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June 2006

June 30, 2006

6月30日(金)

 6月も最後の日となった。「ランティエ」の連載の原稿と、「ライブドアに物申す」の原稿を書く。それほど長いものでないが、集中して書いたので、それで手一杯になる。

 朝日新聞から出る『創価学会の実力』、装丁案がメールで届く。3案あったが、墨一色でタイトルを書いたものが一番良かった。おそらくそれになるだろう。8月10日発売をめざして着々と作業が進んでいる。もっともまだ校正を見ていないので、しなければならないことはある。

 歌舞伎座の公演予定を見てみたら、9月は初代中村吉右衛門生誕120年ということで、「秀山祭」と名づけられていた。秀山とは吉右衛門の俳号になる。なかでも注目されるのは、現在の吉右衛門と幸四郎が共演すること。二人は実の兄弟になるわけだが、最近、舞台で共演したのを知らない。一説では仲が悪いとも言われるが、今回は、昼と夜、「寺子屋」と「籠釣瓶」で共演する。とくにがっぷり四つに組むことになるのが「寺子屋」だろう。幸四郎の松王丸に吉右衛門の源蔵という配役だ。ちょっとこれは見てみたい気がする。それに「寺子屋」は、歌舞伎の中でも一番好きな演目でもある。

 

June 29, 2006

6月29日(木)

 昨日も非常に暑かったが、今日もかなり暑い。気温では昨日以上ではないだろうか。昨日、最近あまりしていなかった授業をしたせいか、頭がいまひとつ働かない。少し原稿を書くが、あまり進まない。

 昼食は、最近ランチを始めた季織亭で食べる。日替わり弁当を注文するが、味噌汁の味噌がうまかった。そのあと、一年に一度の奨学金の返還や税金などの支払いをする。

 午後は、ほとんど仕事をしないで終わる。明日締め切りの原稿が二つばかりあるが、明日に回す。

 ワールドカップも中休みだが、今回の大会では、強豪といわれる国がみな残っていて、番狂わせがない。やはり、日本や韓国など、ヨーロッパから遠いときは、距離のせいで調子を落とし、番狂わせが起こるのだろうか。ブラジルとフランス、アルゼンチンとドイツの戦いはとくに激しいものになりそうだ。

6月28日(水)

 午前中は、宗教と悪についての原稿を書く。第2章を書き続ける。

 昼から多摩センターへ。中央大学で講義をしなければならないので、そのゲストになる構成作家の田代さんと落ち合う。京王プラザホテルで昼食を食べながら打ち合わせをする。田代さんと会うのは10年ぶり。1994年の秋にサイババを見るために一緒にインドに行ったことがある。

 打ち合わせを終えてからモノレールで中央大学へ。中央大学には前にも来たことがあるが、そのときは多摩動物公園の駅から行った。モノレールで行ったのははじめてだったので少しめんくらう。インフォメーションで地図をもらうが、大学というのは迷路のようで、少し迷う。同じ授業を担当する中央大学の広岡さんや、公明党の研究会でも一緒の高井さんが待っていてくれた。

 1時間半の授業では、オウムの問題を中心に田代さんと二人で話をする。事件の頃田代さんが作った番組を流すが、それは作家の宮内勝典さんが南青山の本部を訪れ、上祐と話をするというもの。最初だけ見たが、二人の話はかみ合わず、最後、宮内さんのいらだちが伝わってくるような内容だった。そこに、宗教の壁のようなものがあるのを感じる。授業はもう一度、来週ある。今度は一人で講義する予定。

June 27, 2006

6月27日(火)

 ライブドアがそのホームページに載せていた『ライブドアに物申す』が本になるということで、原稿を頼まれる。出版は別の会社がするらしい。堀江氏は後輩だけに一言言うべきだろう。

 『創価学会の実力』のゲラが届く。校閲が入ったものが後に届くので、校正はそれからにする。小見出しも入り、今のところ239ページになっている。少し減らした方がいいところもあるので、だいたいこれくらいのページ数で落ち着くのではないだろうか。

 宗教と悪との原稿、第2章を10枚ほど書く。書いていると、いろいろとふれたいと思う話題が出てくる。

 4時前に、メディア・ポートの編集者から電話がある。打ち合わせで経堂まで来て、いまあじゅに行ったが満員で入れないということだった。今日当たりに会うというメールのやり取りをしていたが、最終的に日時を決めるメールが私のほうに届いておらず、少しあわてる。急いでしたくをして駅まで自転車で行く。珈琲館で、別の出版社の人を交え、新しい企画について相談する。メールは確認しないと危ない。

June 26, 2006

6月26日(月)

 このところ外出が続いたせいで、少し疲れた。それに天候が悪いので、頭の働きが悪い。というわけで、仕事は実質的に休み。

 『ランティエ』の連載、何を取り上げるか調べていたところ、あるブログに行き当たったが、そのブログのなかを探したいたら、私の『創価学会』を読んでの感想があったのでびっくりする。その続編、『創価学会の実力』のゲラができたらしい。明日くらい送られてくるのだろう。

 サッカー日本代表の新しい監督、オシムに兄弟姉妹がいるのかどうか調べてみたが、やはりそこまでは分からなかった。子供が三人いるので、本人もそのくらいか、それ以上の数の兄弟姉妹がいそうな気がする。聞くところでは、とても面倒見がよく、一人ひとりのことを考えてアドバイスをするというから兄弟姉妹のなかで一番上か、かなり上の方ではないかという印象を受ける。きめ細かい指導をするとすると、男兄弟ばかりのトルシエとは違い、下に妹がいるかもしれない。果たしてそれがあたっているのかどうか。誰か確かめてはくれないだろうか。

6月25日(日)

 午前中は銀座に買い物に出かける。銀座ではすでにバーゲンがはじまっていた。ほかのところより少し早いのかもしれない。昼食は、三笠会館でイタリアンを食べるが、やはり伝統がある店は落ち着いていていい。昼食には少し遅い時間でも、ひっきりなしに客がきていた。たまたま窓側の席だったので外を見ていると、向かい側のビルの入り口で多くの人が足をとめて、メニューらしきものをみていたり、中に入っていくのを見かける。なんの店があるのだろうかと帰りがけに前に行ってみたが、いくつかの店が入っている新しいビルだということはわかったが、なぜそれほど人が集まるのかはわからなかった。謎だ。

 午後はヒルズのライブラリーへ。岩立盛郷さんが、インドで活躍する僧侶の中村行明師をつれて見えられる。中村師は、ブッダ会を主催され、インドで3ヶ寺を営んでおられるが、さまざまな方面にネットワークをはられているという印象を受ける。それにしてもインドのことは何も知らないということを改めて教えられる。2時間ほどいろいろと話をさせてもらう。

June 24, 2006

6月24日(土)

 梅雨に入った方が、雨が降らない。梅雨前の方がはるかに降ったような気がする。

 ブラジル戦に完敗したせいで、新聞ではジーコ批判や、選手批判が盛んに行われている。驚いたのは、韓国も敗退したこと。次のワールドカップでは、アジア枠が減らされそうで、日本は余計出るのが難しくなりそうだ。これは、『相性が悪い!』のなかで指摘したことだが、6人兄弟の長男であるトルシエから、6人兄弟の末っ子であるジーコへの交替に一つ大きな問題があったのではないか。長男は自分の考えに基づいて強力なリーダーシップを発揮するが、末っ子はどうしても選手頼みになってしまう。選手もほとんどが末っ子なので、バランスが非常に悪い。野球の場合には、松坂のように主戦投手が長男でバランスがとれるのだが、今回の日本チームには長男がいなかったのではないか。選手の顔を見ていると、そんな気がする。是非、日本サッカー協会は、『相性が悪い!』を読んで、次の監督を考えてほしい。

 午後から、父親がお世話になっている要町病院にいき、先生から父親の病状について聞く。86歳の高齢で、なかなか治療といっても難しいようで、そこらあたり過度に期待してはいけないようだ。数値的にはかなり高いものがあるが、それでも一応起きて生活ができるのだから、その生命力の強さには感服する。見習いたいものだ。

6月23日(金)

 6月23日という日付は、昔だと安保が改定される日だったのを思い出す。それもはるか過去のことになってしまった。

 宗教と悪の本、第1章を直す。

 午後からライブラリーで編集者と打ち合わせ。いろいろと話をするが、最後は、今の日本がばらばらになりつつあるという話題になる。最近では、葬儀が家族葬になり、急速に規模が縮小している。葬式をしないで火葬してしまう直葬というのも増えているらしい。こうした習俗は一般にはかなり時間をかけて変わってくるものだが、結婚式で仲人が急速に消滅したのと同じで、変化が激しい。それだけ日本の社会が変化しているからだが、近世、近代を貫いて日本社会の根本的な原理の基盤になってきた共同体性がいまや消滅しつつあるということだろうか。ほかにも、地域の分裂や階層化、あるいは企業の共同体性の喪失など、変化はいたるところにあらわれている。これを大づかみにしてどう言うのか、そこが興味深い。

 森美術館で「アフリカンリミックス」を見る。アフリカの現代美術は初めてだが、何か模倣するにしても、それを批判するにしても、モデルとなる伝統が明確でないような気がした。そこが、日本画の伝統があり、洋画を積極的に学んだ日本などとは違うところではないか。夜は、ヒルズの近くで会食。10時前に帰る。

June 22, 2006

6月22日(木)

 朝、『オウムと9.11』の見本が届く。新書だと、各社ごとにレイアウトが決まっているので、できたときにインパクトがないが、単行本はやはり違う。今回の装丁は若い人だというが、本の雰囲気をうまく伝えているのではないか。今回の本に取り掛かってからはそれほど時間はかかっていないものの、前に新潮新書で出そうとしていた部分を下敷きにしたところもあるので、それを入れるとかなり時間を費やしたことになる。あまり意識してはいなかったが、9.11から5年がたとうとしている時点で出せたのは意味があったかもしれない。

 宗教と悪の本、第1章をだいたい書き上げる。次の章から本格的に宗教と悪との関係について考えていかなければならないだろう。そこが難しい。

 

June 21, 2006

6月21日(水)

 宗教と悪について原稿を書く。第1章かなり進んだ感じだ。問題は次の章からの気がする。

 先週から「バルトの楽園」という映画が封切りされているが、これは見に行く必要があると思っている。制作は、創価学会系のシナノ企画で、シナノ企画が本格的な映画を製作するのはかなり久しぶりのことではないか。以前は、「人間革命」をはじめ、「八甲田山」などを作っていた。「砂の器」の製作にもたしかかかわっていたはずだ。こうした作品はどれも橋本忍の脚本で、やはり当時の創価学会がおかれていた状況が反映されていたように思う。それからすれば、「バルトの楽園」は、今の創価学会のあり方を象徴しているはずなのだが、リーダーの重要性を強調しているところのほかに、何かあるのだろうか。筋書きを読んだだけではまだわからない。

 

6月20日(火)

 午前中、宗教と悪の原稿を少し書く。集中して時間がとれないせいかなかなか進まない。

 午後、大学へ。借り出していた池田大作『政治と宗教』の初版をコピーする。先日、1969年に改訂された新版の方を入手できたので、両方を比べてみることができるようになった。少し照合してみたが、かなり手が入っている。初版が出たのは公明党が結党され、衆議院選挙にはじめて候補を擁立したときで、改訂版の方は、言論弾圧事件の前の年にあたる。宗教政党としての公明党を考える上では重要な文献なのではないだろうか。

 4時から研究室の研究会。私の『宗教としてのバブル』を手塚君が書評してくれた。はじめに彼自身のバブル体験が語られたのがおもしろかったが、「11PM」が1990年の3月に終わったとは思っていなかった。たまたま私が最初に出たテレビが1988年か9年の「11PM」だった。それから90年代に入ると深夜テレビに何度も出る機会があったのを思い出す。「プレステージ」という番組では、仏教の8宗派の僧侶を呼んで、それぞれの宗派の教えの違いなどについて議論するようなものもあった。私とデーブ・スペクター氏などがコメンテイターだった。

 高度経済成長も、バブルも、実際にそれを体験した人間と、まったく体験していない人間では、どうしてもその受け取り方が違うのだということを改めて確認する。こうした類の時代体験は、異なる世代に伝えることが非常に難しいようだ。戦争を経験していない私たちの世代には、やはり戦争時代のことは分からないわけで、その溝が永遠に埋まらないところに、世代間の対立が生まれる根源があるのかもしれない。研究会が終わってから、代々木上原の「そ」という店で飲む。

June 19, 2006

6月19日(月)

 昨夜は、日本対クロアチアの試合を見る。オーストラリア戦に比べれば、はるかに内容がよかったし、シュートが枠の中に飛ぶ確率も高かったが、やはりシュートするまでの手数が多すぎる気がする。そのあと、ブラジル対オーストラリア戦を前半だけ見たが、ブラジルが日本と違うのは、後ろから球を受けたとき、そのまま前を向く、そのときにかかるスピードの差であるように思えた。これは、実は武道の時に必要な動作で、本来、日本人は得意なはずなのに、ブラジルの方がはるかに早く、無駄なく180度回転できる。それによって、相手を振り切ることもできるし、振り向きざまのシュートも可能になる。なぜそれが日本選手にできないのか。シュートのスピードの違いもさることながら、この点なら改良は可能ではないか。

 土、日と仕事をしたので、基本的に仕事は休む。『オウムと9.11』の送付先のリストを作り、編集者に送る。

6月18日(日)

 午後ヒルズのライブラリーへ出かける。宗教と悪、はじめにを直し、第1章の最初の部分を直す。それが終わってkら『オウムと9.11』の送付先のリストを作る。入力していない住所があるので、それは入れるなり、名刺をスキャンしなければならない。

 ボーズショップで、ライフスタイルという新しいオーディオシステムを視聴する。CDを350枚ハードディスクに収納し、モノラルでも5.1サラウンドにしてくれるらしい。おまけに、その日の気分に合わせて、曲を勝手に選んでくれる。なかなかおもしろいシステムだと思う。

 青山ブックセンターが改装されているので、よってみる。二階部分、片側だけあったのが、もう片側にもデッキができていて、そこに洋書が飾られていた。全体にモダンな雰囲気になっていた。ただ、、前よりも一般の書店に近づいている気もする。

June 17, 2006

6月17日(土)

 朝、少し部屋の片づけをする。いろいろ文書がたまっていて、本当はそれを整理しなければならないのだが、なかなか手がつかない。急がなくていいと思うと、後回しになってします。どこかで決断しなければならないと思う。

 昼からライブラリーへ。宗教と悪の本、はじめにの部分をなんとか書き上げる。これから、どう展開するかでこのままでいいかが決まるだろう。

 宗教学会での発表に関連して、星川氏からペーパーが送られてくる。宗教対話の可能性と限界について考えをまとめておかなければならないが、日蓮の「開目抄」を中心に発表してみるといいかもしれないと思いつく。一念三千や本仏論など、日蓮の教えが独特の宗教世界を作り上げることになったのが、やはり「開目抄」だろう。そこから、日蓮の攻撃性や排他性、日蓮主義や創価学会のあり方が出てきたはずだ。せっかく今年は「開目抄」を読んでいるので、それを役立てることにしたい。

June 16, 2006

6月16日(金)

 午前中は、宗教と悪の本について、「はじめに」の部分を書く。これまでよりは順調に進んでいる。問題は、本文に入ってからだろう。

 午後は、日蓮遺文の勉強会。開目抄のつづき。苛酷な環境で書かれたということか、論理の運び方に一貫性がない部分があるような気がする。それにしても、これだけの長文を校正者もなしに書ききるということは、想像をはるかに超える難しさではないか。そうした点についての研究はない気がする。

 新潮新書3周年ということで、近くの書店などでもフェアをやっていて、そのなかに『創価学会』が含まれている。はっきりとしたことはわからないが、平積みになったのが1冊しか残っていなかったりして、それなりに売れているような感じがする。そこで、改めて、ネットで「創価学会 島田裕巳」で検索してみると、本を読んでくれた人たちの感想や、本に言及した文章などが相当数見つかった。ざっと見ていっても、最後まで行き着かなかった。13刷までいっているだけに、かなり読まれていることを再確認した。なかには、学会員の家庭の女性で、同じ学会員の彼氏と付き合っていて、その部屋を掃除したら、『創価学会』を見つけ、中身をそっと見てみたなどという日記もあった。そんな読まれ方をしているというのは不思議な気もするが、これもブログの文化が浸透したせいだろう。興味深い。

June 15, 2006

6月15日(木)

 梅雨らしい天候が続いている。5月も雨ばかりだったので、本当に雨期が続いているような感じた。しかも、からっとしたところがなく、うつっとしているのがつらい。

 校正した『日本占法大全書』を出版社に送る。寺門興隆の創価学会の連載、校正して送る。あわせて、朝日新聞社から本として刊行することに同意してもらう。次は、寺門興隆を出している興山舎で出したいという意向もあるようだ。今回の本で使わなかった部分もあるので、来年には刊行できるだろう。

 7月の歌舞伎座、チケット一般販売の日。朝、チケットWeb松竹をのぞいてみたら、混雑でつながらなかった。夕方にもう一度アクセスし、とりあえず夜の部を買う。やはりすごい人気で、3等Aなどは、どの日も1枚も残っていない。昼の部の方が売れ行きがよく、あまりいいものが出ていないので、見送ることにする。別の方法で手に入れたいと思うが、うまくいくかはわからない。やはり歌舞伎会には入っておいた方がよさそうだ。歌舞伎チャンネルのアンケートに答えると、楽日のチケットがあたるらしい。早速出すことにする。

June 14, 2006

6月14日(水)

 『日本占法大全書』の校正をする。それほどないと思っていたが、かなりあった。本に直接赤字をいれ、それを宅配便で送ろうと思ったが、ガムテープが見当たらないので、明日にする。

 昼食後、大学に行き、本の返却と貸し出しをする。創価学会の池田大作著『政治と宗教』の初版が手に入る。改訂版と参照して、どう変化しているのかをたしかめる必要がある。

 日銀総裁が村上ファンドに1000万投資していることが問題になっているが、追求の仕方がどうも甘い気がする。そもそも村上ファンドというものができる過程で、前々から政府関係者が関与しているような気がしていたが、その証拠が今回出てきたような気がする。なぜ日銀総裁は、民間シンクタンクの理事長時代に、ただ出入りしていたという村上に、本人は少額と言うが、常識的には巨額を投資したのだろうか。ほかに村上ファンドに投資した人間は誰なのか。そこが解明されないと、この事件の全容は解明されないように思う。

June 13, 2006

6月13日(火)

 東京見物の疲れで、朝10時まで目が覚めなかった。

 昨夜は、ワールドカップ、日本対オーストラリアを見る。最後、立て続けに得点されたのには唖然とした。しかし、試合全体を振り返ってみると、リードしていたのを守れなかったととらえるべきではないような気がする。最初の得点にしても、パスがたまたま入っただけで、試合後には主審が誤審と認めるようなものだった。日本は、ほとんどシュートを放っていないし、そのわずかなシュートもほとんど枠にいっていない。その点で、オーストラリアとの差は歴然としていた。他の試合でも、シュート数が多く、枠をとらえる割合の高いチームがほとんど勝っている。攻めないでサッカーに勝つことなどできるはずはない。そこには、日本サッカーの根本的な問題があると思う。とても一朝一夕で変わるものではないだろう。

 午後、メディア・ポートの編集者に今度の『オウムと9.11』の装丁を見せてもらう。驚いたのは、営業で書店を回ってみると、9.11が何かわからない店員がものすごく多くいるということ。20代の店員のようだが、それでは話にもならない。これが、今の日本の現実なのだろう。お寒いかぎりだ。

 歯医者で定期検診のあと、『言語道断』という新しい雑誌の取材を受ける。昭和50年代の犯罪について、社会背景との関連についてインタビューを受ける。話をしていて、このオイルショックとバブルにはさまれた時代が、大きな過渡期になっていることがわかってきた。

June 12, 2006

6月12日(月)

 気分転換のため、東京見物をする。まず、東京タワーを訪れた。いったい以前にいつ東京タワーを訪れたのか、記憶がはっきりしない。もちろん、たった当初、子ども時代に訪れているが、特別展望台に行った記憶がないので、40年ぶりになるのだろうか。今回は、特別展望台まで上る。

 150メートルのとこにある大展望台でも、かなり迫力がある。普段、六本木ヒルズの高いところから東京の街を見下ろしているわけだが、ビルから見るのと、東京タワーのような鉄骨の上から見るのとでは迫力が違う。ガラスがはめてあって、そこから下が見えるところがあるが、やはり少し怖い。ただ、ほかの見学者は、ガラスの上を歩いてみたりしないので、それができた自分は案外高所恐怖症ではないのかと思った。これからは、高所恐怖症ではないということにする。

 特別展望台につながるエレベーターにあがるところが、わざと暗くしてあり、期待感を高める演出が施されている。少し怖いのはエレベーターで、外が見える分、相当に怖がっていた人もいた。ただし、上に出てみると、そんなことは感じない。やはり特別展望台は高くて、全体がよく見える。

 蝋人形館にも寄ったが、人間の視線がさすようで、ぞくっとする。似ているかどうかと言われると、怪しい人形もあるが、蝋ならではのリアリティーがある。昼食をとったあと、思いついて、日の出埠頭まで歩き、そこから船に乗ることにする。ちょうど、松本零二がデザインした船が浅草へ向けて出るところだったので、それに乗る。

 予定外で浅草に着いてしまったが、仲店通りを歩いていると、東京タワーにいた外人の観光客の家族の姿を見る。これが東京見物の定番ということだろう。途中、やかんなどを買い、新宿によって帰る。7時台だが電車が混んでいたのは、ワールドカップのせいに違いない。

6月11日(日)

 朝から雨。新宿へ出て、買い物をしたあと、恵比寿へ。東京都写真美術館へ行く。『ランティエ』で紹介した「デスティニー・ディーコン展」が最終日なので、それを見る。オーストラリアのアボリジニーの作家だというが、紹介したときには情報が少なくどういった展示なのかはっきりとつかめなかった。残念ながら、あまりおもしろくない。人形を使って、それを写真に撮り、作品に仕上げているが、どういう意図をもっているのかがまずわからない。それに、自宅の庭などを撮影の場所にしているようなのだが、安易というか、安っぽいという印象しか残らない。いいのは、ポスターに使われていた、女性たちが笑っている写真だが、そうした明るさがほかの作品にはなかった。紹介して申し訳ない気がした。もう少し勉強しなければと改めて思う。

 そのあと、ヒルズのライブラリーに行く。調べものをしたあと、原稿の構想を考え、そのあとには、昨日すべてを見られなかった「ユダの福音書」についての番組を最後までDVDで見る。その発見の過程にも疑問が残ったし、復元された文章の解釈や位置づけにも問題があるように思えた。これは、本などを読んで、少し検討してみる必要があるだろう。

June 10, 2006

6月10日(土)

 ワールドカップはじまる。ついこの前日本であったばかりのような気がするが、あれから4年が経ったことになる。前回は、義弟の母国、トルコが出場し、大活躍した。今回は、そのとき3位になったトルコが出ていないので、やはりワールドカップは厳しいものだと思う。日本はどうか。組織力では世界一かもしれないので、WBCのようなことがないともかぎらない。

 ヒルズのライブラリーに出かけ、仕事をする。宗教と悪の本、はじめにを大体書き上げる。その後、研究室の武田さんからいただいた「ユダの福音書」についてのナショナルジオグラフィック制作のDVDを途中まで見る。果たしてこれは世紀の発見といえるのか。少し研究をしてみたい。

 経堂の周辺、不動産物件の動きが激しいが、今日も帰りがけ、古い家が取り壊されているのを見る。気がつかなかったが、相当に敷地が広い。立て直すのか、相続の関係で売り渡されるのかはわからないが、かなり広いのでマンションのようなものが建つことも考えられる。このあたり、土地もかなり高いはずだが、それが買える人がいるということだろう。

June 09, 2006

6月9日(金)

 朝、今度出す創価学会の本について、タイトルを先に決めなければならないと編集者から電話がある。タイトルはできるだけシンプルな方がいいと思うが、なかなか難しい。一応、『創価学会の実力』というタイトルに落ち着く。果たしてこれでいくことになるかはわからないが、内容的に一番近いのはたしかだ。実力には権力という意味がこめられているし、本当にどれだけの力があるのかということにも通じていくはずだ。

 宗教と悪の本、改めて「はじめに」の部分を10枚近く書く。

 最近、本を書くという行為が案外難しいのだということを改めて感じる。自分の体験からしても、文章が書けるようになるまでには、10年から20年くらいの月日が必要だろう。それも、ただ時間が要るというだけではなく、どこかで厳しく鍛えられないと上達はしない。普通の人はそうした訓練を受ける機会はないわけで、世の中に出ている本のいったいどれだけの割合が著者とされる人間が本当に書いているのだろうか。それはかなり疑問だ。そう考えていると、これは実は別の人が書いているという本が思いつく。今日も、最近読んだある本が、本当は別の人が実質的な著者なのではないかということに気づく。単純な好奇心だが、それをたしかめたくなった。

June 08, 2006

6月8日(木)

 昨日帰りが遅かったので、いまひとつ原稿を書く気力がわいてこない。そこで、HDDレコーダーがいっぱいになってきたので、DVDにダビングする作業などをする。600ギガあるが、1年半使っていると、なんやかやと容量を使ってしまうようだ。

 大阪のテレビ局出演、今週はいろいろ事件があったので、延期になる。次の機会には、オウムだけではなく、創価学会も扱いたいとテレビ局の人は言ったいたが、それは実現するのだろうか。実現するとしたら、非常に珍しい機会になるだろう。

 『オウムと9.11』の本の装丁がメールで送られてくる。なかなか、衝撃的なデザインで、これなら目立ちそうだ。実際の色はどうなのか、実物を見てみないとわからないが、こうしたデザインははじめてで、とても楽しみになってくる。その本のなかでも戦前の日本のテロについてふれているが、外遊を前にしての天皇の記者会見の際、愛国心について外国人の記者から聞かれ、天皇は1930年から36年までの要人の暗殺についてふれていた。これは、5.15や2.26などをさすわけだが、その際に昭和天皇は、「大御心」を持ち出す反乱軍の兵士に対して、断固討伐すべしという意向を示し、容赦しなかった。そうした父親の姿勢を、現在の天皇も評価しているということだろう。政治的な発言を封じられている天皇としては、微妙な発言でもあるが、その真意を理解する必要があるのではないだろうか。

June 07, 2006

6月7日(水)

 宗教と悪との問題、少し書き始めたが、どうもうまくいかないので、構成を考え直してみる。きっかけが、なぜ人を殺してはならないのかという問いについての話だったので、やはりそこから書くことになりそうだ。

 午後、憲法調査会についての本などが届いているので、大学へ行く。武田さんから、「ユダの福音書」についてのプロモーションDVDを貰う。

 夜は、高校時代の同級生、渡辺君がセットしてくれたので、東大の社会科学研究所の玄田さんと、菊川のちゃんこ鍋の店、時葉山で会食をする。初対面だが、いろいろと話をする。希望学やウィークタイのこと、あるいは社会科学研究所の行く末などが話題になる。

June 06, 2006

6月6日(火)

 相変わらず、天気の方はすっきりしない。テレビでは、村上ファンド、秋田の殺人事件一色になっている。村上社長、会見自体はいさぎよかったが、どうも彼が言っていることだけが真実ではないようで、かえって逆効果になりそうな気配だ。フジテレビが、どこか憎しみをもちながら、この問題を報じているのが強く印象に残る。もう少し冷静でもいいのではないか。

 そのフジテレビが、プライドとの契約破棄を発表した。発表のなかでは述べられなかったが、やはり暴力団がらみということらしい。この問題にかぎらず、最近では、北朝鮮の薬物、アイフルのようなサラ金、後藤組の組長の逮捕など、闇の世界に対する取締りが厳しくなっているのを感じる。そこに、政府等のどういった意思が働いているのか、表には出てきていないが、景気が改善し、闇の世界に頼らなくても、金の循環がよくなってきたということだろうか。村上ファンドにしても、ライブドアにしても、どこかでそうした流れとつながっているようにも思える。

 渦中の六本木ヒルズに久しぶりに出かける。昨日はおそらく騒然としていたのだろうが、今日はどこか気が抜けた雰囲気が漂っていた。少し仕事をするが、低気圧が近づいているのか、頭があまり働かないので、早めに帰る。新宿により、dvd-rなどを購入する。千疋屋で昔風のフルーツポンチを食べるが、キウイが入っているのは今風と言うことか。昔はキウイなど食べなかった気がするが、どうなのだろう。

June 05, 2006

6月5日(月)

 梅雨の時期も近づき、気がついてみるとあじさいが美しく咲いている。

 さまざまな事件に一応の決着がついた日。朝から、村上世彰の会見を見る。彼としては不本意な部分もあるのだろうが、ライブドアという組織とかかわってしまったことが結局は敗因だったのかもしれない。それから、彼の金銭哲学、法律の枠のなかで金儲けをするのは当たり前という感覚が、彼の出身地である大阪では通用しても、東京その他では必ずしも通用しないことが理解できなかったのではないだろうか。それほど、東京と大阪の価値観は大きくずれている。

 そんなことを感じているところに、読売テレビのやしきたかじんの番組から出演依頼がくる。金曜日の放送だというが、そのなかでオウム真理教の問題を扱うらしい。午後の時間帯に、ずいぶんハードなものをやるという印象だが、そこは大阪、東京でこの問題を扱うのとはきっとスタンスが違うのだろう。

 「ユダの福音書」について勉強しておかなければならないと感じたので、『ナショナルジオグラフィック』の雑誌と、『ユダの福音書を追え』という本をアマゾンで取り寄せる。果たしてイエスはユダに、自分を売るように仕向けたといえるのか、それはあくまで解釈であって、そう明言されているわけでないようだ。『ナショナルジオグラフィック』のほかの記事にも目を通したが、イギリスのチャールズ皇太子が、自分の領地をいかに管理、運営しているかという記事がおもしろかった。イギリスの王室は、やはり今でも領主として、自分の領地をいかにして維持するかに強い関心をもっているようだ。日本にはそうした存在がいなくなってしまっただけに、記事は新鮮に思えた。

June 04, 2006

6月4日(日)

 日曜なので、休日。

 OXストアーに買い物に行く途中、季織亭の前を通りかかると、看板が出ていて、2階の居酒屋が一周年を迎えたので、そのお祝いを今日するという告知が出ていた。下の惣菜やラーメンの方は利用することがあるが、2回にはまだ上がったことがない。3800円で、飲み放題、肴、それに麦そばと出ていたが、昼食が遅かったせいもあり、とりあえずスルーする。

 夜、ジーコジャパンが予選を勝ち抜いていった過程を扱ったドキュメントを見たが、チームがまとまるまでにやはりかなりの時間がかかったようだ。ジーコ解任の声が上がっていた時期もたしかにあった。これは、『相性が悪い!』でも書いたが、前のトルシエ監督が6人兄弟の一番上だったのに対して、ジーコがその反対で6人兄弟の末っ子だということが影響していたのではないか。長男は、自分の方針に従って、ほかの人間を動かそうとするが、末っ子は、自分は積極的には動かない。チームに自発性を求めるのも末っ子ならではのことで、しかも選手のほとんどが末っ子だということもそこに影響していたはずだ。監督も選手もみな末っ子では、チームはまとまらない。危機的な事態が訪れて、ようやく自分たちでなんとかしないとどうにもならないと選手たちは気づいたのではないか。日本サッカー協会も、私に相談してくれればよかったのにと思う!? 長男選手が一人いて、それが中心になればずいぶんと事態は変わってきたはずだと思う。そうした選手はいなかったのだろうか。

June 03, 2006

6月3日(土)

 先端研で「公明党研究会」の第1回を開く。公明党は宗教政党であるわけだが、政治学の世界でもほとんど研究の対象とはなっていないらしい。与党は研究されても、野党は研究されないという伝統があり、長く野党だった公明党は政治学の研究対象にもなってこなかったようだ。それは、宗教学の世界も同様で、宗教政党まで視野に入っていなかった気がする。まして、創価学会をめぐっては教団の規模の割りに研究が乏しい。新宗教研究が、オウム事件以降衰退するなかで、いっそう創価学会研究は行われないようになってきた。

 第1回という、とりあえず、私が発表をする。今まとめている創価学会についての本に書いたことを基盤に、創価学会の歩みや今おかれている状況、公明党との関係等について報告する。いろいろと議論が出る。次は、政治の現場から見た公明党の姿について発表をお願いすることにする。

 終わってから、東北沢駅の周辺で喫茶店を探したが、なかなか見つからなかった。少し歩いたところに古めかしい喫茶店があったが、これはかなり不便な気がする。もっと駅の近くにないものだろうか。何かの時に困るように思う。

June 02, 2006

6月2日(金)

 明日の公明党研究会での発表のために、レジュメを作成する。

 宗教と悪について、原稿を書いたが、今日はほとんど進まなかった。ようやく20枚を超えた程度。

 盗作の問題がテレビのワイドショーで取り上げられているが、盗作されたというスギ画伯のこと、日本ではまったくといっていいほど知られていないらしい。一般の人はもちろん、学芸員や美術評論家などまったく知らなかったらしい。ネットで調べてみると、イタリアではかなりの権威であるように思えるし、実際、テレビではイタリアでは3本の指に入る巨匠だと紹介されていた。にもかかわらず、専門家もその存在を知らないということは、とても変なことではないか。

 日本人の好みではないからという理由もあるのかもしれないが、盗作した和田さんの絵が日本で評価されたところから考えれば、そのオリジナルであるはずのスギ画伯の絵ならかなりの関心がもたれたはずではないだろうか。にもかかわらず、誰も知らないというのは、不勉強以外の何ものでもなし、そうした状況が生まれてしまっているのは信じられない気がする。宗教学の世界で言えば、キリスト教やイスラム教の現状について、日本の宗教学者がまるで知らないといったことと同じなはずだ。それだけ、日本の美術界は閉鎖された世界なのだろうか。もしかしたら、そこに今回の問題が起こった一番の原因があるようにも思える。

June 01, 2006

6月1日(木)

 宗教と悪の原稿を書くが、あまり進まなかった。もう少しスピードアップをする必要がある。

 有田芳生さんのホームページをここのところ見ているが、今月で閉鎖されるとのこと。事情もある様子だが、残念な気がする。ブログという方法もあるように思うがどうなのだろうか。

 最近、アート情報を連載しているだけに、盗作騒動が気になる。問題の画家のことも、盗作されたイタリアの画家のことも知らなかったが、和田さんという方、展覧会も開かれ、かなりファンもいたようだ。もちろん、盗作という行為は問題だが、芸術作品のオリジナリティーということはそれほど簡単ではない気がする。どちらにかんしても、実物の絵を見ていないので、簡単には評価を下せないが、和田さんの絵が数々の賞を受賞しているところからすれば、絵としてみた場合、そこには評価するに足るだけの芸術性が備わっているのだろう。展覧会に行った人の感想を見ても、しっかりとした評価を与えられている。

 仮に盗作した方とされた方の作品を並べてみて、どちらが絵として優れているという判定を下すとしたら、いったいどうなるだろうか。誰もがされた側の絵がすばらしいと言うとは限らないし、和田さんの方がすばらしいと高く評価する人もいるだろう。それは、素人だろうと、専門家だろうと変わらないだろう。そうなったとき、果たして盗作とは何か、オリジナリティーとは何かという問題はどうなるのだろうか。そこが難しい気がする。せっかくだから、された側の提案にもあったように、二人の作品を並べた展覧会をしてほしい。それはとても興味深い試みになるはずだ。

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