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May 2005

May 31, 2005

5月31日(火)

『異教のキリスト教』9章の残りを直して、編集者に送る。あとは最後の章とエピローグになった。もっと早く全体が終っているはずだったが、ずいぶんかかってしまった。解説を近々書かなければならないだろう。直しが終ってから『寺門興隆』の創価学会論、21回目にとりかかる。前回に続き、小樽問答について書く。今度ははじめから内容が決まっていたので、悩まなくてもよかった。

法蔵館の方から、『戒名』を読み取った原稿が送られてきた。原稿だけだったので、データ自体も送ってくれるようお願いする。ただ、印刷屋から送られてきたもの、添付ファイルが読めない。マックの圧縮ファイルで解凍すればいいはずなのだが、それができないのはどういうわけだろう。

午後から、病院に診察に。先生が今度別の病院に移るとのこと。これで、外来で3人目の医師になる。医師によって、やはり治療の方針が違うので、薬や検査の方法など変わるかもしれない。値的には一応順調に直っているようで、まずは安心。それにしても、薬代が高い。

夕方に、駅前のいまあじゅへ。ずいぶん寄っていなかった。ママさんから「久しぶり」と声をかけられる。最近、打ち合わせに桜上水や下高井戸を使ってきたので、しばらく来れなかった。『人を信じるということ』でお世話になったUさんの仲介で、朝日新聞社から『間違いだらけの宗教知識』といった本を出すことになり、編集のN氏と会う。N氏は、オウム事件のころ女子大のほうに取材に来たことがあるということだが、まったく覚えていない。あの時代にはやはり記憶の欠落があるのだろうか。

May 30, 2005

5月30日(月)

いよいよ梅雨も近づき、天気が悪くなってきた。一日雨。

久しぶりに『異教のキリスト教』の翻訳の直しをする。最後から一つ前の9章。全部は終らなかったが、パウロの話が出てきて、この本の意味がようやくはっきりしてきた。言われてみれば、パウロは書簡のなかで、福音書に描かれたイエスの物語について言及していない。ということは・・・ちょっとおもしろくなってきた気がする。

最近付き合いのある『月刊ランティエ』の編集部から電話。「夏の手土産」を推薦して欲しいとのこと。少し考えて、夏らしいものを選ぶ。何を推薦したかは、来月号のお楽しみということで。

May 29, 2005

5月29日(日)

博多のほうでは、海老蔵襲名の船乗り込み。7時のNHKのニュースでやっていたが、途中から見たので、肝心の海老蔵が船に乗っているところを見逃してしまった。4万人が集まったとのこと。去年の5月からはじまった襲名披露興行も博多座と巡業を残すのみになった。まずはご苦労様ということか。

歌舞伎チェんネルで放送された昨年9月歌舞伎座の「蔦紅葉宇都谷峠」を見る。この演目は、これまでまったく見たことがなかった。勘九郎の3役早代わりで、主役は三津五郎。息の合ったコンビだが、なんだか盛り上がりに欠ける。比較の材料がないので判断できないが、こんな芝居なのだろうか。正直その面白さがさっぱりわからなかった。何か歌舞伎とは違うものを見たような気もした。かといって新劇でもない。一体何なのだろうか。

May 28, 2005

5月28日(土)

先週の土日は仕事だったので、久しぶりにゆっくりできる。掃除をしなければならないと思いながら、面倒で明日にまわすことにする。大リーグやプロ野球を見ただけ。

夕方、街路樹へ。舘野さんのライブ。ギターとのデュオが基本で、最後にピアノも入った。「ユー・シュド・ケア」から始まったが、本人はフリージャズの人に思えた。休憩のとき聞いてみると、やはりそうだとのこと。オリジナルになると、かなりフリーフォームだが、ギターの人はあまりそういうのが好きではないようだった。ピアノが入ってからは、譜面を見ながらモンクの曲ばかり。楽譜を見たが、メロディーしか書かれていないものが多い。モンクの音楽はピアニストにはお好みのようだが、やはり難しいものだということを再認識する。

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演奏が終ってからは、街路樹のご主人が蔵元から取り寄せたというさまざまな酒を出してくれた。料理も出て、ミニ宴会になる。遠慮なく酒と食事をいただいた。地元っぽいところがいい。

May 27, 2005

5月27日(金)

『戒名』新版の作業をする。最後の章を残して、だいたい終わる。最後の章だけは、やはり大幅に組み替えたほうがいいかもしれない。というか書き下ろしに近い形にいっそしてしまったほうが、やりやすいかもしれない。要検討といったところ。まだ、原稿のデータが送られてきていないので、それからにしようかとも思う。

近くのセブンイレブンが改装になったが、あまり大きくは変わっていない。どうも、客も使えるトイレを確保したのが一番大きな変更のようだ。ほかに、酒類の扱いを増やしたようにも見える。あとはあまり変わっていないように見えた。島根の新聞では、ローソンだかがはじめて進出して、県内に店を増やすという記事が載っていたが、まだ島根ではあまりコンビにが普及していないようだ。東京ではすでに過当競争だが、地方ではまだ余地があるということだろうか。

May 26, 2005

5月26日(木)

午前中は研修会の続き。アイヌの秋辺氏の講演を聞く。秋辺氏は、北海道ウタリ協会副理事長という肩書きをもつが、考えてみると、日本の宗教の歴史や現状を考えようというとき、アイヌのことに考えが及ぶことはほとんどなかった気がする。おそらくそれは大きな間違いなのだろう。講演を聞きながら、そうしたことを思う。

講演が終わってから、秋辺氏に資料をいただき、主宰者の案内で松江市内の月照寺へ行く。そこは、松平家の墓所で、廃れていたのを、先々代の住職がきれいにしたとか。そして、先代の住職があじさいを植え、あじさい寺として売り出したのがあたったらしい。今はまだあじさいの季節ではないが、季節になると大変な人が訪れるらしい。ただ、寺とあじさいとは関係がないとのこと。落ち着いた庭を見ながら、抹茶をいただく。松平家7代目当主の不昧公は茶人として知られ、その方面の著作があることで良く知られている。

おもしろいのは、その月照寺や出雲大社を含め、出雲地方の社寺を両方含んだ霊場巡りをはじめたとのこと。寺と神社が両方含まれる霊場巡りはめずらしいのではないか。神社が被い出雲ならではのことかもしれない。

食事をして、空港まで送ってもらい、東京へ。小さくて古そうな飛行機のせいか、微妙に揺れた。あるいは気流の関係なのだろうが、最近問題の多い日本航空だけにちょっと落ち着かない。ただ、大きく揺れることはなく、無事羽田に。

5月25日(水)

真言宗の中国ブロックの研修会のため、島根の松江に。天気が良く、飛行機もほとんど揺れなかった。着くと、東京より涼しい。でも、絶好の天気で気持ちが良い。松江は3度目。最初は高校の修学旅行だった。

午後から、ホテルで講演。タイトルは、「新興宗教の現状について」。まず、新興宗教とは何かという話からはじめ、休憩をはさんで後半は、創価学会の現状について語る。聴衆は、やはり後半の方に俄然関心があったようだ。終わった後も、いくつか質問を受ける。2時間以上しゃべったのでかなり疲れた。

夜は懇親会。明日話をするアイヌの秋辺徳平氏も参加し、アイヌの楽器を演奏された。この琴に似た楽器での演奏は人ではなく、神に聞かせるためのものだという。

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宴会の余興として、民謡の演奏があったが、途中安来節が入った。民謡がはじまった途端、高校の修学旅行の時旅館で安来節を見た記憶が蘇り、そのとおり安来節が出てきたので驚いた。それまですっかり忘れていたのに、35年前の記憶は奥にしまわれていただけだったようだ。

結局、2次会にもつきあい、そのあと温泉に入る。ホテルの前は宍道湖で、そこに満月に近い月が昇って美しかった。

May 24, 2005

5月24日(火)

エンパワー研究会が延びたので、今日は少し暇になった。明日は島根の松江に行き、真言宗の研修会で講演をすることになっている。内容は、「新興宗教の現状について」というもの、そもそも新興宗教とは何か、どういう性格をもっているかから話をするつもり。講演は、やってみると発見があって、話す方にも役に立つ。

午後、経堂へ出る。もとは喫茶店だった街路樹という店がいまはギャラリーになっていて、そこで動物解体図会というものをやっていた。動物や植物の図鑑にそうした生き物の体の内部構造を示す挿絵を描いている舘野鴻さんという方の展覧会をやっていたので、のぞいてみる。こうした絵を描くという職業もあるわけだと、改めて認識する。作者は音楽もやっているらしく、28日にはライブもあるらしい。それを聞きに行くつもり。

夜、下高井戸のジョナサンで夕食をとるが、雨がすごかった。昨日もかなり降ったが、この季節にしてはあまり降らない降り方ような気もする。気候不順のあらわれだろうか。今年は冷夏とも言われており、先が心配になる。

宗教学会での自由パネル採用になる。いろいろ準備もしなければならないだろう。

May 23, 2005

5月23日(月)

引き続き、『会議は』の校正刷を直す。朝、編集者に昨日できたものを見せ、それをもちかえってもらった。残りの分は夕方まで仕上げ、メールで送った。これでようやく片がつく。私としては、あと出来上がりを待てばいい。

明日、エンパワー研究会の予定だったが、急に欠席者が増え、延期になる。夜その準備をしようと思っていたが、その必要がなくなったので、新宿へ出る。先日買ったスラックスの裾上げができているはず。伊勢丹に行き、それを受け取り、アラミスでは試供品をもらう。ほかに、防ダニ加工の枕カバーと、アンダーシャツ、靴下を買う。

三越のジュンク堂に寄り、書棚を眺める。世代論はないかと思って探してみたが、どうもないようだった。あっても不思議ではないが、あんがい研究されていないことなのかもしれない。下におりると、雨が激しく降っていたので
中村屋で食事をすることにする。復刻メニューというのがあったので、それを頼む。そのメニューを頼むとくじ引きができるが、やはりいいものはあたらなかった。昔の広告絵葉書をもらう。

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復刻されたのは、昭和30年代、40年代のメニューということだが、昔の中村屋は、2階が簡易食堂になっていて、肉まんやらあんまんやらをその場で食べることが出来るようになっていた。子供には、それが楽しみで何度も行ったのを覚えている。残念ながら、いまレストランでは、肉まんを頼めない。そういうことも一度復刻してくれると、きっと懐かしいだろう。

May 22, 2005

5月22日(日)

朝掃除。『会議は』の校正に赤を入れる。やはり一日かけても終わらなかった。最後の2章は明日にまわすことにする。

作業の合間に、映画「半落ち」の見終わっていない部分を見る。雰囲気のある映画だとは思うが、釈然としないものが残ってしまう。原作は読んでいないのでわからないが、タイトルの半落ちということ自体が映画には生きていない気がする。おそらく原作は、さまざまな人間の人間模様を重ねるような形になっているのではないか。それが映画にすると単純化される分、面白みに欠けるのかもしれない。だいたい、最後になっても決着のついていないことが多すぎる。

大河ドラマの「義経」、歌舞伎によく出てくる人物が登場するのが案外おもしろい。歌舞伎のつくる人物像と、テレビとではかなり違う。

May 21, 2005

5月21日(土)

土曜日で普通は仕事をしない日だけれど、『会議は』の校正刷をもらい、その直しをする。やはり最後の段階になると、手を入れたくなる。その作業がけっこう大変。明日もしなければならない。いろいろ重なって、しばらくは忙しい。しばらく暇だったような気がするが、これからはそうもいかないのだろう。

May 20, 2005

5月20日(金)

午前中から京王プラザホテルの樹林で、『会議は』の校正の付け合わせをする。雑談しながらだったので、かなり時間がかかった。この作業もあと、2、3日で終わる。

午後から、日蓮遺文の勉強会へ。昨日モンゴル人力士の話を書いたが、モンゴルから国書が届いたことで、俄然日蓮がやる気になったときの文章に差しかかった。先生の講義が終わり、質問の時間に、もし国書が届かなかったら、日蓮はどうなっただろう。案外、平凡の宗教家として埋もれてしまったのではないかと、勝手なことを言ったら、案外うけた。

しかし、モンゴルの問題があったからこそ、日蓮は世界史的な視野を獲得したのかもしれないと考えると、この問題はけっこう興味深い。やはり日蓮は世界史的な宗教家、思想家と言えるのではないだろうか。ちょうど時代が、日蓮の時代になって大きく動き出したことが、彼の人生を変えていったのだろう。どう変化していったのか、それを見守るのが面白い。

May 19, 2005

5月19日(木)

『会議はモメたほうがいい』の校正を続ける。終わったところで、あとがきを書く。明日付けあわせをすることになった。

『戒名』新版、戒名料のところを書き直す。前は、戒名料が上昇しているという話で書いたが、今はそうではないので、違った書き方をする必要がある。

買い物に出たところ、今日、急に暖かくなったせいか、小さな虫がたくさん飛んでいて、それがぶつかるのに閉口した。いたるところに飛んでいる。これまで寒くて、出られたなかったのだろうか。

相撲、朝青龍がとにかく強い。ほかにもモンゴル勢ばかりの活躍が目立つ。これなら、モンゴル場所をやったほうがいいかもしれない。

May 18, 2005

5月18日(水)

『会議はモメたほうがいい』の校正をする。校正という作業はけっこう集中力を必要とするので、半分くらいまでただりつくと、頭がボーっとして使い物にならなくなる。校正によって見逃した部分は、そのまま本として世間に出るのだから、やはり神経を使う。本の最後の山だといえるだろう。

昼食は、家に何もなかったのでデニーズへ。やはり主婦たちがたくさん集っていたにぎやか。毎日こうした光景が繰り広げられているのだろうか。それでも2時ころには大方の主婦は帰っていた。

夜、セブンイレブンに水汲みに出かけたら、電気が消えていて、驚く。つぶれたのかとも思ったが、改装とのこと。一週間くらいかかるらしい。そんなに建ってから時間がたっていないと思うが、そうしないとだめなのだろう。問題は、ピュアウォーターがどうなるか。あまり客がいなそうなので、もしかしたらなくなるかも。そうなると、OXまで行かなくてはならない。

May 17, 2005

5月17日(火)

朝、中央公論新社の編集者から、『会議はモメたほうがいい』のゲラを貰う。6月に刊行される予定。一応全体を読んでみる。校正は明日にまわすことにする。

新しい本の企画について、当初予定していた出版社が変更になると編集者から連絡がある。果たしてどうなるか。予定では、会議の次に『戒名』(新版)をやり、それに続いて天理教を仕上げた後になりそう。それとも、天理教と前後することになるのだろうか。それが決まると、9月までの予定が立ちそう。

ふと、本棚を見たら、有沢広巳『日本証券史』の本が目につく。これは、私が買った本ではないのだが、たしか、私の裕巳という名前は、この有沢広巳氏から来ているはず。なんか縁を感じるが、その本を見て、自分は本当は経済の問題のほうに関心があるのではないかと考えてしまった。学部の選択を実は誤っているのだろうか。そう考えると、『戒名』にしても、『創価学会』にしても、広く読まれている私の本は、宗教の経済的な側面が重要な役割を果たしている。あるいは、版を重ねている『宗教家になるには』も職業という観点で宗教家をとらえている。一度、バブルの発生の研究をしたいと思っていたり、頼母子講に関心があったりするのも、そこに経済の問題がからんでいるせいだろう。宗教に対して、本当には関心がないのも、そうしたことが関連しているのだろう。妙なことを発見し、自分でも少し驚いた。

May 16, 2005

5月16日(月)

午前中は、『会議はモメた方がいい』の原稿を直す。昨日編集者の方から、全体が届いたので、最初から最後まで気づいたところをメモする。

午後は、『戒名』(新版)の直し。一部に手を入れると、それが全体にも影響するので、いろいろ考えてやらなければならない。15年経つと、やはり戒名についての考え方も変化してきている。そこには、時代の変化もかかわっているし、それをどう盛り込んでいくか。たんにデータを新しくするだけではすまないので、そこらが大変。

8月に京都で研修会の一日講師をすることになるかもしれない。あまり8月の京都には行ったことがないが、きっととてつもなく暑いのだろう。ただ、床もあるし、夏の京都が楽しめればおもしろい。

May 15, 2005

5月15日(日)

新宿のNSビルで伊勢丹のバーゲン。チェスター・バリーやヒッキー・フリーマンも出るというので行ってみるが、あまりいいものがない。けっきょく何も買わなかった。同じバーゲンでも、本店でやるのではないとだめなのかもしれない。去年買ったズボンは、まだ病み上がりでやせていたので、それが1年できつくなってしまった。とりあえずもう一本ないと不便なので本店のほうへ向かう。

途中、車屋別館で昼食。おばんざい定食をいただく。はじめて食べたがなかなかうまい。高野豆腐がとくによかった。車屋や全体に京風だが、玉子焼きだけは甘かった。京都で玉子焼きを食べたことはないが、やはり甘くはないのではないか。そこだけ東京風なのかもしれない。3階で食べたが、外国人の観光客がそば御膳を食べていた。ガイドブックにでも書かれているのだろうか。店員も英語で応対していた。ただ、そばをゆっくり食べるのはなんだかおいしそうに見えない。外国人にそばの食べ方を教えるのは難しいだろうか。

伊勢丹本店で、冬物のズボン、裾が長かったので少しあげてもらう。1.5センチあげてもらったので、もとはかなり長かったことになる。そのついでに、紺のサマーウールのズボンを買う。ブランドはヒッキー・フリーマン。これはアメリカのブランドだが最近、なかなかいいと思っている。同じ売り場にチェスター・バリーがあるが、さすがにそちらの方が高い。とてもバーゲンでないと手が出ない。

May 14, 2005

5月14日(土)

もう少し天気が悪いのかと思っていたが、昼間のうちは雨も降りそうにないので洗濯をする。乾燥機付きにしてから、干さなければならないものが減ったので、やはり楽だ。全部乾燥までして、しかもしわにならなかったら、本当に楽になるはずだが、そうなるとかなり時間も必要になるだろうか。綿のシャツやシーツなどは干すというところがあるいはちょうどいい線なのかも知れない。

思いついて、今月エンパワー研究会で発表する内容について考えてみる。当初は、ヒューマン・リテラシーという点を中心にと思っていたが、少し角度を変えて、企業の雇用形態や、新卒者の採用システムの問題などを考えてみることにした。いま、大学のシステムがかなり変わってきているが、その方向性は、これからの企業に影響を与えることになるのではないか。そのうまい舵取りをすることで、さまざまな問題が事前に解決されないだろうか。病気をして改めて思うが、病をあらかじめ防止する予防医学的発想が大事だと思う。

May 13, 2005

5月13日(金)

『戒名』新版の作業をする。原稿データ、フロッピーディスクからけっきょく読めなかったようだ。古いMS-dos時代のものかもしれないので、仕方がないかもしれない。あるいはカビが生えているとか、物理的な問題も考えられる。そこで、足していく部分だけ書いていったのだが、いろいろと必要なところが出てきて、第1章しか終わらなかった。

もっとも朝、病院に検査に行ったので、作業時間が少ないせいもある。それにしても、検査する項目が増えてきて、採血される量が増え、その分、検査代も高くなった。検査しなくていいともいえないので、仕方ないだろう。朝食をとる前に検査する必要があったので、朝食はロイヤルホストで。隣の隣の席では、年配の人が朝からビールを飲みつつ、朝食をとっていた。そのあと、その席に座った人は、つれに、今年の花粉症がいかに大変だったかを語っていた。そんなんでは本当に仕事にならないだろう。困ったものだ。

中央図書館に行き、『戒名』のために朝日新聞の古い記事を探す。1984年5月の記事なので、ネット上のデータベースにものっていない。それで縮刷版をめくることになったのだが、20年前の新聞というのを今見るとけっこうおもしろい。時代の空気みたいなものが伝わってくるが、あのころはバブル前夜ということで、けっこう今などと比べると景気が上向きの気配がある。それから、住宅などの広告が目立つ。正月のところもみたが、出版社もそれぞれ大型企画を打ち出していたりする。

いったいバブルがどのようにしてふくらんだか、経済学的ではなく宗教学的に分析してみたいとずっと思っているが、やはり新聞を見ていくだけで、イメージを掴むことは可能かもしれない。バブルに入る明確な境目は見出せないかもしれないが、人々が土地や株が上がり続けると信じられるようになるときは見出せるのではないか。考えてみると、新聞記事から世相を見るというのは、柳田國男が『明治大正史世相篇』で試みたことでもある。その現代版を目指せばいいのかもしれない。

May 12, 2005

5月12日(木)

なんだか寒い。すでに雨季に入ったのだろうか、天気がよくない。

『会議はモメた方がいい』の原稿をもう一度読んで、メモを作り、3章だけ構成を変える提案をしてみる。自分の本だが、自分で文章までいじると変になりそうなので、手は出さないようにする。

スキャナーで原稿の読み取りを試してみたが、かなり字をひろえている。前のスキャナーのときに比べてかなり成績がいい。やはり進歩している。これでやっと実用的になったといえるだろうか。

獅童の結婚が報じられ、ついでに海老蔵のこともいろいろ言われているが、本当に彼はニューカレドニアに行ったのだろうか。写真もなく、目撃情報もほとんどないように思うがどうなのだろう。米倉が成田屋の嫁としてどうかと言う前に、事実が怪しい。付き合ってもいないのに破局したと書かれることになるのだろうか。

5月11日(水)

宗教学会の事務局にメールで自由テーマパネルの申し込みをする。『会議はもめた方がいい』の原稿を読んで、気づいたところをメモする。私が話したことを編集者がまとめてくれたものだが、共同作業だということを改めて思った。自分が考えていることがどのように相手に受け入れられるのか、今回の本ではそこが大切なのでこうした形式をとったが、語っている自分は別人格であるようにも思える。

『山岸巳代蔵全集』の第3巻を受けとる。ヤマギシ会事件前後のことが中心になっているが、これまで見たこともないものがかなり含まれている。ようやく全集刊行に意味が出てきたように思う。ただ、外部の人間でそうしたことに関心をもつ者は、あまりいないのではないかと思う。これをどうヤマギシ会研究に生かすか、考える必要があるだろう。

歯医者での定期検診のあと、渋谷へ。大盛堂に寄ったが、書店は4階までになっていた。センター街に支店が出来て、そことの兼ね合いも在るのだろうが、大型書店がほかにいくつも出来ているなかで、中途半端な存在になりつつあるのかもしれない。店内も1階をのぞけばすいていた。人文書が地下一階というのは行きやすいかもしれないが、いつまでこの形態で続くのか、少し心配になる。

夜は、ライターの日垣隆さんと、筑摩の編集者をまじえて会食をする。たまたま編集者が同じなので、「ヒラル」でトルコ料理を堪能することになった。メニューにない、麦のピラフや羊の煮込みなどこれまで食べたことのないものを食べる。

May 10, 2005

5月10日(火)

勘三郎襲名の5月大歌舞伎を見るために歌舞伎座へ。昼の部は一等で、夜の部は3等B。歌舞伎座の前には、テレビクルーが。結婚を発表した獅童を追っているようだ。昼の部で、「芝居前」が終わって入り口のところへ行くと、外にたくさんのあまり歌舞伎座に似つかわしくない人たちが。そのなかには、梨本、井上といったレポーターの顔も。獅童は昼の部では、「芝居前」だけなので、インタビューをしようとしているらしいとわかる。やがて、一行は脇の入り口から入り、なかへ消えていった。観客は、ほとんど気づかなかったらしい。

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夜の部、地下の食堂で食事をとっていると、隣の夫婦連れの男性から話かけられる。日蓮宗の僧侶の方で、私の講演だかを聞いていただいたことがあるよう。『オウム』や『創価学会』も買っていただいているようで、礼を言う。今日は結婚記念日とのことで、奥様はそうした日に一緒なのがそもそも珍しいと語っていた。

「研辰」のカーテンコールで、勘三郎が獅童を前に呼び出し、手をあげていた。何も語らなかったが、ほほえましい光景で、観客からは大拍手。野田版は、初演の初日に見ている。やはりあの日の舞台は特別なものだったのだと、改めて想う。

May 09, 2005

5月9日(月)

ゴールデンウィークも終わった。仕事に精を出さなければならないが、まだ本気が出ない。『戒名』新版の方、データが集まらないのと、本文のデータの問題が解決していないので、ひとまず後回しにし、天理教の本の「はじめに」を書く。先日、弓山氏から送っていただいた、天理教分派の研究の本も読みはじめる。

午後から池上本門寺へ。ヤマギシの元参画者K氏のことで、相談する。研究会などで一度話をしてもらいたいと思っているが、なかなか機会が得られない。独自で考えなければならないかもしれない。宗務院に行く前、知り合いから本門寺のストラップを頼まれていて、本堂へ続く参道をのぼる。石段がかなりきつい。のぼり終えて後悔する。

目がまた充血しているので、品川の眼科へ。たびたび同じところが充血するのは珍しいとのこと。今、ワーファリンと言う血液をさらさらにする薬を飲んでいるという話をすると、それが原因ではないかというところに落ち着く。目薬も処方して貰わず、診察が終わる。

夕食に、目黒の「とんき」へ、先日伊勢丹でとんかつを食べたとき、とんきに行きたいと思ったので、ちょうどよかった。とんきのいいところは、すべてカウンターで、一人で食事をするのに向いている点。味的には、上野のとんかつ屋の方が、値段も高い分、うまいかもしれない。ただ、きびきびとした調理の様子や、薄い衣の感覚は変え難い。目黒からバスで三軒茶屋へ。世田谷線で帰る。時間はかかるがこのコースだと混雑を避けることができる。

May 08, 2005

5月8日(日)

朝掃除。午後は上北沢図書館へ。冠婚葬祭のガイドブックを4冊ほど取り寄せてもらったが、戒名料についてはほとんど出ていなかった。もう少し別のガイドも見る必要があるだろうか。ついでに、『演劇界』の劇評を読む。どの世界もそうだが、評論家というものは、当たり障りのない範囲でしかものを言わないので、あまり面白くない。それにしても、勘三郎の「娘道成寺」、どの評でもほめてあるが、そこがまったくわからない。趣味の問題だろうか。

昨日録画した、醍醐寺の薪歌舞伎前半を見る。収録されているのは、たまたま私が訪れたとき。おそらく、私の背中もどこかで映っているのではないだろうか。見始めると、やはり見入ってしまう。映像のいいところは、全体が見られるてんと、不動堂前での紫燈護摩などが見られるところ。團十郎のにらみもよくわかった。「勧進帳」は、日を改めて見ることにする。やはり行ってよかったと、映像を見て思った。もし行っていなかったら、映像を見て、ひどく後悔したに違いない。

5月7日(土))

横浜能楽堂に能の「身延」を見に行く。解説をされた福神のメンバー、鈴木氏のご招待。この能楽堂ははじめてだが、丘の上にあって、かなりの急坂。バスがあるときいていたのだが、乗る場所がわからず、それほど遠くないので歩くことにした。けっこうハード。

鈴木氏の解説につづいて、狂言の「宗論」、そして「身延」の上演。終わってから、シテの方の質問コーナーがあった。横浜能楽堂は、能舞台が室内にあるが、能舞台自体相当に古いものに見えた。おそらく由緒があるものなのだろう。

福神の渋沢氏も来ていて、今度小樽問答について日蓮宗の立場から再検討する会をすると聞く。話していて、当日コメントをすることになった。日時は6月22日とのこと。

終わってから新宿へ出る。湘南ライナーに乗ったが、かなり便利。新宿までおよそ30分と近い。

May 06, 2005

5月6日(金)

『戒名』新版、「はじめに」の部分を書き直し、必要なデータを集める。雨が降り、ここのところにしては肌寒い。

ジャッキー・マクリーンの『ネイチャー・ボーイ』を聞く。マクリーンも、今ではかなりのおじいさんのはずだが、サウンドはとても元気。それに、昔はあった特有の癖というのか、それが抜けて、聞きやすくなっている気がする。熟練したということだろうか。スタンダード・ナンバーを、ただ当たり前に演奏しているようでいて、中身は充実している。ピアノのシダー・ウォルトンが悪くない。全体に大人のジャズという感じがした。たまに聞いてみたくなるCD。

プロ野球の交流戦がはじまる。横浜は、ロッテにサヨナラ勝ち、5割に戻った。パリーグの首位チームを破ってのことだから、幸先がいい。

May 05, 2005

5月5日(木)

『戒名』新版のための「はじめに」の部分を書き終わる。この調子でいくと、かなり早めに仕上がりそうな気がする。ただ、事例をどう新しくするかが問題になりそうだ。

午後は、テレビで横浜・巨人戦を見る。横浜はだいぶ調子があたってきた。なかなか強いし、安定している。最近は最下位ばかりでふがいない戦いが続いていたが、今の分なら心強い。やはりピッチャーが安定してきたことが大きいのだろう。もう大魔神は必要なさそうだ。抑えにはやはりスピードがいる。アメリカから帰ってきたところで、すでに限界だったのではないか。それにしても巨人の弱さは致命的。このままなら、監督の更迭も近いだろう。

週刊新潮から電話取材。「聖教新聞」の記事についてコメントを求められる。れいの誰が書いているか分からない架空座談会のことだが、どうもずれたことを書いてしまう人間が組織のなかにいるらしい。

May 04, 2005

5月4日(水)

朝、昨日買った遮光カーテンを寝室につけてみる。遮光性99.99パーセントとはなっていたが、それだけだとまだ光を通す。内側に前から使っていたカーテンを吊りなおすと、かなり光を通さなくなった。オーダーではないので、寸法が完全ではないが、まあこれなだいいだろう。

『戒名』新版の執筆をはじめる。データをネットで集めたりしたので、あまり進まなかった。それでも最初の出だしはかけた。

文筆家にとって祝日など本当は関係ないのだが、なぜか休みの日は空気が違う気がする。よほど気力が充実していたり、せっぱつまっていないと、その休みの空気にやられて、仕事ははかどらない。いまはまだせっぱつまっていないので、まあいいかという気になってしまう。本格的な始動は、来週からということになりそうだ。

May 03, 2005

5月3日(火)

自由テーマパネルの申込書をワードで作成し、各パネリストなどに送る。仕事はそれだけ。午後から新宿へ行き、いろいろ用事をする。

まずタワーレコードで、ジャッキー・マクリーンの「ネイチャー・ボーイ」を買う。もう1枚、キース・ジャレットなどが伴奏しているゴスペルのマリオン・ウィリアムズのCDを探すが、これはなかった。高野で朝食用の紅茶を買う。けっきょく、超特選ニルギリが一番おいしい。紀伊国屋書店で少し本を探し、イワキで洗浄液を補充してもらう。それから、ピカデリーで、予告編を見て気になっていた「阿修羅城の瞳」を見る。不入りと聞いていたが、やはりすいていた。一番小さい館で上演しているのに、ゴールデンウィークにして空いているとは。ありがたいような、不吉なような。伊勢丹のIIカードで学割料金で見ることができた。

予告編のなかでは、ロボット物の「ヒノキオ」というのがかなり面白そう。まあ、予告編はあてにはならないが、いいとこをついている感じがした。肝心の「阿修羅城」だが、舞台が元のせいで、登場人物が少なく、その分、映画としての展開がうまくない。筋もあまり明確でないし、たいしたことはない。染五郎も宮沢りえもどちらも役者としてはうまいと思うが、年齢的にどうだろう。上戸彩ならわかる気がした。不入りなのもうなづける。ただ、金丸座を使ってロケしているところがおもしろい。あと、赤い糸で結ばれるというところはCGをうまくいかしているのだが、それが大きな筋に結びついていない。どうしてもっと脚本段階でちゃんと手を入れないのだろう。相当に金がかかっているのに、もったいない。


伊勢丹に行き、ヒッキー・フリーマンのスラックス冬物丈が長すぎるので直しに出す。それから、メンズ・コスメの売り場へ。ちょうど、映画を見る前に、前にしてもらったネイルケアの案内の電話が入っていたので、またしてもらう。この前と同じMさんがしてくれたが、そのあいだに、京都の鈴虫寺の話をする。昔は混まずにとてもいいところだったらしい。ガイドブックの弊害とのこと。シャンプー、ボディーシャンプー、スクラブを買う。無印良品では、遮光カーテンを買う。

夕食をとるために、ふたたび伊勢丹のイートパラダイスへ。少し店が変わっていた。洋食の香味屋がいつの間にかなくなっている。とんかつの店でロースかつ定食。

May 02, 2005

5月2日(月)

宗教学会の自由テーマパネル、発表題目などを知らせてもらうためのメールを送る。『寺門興隆』の原稿を送る。連載もこれで20回目、よく続くとわれながら感心する。

あとは、すっかり連休モード。読んでいなかった『ステレオ・サウンド』の記事に目を通す。村上春樹のいつも小難しく、長い連載だけが残った。彼の音楽論、おもしろいことはおもしろいが、どうしてあれだけ衒学的に書くのだろうか。なんだか、オーディオファンに対してかまえている気がする。そこが興味深いとも言えるが、読むのに気力がいるのもたしか。えいっとかからないと読めない。

CSの音楽ラジオ、スターディジオに入っている。仕事しながらBGM的に聞いていることが多いが、たまにいい感じのジャズが聞こえてくることがある。最近聞いたのでは、ジャッキー・マクリーンの『ネイチャー・ボーイ』がいい感じがする。ネットで調べてみると、評判も悪くない。マクリーンのCDはあまりもっていないが、これは買ってもいいように思った。

May 01, 2005

5月1日(日)

5月に入った。最近、朝一度起きてしまうと、6時くらいでもその後寝られない。その原因は、カーテンが遮光のものではないことに気づき、スーパーへ行くが、思いのものは見つからない。とりあえず、マルチカバーを下げてみる。この連休の間にカーテンを買いに行こうと思う。前は明るくても寝られたということだろうか。

歌舞伎座の7月は「NINAGAWA十二夜」とか。蜷川が歌舞伎を演出するのも事件だが、それ以上に大きいのは、そのアイディアが菊之助から発しているということではないだろうか。例年7月は、沢潟屋が歌舞伎座でやっていたが、今年は5月に勘三郎襲名があり、菊五郎劇団が7月に押し出された形になったので、こういうことになったらしい。来年はどうなるのかわからないが、そこから十二夜の話も生まれたようだ。

最近の菊之助、心境著しいが、それはたんに役者としてということだけではなく、彼にはもっと大きな野望があるのではないか。少なくとも菊五郎劇団を背負っていこうという意欲が出てきたように思う。歌舞伎という演劇は、権力をめぐるドラマを描くことが多いが、それを演じる役者の世界でも、当然権力のドラマがある。渡辺保氏の『女形の運命』は、歌右衛門を軸にそこらあたりのことを描いたから面白い本になっているのだと思うが、不思議と権力を握るのは女形だ。菊之助は、その権力のドラマの主役に躍り出ようとしているようにも見える。

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