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April 2007

April 30, 2007

4月30日(月)パスモ初体験

昭和の日とやらの振り替え休日。天気がよく、新緑がさわやかだ。朝から、ライブラリーの方に出かける。行きがけに冬物のクリーニングを出す都合があったので、自転車で行く。いつも白洋舎に出しているが、ズボンに一着シミがあった。シミ抜きをするかという話になったが、そこではたと気づく。普通のクリーニングだとシミ抜きがついていないが、ロイヤルだとついている。値段はロイヤルとシミ抜きつきで変わらない。ならば、仕上げが違うのだから、ロイヤルにした方が得だ。ただシミが抜けないと損だが、大丈夫だろう。これはよく注意した方がいい。

パスモが来たので、はじめて使ってみる。オートチャージなので、最初に使うとき改札を通るとチャージされるという。たしかにそうなっていた。けれども、なんだかいきなりチャージされるのは、不思議な感覚だ。まだ、電子マネーがどこでも使えるわけではないが、パスモを使ってみると、現金をほとんど使わなくなる日がそれほど遠くない気になってくる。クレジットカードと電子マネーを併用すれば、今でもかなりそれに近づいている。たしかに、最近は現金をおろすことが少なくなってきた。

ライブラリーで、『公明党vs創価学会』の校正をする。意外と進んで最後までやり終える。あとは、確認する作業と、少し書き足したいところをすればいい。連休明けまでなので、余裕がある。

校正を終えてから、ライブラリーに村上春樹訳の『ロング・グッドバイ』があったので、それを読み始めたら、止まらなくなった。チャンドラーなどこれまで読んだことがないが、おもしろい。村上春樹さんにも、こちらの方があっている気がする。買えばいいのだけれど、100頁以上読んだので、そのままおいて買える。またライブラリーで時間があるときに読んでみることにしよう。

April 29, 2007

4月29日(日)團十郎の闘病ビデオに思う

今年から昭和の日になったらしい。今日まで知らなかった。昭和の人は一体何なんだろうか。近年は、祝日がいろいろと変わって、わけがわからない。その分ありがたみが減った気がする。

團十郎の闘病の番組を見る。白血病の闘病中に自らビデオで記録しているとは知らなかった。再発後の治療で無間地獄の苦しみを味わったと幾度も語っていたが、それがいかなるものだったのか、映像を通してかいま見ることができた。それにしても、抗ガン剤の徹底投与で正常な血液までほとんど死滅させてしまうという治療はすさまじい。その治療でどの程度の人が救われるのか。相当に体力、気力ともに強い人間でなければ、死の淵から生還できないように思えた。團十郎という人は、やはり一度死んだのだと改めて思う。まだ、再発の恐怖が続いているというのも恐ろしいことだろう。

自分の入院生活のことも思い出した。ガンにはなったことはないが、入院したとき、最初病名がわからなくて、い医者からは肝硬変だとか、ガンだとか言われた。そのときは、自分のなかにガンという感覚がなかったので、あまりそうは思えず、その分、恐怖にとらわれたりはしなかった。もっとも体の方が苦しくて、恐怖を感じる余裕がなかったとも言える。体の状況と、病名とが符合したとき、本当の恐怖が訪れるのだろう。いろいろと考えさせられる番組だった。

April 28, 2007

4月28日(土)ゴールデンウィークは

世間的には今日からゴールデンウィークに入ったことになるのだろう。けれども、文筆家という仕事をしていると、ほとんど関係がない。出かけてもこんでいるし、だいたいおとなしくしているけれど、今年もそうなるのだろうか。新丸ビルでは、オープン初日、5分で入場制限をしたようだ。東京では、次々と新しい建物が出来て、人気を集めているようだ。これからも続くのだろうか。

この先、いろいろと本の予定が入って、一応全部で5冊になる。これをなるべく今年中にこなしていかなければならないようだが、もう5月になる。そんなに出来るのだろうか。取材もあるし、調べなければならないものもある。このスケジュールをどう調整するか、ゴールデンウィーク中には決めておきたい。

成田屋は、團十郎がいろいろとテレビに出たり、紫綬褒章を受章したり、さらには天覧歌舞伎を国際文化会館でしたりと忙しい。團菊祭もはじまる。これは夜の部しかチケットをとっていないので、昼の部をどうするかが問題だ。歌舞伎の公演が近づくと、海老蔵のスキャンダルが出るのがここのところ恒例になっているが、今月はその必要もなさそうだ。

April 27, 2007

4月27日(金)超漢字VとIE7が同時に使えるようになる

今日は、久しぶりに『日本宗教美術史』の原稿を書く。そのなかで、最近発見された運慶の大威徳明王像についてふれたが、今、金沢文庫で公開されている。なんとかGWのあいだに行ってみたいと思っている。おそらく、『日本宗教美術史』では、運慶をはじめとする慶派は非常に重要な存在になってくると思う。

注文していた、コンピュータのメモリーが届く。今、コンピュータは、パナソニックのレットノートW4を使っているが、超漢字Ⅴを使うと、メモリーが足りないのを感じる。一番困るのは、超漢字Ⅴを使っているときに、同時にIE7が使えないことだ。ファイアーフォックスだと使えるのだけれど、IE7はやはりメモリーを食うのだろう。メモリーは普通だと高いが、幸いネットで探したら800円で買うことができた。普通なら万単位ではないか。512から760にあがり、超漢字VとIE7が同時に使えるようになった。

夕方は、もう一つ本の打ち合わせ。秋までという注文だけれど、果たしてできるのだろうか。何か工夫が必要だと思う。

April 26, 2007

4月26日(木)自転車泥棒にあいそうになる

朝、日本テレビに『週刊新潮』の野村さんがテレビ電話出演をしているのを見たら、ご本人から電話が来た。何か変な感じだ。

実は、月曜日の日に、自転車泥棒に自転車を盗まれそうになった。二度目だが、近くの駐車場にもっていかれ、そこで鍵を外そうとしたらしいが、うまくいかず、そのまま放置されていた。鍵が壊されて大きな損害。その自転車をもって、交番に届け出て、自転車屋へもっていく。これは、鍵を二つつけなければならないということになる。

夕方からは、本の打ち合わせ。本当にありがたいことだが、本の企画は次々に決まっていく。これが決まれば4冊予定が入っていることになる。少し多くて、すぐに仕事にかかれないのが難点だ。そんなに急いで書くわけにもいかないし、1冊1冊着実に進めていくしかないだろう。

2冊本を寄贈される。ヨハネの黙示録についての本と、社会学の入門書。ちょっと社会学の方をながめてみたら、最初に、今の学生には社会というものに対してリアリティーを感じていないという。身近な世間はあっても、社会はないらしい。そうした学生にどうやって社会学を教えるのだろうか。かなり難しいことに違いない。

4月25日(水)研究室のガーデンパーティー

『キリスト神話』の校正をする。なんとか最後まで行く。もう一度、全体を再点検すれば、終わりだろう。いれかわりに、『公明党vs創価学会』の校正が届く。こちらは、連休明けまでに見なければならないが、新書としてはけっこう分量がある感じだ。

午後、大学へ。研究室にはいると、新しいパソコンがおかれていた。組み立てて、設定をはじめる。はじめてのvistaだけれど、使ってみるまでには至らなかった。設定には、ソフトのインストールもあり、時間がかかる。ただ、感触としては、従来のWindowsと違う感じもする。ファイルを開くときの感触がメカニックということだろうか。

夕方から、先端研の庭でバーベキューパーティー。天候の具合が心配され、実際途中で少し雨も降ってきたが、なんとか実施できた。前にもやったことがあるというが、私は初参加。炭火で焼くので、やはりうまい。途中で、菅原さん率いる学部の学生たちも入ってきたが、その食欲を何とかかわし、無事に終了。昔、NHKの番組で一緒だった秋尾沙戸子さんが御厨さんと話したいことがあるというので、パーティーに参加。やはりゲストの別の編集者の話では、中沢新一氏が井の頭公園のカフェでパソコンを打っているのを目撃したとのこと。

パーティーが終わってから、秋尾さんとカーライルに行く。秋尾さんと吉越君が、西麻布のローカルな話をしていた。遅くなったので、タクシーで帰ろうかと思ったけれど、探していたら東北沢に着いてしまい、電車で経堂まで。そこからタクシーで帰る。

April 24, 2007

4月24日(火)アメリカ住宅バブルの問題点

『サイゾー』から頼まれていた500字ほどの原稿を書く。出口和明『大地の母』について。この本はずいぶん前に読んだけれど、その強烈な印象は今でも残っている。

先端研の方で、昨年度の業績のリストを出せということなので、それを整理する。あわせて、読売新聞のデータベース用のデータを記入する。

昼は、オラン・カフェで和風定食。本の原稿を書いていて、進んでいなかった『キリスト神話』の校正をするが、思ったほど進まなかった。

新聞を見ると、アメリカの住宅バブルの話が出ていた。アメリカで住宅価格があがっているということは、水野和夫さんのレポートで読んでいたが、日本のバブルの時期と同じで、審査基準が甘くなり、それで返済ができなくなる人間が出ているようだ。バブルというのは、こうした審査のいい加減さによるところが大きいのかもしれない。その点でも、バブルは人為的な現象だということになる。

April 23, 2007

4月23日(月)タクト・ジャズはすばらしい

休みもとらず、『公明党vs創価学会』の直しに没頭し、しかも、2日続けて桜月流の公演にも出かけたので、すっかり疲れて、放心状態。原稿を書くと、あるところで限界に達し、頭が働かなくなるが、イメージとしては、脳の一部が壊れてしまうような気がする。とくに後遺症が出ているわけではないので、そうではないのかもしれないが、本当にはどうなのだろうか。使いすぎて脳が壊れるということはあるのだろうか。

そんなわけで、朝、松坂の登板した試合をゆっくりとテレビ観戦する。いいような悪いような。はじめてのヤンキース戦と言うことで、異常なほど力が入っていたようにも見えた。イチローとの対戦もそうだが、一応、はじめての何々をすべて通過すれば落ち着くのだろう。今度は松井とのはじめての対決がある。

スターディジオで、昔のタクト・ジャズをやっていた。70年前後のものなのだろうが、悪くない。とくに渡辺貞夫の「パーカーズ・ムード」の演奏がよかった。ハード・バップでもなく、前衛でもないのだけれど、アグレッシブで、ものすごく売れるようになってからのメロウなものと違ってすばらしい。思い出してみると、昔はそんな演奏をしていて、TBS会館で生でそうしたものを聞けた時代があった。高校生か、大学生の頃だろうか。

April 22, 2007

4月22日(日)師と弟子

日曜だが、明日までと言われているので、『公明党vs創価学会』の原稿の直しをする。小見出しを直し、おわりの終章の構成を直す。なんとか、夕方までには終わる。およそ300枚。ちょうどいい量になったのではないだろうか。最初考えていたものとはかなり違うものになった気がする。実際に、公明党の3人の議員にインタビューできたのが大きい。それに、朝日新聞の過去の記事を使えたのも大変助かった。これがなければ、充実したものにはならなかっただろう。

選挙に出かけたが、人があまりいなかった。区長と区議ではあまり関心を呼ばないのだろうか。それとも時間帯のせいだろうか。投票をすませて、昨日と同じシアターV赤坂へ出かける。桜月の連中から、今日も是非来てくれと言われていたので、なんとか間に合った。客席はほぼ満杯。途中で拍手も起こり、昨日よりもできがよかった。

終わってから、宗家と教えるということについて話をする。たしかに、これほど難しい問題もない。果たして教えるということが可能なのか。自分のこれまでの経験、教えられる側と教える側の両方の経験からしても、これは容易ならざる問題であるように思う。しかも桜月の場合には、舞台という別の要素もある。教え子がそのまま舞台ではえる演者になるとは限らない。いくらがんばっても得られないものがある。そのしがらみから、今回は解放されたらしい。ここまでたどりつくのに、10年以上かかっているが、それも仕方のないことなのだろう。

家に帰って、中村屋の四郎五郎さんの訃報を聞く。中村屋は、最近、源左衛門も亡くしている。勘三郎にとって、年上とはいえ、立て続けに弟子を亡くしたことは、大きな衝撃だろう。四郎五郎さんの、あのひょうひょうとした演技が見られないかと思うと、やはり悲しい。ここにも、師と弟子との物語がある。

April 21, 2007

4月21日(土)桜月が化けた

朝からライブラリーへ。『公明党vs創価学会』の見直しをしながら、小見出しを入れていく。一応最後まで行くが、はじめにとおわりにがすっきりしない。はじめには、少し短くする必要がある。本文中でふれることは、ごく簡単でいいだろう。おわりにの部分は長いので、終章にしたいと思うが、これは構成を直し、すっきりさせる必要がある。ここまでの作業、ライブラリーのワークスペースを7時間借りて、一気に仕上げる。途中昼食をとっただけで、ほとんど休まなかった。ただ、朝日の国末さんが『アエラ』の現代の肖像で、フランスの女性大統領候補のことを書いているので、それを読んだ。ついでに、佐藤優氏についての記事を読む。この人の本を今まで読んだことはないが、それも苦手な感じがするからだろう。どこが苦手なのか。あるいは一度たしかめなければならないのかもしれない。

終わってから、赤坂のシアターV赤坂へ行く。近いので歩いていったが、けっこう起伏があって、道が狭い。桜月流美剣道の公演。妹から、「化けた」という連絡をもらったので、どう化けたのかを見に行く。たしかに、化けていた。彼らとのつきあいも10年になるが、ようやくこうあるべきだという姿になった気がした。こうした方がいいと言ってはいたが、やはり技術が伴わないとできないことなのだろう。いろいろと苦労しているようだが、松木君たがが外れたという。それにしても彼の体の動きは不思議だ。これまで見たことのない体の使い方で、本人に聞いてみると、輪ゴムのイメージだという。輪ゴムは、膨張もすれば、収縮もするものの、中心は変わらないのだという。なるほどとは思ったが、これはことばで説明するのが難しい。桜月、ようやく出発点にたどりついたようだ。

April 20, 2007

4月20日(金)「夫」という日蓮の書き出しについて

桜上水団地では、ソメイヨシノが終わった後、八重桜が咲いて、楽しませてくれる。毎年のことだが、この頃になると春も本番になってくる。ようやく、暖かさも戻ってきた。午前中は、『公明党vs創価学会』の直し。一応最後まで行く。これで、冒頭から直していくと完成するはずだ。

午後は、日蓮遺文の勉強会。最近出席者が多い。今日も数えてみると、受講生が16人いた。一度は一桁だったが、人数が多い方が活気がある。講義は、いよいよ「観心本尊抄」の本文に入った。ただ、それほど進まず、内容的に疑問になるようなところもなかった。

何を聞こうかと考えていると、書き出しのことに思い至る。昔の文章を読んでいると、今と違い、はじめにといった形で文章がはじまることがない。序文もないし、いきなりはじまる感じがする。日蓮もそうだが、いくつかパターンがあって。大きく分けると、「夫(それ)」ではじまるものと、問答形式で問いからはじまるものがある。とくに「夫」ではじまりものは少なくない。これは、一つの文章を書き出すためのパターンだったのだろうか。この問題、亡くなった高木豊先生が、講義のなかでふれたことがあったという。どういうお考えだったのか聞きたかった。

ところが、「観心本尊抄」の場合には、出だしが変わっていて、摩訶止観五の引用からはじまる。そして、終わりは日蓮これを注すとなっていて、注釈であることがわかる。こういう文集は日蓮にしては珍しい。内容的にも理論的で理路整然としている。「開目抄」は環境が劣悪だったこともあって、構成に乱れがあるし、日蓮という自称も多い。それに比べると、「観心本尊抄」は安定している。日蓮としては、思想的な頂点を迎えたものなのだろう。

April 19, 2007

4月19日(木)チョ・スンヒはアルカイダだ!?

『公明党vs創価学会』、おわりにの部分の書き直しをする。原稿を書いていると、外で、区議選の公明党の候補者が街頭演説をしたりしている。なんだか変な感じがして、筆が進まなくなる。

午後、散歩に出る。今日は、烏山川緑道の方に出て、ずっと歩いていく。環状7号線にぶちあたったところで、北上し、コジマに寄ってから、北沢川緑道を戻った。全部で1万4千歩。團十郎は毎日1万5千歩あるいているというが、それは大変なことだ。

アメリカヴァージニア工科大学の犯人、チョ・スンヒ。彼をテロリストとは呼ばないのだろうが、ある意味、きわめて現代的なテロリストと見ることができるのではないか。昨日も書いたが、現代のテロは、いくら規模の大きなものでも、大義が欠けている。9.11の主犯格、ムハメド・アタの場合でも、彼には明確な思想もなければ、アメリカを攻撃しなければならない理由もなかった。おそらく閉塞感のなかで、過激な方法をとることで、世界をあっと言わせるということが目的だったのだろう。その点で、チョ・スンヒと変わらない。他のテロリストの場合も、極論すれば、イラクの場合でさえ、同じところがある。

チョ・スンヒの場合には、コロンバイン高校のことにふれているが、9.11のことだって当然強く記憶されているだろう。大規模なテロが起これば、テレビなどのメディアでは、そのことばかりが集中的に取り上げられる。オウムの場合も同じだった。そうしたテロ情報の洪水に接することで、同じようなことをすれば、世界に衝撃を与えられるという感覚が生まれ、それが犯人に影響するのではないか。アルカイダと今呼ばれているテロリストは、イスラム教を背景とし、ビンラディンなどのメッセージに感化されたり、訓練を受けた人間のことを言うが、それにとどまらず、圧倒的なテロ情報にさらされ、それによって閉塞感を打破しようと思ってしまった人間をアルカイダと呼んでも、間違ってはいない気がする。その点では、テレビを中心としたメディア自体が自動的にテロリストを生んでいるとも言える。だからこそ、チョ・スンヒは、メディアにDVDなどを送ったのではないか。その点では、長崎市長殺害の犯人も似ている。彼は、カセットを報道機関に送っている。

ヴァージニア工科大学の事件が報道されれば、それがまた次のテロリスト、つまりはアルカイダを生んでいく可能性がある。アルカイダを生む種は、すでにメディアのなかにウイルスのように埋め込まれ、それに感染したどこかの人間が、別のところでテロに及ぶ。テロは、まったく新しい段階に入っているのではないか。その点で、メディアの取り扱いをどうするか、考える必要がある。

April 18, 2007

4月18日(水)大義なきテロ

日本でもアメリカでも銃による惨劇が起こった。長崎市長の殺害は、テロと言えるものかもしれないが、その動機となると、政治的なものはまったく感じられない。おりしも、自民党の加藤元幹事長宅の放火事件の犯人にも判決が下ったけれど、犯人は政治的なテロと主張しているものの、裁判所の判断は借金や病気を理由として、右翼らしさを出そうとした犯行だと断定している。

アメリカの場合も、政治的なものはまったくなく、恋愛がからんだ個人的なことらしい。こうした銃撃事件、必ず犯人が自殺して終わるが、そこには具体的な目的がなく、銃を乱射するという行為に意味を見いだそうとしている傾向が示されているようにも思える。

こうした銃撃事件をテロとしてとらえるのは難しいようにも思えるが、テロと言われているような事件も、その原因をよくよく調べてみると、動機や目的が曖昧なものが多い。それが現代におけるテロ行為の特徴ということなのだろうか。大義なきテロでは、それを防ぐ手段もない。その点では厄介な時代になってきているようにも思える。

4月17日(火)賢治をめぐって対談をする

『公明党vs創価学会』の直し、第4章に入る。

午後から、江古田へ。現在、『呪われた賢治』という本を執筆中の、日本大学芸術学部講師、山下聖美さんと本のための対談をする。山下さんは、日本女子大の英文学科の出身で、私が教えていた時代に学生だったとのこと。私の授業はとらなかったようだが、私のゼミの学生とは知り合いとのこと。そんな昔話から、賢治をめぐって対談がはじまったが、2時間をはるかにこえて話が続いた。賢治は何かに呪われていて、その呪いが賢治の研究者にもとりついているらしい。

対談が終わってから、大学の向かいのそば屋で宴会。山下さんの先生、清水正さんと編集者を交えて。清水さんからは、賢治とドストエフスキーについての評論集をいただく。とくに賢治のものは大著だが、どちらも10冊だか20冊だかの刊行予定だという。旺盛な執筆力に驚嘆する。11時くらいまで飲んで、タクシーで帰宅。長崎市長が撃たれたというニュースを聞く。

April 16, 2007

4月16日(月)丸橋忠弥のリアリティー

なんだか、寒い。今週は、この調子らしい。

『公明党vs創価学会』の直し。第3章を構成し直す。4章の方向性を考える。

『異教のキリスト教』の校正をするが、どうも書名は『キリスト神話』になるようだ。

歌舞伎チャンネルで、昨年8月歌舞伎座の「丸橋忠弥」を見る。前に、羽左衛門で見た記憶があるが、今回は橋之助。立ち回りがなかなかすごい。ただ、いくら徒党と組むとはいえ、この男だけで江戸時代に天下をとろうという話にはまるでリアリティーがない。由井正雪が出てこないせいだろうか。この話、テロの文脈で物語を作れば、もっとおもしろいかもしれない。

テレビを見ていたら、魚真の乃木坂店が出てきて驚いた。店員さんの一人が、大鶴義丹と同級生らしい。まったく知らなかった。

April 15, 2007

4月15日(日)いつの間に弁天様は

我が家のそばを通っている北沢川緑道は、その名の通り、川を暗渠にした散歩道だけれど、川があったことを示すように、弁財天が祀られている。これまで、この弁天様は、小さな公園の奥、木の陰にあったけれど、気づいたらいつの間にか場所が移っていて、道路に近いところに祀られていた。いったいいつ移転したのか。なんで移ったのか、まるでその理由はわからないし、知るすべもないが、台座も新しくなり、目につくようになった。木の陰では気がつく人も少なく、かわいそうと判断されたのだろうか。ちゃんと移転されているところを見ると、これを支えている人たちがいるらしい。祭りなども行われているのだろうが、今までそれを目にしたことはない。弁天だと決まった祭りの日はあるのだろうか。

今日は、日曜だというのに、けっこうメールのやりとりがあった。おまけに、急に取材を受けることにもなった。少し疑問に思っていたことが解消されたりもした。春本番。これからいろいろと起こってきそうな気がする。

April 14, 2007

4月14日(土)保坂尚希は出家したのか?

俳優の保坂尚希の出家が話題になっている。何か取材する側に、出家という行為に対するおそれのようなものがあるようにも感じられる。本人は、自身のホームページのなかで、得度し、出家するに至った理由を語っている。

その理由は、芸能リポーターに任せるにしても、出家という言葉遣いに難しさを感じる。保坂は、出家、得度し、僧侶になったということになっているようだが、それぞれのことばの意味するところについて、かなり曖昧な部分があるように思える。

出家ということが存在する宗教は、実は限られている。キリスト教のカトリック、ギリシア正教、そして仏教には出家があるものの、ほかの宗教には存在しない。ユダヤ教にもイスラム教にもないし、儒教にも神道にもない。カトリックの場合、出家するということは、生涯にわたって独身を貫くという誓いを立てることで、神父や修道僧になるために行われる。仏教の場合にも、基本的にはこれと同じで、出家とは独身を貫き、家族を生涯にわたってもたないことを意味する。

ところが、ここでやっかいなのが、日本の仏教である。日本の仏教でも、当初は、仏教全体に共通する出家の制度が確立されていたが、しだいにそれが崩れ、出家したはずの僧侶が家庭をもつという事態が生まれた。明治以降は、それが制度として定着する。それは、仏教の原則からは逸脱することだけれど、背景には、「娑婆即浄土」の考え方をとる天台本覚思想の影響があるものと思われる。世俗の世界がそのまま浄土に通じるというこの思想が、僧侶にも適応され、本来は出家して家族を持たない僧侶が、世俗の世界を知るために妻帯し、家庭生活を営むという形態が生まれた。そこに、日本における出家概念の混乱が生まれる素地があった。

日本に近いのが、ギリシア正教の場合で、ギリシア正教では、儀式を司る司祭のなかに、カトリックのように終生独身を誓う者と、司祭には成るが結婚して、家庭生活を営む二つの種類が存在している。日本の仏教僧侶は、これで行けば、後者に当たるわけだ。もちろん、日本でも生涯にわたって独身を貫く僧侶もいて、それは「清僧」と呼ばれたりする。

そうしたわけで、日本では、得度し、出家し、僧侶になっても、保坂のようにそれまでと基本的に変わらない生活を続ける人間が出てくることになるわけだ。それは、仏教の「世界標準」からは逸脱しているものの、日本では許容されている。その点をふまえないと、とんちんかんなことになってしまう。芸能レポーターも宗教学を学ぶ必要がありそうだ。

April 13, 2007

4月13日(金)今日は創価学会デーだが、次は・・・

今日の聖教新聞1面は、中国の温家宝首相と池田大作名誉会長との会談を大々的に伝えていた。昨日のNHKのニュースでも、会談の模様が流れ、久しぶりに池田氏の肉声が流れた。公明党の首脳部とも会談したようだ。今日の朝日新聞でも記事になったいた。その朝日新聞には、『池田大作なき後の創価学会』の広告がかなり大きく出ていた。これも何かの巡り合わせだろう。そう思っていたら、『創価学会』の16刷が届いた。、『池田大作なき後の創価学会』を読んだという編集者からも連絡があり、新しい本の企画があるという。そんななか、朝からライブラリーに出かけ、『公明党vs創価学会』の後半部分、直しをはじめる。3章の40枚分までなおした。

『異教のキリスト教』のゲラも届いたので、これも見ないといけない。

ライブラリーへ行く電車のなかで、年配の男性が朝日新書の『万世一系のまぼろし』という本を手に携えているのを見かけ、ふと次は天皇制について書いてみようという気が起こった。去年亡くなった父も、戦争に送られたということもあり、天皇には複雑な思いを感じていたようで、天皇関係の本もよく読んでいた。天皇制というものがいったいどういうものなのか、案外システムとしては理解されていないのではないだろうか。仕事のウイングを広げるためにも、チャレンジしていいテーマかもしれない。

April 12, 2007

4月12日(木)目黒川緑道まで散歩

朝、松坂のフェンウェイパーク初登板の試合をBSで見る。イチローとの対決が話題になっているが、日本で抑えた経験があるためか、松坂の方に余裕があるように見えた。イチローには、苦手な投手なのだろう。あまり、打ち込めるようになれるとは思えない。相手の投手がよすぎて、すぐに登板がまわってきたのが敗因だろうか。

公明党についての本、タイトルが『公明党vs創価学会』と正式に決まった。編集者の方から第1稿を読んでの感想が届く。3章以降の構成を考えた方がいいということで、改めて校正し直してみた。

午後は、『日本宗教美術史』の続きを書く。今日は10枚ほど進んだ。けっこういろいろと重要な問題が出てくる。実際の歴史を追うときに、そうした観点をいかに展開させるかが難しそうだ。

夕方久しぶりに散歩に出る。いつもの北沢川緑道をずっと行き、今日ははじめて環状7号線を超えてみる。そのむこうは、水も流れていて、かなり美しい。桜はほとんど終わってしまっているが、満開の時はさぞ美しいことだろう。そのままずっと行き、目黒川緑道と烏山川緑道の分岐点まで行く。そのまま目黒川の方にむかえば、池尻大橋に着くはず。あるいはむこうから團十郎が歩いてくるのに出くわすのかもしれないが、帰りもあるので、烏山川の方へ行く。こちらは、整備はされているものの、景色としては殺風景だ。そのまま行けば、経堂まで帰れるものの、さすがに大変なので、西太子堂で世田谷線に乗る。世田谷線もスイカが使えて便利になった。松原から帰宅する。

スイカと言えば、パスモが売れすぎて、9月まで販売が中止されるとのこと。先週、オートチャージが出来るように、小田急カードと一緒に申し込んだが、滑り込みセーフなのだろうか。たしかに、抜群に便利になったのだから、売れるはずだろう。こうした予測。たいていは達成されないことが多いが、最近は商品のなかに売れすぎて、販売が中止される例が毎年ある。これは、うれしい悲鳴とも言えないのだろう。

April 11, 2007

4月11日(水)『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』の「あとがき」を改めて書いてみたり

天気がよくない。この時期特有のことだろうが、やはり季節の進み方が少し早いのだろうか。

『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』の本、あとがきを書かなかったので、刊行してからにはなったが、あとがきにあたるものを書いてみた。オフィシャルHPの方に載せた。

『日本宗教美術史』という本を依頼されている。一応、来年の春くらいに刊行できたらということなのだが、内容的に考えるとそう簡単にはできそうにないし、500枚くらいと言われているので、まとまった時間をとることも難しい。そこで、他の本の合間に書き続けていこうと思っていて、たまたま今回その合間が訪れたとので、最初の部分を書いてみる。「はじめに」として7枚ほど書いてみる。思っていたより、堅いというか、しっかりしたというか、いかにも大著という書き出しになった。これでいいかどうかはわからないが、『日本宗教美術史』というのは類書がなく、方法論の面で考えなければならないところも少なくない。どの程度近々、時間がとれるかはわからないが、少しずつ進めていくしかないんだろう。

もう一つ、『寺門興隆』での連載、本に盛り込んでいないところがかなり増えてきているはずだと思って、見直してみると、16回分はあった。これをまとめていけば、十分1冊の本にはなるだろう。次は、『寺門興隆』の興山舎で出したいと言われているので、話してみようかとも思う。

そんなところに、『異教のキリスト教』のゲラを送るという話がきた。この仕事、かなり前のもので、相当苦労したものだが、ようやく刊行に向けて動き出したらしい。明日には届くのだろう。

April 10, 2007

4月10日(火)忘れられない満塁ホームラン

原稿が一段落したので、今日はあまり仕事をしなかった。午前中には『寺門興隆』の校正をした程度。昼を食べに外に出て、買い物をして帰ってくる。久しぶりにセレクトでコーヒーを買う。スーパーブルーマウンテンブレンドとのこと。125グラムで1000円近いが、やはりブルマン特有の柔らかさがあって、エレガントな味だ。昨日土産にもらったチョコレートコーティングのマロングラッセと一緒に飲む。

夜は、横浜、ヤクルト戦を見る。横浜、打撃で勝ったので気分がいい。解説は駒田氏。話の途中で、今日は自分にとっての記念日だということを言っていた。これには記憶がある。駒田氏がデビュー戦の初打席で満塁ホームランを打った。横浜戦で、打たれた投手はその年のドラフト一位ルーキーの右田。テレビで見ている方もショックだったが、右田投手、これがショックでけっきょく活躍しないまま終わってしまったイメージがある。駒田氏は、横浜の優勝にも貢献しているので、複雑だが、ファンには忘れられない試合というものがある。

4月9日(月)サイバー大学学長と会う

統一地方選の前半が終わった。知事選はともかく、県議選や市議選で民主党が台頭したのは自民党にとってはショックだろう。これは参院選に影響するのかもしれない。公明党は全員当選。そこに公明党の選挙の特異な点があらわれている。だが、当選が確実な分だけ候補者を立てていないわけで、攻めの選挙ではまったくない。都議の補選など、公明党の候補者は見あたらなかった。果たしてこれでいいのだろうか。

原稿を一応書き上げたので、一段落。午後、先端研で東京大学新聞の取材を受ける。キャンパスでカルトに引っかからないためにどうするかといった内容。取材は学生なので、話をうまくまとめてくれるだろうか。新しくコンピュータのモニターが入ったので、交換する。ただ、コンピューターがモニターに付属しているCDロムを読んでくれない。これはどういうわけか。

夜は、京橋のフレンチの名店シェ・イノへ。吉村作治さんと高木美也子さんを囲んでの食事会に入れてもらった形。このお二人とは、90年代のはじめに、TBSの朝の番組でよく一緒になった。高木さんとは先日読売テレビで再会したが、吉村さんとは実に久しぶり。10数年ぶりということになるのだろうか。あの頃は、助教授だったけれど、この4月から九州に出来たサイバー大学の学長とのこと。大学のユニークな仕組みについて話してくれたが、よく考え抜かれていて感心する。

帰宅してから、秋尾沙戸子さんと長電話をする。最近、秋尾さんの書かれたものは、ライブラリーにおいてある「ノーブレス」という雑誌で見かける。今はそれで香道の取材をしているらしい。

April 08, 2007

4月8日(日)もっと新しい選挙に臨むやり方があってもいい

仕事は完全に休みだが、先日『宗教と現代がわかる本』で対談した伊東さんから、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』を送った礼と感想をいただいた。私信なので詳しくは述べないが、中沢氏が東大の駒場の助教授に就任するはずだったのが、教授会の反対でだめになったいわゆる「駒場騒動」との関連をしてきしておられた。たしかに、この出来事は1988年のことで、坂本弁護士事件、つまりはオウム真理教が世間に知られるようになる前の年のことだった。私の本のなかでは、東大一家の三世としての中沢氏について言及しているけれど、その点ではたしかに重要な出来事だったかもしれない。この点は、もう少し考えてみる必要があるだろう。

夕方、投票に行く。今回は、あまり投票したい候補者がいなかったが、入院したときに、病院で投票をして以来、基本的に選挙には行くことに決めているので、投票だけはした。投票が終わると、すぐに石原知事の再選が決まった。あっけない。ただ、これはあくまで勘にすぎないけれど、石原知事は人気を満了しないのではないかという気がする。そうなると、知事選が統一地方選からはずれて行われる可能性がある。

民主党が応援する浅野元宮城県知事が負けるのも当然だろう。寸前まで都知事になろうとしてないに人間に、都政について確固としたビジョンがあるとは思えない。そこが、都民の支持を得られなかった最大の原因ではないか。もう、政党が候補者を決め、それで選挙に臨むというやりかた自体、古く通用しなくなっている。だから、今回は再選なので違うが、政党からの支持や推薦を受けない候補者の方が強い原因だろう。

無党派が最大の票田だとすれば、この無党派を基盤にして候補が生まれる仕組みを考える必要があるのではないか。都政の何が問題で、どういった方向性で臨めばいいのか、客観的な立場から検討し、そのなかから政策を打ち出していくような場が出来て、候補者はそれに賛同して選挙に出るというやり方もある気がする。簡単に言えば、マニフェストが先にあって、候補が後からくるというやり方だ。公明党の本を書いていると、政党というものについて考えないわけにはいかないが、従来の政党では通用しない時代がきていることは間違いないだろう。政党に頼らない政治のあり方を考えないと、現実には対応できない気がする。

April 07, 2007

4月7日(土)ONの呪い

朝からヒルズへ。ライブラリーで、本の4章とおわりにを直す。一応終わりまで行き、プリントアウトする。これを見直し、編集者と検討して、最終的な原稿を仕上げた。ほぼ形になってきた。

ライブラリーからは、目の前にミッドタウンが見える。高さは、ミッドタウンの方が高いはずだが、窓からは眼下に見えるという感じがする。しかし、あまり現実感はない。

プロ野球もアメリカのメジャーリーグもはじまり、なんだか華やいでいる。メジャーリーグに日本人が増えたという印象が強いが、ヤンキースの試合を見ていると、なぜ松坂を獲得するのにもっとがんばらなかったのか不思議な気がしてくる。最近の傾向だが、今年のヤンキースはやはり打高投低に思える。打者はすごいが、先発投手はいまいちだ。これに松坂が加わっていたらと思うが、入札額には相当の開きがあった。どうもヤンキースでは、投手の評価が低いのではないか。あるいはそれは、過去、大打者が出すぎたせいで、どうしてもスーパースター級の打者を引っ張ってくることに熱心にはなれても、投手についてはもう一歩積極的になれないことが影響しているようにも思える。「バンビーの呪い」は、むしろヤンキースにかかっているのではないか。

それは、日本のジャイアンツにも言えそうだ。とにかく打者の獲得には熱心で、今年の打線も、パリーグのオールスターメンバーが主軸に並んでいる印象があるが、先発投手はそれほどでもない。だいたい打者よりも生え抜きがはるかに多い。上原だってそうだし、今年エースと言えような内海もそうだ。そこには、ONの強烈な印象が影響しているのではないか。打撃で圧倒して勝つのがジャイアンツの野球だというイメージが定着している気がする。「ONの呪い」といったところだろうか。

我が横浜。最下位に甘んじてきたここ2、3シーズンに比べればいいようにも思う。ただ、始まったばかりだし、若い打者も思ったほどは伸びていない。果たしてどうなるか。がんばって欲しい。

4月6日(金)大和の滝本ワールドを体験する

本の原稿の続きを書く。4章が長くなったので、途中で分割し、後の方を「おわりに」とした。他だ、これは分量がそれなりにあるので、5章とすべきかもしれない。だいたい書こうと思っていたところは書いたけれど、最後の締めが決まらない。これは、4章と5章を直してから書くか、それとも再度全体を見直してから書くか。全体の流れのなかで決めていかないと最後の落ちはつかない。落ちがないとだめだ。

夕方から、滝本太郎弁護士に会いに、大和に行く。いろいろと資料を見せてもらい、話を聞く。疑問点もほぼ解消されたところで、夕食をとり、そのあと2件ほど飲みに行く。大和は滝本さんの地元だということで、滝本ワールドを体験させてもらった。

話のなかで驚いたのは、幼いこと米兵に「ギブ・ミー・チョコレート」と言った記憶があるというところ。年齢は、滝本さんの方が私よりしたで、東京ではそもそも米兵という存在を見たことがなかった。大和は厚木基地に近いらしく、その影響らしい。ところ変われば、歴史も変わるということだろうか。そういえば、大和の町は、ずいぶんと開けていて、米兵が出没してもおかしくはないような繁華街もある。駅で別れるものの、滝本さんは夜の町に消えていった。どこへ行ったのだろう。小田急線の乗り、経堂駅からタクシーで帰宅する。

April 05, 2007

4月5日(木)家計調査が終わった

引き続いて原稿書き。4章の予定だったが、5章になりそうだ。新書ということだけれど、300枚書かないと200頁にならないという。300枚は行かないと思うが、予定よりも量は増えそうだ。

この季節にはくズボンがないので、上町のユニクロに出かける。ついでにひさしぶりに世田谷の中央図書館に寄ってみた。80年代に公明党が比較的議席を伸ばしたのはなぜかを知りたいと思っているのだが、それを教えてくれる本はなかった。

ユニクロで、ズボンを2本買い、裾上げしてくれるあいだ近くの喫茶店を探してみる。ナビで探すと住宅街に一軒あった。甘味屋のような喫茶店で、普通の家を改造したもののよう。コーヒーが320円だったが、格別興味深いところはなかった。

4ヶ月にわたった家計調査が終わった。けっこう面倒だったので解放された気分。我が家の会計がどうなっているかはわかった。その間、礼としてもらったのは、チョコレートの詰め合わせ、稲庭うどん、ジュースセット、それにカニや魚の缶詰。まあ、そんなところかもしれない。

April 04, 2007

4月4日(水)魚真はミッドタウン!?

昨日は、ココログの方がメンテナンスをしていて、一日更新ができなかった。前はそういうときでも後から書いていたが、それも面倒なので、火曜日の分は休みとする。それに火曜日は、一日原稿の直しで、ほかに格別何もなかった。今週は、寒くなったのとは関係がないだろうが、なんとなく周囲が静かだ。

今日は、本の方は休んで、『寺門興隆』の原稿を書く。創価学会の連載も、40回を超えて、41回目になった。毎回、何を書くか題材選びに苦労するが、本当に何もなくて困ったことはない。それだけ、巨大教団にはいろいろなことがあるということだろう。

大牟田で一家五人の遺体が発見され、宗教がからんでいると言われている。また、南米のパラグアイで誘拐された邦人は統一協会の幹部だという。統一協会の動向にはあまり詳しくないが、海外で主に活動を展開していることは聞いていた。新聞の報道によれば、南米にはかなり進出していて、金をもっていることが知られているらしい。日本の統一協会では、路線対立も起こっているという話は聞いているが、そうしたことと関連するのだろうか。最近では、あまり話題にならなくなってきたが、冷戦が崩れてからのこの教団の動きはわかりにくい。反共としての意義が失われ、方向性を模索しているということだろうか。

今日、10日ぶりくらいで魚真に買いに行った。奥さんに、ミッドタウンができて乃木坂店はどうかと聞いてみたが、やはりかなり人が来ていて、てんてこ舞いしているらしい。日曜も2時から開いているようで、地方から来ているらしい人が、駅から出てすぐのところにある魚真の寿司の方ののれんをくぐり、「ここはミッドタウンか」と聞いたらしい。いくらなんでも、そうは見えない店構えだが、東京に慣れていない人も多く訪れているらしい。

April 02, 2007

4月2日(月)染五郎は海老蔵のライバルか

また、急に寒くなった。天候の変化が激しい。春先の特徴だが、なかなか大変だ。

「公明党論」第4章に入る。まとめの章になる予定で、公明党と創価学会とがどういった関係にあるのか。その関係がこれからどうなっていくかを中心に書くことになるだろう。18枚ほど進む。

歌舞伎チャンネルで「天守物語」を見る。昨年7月の歌舞伎座での公演。もちろん生の舞台も見たが、鏡花の台詞の難解さを改めて思う。ただ、海老蔵の出ている部分は、難解に感じないのはなぜだろうか。「天守物語」、歌舞伎のジャンル分けでは、いったい何に入るのだろう。近代の作品なので、新歌舞伎ということになるのかもしれないが、他の新歌舞伎とはまるで印象が違う。あるいは、これからの歌舞伎はこうした線で新作が作られるべきなのではないかとも思うが、それが書ける作者が思いつかない。もしそうした作者が出てきたら、歌舞伎の世界も大きく変わっていくことだろう。

歌舞伎の公演、続々と決まってきた。歌舞伎座の6月は、染五郎の息子、齋の初お目見え。2歳だろうか。それで、高麗屋、播磨屋の合同公演の趣だ。ここでも、幸四郎、吉右衛門の兄弟の共演がある。いったん共演がはじまると、続けてあるのがおもしろい。染五郎は、奮闘公演でほぼ出ずっぱり。5月は新橋演舞場で、吉右衛門のもと「鳴神」などをやることになっているし、最近は歌舞伎役者としての活躍が目立つ。果たして海老蔵のライバルになってくるのだろうか。スケールという点で物足りない気がするが、がんばって欲しい。ライバルがあってこそ、役者は盛り上がる。

一方、海老蔵は7月に松竹座に出る。今年2度目。こちらも「鳴神」をやる。そして、「女殺油地獄」も。これは、少し前に染五郎がやっていたはず。相手も、孝太郎で同じではないか。松竹としては、同じ役をやらせて、競わせているのだろう。これはおもしろくなってきたかもしれない。

April 01, 2007

4月1日(日)本の反響が様々に

朝、7時前に一度起きたが、まだ眠いのでもう一度寝る。起きたのは10時。最近では珍しい。

有田さんから、中沢新一・林真理子対談が届く。この対談、1995年の12月くらいに行われたようで、私のことがけっこう出てくる。それはともかく、中沢氏が翌年にオウムの事件について書こうとしていたことがわかる。これは、おそらく『へるめす』での連載のことを指していると思われる。本の中でも書いたが、その連載の第1回で、次の回からオウムについて書こうとする様子を見せていた。ところが、次の号ではとりあげられなかったのだが、少なくともこの時点ではその考えがあったことになる。それでも書かれなかったのは、元信者の高橋英利の手記が発表されたためか、あるいは私が書いた「私の『中沢新一論』」が出たためだろう。

有田氏も指摘しているように、この対談では、中沢氏の口から数々の怪情報が発せられているけれど、やはりなぜそういうことを言うのかがわからない。読んだ感じでは、ふっと違う人格が出てきて、その口からとんでもないことが語られているという印象を受ける。それほど唐突な感じがするのだ。

上祐氏が、私の本を読んだということで、そのブログのなかで、事実関係について注釈を加え、その上で、私と中沢氏に謝罪している。詳しくは、そちらを見て欲しいが、中沢・林対談では、1995年の時点で、中沢と上祐が対談していると述べられている。その内容が過激すぎて発表しなかったのだという。たしかに、中沢氏がそこで語っている内容は大いに問題がある。その対談で何が語られたのか、上祐氏の口から語られることはあるのだろうか。

本が出たことで、いろいろこれまでわからなかったことも明らかになってきている。その点で、これからが注目される。

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