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February 2007

February 28, 2007

2月28日(水)創価学会が政界に進出した本当の理由は

さすがに2月は短く、あっという間に終わってしまう感じだ。しだいに春めいてきているし、今年はとうとう雪が降らないまま終わりそう。

公明党についての本を書く。なぜ創価学会が政界に進出したか、これまでは国立戒壇建立のためとされてきたけれど、よくそのいきさつを見ていくと、それほど単純ではないことがわかってくる。たしかに、戸田城聖などは国立戒壇の建立だけが政界進出の目的だとは言っているのだけれど、それは公明党が国会で多数派を占め、政権を奪取した上で、建立を議決するというのとは違う。政界進出の足場として、創価学会のなかに文化部を作ったときには、政党を作るという計画自体が否定されていた。実際、最初に区議会に当選した議員は、当時の民主党や右派社会党に属していた。ところが、しだいに政党化の方向にむかっていくのだけれど、そこには55年体制の確立など、当時の政治状況がかかわったいたのだろう。あるいは、戸田と池田大作の考えが違ったとも言える。やはり事実はちゃんと確かめてみないといけないと改めて思った。

February 27, 2007

2月27日(火)プレイボーイ・インタビューを受ける

午前中は、本の校正を続ける。最後まで終わる。あとは、二校で確認することにする。

『この国で大人になるということ』の3刷が届く。今回は何も変更になっていない気配だ。

午後、セルリアンタワー東急ホテルへ行く。『月刊プレイボーイ』のインタビューを受けるため。昔、このホテルでは義理の弟が働いていたせいもあり、何度も来たことがあるが、客室に入るのははじめて。上の方の階は、カードキーを差し込まないとエレベーターが着かないようになっている。聞き手は、足立倫行さん。3時間近くにわたって聞かれる。前後に写真撮影があり、渋谷の町のなかでも撮影される。なぜか、売店で新聞を買うところも撮られた。終わってから、下のからめるでいっぱい。そのとき、亜紀書房の編集者に来てもらい、初校を渡す。

2月27日

実はインタビューを受ける前、昼食を食べようと、久しぶりに「ヒラル」に寄ってみたのだが、やってなかった。しかたなく、その下の日本料理の店で、ブリの照り焼き定食を食べる。氷見の天然ブリだというが、たしかにおいしい。そのとき、ヒラルは夜はやっていると聞いたので、帰りに寄ってみる。火曜だが案外繁盛していた。主人のハサン、ようやく奥さんも日本に来たとのことで、そのせいかかなり太っている。トルコ人は、夜に甘いものを食べたりするので、太りやすいのだろう。息子は20歳でもう結婚したらしい。店は5年になるというが、よくやっている。

February 26, 2007

2月26日(月)やっと完全抜糸

昨日に引き続いて、本の校正をする。第5章の最後にさしかかったところで、いろいろと調整が必要になり、そこで終わり。ここと第6章が残っている。

菊池外科に行き、抜糸をしてもらう。今日は、かなり年配のお医者さんだった。ちょっとピンセットを使う手元が心配だったけれど、そこは慣れたもので、無事終わる。これで病院に行く必要もないだろう。ただ、関節の部分なので、何かに当たることがあり、そうなると痛かったりする。まだ、要注意だ。

今日の朝刊に、アーレフ分裂の記事が出ていた。しかし、住居は烏山のマンションに住み続けるらしい。そんなところでも、本当に分裂なのかやはり疑わしい。上祐派は麻原離れを徹底すると言うが、果たしてそれは本当に可能なのだろうか。私には疑問だ。

February 25, 2007

2月25日(日)海老蔵君そこんとこは?

『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』の校正をするために、ヒルズのライブラリーへ。ワークスペースを借りて、校正をする。やはりこうした作業にはここが一番いい。文章を直したりもあって、半分ほどしか進まなかった。大きな問題はやはりなさそうだ。

作業をしている途中で、ライブラリーにあった『ゲーテ』の海老蔵の記事を読む。写真だけは立ち読みしていたが、記事は結構おもしろかった。いかに彼が歌舞伎のことを真剣に考えていることがわかる記事だったが、言っていることに一カ所嘘があるように感じた。

それは、今度パリのオペラ座でやる『紅葉狩』には改良の余地があるが、『勧進帳』は完璧なので直すところがないと言っているところだ。だったら、去年、新橋演舞場で弁慶をやったとき、勧進帳の読み上げのところで、わざと詰まったりしていたのはどうなのだろう。前はそうしたことはしていなかったし、他の役者もそれはしない。ただ勧進帳を朗々と読み上げているだけだ。弁慶が本当の山伏でないことからすれば、詰まって当然で、海老蔵のやり方は合理的だと思う。ただ、それをあまりおおっぴらにしたくはないのだろうか。

February 24, 2007

2月24日(土)実務専門家コースの話からハンブルグを思い出す

安全・安心の実務専門家コース2の4回目。武蔵野学院大学の小川原さんに、ドイツにおけるテロ対策について講義をしてもらう。研究室の清水さんの同級生。前回の阿川さんも慶應で、慶應出の研究者が続いたことになる。ドイツには、300万人のトルコ人がいて、そのなかの1%が過激派だとのこと。結社禁止法など、日本では考えられないような法律が存在し、それが実際に適用されているのは国柄の違いだろうか。ただ、実際に重大なテロ事件が起こっていないので、全体の雰囲気としては切実さが欠けているようにも感じられた。穏健派の組織化が進まないのは、トルコ人のなかに組織でまとまるという文化がないからだろう。先進国では、組織と言うことが当たり前にあるが、他の国では必ずしもそうではない。

話を聞きながら、昔ドイツのハンブルグに行ったことがあるのを思い出す。放送教育開発センターにつとめていたとき、日本語教育のプロジェクトにかかわり、そのとき、外国人に対する自国語教育の調査のためにドイツとフランスに出かけた。その最初がたしかハンブルグだったように記憶している。もっとも、大学や研究期間が休みの時期で、ドイツではむしろ観光に時間を費やした。ちょっとご褒美的な視察旅行だったので、そうなったように記憶している。それでもフランスに行くと、かなり精力的にさまざまな機関をまわった。

ハンブルグについては港町という記憶しかないが、考えてみれば、9.11の実行犯の中心、ハンブルグ・グループが活動の拠点としていた場所だ。小川原さんの話では、この町では繁華街と移民街が接する形で存在しているという。その記憶はないが、ドイツの小学校では、地域によって大半がトルコからの移民で、それで教育が難しいと言うことを聞いたのを思い出す。

2月23日(金)都議インタビューと新刊初稿

『KS』の本の原稿を書く。10枚ほど進む。

午後は、『KS』の本のために、公明党東京都議の石井よしのぶさんのインタビューに都議会に出向く。石井さんは、すでに都議を6期つとめているベテランの議員。現在の公明党都議団の幹事長で、中心的な存在。1時間ほどいろいろと話を聞く。圧巻だったのは、住民からの相談を書き留めたノート。案件を紹介してくれたが、選挙区の墨田だけではなく、公明党の都議のいない国立など、さまざまな地域から相談が寄せられているのがわかる。こうした活動は、どうも他の党ではしていないらしい。ここに公明党の地方議員の秘密があるのだということがよくわかった。やはり実際に話を聞くと違う。今年は、なるべくフィールドワークに出ようと思う。

インタビューの終わった後、京王プラザホテルの樹林で、亜紀書房の編集者と会う。『NA』の初校を渡してもらう。ざっと中身を見てみたが、それほど問題はなさそうだ。この分だと、来月の20日前後には出版できそう。去年の8月以来本を出していないので、久しぶりだ。題名は、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』に決まる。実に長いタイトルだが、まさに内容を示している。装丁は、エリアーデの『世界宗教史』でお世話になった間村俊一さんとのこと。どういう装丁になるか楽しみだ。

打ち合わせを終えてから、編集者と東口伊勢丹先の「鼎」に行く。昔はよく行ったが、5年ぶりくらいだろうか。今年の初め、板床の部分が落ちたということで、そこが普通の席に変わっていた。残念だが、元に戻すと大変に金がかかるらしい。金曜の夜ということで、混雑していた。次は歌舞伎の本だということになったところでお開き。

February 22, 2007

2月22日(木)最も多い祭神は八幡だって

明日、インタビューをするので、その下準備をする。それで午前中は終わり。

午後、抜糸のために菊池外科に行く。ただ、関節のところで、よく曲げるので、半分だけ抜糸をすることになった。けっきょく、4針縫っていて、そのうち2針を抜糸した。残りは、土曜日か、来週のはじめ。

自転車に乗っていると、建設中の家が目立つ。なんだか、シムシティーのゲームのようだ。元は広い敷地に一軒建っていたのが、撤去され、そのあとが何区画に区切られて、それぞれに家が建っていく。それでも、少し広ければ、家付きで1億くらいはするはずだ。よくそれだけの物件を買えるものだと感心する。

朝日新聞に、全国の8万の神社で祀られている神を調査した國學院大の教授の話が載っていた。8万という数は、仏教寺院の数と同じで、そこが少しおもしろい。要するに、一つの地域に、一つの神社と一つの寺院という感じなのだろうか。祭神として一番多いのは八幡だという。新聞の記事なので、詳しいことはわからないが、それぞれの祭神がいったいいつの時代に決まったのか、その点は調査の対象になっていないようだ。近代になってから祭神が決まったところもあるのではないか。それから、それぞれの神社には、メインとなる祭神の他に、さまざまな小祠が、そこにはいろいろな神が祀られている。そこでは、やはり稲荷が一番多いのではないだろうか。昔、文京区内の神社をまわって、調べたことを思い出した。

February 21, 2007

2月21日(水)山岸巳代蔵全集は何巻まで出るのだろう

昨日に続いて『KS』の本の「はじめに」の部分を書く。一度最後まで書いて、全体を見直した。およそ15枚。はじめにとしては少し長いかもしれない。あるいは序章と言うことになるのだろうか。続けて、第1章の構成を考える。

ヤマギシ会の販売車を通して、『山岸巳代蔵全集』の第5巻と第6巻を購入する。第5巻が出たのは知らなかった。第6巻は、発行日が今年の元旦になっている。この二つの巻は、1960年から61年にかけて、ヤマギシを中心に行われたヤマギシズム理念徹底研鑽会の記録になっている。いわば内輪の話し合いの記録である。こうしたものが公表されたのははじめてのことで、当時のヤマギシ会のあり方や、山岸巳代蔵の思想、思考の方法に関心がある人々には相当に関心を呼ぶものだろう。けれども、逆に一般の人々にはほとんど関心をもたれないものに違いない。

今のうちにこの全集は買っておかないと、あとで手に入らなくなる可能性が高いが、これをどう活用するかは難しい。ヤマギシ会のなかでは、この全集を使って研鑽をしているのだろうか。その可能性はあると思うが、ただ、会員のなかでもとくに熱心な人々でないと研鑽しないのではないか。豊里などでは、研鑽会に人が出てこないとも聞く。全集が出ると言うことは、たいがいの場合、組織が一応の落ち着きをもってしまったことを意味するわけで、あるいは運動の停滞と関係するのかもしれない。その点でも、複雑な気がするが、いったい何巻まで出るのだろう。とりあえず、第7巻の刊行は今年の秋と予定されている。

2月20日(火)紅茶とICレコーダー

『NA』の本、校正が出てくるのを待っている状態なので、新しい本の方にかかることにする。新書に形態が変わったので、全体の構成を改めて考えてみる。その上で、はじめにの部分を書き出す。書き出してみると、思いついたこともあり、全体にどう筋を通したらいいかがわかってきた。とりあえず、この本は、『KS』と呼ぶことにする。

夜会食の予定があったので、新宿へ出かける。新装なった高野に行き、紅茶を買おうとした。ここのインドから取り寄せている紅茶は値段が安い割に、新鮮でおいしい。超特選ニルギリを愛飲しているので、それを買おうとしたが、売り場になかった。超特選は100グラム630円で、売り場には特選の525円のしかなかった。売り場の人に聞いてみると、超特選の方は、できがよくなくて、今は出していないとのこと。仕方がないので、特選の方を買う。

あと、これからインタビューの予定がいくつかあるので、ICレコーダーを買ってみることにする。今まではカセットを使っていたけれど、いろいろと面倒だし、コンピュータにもファイルとして入るので、やはりICレコーダーの方がいいだろう。それほど長時間入らなくてもと、ソニーのものを買う。どうも子供の頃からの週刊で、こうした製品はついソニーを買ってしまう。自分もソニー世代なのだと改めて思う。昔のソニーのトランジスタラジオはかっこうよくて、あこがれのまとだった。

February 19, 2007

2月19日(月)7段目につきる忠臣蔵の通し

昨日、チケットweb松竹を見たら、今日の歌舞伎座、昼の部の3階、一番前の席が空いていたので、でかけることにする。夜の部もその後ろ2列目が出ていた。よって、今日は「仮名手本忠臣蔵」を通しで見ることになった。前回の歌舞伎座の通しは見なかったので、国立劇場での通し以来ということになる。昼の方がすいていて、夜の方が多かった。見終わって、それも通りだと納得する。

昼の部、大序から3、4段目に勘平お軽の道行きまで。たしかに、ベテランが全体に好演しているのだとは思うけれど、なんだか一通りであまりおもしろくない。若手がいないというのも響いているが、どこか飛び抜けた感じがない。皆、普通の人間になってしまっていて、とくに4段目などに必要な人間としての神聖さが欠けている。

夜の部も、5、6段目は、昼の部とさして変わらないが、出色なのは、7段目。仁左衛門の寺岡平右衛門がはつらつとしていて、これがいい。それにあわせて、玉三郎のお軽も、しつこいというか、ねばっこいというか、細かいというか、これまで見たのとは違うイメージが出てきて、それがよかった。さすが、長く人気を保ってきた仁左玉コンビの実力が遺憾なく発揮されていた。お客も大喜び。全体に、ここだけ見ればいいという感じがした。仁左衛門ががんばった分、吉右衛門の影が薄くなった。

博多にいる若手を入れて通したらどうなるのか。最近の歌舞伎座、ベテランばかりで冒険が少ない。そこが不満だ。

February 18, 2007

2月18日(日)生田神社の十二単はなぜか気になる

東京では、マラソンで都心が封鎖されたらしい。テレビ中継を見たけれど、西新宿や銀座、浅草と、東京名所をめぐるのだからいかにも東京らしいマラソンだった。3万人のうち、大半が完走したようだけれど、マラソン好きの人は本当に多いのだと感心する。

昨日は、神戸の生田神社を「封鎖」して、藤原紀香と陣内智則の結婚式が営まれたようだ。十二単の装束を自前で用意したというから、その意気込みはすごい。情報では、藤原家は平家の系統で、家紋は「向かい蝶」とのこと。桓武平氏の流れだという情報もある。もっとも、平家の系統と主張する人は多く、どれだけ本当かわからない。

ただ、興味深いと思ったのは、式場となった生田神社。神戸のシンボルのような神社で、歴史のあるものだが、源平の一ノ谷の合戦の際には、平家が生田の森に本陣を作った。総大将は、歌舞伎でもおなじみの平知盛だった。果たして、こうした歴史を知っての結婚式かどうかわからないけれど、わざわざ十二単で生田神社を式場に選んだのには理由があるのかもしれない。まさか、本陣ということで、そこから攻め立てようというのでないだろうけれど、参議院出馬の噂もある藤原紀香のこと。ちょっと気になる。

February 17, 2007

2月17日(土)ロイヤーと帝国

安全・安心の実務専門家コース2の三回目。今日は、阿川さんにお願いして、あめりかにおける独立調査委員会の話をしてもらう。去年のシンポジウムで、防衛大の宮坂さんが提起した権限のある独立調査委員会が果たして日本でも可能なのか。アメリカにおける法意識、ロイヤーの機能と立場、その考え方などについてレクチャーしてもらう。知らなかったが、宮坂さんは阿川さんと同じゼミの後輩とのこと。そのせいか、出来事が起こった当初の段階では何が起こっているかわからない、しばらく経ってからもなぜそれが起こったかわからないという言い方は、お二人ともそっくり。そこに影響関係があるのかはわからないが、ちょっとおもしろかった。

ロイヤーは、日本では弁護士と呼ばれるわけだが、その役割は二つの国でずいぶんと違う。そもそも数が違い、ロイヤーでも日本で考えられている弁護士としての活動をしている人間は必ずしも多数派ではなく、企業につとめて法務部を担当するとか、道は多様なようだ。あるいは、法科大学院の制度が導入された日本でも、将来には同じような自体が起こるかもしれない。日本だと公的な機関でロイヤーの役割を果たしているのは官僚ということになる。

コースが終わってから、阿川さんと、帝国をめぐって雑談をする。帝国というのは多民族国家で、日本もこれからは、人口が減少するなか、外国人が多数入ってきて、多民族国家の状態になるに違いない。そのとき、どういったマネジメントをするのか。帝国に成功した経験のない日本人には、考え時であるように思う。

February 16, 2007

2月16日(金)新書というものは

午前中は、昨日の菊池外科に消毒に行く。けっこう混んでいる。骨折などの人が多いので、車で来ている人が多い。関東中央病院に比べると小さな病院なので、雰囲気が違う。一応、血は止まっているので、また月曜日に消毒にくることになる。

午後は、宝島の原稿を直す。完成して、それを送信する。来週の金曜日には、『NA』のゲラが出るとのこと。タイトルも徐々に決まってきて、すでに営業活動が始まっているらしい。

ゆっくりもしていられないので、次の本の執筆作業もはじめなければならない。単行本の予定が新書に変更になったので、内容の方も検討し直す必要がありそうだ。最近は、新書を書くことが増えたが、新書だとテーマが一つということでまとまる。ところが、単行本だとそういうわけにもいかず、いろいろと仕掛けをしなければならない。新書は、やはり入門的で、手軽に読めるというのが魅力だろう。新書戦争が激化しているなか、どういった新基軸を打ち出せるか、今のうちに考えておかなければならない。

2月15日(木)指をけがする

宝島の原稿を書く。一応最後まで書き上げるが、二本書いて、重複している分があるので、それを調整する。組織と人物ということで、二本のテーマは違うが、どうしても重なり合う部分が出てきてしまう。しかたがないところもあるが、それではあまりよろしくないので、重複したところを極力削る。もう少しで完成する。

夕食を作っていたら、左手の親指の関節のところを包丁で切ってしまった。神経までやられてはいないが、少し深そうなので、医者に診てもらおうと考える。ただ、時刻が7時をはるかに過ぎていたので、夜間にやっている外科をネットで探す。経堂駅の南に菊池外科というのがあるのがわかり、夜間診療をしているというので、そこに電話をかけてみると、診てくれることになった。

出血しないように、左手をあげ、片手で自転車を運転しながら、病院まで行く。夜なので、ちょっと怖いが、歩くとかなりあるので、これしかない。たしかに夜間でもあいている感じで、私の後にも自転車同士でぶつかったという患者さんがやってきた。出血が早く止まるというので、縫ってもらう。痛み止めなど薬をもらって帰宅する。動かすと痛いし、指が一本使えないというのはやはり不便だ。

February 14, 2007

2月14日(水)「先生とわたし」を読み切る

けっきょく、昨日のうちに四方田犬彦「先生とわたし」を読み終えてしまった。読み終えて不思議な感覚を覚えたが、その内容や構成が、これから出版することになる私の『NA』とかなり重なっていることに驚いた。どちらも一人の人物を描くわけだから、似てくるのも当然かもしれないが、どちらの筆者も含め、双方に登場する人物もある。おそらく、単行本になるのは同じ時期になるだろう。偶然の符合というべきか、何かの力が働いていると考えるべきなのか。とても興味深い。

今日は、池田大作についての原稿を書き続ける。これも一人の特異な人物を描く一種のカリスマ論になりそうだが、そうした人間が組織のなかでどのように扱われることになるのか、原理的な説明が出来てきたような気がする。これまで十分に考え抜いていなかった点が明らかになったのではないか。

夜は、幸四郎の「筆屋幸兵衛」を見る。狂気に陥っていく主人公を、幸四郎はリアルに演じていた。幸四郎の真骨頂は歌舞伎よりもやはり現代劇にあると思うが、舞台を明治に設定してあるこの芝居は、その点では彼に向いているのかもしれない。

February 13, 2007

2月13日(火)土曜日はおもしろくなりそうだ

今週の土曜日の安全・安心実務家コース2で講師をお願いしている阿川さんが先端研に来ているというので、打ち合わせのために大学へ行く。来月にはイエール大学で講演もあり、月末までに何本も原稿の締め切りがあるとのこと。それでも、黒須さんをまじえて、打ち合わせをする。アメリカにおける独立調査委員会の問題を、憲法やロイヤーの比較という観点から話してくれるようで、とても楽しみになってきた。今回のコースの一つの山になるのではないかと期待している。

スピリチュアル・ブームについての毎日新聞の原稿を書き上げたので、記者の方に先端まで取りに来てもらう。

その後、宝島の原稿のアウトラインを考え、最初を書き出す。それから、前から頼まれている『日本宗教美術史』の本について、全体の構成を考えてみる。

夕方、御厨さんがやってきて、四方田君が『新潮』に書いた、恩師の由良さんについての原稿の話をしてくれる。広告を見て気になっていたので、それを帰りがけに買う。全部を読み終えてはいないが、宗教学科の柳川さんの授業の時期が違っているように思った。

February 12, 2007

2月12日(月)携帯のデータを移す

携帯電話、データを古いのから新しいのに移すため、駅前にあるauショップへ行く。以前は、キリン堂の書店だった場所だ。申し込んでから気づいてが、自分でもセルフでデータの移行ができるらしい。

毎日新聞から依頼されたスピリチュアル・ブームについての原稿を書く。短いものなので、一応書き上げたが、明日もう一度見直す必要がある。宝島の創価学会についての原稿を見直す。これで完成ということになる。

公明党についての朝日新聞の記事のリストを見ながら、必要なものをチェックする。やはり、初期の時代、創価学会がらみの記事が入りそうだ。ただ、リストを見ていくだけでも、公明党がどういった歩みをしてきたかがわかる。朝日新聞の社説では、いつも公明党の腰が定まらないところが批判されていたようだ。

February 11, 2007

2月11日(日)携帯の機種変更をする

携帯電話の電池カバーをなくしてから、セロテープで電池をはりつけていたが、もう限界なので携帯の機種変更をすることにする。近くのショップで見てみると、けっこう値段が高いので、価格コムを調べてみた。すると、隣の千歳船橋に安い店があることがわかる。そこで、午後に出かけてみることにした。

駅の南にあるイタリア料理店にはじめて入ってみたが、なかなかおいしかった。ここは前は洋菓子屋で、パンも販売していたが、それがつぶれ、イタリア料理店に変わっていた。ランチで950円なので、これなら行く価値がありそうだ。そこで昼食をとったあと、歩いて千歳船橋まで行くが、店に着いてみると、開店しているのに扉がしまっていて、少し待ってくれとの札がかかっていた。寒いので向いのドトールに入り、待っていたが、5分くらいで戻ってきたようで、たしかめてみると札が外されていた。

価格が表にまったく出ていなかったが、価格表を見せてもらうと、考えていたauのW44Kが13ヶ月以上で4000円だった。これには充電用のアダプターはついていない。それを入れても4900円。ちょうとポイントが5000円分あったので、10円は損になるが、無料で機種変更ができた。この店は、かなり安いのではないだろうか。

2年も同じ携帯を使っていたので、新しいのを使ってみると、ずいぶんと多機能になり、レスポンスが早くなっているのがわかる。音楽も聴けるし、一般のサイトも見ることができる。ナビも3Dになっているし、いろいろと便利に使い勝手がよくなっている。もちろん、カメラも性能が向上している。まあ、携帯も適当なところで機種変更した方が合理的ということだろう。

February 10, 2007

2月10日(土)『刑政』の團十郎インタビューを読む

あまり知られていない雑誌に、『刑政』というものがある。刑務所に勤務する刑務官向けの雑誌で、一般の人はほとんど読んでいないし、書店でも販売されていない。その『刑政』2月号に、團十郎のインタビューが載っていた。「舞台に立つことが力になる」というタイトルで、主に、白血病の闘病のことが語られていた。雑誌が雑誌だけに、インタビューのことばにくだけた感じがなくて、堅い感じに仕上がっていたけれど、最後は、團十郎としての重責についても語っていて、おそらく読者にはとてもいい記事になったのではないだろうか。

今月は、團十郎の舞台は休みで、来月のオペラ座公演に備えているのだろう。一方、海老蔵は、博多座に立っており、「船弁慶」や「おちくぼ物語」など、かなり好評のようだ。是非、行きたいとは思うけれど、金銭的にも時間的にも難しそうだ。もちりんパリに行く暇もないし、これは5月の歌舞伎座まで待たなければなりそうだ。

2月9日(金)銀座で話題の周防映画を見る

午前中、宝島の原稿を仕上げる。もう一度目を通して完成するはず。

午後は、銀座へ出かける。少し買い物をして、山手線の線路下にあるドイツ料理の店、「JS・レネップ」というところで、軽く食事をし、ビールを飲む。なかなか本格的なドイツ料理の店だった。まだ時間が早いせいか、一人で来て、ビールと食事をしている男性の姿をよく見かけた。

それから、映画館で、周防正行監督の映画「それでもボクはやってない」を見る。場内はかなり混雑していたが、銀座のせいか、しっかり働いている感じの人が多かった。周防監督の映画は、メジャーなものは皆、見ているが、今度の作品はこれまでとかなり違った。以前の周防映画は、どれもイニシエーションものの典型のような作品で、主人公が試練にぶつかって成長する姿が実にはっきりと描かれていた。けれども、今回はその面はまるでなかった。

日本の裁判制度の問題点を描き出したということなのかもしれないし、ディテールは相当によくできている。物語の展開もうまく作られているが、かえってそうであるがゆえに、これはいったいどういう意図をもって作られたものなのかがわからなくなった。制度の問題をそのまま描き出すなら、書物でもできるし、あるいはドキュメンタリー映画でもできる。従来の法廷もののような、ドラマチックな展開があり、最後は正義が勝つような方向にむかわないので、どう受け止めていいかが難しい。

たとえば、主人公が大事な面接なのに履歴書を忘れ、それをたしかめるために一度電車を降りるというところが、逮捕される伏線になっている。でも、そんなに大事なとき、履歴書を忘れたりするのだろうか。そこに、どういった心理が働いていたのか、それが示されていないだけに、すべての証拠が映画上で「開示」されていないような印象を受けた。被告人質問でボロを出すところも、えん罪裁判ということなら、もっと弁護人が事前にシミュレーションをしていていい気がする。再現実験よりも、実はそちらの方が大事だったのではないか。ボロが出た後、弁護士を含めて話し合うシーンがあるが、そこで十分に用意しなかったことを後悔する発言が出なかったことも、不自然な気がする。

終わってみると、すべては検察官や裁判官の心証だけで決まるのだという印象を与える。たしかにそこに大きな問題はあるし、痴漢裁判、痴漢えん罪裁判の難しさがあるのだろうが、ただそれだけでもないはずだ。少し消化不良の感じがした。

February 08, 2007

2月8日(木)スピリチャアル・ブームについて原稿を依頼される

都心の方は、暴力団の抗争事件で大変なようだ。警察も警戒しているが、暴力団が多数繁華街に出ているらしい。こういうときは、何が起こるかわからないので、注意が必要だろう。

朝、公明党の関係者に取材申し込みの手紙を書く。応じてくれるとありがたい。創価学会だと、幹部に取材を直接申し込むのは難しいが、公明党ならそれができる。そこに政党と宗教教団との差があらわれているのかもしれない。

午後は、昨日の続きで、ポスト池田時代における創価学会の行方について原稿を書く。毎日新聞からは、昨今のスピリチャル・ブームについて原稿を依頼される。ブームとしては新しいものだが、そのはじまりは30年くらい前の時代にさかのぼるのではないか。精神世界への関心はそのころからずっと強い。形はいろいろと変わってきたけれど、基本的なトレンドに変化はないのだろう。日本の場合には、家社会が崩れることで、伝統的な霊観念が衰退し、それに代わって江原氏のような前世を説く霊能者が出てきたのではないか。この2点で原稿を書こうかと思う。

February 07, 2007

2月7日(水)公明党研究会がおもしろかった

朝、続きの原稿を書く。10枚くらい進む。

午後から、先端研に。今日は、公明党研究会の第3回目。研究室の特任助教授、菅原君の発表。選挙分析という手法を使っての発表だけに、いろいろと教えられれることが多かった。創価学会と公明党は一体だと考えていては見えないことが少なくない。そこらあたりのことが数字的にも裏付けられたように思う。そして、強く感じたのは、公明党が自民党と連立を組んで歳月が流れるなかで、両者の密着の度合いがどんどんと進み、離れがたいところまで行っている点だ。公明党は第三党として、自民党と民主党を天秤にかけつつ、うまくやっているかのようにも見えるが、相性という点で、都市に基盤をもつ公明党と、地方に基盤をもつ自民党という組み合わせは絶妙だ。それが、民主党となると、こちらは都市に強いので、公明党と地盤が重なってしまう。いろいろと考えるところがあったが、この研究会をどう進めていったらいいのか。考えなければならなくなってきた。

研究会が終わってから、次の本の取材について打ち合わせをする。

February 06, 2007

2月6日(火)フォークナーの翻訳を読む

宝島社から出す本の原稿を書き始める。アウトラインを決め、5枚ほど書く。原稿は2種類書かなければならず、どりたも25枚ずつの予定だ。

岩波文庫創刊80年を記念して刊行されたフォークナーの『響きと怒り』を買って、読み始める。少し前に、この作品は原文で読んだが、構成が複雑で、しかも、文章になっていない文章が多くて、まるで意味がわからなかった。翻訳では、場面の急な転換がいつの物語なのか示されているので、わかりやすくなっている。これなら、『響きと怒り』で何が描かれているのかわかるはずだ。

February 05, 2007

2月5日(月)携帯電話の使い方に情報化社会の限界を見る

土日に出かけたので、朝遅く起きる。

岩波新書の小峯和明『中世日本の予言書-<未来記>を読む』を読む。未来記というのは、日蓮にも関連し、興味深い領域だが、出だしは結構おもしろかったものの、話が進むにつれて興味が薄れていった。竜頭蛇尾かもしれない。

夕方、アークヒルズで、田原総一朗さんと対談をする。宝島から出る本のためのもの。なかなか興味深い対談になったと思う。

最近、電車に乗っていると、ゲームをしている人の姿が目立つ気がする。DSやPSPが普及したせいもあるが、携帯電話でもゲームをしている人が多くなった。以前は、誰もがメールをやっているという感じだったが、いつの間にか、携帯電話の使い方も変わってきた気がする。メールだとコミュニケーションがそこで行われていたのに対して、ゲームだと閉じている。果たしてこれが、象徴しているのかはわからないが、そこには情報化と言われている事態が、壁に直面しているということではないだろうか。

少し前にワープロ復活を予言してみたけれど、ネットにつながるということの難しさ、危険性があらわになり、また、つながることが予想されていたよりも必ずしもいい結果を及ぼさないことが明らかになってきている。つながるということは、交流が深まるようで、ただ浅い関係が広がるにすぎない。しかも、情報の流出やブログなどの炎上、そして、メールでも迷惑メール、スパムメールの増加など、好ましくない事態が進んでいる。ならば、ネットにつながらず、クローズドにした方がいいのではないか。しだいに、そんな判断が下されるようになるのではないか。web2.0などというのは、決して歓迎すべきことではなく、マイナスばかりが多くなる可能性もある。今、情報化は曲がり角に来ているのではないか。

February 04, 2007

2月4日(日)ヒルズでお木曳き

伊勢神宮の遷宮が平成25年に行われることになっている。前回は、平成5年、1993年に行われた。ちょうどバブルの崩壊した直後のことで、不況が長期化して行くにつれて、次の遷宮は危ないのではないかとも言われていた。それでも、景気の回復が見られたことで、無事に行われるような状況になってきているように思える。それでも、資金集めは簡単ではないのだろう。今回六本木ヒルズで、行事の一つ「お木曳」が行われるというので、それを見学しにいった。この行事は、遷宮に使われる用材を神宮におさめるためというが、一種の景気づけの意味があるのだろう。

お木曳きのはじまる1時少し前についてみると、ヒルズのアリーナで参加者が集まり、決起集会のようなことをしていた。伊勢からも来ているし、ヒルズの住民も参加しているらしい。はっぴを着た引き手のなかには、外国人の姿もあった。

出発前のお木曳車を見ていると、その前に一人知った顔の男性がいた。誰だろうと思っていたが、はじまるときに、つんくが挨拶をしていたので、なるほどと思った。お木曳が行われるのは、けやき坂の一部で、それほど長い距離ではないが、ヒルズから通りへ出て、一番上まで行き、そこから下におり、最後に本番と言うことで、下から上までお木曳が行われた。「エンヤ」のかけ声とともに、車が動いていくが、なにしろ最後のところはせき止められる形で、引き手の数が少なくなり、「止めるな」のかけ声もむなしく、何度か止まってしまったこともあった。それでも何とか、一番上のところまで曳いて、それでお開きとなった。沿道にはたくさんのひとが見物していた。テレビカメラの数も多く、夜のニュースでその光景をやっていた。

行事自体は、単純なものだが、この用材を運ぶと言うことが祭りのようになるのは、諏訪のおん柱祭りとも共通する。他の国では、果たしてそうした部分が行事になったりするのだろうか。あるいは日本特有のことかもしれない。

February 03, 2007

2月3日(土)フリー編集者

午後から、安全・安心プロジェクトの実務専門家コース2。今日は、私がオウム真理教事件の問題について話をする。オウムとの関連など、最初に話をしたせいもあり、用意した内容を全部話せなかった。この話題なら、話す内容はいくらでもあるので、いたしかたないだろう。とりあえず、そこにさまざまな問題があることがわかってもらえればいいのかもしれない。

終わってから、『オウムと9.11』を作ってくれた編集者の小山さんと話をする。今回、事情があって、フリーになったとのこと。これからの方向性などを代々木上原の喫茶店で聞く。三田会についての本を彼の仲介でやってもらうことになっている。一冊別の企画も思いついたので、収穫があった。

最近、編集者の人のなかに、出版社に雇われていなくて、フリーでやっているという人が増えてきた気がする。これから出す本、3冊続けて、そうしたフリーの編集者がやってくれることになっている。著者としては、ある企画が出版社で蹴られても、別の出版社にもっていってくれるので、ありがたいとも言える。時代は徐々にだが変わっていく感じだ。

February 02, 2007

2月2日(金)薬の量が減る

明日の安全安心実務専門家コースで話をするためのレジュメを作成し、それを送る。『NA』で書いたことを含め、総括的な話になりそうだ。

午後は、関東中央病院に検診に行く。検査の数値的に今回とくに問題になるところはなく、はじめて甲状腺の薬、プロパジールの量を減らすことになる。もう3年以上、外来で通っているけれど、薬の量が減ったのははじめてのこと。なかなか薬はやめられそうにないが、とりあえず一歩前進ということだろう。

病院の帰りに床屋へ行く。床屋の大将、すでに国立新美術館に出かけていた。この美術館、他と違い火曜が休みなので、月曜が主に休みの床屋には行きやすいのだろう。なかにあるレストランが混んでいたとのこと。最近の国立の博物館、美術館はレストランに有名店が入って、それで人気を集めている。乃木坂駅を降りてすぐなので、六本木ヒルズに行くときはこれまでも前を通ってきたが、まだ出かけていない。近々出かけてみようと思う。

2月1日(木)人口減少社会の人手不足

『NA』の本、編集者が読んで、アドバイスをくれたので、その線にそって、「はじめに」の部分を加筆訂正した。これで、入稿ということになった。細かいところは、校正が出てからつめることになる。問題はタイトルだろう。今のところ、仮タイトルをつけているが、これを決めるのが難しそうだ。もっとも、本のタイトルというものは、いつもなかなか決まらないもので、後から後悔することもある。

夕方から大学へ行く。研究室内の公共政策研究会。研究室の高橋君が博士論文を書き上げ、来週本審査があるので、その予行演習といった発表。いろいろと議論が出て、その後、ビールを飲む。帰りがけ、おなかがすいたので、季織亭でラーメンを食べる。いつもは2階にいる主人が、今日は下にいた。今まで働いていた人間がやめて、その補充がつかないので、そういうことになったらしい。主人の話では人手不足だと言うが、人口減少社会では、これからどこでもそうした事態が起こってくるかもしれない。

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