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August 2006

August 30, 2006

8月30日(水)

 『寺門興隆』の連載原稿を書き始める。前回は板曼荼羅のことについて書いてみたが、今回はその続き。前回は、けっきょく20枚の原稿を書くのに、5日ぐらいかかってしまったのではないか。今回もそれだけかかると厄介だと思ったが、一日で半分以上書き上げることができた。これなら、明日には完成するだろう。

 夕方から、アカデミーヒルズへ出かける。先端研の「安全・安心」プロジェクトの共通コースで講師をしなければならない。始まる前に、久しぶりにライブラリーに入る。50階がなくなり、改装の途中だが、そこにいる人たちは比較的よく来ていたように見受けられた。ゲストルームを使っただけなのでわからないが、新しいワーキングスペースやミーティングルームはどのようになっているのだろうか。使ってみないとわからないだろう。

 共通コースでは、1時間強、講義を行い、その後議論となったが、けっこう活発に発言が出て、議論だけで1時間続いた。今考えている、テロについての権限をもった調査委員会の構想と意義についてはじめて語ってみたが、さまざまな角度から議論が出て参考になった。最後にある参加者から、議員の前で話してみたらどうだろうかというアドバイスを貰ったが、そうしたことも考えなければならないだろう。

August 29, 2006

8月29日(火)

 『日本の論点』の原稿を見直してから、送付する。明日、安全・安心プロジェクトの共通コースで話をするので、そのレジュメを用意し、スタッフのほうに送る。

 末木さんの『思想としての仏教入門』を読み終わる。放送大学のテキストをもとにした仏教思想の入門書で、仏教思想史の構成をとっていないところに特徴がある。仏教思想の全体像というものは、なかなかとらえどころのないものだが、テーマ別に論じていくことで、異なる思想的な系譜とそれぞれの系譜が作り上げる全体像がどのようになっているかがわかる仕掛けになっている。『日蓮入門』の著者だけに、日蓮に比重がおかれているという印象を受けたが、なかなか興味深い本ではないかと思った。

 

8月28日(月)

 水曜日の日に、先端研の「安全・安心な社会を実現するための科学技術人材養成」プロジェクト共通コースで講義をしなければならないので、その準備をする。プロジェクトに関連して、このところ考えていることをまとめてみることにした。幸い、3月にシンポジウムを開いているので、そこでの議論をもとに、テロのような重大事件が起こったとき、社会はどう対応すべきなのか、その枠組みを提示できればと考えている。

 夕方から、某官庁での勉強会に出席し、話をする。予想以上に聴衆も多く、話をしたあとの議論も活発だった。終わってから、懇親会にも出る。

 家に帰ってから、ニュースで、江川紹子さんが、麻原の4女の後見人になったということを聞く。4女のことはまったく知らないが、他の兄弟姉妹とはまったく別の道を歩もうとしているということだろうか。

August 27, 2006

8月27日(日)

 日曜なので、仕事は休み。

 美空ひばりの「ジャズ・アンド・スタンダード」を聴く。一度に録音されたものではなく、1950年代中ごろと、1960年代後半に録音されたものが混じっている。前者はモノラルで、後者はステレオ。ステレオの方は、原信夫とシャープ・アンド・フラッツが伴奏している。どちらがいいかといえば、まだひばりが16歳や17歳で歌ったモノラルの方が断然いい。後になると、演歌を歌うようになった影響で、ジャズには不要なこぶしがきいていたりする。それに比べると、幼い頃の歌は、素直で、ジャズっぽい。時代の雰囲気も反映されているのかもしれないが、もしそのまま彼女がジャズの道をいったとしたら、すごいことになっていたのではないかと思わせる。そう考えると、演歌路線はとても残念な選択だったように思える。

Hibari

August 26, 2006

8月26日(土)

 父の通夜から一週間が過ぎた。ブログを読んで、お悔やみをメールしてくださる方がいる。生前の父を知らない私の知り合いにはお知らせしなかった。本来なら、初七日ということになるのだろうが、今は告別式に繰り上げて初七日を済ませてしまうのが、一般化してきた。法事という行為がしだいに形骸化しているようだ。

 最近、中学生などによる家庭の放火事件が続いている。そうした事件は相当に類似しているように思える。父親が再婚し、弟や妹は新しい母親の連れ子か、再婚後に生まれた子どもで、父親が勉強しろとしつこく言い、ときにはたたくなど暴力を振るっているようだ。あまり注目されていないが、放火した子たちはみな長男である。長男と言うか、兄弟のなかで一番上と言うことで、第一子と言った方がいいかもしれない。

 自分も第一子なので、その気持ちを推測することができるが、長男はおしなべて自分の気持ちを表に出そうとはしない。不得意だとも言えるし、そういうことは恥ずかしいという思いがある。あるいは、「お兄ちゃんだから」としつけられる面もある。そのため、周囲が、その子がどういう気持ちでいるのかわからない場合が多く、それが手遅れになる原因になっているのではないか。父親との兄弟関係に基づく相性ということもあるだろう。こうしたことは、すぐに一般化して、今の子どもはとは考えず、詳しく分析する必要があるのではないだろうか。

August 25, 2006

8月25日(金)

 午前中は、摂理の教義についてネットで調べてみたが、あまりはっきりと分からなかった。統一協会との関係性が指摘されているが、統一協会の側からはその点に関して、関係が薄いと主張されている。摂理では、教義を記したものがまとまった形をとっていないようで、誰も詳しいことを知らないということらしい。これでは、統一協会の教義との比較も難しい。

 『寺門興隆』の次号の連載について、アウトラインを作ってみた後、大学へ行く。父の通夜、告別式に来ていただいた方々に挨拶する。図書館に取り寄せてもらった本をとりにいくが、帰りがけに、ラックのなかに自由にもっていってかまわないと書かれた本がおいてあるのを見つける。見てみると、浜野保樹氏の著作があった。それと、都市シリーズの『ソウル』という本をもらっていくことにする。

 御厨さんと、作家の吉村昭氏の死に際のことが話題になる。自ら延命を拒否し、カテーテルを引きちぎって、自分は死ぬと言って亡くなったようだが、これで問題は起きなかったのだろうか。父が亡くなる少し前、病院に伺って医師から話を聞いたとき、もし万が一自宅でなくなるようなことがあったら、まず病院に知らせてほしいというアドバイスを貰った。救急車など呼んでしまうと、果たしてそれが自然になくなったものかどうか、警察による捜査が行われるようだ。知り合いにも、それでかなり大変な目にあった人もいる。それから考えると、吉村氏の場合には、かなりしつこく警察から聞かれるように思うのだが、そうしたことはなかったのだろうか。不思議なニュースだ。

8月24日(木)

 朝7時におきて、8時半から仕事をはじめたら、昼食までに4時間仕事ができた。『日本の論点』の原稿、8枚を書き上げることができた。早起きは効率的だ。午後には、宗教と悪の本、最初から構想を練り直してみた。これまで書いてきたことも生かしたいとは思うが、ぜんぜん違う本になっていきそうだ。

 夕方から出かける。まず、汐留に行き、日本テレビ前に展示されている岡本太郎の「明日への神話」を見る。予想以上にダメージが激しく、修復された絵からも、ひび割れたり、裂けている部分が目立つ。相当修復には苦労したのだろうし、これが限界なのかもしれないが、その影響はあまりに大きい。一番残念だったのは、絵に勢いがないこと。岡本太郎の絵は、その勢いのある筆遣いだが、それが修復された絵からは感じられない。修復が塗り絵のように行われ、その点に配慮していなかったのではないか。さまざまな点で、「明日への神話」は死んだ絵のように思える。これが本当の意味で復活することはあるのだろうか。

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 新橋でキムラヤにより、銀座に出て、ヤマハによる。ヤマハでは、美空ひばりがジャズを歌っているCDと、サザンオールスターズの新曲を買う。サザンの方は、テレビで見て、その歌詞があまりに暗いので、気になって買ってみた。あるいは大森事件が影を落としているのだろうか。

 その後、久しぶりに六本木ヒルズに行く。これも本当に久しぶりに「ぴんとこな」で寿司を食べ、展望台へ。アフリカン・プラネタリウムという試みをやっているというので来てみたのだが、まるでプラネタリウムとしておもしろくない。夜空に重なるようにして星が光るのを想像していたのが間違いだった。

 早起きしたせいで、一日が二日分あったような感じだが、外出の方は期待したようなことにならなかった。まあ、仕事がはかどったことを感謝すべきだろう。帰ってから、日本テレビの夕方のニュースでコメントしたのが放送されたのを見る。

August 23, 2006

8月23日(水)

 こまごまとしなければならない仕事がある。それに来週は、2度ほど話をしなければならない。

 ということで、とりあえず、9月の宗教学会での発表について、どういったことを言えるか、そのアウトラインを考えてみる。宗教対話を可能にするモデル作りということで、日蓮の「開目抄」を取り上げようと思っている。日蓮の思想が宗教となっていく過程において、「開目抄」は決定的な重要性をもっているのではないか。そのなかでも、とくに「一念三千」という考え方に着目したい。これは、創価学会でも強調されることだが、凡夫の煩悩の一念に、この世界のすべてが備わっているという、いわば認識論が、いかにして戦闘的な宗教の折伏のための道具となっていくかを考えてみたい。一念三千は、もともと天台教学にある考え方で、そちらも少し調べていかなければならない。

 宗教と悪との本、もう少し観点を変えて論じなければならないことになる。まだどうなるか、全貌が見えない。

 前回苦労した『寺門興隆』の後半を書かなければならないし、『日本の論点』の原稿もある。少しがんばらなければならない。

August 22, 2006

8月22日(火)

 ブログを再開する。実は、この休みの間に、父が亡くなった。亡くなったのは16日のこと。11日に入院し、最初は意識があったが、最後にはただ呼吸しているだけの状態になった。なにしろ86歳の高齢だったので、老衰での大往生と言っていいだろう。19日に通夜、20日に告別式をした。大学時代から弓道部に属し、仕事を退職してからは部の理事長をつとめていた。そして、その頃、世の中に出てきたワープロを習い覚え、弓道部(一ツ橋大梓会)の80年史を一人で打っていた。葬儀の際には、会場の外にそれを展示したりした。大学の同級生など、思ったより多くの参列者があった。

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 告別式で私が挨拶したときにも述べたが、生まれてすぐに関東大震災にあい、戦争にも行き、戦後は高度経済成長の時代に、ときにはうまく乗り、ときには会社がつぶれるなど、苦しいときも経験した。まさに、激動の86年だったといえるのではないか。本人としても、遣り残したことも、思い残すこともなかったと思う。

August 14, 2006

8月14日(月)

 しばらく夏休みといたします。再開は、週末か週明けでしょうか。

8月13日(日)

 外出が続いたので、家で休む。歌舞伎のビデオを見る。これは、ハードディスクレコーダーに録画したものだが、こういうのを見るとき、どう言うのだろうか。HDを見るとは言わないだろう。芝翫、菊之助、橋之助「お染久松浮塒鴎」は、舞踊なので、音曲が気持ちよく、半分位寝ていた。染五郎、孝太郎、仁左衛門の「封印切」は、出だしはちょっと現代的で良い感じだったが、後半は割りと平凡。続いて「新口村」を半分程見る。

 9.11から5年経とうとしているということが関係するのか、イギリスで大規模なテロの未遂事件があり、世界中が混乱している。『オウムと9.11』でもふれたが、計画が大規模だと捜査当局にもれる可能性が高い。逆にこれが、単独犯であったり、小グループであったりしたら、事前に発覚しなかったのではないか。

 テロの余波は日本にも及んでいるらしく、東京ドームで開かれたビーズのコンサートでは、ペットボトルなどの飲み物の持ち込みが禁止されたようだ。それは、例年はなかったことだというから、テロの未遂事件を受けて、警視庁がドームのほうに要望したのだろう。ほかのコンサートでも同じようなことが起こっているのだろうが、休憩を入れるなどの対策をとらないと、脱水症状で倒れる人も出てくるのではないか。なかなか大変な時代になってきた。

August 13, 2006

8月12日(土)

 六本木ヒルズ、ライブラリーのオフィススペースが改築になり、50階がなくなって、49階が増築されることになった。そのお別れをかねて、東京湾花火大会を見る会が開かれることになっていたので、出かけようと思っていたが、花火大会が順延になり、お別れ会も明日に延びた。妹と、来日中の義弟の弟も来ることになっていたが、それも中止。けっきょく、入院中の父を見舞うことになる。病室という場所に行くと、自分が入院していたときのことを思い出した。少し懐かしい気もするが、なるべくはそういう目にあいたくはないものだ。

 歌舞伎座の公演、10月の分が発表になる。海老蔵が出演しそうな気配だったが、やはりその通りになった。しかし、昼の部は、「対面」の五郎で、これは松緑襲名披露の際に、やることになっていて、のどをつぶし團十郎が代役をつとめたもの。いわば海老蔵にはリベンジになる。これは見物だが、夜の部は、「忠臣蔵」5・6段目の定九郎だけ。これは、以前にやったことのある役で、しかも出番が少ない。仁左衛門の勘平はくどそうだし、後は、幸四郎の髪結新三。團十郎も出ないし、見に行こうか悩む。海老蔵の定九郎、初演のときには意外によくなかった。それが見違えるものになっている可能性もあるが、それを見極めてからでもいいかもしれない。

August 12, 2006

8月10・11日(木・金)

 10日の朝、見学のため、栃木県の黒羽刑務所に向かう。新宿から大宮まで出て、新幹線で那須塩原駅へ。そこから、タクシーで刑務所の方へ行く。

 最初に、刑務所が作成したビデオを見る。全体の状況がこれでわかった。ところどころ音声をつまんであったが、それは今年になって法律が改正、施行され、現実と合わなくなっている部分があるとのこと。それが終わってから、いよいよ刑務所内へ案内される。

 刑務官がいる事務所のようなところの先が内部で、入ったところは、生活棟。午後早いというのに、部屋にいる服役者もすくなくなかったが、どうも彼らは共同生活がうまくいかなくて仕事に出られないらしい。日本の刑務所はどこも過剰収容で、ここでも収容率は120パーセントを超えている。三畳の一人部屋に二人入っていたり、9人部屋に11人入っていたりで、かなり条件は過酷。冷房などないし、これはかなり危ない状況なのだろう。

 その後、工場や浴室などを見学する。工場では、ガラス細工や印刷、箒作りなどさまざまな仕事を服役者がこなしていたが、冷房のある工場とそうでないところがあった。風呂は、一度に60人くらいが入るというが、独特のにおいがした。食堂はなく、それぞれの部屋でとるらしい。炎天下、グランドでは、上半身裸で運動していた人々もいた。

 法律が変わったせいか、思っていたほど規律が厳しいという感じではなかった。しかし、この酷暑ではかなりきついだとろう。建物も明らかに老朽化している。その後、教育部長の方に話を聞く。刑務所の置かれた難しい状況と、矯正することの難しさがよくわかった。

 刑務所で作られた製品の販売所に寄った後、またタクシーで駅へ。電車で西那須野まで出て、バスで塩原温泉に。せっかく温泉場の近くまで来たので、松の井荘というところで一泊する。貸切露天があり、久しぶりに温泉を満喫する。

 11日は、バスで西那須野へ出て、そのまま東京方面に。途中宇都宮で降りて、昼食に名物の餃子を食べる。家に戻ってから、御厨邸でのビアパーティーに。研究室のメンバーがほとんど集まる。11時前にタクシーを呼んでもらって帰るが、わずか20分で家まで着いた。電車なら1時間以上かかったのではないか。

August 09, 2006

8月9日(水)

 宗教と悪の原稿、第4章を書き始める。10枚まではいかなかった。

 明日出かける予定があったり、急に取材なども入り、ばたばたする。なにかせわしない。

8月8日(火)

 台風が近づいているということで、一日雨かと思ったが、ほとんど降らなかった。

 宗教と悪との本、第3章を書き上げる。次の第4章に何を書くかをまとめてみる。回心と終末論の関係について論じることになるだろう。その先は未定だが、だんだん大詰めに差しかかっている気配だ。

 夕方、東京駅に迎えに行く。それから丸善の本店に寄ってみる。『創価学会の実力』がどのように並んでいるかを見てみたが、3階では、台の上に三列で山積みになっていた。やはり部数が多いせいだろうが、自分の本がそんな売られ方をしているのははじめて見た。もっとも、丸善で見たのははじめてなのでなんとも言えないが、ちょっと自分の本でないような気もした。つばめグリルで夕食を食べ、帰宅する。

August 07, 2006

8月7日(月)

 先週は、『寺門興隆』の原稿にかかりっきりになってしまったが、今週はまだ、宗教と悪の問題について書き続ける。第3章、書いたところを読み直し、8枚ほど先を書く。もう少しで第3章が終わるはず。

 高校の同級生の渡辺君が、さっそく『創価学会の実力』を買って、読んでくれ、その感想をいつものように読書ブログの方に書いてくれている。それにしても、早業だ。ありがたいことだと感謝する。

 宗教学会での発表、コーディネーターの落合さんから、発表の内容について知らせてほしいというので、今考えているところをまとめて、書いてみた。メモ程度にすぎないが、今勉強会で読んでいる日蓮の「開目抄」を材料にして、そこからいかにして、日蓮的な信仰上の排他性が生まれてきたのかを跡付けようと思っている。これは、宗教と悪の問題にもかかわる重要なことだ。なかなかまとまって考える機会がないが、8月中にはその機会を作って、レジュメを作らなければならない。

8月6日(日)

 相変わらず暑い日が続いているが、先日のニュース番組で、今南米が熱いという特集をやっていた。あまり南米の事情については知らないが、南米では次々に左翼政権が誕生し、反米の嵐が吹いているらしい。その盟主がベネズエラのチャベス大統領で、彼はペルーの大統領選挙に口出しし、それが大問題になったらしい。ベネズエラは、世界第三位の産油国ということで、石油の力を使って、アメリカに対抗している。南米に対してはこれまで、アメリカが力を及ぼしていたが、いつの間にかそれが変化しているようだ。

 それで考えてみると、世界がなんとなく冷戦崩壊以前に逆戻りしているように思える。北朝鮮のミサイル問題でも、中国とロシアの拒否権ということが問題になった。中国は、市場経済を取り入れたものの、依然として国民を管理する社会主義体制だし、ロシアを率いるプーチンなど、ソ連時代の首脳以上に社会主義の官僚という感じがする。そのロシアは、天然ガスの力で、アメリカやヨーロッパに対抗しており、様相は変わっても、対立の軸は変わっていないのではないか。

 日本の国内で考えても、格差社会が強調されている。これは、昔の階級社会論と重なってくる部分をもっている。格差社会論はアジテーションにはなっていないものの、その要素をもっていないわけではないだろう。

 冷戦構造が崩壊したときには、東西の対立がなくなり、世界に平和が訪れるというイメージがあった。ところが、実際には、テロ等に冷戦の影響があるだけではなく、社会主義圏に属していた国々が、市場経済を導入したり、エネルギー資源を活用して力をつけ、ふたたび、以前とは違う形で自由主義圏と対抗しているように見える。その傾向は年を追って強くなっているのではないか。アメリカは、民主化の要求をつきつけ、市場経済導入で誘惑することで、そうした勢力に揺さぶりをかけてきたわけだが、今はそうした対抗策が効力を失っている。その点では、勝ったのは自由主義圏ではなく、実は社会主義圏だったということも言えそうだ。国内的にも、新しいマルクス経済学的視点が、案外復権を果たしていくのではないか。

August 05, 2006

8月5日(土)

 今日も暑い。『寺門興隆』の原稿、ようやく書き上げて、送る。けっきょく、次回に続くという形になった。次は、今回ほどは苦労しないだろう。

 最近、『桃太郎侍』とか、『水戸黄門』とかを少し見る機会があったが、とても見れたものではない。昔の時代劇は確実にもっとおもしろかったが、フィルムがビデオに変わったせいか、何か単調で、全体の雰囲気が暗い。おそらく、こうしたドラマの監督や脚本家は、時代劇を見たことがない人たちなのではないか。少なくとも、歌舞伎を見たことなどないだろう。時代劇の基本は、やはり歌舞伎で、歌舞伎独特の見せ場の作り方をまねる事で、人気を集めてきたのではないか。その部分を理解しないで時代劇を作ろうとすると、何かよくわからないものになってしまう。明るさ一つをとっても、歌舞伎に学ぶべきものは少なくないはずだ。

 現代を舞台にしたドラマにしても、たいてい、その設定を聞いただけで見る気が失せるものが少なくない。それも、日常の社会生活のなかでドラマが失われてしまったせいかもしれないが、メディアではいろいろな出来事が取り上げられており、まったく社会からドラマがなくなったわけでもないだろう。そうした社会の動きと、ドラマとが明らかにずれている。亀田問題を含め、テレビが大きな衰退期に入っていることは間違いないが、その動きはなかなかとまらないだろう。

August 04, 2006

8月4日(金)

 ぐずついていた日が続いていたのが嘘のように快晴で暑い。ヨーロッパやアメリカは猛暑に襲われているようだ。そこまではいかないにしても、かなり暑くなってきた。

 相変わらず、『寺門興隆』の原稿を書く。ようやく半分を超える。明日が締め切りなので、土曜でも仕事をしないといけないだろう。

 昼、『創価学会の実力』の打ち上げを、オステリア・エッコでする。前に『宗教常識の嘘』を出したときには、発売日が10日なので、今回もそのつもりでいたら、8日が発売日だということを知る。そういえば、新聞の折り込みチラシにはそう書いてあった。その席で、今後の企画についていろいろと話をする。いくつも企画案が出て、どれもかなりおもしろそうなものになりそうな気がする。せっかく今は政治学関係の研究室においてもらっているので、その環境を生かし、政治と宗教を大きなテーマとして仕事をするのがいいように思う。

 暑い中を病院に診察にいく。医師が変わり、はじめて女医になったが、今度甲状腺関係の専門医が来るということで、次回も新しい医師になるらしい。関東中央病院は、そうしたところがめまぐるしい。

 横浜、巨人に勝って、最下位を脱出した。シーズンはじめの様子では、巨人をぬくことになるとはとても思えなかったが、今年の巨人は本当に弱い。これからは、テレビ中継も減り、観客も伸びないだろうから、球団としての収入も減っていくことだろう。そうなると、各チームの4番を次々と獲得したようなことはもうできなくなるに違いない。巨人も普通の球団になったということだろうか。

 あるいは、その影響で、日本テレビの解説者、江川とか掛布は、収入が減り、それで現役に復帰することになるのではないだろうか。次の次のシーズンあたり、二人が巨人と阪神の監督になっていたもおかしくはないだろう。

August 03, 2006

8月3日(木)

 『寺門興隆』の原稿を書くが、調べることが多くて、なかなか進まない。今回は一番微妙な本尊の問題を扱っているので、慎重に書かなければならない。とくに本尊の真偽問題は、こうしたことに関心をもつ人々にはそれぞれ譲れないものがあるようだ。

 午後から、読売新聞社へ。麻原の死刑確定を前に特集を作るということで、取材班のために話をする。1時間半の予定だったが、それをオーバーする。いろいろ複雑な問題があるだけに、そう簡単には話が終わらない。記者の人たちも、なかなかアプローチできない領域もあるようだ。

 終わってから、新宿へ行き。伊勢丹で買い物をする。バーゲンも終わり、秋冬物が出ているが、正価で買うには高いものが多い。ファッションの最先端を追う必要もないので、いいものがあればバーゲンで買うことにしたい。

 国語研究所の元所長、野元菊雄氏が亡くなられた。実は、私は野元氏と、2週間ヨーロッパを旅したことがある。20年ほど前のことになるが、放送教育開発センターに勤めていたとき、日本語教育のプログラムに少しかかわったことがあり、その関係で、ドイツとフランスにおける自国語教育の実情を視察しに出かけたことがある。そのとき、野元氏と、日本語教育のパイオニア水谷修氏の二人に同行させていただいた。文部省も予算が余っていた時期なのか、優雅な視察旅行で、とくにドイツではほとんどが観光だった。一転して、フランスではスケジュールがタイトで毎日行くところがあったが、その合間、二人の先生を二つ星のレストランに案内したこともあった。そのときだけのおつきあいだが、野元氏はとても紳士に観じられた。ご冥福をお祈りしたい。

August 02, 2006

8月2日(水)

 『寺門興隆』連載の創価学会についての原稿を書き始める。今回は本尊の問題を扱うことにしたが、この問題は非常に複雑で、私自身知らないことも多く、調べながら書いたので、5枚ほどしか進まなかった。創価学会関係の人たちの本尊に対する関心は非常に強いものだが、その気持ちを理解するために、創価学会にとって本尊がどういう意味をもっているかを確かめておくのは必要な作業になるだろう。

 午後、いつものようにヤマギシ会の販売車がやってきたが、今日は、珍しい人が同乗していた。私がヤマギシ会の南那須実顕地で1ヶ月ほど生活していたとき一緒だった武井君だ。彼には、私が出て以来あっていなかったので、30年ぶりの再会になる。少しこれまでのことや現状について話をする。また、9月には来るらしい。

 夜、亀田興毅の世界タイトルマッチを見る。最終的には判定で勝ったが、試合が始まるとき、今まで見たことのないような緊張した顔をしたいた。体の動きも硬かったようだが、パンチの軌道が少し遠回りしてはいないだろうか。採点の基準というのがまるでわからないので、なんともいえないが、素人目には勝ったようには見えなかった。中継を見ていると、朝青龍の隣の隣に、知った顔が映っていた。誰だろうか、最初はわからなかったが、『福神』の表紙を飾った康芳夫氏だということに気づく。氏には会ったことがないが、この顔は一度見たら忘れられない。亀田よりも、こちらの方が印象に残った。

August 01, 2006

8月1日(火)

 朝、東京駅まで見送りにいったので、いつもより早く起きる。久しぶりに満員の通勤電車に乗ったが、夏休みに入っているので、普段よりもすいているのだろ。見送りをしたあと、大学の方へ行き、事務的な処理をしたり、『寺門興隆』の次の原稿のための準備をする。とりあえず、本尊のことについて2回くらい書こうかと思っている。昼食は、スタッフと近くの蕎麦屋に出かける。ミニ天丼とミニ冷やしたぬきそばの組み合わせを食べる。

 夕方、経堂に帰ってくるが、駅前の駐車場だったところが撤去され、空き地になっているそのフェンスに、完成予想図が記されていた。平成19年に完成すると書かれていたので、ロータリーは来年できるらしい。バスが入ってくるようになるようだが、図では3ヵ所バス停がある。今は、周辺を通っている路線は1つしかない。これは、路線が増えてるということだろうか。交番も移転するようだが、どこに動くのかは書かれていなかった。

 家に帰ると、『創価学会の実力』見本が3冊ほど届いた。10日発売だから、かなり早く見本ができている。シンプルでインパクトのある装丁ではないだろうか。発売が楽しみだ。

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