ったセンサー・シリーズの椅子が、今でも売られているのを発見する。値段は変わっていないように思えた。ロングセラーだという。たしかにいい椅子で、張り替えに少し金がかかっても使い続けたいと思う。色は気分一審で変えようかと考える。

3時にコーヒーを飲んで、経堂の街へ。本屋で『ACT4』という雑誌を探すが、バックナンバーしかなく、最新号はないとのこと。どうもかなり特殊な雑誌らしい。あと二軒ほど寄ってみるが、やはりない。

セレクトを通りかかり、コーヒーが切れかかっていたのを思いだし、注文する。その際に、前回はブレンドしようと思って買ったけれど、けっきょくストレートの方がおいしい気がしたという話をしたら、豆がよくて、入れ方も丁寧だと、そう感じるだろうとの話。コーヒーメーカーで入れるとか、あまり丁寧ではなくどばっと湯を注いで入れたりするには、どうもブレンドの方がいいようだが、湯の温度や蒸らし方などに注意しながらいれるなら、ストレートの方がいいらしい。勉強になった。ブルーマウンテンの弟分と書かれていたジャマイカの豆を予約する。明日取りに行くことにする。

December 13, 2004

12月13日(月)

『オウム真理教事件』の直しをする。3章がだいたい終わった。かなり刈り込んで、整理したので、すっきりしたのではないかと思う。事件の謎が、自分のなかではかなりなくなってきた気がする。

3時半から、駅前のいまあじゅで筑摩の石島さんと、不安の本についての打ち合わせ。けっこう最初に雑談をしてしまったので、時間がかかった。話したのを起こしてもらったのが、ちょうど200枚分ある。これをふくらませて、新書一冊分にすることになる。一応、話の筋が取っているので、きったりはったりはしないことにする。はじめ方と終わり方についてもだいたい決まった。あとは作業をするだけだが、年末から正月明け、しばらくかかりそう。

帰りに白洋舎でシャツをうけとる。明日でき上がり予定のジャケットもできていた。セールがあるようだ。『中央公論』から、座談会の原稿が届く。たぶん、そんなに手を入れる必要はないだろう。助かる。

December 12, 2004

12月12日(日)

日曜なので、仕事は休み。朝掃除。

朝刊折込のタウン誌を見ていたら、下北沢シネマアートンで、羽田澄子監督「歌舞伎役者 片岡仁左衛門 孫右衛門の巻」をやっているという広告を見つけ、出かけてみることにした。この映画のことは昔聞いていたが、すっかり忘れていた。本来は、何編にも及ぶ長編のはず。シネマアートンに行くのもはじめて。

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孫右衛門は、「新口村」に登場する「封印切」の忠兵衛の父親。平成元年10月の歌舞伎座で、先代の仁左衛門がこの役をやるときのインタビュー、稽古風景、実際の舞台で構成されている。ドキュメンタリー映画としては、焦点が定まっていない気がしたが、舞台がすごかった。もうこのときは、目がほとんど見えなかったというが、その気迫、情は、86歳という年齢ゆえのことだろう。映画が終わると、撮影の翌日の舞台では、花道から落ちたが、最後までつとめたというテロップが出た。役者の性根のすごさを感じさせた。

映画が終わって、少し下北沢の街を歩いたが、人ばかりですぐにいやになり帰ることにする。小田急線、ダイヤが改正されて、経堂は格段に便利になった。ありがたいことだ。あとは、下北沢周辺の工事が終われば、さまざまな懸案が解決されるのだろうが、完成は10年後とのこと。それまで、経堂に住んでいるだろうか。

December 11, 2004

12月11日(土)

普段なら、土日は仕事を休むが、今はそうもいっていられない。『厄年』の原稿を続ける。全体で120枚を超えた。あと80枚。『オウム真理教事件』の方も、次の章を簡単に組み替えてみた。月曜に直すことにする。さすがに明日は休んだほうがいいだろう。

昨年亡くなった、私の先輩で上司だった阿部美哉先生の遺著『宗教学と大学研究』が届く。自費出版で750ページを超える大著になっている。もう亡くなってから1年が経ったことになる。まだ63歳だった。いろいろしたいこともあっただろうに。運命の過酷さを思う。

December 10, 2004

12月10日(金)

今日は『厄年』の原稿を書く。なんとか20枚までいく。これで、全体の半分を少しこえたくらいだろう。まだ、がんばらなくてはならない。

仕事が終わってから、auショップへ。機種変更する前の電話から、新しい電話に写真を写してもらう。30分だか40分かかるというので、最近できたフレッシュネスバーガーへ行き、時間をつぶす。バナナケーキはうまかったが、コーヒーはいまいち。ファストフードでは致し方ないか。

電話を受け取って、ダイソーとOXストアーへ。今日は、袖エプロンとでもいうのだろうか、髭剃りをするときや水洗いをするときに袖が濡れないようになるものはないかと探してみたが、見つからなかった。たしか割烹着の先だけのようなものがあるように思うがどちらにも売っていなかった。そういうものを世の中の人は必要としていないのだろうか。よくテレビコマーシャルなどでは、上半身裸の男性が髭剃りをしているが、必ずしもそんな格好で髭をそるわけではない。今までただ袖をまくっていたが、皆どうしているのだろうか。うまい解決策はありやなしや。

夜はすずきの魚すき。久しぶりにビールを飲む。

南座は、久しぶりの日本での成田屋親子競演でもりあがっているらしい。行かないことにしたのを少し後悔している。

December 09, 2004

12月9日(木)

『オウム真理教事件』の直しをする。今日はかなりがんばった。第2章が終わるまでやったので、4時過ぎまでかかった。なんだかハイな気分になった。

それから歯医者へ。久しぶりに治療らしい治療をした。型をとって終わったが、あることに気づく。以前は、そうした治療をされると、喉が反応し、そのたびに治療を中断してもらわなければならなかったが、今日はほとんどそれがなかった。以前の状態は、やはり甲状腺の亢進と関係があったように思う。あれは、病気の兆候だったのだろう。今になってそう思う。ほかにも、それほどたいしたことではないが、同じようになくなったことがある。みな、ささいなことなので見逃してしまうが、何か少しでも変だと思ったら、治療を受けることを考える必要がありそうだ。からだというのは、改めて正直なものだと思う。

アメリカの知人からバーバリーのネクタイなどを贈られる。私自身のものや、桐野夏生さんの本を送ったお礼だという。なかなか素敵で気に入った。近々してみようと思う。

December 08, 2004

12月8日(水)

今日は、『厄年』の原稿を書く。締め切りがほぼ同じなので、『オウム真理教事件』の直しと交互にやることにしている。あまりこうしたやり方をしたことがない。今日は、前の章の直しをし、それから書き始めたので、13枚で力が尽きた。

今、欲しいもののリストを作ってみた。けっこうある。全部買ったら、大変なことになってしまうが、とりあえず書き出してみると、自分の欲望の所在がわかる気がした。食器洗い乾燥機など、情報を集めているが、一度つかったらやめられないという声が多い。皿洗いをしながら、この作業から解放されたいと正直思ってしまった。たとえ皿でも、きれいにしておくのはかなり大変なことなのかもしれない。とりあえず、生活の合理化や部屋の整備に役立つものから買っていきたい。

今日は、ごく近くにしか外出しなかった。枕干し、十分に実用性があった。この前もダイソーで、バスタオル干しを買った。これは探していたわけではなく、見かけたので買ったのだが、こういう必要だと思うけれど、果たして売っているのだろうかという商品を売っているところが、100円ショップの強みかもしれない。恐るべし。

December 07, 2004

12月7日(火)

『オウム真理教事件』の最終稿の仕上げに入る。はじめにと第1章、それに第2章の途中まで終わる。

頭が働かなくなったところで、散歩がてら古本屋に。『福神』が2冊売られていた。めずらしい。ほかに、めぼしいものはない。

これまで気になっていた注文家具の店に入ってみる。100万円近いテレビボードなどが見本として展示されていた。こういうものが欲しいと希望を言えば、それを叶えてくれるらしい。とりあえず、バッグ入れを兼ねた電話台が欲しいと思ったが、少し考えてみることにする。探していた木の靴べらもあった。吊るすものと、スタンドがついた立て掛けるものと、どちらがいいだろう。

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ダイソーへ行くと、やはり枕干しを売っていた。少しやわな気もするが、なにしろ100円なので、買ってみる。

December 06, 2004

12月6日(月)

朝から『厄年』の原稿を書く。20枚書いたので、およそ80枚になった。あとで手を入れる必要はあるが、これであと120枚の予定。

午後から、近くの歯科へ定期健診。ようやく歯の磨き残しについて何も言われなかった。ただ、以前別の歯科で治療してもらった部分、虫歯ができていて、それをやり直すことになった。年明けでもいいと言われたが、やはりすっきりして新年を迎えたい。2,3回で治療は終わるとのこと。

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携帯を替えてはじめて、ナビウォークを使ってみる。早くて、軽快なのにびっくり。カーナビと同じように、次々とナビゲーションしてくれる。これなら、道に迷うことはないだろう。前のナビは、あまり役に立たなかったが、今回のはすごい。十分実用的。また、携帯の進歩を再認識する。

OXストアーで買った富山産豆アジを唐揚げにする。二度揚げしたが、やはり骨が少し硬い。もう少し揚げたほうがよかった気がする。ヤマギシのカボチャがうまい。まさに栗カボチャ。

December 05, 2004

12月5日(日)

昨夜から朝にかけて、大雨と大風だったらしい。なんだか、寝ている間のことで、起きるまで気づかなかった。マンションの玄関あたりには、落ち葉が散乱し、自転車置き場の自転車も半分倒れていたので、かなり風は強かったらしい。日中は、あやうく夏日になるところだった。暖冬にもほどがある。

日曜ということで完全に休み。午後、ラグビーの早明戦を見る。親の影響で、実は子どもの頃からラグビーだけは早稲田のファン。強いのはいいが、明治が早稲田に力負けし、スクラムで押されるは、モールで押されるはにはびっくり。これまでそんなことはなかったはず。試合としてまるで面白くない。昔の早明戦の醍醐味がまったく感じられない。明治、なんとかするべきだ。

昼食に、ブルチーニ茸のパスタ。夕食にホイコーローを作る。パスタはよくできた。ホイコーローは、ばら肉ではなく、肩ロースを使ったのがよくなかった。まずくはないが、ホイコーロー独特の味が出なかった。ばら肉の威力を痛感する。

夜、パンを買い忘れたのに気づき、OXストアーへ。11時近くまでやっているのがありがたい。帰りがけ、床屋の主人とばったり、声をかけられる。

IP電話は無事使えるようになった。明日から2週間、仕事に没頭しないと年が越せない。

December 04, 2004

12月4日(土)

朝、掃除、洗濯など。

午後、経堂へ。昨日OXストアーで買った、輸入物のチョコレート、賞味期限が切れていた。どうしたことだろうか。そういえば、昨日かますを買ったときも値段が間違っていた。もしかしたらスーパーのシステムに問題があるのか。チョコレートを交換してもらう。担当者が恐縮していたので、それ以上は何も言わなかった。

昨日、今日と郵便物が多い。年賀状欠礼のはがきも入るようになった。子供を亡くしたという知らせは、こちらもつらい。

IP電話の番号をもらったのだが、こちらからかけるとかからないので、問い合わせをする。設定も機器も異常がなく、時間がかかりそうな気配だったが、結局、手続き上の問題でかからなかったらしい。こちらにはかかってきるという謎も解けた。明日には開通しそう。KDDI系の電話にはただでかけられるようになる。最終的にはどこへかけても無料になるのだろうか。電話会社もほかで儲けなければならないのだろう。

December 03, 2004

12月3日(金)

連載の原稿をようやく書き上げる。一応の締め切りから1日遅れで、メールする。年末進行とかで、締め切りがいつもより早かった。この分だと年明け早々に締め切りか。それとも年内?

午後、コーヒーを入れてから、経堂へ。白洋舎にスポーツシャツと、ワイシャツを出す。OXストアーで、枕を干すためのものはないかと聞いたが、あつかってないとのこと。ただ、そうした製品はあると言われた。帰ってネットで調べると、実際にあるようだが、どうなのだろう。針金ハンガーを使った枕干しのアイディアもあった。それなら簡単なので、当座はそれで済ませようかと思う。

雑誌『Tokio Style』を買う。2度目。金沢で出ている東京の雑誌。そこが他の雑誌とは違う。それを東京の人間が読むというのは、なんだか不思議な感じがする。編集人の個人雑誌でもあるようだ。プチホテルと、カウンターで食する場所が特集されている。

December 02, 2004

12月2日(木)

朝、早く起きたのを幸いに、出かけるまで仕事。『寺門興隆』の原稿、数枚、最初から書き直す。これならいけそう。

11時過ぎから、トランスビューの中嶋君と会う。去年入院しているときに見舞ってもらって以来。近況を語り合い、来年の仕事について打ち合わせをする。懸案の本をやることになりそう。綱八で、天ぷら定食をご馳走になる。普通のつな八に比べて、少しだけ値ははるが、格段にうまいと思う。雰囲気も悪くない。私が出したわけではないが、リーズナブル。

その後、三越の上にできた、ジュンク堂へ寄る。まっすぐ本棚がたち並んでいるのは壮観だが、本棚が池袋にくらべて、長すぎて、見通しがまるできかない。なんだか、迷路に迷い込んだような気がして、落ち着かない。揃えるということに徹底しているのはわかるが、本の探しやすさは落ちる気がする。果たしてうまく行くのか。文庫を一冊買って、店を出る。川上弘美『神様』。

伊勢丹へ行き、実家に送るおせちを注文する。まだ行ったことはないが、イタリアンの「アルポルト」のを選ぶ。和も入っているとのこと、正月が楽しみだ。アルフレックスの売り場で、ソファーを張り替えたらいくらかかるかを教えてもらう。古いモデルなので、メーカーに問い合わせをしてもらった。生地にもよるが、座るところのクッションを変えたりすると、10万から20万というところか。来年早々バーゲンがあると教えられる。

帰ろうとして、枕売り場を見ると、オーダーで枕を作ってくれるようになっていた。いい加減、古くて汚い枕をなんとかしなくてはと思っていたところなので、ちょうどいいと思い、一つ作ってもらう。中身はいくつかの種類があるが、最初のヒノキのチップの入ったそば殻が一番感じがよかった。高さを試す間、寝ているだけで気持ちがいい。今日から使いたいので、少し重いがもってかえる。


妹の事務所に、ヤマギシ会のリンゴをもっていく。義理の弟がトルコで買ってきてくれたチョッキをかわりにもらう。

December 01, 2004

12月1日(水)

昨日、座談会が夜だったので、かなり疲れ、今日はまとまった思考ができなかった。『寺門興隆』の連載原稿を書こうと思い、資料を読んで、筋立てをし、書き始めたが続かなかった。こういう日はしかたがない。

仕事にならないので、新しい携帯電話の操作を覚える。メーカーが違うせいもあって、勝手が違い、まだなれない。徐々になれていくしかないだろう。昼食は、近くのスカイラーク・ガーデンに行こうとしたら、満席で待っている人もいたのでやめる。最近、この店が混んでいたのははじめたのことだ。狂牛病騒ぎで、グリルからガーデンに変わったのが客が来ない理由だと思うのだが、今日はどうしたことだろう。これもしかたがないので、中華料理店で五目チャーハンを食べる。

11月30日(火)

朝から『厄年』の原稿を書く。15枚書く。これで、およそ60枚になった。

ヤマギシ会東京案内所の松本さんから、りんご・ふじを送っていただく。ありがたい。

午後、機種変更をした携帯をとりにいく。まだ、使い方がよくわかっていない。auショップで、アドレス帳を移してもらう。実に簡単だった。写真を移すには1時間くらいかかるとのことだったので、今日はとりあえずやめておくことにした。

4時に、『中央公論』来年2月号の座談会のため、京橋にむかう。行きの電車のなかで、杉山今日庵『浄瑠璃素人講釈』を読む。あまりのおもしろさに何度も笑ってしまう。この本は、故池波正太郎氏の愛読書で、毎年何度か目を通すと書かれていたが、その気持ちがよく分かった。もっと浄瑠璃を聞いていれば、もっと楽しめるに違いない。

座談会の前に、ラクレの岡田氏と本についての打ち合わせ。さらに次の企画を提案してみるが、感触はとてもよい。座談会は、宮崎哲弥、上田紀行君が相手。三人のなかでは、私が一番の年長。座談会でそうなることはこれまでなかったように思う。50代ともなると、当然そうなるわけだが、少し複雑な気がする。座談会の最後に、『仏教公論』を出すべきだと力説してみたが、こちらも好感触。そもそも『中央公論』は、西本願寺の若い僧侶たちがはじめて『反省会雑誌』を元にしているとのこと。『仏教公論』は、まさにぴったりの気がする。ラジオ番組という宮崎君を除き、編集者などと近くで飲む。

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