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April 2005

April 30, 2005

4月30日(土)

4月も今日で終わり。京都の旅で疲れたので、休養する。

デジカメで撮った写真、マイフォトという形でアップする。やはりこういうところはデジカメは便利。京セラのコンタックスをまた買っておきたくなる。

オランでランチ。コーヒーではなく、アイスコーヒーを頼みたくなる季節になった。なんとなくそのまま夜になり、何をするではなく日が過ぎる。こういう仕事をしているとゴールデン・ウィークだからということもないが、世の中の人が休んでいると、こちらも仕事には意欲がわかなくなる。今年はどうしようか。とりあえず、『戒名』の直しにとりかからなければならないが、集中すれば、2週間でできるのではないだろうか。

法藏館の担当者からは、『戒名』は活版なので、フィルムはあってもデータはないという連絡を受ける。今では活版など考えられないが、15年前はそういう状況だったのだろう。隔世の感がある。うちに戒名バックアップと書かれたFDがあり、もしかしたらそこにデータがあるかもしれないが、うちでは読めない。そこでとりあえず、法藏館の方に送ったみたがどうだろうか。『戒名無用』のFDの可能性もある。

April 29, 2005

4月29日(金)

朝、朝食の後、常宿の京都ロイヤルホテルを出る。京阪三条から、出町柳へ。出町柳からは鞍馬行きの叡山電鉄に乗り換えるが、乗客の多くは「義経」の舞台になった鞍馬寺に行くらしい。オープンな車両で、車窓の光景がよく見える。新緑で美しい。

木野で下車し、妙満寺へ。顕本法華宗の本山。今回は、日蓮宗関係の寺を訪れようと計画していて、その第一弾。もともと二条あたりにあったものが、戦後この地へ移ってきたものという。インド・ブッダガヤ型

の仏舎利大塔が目を引く。日蓮関係のものに目立った物はないが、道成寺の鐘がここにあるので有名。最近、三井寺の方に一時里帰りして話題になったが、今は戻っている。意外なほど小さいのに驚く。これでは、人はとても入れない。ほかに、芭蕉の師、松永貞徳が造営したという「雪の庭」が名高い。比叡山を借景にしたなかなかいい庭。座っているといつまでもいられそうに感じられる。訪れる人もほとんどいないが、京都の穴場であることはたしか。

妙満寺から、次にバスで市中に戻る。北大路からあるいて本法寺へ行くが、熱くて、途中でいやになる。ちょうど昼時だったが、店もほとんどない。ようやく、田丸弥という甘味どころを見つけて、穴子ちらし寿司を食べる。ミニデザートとして、白玉あずきを食べるが、とても上品。東京のとは少し違う。実は、本法寺は行きすぎていて、戻る。その途中、妙顕寺にも寄るが、見るべき物はない。

本法寺も観光寺院とは言えず、拝観の勝手がわからない。寺務所に行くと、拝観を受け付けていた。ここには、長谷川等伯の巨大な涅槃図がある。これは前に「大日蓮展」でも見たが、博物館のような空間で見るのと、もう少し小さなところでみるのとでは印象が違う。相当に大きく、二階からも見られるようになっていた。ほかに、光悦の「巴の庭」も鑑賞する。

同志社大学が作ったモダンな喫茶に寄り、新幹線で帰る。まだゴールデンウィークがはじまったばかりで、上りはかなりすいていた。東京に着くと、人の多さに驚く。やはりこれが東京なのだろう。

4月28日(木)

京都へ。法蔵館で戒名の増補新版の打ち合わせ。だいたい決まる。日蓮の真蹟集成を見せていただく。再版の予定があるが大石寺が承知してくれないとか。何とかしたい。明治に出た天理教批判の本を出してもらう。これは新資料になる。大収穫。 醍醐寺へ。環境が抜群。詳しくはオフィシャルブログで。

April 27, 2005

4月27日(水)

寺門興隆の連載、一応最後まで書く。やはり、一回では終わらなかった。先日、「小樽問答を聞く会」でお会いした日蓮宗現代宗教研究所の伊藤立教氏から研究所編の『日蓮宗の近現代』が届く。このなかには、小樽問答関係の論考も含まれている。実際に、問答の場にいた人間の証言もあり、参考になる。午後から床屋へ。

夜、幸四郎の「井伊大老」を見るが、なんだかぴんとこない。大老としての誇りと苦渋とが複雑にからみあっているところが描かれているのだろうか、それが伝わってこない。本来はどういう芝居なのだろうか。実際に舞台を見たことがないのでわからない。ただ、雀右衛門がかわいいところがすごい。明日は、京都。いよいよ薪歌舞伎。

April 26, 2005

4月26日(火)

寺門興隆の連載を書き始める。この連載も、すでに20回目。いつまで続くのか。とりあえず、数回分は考えてある。今回は、50周年ということで日蓮宗と創価学会の法論「小樽問答」について書くことにする。先日、録音テープを聞いたので、その場にいたような感覚も残っている。問題は一回で終わるかどうか。あるいは二回かけて書くことになるかもしれない。

今年の宗教学会は、関西大学で開かれる。今回から自由パネルというシステムが導入され、個別発表ではなくパネルを組んで討論ができるようになった。今、パネルを組む準備をしているが、予定したパネリスト全員の了承が得られ、ほっとしている。せっかくの機会なので、時間をかけて準備をしたいと思う。一応私が代表なので、余計がんばらなければならないだろう。

明後日、薪歌舞伎に行くが、チラシにあった食事を予約する。松竹のチケットフォンに電話をすると、どこでチケットを買ったかで扱うかどうかが決まるらしい。後援会からと言ったら、オーケーしてくれたが、選別する必要はあるのだろうか。夕食の時間が4時半からとかなり早いが、ほかに食事をとる手段もなく、終演が9時なので、これしか選択肢がない。終わってからでは、また食事の場所を探すのが苦労する。

April 25, 2005

4月25日(月)

あまりに悲惨な鉄道事故に絶句するしかない。どうしてこんな事故が起こってしまうのだろうか。人災の側面ももちろんあるのだろうが、車両の軽量化はやはり問題なのではないだろうか。バスなどもかなり軽量化が進んでいて、その分壊れやすいらしいが、鉄道も同じということだろう。軽量化する必然性はあるにしても、それで人命が損なわれては仕方がない。

仕事がいくつかあるはずだが、最終的に決まっていなかったり、締め切りがかなり先だったりで、どれから手をつけていいか、なかなかまとまらない。28日に薪歌舞伎に行く前、法藏館によって『戒名』の新版のことを話し合うことになっており、それで一つ決まるようにも思う。増補改訂なので、それほど時間はかからないだろうし、その後、天理教にかかるつもり。もう一冊、晶文社の方が決まれば、秋まで仕事が埋まることになる。

月刊『プレイボーイ』がビル・エバンスの特集をしていたので、それを買う。あまりこの雑誌買ったことがないが、全体的な編集方針が定まっているようないないような、不思議な雑誌でもある。買うとき、これが創刊されたときの騒動を少し思い出した。あれから30年経つらしいが、この雑誌をめぐる周囲の環境は大きく変わったように思う。

遠藤書店で、秋吉敏子の『ジャズに生きる』を買う。彼女が渡米したのは、ジャズ最良の年、1956年の1月のこと。着いたとたんに「ヘイグ」というジャズ・クラブで、バド・シャンクのカルテットを聴いたという話が出てくる。その頃のライブ版が出ているが、どうも彼女にはバド・シャンクはピンとこなかったようだ。もっと黒っぽいものがよかったのだろう。

April 24, 2005

4月24日(日)

「キース・ジャレット・トリオ・コンサート1996」を見る。音的には再生装置の関係か、CDを聞くより劣る気がするが、やはりライブはおもしろい。とくに、このトリオの場合には、3人の緊密なやり取りにユーモアがあって、そこに魅力がある。たんにCDを聞くのとは違う楽しみを見出すことができる。DVDのソフトははじめて買ったが、ほかのものも買ってみようという気になる。

オフィシャル・ブログのほう、少しレイアウトを整理する。プロフィールに写真を入れてみると、なんだか感じがかなり変わった。自分の本の紹介、選んでリストを作ってみるが、なかにはISBNを入れても、表示できないものがあるのはどうしてだろう。不思議だ。

April 23, 2005

4月23日(土)

朝掃除。枕を干す。

ネガからのフィルムスキャンを試してみる。少し時間がかかるが、これは便利だ。自分でフィルムを現像したものの焼き増しができることになる。小学校の時代に、学校で先生に現像を教えてもらったことを思い出す。もちろん白黒だけ。まだ、カラーがスライドでしか普及していない時代だったように記憶している。現像に熱中しすぎて、遅くなり、親が心配して学校までやってくるという事件があった。現像したものはどうしただろうか。まるで記憶がない。

OXストアーの書店に。この本屋、前はちくま新書を入れていたが、今は新刊そのものをまったく入れていない。講談社学術文庫で『「涅槃経」を読む』という本が出ているのを見つけ、買う。日蓮の遺文勉強会で、「涅槃経」のことが話題になったことがあった。日蓮は、法華経と同時に涅槃経の強い影響を受けている。それで、涅槃経に興味をもったのだが、こういう入門書はありがたい。学術文庫のオリジナルのようだ。

April 22, 2005

4月21日(木)

昨日、天理教についての本、「宗教の発生」という線で固まったので、最初のほう、どのように書き直していくか、筋を考えてみる。近代の日本社会で大きな影響を与えた宗教のうち、これまでオウムと創価学会については書いているので、それをさらにさかのぼり、天理教に行き着けばいいのではないだろうか。もし、ほかにあるとすれば、大本教くらいだろうが、大本の場合には、資料的に難しいかもしれない。天理教、創価学会、オウムにひとつ一貫した流れが作れれば、近代宗教史をある側面から描いたことになるだろう。あわせて、近年集めた天理教の資料を整理する。

市川雷蔵の『大菩薩峠』3部作を見終わる。雷蔵の映画はほとんど見たことがないが、たしかに机竜之介にはぴったりという気も
する。ただ、私の場合、ちくま文庫で原作を全巻読んでいるが、その表紙がみな雷蔵になっているせいもあるかもしれない。原
作も未完だが、映画も、最後は完結編と銘打たれてはいるものの、やはり未完。決着がついたようで、つかないようでもあり、つ
いてほしいような、ついてほしくないようなという不思議な感覚が残る。

April 20, 2005

4月20日(水)

午前中、ヒューマンリテラシーのことについて考えてみる。案外、人間というものは、他人のことがわかっていないものだと思う。それは、相手の気持ちがどうのというより、相手がどういう人間か、その属性を知らないがゆえのことではないだろうか。その点がわかってくると、無用の混乱が避けられるのではないか。来月、エンパワー研究会で発表することにする。

午後、トランスビューの中嶋氏と、天理教の本について打ち合わせをする。この本、本自体を書き始めてから、もうすぐ10年になる。研究を始めてからとなると、いったい何年になるだろうか。何度か挑戦してうまくいかないのだが、今度こそものにしたい。オウム、創価学会ときて、天理教というのは必然性があると思うのだが、どうだろうか。この3つの宗教を抑えれば、近代の宗教史のひとつの線が見えてくるように思う。

4月19日(火)

『異教のキリスト教』第8章を直す。これで章としてはあと2章。先が見えてきたが、この本をどう評価するか、解説を書かなければならないので、その点が気になる。著者はカナダの人間だが、アメリカを含め、キリスト教が強い国の宗教事情は、日本とはまるで違う。著者は、原理主義者との対決する姿勢を鮮明にしており、そこにこそこうした本が書かれる意義があることになる。そのあたりの事情をどう日本人に伝えるか。そこが難しいところかもしれない。

夕方から電通で開かれるエンパワー研究会へ。今日は、私が紹介した教え子の岡村さんの発表。ADHDなど発達障害の観点から問題社員について分析してくれたが、途中から研究会ががぜん盛り上がったのが面白かった。コミュニケーション・リストという観点をとることで、ビジネスとしての可能性が見えてきたのが盛り上がった原因かもしれない。研究者の研究会ではなく、実務家の研究会なので、ただの情報交換ではなく、あくまでビジネスという点が重要になるのだろう。次回は私の発表の予定。

スーパーCDと言うのだろうか、xrcd24の山本剛トリオ『ミスティ』を聴く。1974年にスイングジャーナルの最優秀録音賞をとったもので、もともと録音がすばらしいものだが、スーパーCD、根本的に音の世界が違う気がする。うちのそこそこの装置でも、目の前でピアノが演奏されているように感じられるところがすごい。価格が3500円を越えるが、CDの可能性の凄さに改めて感心した。

April 18, 2005

4月18日(月)

朝、5時台に目が覚め、その後眠れなくなる。どうも外出が続き、疲れている影響らしい。一日、頭がぼんやりしている。宗教学会の自由パネルの趣旨を書いただけで、翻訳の直しをしようと思ったが、まるでやる気になれなかった。しかたがないので、年賀状の整理をする。

April 17, 2005

4月17日(日)

経堂駅のロータリーが完成したということで、記念式典が行われた。駅へ行ってみると、警視庁の音楽隊が演奏をしている最中だった。

そのまま、小田急線に乗り、新宿から上野へ。国立博物館に行き、「中宮寺国宝菩薩半跏像」と「ベルリンの至宝展」を見る。先日Yさんにいただいた招待券。中宮寺のほうは、ただ一体だけの展示。こういうのもめずらしいが、やはり飛鳥時代の傑作だけにじっくりと見てしまう。背面から見られるのも今回の特長で、天蓋を支えている棒状のものが竹の模様であることがわかる。ベルリンのほうは、さほどでもなかったが、ちょうど翻訳でやっている古代エジプトの神像が並んでいたので、参考になった。

上野から地下鉄で、銀座へ。もう東京は雨季に入ろうとしているので、雨の日でも履ける靴が欲しいと思った。いきつけの「リーガル・トウキョウ」へ。なかなか雨の日専用という靴はないようだが、革にオイルが入っているアメリカ製のものを買う。アメリカ製とはいっても、リーガルの方からいろいろと注文した特別製だという。しっかりと出来ていて、かなり重い。履いてみてどうだろうか。

重い靴をもって、アップルへ。マックミニを見る。ずいぶんと小さい。これに変えたくなってくるが、超漢字がそのまま使えないので、変えるわけにはいかない。伊東屋へ寄り、それから山野楽器へ。せっかくDVDが見られるようになったので、キース・ジャレット・トリオのライブDVDを一枚買ってみる。およそ3000円というのはかなり安い。ほかに、山本剛トリオの「ミスティー」と、エリック・リード・トリオの新譜を買う。「ミスティー」は高音質XRCD。どんな音がするだろうか。

April 16, 2005

4月16日(土)

昼から蒲田へ。大田区民センターで「小樽問答を聞く会」があった。もう50年前の出来事になるが、今聞いてみるとなかなかおもしろい。14年前の朝まで生テレビでのオウム真理教対幸福の科学の対決のことを思い出した。あの時代は、けっこう法論の時代だったのではないだろうか。私も、そうした論争に何度か参加したことになる。

会が終わってから宴会へ。こうした会にわざわざ出てきている人たちだから、皆一家言があり、しかも話が難しい。私には関係のない教団世界の話になると、興味ももてないし、ついていけない。でも、他の人たちはひどく熱心なのが不思議。一次会だけで失礼する。

April 15, 2005

4月15日(金)

月一度の日蓮遺文勉強会に行く。「法華題目抄」が終わったが、この時代の日蓮さん、ちょっと方向性を失っている気もする。このあと、蒙古から国書が寄せられ、日蓮の予言が注目されるようになるが、もしそうしたことが起こらなかったとしたら、日蓮さんの生涯もずいぶんと違ったものになっていたのではないだろうか。そんなことを思った。

勉強会が終わってから、Nさんから薪歌舞伎のチケットを渡してもらう。今回の醍醐寺公演は実に楽しみだ。密教の儀式めいたこともあり、そうした環境のなかでの「勧進帳」というのはやはり格別だろう。病のあとの團十郎の弁慶、きっとこれまでとは違うものになるのではないか。それに海老蔵の富樫で申し分がない。

帰りに、経堂駅の近くの鰻屋へ。これまで気になっていたが一度も行ったことがなかった。鰻が出てくるまでに30分。ちゃんとさばいて焼いてくれているのは分かるが、鰻も薄く、油ののりもさほどでもない。たれも少し甘いのではないか。ちょっと期待はずれ。うまい鰻が食べたいと思う。定評のある鰻屋へ行くしかないだろう。

April 14, 2005

4月14日(木)

4月14日

久しぶりに歌舞伎座へ。勘三郎襲名披露興行の2か月目。成田屋親子が出るので、やはり見に行かなければならない。

驚いたのは、とくに昼の部。場内を見渡してみると、ほとんどが女性で、しかも私より年齢が高い人がほとんど。平日の昼なので、働いている人がこれないのはたしかだが、それにしても、これだけ平均年齢が高かったことは今までになかった。夜の部では、かなり平均年齢が下がったが、それでも海老蔵襲名披露の時とはまるで違う。

夜の部で、となりに座った女性二人組み、成田屋贔屓と見えたが、最後の演目「篭釣瓶」を見ながら、もっと踊りとか、「身替座禅」とか、からっとして楽しいのがいいと言っていた。たしかに勘三郎の「篭釣瓶」は、全体にシリアスに演じすぎていて、見ていたつらくなる。それは、昼の部の「道成寺」も同じで、恨みというところに力点がおかれすぎている気がする。色気があまり感じられない。勘三郎という人は、世間的には明るいキャラクターと思われているようだが、本当は恨みの人、暗い人ではないか。3月や5月の演目の選び方にもそれがあらわれている。演目の選択の仕方から深層心理を探ってみると面白いかもしれない。世間や父親に対する強い気持ちは、かなり否定的なものなのだろう。だからこそ、忠臣蔵のお石のような役がよかったりするのだ。

April 13, 2005

4月13日(水)

今日も雨模様。法蔵館から提案のあった『戒名』の新版の件、どうするか考えてみる。もうあの本を出してから15年も経ったことになる。それはちょうどバブルが崩壊しようとしていた時代で、オウムや幸福の科学のこともあり、世の中が騒然としていたように記憶している。そうした時代の動きとは関係のなく書いたものだが、今振り返ると、バブルという時代があったこその本ではなかったのかとも思う。ただ、バブルが崩壊しても、戒名をめぐるさまざまな問題は解決されたわけではない。もう一度その点を明確にする必要はあるだろう。

午後から、下高井戸シネマへ。気になっていた『モーターサイクル・ダイアリー』を見る。若き日のゲバラについて、本人の書いたものをもとにした映画。友人と南米大陸を旅するロードムービーということだが、一番の力点は、医学を学ぶゲバラが、ハンセン氏病の診療施設(隔離施設でもある)を訪れ、そこで生活する部分。その体験が、彼をやがては革命家に変えていったように描かれている。ものすごくドラマチックなドラマがあるわけではないが、彼の内面の変化はうまく描かれていたのではないか。製作総指揮がロバート・レッドフォードというのも興味深い。以前、『レッド』という映画を見たのを思い出す。

注文していた『もえるるぶ』が届く。さすがに書店では買えない。教え子が編集にかかわっているのと、今度書く原稿のネタになるのではないかと思って購入した。こういうときはネット販売が便利。編集後記で、教え子の清水さんが、「おかあさん、ごめんなさい。今、こういう仕事をしています。グス」と書いているのに実感がこもっていた。それにしても、萌え産業はすごい。兄弟姉妹の数が減り、妹がいなくなったせいだろうか。世の中でも人気があるのは多く妹。妹の時代ということか。

April 12, 2005

4月12日(火)

4月だというのに、昨日今日とずいぶんと寒い。寒暖の差があまりに激しすぎる。外へ出ると、すでに桜の木には葉が出て、かなり散っている。咲くまでにずいぶんと時間がかかったが、今年のサクラは終わるのがひどくはやい気がする。それと交代するように、いつの間にかハナミズキが葉をつけている。もうすぐ花が咲くことになるだろう。

『異教のキリスト教』の訳稿に目を通す。この本をアメリカで読むと、どういう感じがするのだろうか。想像することが難しいところもあるが、日本で読むのとではまるで印象が違うことだろう。本が執筆された背景には、明らかに原理主義の台頭ということがかかわっている。聖書を文字通りに信じる人が増えているなかで、それに真っ向から対立する見解を述べることは相当に勇気のいることなのだろう。なにしろ、中絶手術をした産婦人科医が殺されたりする国だ。解説を書くときには、そうした点を強調すべきかもしれない。

April 11, 2005

4月11日(月)

朝、地震で目が覚める。けっこうゆれた。東京に生まれ育つと、地震が少なくないので、慣れているつもりだが、ちょうど目が覚めようとする時刻の地震は、やはり少しあわててしまう。それにしても、最近は地震が多い。今週もあるが、日蓮の著作にも地震が多いという記述がある。その時代も同じだったのだろうか。

共同通信に書評を送る。これまでためていた『異教のキリスト教』にまた手を入れる。6章になって、訳文がまともになり、それほど手を入れなくてすんだ。ただ、著者が下敷きにしている、古代宗教の研究家がいったい何を典拠にしているのかが調べてもわからず、その点が不安だ。純粋な学術書ならないことだが、こういう学術書とも、一般書ともつかない本ではありがちがことかもしれない。

BSで『大菩薩峠』をやっていたので、録画して見始める。途中で電話がかかってきて、見終えることができなかったが、なかなかおもしろい。それにしても、雷蔵の目もすごいが、中村玉緒の目もすごい。そんな役者、今はいないような気がする。最近は、バラエティーの玉緒さんだが、役者として相当なものだったのだということがわかる。こうした役者がいなければ、骨太の映画はできないだろう。映画の不振というのも、けっきょくは、役者らしい役者がいなくなったことによるものかもしれない。『義経』は話としては面白いが、滝沢義経やはり小物という感じがする。もう少しオーラが欲しいが、ないものねだりだろうか。

April 10, 2005

4月10日(日)

村松友視『そして、海老蔵』を読む。さすがにプロの作家らしく、本の構成も練れているし、文章もうまい。それに、襲名披露興行の写真がたくさんカラーで収録されているので、楽しめる。この写真を何年かして見たら、いろいろと思うところが出てくるのかもしれない。本としては、もっと海老蔵に淫しているという部分がほしい気がした。手放しの礼賛が読みたい。あまり冷静な分析だと面白くないし、襲名というプロセスを通して海老蔵が成長したというのは型どおりな気がする。

本の余韻で、6月の「助六」を歌舞伎チャンネルで見る。やはり出端の部分がいい。歌舞伎の歴史を考えても、これだけの助六はいなかったし、これからも出ないだろう。女郎衆に割り込んでからも、安定感を増している。ただ、玉三郎の揚巻、声が高すぎて、それが気になる。揚巻としての強さも欠けているのではないか。全体に他の役者もおとなしい。もっと助六をあおってくれればと改めて思った。

4月9日(土)

掃除をする。

午後から渋谷へ。羽當というコーヒー店に久しぶりによる。大きなサクラの枝がいけてある。高級コーヒー店だが、制服のウエイトレスがいて、最近はやっているとかいうメイド喫茶のことを思う。

夜、井上トシユキ氏主宰のメディアとインターネットを考えるパーティーに行く。ゲストということで、着いていきなり話をさせられたが、参加者は果たして聞いていたのかどうか。狭いスペースにかなりの人がつめかけていた。紀藤弁護士とか、日本テレビの木下氏とか、脳機能学者の苫米地氏とか、知った顔と、知らない顔と、いろいろと話をする。合コン風でもあり、私のような年長者はほとんどいなかた。何人かと名刺を交換する。ホリエモンが来るとかこないとか行っていたが、けっきょくこなかった。一番人気を集めていたのは、2ちゃんねるの主宰者。なぜかサンダルを履いていたが、彼と記念写真を撮る人間が多かった。

近くの串焼きやで食べて帰る。「福の神」という店の名前がよかったが、まあまあの味。値段も安かった。

April 08, 2005

4月8日(金)

紀伊国屋のFさんと話をしたとき話題に出た『世代論』について考えてみる。まだ、ほとんど調べていないが、目次を作ってみるといけそうな気がしてきた。資料を集め、夏から秋にかけての仕事にしてもいいかもしれない。『寺門興隆』のゲラをファックスるする。名刺が切れてきたので、作る。その他、頼まれ仕事。

午後から、高井戸図書館へ。今回は、ちゃんと図書カードをもっていく。『エジプト死者の書』の翻訳を借りるが、『異教のキリスト教』に出てくるような神が登場しない。いったいあれはなんなのだろうか。神話学者にでも問い合わせするしかなさそう。帰りに、上北沢の珈琲館に寄ってみる。以前は、やる気のないロッテリアだった。今週のコーヒーが300円というのは悪くない。

村松友視氏の『そして、海老蔵』が書店に平積みされていたので、買う。たくさん写真が入っている。襲名興行のも少なくない。月末の薪歌舞伎も、なんとかチケットが確保できそう。やはりひいきとしては見逃せない公演だろう。外での公演なので、雨が降らないことを祈る。

April 07, 2005

4月7日(木)

共同通信から頼まれている『私にとってオウムとは何だったのか』の書評を書く。短い物なので、一応書き上げたが、締め切りまでにはまだ間があるので、とりあえず発酵させておくことにする。『寺門興隆』の校正をする。

午後から新宿へ。紀伊国屋で『不安を生きる』が並んでいるのをたしかめる。その後、伊勢丹でこの前買った洋服類を受けとる。そして、産経新聞のIさんと久しぶりに会う。『不安を生きる』を早速読んでくれ、著者インタビューとしてとりあげてくれるとのこと。1時間強話をする。


目の充血かなりよくなってきたが、一応予約を入れていたので、品川の眼科医に行く。問題はないとのこと。何か起こらなければ、診察の必要もないと言われる。今日は、この前とは違う医者だった。まだできたてで、開いている時間も短い医院だが、どういう形態の運営なのだろうか。それに今回は、ほかに患者がいなかった。前はけっこういたが、この落差はなんだろう。

牧師の暴行事件のことで、ラジオとテレビから取材の話がくるが、調整がつかず、どちらもキャンセルになる。この教会のことはまったく知らなかったが、どういう性格の教会なのか、まだよくわからない。テレビ局の人の話では、まだこの話題は続くらしい。一応ウオッチしておくことにする。

April 06, 2005

4月6日(水)

今日は、ちょっとした頼まれ仕事をする。書評を書くために、資料を読む。それで、一日の仕事が終わる。もう一度、高井戸図書館へ行こうかとも思ったが、面倒でやめた。代わりに、片付けと掃除をする。

桜もかなり咲いたらしい。しかし、時期が少しずれると、何か盛り上げりに欠ける気がする。以前は、桜の咲く時期はかなり一定していたと思うが、これも異常気象だろうか。

ジャズのレコード・ジャケットを特集している雑誌の『Pen』を読む。やはりジャズの全盛時代は、50年代から60年代かと思うが、その時代のレコード・ジャケットは今見ても洒落ている。やはりCDというのは、面積が小さい分、斬新なデザインにしても、はえないのかもしれない。それに、写真の技術が発達したことが、かえってアイディアを生むことを妨げているようにも思う。ブルーノートについては、音楽的にはいろいろ疑問があるが、ジャケットのデザインで一時代を画したことは間違いない。

明日は新宿に出かけるので、少し書店をまわってみることにしよう。『不安を生きる』すでに書店に並んでいるようだ。

April 05, 2005

4月5日(火)

『寺門興隆』の原稿を書き上げる。『間違いだらけの宗教常識』新しい案をメールする。『仏教情報辞典』の再校を送る。

午後から、郵便局へより、杉並の高井戸図書館へ。『異教のキリスト教』の資料を探しにいったが、本を借りようとして、図書カードを忘れてきたことを思い出す。前は、よく行ったので、必ず携帯していたのだが、最近はほとんど行っていなかったので失念してしまった。後で、紛失したと言えばよかったと後悔する。おまけに、自転車で行ったのだが、前輪の空気を入れるところが緩んでいて、タイヤがぺしゃんこになり、ひどくこぎにくかった。はじめは、何か運転がうまくいかないという感じだったのだが、帰ってきて原因がわかった。途中で自転車屋によろうとしたが、そこも休みだった。ついていない。

その後、経堂へ出て、古本屋とレコファンに。新書を一冊買う。レコファンには、ジャズの1500円のシリーズがいくつも並んでいた。どれも名盤といわれてきたものだが、紙ジャケットではないので、あまり食指が動かない。録音の問題もあるし、スペース的にも紙ジャケットのほうがありがたい。パスすることにする。大阪大学の川村氏から資料が届く。これを読んで、『オウムとはなんだったのか』の書評を書くつもりだが、いささか気が重い。

April 04, 2005

4月4日(月)

『寺門興隆』の連載原稿を書きはじめる。なんと19回目。いつもいったいいつまで続くのだろうかと考えるが、けっこうネタがあるから不思議だ。7割書き終わる。

午後、下高井戸のポエムへ。晶文社のUさんが、中国にいる教え子の原さんに一度会いたいというので、引き会わせる。あわせて、晶文社で次に出すことになりそうな本の打ち合わせもする。宗教についての常識を変えるような本という注文だが、日本のこともたくさん入れてほしいという新しい注文も受ける。やはり日本人にとっては、海外の宗教というよりも、日本の宗教が問題ということだろう。原さんからは、ベッド用のシーツをいただく。インドネシアで製造されたスウェーデンのメーカーの製品だが、中国ではかなり安く買えるらしい。よかったら、また頼むことにしよう。二人に『不安を生きる』を進呈する。

妹の事務所に寄って、こちらにも『不安を生きる』を渡す。その後、近くの「まぐろ人」という回転寿司の店に行く。一年くらいまえにできた店ということだが、最近下高井戸の商店街にはほとんど行っていないので、知らなかった。回転寿司の店としては、なかなか内容がある気がする。帰りは、日大通りの夜桜を見ながら帰宅する。大学の窓からもれてくる光に桜がはえてけっこう美しかった。

April 03, 2005

4月3日(日)

京都へ帰る娘を送りに新宿へ。見送った後、町をぶらり。久しぶりにマップ・カメラへ行く。今度、京セラがコンタックスブランドから撤退してしまう。その前に、TVXのデジカメを買おうかどうか迷っている。マップカメラでは、5万円を切っていた。昨年買ったキャノンのプリンターだと、写真がかなりきれいに印刷できる。ふちなしも簡単に出来るし、そうなるとデジカメもいいかという気になってくる。やはりコンタックスは名器だし、そのなかでもデジカメの最高峰は確保しておく必要があるようにも思う。

小田急にある伊東屋で、伊東屋オリジナルのシャープペンシルを買う。メタリックブルーでシンプルなのが気に入った。シャープペンはたまに使うが、ちゃんと買ったことがなかった。誰かから貰ったものを使ってきたが、やはり選んで買うべきだろう。

itoya


帰りになると、かなり暖かくなっている。桜も朝よりかなり咲いていた。今日も桜祭りだが、なんとか形になった気がする。来週には、相当暖かくなり、満開となるだろう。いよいよ春本番になりそう。学会の準備などで、本格的な仕事をしていなかったが、そろそろ腰を上げる必要がありそうだ。

April 02, 2005

4月2日(土)

近くの歯科医院に定期健診に行く。この歯科医院に通ったことなど、近刊の『不安を生きる』に書いたので、院長に一冊贈呈する。歯科三田会の話も書いてある。その院長が、今度父親の歯科医院を継がなければならなくなったとかで、新しい院長に引継ぎをしてもらう。歯科医の子は歯科医ということらしい。

一向に桜は開花したという感じがしないが、近くの桜の名所では桜祭りをやっている。桜が咲かない上に、こう寒くては、盛り上がりに欠けることだろう。花見という気分にもなれない。毎年、桜の開花の時期が大幅にずれ、4月上旬という桜祭りのときにうまく咲いていてくれたためしがない。また、来年は、開花の時期が早くなったりしたら、目も当てられないだろう。なかなか自然相手は難しい気がする。

April 01, 2005

4月1日(金)

とうとう4月になった。一応桜は開花したとのことになっているが、近くの桜の木はちらほら咲いているだけで、咲いているとはいえない状態だ。昨年や一昨年がとくに開花が早かっただけに、余計遅く感じられるのかもしれない。気温もさほどあがらず、ちょっと薄着で出かけるとまだ寒い。

久しぶりに、近くのパン屋「オラン」で昼食をとる。食後に、イギリスパンとバナナの入ったパフェのようなものを食べる。なぜか、小学校時代の給食を思い出した。砂糖で甘くしたパンが出てきたような記憶がある。

3月31日(木)

久しぶりに映画館で映画を観る。『アメリ』の監督と主演女優のコンビで作られた『ロング・エンゲージメント』。現代のパリと、1917年前後の戦争の時代と、まったく映画の背景は違うが、ある人間を一心に探すというところでは、二つの映画はまるで同じ。この監督の基本的なテーマなのだろうか。映像の特異な作り方も『アメリ』と似ている。こういう映画は、やはり映画館で観ないと意味がない気がする。

予告編を見ていて、ここ数年の間に、映画そのものが大きく変わったという印象を受けた。一番の変化は、CGを多用できるようになったというところにある。アクション物の映画もそうだが、『ロング・エンゲージメント』の映像美も、これまでならとうてい出来ないものだろう。その是非はあるにしても、映画がそうした方向に向かっていくのは避けられないことかもしれない。でも、なんかその分、小意気な映画がなくなっているのは気がかり。

映画の後は、近代美術館の「ゴッホ展」に。あまり派手なめぼしい作品はなく、展示の仕方もかなり研究的。それにしても、ゴッホがいかに金がなかったかがわかる。なにしろ、当時読んでいた自然主義の小説、ゾラのものなどを静物画として描いているのだから。花とかならわかるが、本というのは絵としてはまったく面白くない。一番よかったのは、「糸杉と星の見える風景」か。糸杉が不安を象徴する現代の宇宙樹の趣があった。

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