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January 2006

January 31, 2006

1月31日(火)

 朝、研究室で3月のシンポジウムについての会議をする。概略が決まった。

 そのあと、『宗教としてのバブル』の再校に目を通す。最後までやり終えるが、ページ数の関係で少し補足しなければならないところが残った。明日それをすれば完成する。堀江容疑者の逮捕もあり、そこらで書き足さなければならないこともありそうだ。

 株価も元に戻り、ライブドア問題への関心も薄れつつある感じがする。主役たちが東京拘置所に入ってしまい、反論を展開することもないので、やはりそうなるのだろう。現在進行形でなければ人々の関心を引くことはない。あとは、裁判がはじまったときで、堀江容疑者が何を語るかに注目が集まるものの、それで終わりではないか。問題は、彼のもっているライブドアの株だろう。その株がある限り、彼にも復権のチャンスはあるのだろうが、株主代表訴訟など、株を手放させようとする力が働くに違いない。

January 30, 2006

1月30日(月)

 1月も最後の週に入った。寒さも和らぎ、暖かい。けれども、また週の後半になると寒波が来るとも言う。

 『週刊新潮』に載せる『日本仏教史』の書評、校正を送る。娘の卒論を読んで、コメントをメールする。午後からは、『宗教としてのバブル』の再校に目を通す。

 途中から、団塊の世代とそれから5年下の私の世代を比較し、年齢が上になるに連れて、生存率がどのように変わるのか、統計からたしかめてみた。50歳に到達したときの生存率だと、団塊の世代の真ん中、昭和23年生まれだと、91.5パーセントという数字が出た。昭和28年生まれの私の世代だと、それが95.2パーセント。予想したとおり、かなり違う。子供時代の食糧事情がそこに影響しているのだろうか。もう少しほかの世代についても調べてみなければならないだろう。

1月29日(日)

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 天気もいいので、渋谷区立松濤美術館へ行く。岸田劉生などのパトロンとなった芝川照吉のコレクションを再現する試み。ただ、美術館の規模が小さく、予算も限られているせいか、すごいコレクションだったという感触は受けなかった。芝川の肖像画がいくつかあったが、それぞれの作家が力を入れているのが分かった。ある意味、金の力ということだろう。

 そのまま歩いて、Bunkamuraのザ・ミュージアムで「ポーラ美術館の印象派コレクション」を見る。こちらは、ちゃんとした展覧会。どの絵も、おそらく十分な修復がなされているのだろう、今かき上げられたかのように絵の具の色が鮮やか。いったいどのような技法が用いられているのかはわからない。あまりに鮮やかすぎて、それが100年以上前にかかれたという気がしない。その点で、こうした絵の処理の仕方は議論があることだろう。なにか現実感が失われるような気もする。

 久しぶりにセルリアンタワー東急ホテルの「坐忘」でお茶をする。ホテルの従業員、全体に前より声を掛けてくるような気がする。建ってから時間が経ち、サービスも充実してきたということだろうか。シャトルバスで東急東横店に出て、のれん街で買い物をするが、ここはいい店がそろっている。
 

January 29, 2006

1月28日(土)

 『宗教としてのバブル』の再校を読み始める。締め切りまで少し時間があるので、まだ余裕がある。加筆の必要があるので、どこに入れるかを考えなければならない。

 山本義隆『磁力と重力の発見』1を読み終える。評判では、1と2はあまりおもしろくないということだが、私には十分楽しめた。磁力というところにしぼって、科学の発見されていく過程を追っていくというのは、やはり試みとして面白い。磁力について重要な発想の転換は、13世紀に起こったというが、当時の日本では、そうした科学思考が育っていなかったように思う。それがいったい何に起因するのか。考えてみると面白いかもしれない。

 夕方からヒルズへ。ライブラリーで、研究室のメンバーと出くわす。ジャーナリストコースの日らしい。山本氏の本、2を買う。夕食は、前にも行った六蔵で。メールの抽選で10万円があたると言われたが、見事に外れた。虎屋のときのようにはいかない。

January 27, 2006

1月27日(金)

 朝大学に寄る。シンポジウムの概要が決まったので、準備のための打ち合わせをする必要がある。それを秘書の人に頼み、日程を調整してもらう。

 昼、大学院の受験のために上京した娘と会い、昼食をとる。とりあえず1次は受かったらしい。

 それから、日蓮遺文の勉強会に出る。いよいよ年が明けて、「開目抄」に入る。今回は、書誌的な話で、序章に当たる最初の部分しか読まなかった。はじめて勉強会にコンピュータをもちこんでみたが、『日蓮宗事典』をインストールしていたのが役立った。言葉の背景など、その場で検索できるのが助かる。質問の時間では、少し訳語にこだわってみた。

 家に帰ると、清水先生からドラフトが届いていた。生物兵器によるテロの問題にどう対処するか、教えられるところが多かった。先生にパネラーに加わっていただければ、重要な議論ができるに違いない。

 ライブドアに関連して、一つ残念に思うのは、堀江容疑者が、捜査が入った後、反論の場としてブログをあまり積極的活用しなかった点。ブログをはじめるとき、バッシングを受けたときには、自分の意見を表明する場としてかなり役に立つのではないかと思ったことも動機だった。その点については、『不安を生きる』でも書いたことがあるが、堀江容疑者は、簡単なコメントを載せただけで、終わってしまった。拘置所からははがきなど出せるはずだが、それを誰かが仲介してブログに載せるという試みもなされそうにない。もし、そうした面でのブログの有効性が検証されれば意味があったと思うのだが、無実でなければそうはならないのかもしれない。

January 26, 2006

1月26日(木)

 朝、『宗教としてのバブル』の再校を受けとる。表には、「ソフトバンク新書001」と記されていた。新しく刊行される新書の第一号とは、名誉なことで、身が引き締まる。ずいぶんと苦労したが、少しはおもしろい本になったのではないかと思う。とくに、時代がバブルの近づき、さらにはライブドアの事件が起こるなど、時代の方が本に追いついてきたというのは、珍しいケースではないか。

 午後は、いくつかの本の構想をまとめたり、原稿のメモを作ったりした。少しのんびりしたので、来週からはまた仕事に打ち込まなければならない。明日の日蓮遺文の勉強会の予習もする。今度からは、いよいよ『開目抄』に入ることになっている。日蓮にとっては大きな転機だが、その転換を果たして評価できるのかどうか、そこを問うことになるだろう。

 一夫多妻の男が逮捕されたということで、このブログにもイエスの方舟を検索してたどりついた人たちがかなりいるようだ。一緒にされるのは、彼女たちにとってひどく迷惑なことだろう。その中身は、まったく違うように思う。イエスの方舟のおっちゃんは、ある意味、ただの牧師だったような気もする。

 前から注目していた植草元教授、教壇に復帰するとか。名古屋商科大学というのは、昔訪れたことがある。知り合いがそこに勤めていたからだが、かなり不便な場所にあり、学生たちも多くは車を利用していた。教授の研究室は、大企業の重役室かとみまごうほど豪華だったものの、学生運動を恐れて、学生が集まれる場所がまったくなく、雨の日には、車の中で時間をやりすごすしかないという、どこか奇妙な大学だった。

January 25, 2006

1月25日(水)

 『ランティエ』の次の原稿を書く。3月16日のシンポジウムの開催要項を書き、関係者に送る。新潮新書の企画について練り直してみるが、けっこう難しい。もう少し考える必要がありそうだ。

 午後、『ランティエ』の編集者が来て、プロフィール用の写真をとってもらう。

 タッキーの新橋演舞場での公演の売出しがはじまっているのに気づき、ぴあで急いで買ってみる。土日はいっぱいだったが、なんとか席を確保する。制作発表の内容を見ると、歌舞伎に傾いているし、しかもタッキーは女形に挑むという。これはやはり見ておかなければならないだろう。

 一夫多妻の共同生活をしている男性の件で、テレビ局のディレクターからイエスの方舟の連絡先を聞かれる。おそらくそうした内容では、取材は受けないだろう。詳しいことは分からないが、中身はかなり違うのではないか。イエスの方舟は、とにかく真面目だ。

 それにしても、ライブドアに対する捜査の手際のよさは際立っている気がする。捜査していることを気づかれずに、相当の証拠を集めているのは、いったいどういう遣り方をとっているのだろうか。総指揮をとっている人間の手腕は相当なものではないだろうか。

January 24, 2006

1月24日(火)

 朝、3月のシンポジウムに出ていただきたいと考えている清水さんに論文を送る。これで、だいたいの概要が決まってきた。後は、打ち合わせと、誰に来てもらうか、応募などの方法について考えないといけない。

 テレビは堀江容疑者一色だが、御厨さんがテレビでコメントをしているのには驚いた。光クラブとの共通性についてだが、どういうことでコメントを求められたのだろうか。興味がある。

 昼から、床屋へ。私の髪は一ヶ月がすぎると、とたんに手の付けらない状態になってしまう。少し間をおきすぎてしまった。これでだいぶすっきりした。

 テレビ局のディレクターから、ライブドアとオウムとの共通性について意見を聞かれる。選挙に出た目的の共通性について話してみたら、納得していた。組織犯罪を隠蔽しようとして、どちらも立候補したのだろう。ほかに立候補しなければならない理由はないし、それでなんとかなると考えてしまうところに、二つの集団の甘さのようなものがある気がする。

 それにしても、堀江容疑者が小菅に送られるまでの時間が短かった。逮捕されてしまうと、弁明の機会もないし、メディアのほうも追いようがない。視聴者は現在進行形に興味があるが、すでに過去のことになってしまえば興味を失う。その点では、今後騒ぎは比較的短い間に沈静化するのではないか。一般の人には、ホリエモンは興味の対象でも、ライブドアがどうなるかには興味が向かないだろう。あとは、誰かが小菅に面会にでも行くしかないだろう。

1月23日(月)

 朝から有楽町のスカラ座で『Always 3丁目の夕日』をみる。平日の朝、しかも月曜だというのに観客が予想外に多い。久しぶりにおもしろい映画を見たという気がした。懐かしいという部分よりも、当たり前の人間ドラマが繰り広げられている点がよかった。ただ、高度経済成長の時代には、急速にゆかたになっていくという面が、仕事に現れているはずなのに、それがないのが今の感覚だろう。三種の神器が揃っていく背景には、店の商売が発展しているという事実があったはずなのだが。あと一つ、これは無理なことだが、役者の体の使い方が、上半身に比重があって、下半身にないのは、農耕社会から隔たってしまったせいだろうか。

 そのあと、ヒルズのライブラリーへ。4時ころ、堀江氏が事情聴取を受けていて、そのまま逮捕される可能性があるという情報を得る。それから、朝日新聞社の編集者と、創価学会の新しい本について打ち合わせをしたが、かなり前に私が堀江氏の逮捕があると予言していたのを覚えていてくれた。なにやら最近は予言者か、占い師のようになってきた。

 夕食は、前に昼飯を食べた「寅」で。味もいいし、対応も気持ちがいい。帰りがけ、堀江氏逮捕の号外がヒルズの前で配られていた。テレビ局の車が多かったが、全体が騒然としていたわけではないので、そこが事件の中心という感覚を受けないのが不思議だった。

January 22, 2006

1月22日(日)

昨日の雪と打って変わって天気がいい。なんだか、少しゆっくりしたせいか、起きたら11時近かった。新しいコンピュータに、モニターとキーボードをつけ、家でも使えるようにした。外出時にはノートとして使えるので、かなり便利かもしれない。

大相撲を見たあと、日本テレビの「バンキシャ」を見る。木下氏が直接登場するのは珍しい。堀江氏との会話、かなり興味深かった。別の番組では、昨年末のライブドアの忘年会の様子を流していたが、だんだん、ライブドアという企業は、悪がきの集まりなのではないかと思えてきた。テリー伊藤が、スーフリを思い出すと言っていたが、似た面はあるだろう。スーフリの連中は、有名大学の学生ではあったが、あくまで学生で社会に出ていない。ライブドアの方は、社長が東大という点が注目されているものの、彼も授業にはほとんど出ていなかったという。実質的な最高責任者の宮内氏も、高校しか出ていない。学歴で差別するということではないが、大学でしっかりと学び、その上で社会に出ていったのとは違う人間たちではないか。そこに、世間を甘く見る傾向が生まれたようにも思える。要は世間をなめていたのだろう。その代償は、あまりに大きい。

January 21, 2006

1月21日(土)

 久しぶりに東京に雪が降る。朝起きてみると、すでに一面雪が積もっていた。もちろん、北国に比べればたいしたことはないが、東京という街は雪に対応していないので、その分面倒なことが起こる。とくに団地では、雪かきをする人が少ないし、しても範囲が広すぎてどうしていいかわからなくなる。今日は、夕方雪かきをしている人を見かけたので、その後、少しやってみる。ただ、依然として降り続いていたので、どれだけ効果があるかはわからない。日のあたらない北向きの部分は、晴れてもなかなか雪が消えないので、そこは雪かきしておいたほうがいい。

 

January 20, 2006

1月20日(金)

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 相変わらず休みということで、上野へ出かける。国立博物館で、「書の至宝」を見る。これは、『ランティエ』で紹介したものなので、やはり行きたかったもの。そこでも書いたが、やはり書はわかりにくい。それでも、王義之がいかにすごいかということは、今回よくわかった気がした。最初に名人が出て、その後はそれにかなわないというのは大変なことだと思う。

 その後、科学博物館で「パール展」を見る。ずっと気になっていた展覧会だが、会期末が近づいているので、寄ることにした。さすが科学博物館の展示なので、真珠というものがどうやってできるのか、どうやって作っているのかがよくわかった。ただ、ダイヤモンドに比べると、真珠は地味だと改めて感じた。さすがに展覧会連荘はかなり疲れる。それでも、科学博物館の常設展示をざっと見る。

 とちゅう、電話で、ホリエモン自殺の可能性について聞かれる。オウム事件が起こったときにも、集団自殺の可能性について聞かれたことがあった。もしホリエモンが全体のシナリオを書いた影の主役なら、その可能性もあるが、やはり彼は表の顔なので、そうはならないだろう。そこが光クラブとは違うかもしれない。政治家と秘書という関係の中で、秘書が命を絶つ例は多いが、やはりホリエモンは政治家の側だろう。なくなった元側近などのほうが、シナリオを書いたようにも思う。

1月19日(木)

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 新宿へ出て買い物。コンピュータの液晶モニターとキーボードをソフマップで買い、高野で紅茶を買い、伊勢丹でズボンを受け取り、アラミスでルートパワーを買う。久しぶりにお好み食堂で昼食をとる。昔はここでうなぎを食べるのが、子供のころの楽しみだったが、いまはメニューになかった。

 六本木ヒルズへ。次の新潮新書の打ち合わせをする。『イエス・キリストはいなかった』で考えていたが、『キリスト教に支配された日本』という新しい方向性が出る。少しこの線で考えてみることにする。

 19時から、橋本龍太郎元総理の講演会を聞く。モデレーターは、慶応の元学長。ほかにも慶応の関係者が集まっていて、改めて慶応のパワーを感じる。講演のテーマは、「行政改革」。元総理は、緊張のためか手がふるえていた。歴戦の政治家でも、聴衆が多いと緊張するのだろうか。数百人の前でしゃべれたら、私には快楽なのだが。

 元総理の話は、なぜ行政改革を考えたかからはじまり、現政権に対する皮肉もこめながら進められ、おもしろかった。非常にまじめというか、誠実というか。政治家の思考というものは、やはり現実に根ざしていて、その問題の解決を一つ一つ図りながら制度を作り上げ、現実化していくものだとうことを示していた。そこらあたりが、今の首相とは違うのかもしれない。

 例によって、ぴんとこなですしを食べ、タクシーで帰る。風が吹いて、外はあまりに寒すぎた。

January 19, 2006

1月18日(水)

 差し迫った締め切りもないので、少しのんびりする。ハードディスクにためてある録画などを見る。勘三郎襲名の際の「京鹿子娘道成寺」のも見てみたが、冒頭の勘太郎によるまいづくり、今まで見たもののなかでは一番達者。呼吸というのか間というのか、聞く者を飽きさせない。少し驚く。

 表参道ヒルズのオープニング内覧会のお知らせが来る。れいの同潤会アパートが改築されたもの。行くことにする。

January 18, 2006

1月17日(火)

 いろいろとあった原稿、大体書き上げたので、一段落。アタらしいコンピュータへのデータの移行作業をしていたら、一日がたってしまった。これがけっこう面倒。ウィンドウズだけならいいのかもしれないが、超漢字の場合には一工夫いる。外付けのハードディスクがあれば簡単らしいが、それ以外に使う目的がないので、とりあえず、CDRWを活用して移行した。

 ライブドアの問題で、連日六本木ヒルズがテレビに登場しているが、最近よくいく場所だけに複雑な気がする。捜査が進むにつれて、さまざまな問題が出てくる気配だが、どうもライブドアは怪しいと思ったのは、社長が選挙に出たときだったように思う。なんのために選挙に出るのか、理由が分からなかった。それで思い出したのがオウムの場合。今振り返ってみると、初期の段階の坂本事件を含めいくつかの殺人事件を犯し、それが明るみに出るのを恐れていたことが、選挙への出馬に結びついたのだろう。権力の座につくことで、罪を逃れようとしたのではないか。ライブドアは宗教ではないが、必要もないのに出馬した裏に、オウムと同じように、なにかを隠そうとする意図があるのではないか。その点で、堀江氏の出馬からはいやなものを感じた。どうもその直感が正しかったことが証明される気配だ。

January 16, 2006

1月16日(月)

 『宗教としてのバブル』第5章に加筆したものを送る。

 大学へ行き、遅れていた「仏教における霊の問題」の原稿を最終的にチェックし、送る。催促がなかったのは、このブログで途中経過を書いていたせいだろうか。そのあと大学へ。

 午後に、近藤君に来てもらい、来年度から技術補佐員として働いてもらうことを決める。これで、力強い援軍ができたような気がする。大いに働いてもらいたい。

 帰宅して、ライブドアが捜査を受けたということをニュースで知る。半年くらい前から、こうしたことがあるのではと思っていただけに意外には思えないが、直接の容疑はやはり捜査の当面の口実だろう。三島由紀夫の『青の時代』と比較する声も出るかもしれない。それを想定して、最近読んでみたが、ない金をあたかもあるかのように見せかける点では、両者は似ている。ただ、時代背景があまりに違いすぎるので、同じとはいえないだろう。いったいどこまで捜査のメスが入るのか。ライブドアでブログを開いているし、一応彼は宗教学研究室の後輩に当たるので、今後が気になる。

January 15, 2006

1月15日(日)

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 昨日とは打って変わって天気がいいし、暖かい。それもつかの間らしいが、いい加減寒いのに飽きてきた。北国では、さらに大変なことになっているらしい。

 桜新町にある長谷川町子美術館に出かける。同じ区内だが、これまで行ったことがなかった。行きは世田谷線で三軒茶屋まで世田谷線で出るが、ボロ市ということを忘れていた。車内は大変な混雑で、豪徳寺駅との乗り換えの駅では乗客が積み残しになっていた。三軒茶屋では、安曇野に行き、蕎麦を食べる。鴨せいろを食べるが、最後に蕎麦湯を入れたのが抜群にうまかった。

 長谷川町子美術館は、予想よりも小さかった。本人や姉妹が集めたものが中心で、ほかに漫画や絵画、陶芸など、長谷川ファミリーの作品が並んでいた。舞妓の絵が多かったが、どうも集めた側は、着物に関心があったような気がする。たしかに、舞妓の着物は派手で、見栄えがする。

 帰りには、世田谷線を避け、バスで成城学園に出る。駅前の園芸店で、ディープコーラを買う。頭のよくなる花というのに引かれた。

January 14, 2006

1月14日(土)

 久しぶりに雨が降る。これだけまとまった雨はこのところなかった。東北や北陸では、暖かくなった分、雪崩が起きているらしい。つくづく大変だと思う。

 『バブル』の本、最終章に手を入れる。かなり加筆したが、だいたい終わる。もう一度見直して、送ることにしたい。

 新潮新書の国末憲人『自爆テロリストの正体』を読む。帯には、「えっ! 自分探しで自爆テロ!?」と記されているが、続発したテロリストたちが、強固な宗教的信念によってテロを敢行したのではなく、社会に対する満たされない思いから、そこにいたったと論じている点でとても興味深かった。とくに最後の部分では、カルト集団との比較が行われていて、リクルートする方法が同一であるとも指摘されている。オウムの場合も、カルトがテロ集団へと変貌したわけで、この二つが通低しているとするなら、これからのテロの問題も少し違った角度から考えていかなければなりそうだ。

January 13, 2006

1月13日(金)

「仏教における霊の問題」の原稿を書く。一応最後までいったが、もう一度見直さないといけない。

『日本占法全書』の原稿、字数を合わせるために原稿を調整するよう依頼される。三つの原稿を直し、あわせて参考文献を作って送る。もうこれで大丈夫だろう。

段々に原稿が片づいていくなか、『ランティエ』の次の号の依頼が届く。今度は何にしようか。短いものだが、アイディア勝負なので考える。

 OXストアーで、かけている衣類にも仕える小さなスチームアイロンが出ていたので、それを買う。しわとかをのばすのにちょうどよさそうだ。それから、時計屋で電波式の掛け時計を買う。前から電波時計に買い換えたいと思っていて、バーゲンをまっていた。ただすでに掛け時計というものは皆電波時計になっている。これで時間のズレを気にしなくてもいいし、文字盤が大きくなったので見やすい。いろいろと見ていたところ、文字盤が浮き出ているか、それともただ平たいところに字を書いただけなのかで、値段が違うのを発見する。おそらく、長く使うことになるので、文字が浮き出ているものにする。

January 12, 2006

1月12日(木)

 「仏教における霊の問題」の原稿を書く。昼から新橋演舞場へ。久しぶりの海老蔵の舞台。新橋演舞場も改装されてからは初めて。全体にシックな雰囲気になっているが、食べ物屋の数は減ったのではないか。演出にはいろいろ文句もあるが、さすが海老蔵の信長という感じだった。

 終わってから、光が丘の実家へ。父は依然として寝たまま。介護の人を呼んだようで、ばたばたしていた。入れ代わり立ち代わり人が来たようだが、やはり専門家は手際よくやってくれるようだ。母親も年だし、妹も腰が痛いと言っているので、これからも大変だろう。なかなか難しい。 

January 11, 2006

1月11日(水)

 読売新聞の金曜コラムの原稿直しを入れ、送る。靖国神社の国営化の問題について書いた。おそらく今週に載ることになるのだろう。

 昨日締め切りの「仏教における霊の問題」の原稿を書く。40枚の内20枚を少し越えたあたりまで書く。うまくいけば明後日には終わるだろう。

 『寺門興隆』のゲラを直し、送る。

 3月16日のシンポジウム一人あてにしていたパネラーが用事でだめとのこと。化学テロの専門家ということを考えてきたが、そこにこだわらない方がいいのかもしれない。人選について、来週改めて考えることにする。

 夕方、下高井戸に出る。久しぶりに名物のたい焼きを食べる。帰りに、古本屋に寄ろうと思ったら、どうやらつぶれてしまっていたようだ。古本屋といったも、きれいなちょっと趣味のある本ばかりをあつかっていたところだが、やはり商売としては成り立たないのだろうか。

January 10, 2006

1月10日(火)

 朝、いまあじゅで、『バブル』の校正を渡す。団塊の世代が退場した後の思想の変化ということがあるのではという話になる。あるいは、もう一冊、その観点で本を書く必要があるのかとも思う。

 そのあと、大学へ。読売新聞のコラムを書く。短いものなので、書き上げるが、もう一度手を入れることにした。3月16日に研究室主催で開くシンポジウムの開催要領について書いてみる。いくつかしなければならないことが出てきた。パネラーに関しても、一人あてがはずれそうなので、別の人にもあたってみることにする。

 向かいの席の清水君から、楠精一郎さんからの伝言を受けとる。西高の時の先輩だが、中学の先輩だとは気づかなかった。今は、政治学者として活躍されているようだ。その後、御厨さんと面談、来年度のことを話し合う。年末に会った近藤君、研究を助けてもらうために来てもらえそうだ。帰りに、楠さんの本を買って帰る。

January 09, 2006

1月9日(月)

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 春秋社から依頼された「仏教における霊の問題」の原稿を書き始める。書いていくにつれて、キリスト教的な霊の観念と仏教的な霊の観念の違いに気づき、考えたいたのとは違う方向に向かいだした。明日が締め切りだが、『バブル』のほうに手間取って手をつけるのが遅れた分、締め切りを延ばしてもらうしかないかもしれない。

 午後、六本木ヒルズに行き、もう一度杉本博司展をみる。連休のせいか、今日が最終日のせいか、前回訪れたのとは違いかなり込んでいた。それにしても、どれも奇妙な写真だ。とくに、昭和天皇の蝋人形を写した写真は衝撃を与える。

 シティービューで夕日を眺めた後、ライブラリーで少し原稿の構想を考える。夕食は、六蔵という居酒屋にはじめていくが、鯛の頭を焼いたものがうまかった。

January 08, 2006

1月8日(日)

 朝まで生テレビのプロデューサー、日下雄一さんが亡くなられたのを、新聞で知る。二年前に、この番組に出たとき、日下さんは、大きな手術をしたばかりと語っていた。やはりそれが死に結びついたのだろうか。冥福を祈るばかりだ。

 『バブル』の校正をする。あとがきも書き、参考文献表も作った。ほぼこれで完成。

 夕方、近くの菅原神社へお参りに行く。地元の神社としてはかなり規模が大きい方だ。社務所に、神社本庁が作った皇室典範改正反対のパンフレットがあったので、それを貰う。立場は違うが、私も改正には反対だ。そもそも天皇制という一つの文化を法律によって規定するのはいかがなものか。跡継ぎ問題にしても、さまざまなことを想定して、細かく決めていくよりも、いざ緊急の事態が起こったときに、対処すればそれでいいのではないか。規定を細かくすることで、かえって問題が起きたときに対処する幅を狭めてしまうような気がする。

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January 07, 2006

1月7日(土)

 『バブル』の校正をする。第5章、大幅に組み直すことにする。半分以上終わった。問題は、最終的な結論だが、いったいどうなるか。まだ、完全な見通しが立ったわけではないが、そこまでうまく組み立てられれば、自ずとそれも出てくるだろう。

 今年はじめて、魚真に行く。やはり、秋田など、海が時化っていて、魚が入荷しないらしい。正月あけということもあるが、種類が少なかった。とりあえず、いくつか買って、夜は寄せ鍋にする。黒ムツ、サケの白子、カキ、アサリなど。魚真の近くの豆腐屋で買った豆腐を試してみる。なかなかうまいかもしれない。

1月6日(金)

 『バブル』の校正をする。あとは、最後の章をどう構成し直すかになってきた。この本を書きはじめたときにはそうでもなかったのだが、今になってみると、世の中はバブルの時代に少し逆戻りしたようになっている。これがどういう方向に進んでいくことになるのだろうか。興味深い時期に本が出ることになりそうだ。

 

January 06, 2006

1月5日(木)

 朝、本を返すために大学へ行く。まだ松の内ということで、ほとんど人の姿も見かけなかった。研究室のほうも、まだほとんど出ていなかった。

 そのまま、東京駅へ人を迎えに行く。雪のため、列車が遅れ、いろいろと混乱している。指定席がなくなったりしたらしい。

 その後、新宿へ出て、久しぶりに「円相」で昼食をとる。1300円で、デザートバイキングまで出るのはお得だが、来ているお客さんがなんだひどく地味な気がした。これが新宿ということだろうか。

 伊勢丹のバーゲンにより、ニューヨーカーでセットアップスーツと、替えのパンツを買う。ここは、意外と生地の質がいいように思える。ほかに、パジャマなども買う。

January 04, 2006

1月4日(水)

 年賀状、いただいて出していない方に送る。

 『週刊新潮』用に、新潮文庫のお勧めの一冊を書く。一度書いたが、どうも気に入らないので、改めて書き直した。

 午後からは、『バブル』の校正をする。「はじめに」を書き足し。第1章と第2章を終える。

 朝日新聞から、獄中のオウム信者が聖典として麻原の説法集を認めるよう訴訟を起こしたことについて、コメントを求められる。刑務所側は、やはり聖書を基準に聖典を考えているようだが、仏教の場合、膨大でどこで線引きするかが難しい。

 『古畑任三郎』を見る。イチローはどうして演技がうまいのだろうか。存在感はさすがだが、あれだけ演じられるのは正直すごい。

1月3日(火)

 テレビで箱根駅伝を見る。見始めると最後まで見てしまうから不思議だ。やはりいろいろのドラマがあった。今年が始まってしまったという思いがした。

 そのままだらだらと実家にいて、夕食時に妹夫婦と近くのジョナサンに行く。ファミレスはかなり久しぶり。

 電車で家に戻る。年賀状に目を通すが、ブログを見てくれているという挨拶がいくつかあった。これまで日記というものをつけたことがないが、人が読んでくれるということが励みになっている気がする。もう少し気の利いたことも書きたいと思うが、なかなかうまくいかない。心してあたらねばと改めて思う。

January 02, 2006

1月1・2日(日月)

 東京は穏やかな正月。寒い分、正月らしい。妹は、年末に抽選で一万円分の商品券をあてたとのこと。

 1日の夕食は、おせちに宅配のすし。今年のおせちは、リストランテ・アガペというところのものだが、調べてみると、クイーン・アリス系のイタリアンレストランだということがわかる。昨年はアルポルトだったが、今年の方が食べでがあった。

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 2日は、起きてみると10時をすぎていた。それほど遅く寝たわけではないが、天気が悪く、目が覚めなかった。夜は初芝居の中継を見る。やはり海老蔵の信長がカッコいい。今日は小泉首相が訪れ、興奮して帰ったらしいが、それも判るような気がする。

 歌舞伎座の「伽羅先代萩」を見る。藤十郎の政岡、悪くない。孫の虎之助初舞台だが、年がいっているせいもあり、なかなかよい。壱太郎も、腰元だが、やはり将来性を感じさせる。親たちはそれほどでもないが、成駒屋のちびっこたちは、将来楽しみではないだろうか。「口上」ダイジェストだったが、みな緊張している様子が伝わってきた。それにしても4つの劇場で同時に歌舞伎をするのだから、大変なこと。それに海老蔵は新橋。沢潟屋一門、適当にばらけていろいろなところに出ている。もう解体してしまうのだろうか。

January 01, 2006

12月31日(土)

 雑用をこなし、簡単に掃除をする。それから実家へ。父親が腰を痛め、起きられないので大変。暮れから大騒動。

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