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September 2006

September 30, 2006

9月30日(土)

 チェット・ベーカーの伝記、『終わりなき闇-チェット・ベーカーのすべて』を読み終わる。かなり前に買った本だが、2段組の細かい字で500ページもある大作なので、読むのに時間がかかった。著者は、あまり経歴がよくわからない、ジェイムズ・ギャビンというライターで、翻訳者の鈴木玲子氏は、訳者あとがきで、足かけ3年、チェット・ベーカーの亡霊にとりつかれていたと告白している。この翻訳者のことばに引かれて読み始めたところがあるが、たしかにこの天才的なトランペッターの生涯は、あまりに凄惨で、波乱に満ちている。なにもかも、ベーカーが30年にわたってたしなんだ麻薬のせいだ。
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 ジャズマンのなかで、ことさらチェット・ベーカーが好きだったわけではないし、これまでちゃんと彼の演奏は聴いたことがない。1956年のジャズのことを調べていた時期に、その年に出ていくつかの演奏を聴いたことがあるが、完全に麻薬漬けになったそれ以降の時代の演奏は、今でもあまり聴いていない。本を読みつつ、聴いてみたいという思いはつのってきたものの、麻薬漬けの日々を思うと、普通に聴けるものなのか、ちょっと自信がなくなる。

 ジャズと麻薬はつきもので、多くのジャズマンが麻薬をやり、それによって命を縮めたりしているわけだが、これほど多くの、また多種類の麻薬をやった人間はいたのだろうか。しかも、その間の彼の演奏は、ときに聴衆を魔法のようにとりこにし、周囲に集まってくる女性たちに対しても、一緒に麻薬漬けになりたいと思わせる魅力を発していたようだ。破天荒といえば、これほど破天荒な生涯もない。いったいどうやったら、そんな生涯が送れるのか、想像することも不可能だ。

 それにしても、よくこの本が翻訳され、出版されたものだと思う。とても商売になるような本ではない気がするが、どうなのだろうか。

September 29, 2006

9月29日(金)

 『宗教学文献事典』、残りの1項目を書いて、編集者に送る。

 『日本人の宗教史』、近代篇も見直し、これも編集者に送る。一応、予定通りに9月中に終わった。問題は、ほかの執筆者の進行状況だ。いったいいつ出るのか。それがわからないと、なんだかすっきりしない。

 松浦亜弥がスケバン刑事というものをやるらしい。そもそも、スケバン刑事、昔のものを見たことがないので、なんともいえないが、ただ、かねがね思うのは、あややの使い方が根本的に間違っているのではないかと言うこと。彼女は、3人姉妹の長女で、その育ちからして、愛らしく、可愛いというキャラクターではない。ところが、前に清涼飲料水のコマーシャルだかで、彼女に初恋にときめく可愛らしいキャラクターを演じさせようとしていたが、まるでその感じが出ていなかった。スケバン刑事も、おそらく可愛いキャラクターだからこそ成り立つもので、長女には無理ではないか。姉は姉にしか見えないし、妹は妹にしか見えないもので、それは演技ではカバーできないように思う。

September 28, 2006

9月28日(木)

 ディズニーランドに行こうかという話がもちあがったが、朝起きてみると、京葉線がとまって、大混乱になっている。アトラクションも休止されたものがあるらしい。これでは仕方がないということで、出かけないことにする。

 弘文堂から頼まれている『宗教学文献事典』の原稿を書く。自分の本を含め、3冊分依頼されているが、そのうち2冊分を書き終える。残りは明日。そのあとは、『日本人の宗教史』の原稿を見直す作業をする。近世篇は終わる。あとは、近代篇75枚見直せば完成する。

 水槽の方、貝が一匹で忙しそうなので、もう少し増強しようかと、近くのアクアショップまで出かけてみる。ところが、考えていたイシマキガイが売り切れで、変えなかった。浄化装置のフィルターが安かったので、それを買う。

September 27, 2006

9月27日(水)

 朝少し家で仕事をして、先端へ出向く。雨が降りそうだったので、早めに出たつもりだったが、東北沢の駅を降りたところで、かなり降られた。相当強い雨だ。

 先端では、朝、最後まで書いた『日本人の宗教史』の原稿を最初から見直す作業をする。40枚くらい見たところで、限界になった。頼んでいた犯罪白書と警察白書が来ていた。図書室で本を借り、夕方に帰る。雨も上がり、さわやかな感じになっていた。

 安倍政権一番気になるのは、山谷えり子氏の存在ではないだろうか。内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)という、政権の目玉の地位だが、そのホームページを見ると、教育にかんして
「● 行き過ぎた「ゆとり教育」と「性教育」にストップをかけます。
● 男女の区別は差別というジェンダーフリー教育をやめ、道徳教育、生命尊重教育、宗教情操教育の充実を図ります。
● 国を愛し、日本人が大切にしてきた品位、節度、調和、正直、親切、勤勉を重んじる精神が含まれるよう、教育基本法を改正します」
 となっている。これはかなり明確な保守主義の立場で、とくに性教育の行き過ぎを批判したり、個人単位ではなく、家族単位での政策を提言しているところは、相当に右よりだ。統一協会の「世界日報」にもよく登場するようだが、彼女の主張は、統一協会の家族観と重なっている。これだけ、はっきりとした教育についての考え方をもった人が中心になって教育改革を進めたら、必ずや軋轢が生まれるだろう。

 驚いたのは、予算委員会で披露した彼女が書いたという憲法前文。それは「四季のめぐり、恵みあふれる大八洲、豊葦原瑞穂の国に生まれ育ったわたくしたち日本国民は、睦み和らぎ、徳を高め、勤め励んで、平和の国、文化の国、道義の国として歩んできました。美しい日本の国がらを誇り、喜びとして、これからも正直、親切、勤勉、節度、品位、調和、献身、進取の気性をもって、諸国民との協和の中で輝く自由と民主主義の国として歩みます。長い歴史と伝統、家族の絆の中で、豊かに育まれたわたくしたちは、一人一人に与えられた賜物に感謝し、法にしたがい、国を富ませ、心を世界に開いた政治、経済、外交を展開し、尊い生甲斐を互いに尊重する社会をつくります。人類の恒久平和、自然との共生に心を一つにして国際社会の中で名誉ある国づくりにつとめます。愛と一致と希望の中で、力をつくし、誠をつくし、明き清き理想に向かって進んでいくことを誓います」というものだ。これは、国家のあり方を規定する憲法ではなく、国民の誓いのことばだが、聖心女子大を出て、カトリックの信仰をもつという人の発想とは思えない。

September 26, 2006

9月26日(火)

 『日本人の宗教史』、今日は新新宗教からオウム事件、そして、現在への流れなので、筆が進み、18枚書いた。あと2枚で、予定の150枚に達するのだが、さすがにそこで頭が働かなくなり、最後の部分は明日にまわすことにする。

 安倍政権が誕生し、閣僚も決まった。官房長官になった塩崎氏の夫人は、放送教育開発センター時代には同僚だった。もし塩崎政権が成立すれば、ファーストレディーになるのだろう。そうなれば、興味深いことかもしれない。

 生まれたばかりの安倍政権、ネットの世論調査などでは、支持する人が3分の1しかいない。国民の人気で総理の座についてはずなのに、意外と不人気だ。テレビでも視聴率がとれないらしい。それで短命説がささやかれているが、どうなるのだろうか。

 その経歴を見てみると、一貫して成蹊で、完全におぼっちゃんだ。夫人も、ずっと聖心。なにか安倍夫妻の学歴を見ていると、政治家と言うより、皇室に近い感じがする。風貌もどうもそちらに似ているのではないか。とても戦う政治家というイメージではない。ただ、成蹊大学を出ている政治家はほとんどいないので、人脈というところでかなり不安があるのではないか。小泉前首相が慶応だったのとは対照的だ。成蹊大学出身の政治家を調べてみたら、古屋圭司という議員が出てきた。古谷議員は、安倍新総理とも近いようで、共著で本を出していたりする。ただ、古屋議員は造反組で、今は無所属。安倍新総理が、復党させたいと一番願っているのは、この古屋議員なのだろう。果たして、造反組を復党させることができるのか。そこに最初の壁がありそうだ。

September 25, 2006

9月25日(月)

 依然として『日本人の宗教史』の原稿を書く。今日は、戦後の混乱期から高度経済成長期まで、天皇の人間宣言、神々のラッシュアワー、そして、創価学会の急拡大について書く。次は、オイルショックから、オウム真理教事件までを書くと、大体終わりが見えてくるはずだ。もう一つ今考えている企画についてまとめ、編集者に送る。これは、何箇所か取材が必要になってくるだろう。

 俳優の丹波哲郎さんが亡くなったとのこと。先日、激やせしている様子が伝えられたが、84歳では仕方がない。「砂の器」の刑事役が名高いが、「人間革命」と「続人間革命」では、戸田城聖役を演じていたのが忘れられない。あれほどのはまり役はなかったと思うが、その後、戸田の実際の演説を聞いて、実像とはかなり違うということがわかった。丹波さんによる戸田の方が、はるかに知的だったようにも思える。

 

9月24日(日)

 天気が良く、さわやか。大泉学園にあるペンギン・ビレッジというところで、水槽で鮎を飼っているとホームページに出ていたので、そこに行ってみることにする。とりあえず吉祥寺に出て、昼食をとる。自然食系の店で、ご飯を売り物にしているようだが、おかわりして出て来たのが少し固かったような感じ。果たして気のせいだろうか。

 バスで石神井公園に行き、池の周りをあるいたあと、久しぶりにボートに乗る。手こぎで一時間近くこいでいたので、最後は手が痛くなる。そこから、あるいて石神井公園駅に行き、電車で大泉学園に行き、またバスでペンギン・ビレッジへ。ところが、鮎をやっていたのは去年らしく、ホームページを更新していないということが判明。あまり店の人は責任を感じていないらしいが、なんだか騙された気分だ。また、吉祥寺に戻る。

 閉店するといういせやの前にはものすごいひとだかりで、写真を撮っている人も多く見かけた。さすがにこれではなかに入れないので、井の頭公園店の方に行く。こちらは比較的すいていて、すぐに入れた。いつもそうだが、たらふく食べても1人2000円行かない。

 まだ早かったので、喫茶店を探すと、水槽のある店が見つかった。なかには、二つガラス水槽があり、それとは別にタイルで作った大きな水槽があって、そちらにはコイやら金魚が泳いでいた。夜店の金魚だというが、ずいぶん成長したものだ。熱帯魚の飼い方などを教えてもらう。

September 23, 2006

9月23日(土)

 彼岸の中日ということで、今日は祝日だが、最初気づかなかった。買い物に出て、店が休んでいるのを見て、それに気づく。月曜日が敬老の日だったので、まさか一週間に2日も祝日があるような気がしなかった。

 昼食に、はじめて寿司屋の「寿矢」に入る。ランチの握り、1.5人前と言うのを注文するが、量としてはけっこう少なかった。1人前のほうではとても足りないだろう。ネタは悪くない。汁とデザートのシャーベットがついて、1500円。驚いたのは店員の数の多いこと。こんなにいて大丈夫なのかと思うほど。みな、見習いなのだろうか。

 雑誌の整理をする。自分が書いたものが載っているものも、全部とっておくとスペースをとってしょうがない。自分の記事だけ残してあとは捨てることにする。『ランティエ』などみな1ページで、量が多いので、これでかなりスペースの節約になる。ただ、海老蔵が信長をやったとき、表紙に載った号は、そのままにすることにする。

 安倍政権になると、憲法改正といったことが話題になりそうだが、自主憲法を考えている人たちは、アメリカとの関係をどのように考えているのだろうか。押し付け憲法を問題にするなら、日米安保条約のもと、アメリカ軍が駐留しているという現実も、日本が戦争に敗れたことの影響のはずだ。ならば、自主憲法を制定する根本的な要件として、日米安保条約の見直し、アメリカ軍の撤退と言うことを主張しなければならないのではないか。そこにメスを入れない限り、新しい憲法などできないだろう。少なくとも、誰も格調高い序文は書けないと思う。

September 22, 2006

9月22日(金)

 昼過ぎまで、『日本人の宗教史』を書く。大本教や日蓮主義まで書いて、戦前の部分が終わる。あとは、戦後を書けばいい。

 『ランティエ』の取材のため、ライブラリーに行く。取材は一人だと思っていたので、ワークスペースを借りたが、二人ということで急遽、ミーティングルームを借りる。改装されてからはじめて使うが、広くていい。1時間ほど、麻原死刑判決を受けて話をする。

 帰りがけ、本屋に二軒より、宮沢賢治の本を探す。新潮文庫が全部で二冊出しているので、とりあえずそれを読むことにして、二冊買う。

 行きがけに、ソフトバンク新書の新刊、『嫌老記』が送られてきていたので、生き帰りでそれに目を通す。なかなか難しい問題だが、まだ自分のなかでは追いということはぴんとこない。定年がない仕事をしているせいか、自分が仕事を終える時期というものもわからないし、宗教の問題はむしろ年を重ねた方が見えてくるものがありそうな気がしている。ただ、読んでいて、歴史のなかでのライフスタイルの問題はおもしろいのではと考える。『人生の歴史』といったタイトルの本が考えられるのではないか。昔と今とでは、人生そのものが違う気がする。

September 21, 2006

9月21日(木)

 秋の気配が漂ってきた。昨日、外に出ると金木犀の香りがしたが、例年よりかなり早いのではないだろうか。

 『日本人の宗教史』近代篇の第3章として国家神道の成立について書く。

 魚の方だが、体に傷のあったフナが死ぬ。金魚の方にも白点病が出てきたので、薬を買ってくる。夕方には、床屋へ行く。これですっきりした。

 タイではクーデターが起こったというのが、どこかほのぼのしていてのんきだ。あれをクーデターと言うのだろうか。一方、国連でベネズエラのチャベス大統領は、アメリカの大統領を悪魔と罵倒していた。批判したい気持ちもわかるが、悪魔はいくらなんでもという感じがする。

September 20, 2006

9月20日(水)

 『日本人の宗教史』近代の部分を書き続ける。その2章ではキリスト教の問題を扱い、とくに内村鑑三と新渡戸稲造の思想を問題にし、キリスト教の土着化、道徳化の問題を考えてみた。おそらくその具体的なあらわれとなったのが、ミッション・スクールだろう。そこまで10枚と少し書き進める。

 これが終わったら、ふたたび宗教と悪の問題について一冊書く作業に戻らなければならないが、これまで書いたものはそのままにして、悪の問題のきっかけとなったオウムのことに戻ろうかと思う。麻原の裁判がはじまったとき、中沢新一や吉本隆明などは、麻原が法廷において殺人を肯定する思想を語ったとしたら、そこには意味があるという立場をとっていた。そこらあたりから考えてみたらどうかと思い、改めて構成を考え直してみたら、いけそうな感じになっていた。やはり具体的な問題もなしに、抽象的に議論を進めるのは難しい。最後はニヒリズムの問題に行き着きそうだが、そうなれば意味のある議論が展開できるのではないだろうか。

September 19, 2006

9月19日(火)

 『日本人の宗教史』いよいよ後半の近代に入る。近代の方が、時代が近い分、歴史上の事実が明らかで書きやすい。11枚書く。共同通信の原稿、注文で少し直す。『ランティエ』からは、オウムとは何だったのかについてインタビューをしたいという依頼が入る。これまで、やわらかい話が多かったが、今回はハードな話になった。『寺門興隆』の方でも、創価学会の連載を休止して、オウムについて書いてくれといわれている。

 『福神』の次の号では、宮沢賢治の特集をするということで、日蓮を一回休んで、賢治について書いてくれといわれている。どうもそれで書かないといけないらしい。だが、宮沢賢治について、今まであまりまともに考えてこなかった気がする。作品にしても適当に読んでいるだけで、まとまって読んだことがない。この際、真剣に立ち向かってみる必要があるのかもしれないと思うが、それはかなり大変なことになりそうだ。思案しないといけないだろう。

 

September 18, 2006

9月18日(月)

 敬老の日。午前中は、共同通信の原稿を直す。短い原稿にいかに内容をもりむことができるか、何度も修正を加えて仕上げる。『日本の論点』の校正をする。『寺門興隆』の原稿も校正をする。一応これで終わった。
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 午後から、六本木ヒルズへ。いつもはライブラリーが目当てだが、今日は、ヒルズのアリーナで開かれている東京アクアリオ2006に行く。はじめて渋谷までバスで出て、渋谷から直行のバスで行った。楽だが、時間はかなる。アクアリオでは、いろいろなブースが出て試供品などを配っていた。一番見ものは、アクアショップの店員などが作った水槽の展示。コンクール形式になっているが、値札もついていて、それこそ100万円というのも珍しくない。ただ、あまりに整いすぎていて、あきそうな感じもする。水槽は、できれば自然な感じで、流動的なほうがいい。

 帰りは経堂のOXストアーで買い物をするが、最近ここに寄らなくなった。今月ははじめて買い物をした。ほかのスーパーに行っているわけではないが、生活のスタイルが変わってきたのか、どんどん寄らない傾向になってきている。

September 17, 2006

9月17日(日)

 日本宗教学会で発表するために東北大学のある仙台へ向かう。東京駅から新幹線で2時間弱。かなり早い。昼時に着いたので、駅で立ち食いの寿司を食べる。三陸ものが主で、けっこううまい。バスで大学へ。

 今回の発表は、宗教対話のためのモデル化をテーマとした発表。私を含め、パネラーが4人に、コメンテーターと司会。同じ時間にいくつもパネルが重なっているので、オーディエンスがどれほどか懸念されたが、それでも35名ほどの聴衆が聞いてくれた。宗教学の方法論についての議論はあるが、こうした形でモデル化を目指すという試みはあまりなかったのではないか。メタファーや集合論といったことが核になっていきそうだが、これを発展させるのは意義のあることだろう。終わってから、このチームで科研費を出す打ち合わせをする。

 来年の学会は立正大学だということなので、創価学会=公明党についてのパネルを組もうと決心する。メンバーを集めなければならない。みな、懇親会に参加するようだが、私はそのままタクシーで仙台駅へ。牛タンを土産にあわただしく帰る。

September 16, 2006

9月16日(土)

 今日は土曜で、ずっと『日本人の宗教史』を書いてきたのでかなり疲れたが、共同通信から依頼された原稿を書く。明日は宗教学会で仙台にいかなければならないし、月曜の午前中が締め切りなので、やるしかない。

 昼、買い物に出た折に、農大通りを歩くが、キリン堂書店がつぶれていたのを知る。8月末に閉店したようで、農大通りのもっと先にあるauショップが移ってくるようだ。張り紙では50年の歴史があったとのことで、昔、20数年前に住んだときにも営業していたし、植草甚一氏の本にもよく出てきた気がする。やはり時代が変化するなかで、一般の書店というのはやっていくのが難しいのだろう。たしかに、本を買う場合、ネットで買うことが多くなってきた。それでも、街から書店が消えるというのはずいぶんとさびしいものだ。

 金魚が1匹死んだ。これで2匹目。金魚すくいという苛酷な環境にいたせいで、これもしかたがないことだろう。むしろ、餌用に買われていたフナのほうが元気だ。それでも、表面にはずいぶんと傷がある。餌なので、餌も与えられずに狭い水槽のなかを泳ぎ回っていたのだから、どうしてもそうなるのだろう。ただ、解放されて自由を満喫しているようにも見える。果たしてどのくらい生きるのか。何匹か淘汰され、そのなかからけっこう長生きするのが出てくるのかもしれない。

September 15, 2006

9月15日(金)

 昼、高岡からやってきた関口さんと会い、つのはず庵で昼食をとる。以前からたまに利用するところだが、昼のメニューが少し変わった。ちょっと高くなったが、その分内容もグレードアップしたような気がする。とても新宿とは思えない空間で、サービスも悪くない。夜は高いのだろうが、昼は手ごろだ。

 そのまま、ヒルズのライブラリーへ行く。オフィススペースの改装が終わり、今日から全面的に使えるようになっている。ワークスペースを借りるが、今日だけは鍵の取り替え中で、鍵がかからなかった。改装後の問題は、トイレがなかになくなったことと、オープンスペースで電話をする声が、全体に響いてうるさいという点だろう。トイレは難しいにしても、電話についてはなんとかしてほしい。

 コンピュータを借りて、ネットにつないでいたら、麻原死刑確定の速報が流れる。すかさず、東京新聞から電話でコメントを求められる。朝日と読売はすでに取材を受けている。そのあと、共同通信のほうからは、原稿を頼まれる。今週中と言われていたが、最後の最後になって決定が出た。この問題については、オフィシャルのほうで改めて書こうとは思っている。

September 14, 2006

9月14日(木)

 『日本人の宗教史』、10枚ほど書いて、なんとか近世の部分を書き終わる。もちろん、直しを入れなければならないが、とりあえず目標どおりに進んでいる。あとは、近代の部分を75枚ほど書かなければならない。

 植草教授がまた逮捕されたというニュースをネットで知って、驚く。今は名古屋の大学で客員教授をしているはずだが、これでは復活の道はないだろう。それにしても、夜、自宅とは反対の方角にむかって電車に乗っていたのはどういうわけだろうか。

 今日も、どこかのテレビ局が、オウムの分裂について取り上げていたが、本当に分裂といえるのか、やはり疑問だ。上祐はメディアに登場するが、それと対立している側がまったく出てこないのは奇妙だ。教団のなかでは、上祐派がM派で、反上祐派がA派と呼ばれているらしいが、AとMのあいだにUを入れればAUMになる。それは、実は分裂していないというメッセージなのではないか。これから、反上祐派のほうは、麻原回帰を鮮明にしていき、それで批判が集まると、上祐派のほうに人が移っていき、ほとぼりがさめたらまた、反上祐派のほうに集まるといったことも考えられるのではないか。セミナーを別々にやっているのも、収入源を増やすということでは、全体の利益になっているようにも思う。

September 13, 2006

9月13日(水)

 ここのところ天気が悪い。今日は気温も低めだ。しばらくうっとうしい日が続くのだろう。この秋の長雨が終わって、日本はようやく長かった雨期が明ける。実際にはそのように考えた方がいいように思う。

 『日本人の宗教史』、江戸時代の儒学の展開を追い、ようやく本居宣長までたどり着いた。それにしても、わかりにくいのは、宣長の「もののあわれ」だ。これは、いったい思想なのか、それともイメージなのか。なんともつかみどころがない。唯心論とも違う気がするし、理解するのが難しい。

 自民党の総裁選がはじまって、安倍氏の『美しい国へ』が統一協会の久保木修巳の著作と似ているとかいったことが話題になっているが、この本のタイトルも、もののあわれと同じくらい理解が難しいようにも思う。英語に直せば、a beautiful coutry ということにもなるのだろうが、果たしてこれで通じるものだろうか。まして中国語にすると、「到美麗(中国語の漢字は少し違う)国家」になる。ここから連想するのは、「美国」で、中国語ではアメリカのことをさす。まさかとは思うが、中国人は、安倍氏は日本をアメリカにしようとしていると誤解したりはしないだろうか。

September 12, 2006

9月12日(火)

 ライブドアのニュースを見ていて、公明党関係の記事をクリックしたら、『創価学会の実力』の広告が出ていた。記事に関連したものを出しているのだろうが、ありがたいことだ。

 午前中は、『日本人の宗教史』の続きを書く。近世における神道や儒教の展開は、これまでつっこんで調べたことがないので、なかなか焦点がしぼれない。けっきょく、5枚ほどしか進まなかった。

 昼から久しぶりに大学に行く。図書館で、戦時中の創価教育学会の大会の記録を複写したものを受けとる。『創価学会の実力』で引用した箇所に、点の打ち方に疑問を感じた部分だが、その原文を見てみると、なんと一字空白になっていた。牧口常三郎の全集でも、そうなっているが、ママといった注記がないので、よくわからなかった。こうしたところは、はっきりしてほしかった。

 そのあと、新宿紀伊国屋書店上のむさしの歯科に定期検診に行く。今回は、小さな虫歯が発見され、その治療をしてもらう。定期的に通っていなければ、わからなかっただろう。歯科は定期的に通う必要があると改めて思う。

 いろいろと買い物をし、中村屋でカレーを食べて帰る。サブナードにあるアクアショップで、水草を買い足したが、帰ってみると、出目金が一匹死んでいた。夜店の金魚だけにしかたがない。かわいそうなので、外に葬ってやる。南無阿弥陀仏!

September 11, 2006

9月11日(月)

 9.11から5年が経ったことになる。もっとも、アメリカの現地時間では二機の飛行機が突っ込んだのは、日本時間の夜になるので、少しピントこない。この5年のあいだにさまざまなことが起こったが、世界は果たしていい方向に向かっているのだろうか。


 そうした世界情勢とは関係なく、秋の気配が漂い出した。八百屋の店先には栗が並んでいる。コーヒーも、アイスコーヒーではなく、ホットコーヒーが飲みたくなったので、「セレクト」で、今月安いブルーマウンテンの弟分だというジャマイカ・プライムというのを買ってみる。これを家でいれてみると、予想した以上にうまかった。最近飲んだコーヒーでは一番ではないか。

 仕事の方は、朝の内、今度の日曜日に東北大学である日本宗教学会で発表するレジュメを作成する。普通なら、当日までにできていればいいのだが、今回は自由パネルなので、事前に作っておかなければならない。日蓮の思想を追い、佐渡期における著作のなかに、その排他性の根源を見ようということで、いろいろ考えてみたが、なかなかまとまらなかった。それが、レジュメを書いてみて、日蓮の一念三千の考え方が、集合論と重なってくることが明らかになり、見通しが立ってきた。少なくともこれで、落合仁司氏の議論とはかみあってくるだろう。

 午後は、『日本人の宗教史』の続き。江戸時代における神道や儒教の歩みを追ってもしょうがないので、どうしようかと考えながら進めたので、5枚くらいしか進まなかった。要は、国学に収斂していくナショナリズムの傾向が問題なのだろう。その線で展開するしかないように思った。

 ふなや金魚たちは、水槽という環境に慣れたのか、昨日より、生き生きと動いている。

September 10, 2006

9月10日(日)

 水槽と魚が届く。水をいれ、ろ過装置と、ライトを設置して、魚を放つ。それまで窮屈なところにいたせいか、水槽のなかで急に大きくなったような気がしたが、まさかそんなことはないだろう。出目金だけ、他のフナや金魚と別行動をするのはどういうわけか。いろいろと不思議なこともある。

 酸素を供給するポンプなどを買わなかったので、近くのアクアショップに出かける。携帯のナビを頼りにいったが、前に寄ったことのある店に行くつもりで、その近くにあった別の店にたどり着いた。近くに二軒あることになる。ペットはブームだというが、たしかに需要は大きいのだろう。必要なものをとりそろえ、水槽のなかを掃除してくれる貝まで買う。貝の方が魚よりはるかに高かった。

 

9月9日(土)

 午前中に出かけて、森下の「どぜう伊せ喜」に行き、どじょうを食べる。ずいぶん昔に一度訪れたことがあるが、そのときは清澄公園のなかで研究会があり、その帰りに寄った。それ以来だから20年ぶりだろうか。ここのどじょうは値段は高いが、やはりうまい。米や汁もいいものを使っている。

 その後、篠崎の熱帯魚屋、「東京サンマリン」に行く。都内で最大というだけに、種類も豊富だが、魚の管理のよさが際立っている。熱帯魚は飼ったことがないが、この趣味はやはり男性のもので、魚だけではなく、いろいろなものを配置して一つの世界を作り上げるということでは、鉄道模型のジオラマに通じている。ただ、熱帯魚は買わず、餌用に売られていたフナを買い、それにあわせて水槽なども買ってみた。本来なら食べられてしまうフナを飼うのも、一つの供養だろう。それに、派手な熱帯魚を飼うのも何か芸がない気がする。

 まだ時間も早かったので、目黒の大鳥神社に祭りを見に行く。たくさん露天が出てにぎわっていた。金魚すくいをし、水槽に入れる魚を増やす。居酒屋で飲んだ後、バスで三軒茶屋へ。降りたところで、文教堂書店に入ってみると、福田康夫氏が入ってきた。ラフなスタイルなので、ふらっと家から出てきたのだろう。昭和史の本を見ていた。本来なら、自民党の総裁選挙がはじまるなか、一番忙しい時期を送っていたはずなのにと思うと、複雑な気がした。それに、歴史物を探しているというのも、未来ではなく過去に関心が向いているようで、政治家としてはもう終わってしまった人という印象を受けた。

September 08, 2006

9月8日(金)

 昨日の夜、海老蔵が「クイズ・ミリオネア」に出演しているのを見る。頭を使うクイズが果たして得意なのか、疑問があったが、意外とものを考えているのに驚く。驚異的なのは、決断の早さ。何度かこの番組は見たことがあるが、これだけ迷いなく進んでいく回答者は見たことがない。やはり海老蔵は特別な人間だと改めて思う。

 朝から引き続いて、『日本人の宗教史』を書き続ける。庶民信仰の浸透について書き終えたところで、取材の連絡が入り、ライブラリーの方に出向く。改装されて、ワークスペースが広くなり、2人で話ができるようになったのは便利だ。2時間話をしたあと、少し仕事の続きをしてから、パンを買い、帰る。

 自民党の総裁選がはじまったようだが、すでに勝敗も決まっていて、興味を引かない。それに安部という人、総理としてみてみると、まったく魅力のない人物に見える。修羅場を潜り抜けたことがない人間の弱さが出ているのだろうか。こうした人物が危機に直面したとき、どういった行動をとるか、かなり不安だ。

September 07, 2006

9月7日(木)

 昨日に引き続いて、皇室に男子誕生のニュースが注目を集めているが、皇太子の家ではなく、その弟の家に将来の後継者が生まれたことは、かなり複雑な事態を招くらしい。もし今の皇太子が天皇の座につくことがあったとして、そのときは皇太子は秋篠宮になるわけだが、それではおさまりが悪いようにも思える。あるいは、後継者のいる方が天皇になるべきだという議論も出てくるかもしれない。やはり、皇位継承は難しい問題をはらんでいる。

 昨日の夜、アジアカップ予選のイエメン戦を見る。ロスタイムにようやく得点して勝ったものの、圧倒的に攻めながら、まるで得点が入りそうにない展開だった。監督の采配がどうかという批判も出ているようだが、チームのなかに、高い能力をもつすばらしい選手がいるという感覚を受けなかった。このチームなら、おそらくJリーグのチームと戦ったら勝てないのではないか。ワールドカップの時には、選手のやる気のなさが問題になっていたし、ヘラクレスの平山も、やる気がないから解雇されたという。なんでサッカーの選手はこれほどやる気がないのか。そこが一番の問題ではないのか。

 今日は、『日本人の宗教史』の続きを書く。10枚まで行かなかった。調べていて思ったのは、近世の仏教史にかんして、最近、あまりいい概説が出ていないということ。けっきょく、圭室諦成と圭室文雄の業績に頼るしかない。これは、決して最新のものではない。誰か江戸時代の近世仏教について、まともな概説を書いてくれないものだろうか。絶対にそれは必要なことだと思う。

September 06, 2006

9月6日(水)

 朝起きてみると、テレビでは、皇室に男子出産のニュースを伝えていた。雰囲気として、男子出産が前提となっていたような気もするが、これで天皇制の継続にひとまずめどがついたことを意味する。

 ただ、今回の男子の皇位継承権は第3位で、その上には皇太子と秋篠宮がいる。もし、皇太子の方に男子が生まれていたら、第2位になったわけで、その点では、皇太子の次に秋篠宮が皇位を継承する可能性が残されたことになる。おそらく、世の中では、皇太子の次は今回の男子が皇位を継承するかのように思われているかもしれないが、秋篠宮が天皇になる可能性がより大きくなったともいえる。

 月曜日に引き続いて、『日本人の宗教史』の原稿を書く。10枚を少し越えるくらい書いた。近世初頭における村落共同体の形成とその意味について述べてみたが、ここらあたりのこと、最近研究は進んでいるのだろうか。少し調べても、よく分からなかった。もう一度ちゃんと調べてみる必要があるだろう。

September 05, 2006

9月5日(火)

 歌舞伎座昼の部に行く。お目当ては、最後の「寺子屋」。最近では、幸四郎と吉右衛門の兄弟の共演はめずらしい。少なくとも、二人ががっぷり四つに組むものは見たことがない。その点では、松王丸と源蔵という配役は文句ないだろう。筋書きを買ってみてみると、以前は二人で「寺子屋」を何度かやったことがあり、最後は1988年だということらしい。もうそれから20年近くの歳月が流れている。

 松緑、亀治郎、染五郎の「車引」からはじまって、吉右衛門と富十郎の「引窓」、雀右衛門と梅玉の「業平小町」と染五郎の「文屋」、そして最後は「寺子屋」と、初代吉右衛門生誕120年の「秀山祭」ということで実に盛りだくさん。しかも、演目も悪くないし、出ている役者もいいし、役者のやる気も出ていて、見終わると疲れるくらい充実していた。客席は満席というわけではないが、反応も悪くない。これだけ緊張感のある舞台は、襲名披露公演を除くと、珍しいのではないか。

 終わってから、銀座の町で見かけた少し高級なコーヒー店に入ってみると、マネコ・スペシャルのアイスコーヒーがあったので、それを頼む。このマネコと言うコーヒーは、経堂でよく使う喫茶店、「いまあじゅ」でスペシャルコーヒーとして出ることのあるもの。マネコというのはそのコーヒーを開発した人の名前で、日本人の女性の名前ではない。品種としてはブラジルだが、なかなかうまい。それがアイスになっているのはとても珍しいのではないか。

September 04, 2006

9月4日(月)

 朝、UCカードが半分貸切っているという11月新橋演舞場の公演のチケットをとる。あまり申し込みの方法をちゃんと見ていなかったので、予約がはじまる10時寸前まで、e+を通してのインターネット予約だということに気づかなかった。あわてて申し込みしようとしたが、以前登録していた内容がわからず、その確認などで手間取る。しかし、確保できたチケットは5列目のセンターで、観劇には絶好の位置だった。

 そんなわけでばたばたした後、今月の末が締め切りの『日本人の宗教史』の原稿に手をつける。私が担当しているのは「近世・近代」の部分で、150枚書かなければならない。すでに編集者の方からは二度も催促と言うか、確認の手紙をもらっている。なんとか、最初の部分、14枚ほどを書き上げる。

 ライブドアの元社長、堀江被告の裁判がはじまる。テレビで見た彼の姿は、東京拘置所を出たときよりも太っていたが、精悍で、非常に戦闘的な顔をしていた。法廷では、無罪主張を展開し、検察側に挑戦するかのような姿勢も見せたというが、他の被告が検察の主張をおおむね認めているなかで、勝算はあるのだろうか。今後のことを考えると、非を認めたほうがいいようにも思うが、そこは彼が年齢的に若いのだろう。あくまで戦っていくことに意義を見出しているように見える。

September 03, 2006

9月3日(日)

 海老蔵が出演した「生活ほっとモーニング」を見る。出演時間が長く、充実した内容だった。「武蔵」をやっていたころは、番組宣伝で何度もNHKの番組に出演していたが、その頃と比べると、まるで人間が違う。以前は、慣れないせいか、ぶっきらぼうで、番組や話し相手のことなどまったく考えていないような印象を与えたが、今ではそれもそつなくこなし、印象もはるかによくなっている。このかん、急速に人間として成長したということだろうか。それに、前は違和感をかんじさせたが、それもなくなっている。それは海老蔵襲名の影響なのだろうか。少し変だと思うのは、父親について敬語を使うことだが、それも前ほど変な感じを与えなくなった。秋からは歌舞伎の舞台にあがり続けるといっていたが、来年1月には松竹座の舞台に立つようだ。今のところ、10月が歌舞伎座、11月が新橋演舞場、来年3月がオペラ座が予定されている。12月、南座は勘三郎襲名だが、それにも出るのだろうか。続けて出るのはありがたいが、チケットを取るのが大変だ。

September 02, 2006

9月2日(土)

 まだ暑いものの、秋の気配が漂うようになってきた。今年はそれほど残暑はきつくないのかもしれない。台風が近づいているらしいが、そちらのほうはどうなるのだろうか。

 NHKBS2で、寅さんのシリーズをずっと放送して、それを録画しているが、今日は失敗してしまった。これまで全部とってきたが、失敗は二度目だ。前回の分は、リクエストで5位に入り、なんとか録画できた。今回はどうだろうか。そのせいもあって、「あじさいの恋」を見てしまう。先代の仁左衛門が人間国宝の陶芸家の役で登場するが、さすがにうまい。前にもこの作品は見たことがあるが、シリーズの中の傑作の一つだろう。

 

September 01, 2006

9月1日(金)

 いつの間にか9月になっている。だいぶすごしやすくはなっているが、やはり蒸し暑い。残暑はどんなものだろうか。

 宗教学会での発表のために、天台教学や日蓮の一念三千についての考え方などを追ってみる。創価学会の排他性の根源を一念三千に見ようと考えているのだが、これが意外と難しい。少し方針を変える必要があるかもしれない。

 安倍晋三氏が、自民党総裁選挙への立候補を表明した。事実上次の総理、総裁は決まっているようだが、政権は長続きするのだろうか。今回、あっさりと決まってしまうことで、安倍氏は何も修羅場をくぐっていない。それでは、日本を率いるリーダーとしての力がつかないのではないだろうか。それに、学歴の面で、小泉氏に比べてかなり弱い。最近の政権は、早稲田か慶応閥に支えられてきたことから考えると、成城大学卒ではかなり弱体ではないか。その主張が先鋭な分、政権運営が難しい気もする。政権基盤を安定させるには、選挙の洗礼を浴びた方がいいように思うが、だったら、就任直後にいきなり解散するのが、一番勝算があるだろう。信任投票で行けば、勝てるようにも思うが、果たしてそれだけの度胸があるだろうか。

8月31日(木)

 昼から、ヒルズのライブラリーへ出かける。行かなくなると億劫になるが、一度行くと、行こうという気になってくる。ライブラリーの前に、まず六本木ヒルズの近くにある麻布大寿司という店に行き、ランチを食べる。1260円で、食前酒、寿司、赤だしにデザートがつく。値段にしてはなかなかのもの。何より寿司屋らしい雰囲気がいい。卵はぬいてくれと注文すると、別のものを入れてくれた。夜は高そうだが、またよってみることにしよう。

 ライブラリーで、『寺門興隆』の原稿の続きを書く。なんとか最後まで書き上げるが、本尊の問題はいろいろと難しいことを含んでいる。私などはまともに研究していないので、その全体像がつかめなかったが、今回調べたことで分かったことも少なくない。

 ライブラリーのオフィスゾーン、50階がなくなり、49階も改築になった。ポイントがあったので、ワークスペースを使ったが、広くなった、前よりも使いやすい。こんな天井の高い書斎があったらいいと思う。ただ、トイレがスペースのなかになくなるなど、不便なところもある。コーヒーは前よりはるかにおいしくなったが、全体が完成してみないと評価できないだろう。夕食は、有名な小籠包の店ではじめて食べてみる。自慢の小籠包はたしかにうまいが、1割のチャージをとるなど、全体に高い。コストを考えると、また来るかどうか、微妙だ。

 麻原の4女のこと、江川さんが「週刊文春」に手記でも発表するのではないかと思っていたが、何も出なかった。ほかのメディアに出ることもないだろう。記者会見のときの彼女の表情からすれば、いろいろと難しい問題があるようにも感じられたが、詳しいいきさつはどうなのか。当人が未成年ということもあり、明らかにできないこともあるのかもしれない。

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