無料ブログはココログ

Recent Trackbacks

« June 2006 | Main | August 2006 »

July 2006

July 31, 2006

7月31日(月)

 7月中は梅雨も明けないのではと思われたが、今日は温度もさほど高くはなく、湿度も低くてすがすがしいので、久しぶりに葛西の水族園に行く。ここは、マグロの回遊が見られる。昼食は近くの江戸川区のホテル、シーサイドでとる。ホテル・オークラが運営しているだけに、味もいいし、サービスも都心のホテルと変わらない。

 水族園は、夏休みということで、子供連れで混雑していた。子供をこれだけ多く見たのは久しぶりかもしれない。少し少子化が遠い世界の出来事に思えた。
060731_125602

 やはりマグロの回遊は圧巻。水槽は一周できるようになって入るが、みな途中で折り返すのはどういう仕組みなのか。たしかに反対側の水槽に行く通路は狭くなっているが、これは最初から行かないように意識しているのだろうか。ただ、なかには小さなカツオが一匹だけ一周し続けているのがいた。これは、個性というものなのだろうか。全体を見終わって、外のテラスでカキ氷を食べる。案外、カキ氷というのは食べる機会が少ないもので、冷房のきいている室内ではあまり食べる気がしない。前にはなかった観覧車に乗って、葛西を後にする。

 銀座に行き、伊東屋による。京大式カードの入るボックスを探しにきたのだが、なんとそれがなかった。製品としては出ているのははっきりしているが、伊東屋にもないというのは驚きだ。買う人間が少ないのか。ただ、カードの方は売っているわけで、整理のためのボックスは不可欠と思うが、どうだろうか。少し不親切な気がする。これも久しぶりにウエストにより、帰路につく。


July 30, 2006

7月30日(日)

 天気がいい。ようやく梅雨が明けたようだ。『ランティエ』のアート情報の原稿を書く。

 日本の女子サッカー、北朝鮮に負けて、ワールドカップの出場がさらに先延ばしになった。暴行した北朝鮮チームに対する制裁が軽すぎたようにも思うが、男子でも同種の事件があった。そこには、北朝鮮の社会が乱れているということがあるのではないだろうか。焦りのようなものも感じる。ミサイルの問題にしても、結局何を得ようとしているのか、わからない。アメリカと本当に直接交渉を望んでいるようにも思えないし、軍の統制がきかなくなっているのではないか。北朝鮮が崩壊するのはひどくやっかいなことだが、そうしたことが起こっても不思議ではない気がする。

 一方、日本のサッカーに将来はあるのだろうか。女子はあるいはワールドカップに出られるのかもしれないが、もし出られなければそれが、男子の方のさきがけになる可能性も考えられる。ランキング49位では、32チームのなかにも入れない。なぜ今回のワールドカップで芳しい成績をおさめられなかったのか、監督を変えただけではだめなのではないだろうか。敗因の分析がまったくなされないままでは、新しい監督任せで、大きな変化は期待できないだろう。最初から今回の代表チームのメンバーは、自分たちでは勝てないと思い、モチベーションが低かったように見える。チームがばらばらで、真剣さが欠けていたという報道もあった。さまざまな点を含め、文化や社会のレベルまで考えた分析をしていかないと、何回もワールドカップに行けな状況が続くようにも思える。

7月29日(土)

 「摂理」という韓国系の宗教団体のことが話題になっている。あまり詳しいことは知らないが、教祖は統一協会の信者だったことがあり、性的な事柄が問題にされていることからすれば、韓国の新宗教で問題が起こりやすい「血分け」といったことを核としているのではないか。以前にミッションスクール出身の女性が統一協会など純潔を強調する団体に惹かれるのではないかという文章を書いたことがあるが、今回の教団の場合にも同じような傾向があるのかもしれない。

 最近では、統一協会のことが表立って取り上げられることが少なくなった。霊感商法などの被害は依然として続いているといわれるが、メディアで大きく取り上げられることもない。あるいは、個別に処理することですんでしまっているのだろうか。自民党の総裁選挙にからんで、安倍氏が統一協会の催し物に祝電を送ったということが問題視されてはいるものの、保守系の政治家と統一協会の結びつきといったことまでは問題にされていない。統一協会は、反共運動の勝共連合と密接な関係をもっているわけで、その一方では北朝鮮にもパイプをもっている。最近の東アジア情勢のなかで、統一協会がどういった活動をしているのか。もう少し報道があってもいい気がする。

 夕方、魚をもって久しぶりに実家へ行く。父もかなり弱ってはいるものの、久しぶりに立って歩く姿を見た。声も元気で、その点では安心だ。なぜか味醂干と沢庵を最近は好むという。そんなもの依然から好きだったのだろうか。ちょっと不思議な気がする。実家には37型の液晶テレビが入っているものの、地上デジタルが見えなかったり、BSデジタルが見えなかったりと、使いこなせていない。義弟がなんとか地上デジタルを見えるようにしていたが、隅田川の花火中継が終わってしまい、それをハイビジョン映像で見れなかったのが残念だ。

July 28, 2006

7月28日(金)

 午前中は、このところと同じテーマで原稿書き。テーマがテーマだけに書き進めれば進めるほど難しくなってくる。宗教というものをいったいどのようにとらえていいのか。その本質が何かから説き起こしていかないと、悪の問題を論じることなどできそうにない。案外これは時間がかかるのかもしれない。

 午後から、日蓮遺文の勉強会。依然として「開目抄」。この分でいくと、今年いっぱいはかかりそうな気がする。日蓮の生涯からすれば、後半に属するものだが、著作の量では3分の1にも達していない。いかに日蓮が後半生に集中的に著作活動を展開したかがわかる。

 勉強会で質問したのは、「開目抄」での議論を理解できる人間が、その当時どれくらいいたかということ。インドではすでに仏教は衰えているし、中国でも禅はさかんだったかもしれないが、天台はもう見る影もなく衰えていたはず。すると、日本だけに限定されることになるが、その日本でも、これだけ高度な教学の議論は多くの僧侶が理解したとは思えない。それに、日蓮が書いている場は、流刑地である佐渡。佐渡という辺境でこうした議論が展開されていようとは、誰も想像ができなかったことだろう。考えるとひどく特殊で不思議な状況がそこにあったように思えてくる。それが日蓮であるがゆえのことなのだろうか。

July 27, 2006

7月27日(木)

 有田芳生さんのサイトを見ると、いつの間にかブログがはじまっていた。どうもこういうものは、一度はじめるとやめてしまうのが難しいものなのかもしれない。ただの日記だと、それこそ三日坊主になることが多いが、毎日読んでくれる人がいると、続けなければという気になってくる。

 宗教と悪についての本、キリスト教に対するマニ教の二元論の関係について書き進める。10枚を少し過ぎるくらい進む。進み方は遅々としているが、なんとか先に向かっているようだ。

 麻原の死刑判決確定にむけて、読売新聞の取材を受ける。最高裁の判断は出ていないが、高裁の判断は動かず、このまま死刑が確定する可能性が高いというのが大方の見方なのだろう。それにしても、裁判がはじまったときと比べると、そこから明らかになってきたものがどれだけあるのか、さまざまな意味で期待する部分があったにしても、残念な結果に終わりそうな気配だ。やはり裁判と言う場で真相の解明ということは、本来無理なのだろう。今のうち、別の形で真相の解明をしていく作業が必要だとは思うが、それを実現の方向にもっていくのはほとんど不可能といえるかもしれない。

July 26, 2006

7月26日(水)

 久しぶりに晴れる。例年ならこれで梅雨明けという感じなのだが、今年は違うらしい。まだしばらくうっとうしい日が続くのだろうか。

 宗教と悪、第3章を書く。10枚を少し超えるくらい進む。しかし、細かく見ていくと、案外見落としていたことがあるのに気づく。その点では、今回の作業はとても勉強になりそうな気がする。

 夕方、買い物に出かけ、サンダルを買い換える。経堂図書館が開館しているようだが、改めて訪れることにした。駅のジョイフル、いくつかの店が撤退していた。なかなか同じ店が続かない。趣味的な店だとすぐにつぶれる。本当なら、生活上どうしても必要になる店を出すしかないのだろうが、そうした店が出ることは少ない。その点では、何年たっても便利になったという感じがしない。何か、もう少し集客力のあるものを考えなければいけないのではないだろうか。

July 25, 2006

7月25日(火)

 宗教と悪について、第3章に入る。相変わらず1日10枚のペース。そこまでいくと、もう書けなくなる。

 経堂の駅に、明日経堂図書館がオープンするが、その前を通りかかると、開館セレモニーをなかでやっていた。明日はかなり混雑するのではないだろうか。これでだいぶ便利になる。

 『日本沈没 第二部』を読み終わる。先日、共同通信からお勧めの本を頼まれたとき、第一部のほうを紹介するために、改めて読み直したが、それに比べるとまるでおもしろくない。日本人が、もし日本という国土を失って流浪したらどうなるのかをたしかめるためにとりあえず日本を沈没させたというのが、第一部の書かれた経緯だが、それ以来33年にわたって続編が書かれなかった。今回は、小松左京さんが直接執筆したものではないが、基本のアイディアは小松さんのものらしい。ところが、話が地球の寒冷化の方向に行ってしまっていて、そのメカニズムと対策というところばかりがクローズアップされ、テーマであるはずの国土を失った日本人の運命という部分がよくわからなくなっている。話の組み立ても、第一部に比べて、登場人物の人間性がまるで描かれていない。これは、失敗作ではないだろうか。

July 24, 2006

7月24日(月)

 ずーっと天気が悪いので、どこか意気があがらない。

 宗教と悪、書き上げた2章まで編集者に送る。3章の構成を立ててみる。ほかに、2冊ほど本の企画を考える。これは、どうしようか。企画のぶつけ先を考えないといけない。

 刑務所の見学をする必要があり、栃木県の黒羽刑務所に電話をする。日程を調停してくれたので、8月の上旬に訪れることになった。一応、願いの書類を出さないとのことだが、親切に対応してくれた。新幹線を使えば、それほど時間がかからないようだ。いったいどこまで見学させてくれるのだろうか。

7月23日(日)

 まだまだ天気が悪い。各地で、大変なことになっているようだ。

 昼から池袋に出かける。ジュンク堂やリブロなどを見てまわる。パルコの上のリブロで、チェット・べイカーの伝記『終わりなき闇 チェット・ベイカーのすべて』を見つける。今年の初めに出た本だが、知らなかった。値段も4000円を超えていて、かなり分厚い。なかをめくってみると、ほとんど麻薬の話で、そうしたことが出てこないページが珍しいくらいだ。ベイカー・ファンではないが、かなりおもしろそうなので買うことにした。訳者は3年間、とりつかれていたと語っている。麻薬で朽ち果てていくベイカーの姿は、痛々しいというところを超えて、たしかに悪魔のようだ。

 夜、レチャト出演の「ネクスト」をみる。彼もそうだが、トルコ人の3人のゲストは番組中、ずっと椅子をゆらしていたのが気になった。自分の経験でもそうだが、テレビになれていないととかくそうなってしまう。トルコのテレビ局の数が300を超えているのには驚いた。番組も、みな長いし、内容も素人参加型ドキュメントが多いようだ。貧しい人を探し出して、視聴者などからの寄付で家や家財道具などをあげてしまう番組や、ヨーロッパに移民していてトルコに帰れない人を帰す番組など、トルコのおかれている状況が反映されている。トルコ人とギリシア人のカップルの結婚をめぐるどたばたを扱ったドラマも、すでに3年を超えて、まだ続いているというのもすごい。日本とは違い、テレビがまだおもしろい国なのだろう。レシャト本人は飯田のほうに行っていて、番組は見ていないとのこと。夜中に電話がかかってくる。

July 22, 2006

7月22日(土)

 仕事は休み。

 昼、魚真に行くと、関アジがあった。シールつきではないので、安いとのこと。100グラム220円だった。帰って刺身で食べる。やはりうまい。何か申し訳ない気がした。

 テレビで放送された「ハウルの城」を見る。宮崎アニメは、これまでずっと批判的に見てきたし、今回は評判も相当良くなかったので、覚悟してみたが、意外と単純でわかりやすかった。批判をすればきりがないが、何か批判するのも意味がないようにも思えた。晩年の黒澤明の映画では、前面に老いが出てきたが、それと似ている気がした。いくらもとは少女で魔法をかけられているとはいえ、老婆が主人公では、話がつらい。けれども、宮崎監督としては、こうした主人公が今一番ぴったりするのだろう。そういえば、しだいに作品のなかで老人の占める割合が大きくなってきている気がする。「ハウルの城」は、黒沢で言えば、「まあだだよ」にあたるものではないか。たしかそれが最後の作品になっていたように記憶している。宮崎アニメもその運命をたどるのだろうか。

July 21, 2006

7月21日(金)

 まだまだ天気が悪い。ちょうと『日本沈没 第2部』を読んでいるが、地球温暖化で将来に起こる気象の変化のさきがけのようなことが起こっていると聞くと、きみが悪くなる。

 宗教と悪について、第2章を書き上げる。宗教の力の源泉が、法としての宗教という側面にあることを論じた。日本人には、あまり宗教が法であるという意識は希薄だが、他の宗教についてみていくと、そうした側面が浮かび上がってくる。次の章をどう展開させるか、考えないといけない。

 麻原ファミリーにアーレフの金がまわっていることで、捜査が行われている。そうした事実がある点は、『オウムと9.11』でも指摘した。犯罪としてはそれほど重要なものではないし、逮捕者が出るのかも分からないが、この事実が伝えられたことは大きな意味があるのではないか。

 

July 20, 2006

7月20日(木)

 引き続いて宗教と悪について書く。仏教からキリスト教に入ったところで、エネルギーが枯渇した。この本、一日に十枚しか書けない運命にあるのかもしれない。

 昭和天皇が靖国神社に参拝しなくなった理由が明らかになった。A級戦犯を合祀したことに不快感をもったからだという。このニュースを聞いて、『オウムと9.11』でも書いたことが思い起こされた。戦争の時代、軍部による反乱が相次いだ。5.15や2.26がそれにあたる。その際に、反乱将校たちは、自分たちの行為が、天皇の本心、大御心にかなっていると考え、それで自分たちの行為を正当化した。ところが、当の昭和天皇は、将校たちの主張を一切認めず、最初から最後まで、反乱軍の断固とした鎮圧を主張した。靖国神社の現在の姿勢も、結局はこれと同じではないだろうか。おそらく、この天皇の真意の問題は、大きな影響を与えることになるだろう。

July 19, 2006

7月19日(水)

 朝から、宗教と悪についての原稿を書く。今日は、ユダヤ教の律法について書いたが、調べながらの作業で、枚数は10枚しか進まなかった。

 弘文堂から『宗教学文献事典』の原稿依頼が送られてくる。現存する著者は、著者自身が文献を紹介するという趣旨らしく、『オウム』と『虚無の信仰』を頼まれる。ほかに、岸本英夫の『死を見つめるこころ』も頼まれる。一人について一冊が原則ということだから、岸本の『宗教学』は入らないらしい。宗教学の体系化をめざした岸本の試みも、自身の癌体験には勝てなかったということだろうか。そう考えると複雑な思いがする。

 広い範囲にわたって豪雨が続いている。冬は豪雪だったし、これではたまらないだろう。毎年、異常気象の気配だが、そのパターンが予測できないところが怖い。今年の冬は、またどうなるのか。それが懸念されるところだ。

July 18, 2006

7月18日(火)

 また、雨。本当によく降る。5月からずっと天気が悪い気がするが、東北では日照不足で稲作に影響が出る可能性があるとのこと。

 昼から大学へ。御厨さん、放送大学の授業番組の収録で大変に疲れたとのことだが、最近の放送大学では経費削減ということで、それが番組作りにも影響しているらしい。私が放送教育開発センターに勤務していたころは、予算が余っていて、いかにそれを使うかが難しかったが、まったく隔世の感があるようだ。そういえば、最近の放送大学の番組、昔に比べて貧相になったようにも思う。放送大学は十分に活用できる教育機関だと思うが、もっと番組の内容を向上させ、多方面で活用すべきではないか。昔やった研究がまったく生かされないのはとても残念な気がする。

 午後から、朝日新聞の国末さんがお見えになり、いろいろと話をする。内容は多岐にわたったが、少子化の進行とテロの減少との相関関係についての話がとくに印象に残った。たしかに、人数が多いと、競争が起こったり、失業といった事態から社会が不安になったりするが、少子化の状況では、親の方も子供を大事に育て、テロリストにはしないのかもしれない。中国が法輪功を弾圧して平気だったのも、一人っ子政策という人為的な少子化を実行したからかもしれない。本来なら、急速な経済発展の中で、矛盾が蓄積され、それがデモや学生運動の増加などに結びつき、社会的にコントロールできなくなるものだが、そうしたことが今の中国に見られないのも、子供の数が少ないという現実があるからだろう。その意味では、少子化も悪くないということになるかもしれない。

July 17, 2006

7月17日(月)

 海の日で休み。歌舞伎座昼の部を観劇する。今回はオークションで手に入れたので、切符受取所ではじめてチケットを受け取る。感想はやはりオフィシャルの方に。

 終わった後、プランタンに行き、レタスのボディーシャンプーを買おうと思ったが、ラインナップからすでに外れているということ。なかなか気に入ったものを手に入れるのは難しい。

 虎屋でお茶をするが、混雑していて20分以上待つ。今日から20日までしか販売されていない「土用餅」を食べてみる。黒糖が入って、羊羹のような味がした。

 買い物をしたあと、はじめてカレーのナイルレストランへ行く。ここもかなりの混雑。ナイルランチを食べる。ターメリックライスに軟らかく煮た鶏のもも、マッシュポテトにキャベツとカリフラワーをいためた物がつく。なかなかにうまい。中村屋と似ているのは、やはりインドから直接来ているせいだろうか。

July 16, 2006

7月16日(日)

 『創価学会の実力』再校ゲラに校閲が入ったもの確認する。すでに一度読んでいるので、それで終わった。これで、この本についての私のほうの作業はほとんど終わった。無事、8月に刊行されることになるだろう。編集者に宅急便で返送する。

 近くの商店街の抽選券、30枚ほどあったが、100円が2枚あたっただけ。あとは、10円の買い物券として利用できるらしい。1等は5万円だが、おしいものもなかった。

 昨日の夜、帝国ホテルの村上シェフのドラマを見る。テレビの「今日の料理」に出演したときのエピソードをやっていたが、昭和30年代には洋食というのはとても家庭では珍しいものだったのだろう。その点では、村上シェフの登場は、家庭料理の歴史の上では画期的な出来事だったに違いない。そうした経験があるからこそ、『おそうざいフランス料理』のような料理書としての名著が生まれたのだろう。この家庭料理の歴史は、案外おもしろいテーマかもしれない。

July 15, 2006

7月15日(土)

 午後から、先端研での公明党研究会に行く。ところが、小田急線に乗っているときから、ものすごい雨になり、東北沢で降りたものの、外に出られない。これは、しばらくすればやみそうだと思えたので、10分ほど腰掛けて雨の通り過ぎるのを待つ。小降りになったところで、駅を出る。

 ところが、発表者を含め、集まったのが3人だけだったので、どこかでお茶をすることにし、池尻のファミレスに行く。代々木上原に出れば、喫茶店もあるだろうが、一人が車で来ていたので、車がとめやすいファミレスにした。そこで、実質的に研究会のようになったが、話が興味深いので、改めて話をしてもらうことにする。

 それにしても、公明党という政党の選挙の仕方は、いまや他の政党とは根本的に異なっているのかもしれない。組織的という点では、どこもかなわないだろう。手堅い選挙をするという点でも、ほかの政党にはできそうにない。改めて、その点を確認したように思った。

July 14, 2006

7月14日(金)

 朝から暑い。日中は35度を越えたらしい。今年も猛暑が続くのだろうか。暑いと、たとえ冷房していても、頭が十分に機能しない気がする。宗教と悪についての原稿を書くが、やはりあまり進まない。イスラム教のシャリーアについて書く。

 ワールドカップ決勝でのジダン選手の頭突きのことが世界的に問題になっているが、テレビでの当人の話を聞いてもどこか釈然としない。どうやらイタリアの選手がジダン選手の姉のことについて侮辱的な発言をしたということらしい。だが、そのイタリアの選手がジダン選手の姉を実際に知っていて、その上で侮辱したとも思えない。おそらく、相手を挑発するための常套句を発したのだろう。もしそうなら、そうした言葉に挑発されて、頭突きまでするというのはどうなのだろう。ひどく深刻な侮辱の言葉であったのかもしれないが、もし、常套句であったとしたら、ジダン選手の対応はあまりに子供じみているし、その後の対応も同じように感じられてならない。ジダン選手はセリエAでプレーしていたので、イタリア語が分かるということらしいが、果たして十分に理解しているといえるのだろうか。来週にはFIFAが聴取をすると伝えられている。その結果を聞かないと真相はわかりそうにない。

July 13, 2006

7月13日(木)

 宗教と悪について原稿を書く。暑いせいか、依然として進み方が遅い。この本は、すっとは書けないものだということだろうか。

 夕方、新宿へ買い物に出る。ジュンク堂で『日本沈没 第2部』を買う。映画のリメイクにあわせて出たものだが、この第2部は、日本が沈没したあと、世界各国に散った日本人の姿を描いているらしい。もともと『日本沈没』は、この第2部のような話をするためにとりあえず日本を沈没させたものだった。小松左京さんにお会いしたとき、直接伺ったが、その本編であるはずの第2部がなかなか書けないのだとおっしゃっていた。それが、他の作家の協力で30年かけて完成したらしい。どんな話になるか楽しみだ。

 その後、GAPでシャツを買い、伊勢丹でアンダーウエアのシャツを買う。GAPの商品は、着心地がよさそうな割に、バーゲンでかなり安かった。伊勢丹で見てみると、シャツ一枚がかなりする。もちろんデザイン的にはこっているが、果たしてそこまで出す価値があるのか疑問だ。
 

7月11・12日(火・水)

 ココログが大規模なメンテナンスを続けていたので、この2日ばかりブログを書くことができなかった。こうなるとユーザーにはどうしようもない。ブログが広く普及し、利用する人が増えれば、サーバーの負担が重くなるのだろう。ホームページとは違い、自分でサーバーを立ち上げるわけにもいかなそうだ。その点では、どうしてもプロバイダー依存になってしまう。

 火曜日から水曜日にかけて、宗教と悪についての原稿を書くが、ひどく蒸し暑かったり、気圧が低かったりで、あまり進まない。水曜日には、午後新宿へ出かけ、東急ハンズで、断熱材を買う。これは、クーラーの下にある本棚を保護するためのもの。高島屋と小田急のバーゲンをのぞいてみるが、なかなか買うふんぎりがつかない。帰ってニュースで聞いたが、夜に高島屋で上から人がふってきたらしい。本人は亡くなり、下にいた人がけがをしたというが、おそろしいことがあるものだ。

 夜は、『オウムと9.11』の打ち上げ、新宿西口の魚の旨い店で飲む。編集者のリクエストで、義弟のレシャトも呼んだが、会わないうちに、言うことがいっぱしのビジネスマンになってきている。

 帰ってから、オークションで歌舞伎座のチケットをとる。

July 11, 2006

7月10日(月)

 今日は、歌舞伎座観劇の日。夜の部。
 
 午前中、とりあえず『創価学会の実力』の再校ゲラを最後まで見直す。大きく直すところはなかった。

 昼から、まず日比谷へ行き、昼食をとるために鹿児島県のアンテナショップ「かごしま遊楽館」により、昼食をとる、黒豚中心だが、おいしくて、ボリュームもある上、値段が安い。やはり紹介が目的で採算をあまり考えていないのだろう。

 それから帝国ホテルへ行き、村上信夫シェフについての展示を見る。3箇所に分かれて紹介されていたが、やはり一階のところが一番おもしろい。1周忌ということで、記念のコースも用意されているようで、なんとか行きたいものだと思う。

 そのあと、ザラの銀座店によるが収穫はなし。お茶をした後、歌舞伎座へ。二階の桟敷席にはじめて座ったが、ゆとりあがあって、舞台も近く、見やすい。泉鏡花の世界を堪能する。内容は改めてオフィシャルの方に書くことにする。

July 10, 2006

7月9日(日)

 日曜だが、『創価学会の実力』再校ゲラを見る。さすがに初校とは違い、全体の3分の2まで終わる。

 HDDレコーダーが一杯になってきたので、保存するものはDVDに移す。一枚当たりそれほど時間はかからないものの、時間を圧縮するものは録画の実時間がかかる。それは後回しにして、一括ダビングできるものだけをやる。録画して見ないものは、削除してもいいのだが、必ずしも再放送されないものはやはり考えてしまう。

 その作業と平行して、録画していた歌舞伎の公演を見る。今年一月、籐十郎襲名披露の際の「籐十郎の恋」と「万歳」を見る。「籐十郎の恋」ははじめて見た。芸術至上主義が言われていた時代の作品だろうか。いわゆる新歌舞伎、どれも時代のずれが大きくなってきている気がする。古典歌舞伎はそういうところがないのに、なぜ新歌舞伎は古くなっていくのか。興味深い点だと思う。

July 09, 2006

7月8日(土)

 最近、ココログが重くて、開きにくい。夜などアクセスできず、それで更新できないことがある。障害があるのかとココログのホームページを見てみると、火曜日にメンテナンスをすると書いてあった。それによれば、改善されるようだが、果たして々だろうか。ブログもプロバイダーに依存しているので、ユーザーとしてはどうしようもない。

 買い物にいって、戻ってくると、近くの路上で刃物砥をしていた。いつもまわってくる夫婦だ。ちょうど包丁の切れ具合が悪くなっていたので、2本、出すことにする。本当は自分でとがなければならないし、砥石もあるのだが、なかなかやる気にならない。

 『創価学会の実力』再校のゲラが送られてくる。発売までおよそ一ヶ月、最後の仕上げをしなければならない。

July 07, 2006

7月7日(金)

 7月7日ということは七夕。ブログを書こうとしてはじめて気がついた。やはり今年も、曇天。旧暦に戻して七夕をしない限り、一年一度の逢瀬はかなわないだろう。

 『創価学会の実力』あとがきを書いて、それを送る。1970年に改正された公明党の綱領、複写が大学に届いたので、それをとりに行く。雑誌『公明』に載ったものだが、現在のものと内容的には変わらない。帰りに、経堂でいつもの床屋へ行く。

 帰ってから、坂田藤十郎襲名披露の口上を見る。そのなかで、襲名を機に、成駒屋から山城屋へ移ったという話が出てきたが、こうした家の関係はなかなかわかりにくい。長男の翫雀が、父は成駒屋を離れて気楽といったことを言っていたが、その意味がいまいち分かりにくい。何か隠居したようなイメージだったが、どうなのだろうか。まだまだ歌舞伎の世界は分からない。

July 06, 2006

7月6日(木)

 『寺門興隆』の原稿を書き上げ、それを送る。

 昼間買い物に出かけて、いろいろ店がつぶれているのを見かけた。赤堤通りにあった、家から一番近い中華の店がいつの間にか店を閉じていた。この店、引っ越してきたときからあるが、最後はあまりやる気がなくなっていた。つぶれてもしかたがないだろう。あと、カフェを兼ねた花屋が店を閉じていたし、「オラン・カフェ」もシャッターが閉まっていた。カフェと花屋という組み合わせは、よほどスペースがないと落ち着かない。「オラン」の方は、懸念した通りだが一度も行かなかった。

 一方、しばらくやっていなかった李白が店を開けていた。門が改修されていた。すずらん商店街では、呉服屋が一軒開店した。場所柄うまくいくのだろうか。縁のない店なのでよくわからない。

 北朝鮮、またテポドン2号を発射しそうだ。専門家のなかには、まさか北朝鮮がミサイルを発射するとは思えなかったと考えている人もいるようだが、そういうときに発射してしまうのがあの国だろう。それは、地下鉄サリン事件を起こしたときのオウムに似ている。そのとき痛感したのは、特殊な集団に対しては常識的な判断は通じないということで、やれば自分たちの利益にならないことでも、たいした理由もなくやってしまうのだ。北朝鮮も、明確な目的があって今回の発射にいたったのではないのではないだろうか。そこでも常識は通じないと思う。

7月5日(水)

 朝、北朝鮮がミサイルを発射したというニュースで起こされる。まったく困った国だが、軍部のやろうとしていることを北朝鮮政府はまったくコントロールできないのではないか。そこに一貫した意図があるようには思えないし、案外、国内の崩壊へと結びつく序曲かもしれないと思う。


 午前中から、『寺門興隆』の連載の原稿を書く。秋谷会長の続投について書き、創価学会の人材不足にふれ、そこから『バルトの楽園』の話へつなげたところで時間切れになり、中央大学へ向かう。講義の2回目。ただし、これで私の担当は終わりになる。結婚式や葬式といった習俗が大きく変わり、人と人とがつながる契機が失われようとしている今の状況がどうして生まれたのか、近世はじめからタイムスパンをとって、その変化を跡づけようとしたが、1時間半では話がおさまりきらなかった。申しわけないが尻切れとんぼ気味で終わる。

 

July 04, 2006

7月4日(火)

 朝、新宿に行く。原稿を書くために『バルトの楽園』を見る必要があり、まずチケット屋に寄る。なんと、400円でチケットがあった。それで買ってしまったが、ほかの店をのぞくとさらに安い380円というものもあった。映画館は新宿文化。チケット売り場に整理券と書いてあったので、それをもらうと45と書いてあった。まさか混んでいるとは思わなかったが、60人くらいの座席がほとんど埋まっていた。前の方に席をとる。予告編もなく、わりあいとすぐに本篇がはじまった。

 物語は第1次世界大戦中にドイツ兵を俘虜として収容した坂東収容所の話。久しぶりに創価学会系の映像会社、シナノ企画の制作なので、そこに何か意味があるのではないかと思い、見に行った。松平健の収容所長はまさにはまり役だが、ただ、あまり劇的なことが起こらないので、展開としては単調だった。最期に、第9の日本初演と言うところで終わるが、エンドロールになってカラヤンが第9を演奏するシーンが流れた。これに何か意味でもあるのだろうか。今、なぜシナノ企画がという謎は結局解けなかった。

 車屋別館で昼食をとったあと、大学へ。本を返却し、『創価学会の実力』のゲラを編集者に渡す。これからの企画についても少し話すが、朝暑かったせいか、いまいちいい考えが生まれなかった。

July 03, 2006

7月3日(月)

 『創価学会の実力』校正の続きをする。予定通り、最後まで行く。一箇所、言論弾圧事件のときに公明党が新しい綱領を決めたが、それについて情報がほしいので、朝日新聞社のほうに、当時の新聞を送ってもらう。ただ、それを見ても、綱領を決めた党大会については書かれているが、綱領自体については紹介されていなかった。仕方ないので、『公明』に載ったものを大学を通して取り寄せてもらうことにする。

 日曜日には各地で選挙があったようだが、滋賀県では社民党推薦の知事が誕生し、東大阪市では共産党推薦の市長がカンバックした。この二つの選挙では、自民党や民主党、それに公明党が相乗りで候補を立てながら負けている。まだささいなことかもしれないし、それぞれの地方の事情もあるのだろうが、有権者は、どちらがどちらだか区別がつかない二大政党に飽き飽きしているのではないか。そこに小泉劇場の終焉が重なって、政局は流動化しているようだ。おそらく、この傾向はこれからより顕著になってくるのではないだろうか。

7月2日(日)

 日曜だが、『創価学会の実力』の校正をはじめる。家で校正をすると集中できないので、下高井戸のジョナサンに行く。昼食をはさんで半分ほど終わる。神経を使う作業なので、やり終えると、頭がつかいものにならなくなる。これは、いったいどういう状態なのだろうか。難しいことなど考えられなくなるが、それでも水曜日の中央での授業の内容について頭のなかで考えてみる。近頃考えていることをまとめて話してみようかと思う。学生にとって興味があるかどうかはわからないが、せっかくまとめて話ができる機会なのでせいぜい利用させてもらおう。

 古本屋で買った栗原はるみ「たれの本」をぱらぱらと見てみる。かなり高度な内容に思えるが、いくつか不思議な点がある。まず、母親から習っためんだれが基本だというが、それが最初に出てこない。最初には韓国の焼肉のたれで、次が鶏をまるまる一羽使った油鶏のたれだ。料理も、韓国、中国、日本、それにフレンチかイタリアンにまで及んでいる。経歴では、いつの間にか料理の世界に入ったとか、中華料理をどこかで習い覚えたと書かれているが、いったいどういう人なのだろうか。非常に不思議な気がしてくる。カリスマ主婦として世の中では扱われているが、そこには何か秘密がありそうな気がする。

 夜、なにげなくテレビのチャンネルをまわしていたら、NHKBSのブックガイドに研究室の武田さんが出ていた。

July 01, 2006

7月1日(土)

橋本元総理が亡くなった。昨日危篤だというニュースが流れていたのを見たが、あっけない最期だった。今年、1月19日にアカデミーヒルズで、橋本元総理の講演を聴いたが、そのとき、声があまりちゃんと出ていなくて、全体に元気がなかったのが気になっていた。やはりそのときから体調が悪かったのだろう。1億円授受の問題がきいたのか。橋本元総理とは、同じ列車に2度乗り合わせたことがあり、一度は私が座ったロマンスカーの後ろにSPにはさまれて座っていたので、少し縁を感じる。小泉現総理が、アメリカではしゃいでいるときになくなるというのも、これもまた一つの縁なのだろう。

 『創価学会の実力』の校閲が入ったゲラが届く。明日から見ることにする。

 有斐閣から出ている『ビデオで社会学』の本、再版になったらしく、微々たるものだが印税が入る。もう出てから10年以上が過ぎているはずだが、こういう本はありがたい。やはり教科書になるものは、長く売れるのか。これなら、『宗教学』の教科書を書くのも悪くないと思う。

« June 2006 | Main | August 2006 »

March 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31