無料ブログはココログ

Recent Trackbacks

« September 2006 | Main | November 2006 »

October 2006

October 30, 2006

10月30日(月)亡国って何?

 昨晩、テレビで放送された「亡国のイージス」をみる。テレビで映画を見るのは、やはり邪道という気もするが、けっきょく最後までみてしまった。ヒットした作品だけにテンポがいい。ただ、やはり小説を要約しきれていないところがあり、筋としてわかりにくいところが少なくなかった。そもそも、なぜ亡国なのか、その点がまるでわからない。最初にそうしたことを示すシーンでもあればいいのだろうが、そうなっていないところが弱点だろう。

 ここのところ、散歩に出ていなかったので、今日は歩くことにする。万歩計をつけて出かけたが、梅ヶ丘の駅を過ぎたあたりでも、これまでの歩数よりも少ない。これは、慣れたせいだろうか。もう少し歩数を稼具ために歩き続けたら、環状7号線までたどりついた。そこで引き返してみると、だいたい9千歩になっていた。

 散歩の効用は、頭にもいい影響を与える。今書いている本、3章まで終わったところだが、歩きながらその先を考えてみた。終わりまでだいたいこんな感じで行こうというのが固まっていった。これは案外、自分でいうのも何だが、重要な本になりそうな気がしてきた。

October 29, 2006

10月29日(日)信じられないチェット・ベイカー

 この前買って、聴いていなかったDVD Cher Baker/The Complete Tokyo Concert を見てみた。1987年6月14日に人見記念講堂で行われたもの。1987年といえば、チェット・ベイカーが亡くなる前の年の演奏になる。前日読んだ伝記では、このときは日本で熱烈な歓迎を受け、とても調子がよかったといったことが書いてあったが、たしかに、このなかでのチェットは長年麻薬中毒であったようには見えない。年齢以上に衰えているようにも感じられるが、映像が今ほど鮮明でないので、かえってそれも気にならない。日本にいるあいだは麻薬が使えないということも、いい方向に働いていたのではないだろうか。

 チェットの演奏を聴いていると、やはりマイルスのことが連想される。実際、マイルスの曲もやっているし、マイルスが演奏したスタンダードもやっている。もちろん、この時期のマイルスは、完全に今でいうフュージョンというか、ロックというか、電気楽器が多用するバンドで演奏していて、シンプルなチェットのバンドとは違うが、もしかして、マイルスが50年代のまま進んでいたら、こうした演奏をしていたのではないかと思えるような内容だった。マイルスは決して評価していなかったのだろうが、50年代のマイルスが懐かしいリスナーには、チェットの演奏はたまらない。そこに、彼の魅力があり、だからこそ苦しい状況のなかでも、期待され、演奏活動を続けることができたのではないだろうか。

October 28, 2006

10月28日(土)楠さんの通夜

 楠精一郎さんの通夜のために、逗子へ出かける。会場は、駅から歩いて10数分の葬儀会館。到着すると、声をかけられた。宗教評論家の清水雅人さんで、久しぶりにお会いした。楠さんとは親しいらしく、たしか会ったときにも清水さんの話が出た記憶がある。ガン宣告にも同席したというが、それが6月20日のことだったという。私が電話をいただいたのは、それから数日後ということになる。現役の教授だけに、学生や大学院生の姿を多く見かけた。写真に写った個人の姿が若いのが、なんとも痛ましい。ご両親もいらっしゃったが、さぞかし残念な思いだろう。

 

10月27日(金)楠精一郎さんの訃報

 朝、新聞を開いて驚いた。政治学の楠精一郎さんの訃報が伝えられていたからだ。楠さんは、小学校から高校までの私の先輩で、卒業後は格別関係もなかったが、今年再会する機会があった。御厨研究室の清水さんの先輩で、その縁で実に久しぶりに会うことができた。お父さまが、新宗連を母体に出馬していた議員で、その関係で創価学会、公明党にも関心があり、一緒に研究会をという話になっていた。

 研究会の最初のときは、楠さんから電話があり、結石で出席できない旨、連絡を受けた。2度目の研究会のときにも電話連絡があったが、そのときは、「重篤な病になって」とおっしゃっていた。こちらも驚いて、それ以上詳しいことも聞けなかったが、最後に、こんなことになって、「本当に弱った」とおっしゃっていたのを覚えている。それで非常に心配していたのだが、ほかからの連絡もなく、今日まで状態がわからなかった。重篤と聞いて、ガンを連想したが、死因はやはり膵臓ガンだった。冥福をお祈りしたい。

 午後は、日蓮遺文の勉強会へ。先月は突然中止になったので、二ヶ月ぶり。「開目抄」も佳境に入って来た。あと一回で終わりそうだが、ほぼ一年かかったことになる。この「開目抄」の日蓮をどうとらえるかは、いろいろ難しい問題をはらんでいる。

October 26, 2006

10月26日(木)私にグル?

 『NA』の本、今日は20枚以上進む。これで、全体で199枚まで行った。案外、ボリュームのある本になっていくかもしれない。

 それに関連して、経堂図書館で、『それでも心を癒したい人のための精神世界ブックガイド』という本を借りたが、そこに、昔訳した『タオ自然学』のことが紹介されていた。日本に「ニューサイエンス」ということばを知らしめた本で、その点では精神世界のさきがけとなるものだった。驚いたのは、注記の部分で、訳者のことが取り上げられていて、吉福さんのことは「精神世界のドン」といわれ、私については、「彼をグルとあがめる宗教学者島田裕巳」と書かれていた。この本の翻訳を通して、一時吉福さんと親しくさせてもらったことはあるものの、彼の関心領域にそれほど関心がもてなかったので、しだいに会わなくなってしまった。どうしてそれで、私にとってのグルになるのか、さっぱりわからない。こういうことが流布するのも少し困ったことだと思う。

10月25日(水)白装束かあ

 『NA』の原稿、第3章に入る。20枚書き上げる。

 夕方から先端へ。武田さんに頼まれて、ジャーナリストコースの受講生たちに話をする。行くまで話の内容はまったく決めていなかったが、なぜ、新しい宗教について論じるようになったのかをまくらに、宗教教団について書くことの難しさ、その方法などについて語る。終わってから、もう少し夢のある話をしたほうがよかったのではないかと思ったが、これも現実だから仕方がない。

 帰宅してから、白装束集団、パナウエーブの教祖が亡くなったというニュースを知る。なにか、テレビの臨時ニュースでも流れたらしい。あの騒ぎもずいぶんと前の気がするが、その機関誌すべての目をとおしたことを思い出す。『寺門興隆』に創価学会の連載をはじめる前の号で、白装束について書いたことがあった。この集団、落ち着いてからもいろいろ問題を起こしているようだが、これでどうなるのかが注目される。

October 25, 2006

10月24日(火)宗教による手術拒否

 『NA』の原稿を書き続ける。一応第2章を書き上げる。いよいよ佳境に入ってきた感じがする。

 知り合いの知り合いが、勤め先で泥棒扱いされた。あまりにひどいので、抗議することにし、知り合いの弁護士事務所を紹介する。その前に、ライブラリーで話を聞いたが、聞けば聞くほどひどい話だ。弁護士事務所で今後の対応について相談する。

 知り合いからメールで、昨年、関西で両親による乳児の手術拒否があり、親権を一時的に医師に移すことで手術を強行したという出来事があったのを知る。両親は、子供の体は神様の借り物なのでメスを入れてはならないと主張していたという。手術は無事行われ、今は両親が育てているようだ。手術拒否ということでは、エホバの証人のことがすぐに頭に浮かぶが、エホバなら血の話が出てくるはず。そこで少し考えてみて、思い当たったのが、天理教。天理教では、体は神の借り物という教えがある。現在の天理教では、有名な病院も作り、医療をとりいれているが、初期には、医者にかからず信仰で直すということを実践していた。その点では、天理教の分派か、その影響を受けたところの信者なのかも知れない。詳しい情報がないのでこれ以上分からないが、信仰と医療をめぐる難しい問題の一つであるのは間違いない。

October 23, 2006

10月23日(月)KAT−TUNの兄弟占い

今日は一日雨。明日も続くらしい。『NA』の原稿を書く。20枚ほど書き上げたので、最初からの枚数が144枚になった。しがらくはこのまま行きそう。今月中には200枚まで行きたい。

昨日の晩、今話題になっている藤圭子のインタビューを見る。かねがね思っていることだが、金をもつということはどうも大変なことらしい。本当にその姿を久しぶりに見たが、なかなか興味深い人物に思えた。いったいこれからどういう人生を続けるのか。とても想像ができない。

 KAT−TUNというグループのことが話題になっているが、気になって、それぞれのメンバーの兄弟構成を調べてみた。

亀梨 和也 兄×2、弟
 
赤西 仁 弟

田口 淳之介 兄、姉

田中 聖 兄、弟×3

上田 竜也 姉

中丸 雄一 妹×2

 第一子が、2人、真ん中っ子が2人、末っ子が2人と、ある意味バランスがとれているが、注目されるののは、亀梨と田中が、男兄弟ばかりで、しかも4人兄弟と5人兄弟という点だろう。その意味で、相当に男臭い。ただ、その二人が真ん中っ子なので、ファンのつき方が必ずしも安定しない。弟なら姉が、兄なら妹がファンになるはずなのだが、そうはならないからだ。これで赤西が抜けると、第一子は妹二人の中丸だけになる。彼が、全体を引っ張らなければならないが、男兄弟をもつメンバーが多い中で、妹二人では十分な統率力を発揮できない。その点で、グループはかなりばらばらなのではないか。

October 22, 2006

10月22日(日)なぜ海外で女形をやるのか

 GyaOで、海老蔵のロンドン公演の放送をしているので、それを見る。「藤娘」と「かさね」だ。ロンドンでは、「かさね」の方は評判がよかったようだが、「藤娘」の方はそれほどでもなかったらしい。5月の團菊祭で、海老蔵のやった「藤娘」は見たけれど、たしかに何を目指して踊っているのかがわからなかった。体はごついままだし、可愛さも少しわざとらしく、楽しむまでにはいたらなかった。「かさね」の方は、今年の金比羅歌舞伎で同じく亀治郎と共演しており、それは、NHKの中継で見た。これが評判をとるのはよくわかる。

 それにしても、海外公演、必ず、海老蔵が女形をやるのはどういうわけだろうか。最初のパリでは、「鏡獅子」をやったし、オペラ座でも「紅葉狩」の更科姫をやることになっている。もちろん、こうした役は、女形専門というわけではないので、立役の海老蔵がやってもおかしくはないのだが、歌舞伎に初めてふれるであろう海外の観客に対してということを考えると、果たして適切なものなのかという疑問がわく。それでも、こうしたものを見せようとするのは、海外というそれだけで緊張する場面で、あえて9代目が得意としたようなものをやることで、何かこれまでと違う海老蔵の姿を出そうとしてのことなのだろうか。そのように考えないと分からないが、観客のことを考えると、まだまだ疑問は残る。

 ロンドン公演、「かさね」では何度もカーテンコールに答えていたが、海老蔵も亀治郎もなれないことで、なんだか和洋折衷の不思議な挨拶になっている。

October 21, 2006

10月21日(土)落としどころの難しさ

 松本零士氏と槇原敬之氏のあいだで、「盗作」かどうかをめぐって騒動が持ち上がっているけれど、こうした問題はなかなか難しい。著作という仕事をしていると、やはり1年に1度くらいは、盗作とまではいわないものの、無断引用の問題にぶつかることがある。

 実は、今も、そうした問題が起こっていて、出版社の方を通して問いただしてもらっているのだが、いったいどういうことになるのだろうか。それは、私が本のなかに書いたことが要約されていて、それが私の見解であることが明示されているのだが、その情報をいったいどこから得たのかが本のなかで明示されておらず、しかも、私の見解がどこまでで、著者の見解がどこまでかが明確でないケースだ。本を参考文献としてあげておいてくれれば、それで問題はないのだが、本があがっていない。そのため、本から情報を得たのか、それとも取材して私の話を聞いて書いているのかがわからない。誰かが、その部分を引用したり、それをもとにして別のところに書いたりすれば、事態はさらにややこしくなる。その恐れがあるので、問いただしてもらっているわけだ。

 こちらとしては、別にことを大げさにするつもりはないし、謝罪を要求するとか、そうした段階でもない。ただ、相手方がつっぱねてきたりすると、そこからはとても面倒なことになる。だからといって、放置しておくわけにもいかない。松本、槇原両氏のケースは、つっぱねなくてもいいところでつっぱねたことが問題を複雑にしているようにも思える。果たしてどうなるのだろうか。

October 20, 2006

10月20日(金)成田屋と沢潟屋

 11月の新橋演舞場では、海老蔵が「四の切」の忠信で宙乗りを披露する。報道されたところでは、海老蔵は、病気で舞台への出演がかなわない猿之助のところへ行き、役に取り組む上での心構えなどを教えられたという。忠信の宙乗りといえば、猿之助の十八番だが、二人のそうした出会いには、長くて深いドラマを感じる。

 猿之助の沢潟屋は、成田屋の弟子筋にあたる。ただ、勝手に「勧進帳」の弁慶をやったとかで、破門になったという因縁がある。ところが、猿之助が病に倒れる前、その甥にあたる亀治郎が、私的にも親しい間柄の海老蔵が襲名するということで、叔父の下を離れたという経緯があった。猿之助はそれを快く受け入れたとされているが、想像するにその胸中はかなり複雑なものだったのではないか。今回の海老蔵の猿之助への挨拶は、そうした出来事があったことを踏まえてのことかもしれない。

 しかも、海老蔵は、「出口のない海」では、猿之助の息子、香川照之と共演した。その特別試写会は、歌舞伎座で行われ、舞台に立った香川は、海老蔵のおかげで、ようやく歌舞伎座の舞台に立てたと挨拶したという。もし、猿之助が離婚せず、香川を跡取りとして育てていたら、あるいは、今のように右近以下の歌舞伎の家に生まれたわけではない若者たちを育ててはいなかったかもしれない。7月の歌舞伎座では、玉三郎の演出のもと、その若手たちが海老蔵と共演した。

 亀治郎の父、段四郎は、息子に続いて兄のもとを離れたが、海老蔵襲名の口上で、こうした場に列座できることの喜びを繰り返し述べているのも、背景には複雑な物語があるからだろう。今の歌舞伎界は、勘三郎に言わせれば、歌舞伎を100年安泰にする海老蔵の出現で、それを中心に動いている。歌舞伎俳優なら、誰でも海老蔵と共演したいだろう。そうした地殻変動のなかで、成田屋と沢潟屋との関係にも大いなる変化が起こっている。こうした点も、ある意味歌舞伎の楽しみ方の一つではないか。

October 19, 2006

10月19日(木)松竹座はパスか

 『NA』の本、8月に書いていた部分を使ったので、全体で100枚を越えて、120枚くらいになった。枚数だけ増えても仕方がないが、これからが本番という感じがする。

 海老蔵出演の舞台、続々と決まっていく。来年1月の大阪松竹座、海老蔵は、「勧進帳」で富樫をやり、「毛抜」で粂寺弾正をやるようだ。「勧進帳」の弁慶は團十郎になる。ここのところ演目の選び方が、海外での公演の前に、それをやっておくというスタイルになってきている。オペラ座では、親子で弁慶と富樫を交替でつとめるということで、海老蔵は新橋では弁慶をやり、松竹座では富樫をやるようだ。2月の博多座の更科姫もオペラ座でやるはず。これからも海外公演が多いと、こうしたパターンで進むことになるのだろう。ただ、公演だか、稽古だかわからない感じになると、興ざめしてしまう。それも、出ずっぱりだから仕方がないのだろうが、ちょっとだけ割り切れない。

 代理母の問題、流れが少し変わってきたが、それを許すと、娘が仕事で忙しいので、母親がその代わりに妊婦の役割を負うといったところまで行きかねない。もちろん、身体的に妊娠が難しい場合にかぎるのだろうが、現実にはそれも可能のはずだ。ある意味、それは少子化問題の一つの解決策にもなりかねないだけに、どうだろうか。医療の発達はつねに難しい問題を突きつけてくる。

October 18, 2006

10月18日(水)NTTからKDDIへ

 『NA』の原稿、今月『寺門興隆』に書いたものがかなり使えたので、かなり枚数が進む。思っていたよりも、全体の枚数が増えるかもしれない。

 午後、KDDIのセールスがやってきた。1台目の電話はKDDIだが、今年入れた2台目の電話はNTTにしていた。しかし、考えてみれば、そちらもKDDIにすれば、いろいろと面倒もなかったはずだと思い、KDDIに変更することにする。NTTの電話を停止するのにかかる費用も負担してくれるらしい。

 今まで知らなかったが、来年の2月、博多座で三之助出演の花形歌舞伎があり、その演目が発表になった。海老蔵は、高時、「おちくぼ物語」の左近少将、それに「船弁慶」で静御前/平知盛の霊をやる。左近少将は前に見たような気もするが、あとは初役ではないだろうか。1月にも大阪の松竹座に出るようで、10月から3月のオペラ座まで出ずっぱりのようだ。東京はまだしも、大阪や博多になると果たしていけるのか。行きたいとは思うが、どうだろう。

October 17, 2006

10月17日(火)ニュースキャスター櫻井翔

 一日、『NA』を書く。すでに書いてあったのをまとめ直した部分が多かったので、20枚を越えたが、実際に何枚書いたかはわからない。今、第1章で、これが50枚から60枚くらいいくかもしれない。今週中には仕上げたい。

 夜のニュース番組、最近は日本テレビの「ニュース・ゼロ」を見ることが多い。ほかの番組に比べて明るい気がする。メインキャスターの村尾という人は、言っていることにあまり説得力がないし、独特の見方をしているわけでもないのだが、何か現実離れをしたところがあって、案外なごみ系のキャラのような気もする。意外とまわりがしっかりしているので、1人素人が混じっているなあと思わなくもないが、ゆるい感じがかえってアクセントになっているのかもしれない。しっかりしているのは、嵐の櫻井翔。ニュースキャスターとしては、髪の毛を切ったほうがいいと思うが、話しぶりが堂々としているし、聞き手として相手を真剣にさせる雰囲気がある。あまりに若すぎるのかもしれないが、彼をメインにした方が、番組のクオリティーが上がるのではないか。逆に言えば、アイドルとしては使いにくいのかもしれない。

 12月の歌舞伎座の演目が発表になった。以前は、猿之助の一門が半分という感じで、あとは別の役者が出るということになっていた12月だが、猿之助の病気以降は、あまりどういう形式でやるかが定まっていない。今回は、菊五郎劇団の公演という感じだ。海老蔵も、夜の部で「紅葉狩」の更科姫をやる。

 実は、この更科姫と言うのは、9代目團十郎の唯一の映像が残っている作品だ。そのときの團十郎は、想像を超えてしなやかに踊っている。最近の海老蔵は、明らかにこの9代目を意識して、とくに踊りに力を入れているように思っていたが、これでその予測が完全にあたったように思う。いかにしなやかに踊るか。それを12月は見てみたい。

10月16日(月)W海老蔵、そして戒名

 一日に、海老蔵の生舞台と映画を見た。歌舞伎座の昼の部では、海老蔵が「対面」の五郎をつとめた。これは初役だが、本当は、松緑襲名の際に演じるはずだったのが、海老蔵はのどをこわし、代わりに團十郎が菊之助と演じたものだった。そのときも今回も、十郎は菊之助。五郎は荒事の典型的な役だが、やはり海老蔵の五郎はすばらしい。見得の切り方など、益々進歩している。粗野な部分と爽快さが、ともに表現され、とくに團十郎演じる工藤にもろにぶつかっていくところが大いにわかせる。ただ、海老蔵は「対面」しかでないのが残念。幸四郎の熊谷について、前の席にすわった老夫婦が、評価がまっこうから割れていて、まじで喧嘩しているのがおかしかった。

 『出口のない海』は、今週で終わってしまうので、歌舞伎座が終わってから丸の内ピカデリーで見た。マリオンの上にあるこの映画館ははじめてだが、見やすかった。もっとも、観客は数えるほど。生の海老蔵を見たあとなので、何か映画はもの足りない感じがしたが、回天の訓練でうまくいかず、上官にしかられたとき、反抗する姿は、まさに五郎と同じ荒事のようだった。

 それにしても、この映画。不思議だ。今戦争映画をとるということは、どこにテーマを見つけるかが難しいのだろう。戦争を肯定するわけでもなければ、それを声高に否定するわけでもない。主人公が華々しく死んでいくわけではなく、訓練中の事故でなくなるというのも、クライマックスの作り方としては盛り上がりに欠ける。それでいいのだろうが、消化不良の感じもした。最後、誰も気にしていないだろうが、主人公の並木の戒名が出鱈目なのが気になった。釈がついているので浄土真宗のつもりなのだろうが、はっきりとどんなものかはわからなかったが院号がついて、信士で終わっていた。これは、戒名の原則からは外れている。歌舞伎座などでも、おかしな戒名を見かけることがある。是非、映画や舞台で戒名をつけるときは、私に相談して欲しいものだと思う。

October 15, 2006

10月15日(日)遊歩道を1万歩

 10月15日という日は、私にとって忘れられない記念日になっている。3年前、甲状腺の病気で入院したのが、ちょうどこの日だった。入院から退院まで40日もかかってしまい、大変な思いをした。もう2度とそうした思いはしたくないと考えているが、最近少々太り気味で、糖尿病予備軍などといわれているので、やはり運動が必要だと思うようになった。

 とりあえず、歩くのが一番だということで、今日は、近くの遊歩道を歩いてみた。万歩計をつけて、ひたすら歩いていったが、この遊歩道かなり遠くまで続いている。途中、世田谷線を越えたところで、道がわからなくなり、迷ったものの、けっきょく、梅が丘の駅をかなりすぎたあたりまで歩いた。5000歩を越したところで引き返し、途中5分ほどベンチで休憩した。家に戻ったら1時間20分ほどかかっていた。万歩計を見ると、9100歩を越えている。迷ったところで歩数をかせいでいたのだろう。1万歩には達しなかった。

 帰ってから、寺門興隆のゲラを直して、ファックスをする。

October 14, 2006

10月14日(土)ノバの時間

 最近はアイドルをやることがつらい時代なのだろうか。突然、はっきりしない理由で休業してしまうアイドルを見て、そう考えた。モーニング娘のメンバーも、学業に専念するためにやめる例があるらしいが、昔ほどアイドルという存在が輝きを失ってしまったせいではないだろうか。それは、テレビが輝きを失ったこととも関係するだろう。新しくはじまったドラマを少し見てみても、設定からして、視聴者の興味を引かないことが分かっているような設定や配役になっている。それでは、最終回を繰り上げて終わってしまうパターンになるのではないだろうか。

 コマーシャルでも、釈然としないものが増えている気がする。ノバの助けを求める外国人に謝る女の子のコマーシャルについては、社会学会の御大、作田啓二先生が、自らのブログで批判していたが、ノバで英語を習って、かけつける編になると、意図が間違っているようにも思える。助けを求める外人は、髪は伸び、ひげも伸びている。それは、時間がかなり経過したことを意味しているわけだが、ということは、女の子が「キャンナイヘルプユー?」という簡単な表現を習うまでに、相当に時間がかかるということを意味していることになる。これでは、ノバに通っても無駄と言うことになりはしないだろうか。

October 13, 2006

10月13日(金)賢治がおもしろくない

 宗教と悪との問題についての本、今日は20枚ほど書く。内容的には、宗教をテーマとしつつ、究極的には人間と悪の問題に発展していくのではないだろうか。それを踏まえ、仮にこの本の仮称を『NA』としておくことにする。当分、『NA』にかかりきりになるだろう。

 『福神』の宮沢賢治特集のために、宮沢賢治の作品を読んでいる。新潮文庫版の『新編風の又三郎』を読み終わったが、面白いと思った作品がほとんどなかった。宮沢賢治ファンは多いし、文学として高く評価されているわけだが、いったい賢治は何を言いたいのか、何をテーマとしているのかがわからない。「風の又三郎」にしても、風と一体化した少年のイメージは印象に残るものかもしれないが、物語の展開としてみていくと、どうにもぴんとこない。宗教との関連、法華経信仰や日蓮主義との関係ということを考えようとしても、ひっかかってくるものがない。かなり困惑する。今まで、賢治のものはあまりまともに読んでこなかったが、体質が合わないのだろうか。この先がおもいやられる。

October 12, 2006

10月12日(木)さすがの吉右衛門

 国立劇場に『元禄忠臣蔵』通しの第1部を見に行く。大石内蔵助は吉右衛門。3ヶ月にわたって、全編を上演するというので、3部まで見に行く予定にして、チケットもとってある。ただ、第2部が藤十郎というのは、当初の予定と違うのではないだろうか。これはまったくその推測だが、團十郎の健康が万全だったら、吉右衛門、團十郎、幸四郎で内蔵助をやったのではないだろうか。その方が、落ち着きがいいし、連続性があるはずだ。

 『元禄忠臣蔵』は、半分くらい見たことがある。『仮名手本』とは違い、忠臣蔵そのものが物語りになっていて、男性中心、女形が活躍する場面がほとんどないのが特徴だろう。第1部も、女形としては内蔵助の妻、おりくに芝雀が出ているだけだ。吉右衛門は、時代物だとせりふの通りが悪いが、こうした新歌舞伎ではろうろうとしてせりふを聞かせる。さすがと感心する。とくに、大詰めの「最後の評定」の終わり、花道を引き上げていくところがよかった。

 ただ、これは最近感じることだが、真山青果の考える人間の生き方が、今の時代とあまりに隔たっている気がして、うまく感情移入ができない。人間の意地というか、プライドというか、そのぶつかりあいが真骨頂だが、それが、理解しにくい。吉右衛門が、脚本に忠実に、青果の世界を演じれば演じるほど、遠くなってくるような気もする。見ながら、仮名手本でも、元禄でもない、まったく新しい忠臣蔵を書いたらどうなるかを考えてみたが、途方もなく難しいことのように思えてきた。

 今日は「満員御礼」の札が出ていたが、国立劇場にこれだけの人がつめかけているのを見るのは久しぶりだ。團十郎が『義経千本桜』を通しでやったとき以来ではないか。やはりお客が入っている劇場はいい。そんなことを思いながら、国立劇場を後にした。

October 11, 2006

10月11日(水)ブログのアクセス数とコイ

 朝、昨日の分のブログを書こうとして、アクセス解析を見てみたら、アクセス数がふだんの10倍になっていた。いたずらか、スパムか何か、そうしたものかと思って、検索フレーズを調べてみたら、太田光関係でアクセスしているのが多いのがわかった。トラックバックの情報を見てみると、どうも太田氏が、ラジオで、私がブログで書いたことを読んだか、聞いたかして、それでふれたか、ふれたことを誰かが関連付けたかで、それがアクセス数の増加に結びついたらしい。さすが、人気絶頂のお笑い芸人は違うと感心する。

 昨日から書き始めた本、続きを書く。ただ、最初の出だしとしてはパンチが乏しいと思い、改めて書き直してみたので、7枚ほどしか書けなかった。ただ、続きで書いた部分も使えるので、全体としては20枚近く進んでいることになりそうだ。なんとか、来月中には仕上げたいと思うが、ブログの件もあり、だんだん気合いが入って来た。やはり文章を書くには、気合いが必要だと思う。気合いを入れて、一気に書き進められれば、おもしろいものになるだろう。

 フナのなかに、ひげがはえたのが一匹混じっているのが発見される。これはフナではなく、コイだ。どうも体の色や、うろこがほかのとは違うと思っていたが、ひげが確認されたので、コイに間違いないだろう。コイはどのように育っていくのか。フナとは違う成長をするのか。先がますます楽しみになってきた。

 

10月10日(火)新しい仕事

 宗教と悪とについて論じようとする本のテーマが、ようやくここにきて固まってきた。『憲法9条を世界遺産に』を読んで、やはり中沢新一氏とオウムの事件との関連を中心に論じなければならないと思うようになった。10年前『宝島30』の休刊号に「私の中沢新一論」を書いたことがあるが、それを発展させたものになるだろう。中沢氏の議論のなかから見えてくる宗教のもつ可能性と限界について明らかにすることができれば、本は成功するはずだ。本全体の構想をメモし、最初の部分を6枚ほど書く。

 東大の研究室に選挙分析をしている新しいメンバーが入ってきた。私の仕事もずいぶんとやりやすいものになりそうだ。夜には、池ノ上のがたごとやで、その新メンバーの歓迎会を兼ねて、研究室の懇親会が開かれる。中央公論の小林、田中両氏もやってきて、盛会だった。

October 09, 2006

10月9日(月)誰が太田光で書いたのか

 父の納骨。あわせて祖母の33回忌法要を菩提寺で執り行う。33回忌の方は、本当は昨年だったが、すませていなかった。これで弔い上げということになる。読経を聞いていると、「法華経」の寿量品だった。通夜では「涅槃経」だったし、この組み合わせは日蓮の思想形成に深く関係している。菩提寺は曹洞宗だが、やはり天台教学と言うことなのだろうか。少し勉強になる。

 わけあって、太田光・中沢新一『憲法9条を世界遺産に』を読む。これから書く本に役立つ部分があったが、途中に幕間として書かれた太田氏の文章がとくに気になった。ただし、読んでいると太田氏とは別人格が書いているという印象を受ける。これは、『日本共産党』を読んだときにも感じたが、読んでいて、本人との開きが大きく、その点で困惑するところがある。たしかに、誰でも文章が書けるわけではないなかで、本が作られていく現状ではいたしかたないのかもしれないが、文章の筆者はいったい誰なのかと考えると、それを決めにくい。

 北朝鮮が地下核実験をしてしまった。アメリカとの直接対話を求めてのことといわれているが、アメリカはそれを拒否している。別に北朝鮮に譲歩する必要はないが、直接対話はしてみたらいいのではないか。して、アメリカからの譲歩を引き出せないということになれば、北朝鮮としては打つ手がなくなる。そうした状況に追い込んだ方がいいのではないか。このままだと、直接対話を求めて、北朝鮮がどんどんエスカレートしていくだけのようにも思える。それは、相当に恐ろしいことではないか。

October 08, 2006

10月8日(日)ワインクーラーに金魚

 一匹弱っていた金魚がいたので、別にしておいたのだが、元気になってきたので、専用の水槽を用意してやることにする。金魚鉢もちょっと昔風なので、ワインクーラを買って、それに入れることにした。フナが水草を盛んに食べてしまうので、水草を育てるのにも活用しようと思っている。それにしても、フナでかくなってきた。

 紀伊国屋新宿南店で、藤井正雄氏の『戒名のはなし』とベンジャミン・フルフォードの『イケダ先生の世界』を買う。前者では、私の『戒名』と『戒名無用』について批判的な取り上げ方がされているが、この二つの本で指摘した戒名にまつわる肝心な問題について、仏教学の立場から的確な応答がなされているのか、さっと見た限り疑問な気がした。この本については、オフィシャルの方で、改めて批判をする必要がある。

 フルフォードの本でも、私の創価学会についての見解が紹介されていて、それは『創価学会の実力』で述べたことのようだが、参考文献としてそれがあげられていないのはいかがなものだろうか。この本全体にそれが言えるが、作法として必要なことではないか。これについては、抗議することも考えなければならない。

 その創価学会、今日の聖教新聞では、池田大作名誉会長が北京師範大学から名誉博士号を授与され、世界各国からの名誉博士号などが200に達したと大々的に報じられていた。ただ、聖教新聞を良く見てみると、創価大学とその北京師範大学とのあいだで協定が結ばれたということが小さく報じられていた。他の名誉博士号などを見ても、創価大学が協定を結んだところから授与されている例が多い。聖教新聞では、池田名誉会長の平和活動が評価されたかのような書き方がされているが、協定の存在が前提になっているということはほとんど伝えられていないように思える。この点については、一度創価学会の連載で分析する必要がありそうだ。

October 07, 2006

10月7日(土)「さしのみ」と「嵐の宿題くん」

 日本テレビ、「さしのみ」という番組が終わって、「嵐の宿題くん」という番組がはじまった。別にこの番組に特に興味があるわけではないが、「さしのみ」を見たとき、一つ不思議に思ったことがあった。みのもんたが司会で、ゲストと酒を飲みながら話をするという趣向だが、なぜかゲストが、名は知れているものの、格別旬というわけではない人物が選ばれていた。トーク番組というのは、今一番旬で、視聴者が話を聞いてみたいと思っている人間を選ぶものだと思うのだが、旬でないゲストを選んだ結果、いろいろとうるさい演出をしなければならなくなっていて、かえって盛り上がりに欠けたものになっている気がした。司会とゲストが酒を飲むのも、視聴者にはまるで関係のないことで、それも面白みをそいでいる気がした。

 「さしのみ」が1クールで終わったのも、当然だと思ったが、同じ枠のなかではじまった「嵐の宿題くん」も、番組の組み立てが、「さしのみ」とまったく同じなのに驚いた。ゲストは旬ではないし、その分、飲み食いし、第1回などは、炭火を使って、スタジオが煙たくなっていた。料理番組ならまだしも、この種の番組に必要とも思えない。小倉智昭の位置づけも不明瞭で、嵐もだれているし、これでは見る人はいないだろう。組み立てが一緒なのは、ディレクターが同じなのか、構成作家が同じなのか、どちらかなのだろうが、スタッフが一新されないと、これはだめのような気がする。

October 06, 2006

10月6日(金)『創価学会』の力

 連日夜出かけたので、朝も自然と遅くなる。朝食が終わったら、10時半になっていた。とりあえず、『宗教と悪』の原稿、続きを書いてみるが、どうもすっきりしない。やはり一番ターゲットに据えるものを最初から論じた方がいいだろう。来週から本格的に書くことになりそう。


 午後は、関東中央病院に定期的な診断に行く。入院してから、今月でちょうど3年になる。あのときは一度死んだようなものだから、蘇生して3周年ということになるのかもしれない。それにしても、雨が激しくすっかり濡れてしまった。

 帰りは、成城学園にバスで出たが、駅ビルができていた。なかに、三省堂が入っていたが、かなり広くて、気持ちのいい本屋になっている。驚いたのは、新書のそれほど大きくないコーナーで、一番売れ筋が並んでいるところに、『創価学会』が平積みになっていたこと。しかも、それなりに売れている気配だ。成城学園は、地域的に考えると、創価学会と一番縁がない地域にも思えるが、どうなのだろうか。

 経堂に戻り、今度出す慶応三田会の本について、打ち合わせを兼ねて編集者と飲み会をする。いくつか取材をしなければならないが、うまくいけば、来年の春には刊行されることになるだろう。

October 05, 2006

10月5日(木)魚真の岩牡蠣

 用事で蒲田に行く。前に講演をするために来たことがあったが、久しぶり。途中、熱帯魚屋があったので、フナの餌を買おうと思ったが、川魚はあつかっていないとのこと。その周辺には2軒釣道具屋があった。海が近いせいだろうか。

 そのあと、3日続けてライブラリーに行き、少し仕事をする。ライブラリーはスペースとしてはすばらしいが、資料をあまりたくさんもっていけないので、資料をもとに書く仕事はしずらい。2時間で、7枚ほど書く。

 雨の中、青山ブックセンターに寄ったら、安西水丸氏がゲストできていて、話をしているのをなんとなく聞きながら、本を探す。それから、魚真の乃木坂店に行ってみる。六本木の交差点から乃木坂の駅の方にむかい、今、防衛庁の跡地に建設が進められているビルを通りすぎて、少し行ったところに店があった。道路側には、立ち食いの寿司になっている。社長夫人の話では、コカコーラの建物を7年の約束で借りているとのこと。

 刺身、巨大な岩牡蠣、ソイの唐揚げ、ゲソ揚げ、経堂の魚真の近くの豆腐屋一力の厚揚げなどを食べ、最後におまかせ寿司を頼む。全体に、まさに魚真の魚だが、寿司が一番うまかった。ネタもいいし、シャリもなかなかいい。しかも、ウニが入って8カンで、1280円。ほかの寿司屋に行けなくなる内容と値段だ。

10月4日(水)修了式

 宗教と悪の本、改めてはじめにの部分、前に書いて発表していないものを引っ張り出してみて、書き直してみた。しかし、それができあがって、これでは少し迂遠になると思えてきて、これではまずいと気づく。やはりストレートに行くべきだろう。


 夕方、編集者と、その本の打ち合わせをする。ターゲットを定めて、それでおしていくことに決める。内容的には、センセーショナルな部分も出て来そうだ。読者の関心を引くものでなければ意味がないし、これでいいのだろう。

 打ち合わせを終えてから、先端の安全・安心プロジェクトの共通コース、修了式に出る。前に一度講義をしたものだが、受講者が官僚で、国会開会中のせいか、集まりはあまりよくなかった。それでも、終わる頃にはかなり集まってきて、修了証書が渡され、軽い懇親会になる。そのあと、近くの「時代屋」という店に行き、有志で懇親会をする。

October 03, 2006

10月3日(火)慶応大学の外車

 ちょっと用事があって、慶応大学に寄る。三田のキャンパスに来たのははじめての気がする。意外とこじんまりとした感じだが、校内にあまりみかけないすごい外車が何台もとまっているのが、印象に残った。高校時代の同級生、細田教授の研究室によってみるが、本人は不在で名刺だけ渡してきた。学食で昼食をとるが、東大よりましな感じがした。

 そこから歩いて、六本木ヒルズへ行く。麻布十番を通って、30分弱。いい運動になる距離だが、慶応大学の周辺の三田の地域は、これまであまり行ったことがなかったが、相当に高級な住宅地にもなっている。ライブラリーのワークスペースで、3時間ほど仕事をする。昨日から書いてきた『寺門興隆』の原稿を書き上げる。

October 02, 2006

10月2日(月)魚真乃木坂店

 『日本人の宗教史』一応片がついたので、『寺門興隆』の原稿にかかる。今回は、編集部の要望で、死刑が確定した麻原について書くことにする。全体の構成を考えてみたが、これは一回では終わりそうにない。たぶん、二回になりそうだ。そのあいだ、創価学会の連載は休むことになる。この連載にかぎらず、オウムと創価学会について交互に書いているような気がする。『日本人の宗教史』でも、最後は創価学会とオウムの話になった。

 魚真が今度、乃木坂に店を出すそうで、今日は開店の日のはずだ。防衛庁の跡地に立つ新しいビルのごく近くにできたらしい。立ち食いの寿司もあるようだが、どんな店なのか。経堂の店で貰った葉書には、新しい店の写真が入っていないので、残念ながらよくわからない。

 六本木ヒルズの田んぼでは、稲刈りが行われたようだ。どんどんと秋が深まっている気がする。『寺門興隆』の原稿を明日にでも書き上げたら、また、次の仕事にかからなければならない。宗教と悪の本も、書きかけで、直していかなければならないし、新しい本の予定もある。仕事が尽きないのはありがたいが、少し違ったこともしてみたい。

October 01, 2006

10月1日(日)貝とチェット

 新宿に買い物に出かける。まずは、サブナードのアクアショップ、アクアフォレストに行き、水槽を掃除してくれる貝3種類、岩などを購入する。その後、ビッグカメラで携帯のデータを編集するのを買い、オルビス・ショップでヘアートリートメントなどを買う。
2006101_1

 それから、タワーレコードへ。読み終わった本に影響され、やはりチェット・ベーカーを聞かなければと思い、立ち寄った。ドキュメンタリー映画の題名にもなった「レッツ・ゲット・ロスト」と1988年の東京公演のDVDを買うことにしたが、ふとみると1000円で1950年代はじめの演奏を集めたものがあった。なんと2枚組みで、37曲も入っている。レジで買い終えたところ、セロニアス・モンクのドキュメンタリーDVDが690円で売られていたので、それも買う。あとは、ついでにラッツ・アンド・スターのベスト版も購入する。

 帰りがけに、小田急の駅の中にできたカフェでジュースを飲むが、カフェの名前が「ロマンスカー・カフェ」となっていた。昔のロマンスカーが、走る喫茶店と呼ばれていて、新宿を出ると、ウエイトレスが注文をとりにくるシステムになっていたのを思い出した。それはもう若い人は知らないだろうが、昔はロマンスカーに対する憧れをかきたてる要因になっていた。

« September 2006 | Main | November 2006 »

July 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31