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March 2007

March 31, 2007

3月31日(土)奢れるものは久しからず

3月も終わりだ。午前中からヒルズへ出かける。クリーニングを出そうとして、白洋舎に寄ろうとしたら、10時前でまだやっていなかった。10分ほど待ってジョイフルに入ったが、どの店も店員が店頭に立って挨拶をしていた。なんだか、みんなに挨拶されて照れくさかった。

ヒルズには11時前に着く。コミュニティーパスポートのポイントが今日で切れるので、交換に行ったが、ここもまだやっていなかった。外のいすに座って本を読み、時間をつぶした。案外、早く行くのは不便なものだと思った。そのあと、ライブラリーで、原稿の直し。3章を最後までやるが、今日はネットにつながり、電子メールのやりとりはできるのだが、ブラウザが見られない状態がずっと続いた。どういうことかはわからないが、受付に聞くと、そうした障害が起こっているとのこと。幸い、一つ文献をもっていったので、おおかたそれで用が足りた。インターネットができるのが前提で行くので、こうしたときは少し困る。時間があったら、横浜と巨人の試合、ネットで見ようと思ったが、それもできなかった。

ヒルズ、やはりミッドタウンの開業ですいている気配がした。これで、ヒルズの時代が終わるのだろうか。ミッドタウンはものすごくこんでいるようなので、少ししてから行くことにしよう。

March 30, 2007

3月30日(金)新刊が先行販売されているらしい

午前中から午後にかけて、原稿の直し。何かひっかかるところがある。情報が足りないようだ。

午後、関東中央病院に診察に行く。いつもの通りという感じ。これまで、桜の季節に病院に行ったことがなかった。今回は、ちょうど満開の時に行くことができた。関東中央病院の横を用賀西通りが通っていて、桜のトンネルになるということを聞いていた。ようやく今日、それを見ることができた。自転車で行ったので、用賀の方をめざしてかなり行ってみたが、どこまでも桜並木が続いている。どこまで続いているのか確かめようかとも思ったが、かなりまだありそうなので途中で引き返してくる。もう、一部は散り始めている。この通り、散るときも相当にきれいなのだろう。

『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズム』、先行発売ということで、東京堂からはじまって、池袋のリブロと紀伊国屋の新宿に並んでいるらしい。東京堂には水曜日に20冊入り、今日までに10冊売れたので、また20冊の注文がきたとのこと。これはなかなかいい出足だ。

March 29, 2007

3月29日(木)桜は満開

午前中は、原稿の直し。なかなか進まない。

午後は、大学へ。鈴木さんの送別会。ケーキと紅茶で歓談。研究室のなかも、いろいろと人の動きがある。

図書室に用事があったので先端研の中庭に出てみると、桜が咲き誇っていた。今日は、いやに暖かい。この陽気で一気に満開になったようだ。でも、心なしか今年の桜は鮮やかではないように思うがどうなのだろう。

研究室に武田さんもきていたので、新刊を渡す。書評が出来るかもしれないというありがたいお話をいただく。手塚君にコンピュータのメモリーを増設してもらう。これまで、256しか入っていなかったので、動きが遅く困っていた。512増えたので、だいぶ使いやすくなった。

March 28, 2007

3月28日(水)新刊の刊行が遅れているわけ

引き続き原稿の直し。けっこう話がややこしいところもあって、時間がかかる。いつものことだが、けっきょくは時系列に話を追っていくことに落ち着いていく。

『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズム』が書店に並ぶ時期が遅れているようだ。編集者の話だと、年度替わりで新刊が多く、渋滞しているらしい。亜紀書房のホームページを見ると、お急ぎの方は連絡をと書いてあったので、直接申し込んで貰えれば、早く届くのではないか。

考えてみると、テロというものには必ず、黒幕にあたる人間がいる。あるいはアジテーターと言った方がいいかもしれない。9.11でも、実行犯の背後にビンラディンがいたし、イスラム系のテロでは、過激なイマームが背後にいることが多い。日本で考えても、2.26には北一輝がいた。役割分担というか、実行する人間と、その意義を語り、思想的な意味づけをする人間は、種類が違い、どちらが欠けても、テロは起こらないということかもしれない。オウムの事件の場合、麻原が黒幕と考えられてきたかもしれないが、どうもそれは違うということだろう。

いま、興味があるのが、ネパールにおけるマオイストの動向だ。小倉清子さんという方が、2冊本を出している。1冊は、たまたま亜紀書房で出ているので、それを送ってもらった。もう1冊は最近のもののようだ。どちらも読んでみないといけないだろう。

March 27, 2007

3月27日(火)植木等さんが亡くなってしまった

昨日の夜の「ニュース23」で、成田屋のパリ・オペラ座公演をとりあげ、團十郎がインタビューに答えていたが、構成のあまりのずさんさに驚く。初日の映像が通常の形で送れなかったのか、「ユー・チューブ」のような感じだった。しっかり流れたのは、初日の前のプレス公開のもの。團十郎が話しているのに、使われる映像が海老蔵の弁慶というのはいかにもおかしい。それに、花道がないので、海老蔵が自ら考え、客席中央をひっこむところ、プレスしか入っていないので、いかにも客席が寂しい。キャスターがパリにいるということで、こうい形にしたのだろうが、あまりにひどい。ちょっと悲しくなった。

午前中は、原稿の直し。午後、定期検診に新宿の歯医者に。別に異常はなし。3ヶ月に一度行っているので安心だ。

紀伊國屋書店とタワーレコードをまわったが、タワーレコードで、マイルスの初期の演奏を集めた10枚組のCDせっとが1470円で売られていたので、買ってみた。一枚、147円。海賊版ではないのだろうが、どうしてこんなに安いのだろう。

それから大学による。いま、愛知の海陽学園で教えている井上君が来ていた。彼は、私の出演したたかじんのテレビ番組を見たという。普段だと、ゲストはパネラーにかなりやられるらしい。事前に知らなくてよかったかもしれない。御厨さんに『中沢批判』本を渡す。

植木等さんが亡くなる。80歳。あんなに明るい人間というのは、ほかに知らない気がする。演技ということではなく、人間離れしていた。私の子供時代は絶頂期で、とにかくすごい人気だった。冥福を祈るために、「植木等的音楽」をかけるが、やはり明るい。その存在に感謝したくなる。

March 26, 2007

3月26日(月)本ができた

午前中は、「公明党論」の直し。やはり最初から直していくことにした。

午後は、公明党の衆議院議員、高木陽介さんにインタビューするため、衆議院の第2議員会館へ。6月に刊行すると言ったら、選挙前はと最初、少し困惑のていだったが、いざ話しがはじまると延々2時間以上にわたって話をしてくれた。これまで、石井都議と東衆院議員はどちらもベテランだったが、高木さんはまだ若く、それだけでもかなり印象が違った。一番違うのは、彼が生まれたときから創価学会の信仰の世界に生きていて、創価中学から創価大学まで進み、そして新聞記者を経て議員になっているところではないか。本人も言っていたが、創価学会の信仰が完全にしみついているのは、やはり一世の会員とは違う。大胆な発言ができるのも、そうした生まれ育ちが影響しているのだろう。今回も、いろいろと勉強になったが、公明党の将来像ということでは、その方向性を必ずしも見いだしていないようにも思えた。

終わってから、タクシーでヒルズのライブラリーへ。『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズム』の見本が出来、編集者がもってきてくれた。間村さんの装丁は、『世界宗教史』のイメージがあり、もっと派手なものを想像していたが、そのシンプルさに驚く。とてもいい装丁だと感激する。この本に関連し、『週刊新潮』の取材を受ける。発売前からいろいろ話題になっている感じで、こういうケースははじめてだ。これまで書いてきた本とは違い、「書かなければならない本」という気持ちで書いたことが影響しているのだろうか。どう読まれるのか。期待は大きい。

March 25, 2007

3月25日(日)ローランド・カークにびっくり、中沢氏に唖然

ここのところNHKのBS2で、洋楽ポップスの昔の映像を流している。昨日、それを見ていたら、ローランド・カークが出てきた。盲目で、何本ものサックスを同時に演奏することで知られているが、実際の演奏を見たのははじめてのこと。しかも、バート・バカラックのヒット曲を演奏していた。ただ聞くのと、見るのとでは衝撃度が違う。明るくてパワフルで、感激した。

朝、有田さんのブログを見ると、オウム事件の当時、『週刊朝日』に掲載される予定だった中沢氏と林真理子氏の対談の内容が載っていた。金曜日に会ったとき、その話も出たが、どういった内容かまでは聞けなかった。たしかに、私はまったく聞いたことがないことだし、私について中沢氏が言っていることは、まったくのでたらめだ。中沢、林両氏は、高校の先輩後輩の間柄だったと思うが、その気楽さが口を軽くさせたのだろうか。それにしても、あまりの内容に唖然とする。

明日には、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』の見本ができる。どんな装丁になっているのか、まだ見ていないので楽しみだ。

March 24, 2007

3月24日(土)ああ、パリに行きたし

有田さんのブログに、昨日のことが載ったので、そこを経由してこちらにやってくる人が急増した。さすがというか、彼のブログがいかに読まれているかということだろう。

パリのオペラ座では、成田屋を中心とした歌舞伎の公演がはじまったようだ。7時のNHKのニュースで少しやっていた。フランス語の口上の部分と、「勧進帳」の一部が流れた。リハーサルでは、花道がないので、海老蔵のアイディアで客席の中央を飛び六法で弁慶が下がったというが、そこは見られなかった。パリの人間を熱狂させたと言うことだが、どんな具合なのだろうか。

「朝日新聞」の記事は、『自爆テロリストの正体』を書いている国末憲人さんが伝えていた。去年の暮れからパリに赴任したと聞いていたが、テロのことだけではなく、パリに関係するあらゆることを伝えるのが仕事なのだろう。海外でのニュースを知った人が伝えているというのは、何か変な感じがする。でも、実際の舞台を見ることができるというのは、うらやましい。明日は、NHKのハイビジョンで中継されようだが、我が家では見ることができない。BSなり、地上波なりできっとやるのだと思うが、早くみたいものだ。

3月23日(金)有田さんとの会食

朝起きてすぐ、病院へ採血検査に。食事前に行かなければならないので、それが大変。それでも自転車で15分くらいだから、なんとかなる。今日は、検査がはじまる8時半前に着いてしまったので、少し待つ。

帰ってから朝食をとり、そのままヒルズへ。パスモが導入されてからはじめて電車に乗る。ただし、スイカをもっているので、それを使う。調べてみると、乗車履歴をスイカでは自宅のコンピュータでは見られないようだ。その点では、パスモの方が便利かもしれない。

ライブラリーで、仕事。「公明党論」の第3章を見直す。かなり時間がかかった。途中で、昼食をとったとき、毛利庭園で花見をするが、桜はまだ咲き出したばかり。あと、第4章の構想をメモする。これで、ほぼ夕方になった。

歩いて、赤坂に。途中で、今度開業する東京ミッドタウンの横を通る。なかでは、最後の仕上げの工事などが行われているようだが、外には人がまだいない。なんだか、文化祭の準備をしているときの学校のような雰囲気だった。

「かさね」という店で、有田芳生さんと会食。お互いの最近の仕事の話や、統一協会、公明党などの話に花が咲く。メニューはすっかり春の気配。かさねを出て、一軒バーにより、タクシーで帰宅する。

March 22, 2007

3月22日(木)夏川純さんはさすがかも

都知事選が公示になる。石原優位と伝えられるが、当選しても任期を満了できないのではないか。そんな気がする。

原稿の続き、第3章の最後まで書く。これは、かなり修正しなければならない。ここまできて、全体が見えてきたので、もう一度全体の流れを考え、前も書き直さなければならないだろう。それとも、先に最後になる予定の第4章を書くべきか。

夕方『サイゾー』のインタビューがあり、写真も撮るというので床屋へ行く。だいぶ伸びていたのでちょうどいい。

『サイゾー』のインタビューは、池田大作について。最近いろいろ調べているので、これまでとは違う話ができた。ライターの人にこんなおもしろい取材はなかったとお褒めのことばをいただく。

世界フィギア、高橋選手のすばらしい演技を見て感動していたところに、『創価学会』重版の知らせが入る。なんかそれで幸せな気持ちになった。

あまり関係ないが、タレントの夏川純さんが年齢詐称していたことがニュースになっている。実は、この前出た「こんなこと言って委員会」では、彼女がパネラーの一人に入っていた。そのとき、サリン事件ことになり、彼女も事件当時の印象を語ったのだが、話を聞きながら、いったい彼女は何歳であの事件を経験したのだろうかと考え、「小学生のとき」と聞いてみたら、そうだという答えが返ってきた。今回判明した正しい年齢では、小学生ではなく、中学生の時に体験していたことになる。そのあたり、秘密が明らかにならないよう、十分に注意していたのだろう。さすがタレントだと感心する。

March 21, 2007

3月21日(水)がんばれキリンビール

彼岸の中日だというのにまだ寒い。東京では桜が開花したというが、そんな気がしない。明日からは暖かくなるので、桜も一気に咲くだろう。

高校時代の同級生でキリンビールにつとめる橋川君から、新しいビール、「キリン・ザ・ゴールド」の試供品が送られてくる。これまでは、発泡酒が送られてきたような気がするが、やはりビールの方がありがたい。キリンのビールのなかでは、個人的には一番搾りがおいしく愛飲しているが、今回のゴールドは一番搾りのフレッシュさとは違う、落ち着きがあるような感じがした。ラガーとも違い、キリンとしては新しいテイストなのだろう。他のメーカーにも似たのはない気がする。2杯目、3杯目も飽きないというのが売りのようだが、もう少し飲んでみないと評価は定まらない。

最近のビールでは、やはりエビスの琥珀が一番うまい気がする。値段もエビスのなかでさえ一番高いので、おいしくなければ意味がないが、缶ビールしかないにもかかわらず、いける味だ。キリンもがんばって欲しい。

March 20, 2007

3月20日(火)地下鉄サリン事件から12年

地下鉄サリン事件から12年が経った。すでに世間の関心は失せているようで、新聞を見ても、ほとんどとりあげられていない。わずかに朝刊で今日の出来事としてふれられ、夕刊では慰霊祭のことが取り上げられているだけだ。麻原の死刑も確定し、アーレフは分裂して勢力が拡散している気配だし、とりたてて取り上げるような事柄がないからかもしれない。それでも、いろいろと未解決な問題はあり、被害者の救済ということでは国は放置したままにしている。これでいいとは思えない。また、新たなテロ事件でも起こらない限り、このまま風化の方向で進んでしまうのだろうか。

今日も、原稿書き。今日は、18枚ほど進む。別冊宝島の校正もした。『サイゾー』からも取材の依頼が来る。今年になって、ひっきりなしにいろいろな依頼がくる。

テレビで世界フィギアを見る。ペアの中国チームは段違いのできだった。日本人が二人も、アメリカとロシアの代表として出ていたのが注目された。国籍ということではないのだろうか。ペアの女性として日本人が選ばれるのは、姿勢がいいせいだろうか。他のスポーツやバレエなどでも言えることだが、日本人は背筋がまっすぐで美しい。軸がぶれないという点で、フィギアは格好の種目なのかもしれない。しかし、なぜ背筋がまっすぐなのか。子供の頃から特殊な訓練をしているわけではないし、その点がずっと不思議だが、謎が解けていない。

March 19, 2007

3月19日(月)30年前のU撤回の記事

校正が三つ。朝日の『大学ランキング』、弘文堂の『宗教学文献事典』が3項目、それに別冊宝島のために創価学会の教学を語ったもの。最後のが一番時間がかかった。あとは、基本的に「公明党論」の原稿書き。第3章に入って、10枚ほど書く。なんとか今週中にこの章を終わらせたい。

「公明党論」のために古い新聞を見ているが、そのなかにちょっと興味深い記事があった。それは、『朝日新聞』の1978年2月1日付の記事で、一面に「テレビの『U移行』撤回 郵政省10年来の懸案ケリ」というもの。UとはUHFのことで、1968年にテレビ局の電波を現行のVHFからUHFに移行させる構想があったらしい。Vでないと移動無線通信ができないので、それで電波を明けることが計画されたとのこと。ただ、テレビ局がこぞって反対し、また技術が進歩してUでも通信が可能になったので、それで撤回になったということだ。

これを読んでいると、2011年に迫った地上デジタル化のことが連想される。デジタル化されると、対応していないテレビでは見られなくなるということで、買い換えのキャンペーンが進んでいるが、現状、思ったほど地上デジタル対応のテレビは普及していないのではないか。人間、差し迫らないと動き出さないものだし、この分で行くと、相当数のテレビが現在の地上波の番組が見られなくなるという事態が訪れそうだ。ただ、それでもBSとか、CSとかは見られるわけで、地上デジタルはコンピュータや携帯で見て、据え置き型のテレビは放っておくという人もかなり出るのではないだろうか。

それに、一般的な感覚では、皆が買い換えなければ、現行のシステムが延長されるくらいに思っている人たちも少なくないのではないか。中古家電の問題で、法律がけっきょく適用されなかった例もあり、たかをくくっている部分もあるような気がする。

デジタルに移行して、テレビが見られなくなると、ちょっとはつまらない気がしても、2,3日すれば慣れたりするだろうし、そうなると、積極的に新しいテレビを買おうという意欲が起こらないかもしれない。たぶん、テレビ局やメーカーは、そうしたことが起こるのをおそれていることだろう。かといって、今回は30年前のU撤回のように後戻りはできない。けっこうそれは大変なことかもしれないと思うのだけれど、どうなのだろう。

March 18, 2007

3月18日(日)細木数子についての電話取材

ここのところ寒い日が続いている。それでも、真冬のような本当の寒さではない気がする。それは、気温には示されないもので、太陽の光のなかには、たしかに春の気配がある。

鮒・金魚と泥鰌の水槽が相当に汚れてしまったので、水をほぼ全面的に入れ替える。けっこう大変な作業で、それで疲れてしまった。昼は、フレッシュネスバーガーでクラシックバーガーを食べる。これは、最近愛好していて、けっこううまい。シンプルで、ソースとかがあらかじめついていないのがいい。

週刊新潮から電話取材。細木数子が、最近、墓や神社への参拝の仕方について伝統的なしきたりとは違うことを言っているらしい。最近では、結婚式や葬式などの習俗が大きく変わってきていて、結婚式では数年の間に仲人が消滅したし、葬式も、家族葬という近親者だけですませてしまうのが増えている。そうした習俗の変化をとらえて、伝統にこだわらない新しいスタイルを提案するというのは、案外いいところに目をつけたのかもしれない。既成宗教としては困ったことなのだろうが、習俗というのは誰かが言い出したことがそのまま広がったりするので、これは脅威になるのかもしれない。

3月17日(土)実務専門家コースⅡが終わる

安全・安心の実務専門家コースⅡの最終日。前回は3人の受講生に発表してもらったが、今回は7人分でかなり急ぎ足になってしまった。終わってから、修了証を渡し、懇親会をする。なんとかこれで無事に終わった。大学や大学院の授業、演習とは違い、受講生は皆、専門的な領域で活躍している実務家。問題意識もあり、その分やりやすい。こうした層を大学がターゲットにしないと、学問の府としては意味がないのかもしれない。逆に、20歳前後の大学生に対して何を教えるのか。問題意識が形成されていない分、難しい気がする。このコース、来年度も開催することになるが、どういう方向でやったらいいか、今回の経験をもとに考える必要がる。

終わってから、渡辺氏が慰労してくれるというのでカーライルへ。まだ時間が早かったせいか、最後まで客は二人だけだった。三杯ずつ、マスターのお薦めでスコッチを飲む。渡辺氏からは、こういうバーは、東京の西の方にしかないと言われる。たしかに、世田谷や目黒では、住宅地のなかに忽然とちょっと変わった店があることが多い。それだけ、そうしたものを楽しめる住民が数多くいるということだろう。それに繁華街に出るよりも、行き帰りを含め、落ち着けるのがいい。ただ、カーライルのような酒を集めているバーも、そうめったにはないだろう。

March 16, 2007

3月16日(金)堀江判決にカリスマになれなかった男を思う

午前中は、原稿の直し、一応2章が終わる。つづく第3章の構成を少し考える。その間に、堀江貴文被告に実刑判決が下ったというニュースが入る。ここまでの流れを考えると、予想通りに判決と言えるだろう。

判決の中身については、いろいろとあるかもしれないが、裁判に入ってからの堀江被告の姿勢は、世間をかなり失望させるものだったのではないか。まず、社長の仕事というのは、いざというときに責任をとるというのが一番の仕事だと思うが、それをまったく果たそうとしなかった。そこに勘違いがあるように思えた。逮捕と起訴は本人にとって心外なことかもしれないが、世間を相手に大勝負を仕掛けていたということなら、とりあえず素直に負けを認めるべきだった。負けを認めないから、だだをこねているような態度になり、理知的に無罪主張を展開しているという印象をまったく与えなかった。それは、本人のイメージダウン以外の何者でもないだろうし、何より法廷の心証を悪くする。その点では、まるで子供という印象を与えて終わってしまった。これから何をしようとしているのかわからないが、彼が本当の意味でカリスマでなかったことが証明されたのではないか。

午後は、日蓮遺文の勉強会。前回は休んでしまった。今回から「観心本尊抄」に入るということで、今日は小松先生による解題。本文にはまったく入らなかったので、質問すべきことが思いつかなかった。

March 15, 2007

3月15日(木)朝青龍はどこかおかしい

引き続き、「公明党論」の原稿を書く。2章の最後まで行き、章の最初から見直した。半分まで直す。この章が終わると、全体の半分くらいということになりそうだ。

仕事に疲れたので、大相撲を見る。話題の朝青龍、らしい相撲で勝ったとは言われるが、どこか変だ。いつもの力強さがやはり感じられない。たんに精神的なものだけなのだろうか。ただ、結びの一番の観客の盛り上がりはなかなかすごい。関心を集めていることは事実だろう。

夜は、吉右衛門の「幡随長兵衛」を見る。なぜ彼は、殺されるのがわかっていながら、水野の屋敷に行くのか。そこを説得力があるように描くのはかなり難しいのだろう。美学ということだろうか。ただ、最初の劇中劇の部分、もう少し短くてもいい気がする。

March 14, 2007

3月14日(水)研究室で研究会

今日も、公明党についての原稿書き。今日は、途中すでに書いたものを利用した部分があったので、17枚くらい進む。うまくいくと明日で第2章が終わりそう。歴史記述は第3章までにする予定。あとは、公明党と創価学会との関係や連立政権の意味を分析したい。

夕方から大学へ。研究室内の研究会も8回目。今回は、清水君の博士論文を著作にした『政党と官僚の近代』についての書評会。今、自分で政党論を書いているので、どこかで参考になるような気がした。この本を読んで一番驚いたのは、昔は、官僚が選挙に出て当選したあとも官僚を兼務していたことがあったということ。今ではあり得ないことだが、人材と言うことでは現職の官僚がその役所の政務を担当するのは理にかなっていたのかもしれない。研究会の後、軽く懇親会。懇親会ではいろいろと興味深い話も出たが、生臭いこともあるのでここでは書けそうにない。

最近の東大では、博士論文を授与される人間は、ガウンを着て、授与式に臨むらしい。入学式も卒業式も経験していない私たちの世代からすると、そうした儀式があることは不思議な気もする。ただ、儀式がないと、ずるずると入り、ずるずると出てしまったという感じで、けじめがないことはなはだしいのも事実だ。

March 13, 2007

3月13日(火)メールからゲームへ

依然として公明党についての原稿書き。一日に10枚を少し超えるくらいしか進まない。とりあえず、一週間に50枚を目標に考えるが、どうだろうか。

夕方、宝島の創価学会についての取材。けっきょく、一つのムックのなかで5本つきあうことになった。はるか昔『いまどきの神サマ』で4本つきあったときのことを思い出す。

久しぶりに講演の依頼がくる。去年は驚くほど少なかった。講演は、刺激になるし、そういう機会も必要な気がする。実際に話してみて、まとまることもあるし、いい勉強になるのがありがたい。

最近、電車のなかでメールをしている人よりも、ゲームをしている人が目立つようになってきた。あるいは音楽を聴いている人が多いかもしれない。あれほど皆、懸命にメールを打っていたのが嘘のようだ。メール依存症ということも言われたが、今ではそれも死語になりつつあるのではないか。

そこには、意外なほど情報化が進まない可能性が示唆されてはいないだろうか。情報化が進めば、いろいろいいことが起こると宣伝されたものの、だんだんそれほどでもなく、かえってデメリットが多いことも明らかになってきた。メールでも、迷惑メールというのかスパムというのか、欲しくないものが増えてきた。こうなると、メールはひどく不便だ。インターネットにしても、便利ではあるが、新しい未来を予感させてくれるようには思えない。案外、情報化は進んでいかないのではないか。そんな気がする。

March 12, 2007

3月12日(月)ハーフの歌舞伎役者は実在するのか

公明党の本の続きを書く。調べながらなので、10枚程度しか進まない。

寺島しのぶがフランス人と結婚するということで、もし男の子が生まれたらハーフの歌舞伎役者が誕生するのではないかと言われている。そこで、過去の事例として、15代目羽左衛門のことが言われている。彼は、フランス系アメリカ人の将軍と日本の女性の子供で、幼いときに市村家に養子に入ったということだが、どうもこれが本当のことなのかどうかがわからない。

谷譲二の『踊る地平線』(岩波文庫)という世界紀行のなかに、谷がロンドンで滞在中の15代目に会う場面が出てくる。そこで谷は、15代目がハーフだかどうかにはまったくふれていないし、15代目自身そんなことも言っていない。何かこれを見ると、伝説のような気もするが、実際はどうなのだろうか。里見とんの『羽左衛門伝説』では、その謎解きをしているらしいが、一度読んでみる必要があるかもしれない。

March 11, 2007

3月11日(日)團菊祭にちょっとがっかり

怒濤の一週間が終わった。ようやく、確定申告を終える。改めて、税金やら保険やらの負担の重さにため息をつく。

昼にオラン・カフェにはじめて行ってみる。和食の定食を食べる。オラン時代には何度もきたが、カフェになってからははじめて。ヘルシーなランチだった。食べ終わってから、『中沢批判』の再校を見て、宝島の校正をする。少しほっとしたので、フォークナーの『響きと怒り』の上を読み終える。前に英語で読んだときには、何もわかっていなかったということがわかってくる。それにしても、複雑な小説だ。こんな小説が、日本で言えば昭和4年に書かれたというのは、驚異的な気がする。

歌舞伎座、5月の團菊祭の演目が決まる。海老蔵は、主演といえるのは「切られ与三」だけ。あとは、「女暫」と「め組の喧嘩」に出る。与三郎は、襲名の大阪松竹座で見たことがある。悪かろうはずはないけれど、これだけというのは寂しい。もう少し演目を期待していたので、ちょっと残念。気になるのは、歌舞伎座の料金が、襲名の4月と同じになっていること。観客が気づかないうち、なんとなくあがっていたという感じにしようとしているのだろうか。改修の時期とともに気になるところだ。

March 10, 2007

3月10日(土)受講生の発表はおもしろい

午前中は、『月刊プレイボーイ』と『寺門興隆』のゲラに手を入れる。昨日の深夜、「タモリ倶楽部」を見ていたら、専門誌の特集で、『寺門興隆』の編集長、矢澤さんが出ていたので驚いた。たしかに、特殊な人だけが読む専門誌だが、1万5千部出ているというのは、部数としては多い。けっこう、創価学会の連載には興味をもってもらっているわけで、まだまだがんばらなければならないだろう。

午後は、安全・安心、実務専門家コース。今週と来週は、受講生の発表。今日は3人の方にお願いしたが、それぞれの立場で視点が違っておもしろい。また、テロ対策という角度から見ていくことで、それぞれの組織のあり方が見えてきたりというのもおもしろい。来週で最後だが、楽しみだ。

終わってから、新宿へ。フロアーが拡張されたジュンク堂に寄ってみる。2階が3階になったので、さすがに並んでいる本が増えた。池袋にあった大蔵経が新宿にも入っていたので、本の数は相当増えているに違いない。ただ、池田大作の著作のコーナーに、『イケダ先生の世界』が入っていたのは、書店員のミスだろう。『創価学会』が一冊も並んでなかったのは、売れたということだろうか。そろそろ増刷してくれるとありがたい。

March 09, 2007

3月9日(金)海老蔵、佐藤江梨子3月破局を予言したのはこのブログだけ

海老蔵が佐藤江梨子さんと別れたと報道されている。3月破局は、このブログの1月19日のところで予言していた。それがほぼ当たった形だ。やはり陰謀!?

読売テレビの番組、「たかじんのそこまで言って委員会」の収録のために大阪へ出かける。家を10時に出る。テレビ局が用意してくれたので、久しぶりにグリーン車に乗る。大阪までの間、「中沢新一批判」の再校を見る。すいているし、さすがグリーン車だと仕事ができる。2時過ぎに大阪に着き、タクシーで読売テレビへ。以前、一度「11PM」に出たときに、来たことがある。あれからもう、10数年経っている。

打ち合わせをしていたら、宮崎哲弥氏が挨拶に来る。そこで、再校を見せる。ちょっと目を通して、よく書けているとお褒めのことばをいただく。メイク室では、高木美也子さんに会う。彼女とは昔よく番組で一緒になったが、これも10数年ぶりだろう。高木さんは別の番組らしいが、とても懐かしかった。

番組は、あとで編集が入るので、「ここは放送しませんから」といった断りも入る。この番組はなにしろ関東圏では放送されていないので見たことがなかったが、たかじんさんの別の番組は見たことがあり、その感覚でいたら、ひどくまじめなのに驚く。パネラーの8人も半分は顔見知りで、田嶋陽子さんからも久しぶりと言われる。非常に話しやすく、あっという間に収録が終わる。今度は、創価学会、公明党のこともとりあげてくれる機会がありそうだ。

タクシーで新大阪。新幹線では、行きと同じに再校に目を通す。家に帰ってきたら、ほかに三つもゲラが来ていた。宝島のゲラもあり、目下5つもゲラを抱えている。なんだか売れっ子の気配だ。

March 08, 2007

3月8日(木)六本木にひどく安い居酒屋が

午前中は、公明党の本の原稿書き。2章に入り、10枚ほど書いた。

午後は、ヒルズのライブラリーへ。編集者と『日本宗教美術史』の打ち合わせをする。500枚くらいの書き下ろしになるが、いったいどうやって執筆の時間をとればいいのか。それが一番の問題。これだけに集中しているわけにもいかないので、断続的に書くしかないが、ブログを一つ立ち上げて、そこに毎週10枚くらい書くというやり方もあるかもしれない。

打ち合わせが終わって、『アエラ』の取材。内容は、女性の厄年について。話をしていて、男の場合も、42歳ではなく、33歳に繰り上げた方がいいような気がしてきた。前倒しの必要性を強調する。いったいどういう記事になるのだろうか。

夜は、安全・安心の共通コースの同窓会。受講生が2人ほど話をして、受講生同士で質疑。それを見ていて、省庁を横断して官僚同士が話をする機会というのが、とても重要だということがわかってきた。その仲介役をするのは、やはり大学なのだろう。それが終わってから懇親会に行くが、六本木にひどく安い居酒屋があるのを知る。生ビールがなんと180円。つまみも、安い割りに悪くない。こんな店があるものだと感心する。

March 07, 2007

3月7日(水)東議員にインタビュー

午前中は、原稿の直しと、次の章の構成を考える。

午後、公明党の東順治議員にインタビューをするため、衆議院の第一議員会館へ行く。国会議事堂の駅で、出るところを間違え、裏手に出てしまう。表に回るのにかなりきつい坂があり、しかも、風が吹いていて、なかなか前に進めないのにはまいった。議員会館に入ろうとしたところで、羽田元首相とすれちがう。

たまたま、今週の日曜、NHKの日曜討論に東議員が出演していたのを見た。ちょうど、自民党の衛藤議員の復党問題についてしゃべっているところで、興味深かった。インタビューはそのあたりからはじめ、九州において公明党の票がなぜ伸びているのか、連立のあり方はどうか、創価学会との関係はどうかなど、1時間超話を聞く。話を聞いていると、創価学会と公明党という二つの組織が長年の経験でいかにバランスをとっているのか、そして、7年以上にわたる連立政権のなかで、切っても切れない関係を築き上げてきているのがわかってきた。これはもう、そう簡単には関係を切れないものになっているような気がする。

公明党のことを調べていくと、やはり、一般に思われているのとは違う姿が見えてくる。結党以来30数年を経て、自民党と連立を組むことで、ようやく一番いいポジションを確保したのではないかとも思う。政策で一致しているから連立を組むのではなく、むしろ政策が対照的だからこそ連立を組んでいる。そうした連立内閣という形態も、意味のあることなのかもしれないと思った。

終わってから、銀座へ。リーガルトウキョウで、修理に出していた靴を受け取る。4丁目の日産の前で、山下洋輔さんとすれちがう。個人的には知らないが、先日は、セシル・テイラーと念願の共演を果たしたようだ。やはり聞きに行けばよかったと後悔する。

March 06, 2007

3月6日(火)取材帰りの中華料理

午前中は、公明党の本の原稿、ここまで書いたものを直す。

午後は、取材のために出かける。少し遠かったし、非常に興味深い話が聞けたので、その分時間がかかった。帰りがけに神保町で食事をし、そのときに亜紀書房の編集者から『中沢新一批判・・・』の再校を受け取る。格別問題はなさそうだが、装丁が遅れていて、発売が4月にずれ込みそうだ。装丁にかなり力が入っているようだ。

食事は、神保町のすずらん通りにある「揚子江飯店」でとる。どうも台湾系の中華料理らしいが、けっこううまかった。珍しいものが多く、楽しめる。はじめて入ったような気がするが、また来てもいいだろう。

March 05, 2007

3月5日(月)春の嵐にもめげず原稿を書く

春の嵐。今日は朝から夕方まで、『寺門興隆』の原稿を書く。一応、昨日が締め切りなので、なんとか今日中に仕上げようとがんばる。創価学会についての連載、これで40回になった。我ながら、よく続くものだと感心するが、しっかりとしたものを書かなければならないので、やはり苦労する。今回は、池田大作氏の日中国交正常化の提言を中心に書いてみた。いったい日中国交正常化に池田氏がどのような役割を果たしたかでは、議論のあるところだけれど、調べてみるとわかってくることもある。

金曜日、大阪の読売テレビの番組、「たかじんのそこまで言って委員会」の収録に行くことになった。宗教のことを扱うらしい。この番組、見たことはないけれど、相当にすごいものらしい。放送は日曜らしいが、生では放送できず、編集の手を入れるようだ。いったいどうなるのか。ただ、東京やその周辺では放送されていない。前には何度か大阪のテレビに出たこともあるが、今回はそれとも違いそうな気がする。

March 04, 2007

3月4日(日)久しぶりに元ちとせを聞く

外に出てみると、もう桜が咲いたかと思わせるほどの暖かさだった。今年の桜は記録的な早咲きと聞く。一昨年だったか、ものすごく早く桜が咲いたときがあった。入学式に桜というわけにはいかなくなってきたのだろうか。

昨晩は、歌舞伎チャンネルで團十郎の「河内山」を見てから、NHKの土曜ドラマ「ハゲタカ」を見て、それからBSの「元ちとせライブ」を見た。團十郎の悪役はなかなか独特で、嫌みがないところがいいような、物足りないような感じだ。この舞台は見ていないが、白血病再発して復帰してからのもので、元気なのが何よりだ。「ハゲタカ」は、けっこうおもしろい。金の問題を真正面から扱って、NHKの現代ドラマとしては珍しくテンポがいい。

元ちとせは、久しぶりに聞いたけれど、やはり圧巻だった。こんな風に歌う歌手は、世界を探してもいないのではないか。とくに、はじめの頃から歌っている歌、歌いこんだ分だけ気持ちが入るのか、それがすばらしい。彼女は、シンガーソングライターではないので、人が作った曲を歌っているわけだけれど、その曲が作り手が変わっても、普通の歌手が歌うものと違う気がする。人間の気持ちを歌ったと言うより、世界を歌ったというのか、感情移入して聞く恋の歌とはまるで違う。気持ちが深くはいる曲と、気軽に楽しげに歌う歌の二通りあるけれど、どちらもいい。ただ、そうした二つの路線と違う歌もあり、それは何かうまく乗れていないような気もする。このどの歌を歌うのかと言うことが、彼女の場合にはとくに難しいのかもしれない。

March 03, 2007

3月3日(土)雛祭りに確定申告

朝、8時前に目が覚めたので、テレビで松坂のアメリカ初登板を見る。最初の打者に打たれたのには驚いたが、大学生相手だけにどの程度の力があるのか、アメリカ人に示したことにはならないのだろう。

ニュースでは、飯島愛が引退すると伝えられると、次には宇多田ヒカルが離婚という話が伝えられて、なんだかあわただしい。来週のワイドショーはネタに困らないだろう。

まだやっていなかった確定申告の作業を始める。支払い調書を集め、領収書を選別した。さすがに今年は税金が還付されることはなさそうだ。税金やら、保険やら、日本もしだいに高負担の国になってきたのを実感する。

March 02, 2007

3月2日(金)池田晶子さんの訃報に驚く

一日、公明党の原稿書きに費やす。第1章は、とりあえず公明党の結党までの話になりそうだ。『寺門興隆』の創価学会の連載も書かなければならないし、頭の中は創価学会と公明党になっている。

昼、魚真に行く前に、みずほ銀行で、スイカのついたキャッシュカードに変更しようとしたが、1ヶ月もカードを預かると言われ、断念する。1ヶ月キャッシュカードなしでは暮らせない。パスモのオートチャージが出来るしと思ってのことだが、これは小田急カードにするしかないかもしれない。みずほ銀行は、あまりやる気がないようだ。

夕方、池田晶子さんの訃報に接して驚く。まだ46歳。死因は腎臓ガンとのこと。池田さんには、もうずいぶん前になるが一度会ったことがある。それは、朝生で、オウムと幸福の科学が対決した番組でのこと。たぶん、誰も覚えてはいないと思うが、あの番組に池田さんも出ていた。あれから、15年になる。

トランスビューの中嶋氏の話では、池田さんというのは頭の中の世界が文字でできている方で、記憶がいっさい映像として残っていないらしい。いったいどういう状態なのか、私にはわからないが、あらゆる記憶が文字化されて蓄積されていたらしい。そのせいか、サイン会でサインした本の持ち主の名前を書くのに一度も間違ったことがなかったという。しゃべりながらでも、間違いがなかったというのだから、特異な能力の持ち主だったのだろう。あまりに早い死に唖然とする。ご冥福を祈りたい。

3月1日(木)四方田氏と会食をする

いよいよ3月になった。今月は、公明党の本をかなり書き進めなければならないので、がんばりが必要だ。インタビューの予定もあるし、平行して、宝島の仕事もある。そして、末には新刊も出る。そういうわけで、公明党の本を書き続ける。午後になり、疲れたところで、大学に寄る。大学では、ネットで雑誌の頁をPDF化したものが入手できるのだが、学内でないとそれを見ることができない。ほかに、公明党の新聞記事、送ってもらったものをプリントアウトする。

夕方、神宮前で。牧野出版の佐久間さんの仲介で、久しぶりに四方田犬彦と会食する。店は「アズーラ」というイタリアンの店。ネットで調べてみると、注文したものが早く出てきて、おまけにおいしいと書かれていた。たしかに、なかなかうまい。

四方田氏とは、お互いの新刊のことを中心にいろいろと話をする。3人でワインを2本半、それにビールを中瓶で何本か明けたが、彼はかなり寄っている気配。今は保土ヶ谷に住んでいるということで、渋谷で別れる。

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