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January 20, 2007

1月20日(土)パワー・フォー・リビングとテレビの公共性

最近は、テレビでコマーシャルを流している「パワー・フォー・リビング」を検索して、このサイトに来る人が多い。たしかに、テレビではコマーシャルが流れているし、新聞広告や車内の中吊り広告も目立つ。にもかかわらず、これを流しているアーサー・S・デモス財団は、その正体が不明だ。週刊誌の取材などでも、コマーシャルに登場している人々は、キリスト教の信仰はもっていても、この財団とは特別な関係もないようだ。

実体のない財団が、本を配り、さらには聖書にふれることを勧めるためだけに莫大な費用をかけて、コマーシャルを流しているというのは、なんのためのなのかとその目的を探りたくもなってくる。けれども、目的に関して、これもあまり手がかりはないようだ。

クリスマスの頃、銀座などの繁華街で、聖書のことばを書いたプラカードをたて、聖書のことばを流している者があるが、それに似ている気もする。あれも、どういったところがやっているのか正体が不明な上、実際の活動もしていない。勧誘をするわけでもなければ、募金を呼びかけるわけでもない。ただ、神への信仰を説き、聖書の世界へ誘っているだけだ。たしかに、それがすべてで、他の目的など何もないのかもしれない。

ただ、テレビから、神を信じているという人間のコメントが流れてくるのは、異様でもあり、不可解だ。神ということで、抽象的な存在にも聞こえるが、そこで言われている神はキリスト教の神であり、特定の宗教団体において信奉されている神である。となれば、具体的な活動はなくても、コマーシャルは宗教的なメッセージを発する布教活動の一種になる。それにテレビやほかのメディアも手を課していることになる。もう一歩、具体性を帯びてきたら、テレビはどうするのか。その線引きはいかにといったことを、それぞれの局がはっきりと考えているのだろうか。それはテレビの公共性ともかかわる重大なことではないだろうか。もし、明確な線引きをしないまま、これなら大丈夫だろうという形でやっているとしたら、それは大きな問題だ。

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