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April 2006

April 30, 2006

4月30日(日)

 日曜だが、昨日に引き続いて六本木ヒルズのライブラリーに行く。ゴールデンウィークの日曜ということで、ほとんど人がいなかった。おかげで仕事に集中できた。『宗教とテロリズム』の校正を最後までやり通す。

 夜になったので、一度行きたいと思っていた、魚真の居酒屋のひとつに行く。渋谷文化村裏の店。食べてみると、やはり魚真ということを実感する。ひとつ、注文がうまく通らず、待たされると、その分、サービスしてくれるのはさすが。難を言えば、ごはんか。ただ、ぐるナビで、1000円引きというのもなかなかすごい。今度乃木坂にも新しく店ができるということで、それならヒルズからすぐにいけそうだ。

4月29日(土)

 四谷で開かれた麻原弁護団主催のシンポジウム「これでいいのか麻原裁判」を見に行く。入り口で、分厚い資料を渡されたが、精神鑑定関係の資料など貴重なものをもらう。訴訟法の専門家の、渡辺修氏の訴訟能力についての講演からはじまり、パネリストは、野田正彰、有田芳生、宮台真治の各氏。こうした催しはすでに何度も開かれているようだが、全体に何を目的にしているのか、わからない。パネリストも議論の方向性が見えず、苦労していたように見受けられた。ほとんど知った顔もなく、有田、宮台両氏に挨拶しただけで会場を後にする。

 そのままヒルズのライブラリーに行き、ワークスペースで食事を取り、読書をする。入り口のところに、先日インタビューを受けた『宗教としてのバブル』が展示されていた。末木さんの『日本宗教史』を読み終えた後、前から気になっていた村上龍『半島を出よ』の上巻がおいてあったので、それを読む。話題の本だけに、読んだ人が多いのか、最初のページセロテープで補強されていた。北朝鮮の精鋭部隊が近未来の日本を攻める話だが、北朝鮮軍にリアリティーがあって面白い。

April 29, 2006

4月28日(金)

 久しぶりに銀座に出る。リーガルでカジュアルシューズを買う。リーガルは、普通より1サイズ小さいものが合う。ついでに、秋に買ったとき貰うことになっていて、品切れだったバッグを貰う。

 夜は、研究室の新年度の宴会。池ノ上のがたごとや。皆常連のようだが、私ははじめていった。研究室のメンバーに、オーラルヒストリー関係の人、それに中公、読売グループの諸氏。御厨さん、55才の誕生日を迎えたばかりということで、研究室のスタッフがケーキなどを用意していた。巨大なクラッカーも。御厨さん、あいさつで、たとえ東大の定年が65才に伸びても、62才で辞めると言明する。もっとも、そのときになってみるとわからないとか。

 その席でも話題になったが、東京拘置所を出た堀江被告に対して、多くの人たちが好感を抱くようになったのには驚く。拘置所前での異例のあいさつの映像は生で見たが、たしかに彼は拘置所のなかで何かを悟ったのだろう。割り切った顔をしていた。だが、いったい何を割り切ったのか、それを改心したとして受けとってしまうのは、どうだろうか。そう簡単ではないはずだ。その割り切り方の中身は、これから少しずつ明らかになってくるとは思うが、世の中が自分を見捨てていないということははっきりと実感していることだろう。つねに英雄を求める今の社会のなかで、彼ほどカリスマ性を発揮できる人間がいないのもたしか。まさか、拘置所のなかで、近くにいたはずの麻原彰晃から霊波でも受信して悟ったなんてことがあるのだろうか。

April 27, 2006

4月27日(木)

 『寺門興隆』の創価学会の連載、32回目を書き上げる。小沢一郎と創価学会、公明党の関係についてまとめてみた。政局が流動化しそうな状況のなかで、この関係をおさえておくことはとても重要なことであるような気がする。お互いに必ずしも相手のことを好ましく思っているわけではないが、かといって完全に決別することもできない。その点では、関係は案外深いのかもしれないと思う。

 メディアポートから出す本の校正をはじめる。昨日の打ち合わせでは、『宗教とテロリズム』といったシンプルなタイトルになるかもしれないとのこと。内容が内容だけに、校正には神経を使う。とりあえず、序章と第1章を終わらせる。

 歌舞伎チャンネルのデジカメニュースで、團十郎の復帰会見の様子を見る。話は、ほとんどが白血病再発に対してどのような治療法をとったのかに終始していた。詳しい内容は知識がないのでわからないが、相当にきつい治療法であったようだ。無間地獄から戻ってきたようだという表現は、その大変さを示していた。しかし、抗がん剤を大量に投与して、顔が真っ黒になるというのは、想像を超える。

 歌舞伎関連では、秋の国立劇場で3ヶ月かけて真山青果の『元禄忠臣蔵』を通しで上演するのだという。もちろん、部分は見たことがあるが、全体は見たことがない。あるいはこの機会を逃すと、相当先まで通し上演はないかもしれない。見なければと思う。

April 26, 2006

4月26日(水)

 創価学会の連載の原稿を書く。3分の2くらい仕上がる。『ランティエ』の原稿、もう一度見直して、少し直し、それを送る。

 紀伊国屋書店から原稿を寄稿した『いまこの国で大人になるということ』が送られてくる。5月1日に配本になるようだ。ピンク系の表紙は、紀伊国屋書店らしくない。若い読者を想定してのことだろうが、この色の本はめずらしい。

 午後、メディアポートの編集者から、ゲラを受け取る。今のところ250ページになっている。これにあとがきを4ページ加える。小見出しはすべて編集者にお任せしたが、内容がわかりやすくまとめられている。小見出しを見るだけで、本の概略がつかめるので、読者には、あるいは読者になろうとして本を手にとってもらった人には便利かもしれない。

April 25, 2006

4月25日(火)

 創価学会についての連載、まだ締め切りまでに時間がありそうだが、内容を考えてみる。衆議院の補欠選挙で民主党が勝利をおさめ、小沢氏が注目されているので、彼と公明党・創価学会との関係について書いてみようと思い、いろいろ調べてみる。調べてみると、両者の密着ぶりがわかってくる。1990年以降の政局はここころと変わっていて、いったいどういう枠組みで動いていたか、記憶が定かでない部分が多くなっているが、改めて整理してみると、創価学会に力をもたせるきっかけを与えたのは、小沢氏であるようにも思えてくる。この点は、いまおさえておく必要があるだろう。

 研究室で、研究室内のはじめての研究会が開かれる。発表者は、博士課程の高橋君。通産省と郵政省における組織改革の道筋を追ったものだが、ちょうど、私が文部省の研究機関、放送教育開発センターにいた時代にあたる。情報化社会を前に、各省庁が戦略を立て直そうとしていた時代であったということが、今回の発表でわかった。今から振り返ると、思い当たることも少なくない。あのころは、何をやっているか、大きな枠組みが見えなかったが、今はその意味が分かる。

 夜、予定されていた会合が流れたので、一度行ってみようと思っていた近くの居酒屋、北軽に寄ってみる。たしかに、おいしいが、日ごろうちの食卓をにぎわしているものに比べると、感動はあまりなかった。要するに、家でいいものを食べすぎているということなのだろう。

 録画して見ていなかった仁左衛門の河内山をみる。2004年11月の歌舞伎座での公演。なんだか、芝居は丁寧で、こってりした感じがするが、軽さというものがあまりなく、その分笑えるはずの所が笑えない。やはり上方の役者が江戸っ子のきっぷを表現するのは至難の業なのだろう。というか、やはり無理。海老蔵で早く見たい演目の一つだ。

April 24, 2006

4月24日(月)

 朝、注文していた押入れダンスが届く。実は、刑務所で制作された製品。岐阜刑務所でできたもの。押入れダンスが必要なので、ネットで探していたら、そこに行き着いた。3段で、二重になっているが、値段はおよそ1万円。手作りでしっかりしているし、かなりお値打ちの品ではないか。中野に刑務所で作られた製品の展示場があるようで、一度行ってみたいと思っている。

 『ランティエ』の最新号が送られてきたばかりだが、締め切りが迫っているので、その原稿にとりかかる。いろいろ書き出しに苦労したが、素直にはじめることにしたら、書ききることができた。二つの展覧会を取り上げるのだが、なるべく関連性をもたせようと思っている。そこが難しいところで、また面白いところでもある。


 「のれそれ」を食べてみる。アナゴの稚魚で、ポン酢で食べた。幅は薄いきしめんのようで、味はあまりしない。のど越しを味わう食べ物のようだが、世の中にはいろいろな魚がある。ほかに、サメガレイの刺身を食べる。サメガレイは、味はひどく淡白だが、食べ応えがある。なるべく知らない魚があれば、それを買うようにしているが、不思議なものがかなりある。

April 23, 2006

4月23日(日)

 藤原正彦氏のベストセラー、『国家の品格』を読む。武士道についての記述が気になって読んでみた。藤原氏の本は今まで読んだことがない。

 ひとつ気になったのは、武士道の背景に「殴る文化」の存在があるのではないかということだ。彼に武士道精神を叩き込んだという父は、弱み者を救うには力を用いて良いと断言し、5つの禁じ手をあげていたという。大きいものが小さいものを殴ってはいけないとか、男が女を殴ってはいけないといった禁じ手だが、それは卑怯だからいけないことだと教えられたというのだ。

 多くの人がこの本の主張に共感するのは、あるいは殴る文化を共有しているからではないだろうか。私自身は、これまで一度も人を殴ったことはないし、逆に殴られたこともないので、どうもそうした文化を共有できない。果たしてそれが例外なのかどうかわからないが、殴るということをひとたび肯定すれば、それは結局のところ、暴力の肯定に結びつくのではないかとも思っている。果たして殴ることは正しいのか。殴らなければならないことは存在するのか。一度その点を考えてみる必要はないだろうか。最近、そう思っている。

April 22, 2006

4月22日(土)

 腰が痛かったのがだいぶよくなった。昨日出かけなかったのが、幸いしたようだ。しかし、油断は禁物。ここは注意した方がいい。

 魚真で買い物をする。それが、夕食に並んだ。茶碗蒸しのなかには、もちが入っている。これははじめて食べた。なぜか魚真でじゅんさいを売っていたので買ってみる。どうして魚屋で売ったいたのかは不明。

 少し暇だったので、前に少しためしてみた、年代別の生存率を表にしてみる。この前は、自分の世代と団塊の世代の真ん中の1948年生まれを比較してみたが、前後に5年刻みで調べてみた。ただ、戦争中は出生者の数自体がわからず、うまく比較できない。やはり昔になればなるほど、年齢があがると生存率が下がっていく。それに比較すると、最近の世代では、20才までだと、生存率は99パーセントを超える。ここまで乳幼児死亡率が下がっているというのは、すごいことだと思うが、その後はどうなるのだろうか。さらに詳しく表にしてみようと思う。

April 21, 2006

4月21日(金)

 テロと創価学会の本に一応めどがついたので、仕事は休み。腰が痛くなり、大事をとって、日蓮遺文の勉強会を休む。「開目抄」は休まないつもりだったが、ここで無理するとよくなさそうだ。疲れもあったのか、昼寝をする。

 赤旗の日曜版に、筆坂『日本共産党』の批判が出ていた。筆者は、不破氏。宮本氏の引退劇などについて、事実関係を正している。こうした批判に対しては、答えておく必要があるのだろうが、日本共産党の幹部中心主義の体制については、何も述べられていない。下部の党員などからすれば、事実関係とともに、共産党の体質のほうがはるかに気になることではないか。

 プロ野球の巨人、阪神戦のテレビ中継を見る。上原と井川の投手戦で、中継が終わるまで緊迫感があり楽しめた。こうした試合をすれば、客も満足することだろう。ひいきの横浜も、開幕から不調だったが、ようやく勝てるようになってきた。今年は一度は実際に試合を見たいと思っている。

April 20, 2006

4月20日(木)

 『創価学会は今』(仮題)の原稿、最後まで直し終わり、編集者に送る。1日からはじめたから、およそ3週間でできあがったことになる。もとの原稿があっただけに、そこに筋をつける作業はやはり新しく書くよりもかなり楽だった。今回は現状に徹底的に重きを置き、新潮新書のほうとはまったく内容の違うものになった。そこから明らかになってくるのは、かなり厳しい現実だろう。

 今話題の筆坂英世『日本共産党』を読む。閉鎖的な組織の実態を明らかにしているという点で、『創価学会』とかなり似た性格がある組織だが、この本に書かれた内情を見てみると、かなり共通した部分があるように感じられた。日本共産党の強さと弱さとがよくわかって、おもしろい。しかも、今危機的な状況にあるという点でも、日本共産党と創価学会とは共通しているのではないだろうか。

 ただ、本としては、本人が書いたというよりも、その話を別の人間がまとめたという感じが強く、組織とのあいだに距離がとれてはいるのだが、逆に切れすぎていて、やめたばかりの人間の微妙な心の動きというものがまったく伝わってこない点が物足りない。もう少し、記述に揺れがあってよかったのではないか。それから、幹部の立場にある人間が、組織の末端についてまったくといっていいほど知らないという点もどうだろうか。その意味では、『日本共産党』というよりも、『日本共産党幹部会』といったほうがタイトルとしては正しい気がする。

 水汲みが面倒だし、ボトルを運ぶのが重くなってきたので、ダスキンの浄水器をレンタルすることにする。お試しということで1ヶ月使えるが、使ってから継続するかどうかを判断すればいい。 

 末木さんから新著『日本宗教史』が送られてくる。岩波新書の新赤版の一冊だが、感じがソフトバンク新書に似ている気がした。創価学会やオウムのことについても言及されていて、私の本も2冊参考文献にあげられている。そうした点でも、新しい宗教しだという印象を受けた。

April 19, 2006

4月19日(水)

 『創価学会の今』、最後まで書いたので、最初から見直す。ほぼ半分まで終わる。最後のほうは、頭がさえなくなって少し混乱した。床屋で出かけてみると、頭がすっきりして、どう直せばいいかがわかった。やはり家で根をつめているだけでは行き詰る。

 1ヶ月ぶりの床屋。最近髪の毛が爆発気味だったが、第3週は月曜だけではなく火曜も休みだったので、今日になった。最近はひどくすいていて困っていたといっていたが、今日は私の後、次々とお客が入ってきた。気候など、人を床屋へと向かわせる条件があるのかもしれない。

 最近、麻原の裁判にかかわったり、かかわっている人権派といわれる弁護士が、槍玉に上がっているが、たしかにその言動は常識では理解できないものが多い。しかし、そうした批判が起こるのも、世の中の流れが、法令遵守の方向に進み、裁判もかなり合理的なものになってきていることが関係しているのではないか。これまでなら、たしかに弁護士が人権を訴えないと、周囲がそれを抑圧してきたが、今は、逆に周囲が人権を考えるようになり、それで人権派の出番がなくなってきたからではないか。

 そもそも、弁護士を弁護士と呼ぶこと自体、考え直したほうがいい。英語では、弁護士ではなく、法律家とか、代理人と呼ばれているわけで、弁護をすることを主たる目的としてないように思える。弁護士という名称があるから、被告人を弁護しなければならないという使命感を感じる部分があるのではなか。しかし、無理に弁護すると、逆に被告人の利益にならない状況になっている。司法の制度が大幅に変わる中で、弁護士を代理人とか、法科専門家と呼ぶ方向に変えていく必要があるのではないだろうか。

April 18, 2006

4月18日(火)

 松本健一氏の『三島由紀夫の2.26事件』を読んだので、『テロが起こってから』の原稿に加筆する。最後まで終わる。加筆した量は、15枚ほどになった。編集者に送る。

 『創価学会は今』の原稿、「おわりに」の部分を書き上げる。全体で、290枚近くになった。これを明日最初から見直し、それで第1稿として編集者に送ることにする。

 昨日、テレビでは盛んにアイフル批判をしていた。テレビコマーシャルとイメージが違うといって糾弾されていたが、そのコマーシャルを流し続けていたテレビ局にはまったく責任がないのだろうか。また、もし銀行が融資をし、それをアイフルが高利で貸していたとするなら、銀行のほうも問題があることになるのではないか。長い不況が続くなかで、消費者金融は格好の融資先になっていたのかもしれない。だが、消費者金融を利用するのは、経済的に苦しい人間になるわけで、そもそも返済が難しいのではないか。そこに、さまざまな悲劇が起こる根本的な原因がある。昔は、無尽というシステムがあり、仲間で積み立てをし、それを必要なときに借りるやり方をしていたはずだが、そういうシステムのほうがはるかに安全なのだろう。

 銀行としても、景気が回復するなかで、ほかにも融資先ができ、いろいろと危ない消費者金融に融資する必要がなくなってきたのかもしれない。そうであれば、これはアイフルにかぎらず、他のところにも何らかの形で波及するのではないだろうか。

April 17, 2006

4月17日(月)

 『テロが起こってからでは』の本、編集者から出た注文に答えるために、原稿を直しはじめる。「はじめに」を追加し、いくつか加筆する。その途中で、最近松本健一さんが三島由紀夫と2.26事件について本を出しているのを思い出し、それを読んでから加筆したほうがいいと思い、キリン堂で本を買う。

 そのあいだ、作業が進まないので、『創価学会は今』の第7章を見直し、最後の「おわりに」の部分を書き始める。「おわりに」は半分くらい書けたが、編集者のほうから、7月ではなく8月の刊行になったという連絡がある。これで、少し余裕ができたが、第1稿は早めに仕上げ、直すべきところ、加筆すべきところをゆっくりとやったほうがいいだろう。

 ひとつ書こうと思っている論文があるが、あるいはそれをやるのも手かもしれない。ただ、論文だと経済行為には結びつかないので、物書きとしてはなかなか手が出しにくい。

 9月に東北大学で開かれる宗教学会の自由パネル「宗教における「語りえぬもの」と「示しうるもの」」で発表することになってきた。もっとも、パネルが決まるまでは審査があるが、形式上の問題なので、通るはず。宗教のモデル化という、かなり難しい研究を志すグループでの発表になる。これも、どういったことを発表するか。次に書く本と関連させながら考えてみる必要がある。

 

April 16, 2006

4月16日(日)

 終日、仕事もせず、休みにする。

 午後、TBSのドキュメント番組で、話題のメイド喫茶のことをとりあげていた。1度も行ったことはないが、メイドとしてとりあげられていた少女たちは、母子家庭であったり、父子家庭であったり、強い上昇志向をもってメイドをしているらしい。昔も貧しい家の少女は、メイド(そのころは女中)になって働いたわけだが、時代が変わり、形態が変わってもその本質は変わらないのかもしれない。

 番組では、メイドのアイドル化の流れを追っていたが、こうした文化が盛んになることで一番あおりをくっているのは、モーニング娘のようなアイドルではないだろうか。もちろん、モーニング娘のほうが、かわいくて魅力があるのかもしれないにしても、メイドなら常連になれば、個人として認識してもらえる。しかも、秋葉原にさえ出かけていけば、毎日でも会えるわけで、そこがテレビアイドルとは違う。おそらく、アイドルからメイドへという流れが出来上がっていることだろう。モーニング娘の解散は近いのかもしれない。

April 15, 2006

4月15日(土)

 昨日が遅かったので、朝も遅くなる。朝食をたべてから、魚真に行き、白洋舎でクリーニングを受け取る。夏物で、保管しておいてもらったものだが、1着100円で次のシーズンまで預かってくれるのは、本当にありがたい。今度冬物を預けようと思うが、とくに冬物はかさがあるので助かりそうだ。せっかくクリーニングしたものをどうしまったおこうか考える必要もないし、スペースもいらない。これほど合理的な方法はないだろう。

 これからの季節着るものが不足しているので、南大沢のアウトレットまで出かける。行く店は決まってきているようで、買ってみたら、最近流行のちょい悪オヤジ風のファッションになった。意外と胸囲があるので、そうした服のほうが本当は似合うのかもしれない。派手で、少し恥ずかしいところもあるが、どうだろうか。

 夜、魚真で買ったひらめの刺身を食べる。これまで食べたひらめのなかでは、一番うまい。びっくりするくらいうまくて、大満足。しかも、一サク1000円もしない。だんだん、外食するのが嫌になってきたし、楽しみでもなくなってきた。なにしろ、家で食べるのが一番うまいのだから、困ったものだ。

4月14日(金)

 『創価学会は今』の原稿、第7章を作り、新たに書き下ろすおわりにの部分の内容をメモしてみる。第1稿は、一応来週にはでき上がるだろう。

 午後、『SOGI』という雑誌を出している信濃町の表現文化社へ出向き、編集長の碑文谷さんからインタビューを受ける。安楽死の問題からはじまり、現代における日本仏教のあり方など、話は多岐に及び、2時間半くらい続いた。碑文谷さんから新著『新・お葬式の作法』という本を頂いたが、最近の葬儀はかなり変わってきているようだ。昔なら「密葬」と呼ばれたものが、「家族葬」として定着しているようで、それも時代の変化だろう。これだけ習俗が変化するということは、日本の社会が今、大きく変わろうとしているということではないか。

 終わってから湯島のうどんすき、満川という店に行く。高校時代の同級生で電通につとめている渡辺さんの仲介で、長銀から電通に来た窪田さんと、エコノミストの水野さんと会い、会食をする。『宗教としてのバブル』を出したことがきっかけで、皆さん読んでいただいているようだが、新しい人間関係が広がるというのはありがたい。

April 13, 2006

4月13日(木)

 『創価学会の今』第5章を仕上げ、第6章も最後まで原稿を直す。あと2章で終わりそうだ。池田名誉会長を改めて位置づけ、ポスト池田を展望しつつ、創価学会をめぐっていったい何が本当に問題なのかを論じられればいいだろう。この分だと、300枚弱になりそうな気がする。

 午後、メディアポートの編集者と会い、『テロが起こってから』ではのゲラを受け取る。あわせて、加筆すべき箇所を指摘してもらう。雑談のなかで、養老氏は、本を依頼しても3年待ちで、森永卓郎さんの場合は1年待ちだということを教えられる。私の場合、今のところ、半年待ちというところだろうか。しかし、3年も待ってくれる編集者はちょっといないだろう。一人の著者のところに集中する傾向は、どんどんと加速しているようだ。

 『週刊ポスト』に作家の重松清さんが『宗教としてのバブル』の書評を書いてくれた。かなり前から、私の本を読んでいただいているようだ。かなり熱い書評で、著者としてはこれほどうれしいことはない。正直感激した。 

 魚真で毛ガニを買う。一つ700円。しかもうまい。肉としてはこの前のズワイガニのほうが上だが、味噌は毛ガニのほうがうまい。ますます外で食べるのが難しくなってくる。

 
 

April 12, 2006

4月12日(水)

 『創価学会は今』の原稿作りをする。創価学会が実は選挙頼みの状況にあることを示す章をほぼ書き上げる。これで、200枚近くになった。

 なぜか昨日見た「ロンドンハーツ」のスペシャル番組のことが気になる。中身は、青田典子が「バブル青田」として歌手、再デビューするまでのプロセスを追ったものだが、クライマックスの幕張メッセでのライブといい、相当に金がかかっている。しかも、本当かどうか知らないが、ステージにかかった金が9000万円だと称していた。番組の制作にどれだけ費用がかかったなど、通常明かさないし、公言しないものだが、そこにどんな意味があるのだろうか。バブルをそのまま再現したようなステージも、たしかに今のバブル的な状況にはあっているものの、何か違和感をもった。その違和感がどういうものか説明するのが難しいが、本当にこれだけの金をかけて作れるものなのか、作るべきものなのか、大いに疑問。あるいは、いつかその答えが出るのかもしれない。

April 11, 2006

4月11日(火)

 『ランティエ』の原稿を送る。まだ、はじまっていない展覧会を紹介するのだから、詳細がわからず苦労することがある。もしかしたら、少し間違ったことを書いているのではないかと心配になり、調べるのに時間がかかった。

 『創価学会は今』の原稿、第4章をしあげる。これで、150枚を超えた。次は、いよいよ選挙と政治の話になる。

 夕方、研究室で、プロジェクトの共通コースについてディスカッションをする。今年は、共通コースで一度、話をしなければならない。何を話すのか、内容を考えなければならない。

 自分の研究室に入ったとき、電灯が明るい気がしたので、いつもつめている高橋君にその話をしたら、蛍光灯を付け替えたわけではないという。納得できないでいると、高橋君は、「世の中が明るくなったせいじゃないですか」と答えてくれた。

April 10, 2006

4月10日(月)

 4月の半ばになろうというのに、今日はけっこう寒い。ランティエの原稿を書く。今月号から字数が増えたが、少し勝手が違うので戸惑う。

 魚真で、生ホタルイカ、ズワイガニ、それに石川の方言で「くにゃら」という魚を買う。魚真では、くにゃらではなく、「げんげ」として売られていた。幻の魚とも書かれていて、魚真に入ったこと自体はじめてだという。これは、味噌汁にして食べたが、表面がぬるぬるしていて、コラーゲンを味わってから、身のほうを食べるようになっている。こんな魚食べたことがない。値段は安く大衆魚だが、これを買って食べる人は少ないだろう。ズワイガニは、予想以上に美味だった。一匹1100円はかなり安い。これなら一人でも食べられそうだ。北陸の魚尽くしになったが、魚では日本で一番うまい場所だけに、堪能した。

4月9日(日)

 盲導犬の育成にあたっているアイメイト「あいらぶ」基金主催のチャリティーコンサートのために、横浜のみなもみらい大ホールに向かう。この会場ははじめてだが、満杯に近い人がつめかけていた。盲導犬も会場のあちこちに来ていた。中村紘子さんのピアノの演奏を聞く。ちゃんとしたコンサートホールだけに、ピアノがよく鳴っていた。曲目も親しみのあるものだし、弾き方もとてもわかりやすい。愛犬も舞台に上がったのは、ご愛敬。

 海を見て、水上バスで赤レンガ倉庫のところまで行き、みなとみらい線に乗って、六本木ヒルズにむかう。斉藤さんという視覚障害者の方と落ち合い、いろいろと話をする。英語の教員をめざしているが、採用試験で補欠待ちとのこと。現在は、マッサージの学校に通っている。先端研のバリアフリーの事業にも参加したことがあるという。盲学校の地方による違いなども興味深かった。

April 08, 2006

4月8日(土)

 仕事は休む。

 今度、ガメラの新作が公開されるが、それにあわせてヤフーでは、昔のガメラ映画を無料で提供している。ちょっと興味を引かれて、1965年に作られた『大怪獣ガメラ』を見る。おそらく子供のころに映画館で見た作品だろうが、かなりの駄作。今回の新作の前の三作はなかなかすぐれた作品だが、その片鱗もない。今回は監督と脚本が変わるので、いったいどうなるか未知数。楽しみなような不安なような。それでも見に行きそうな気がする。

 民主党の代表選挙も終わり、執行部も決まったようだ。あまり変わり映えがしないという評価かもしれないが、小泉首相が近々やめることを考えると、案外これからに大きな影響を与えるかもしれない。今、宰相の器といわれるには、攻撃性を発揮できるということと、その一方で可愛いところがなければ、国民受けしないだろう。その点では、小泉首相は抜群だった。その後継者といわれる自民党の議員のなかに、この両方を兼ね備えた人はいないように思う。安部氏では、おそらくそれほどの攻撃性を発揮できないだろう。小沢氏は、案外可愛いところがあり、そこで攻撃性を発揮すれば、自民党と民主党の力関係は一夜にして変わるかもしれない。今の政治の状況では、こうしたキャラクターが極めて大きな意味を持ちそうだ。

April 07, 2006

4月7日(金)

 一日、『創価学会の今』のつぎはぎの作業をする。全体の半分くらい終わった感じがするが、もとが連載、31回分、600枚以上あるだけに、少し多めになるかもしれない。そうしたら、いらないところを削って、シェイプアップすればいいだろう。

 メディアポートから『テロが起こってからでは』後半に加筆してもらいたいところがあると連絡を受ける。ただ、一度ゲラにするということで、それほど大幅ではないのかもしれない。前半は、前に書いて、推敲した部分なので、さすがにこれ以上手を入れる必要がないのかもしれない。来週は、その作業もしなければならないようだ。

 新聞に「ユダの福音書」というものが解読されたという記事が出ていた。福音書には、原稿の新約聖書に載せられたもの以外にいろいろと存在するが、これもその一つであるようだ。ユダは裏切り者ではないという点が、注目されるようだが、これはキリスト教とユダヤ教との関係にも影響を与えるかもしれない。ちょうど、六本木ヒルズのライブラリーで、キリスト教とユダヤ教との関係について論じた本を見つけ、ペーパーバック版をネットで注文したところだが、少しそのあたりのことも考えてみるといいかもしれない。

April 06, 2006

4月6日(木)

 昼、地下鉄の東京駅のホームで娘と会い、奨学金の書類に連帯保証人として実印を押し、印鑑証明を渡す。ホームのベンチでそんな作業をするのは、何か変だ。

 その後、六本木ヒルズへ行く。『宗教としてのバブル』のなかに、ライブラリーのことを取り上げたので、ライブラリーのコンセプトを作った石井さんからインタビューを受ける。メンバーの本として紹介していただけるようだ。石井さんからは、最近書かれたライブラリーについての論文をいただいたが、そのコンセプトをわかってもらうためにかなり苦労されているようだ。私などには非常に興味深い試みに思えるが、まだ時代がそこまで行っていないということだろうか。ライブラリーに集まった人間同士がコミュニケートするための、何か仕掛けのようなものがいるのかもしれない。その仕掛けが何なのか、考えてみるのも面白そうだ。

 インタビューの後、しばらくライブラリーで仕事をしてから、麻布十番経由で帰る。麻布十番には、東京のたい焼き御三家の一つがあるということで、そこをめざしたが、途中、エノチカというワイン屋でシャブリを買う。この店で買うのは初めてだが、どうだろうか。それからヒルズの裏に出たが、目の前にステレオサウンドの社屋があった。憧れの高級オーディオ雑誌で、最近しばらく買っていないが、きれいな建物だった。あそこには、立派な視聴室があるようだ。

 めざしたたい焼きや、さすが御三家だけに、注文してから20分かかると言っていた。待つのも面倒なので、今回はパスすることにした。待たされる時間を考えてくる必要がある。

April 05, 2006

4月5日(水)

 『創価学会の今』第1章を終え、第2章もまとめる。切り貼りの作業は、案外気を使う。どこまでもとの原稿を使い、どこまで新しく書き加えるのか。そこが難しい。

 『ランティエ』の連載、なかなか来月号の依頼がこないと思っていたら、ようやく来た。リニューアルがあると聞いていたが、アート情報、これまでページ半分だったのが、1ページになるとのこと。それで、原稿の字数も3割くらい増えそうだ。今度は何にしようか。ゴールデンウィーク向けに考えようかとも思う。

 大学の研究室で『治安ジャーナル』という雑誌をとっているが、そのなかに北朝鮮の事情について書いたものがあった。筆者は大学院生のようだが、北朝鮮国内のメディア環境がどのようになっているか、興味深い記事だった。携帯電話は禁止されているが、国境付近では、脱北者などとの連絡用にかなり活用されているようだ。ピョンヤンより南の地域では、韓国のテレビも映るという。しかも、DVDやビデオが流入していて、日本の韓流ブームと似た現象もおき、「冬のソナタ」などを楽しんでいる北朝鮮国民も上層部にはかなりいるようだ。もちろん、そうしたものも禁止されて入るが、知り合い同士集まって見ているらしい。以前なら、密告が行われ、摘発されていたようなことでも、今はその仕組みが機能していないとか。こうした状況を聞くと、北朝鮮の体制に変化が起こるのもそれほど遠いことではないかもしれない。あるいは経済制裁よりも、外部との交流を持たせたほうが、結局は問題の解決に近づくのではないか。

 

April 04, 2006

4月4日(火)

 今日はかなり暑くなった。桜ももう散り始めているが、日大の文理近くの桜並木はやはり見事だ。大学がはじまったようだが、今日は男子学生の健康診断でもあるのか、男子学生ばかりが歩いていた。

 『創価学会の今』続きを書く。つぎはぎしながら、いらないところを削り、必要な部分を補っていく。

 午後、大学へ。御厨さんと、今後について相談する。そのとき、小説家の庄司薫さんとお知り合いだという話を聞く。やはり文筆活動はしていないようだが、いろいろ興味深いことを聞くことができた。以前『日本という妄想』のなかで、庄司薫氏はどうしているのだろうかと書いたことがあるが、長年の謎が少し解けた。

 阿川さんや、4月から来た黒須さんを含め、テロなどの重大事件が起こった際に、独立委員会を作って、調査研究にあたることがかのうかどうか、シミュレーションしてみる方向で話がまとまる。これは、シンポジウムの際に、宮坂さんが提起してくれたことで、それがいかせそうだ。

 帰りがけ、池ノ上の洋菓子店、ピエールにより、ケーキなどを買う。昨日夜のバラエティー番組で、ピエールのプリンが出てきたのを見て、寄ってみることにした。ずいぶん昔に一度だけ訪れたことがあったが、それから何年たっただろうか。前は、看板を出していないことで有名だった気がするが、今はちゃんと看板が出ていた。

April 03, 2006

4月3日(月)

 『テロが起こってからでは』第1稿が終わったので、次の本、『創価学会の今』に取り掛かる。もちろん現在のところ仮題だが、内容的にはその通りのものになるはず。とりあえず、『寺門興隆』の原稿を打ち出したものから、それぞれの回の内容を書き出し、それを眺めながら、全体の筋を考えてみた。小樽問答について書いたところなどは、歴史的な部分で、今とは関係がないので、今回は入れないことになるかもしれない。少し前に試しに書いた「はじめに」に手をいれ、第1章を書いてみる。その途中までで終わる。しばらくはこの作業が続くことになる。

 夜「ヘイ!ヘイ!ヘイ!」の500回記念番組で、ゴスペラッツの「ハリケーン」をはじめて聞く。最近、我が家ではラッツアンドスターのCDがかかることが多いが、ゴスペラーズのメンバーでは、歌に癖がまるでなく、ラッツアンドスターの雰囲気にはまるでならない。ちょっとこれではどうだろうか。ラッツアンドスター再結成というわけにはいかない事情もあろうが、これでは意味がないかもしれない。

April 02, 2006

4月2日(日)

 いつの間にかもう4月になっている。大学に籍を置いているとはいえ、授業もないので、改まった感じは特にしないが、早いものだ。
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 土曜は仕事を休むと決めているが、昨日ヒルズで仕事してしまったので、疲たのか、昼寝をした。

 絶版になり図書館でも見つけられない本が届く。こういう時はAmazonが便利である。

 近くに買い物へ行く。風が強かった。桜も雨が降るときれいでなくなる。一番の見ごろはもう過ぎた感じた。

 日本テレビの「バンキシャ」でオウムのことをやっていた。一時は、元信者などに影響を与えるとして麻原の顔や声を流さなかったような気がするが、最近はそれが多くなった気がする。果たしてそれはいいことなのか。事件から時間が経つにつれて、そうしたことにも注意がむけられなくなっている。

April 01, 2006

4月1日(土)

 毎週見れるときには見ている「ぶらり各駅停車の旅」が、なんと今日から1時間番組になった。それだけ人気があるということだろうが、制作費の削減ということもあるのかもしれない。ハイビジョンでの撮影にも変わっているし、デジタル化への対応でもあるのだろう。

 昼から六本木ヒルズへ行く。寅で昼食をとったあと、ライブラリーへ行く。土曜日ということでひどくすいていた。不思議なもので、ライブラリーにいると仕事がはかどる。家で仕事をしていると、いろいろと気を紛らわせるものがあるからかもしれない。寺門興隆の原稿を書き終える。そのあと、『テロが起こってからでは』の原稿をプリントし、さらには次に作業にかからなければならない創価学会の連載の原稿もプリントする。プリントしてみると、31回分なのでかなりある。よくもこれだけ創価学会について書いてきたものだと、改めて感心する。

 中村屋でカレーを食べ、乃木坂駅から帰る。来週からは、創価学会の連載を本にまとめる作業に入らなければならない。一つ終われば、すぐ次があるというのは、ありがたいが、大変といえば大変だ。

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