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February 2005

February 28, 2005

2月28日(月)

2月も今日が最後。さすがに28日までしかないと、早い。

オフィシャルのほうでトラックバックしてもらうまで気づかなかったが、私がコメントしている『コスモポリタン』に女子大時代の最後の教え子にあたる阿部知子さんのインタビューが載っていた。その内容を読んでいると、いかにも日本女子大の卒業生という感じがしてくる。ああいうドライな考え方というのは、女子大ならではだろうか。今週は、教え子が二人もメディアに登場しているが、今までになかったことだ。

さらに、晶文社の編集者、Tさんからは、『人を信じるということ』が着実に売れているという話と一緒に、中国にいる教え子の原奈緒さんの日経BPのサイトに書いている文章がおもしろいという感想ももらった。彼女とは、私が一昨年入院していたとき、同じときに見舞いに来て、それで縁が出来たとのこと。たしかそんなこともあった。人間どこでつながるかわからないが、最近は教え子が大活躍している。なんともめでたい。

2月27日(日)

大学生の娘が、卒業後のことなど相談に東京にやってきた。普段は、京都で大学生活を送っている。バスで夕方に新宿に着いたので、迎えに行く。その後、紀伊国屋の本店に寄るが、『「厄年」はある!』、精神世界のところなどにおかれていた。何かそぐわない気がするが、ベストポジションはどこなのだろうか。案外、難しいのかもしれない。

車屋の焼き鳥屋で夕食をとる。おでんもやっていて、寒い夜には嬉しい。焼き鳥もかなり量がある。娘は鶏好きなので、満足そうに食べている。食後、ニュートップスでコーヒーを飲むが、上のバーではジャズのライブをはじめたようだ。けっこう有名なミュージシャンが出ているものの、チャージをとらないとのこと。それは大変お得な話だ。一度行ってみようと思う。

February 26, 2005

2月26日(土)

今日は相当に寒かった。一昨日夜雨から雪になったときには、春が近づいているような感じがしたが、まだまだ寒い日が続くらしい。あまり暖冬だと不安になるが、近頃これほど寒い冬がなかったので、寒さがこたえる。年だろうか。

今日の「王様のブランチ」に、るるぶの編集をしている教え子のHさんが出ていた。彼女も編集に加わった「もえるるぶ」というガイドが売れているらしい。東京のガイドマップだが、東京駅とかが起点になるのではなく、秋葉原が起点になっているところが、「もえ」ということらしい。今、秋葉原ではオタク系の文化が栄えているようだが、それを目当てにくる若者をターゲットにしているのだろう。もし私が若いころにそうした文化が広がっていたら、やはり巻き込まれたのだろうか。それがよくわからない。

Hさんの同級で、今は九州大学で人類学を勉強しているJさんから、イエスの方舟についての論文が届く。方舟関係の論文や文章をあつめてくれるよう週刊新潮のKさんに頼んでおいたのだが、たまたま論文のひとつが九州大学で出している雑誌に出ていて、Kさんがした電話にその雑誌の担当のJさんが出たらしい。それで直接論文を送ってくれたのだが、偶然というのはおそろしいと思う。

February 25, 2005

2月25日(金)

確定申告の書類を作成する。だいたいできた。あとは医療費控除だけ。毎年のことだが、けっこう面倒だ。

談話室滝沢。やはり、3月一杯で閉店するらしい。経営状態が悪いからではなく、客のマナーが低下したせいだといったことも伝わっているが、本当だろうか。ネットで調べてみると、滝沢の元従業員にインタビューをして、その秘密を探ろうとしているサイトもあった。従業員は寮生活をしてきたらしい。そこで接客マナーを厳しく教えるのだろう。その話を読んで、先日訪れたイエスの方舟の店、シオンの娘のことを思った。その雰囲気には共通するものがあるかもしれない。

玉三郎が沢潟屋一門とやった「桜姫東文章」を録画で見はじめるが、やはりおもしろくない。こくがないというのか、たしかに歌舞伎には見えるが、歌舞伎とはひどく遠いものにも思えてくる。玉三郎も、なんだか地が出ているというべきか、いつもの舞台と違ってひどく安っぽく見えてくる。せめて、亀治郎とか段四郎とかいればと思ってしまうのは、私だけだろうか。

February 24, 2005

2月24日(木)

取材で、新宿東口の談話室滝沢へ。帰りがけに壁に貼られた紙を読んでみると、3月末で閉店するとか。これは、東口の2階だけの話だろうか、それとも滝沢全体のことだろうか。これまで随分使ってきた店で、ゆっくり話ができる場所だけに、なくなるのは少し困るかもしれない。それに、不思議な店で、謎めいたところもあっただけに、謎が解けないまま消えてしまうのだろうか。

夕方から、電通でエンパワー研究会に出席。高校時代の同級生K氏の主宰する研究会だが、今回の話題は、電通過労死事件について。この研究会でいろいろと企業のことが話題になってくるが、その内実を聞いていると不安になることが少なくない。組織として、自分たちを守り、社員を守るために、万全の態勢ができあがっているとはとても言えない。今の世の中だと、その弱点を簡単につかれてしまうのではないか。それはけっこう恐ろしいことではないかとも思う。


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February 23, 2005

2月23日(水)

創価学会研究会のために新宿へ出る。寝不足なのだろうか、それとも季節の変わり目だからだろうか、はたまた一応花粉症ではないけれど、大量の花粉のせいだろうか、体調が万全ではない。外にいることがうっとうしかったりする。

創価学会研究会では、菅田氏が三鳥派について発表。日蓮宗の江戸時代の異端だが、その内実はほとんどわかっていない。おもしろいのは、江戸時代に禁圧された宗派の人間たちが、伊豆諸島に流され、そこで交流をもった可能性があるということ。お互い排他的なところもあっただろうが、関心が似ていたので、どのように交わったのか。興味があるが、資料がほとんどないらしい。

夕方から、島根の真言宗の僧侶、K氏に会う。5月に講演を依頼された。場所は松江。講演に一度出かけたことのある場所だ。ただそれ以上に思い出に残っているのは、高校の修学旅行。あのころの高校生は無茶苦茶で、外で酒を飲んで、先生に介抱されたようなやつもいた。今なら即停学だろう。けれども、あのころはそうならなかったのが不思議。

February 22, 2005

2月22日(火)

2月は短いので、もうあと1週間になってしまった。なんだかまとまりもなく日ばかりが過ぎていく感じがする。これではいけない。

『異教のキリスト教』のなかで、イエスの物語とエジプトのホルス神話との共通性の話が出てくるが、そこで言われているホルス神話はいったいどこに記されたものなのだろうか。図書館からエジプト神話の本を何冊か借りてみたが、出ていない気がする。酷似しているとされるが、テキストがはっきりしないので、なんともいえない。調べてみなければならないだろうが、どう調べてものなのだろうか。悩む。

ある週刊誌が、また創価学会のことを連載記事にするらしい。依然として、そんな仕事がやってくる。『創価学会』の本は、それだけ新鮮なものとして読まれたようだが、しっかりと位置づけてくれるような書評は出なかった。そこらあたり、危ないものにはできるだけ触れようとしない、今の言論界の体質はいかがなものだろうか。著者としては大いに不満だ。

February 21, 2005

2月21日(月)

風邪は大分治ったが、まだ100パーセント回復とはいかない。そもそも、今は季節の変わり目なので、どこか調子が悪くなりがち。寒暖の差が激しい時期はどうしてもこうなる。

朝から『異教のキリスト教』の直し。章のほぼ半分までやる。一章が一部と二部に分かれているのが、めずらしい。メドが立ったような立たないような微妙な状況。


その後に、確定申告の作業をはじめる。いったいどれだけ収入があったのかを確認する。思ったよりも働いているらしい。ここ10年、まともに仕事をしてことがなかったので、新鮮な気持ちになる。ただ、税金のことを考えると、あまりハッピーになれない。

夕方から、朝日新聞の本社へ。金子勝氏を中心とした論壇時評の勉強会にゲストとして参加する。1時間ほど、オウムについて語る。金子氏は、私が大学生の時、自治会の委員長をしていたが、会ったのはこれまで2度ほどしかない気がする。一度は、学生時代の学生会館で友人を交えて話をしたことがあり、もう一度は、東京外語大学で非常勤講師をしていたとき、大学へ行く途中でばったり会ったことがある。もうそれも、20年前のことになる。
話をしてみて、オウムについて、実情があまり知られていないことを改めて確認する。やはり一度ちゃんと、誰にでも読めるような本を出しておくべきかもしれない。

February 20, 2005

2月20日(日)

天気があまりよくない。風邪も完全にぬけ切ったわけではないので、今日はゆっくりする。朝から、ライブドアの堀江社長がテレビにたくさん出ているのを見る。彼が出ると視聴率があがるようだが、皆、彼との言い合いを楽しんでいるのだろうか。

今日は、母親の誕生日なので、実家に電話。喜寿ということだが、本人は元気にしている。それが何よりだと思う。

February 19, 2005

2月19日(土)

一日中寒い。このところ暖冬が続いていただけに、今年はひどく寒く感じる。これが正常な寒さということなのだろうか。

風邪のほう、確実に峠を越えたようだ。けれども、朝なかなか起きられない。神経が少し弛緩しているのだろうか。ちょっと、緊張が続いたのかもしれないとも思う。

ぶらぶらと一日過ごし、見ていなかった録画したテレビ番組などを見る。夜は、『踊る大走査線2』を見る。正月に放送されたものだったように記憶している。第一作も見たことがあるが、パターンはキャリアとノンキャリアで同じ。そこには今の世の中を象徴する部分があるのだろうか。1に比べてひどく落ちるということはない。ただ、女性の上司が感情的になってしまうというのは、ある意味女性蔑視ではないのだろうか。その分、現場の女性警官が犠牲になることでつりあいをとっているのかもしれない。

February 18, 2005

2月18日(金)

朝起きると、すでに9時をまわっている。まだ本調子ではないらしい。たしかに、たんがまだからむ。食欲は徐々に回復している。

午前中少し『異教のキリスト教』を直す。4章は終わったが、これからどうなるのだろうか。まだ前途多難な気がする。

午後から、日蓮の遺文勉強会。1回休んでしまったので、久しぶり。まとめ役のS氏も風邪で具合が悪そう。それでも、参加者は非常に多く、15人を越えていた。福神のメンバーがかなり少なく、その分、ほかの人が増えている感じ。勉強会というものは、続けていると意外と人が増えてくるものだと思う。

参加者の年配のご婦人から、毎回折伏されている。今日は、経典と数珠までいただいた。題目だけでもあげてみればと言われる。

今日は、『「厄年」はある!』の配本日だが、どうだろうか。三五館に近い四谷の書店ではかなり並んでいるらしい。直接取引があるのだろうか。まだ、書店全体には行き渡っていないはず。

February 17, 2005

2月17日(木)

完全に本調子とは言えないが、大分からだが元気になってきた。朝は10時近くまで寝ていたが、3食食べたし、仕事をする気力も出てきた。山は越えたと思うが、ここで油断をしてはいけないだろう。

『不安を生きる』のゲラにいっかしょだけ手を入れる。『異教のキリスト教』のも手を入れるがあまり進まない。

夕方、『不安を生きる』のゲラをちくまのH氏にわたす。打ち合わせることもなく、2時間以上雑談をする。ライブドアの買収劇のことも話題になるが、世間の反応は、日本が資本主義の社会ではないことを示しているのではないかと言ってみる。企業買収に、世の中の支持は必要なのだろうか。テレビは公共のものという議論があるが、テレビコメンテーターのなかにはフジテレビのことを公共放送と言う人がいたり、もうめちゃくちゃ。みんな、事実を踏まえて話をしていない。完全な感情論。まったくやれやれの話ばかりの気がする。そんなことを話しただろうか。

February 16, 2005

2月16日(水)

依然として風邪が抜けないが、食欲が戻りつつある気がする。今日は一応、3食とった。たんがからんだりするが、この分ならなんとかなるのではないか。まだ用心が必要だが。

『不安を生きる』のなかで、昨年のライブドア対楽天のことにふれているが、今年になるとフジテレビの問題をきに、今度はライブドアのほうが悪と見なされるようになってきている。社会の変化は目まぐるしいが、その点に触れる必要があるのかもしれないと思うようになった。非常に時事的なネタは変化が速い分、あつかうのが難しい。かといって、今にふれないわけにもいかず、本にスピードが要求されるということだろうか。

身辺でも、思わぬことが起こっている。やがてはっきりと形になっていくだろうが、少し前まで思いもよらなかったことだけに興味深い。ただ、昔から考えていたことがようやく実現し始めたとも言えることで、それなりの蓄積がないことではない。時期が必要だということだろうか。

February 15, 2005

2月15日(火)

風邪のほうがすっきりしない。朝、平熱よりも下がっていたので、野口整体のすすめにしたがって、寝ていた。

午後、三五館のN氏が『「厄年」はある!』の見本を届けてくれた。この前校正をしたばかりなのに、あっという間に本になっている。恐ろしいスピードだと思う。せっかくの新刊なのに、体の調子が悪いと、あまり楽しい気分になれない。18日配本になるが、どういった反応があるだろうか。

ちくま新書のタイトル『不安を生きる』に決まったようだ。けっこう前向きな本のつもりなので、このタイトルでいいだろう。編集部からのゲラと自分のゲラを照合する。こちらは4月のはじめに出る予定。

年末から年始にかけて無理してきたのがいけないのか。ただ、どこでも風邪が流行していると聞くので、乾燥のせいかもしれない。野口整体流だと、風邪を経過することで、体がよくなっていくというのだから、この機会を利用するしかないだろう。あせっても仕方がない。せいぜい養生につとめることにする。

February 14, 2005

2月14日(月)

熱はどうやら下がったようで、日中36.6度、夜36.9度。平熱といえるだろう。だが、口のなかが不味くて、食欲があまりない。すっきりしたところまではもう一歩だろうか。いろいろしなければならないことがあるのにと思うが、ここで無理するわけにもいかない。明日には、『「厄年」はある!』の見本ができる。

今日は本当は、友人の四方田犬彦君が新しく越したところのハウス・ウォーミング・パーティーなるものに呼ばれていたが、しかたがないので遠慮させてもらう。彼には少し話があったのだが、またの機会ということにしてもらう。彼は今週ミャンマーに行くとのこと。行く場所がいつも、ひとがあまり行かないところのような気がする。

歌舞伎座12月公演「今昔桃太郎」を見る。いくら勘九郎最後の公演でお祭りとは言え、こんな戯曲でいいのだろうか。私なら恥ずかしくなる。

アメリカで娘が菊地病になった知人から電話をもらう。菊地病はアジア人にしかほとんどあらわれない病気らしく、アメリカの医師たちは、なかなかわからなかったようだ。悪性リンパ腫という診断が下っていたとしたら、いったいどうなっていたのだろうか。医師たちはほとんどそう考えていたらしいが、よく見つけたものだと思う。大変だと思ったのは、最終的に診断を下すために首の所を10センチほど切ったというのに、その間、一度も入院しなかったとのこと。それがアメリカのやり方のようだが、日本では考えられないことだと思う。アメリカで病気になるには、相当のタフさが要求されることになる。日本は恵まれているということだろうか。菊地病は予後がいいので、その後の心配はいらないと思うが、それでも体力を回復したり、かなり大変だろう。一度私も大病をして、そう思うようになった。

2月13日

風邪。熱が38.1度あったので、早めに寝る。

February 12, 2005

2月12日(土)

風邪を引いた。熱が37度5分ある。平熱より1度高い。食欲もあまりない。

オフィシャルの方に、妙なところから集中的なアクセスがある。要警戒。

February 11, 2005

2月11日(金)

北京から帰国中の教え子のNさんと表参道で会い、まい泉の青山本店で昼食をとる。店構えが随分と大きかったが、もとは風呂屋とのこと。たしかにそんな作りの気がする。なかがやけに広いが、そうとうたくさんの人が訪れている。こんなところに、こんな店があるとは知らなかった。たいがいの人は、知って来ている感じ。黒豚のロースカツ定食を食べる。

その後、引き続いて、結婚式場になっているところのカフェで話す。北京三田会のことや子どもの教育問題について語り合う。途中、式を終えたカップルが式場から出てきて、表で記念写真をとっているのだろうか。出てきたところは、原宿へ通じる大通り。かなり恥ずかしいことではないかと思えたが、カップルは勇気がある。

それから私は新宿の伊勢丹へ。一階に出ているアート・オブ・シェイビングのサロンから人が来ていて、ネイルケアをしてもらう。30分くらいかけて爪を磨いてくれたが、何もぬっていないのにぴかぴかになる。自分の爪ではないような感じ。サロンに行くと、もっと丁寧に機械を使ってしてくれるらしい。ほかにシェービングのコースもある。サロンは赤羽橋とのことなので、あまり用事のない場所だが、雑誌の座談会でもあるときは髭を剃り、爪を手入れしてもらってからいくのもいいかもしれない。客は、50代、60代が中心とのこと。その気持ちはなんとなくわかる。

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February 10, 2005

2月10日(木)

『異教のキリスト教』の直しをする。つくづく翻訳というものは面倒だと思う。とくに学術的な内容のものは、翻訳者にもある程度のレベルを要求している。語学力と理解力と、両方を兼ね備えた翻訳者というのはそう見つかるものではないのだろう。

午後から、床屋へ。床屋の主人は、正月の休みにだろうか、高野山に行ってきたとのこと。相当に寒かったらしい。以前に、高野山の若い僧侶が、池につかって読経しながら修行する光景をテレビで見たことがあるが、尋常な寒さではないように思えた。寒いときの修行は、日本仏教の特徴だろう。

床屋情報では、その近くに出来たイタリアンの店がうまいらしい。二軒あるのだが、駅に近いほうがうまいとか。一度昼にでも出かけてみることにしよう。

February 09, 2005

2月9日(水)

朝、朝食後、そのまま福岡空港へ。10時発のJALで東京へ戻る。満席で、便を遅らせると1万円キャッシュバックするというアナウンスをしていた。定時に出発し、予定よりも15分くらい早めに着く。そのままタクシーで帰宅。12時半にはもう家に着いていた。早い。

午後、経堂へ出る。白洋舎にワイシャツを出し、古本屋へ。フレッシュネスバーガーで、コーヒーを飲む。前来たときは、席が窮屈でどうかと思ったが、配置が直っていた。買った「週刊文春」を読む。その後、OXストアーへ。普段着るトレーナーの上下を買う。自然食品店でネーブルを買って、かえる。今日は仕事はない。夜、ワールドカップ最終予選、北朝鮮戦を見る。

2月8日(火)

週刊新潮の取材でイエスの方舟を訪れるため、K氏とともに博多へ。飛行機を交換したようで、出発が遅れ、到着も少し遅れた。東急エクセルホテルに荷物を置き、すぐ近くにあるイエスの方舟の店「シオンの娘」にとりあえず行ってみる。まだ店は閉まっていたが、メンバーらしい女性がいて、開店時間度を聞いてみる。年齢からすると、もともとのメンバーではないようだ。若い男性もいた。

8時から店が開くということで、その近くにある「浅草」という店に行く。K氏のなじみの店。玄界灘の魚を食べさせてくれる。どれもうまい。酒もそろっていて、最近の焼酎ブームのなかで幻の焼酎とされる「森伊蔵」があった。はじめてこの焼酎を飲む。最初は何の変哲もないものに思えたが、氷が解けていくと、やわらかさがまし、おいしくなっていく。もちろん、何万円も出す焼酎とは思えないが、このやわらかさが幻のゆえんだろうか。驚いたことに、「越之寒梅」の無垢もあった。いまこの二つの酒を同時に味わえるところはそうないのではないか。しかも値段も安い。

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その後、シオンの娘へ。10数年ぶりに訪れたが、店の雰囲気が変わっていて、前は、カウンターが半円を描き、その奥にステージがあったが、現在は、カウンターが分かれるようになっている。店全体が広がったらしい。私のことは覚えていてくれた。前訪れたときは、朝まで生テレビでオウムと幸福の科学が対決した直後で、その番組をメンバーで見たという話を聞かされた。千石氏は亡くなってしまったが、メンバーの認識では、死んではいないとのこと。その後を、主幹と呼ばれる80過ぎの女性が継いでいるらしい。千石氏の夫人だろうか。

ショーも、若いメンバーが入って、昔とは印象が違う。ショーを目当てに、ほぼ客もいっぱいになっている。ショーの後は、二階でカラオケタイム。客が気持ちよさそうに歌っている。九大の先生もいた。何か、どう表現したらいいか不思議な雰囲気だった。

February 07, 2005

2月7日(月)

アルフレックスから、ソファーのカバーが届く。バーゲンで買ったので、あまり選択の幅がなかったのだが、これで、部屋が締まった気がする。腰掛けるクッションも交換してもらったが、すわり心地がまるで違う。ということは、かなりへたっていたということだろう。座った高さがかなりある。

明日に備えて、千石剛賢氏の本を読む。こうした本は、いったいどう読んだらいいのか。案外難しい。キリスト教の世界が、根本的に異質なものに感じられるせいだろうか。なぜ聖書なのか、なぜイエスなのか。そこがどうもわからない。

昼食に外へ。近くのスカイラーク・ガーデンへ行く。小さな子供を連れた主婦が多く集っている。

帰りがけ、前に何度か行ったことのある焼肉屋の前を通ると、改装していた。つぶれたのだろうか。BSE騒ぎのあと、やはり焼肉は難しいのかもしれない。以前はかなり混んでいて、土日など、待たされるほどだったのに。ただ、値段の割りにそれほどうまくはなかった気もする。その点で、閉店は惜しくない。だいたい、最近行った記憶がない。街は徐々にだけれど確実に変わっていく。

2月6日(日)

富士門流関係のオフ会だか、研究会だけは出かける。会場は蒲田の会館。20人近く参加者がいただろうか。別に話をする内容も決めずに行き、その場の勢いで2時間近くしゃべる。まとまっているようないないような。

その後、2次会にも参加。それが終わっても7時だったので、3次会にも付き合う。ハンドルネームで呼び合う仲というのは、なんだか慣れないものだったが、いろいろ多様な人たちがいておもしろい。やはり創価学会なり、大石寺なり、顕正会なりにかかわったという共通の体験がベースにあると話が通じるのだろうか。私などまったく部外者のはずなので、気軽に発言できる。

February 05, 2005

2月5日(土)

土曜日に仕事をしなくてもいいのは久しぶりの気がする。しかし、明日は蒲田で話をしなければならない。朝掃除。

午後から、近くに最近発見した、「李白」という喫茶店に行ってみる。神保町から移ってきたというが、蔵を改造したものだろうか。静かでとても落ちついている。途中で、主人らしき老人がろうそくに火をつけていた。ただ夕刻が近づいたからかもしれないが、少々儀式めいたものを感じた。

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アメリカにいる知人のお嬢さん、悪性リンパ腫の疑いがあると聞いていて、心配していたが、悪性ではなく、非常に珍しい菊池病だとわかったとのこと。こちらは、予後良好の病気ということで大変安心した。世の中には、まったく知らない病気がある。こうしたものは気をつけようもないし、どうしたらいいかわからないものなのだろう。

February 04, 2005

2月4日(金)

立春。予想されたよりも寒くはないが、まだ春までは遠い感じがする。

外出するとき、これまでならたいがいは京王線を使っていたが、小田急線のダイヤが改正して以来、こちらを使うようになった。新宿まで30円の差はあるし、小田急線のほうが混んでいるが、駐輪場がかならずあいている経堂駅のほうが、はっきりと時間が読める。それに、急行が昼間や土日に止まるようになったことが大きい。これから、高架下がどうなっていくのかわからないが、駅が新しくなっていく分、楽しみがあるような気がする。植草甚一氏が部屋を借りていたことでも有名な駅上の小田急アパートも、2、3年で取り壊しになるらしい。これからの経堂は大きく変わっていくのだろうか。

昼から新宿へ。つのはず庵で、新潮社のH氏と会食。この店は、つな八の傾倒で、その高級版だが、新宿にしては落ち着いているし、けっこう天ぷらもおいしい。都心へ出なくても、この値段で味わえるというのはいい。もっともいつも自分が出していないので、なんとも言えないところはあるが。

その後、時間があったので、ディスクユニオンやジュンク堂、伊勢丹を回る。ジュンク堂の宗教書のコーナーでは、私専用の書棚が出来ていた。隣は島薗進氏の棚。ほかにはなかったので、ちょっと気分がいい。単行本ばかりだが、新書もそういうところにおいてほしいものだと思う。

夕方から、映画監督の原一男さんと小林佐智子さんと会い、犯罪ものの映画の話をする。これからどうなるか、楽しみな話。ただ、共通の知り合いが体を壊しているという話を聞き、少し心配になる。

中村屋で、カレーパンを買ってきて、帰る。

February 03, 2005

2月3日(木)

朝、『寺門興隆』の連載原稿、少し足して書き上げる。メールで送付。そのあと、『不安』のゲラをチェックする。午後までかかってやり終える。あまり手は入れないで済んだ。全体に、最近考えていることの一番核になる事柄について語っているような気がする。またそのなかには、これからやろうとしている仕事のスケッチも含まれているようだ。

終わってから、近くのパン屋、オランのカフェへ。頓挫している『オウム真理教事件』、今だったらどうするかを考えてみる。だいぶ観点が書いているときとは違う気がする。そこには、時代の流れが影響しているようにも思う。現代という時代は、すぐに違うフェーズに移行していく社会であるようだ。その流れについていくことは、かなり難しい。ひとつの作業に没頭していると、案外その変化に気づかなかったりするのかもしれない。

その後、まだ読み終わっていなかった『浄瑠璃素人講釈』の下を最後まで読んでしまう。なんだか、ひどく面白いところがあって、それがもったいなく、読みきっていなかった。著者の杉山茂丸は、夢野久作の父親になるわけだが、いったいどういう人なのだろうか。今の時代にはまったく存在し得ない傑物である気がする。

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水汲みがてら、セブンイレブンで、『PEN』を買う。海老蔵がルイヴィトンを着た写真が特集されているが、海老蔵が目立ちすぎて、洋服が意味をなしていない気がする。大きな特集は、植草甚一の散歩にひっかけたものだが、肝心の経堂が出てこない。JJが歩いたころの新宿と渋谷は再現されているが、どうせなら、経堂の方も再現して欲しかった。日記などを読むと、今はない店がかなり出てくる。その点が残念。

February 02, 2005

2月2日(水)

昨日遅かったので、疲れた。それでも、『寺門興隆』の連載原稿を書く。すぐに1ヶ月経ってしまうので、毎回、何を書くか困るのだけれど、なるべくこれからは、流れにあわせていくようにしたいと考えるようになった。そのときどきで、トピックになっていることを取り上げていけばいいのではないか。創価学会をめぐっては、毎月いろいろなことが起こるので、ネタに困ることはないのかもしれない。最後の1枚半が残ったが、明日には仕上がるだろう。

翻訳のほうも出版社で手を入れてくれるようなので、助かった。締め切りも今月末くらいとのことで、これも大助かり。そもそもいろいろと無理があったのかもしれない。

『「厄年」がある!』の方も、副題が「乗り越え方と運を掴むヒント」に決まったようだ。そのものずばりのストレートなものになって、すっきりした。付録のほうも、整理してもらえそうなので、コンパクトな本に仕上がりそうな気配。あとは、発売と反響を待つばかり。

それにしても、中尊寺さんとか、藤山直美さんの妹さんとか、42歳で亡くなった女性の話を聞くと、42歳というのは女の大厄でもあるのかという気になってくる。今回の本では、そこまで考えてはいないが、少し考え直す必要があるかもしれない。家族の方の気持ちを思うと、こちらまでつらくなる。

2月1日(火)

まだ寒波は来ていないらしい。朝からは、「寺門興隆」の次回の原稿、構成を考える。これではどうかと思っていた素材が、けっこう奥が深い問題をはらんでいたりして、そこが面白い。執筆の目処が立つ。その後、不安のゲラに少し赤入れをする。

午後から、まず三越前へ。木屋に出していたぺティーナイフの柄の修繕が出来たということで、それを受け取りに行く。そのついでに、三越本店で開かれている「勘三郎展」へ寄る。本当はお昼から、勘三郎と山川静雄氏のトークショーがある予定だったが、自粛ということで中止になったのが残念。展示のほうも、写真は最近の舞台のものばかりだし、映像も、多くはこれまで見たことのある舞台中継をダイジェストしたもので、あまり面白くない。めがねを使わないでも見られる3Dというのも、そう見えるような見えないようなで、いまいちパンチに欠ける。海老蔵展のように、本人がビデオで長々と語るわけでもなく、全体に満足できない。これで800円は高い。会場も初日にして混んでいるようで、混んでいない。

そのまま、地下鉄で京橋へ行き、中央公論新社へ。『会議はもめたほうがいい』の最後の語りをする。今回はそんなに時間がかからないで終わるのではと思っていたのに、結局、一番長く、4時間近く話した。これで11時間語ったことになる。今度は、主に編集者に手を入れて、本の形にしてもらうことにしている。自分の本ではあるけれど、どういう形になるのか、楽しみというケースははじめて。結構、話してみないと話せないようなことを話せたかもしれない。会議本のようでいて、日本文化論であり、実は哲学、人生論でもあるという奇妙なものになるかもしれない。終わってからお疲れ会。いろいろと面白い話が出た。

話をしているとき、途中で、『中央公論』のK氏があらわれる。宗教を特集した今月号は、近年にない売れ行きだったとか。やはり『仏教公論』をという話になる。期待しよう。

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