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May 2007

May 31, 2007

5月31日(木)キースとプーさんの演奏は実は現代音楽なのかもしれないということについて

5月も最後の日になった。やはり『日本宗教美術史』の原稿を書く。午後は、中央大学の授業。宿題を出したせいか、前回より出席者が多く、立っている学生もいた。共同体の角度から、戦後の新宗教の歴史を講義する。本当は3回続きだが、はしかで2回になり、1回分は6月28日にすることになった。あいだがあいて間が抜けた感じもあるが仕方がない。それにしても、はしかの方はもう大丈夫なのだろうか。

このところ、キース・ジャレットやプーさんの演奏を改めて聴いたりしているけれど、この二人、けっきょくのところジャズ・ピアニストなのだろうかという点が疑問になってきた。ジャズ風に演奏しているけれど、その奏法は、ジャズというよりクラシックに近い感じがする。実際、キースの場合には、クラシックの演奏家でもある。それは、ピアノという楽器のせいかもしれないけれど、二人の場合、過去のジャズのピアニストの影響をあまり受けていないのではないか。だから、下手をすると、ジャズから離れた音楽になってしまう。フリー・ジャズにしても、実は、ジャズから発したフリーと、クラシックから発したフリーとがあって、アルバート・アイラーとか、オーネット・コールマンとかは前者で、キースやプーさんの場合には後者なのではないだろうか。

ジャズという音楽は、黒人音楽を元にしているものの、まずユダヤ人の演奏家の影響がなければ、洗練されたものにならなかったし、クラシックの素養のあるピアニストたちがかかわらなければ、今日のようなものにはならなかったのではないか。キースもプーさんも、あるいは現代音楽と言った方がいいのかもしれない。だんだん、そんな気がしてきた。

May 30, 2007

5月30日(水)前進座が「法然と親鸞」を上演するらしい

5月ももう終わろうとしている。今日も『日本宗教美術史』、神道美術の話を書く。図書館でも神像について特集した別冊太陽を借りてみた。いったいこの神像というのは、どういった役割を果たすものなのだろうか。不思議なのは、男神像と女神像。それ以上、どういった神なのかがわからない。それほど優れた造形があるとも思えないし、あまり知られてはいないが、神道と仏教が宗教としてどう違うかを考えるにはいい素材なのかもしれない。

松竹のホームページを見ていたら、7月に前進座が京都の南座で「法然と親鸞」という演目を上演することがわかった。法然の800年遠忌、親鸞の750年遠忌ということで、浄土宗に東西の浄土真宗が後援している。こうした形で、浄土宗と浄土真宗が協力することは珍しいと思うが、内容的はどうだろうか。それぞれの宗派に気を遣うことで、きれい事に終わってしまう懸念がある。法然と親鸞のうるわしい師弟愛のようなことになってしまうと、物語としてどうだろうか。作者のことばのなかには、二人が「非暴力」に徹したというものがあった。師と弟子の相克、あるいは愛憎ということなら注目されるが、おそらくはそうならないだろう。それにしても、浄土宗は真宗のことをどう思い、真宗は浄土宗のことをどのように考えているのだろうか。真宗には原理主義的な傾向があり、こうした上演に対して反対するような僧侶や門徒も出てくるような気がする。その点は注目だ。

May 29, 2007

5月29日(火)木彫りのガンダムはまるで仏像のよう

『日本宗教美術史』、第2章、少しこれでは違うなと思い、全面的に書き換えることにする。「神道美術と仏教美術」ということで、両者を対比させ、そのなかから神道美術と仏教美術の違いを明らかにしていく部分にしていく予定。10枚ほど書き、ついでに「はじめに」の部分、小見出しを入れ、少しだけ修正する。考えてみると、神道美術は仏教美術に比べてはるかに発達していない。なぜそういうことになったのか。その問題を考えていくと、仏像とは何かということにも突き当たる。今まであまり疑問にも思わなかったが、いったい仏像とは何なのか。どうしてこれだけ仏像が制作されてきたのか。答えを出すのが難しそうな問いが次々にうかんでくる。

そんなことを考えていたところ、バンダイから、木彫りのガンダムが発売されるというニュースを目にした。私など、別にガンダムには関心がないが、下の世代だとガンダムというのは格別なものらしい。この木彫りのガンダム、一体一体仏師が彫るものだというから驚いた。写真を見てみると、やはり仏像にも似ている。現代に作られる仏像は、あまりありがたみを感じさせないが、かえってガンダムの方が神聖な感覚がある。それは、ガンダムに対する信仰に近い情熱をもつ人々が少なくなく、そうした意識を反映しているからだろうか。思わぬ形で、現代の仏像が出現したかのようだ。

May 28, 2007

5月28日(月)大臣の自殺にイニシエーションの重要性を改めて思う

午前中は、先日行った山下聖美さんとの宮沢賢治をめぐる対談の原稿に赤を入れる。一読して、あまり入れなくてもいいかと思ったが、入れ始めると、かなりあった。

一段落して、ニュースを見たら、松岡農水相が自殺を図ったと報道していた。まもなく、重体が死亡にかわった。現職の大臣が自殺したのは戦後初めてのことというが、現職の政治家の自殺自体はこれまでにもいくつかあった。私にとって、忘れられないのは新井将敬氏の自殺だ。彼もスキャンダルの最中に亡くなったのではないかと思う。実は、一度新井氏とはテレビで一緒になったことがあり、休憩だかの時間にトイレでばったりと会ったとき、話かけられ、私の本を読んでいると言われた。その本は、『イニシエーションとしての宗教学』で、政治家の人でもそうした本を読むのかと意外に思った記憶がある。それで、自殺というときには驚いたのだが、彼は相当に危うい事柄にかかわっていたということを後から知った。それでも、イニシエーションについて書いた本を読んだ人間に死なれるというのは、少し無力さを感じる。マイナスの体験があるからこそ、それをプラスに変えていけるのだと思うが、改めてイニシエーションの問題をはっきりと論じた方がいいのかもしれないと思った。

夕方、散歩に出て、ポイントカードが無効になってしまいそうなので、ヤマダ電機に行き、そこから、新しく出来たという大きなユニクロの店、千歳台店に行ってみる。行ってみたら、電気屋が二度つぶれたところだということがわかった。ユニクロはたしかに広くて、ゆったりとしている。ドライの上下と靴下を買う。その近く、神戸屋の向かいにあったケンタッキーが跡形もなくなっていた。

May 27, 2007

5月27日(日)円仁展と大谷磨崖仏を見に行く

芸術新聞社の渡辺さんの車に乗せてもらい、宇都宮の県立博物館へ行く。「慈覚大師円仁とその名宝」展を見に行く。円仁のことはそれほど重要視されていないが、この展覧会を見ていくと、相当に日本の仏教史のなかで重要な役割を果たしていることがわかった。ある意味、かなめの位置を占めているのかもしれない。円仁は10年中国に滞在し、密教、法華経信仰、阿弥陀信仰を伝え、広めた。そこには、渡来の神々もかかわっていて、のちの天台本覚思想の展開にも大きな影響を与えたのではないか。最澄が開祖のため、その陰に隠れている気配もあるが、もっと見直してみるとおもしろいのかもしれない。

その後、近くの大谷観音を見に行く。大谷石の産地だけに、町に入っただけで、雰囲気が違う。石の町という、日本では珍しい感じがするからだ。大谷観音は、石仏としてはかなり古い。全部で10体あるが、見応えがあった。その下は、縄文時代の遺跡で、縄文前期の人骨がほぼ完全なかたちで出土している。そうしたものとしては、日本最古と言えるのではないか。近くには、採石場があり、平和観音という戦後の石仏も立っているが、石を切り出したところが、まるで神殿のようなイメージを与える。ルクソールには行ったことがないが、あるいはそれに似ているのかもしれない。観光地としてはそれほど人が訪れるところではないのかもしれないが、巨岩の下の観音堂もなかなかおもしろい。土門拳が撮影した観音堂の写真が絵はがきになっているが、あいにく売り切れになっていた。

その後、鹿沼の温泉により、最後は今週二度目の魚真乃木坂店。日曜日は9時閉店だと言うが、閉店目前なのに寿司を握ってもらった。ますの握りというのがめずらしいし、大トロや赤身、太刀魚のあぶりなどが楽しめた。大変有意義な一日だった。

May 26, 2007

5月26日(土)キースとプーさんがゲーリーを介して結びついている

松坂の登板試合を見る。胃の調子が悪いのか、かなり苦しそう。そんな状態で投げているピッチャーを今まで見たことがない。大リーグなので、日程もつまっており、投げざるを得ないのか。それとも、彼が我慢強いのか。すごいのは、そんな状態で勝ち投手になってしまうこと。詳しいことはわからないが、実際にはどういうことだったのだろう。

ヤマダ電機のポイント、もうすぐ失効になるらしい。1万ポイントを少し超えているので、使わないともったいないが、ネットで買い物をしたので知らせてくれたようだ。普通のポイントカードだとそんなお知らせはこない。ポイントカードをみたら、398ポイントが無効になっていた。

キース・ジャレットの昔の演奏を聴いてみたが、何かとりとめがない。彼が、スタンダーズをはじめなかったとしたら、今日のような評価はきっと受けなかっただろう。その頃は、ソロで注目されてはいたものの、最初はよくても、ケルン・コンサートを頂点に、袋小路に入っていきそうな気配だった。スタンダーズの原型となったのは、ゲイリー・ピーコックの「テイルズ・オブ・アナザー」で、これはゲーリーがリーダーで、そこにキースがサイドメンとして加わった形になっている。ということは、ゲーリーがキースを呼ばなかったら、スタンダーズはなかったことになる。そのゲーリーをジャズに呼び戻したのがプーさんだということなら、プーさんがいなければスタンダーズはなかったことになる。風が吹けば桶屋が儲かるのたぐいだが、それほどキースとプーさんは縁が深いとも言える。両方とも、マイルスと演奏した経験があるし、ピアノの演奏の仕方も、既存のジャズ・ピアニストの影響をあまり受けない形で演奏をはじめたように聞こえる。プーさんは、キースのことをあまりよくは言っていなかった気がするが、だいたい誰でもけなす人だから、そこらあたりは割り引いた方がいいかもしれない。ゲーリーを軸に、キースとプーさんがどうかかわるのか。ちょっとさぐっていくとおもしろそうだ。

May 25, 2007

5月25日(金)ライブラリーに一日いて

来週の診察のために関東中央病院に採血検査に行く。今日は雨なので、世田谷線とバスを使っていく。自転車だと15分くらいで着くが、かなりかかった。バスはパスモが使えると思っていたら、小田急バスはまだ使えないとのこと。来月の1日からつかえるらしい。紛らわしいのは同じ路線に東急バスが通っていて、そちらは使えること。

検査が終わってから、バスで渋谷へ出て、渋谷からヒルズへまたバスに乗る。路上駐車している車がまた増えてきた気配。渋谷まではかなり時間がかかった。それでも雨にあまり濡れないですむのが助かる。『日本宗教美術史』第2章を10枚弱書く。少し前に『サライ』が神像の特集をしていて、買っておくべきか迷い、けっきょく買わなかったのは得策ではなかった。神道美術について書き進めていて、そのことを思い出す。図書館ででも借りることにしよう。

仕事の合間に、中沢氏のことをよく知る方と話をする。いろいろと興味深い話を聞く。『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』で推測した部分、かなり当たっているのを確認した。

その後、少し仕事をして、『ロング・グッドバイ』を読む。全部読んでしまいたくなったが、7時も過ぎたので、100頁少しを残して、またの日にする。次くらいは読み終わるだろうか。

5月24日(木)明橋大二氏と親鸞会との関係が気になる

『日本宗教美術史』も第2章に入る。章全体のプランを立て、少し書き出してみる。5枚ほど書けた。

夕方、大学へ。研究室内の研究会で、黒須さんの発表を聞く。交通事故対策についてがテーマ。ちょうど時代が、昭和30年代から40年代にかけてが中心だったので、昔の子供時代を思い出した。あの頃は、交通事故というのは自然災害のようなものとしてとらえられていて、それからいかに逃れるかということが一番目下の対策だった。学校では、交通安全教室が開かれ、みどりのおばさんが生まれるなど、身近な危険だけに、地域で対策を立てていた。その時代のことについて語るには、その時代を体験として知らないと難しいようだ。

今、宗教美術史で古代のことについて書いているが、きっとその時代の人から見れば、とんちんかんなことを言っているに違いない。歴史を書くことの難しさを改めて痛感した。

今日の朝日新聞朝刊に、明橋大二という人が共著者になっている『なぜ生きる』という本の広告が出ていた。監修は、浄土真宗親鸞会の会長である高森顕徹氏。少し前に、この明橋氏と親鸞会の関係について聞かれた。明橋氏は、精神科医で『子育てハッピーアドバイス』というシリーズがベストセラーになっているらしい。彼は、親鸞会の会員で、会報などにもずいぶんと書いていたらしい。親鸞会については、現状がどのようになっているかがわからないが、一時、相当に問題になったことがあった。明橋氏も、教団が制作している高額のビデオを治療のなかで使っているようだ。『子育てハッピーアドバイス』は、一般のメディアでも高く評価されているものの、親鸞会との関係は認識されていないように思われる。両者の関係は、少し気になるところではないだろうか。

May 24, 2007

5月23日(水)あれはもう16年も前のこと

『日本宗教美術史』の原稿、第1章を直す。最後まで行くが、最初に書いたものより長くなった。1章50枚くらいと考えていたが、それよりはるかに長い。

午後、経堂図書館に寄ってから、ライブラリーへ。『宗教美術史』の原稿をプリントアウトし、『ロング・グッドバイ』の続きを読む。夜は、仮に社会人社会化計画と名付けたプロジェクトの打ち合わせをする。そのおり、参加者の一人の関係で、昔、麻原彰晃が部落解放同盟の小森龍邦氏と『現代』で対談をして、私が司会をしたときにお会いした編集者の方と再会する。あれはもう、16年前のことになる。改めて、あの時代からずいぶんと時間が経ったのだということを思った。

宗教者にとっては、差別の問題はタブーで、普通ならそうした対談の場に出てこないものだ。その点では、麻原には勇気があるように思えた。その意味はいったいどこにあったのだろうか。問題はいろいろと難しい。

May 22, 2007

5月22日(火)ちょっとだけミッドタウンを体験する

依然として『日本宗教美術史』の原稿を直す。午後から、ライブラリーへ。教え子の原さんから北京三田会のことについて話を聞く。やはりこうしたことは、当事者から話を聞かないとわからない。興味深いと思うのは、こうした同窓会の関係が、慶應の場合というか、早稲田の場合と言うべきか、早慶の関係のなかで決まっていく点だ。そういえば、最近できた気象予報士三田会というのも、気象予報士稲門会と平行して作られていた。同窓会というのは、それぞれの大学で閉じたものではなく、対抗する相手を必要とするらしい。

話を聞き終えてから、魚真の乃木坂店に行こうとして、ミッドタウンの前を通ったので、少しだけなかに入ってみる。開業当初は人でごった返していたのだろうが、その波もおさまったのか、それほど多く人はいなかった。あまり縁のなさそうな店が並んでいる。そのまま裏まで行ってみると、芝生があり、それはそれでいい感じだ。ミッドタウンのなかで行くべきところもあまり思いつかないので、これから来ることも少ないだろうが、なかで働いていたりすれば、違ってくるのかもしれない。

魚真の乃木坂店、入ったときはまだ席も空いていたが、途中から混んできて、満杯になっていた。平日にこれだけ客が入る店もめずらしいように思うが、経営的には、かなり入ってくれないと困るらしい。場所柄、家賃が高いのだろう。のどぐろの焼いたのを食べたが、さすがにうまかった。世間では幻の魚と紹介されることが多いが、魚真だと当たり前に並んでいる。

May 21, 2007

5月21日(月)ディア・ヘッド・インまで行けば来月ジョン・コーツが聴ける

『日本宗教美術史』を直す。最初、思いつきで書いているので、調べてみると訂正しなければならないことが多い。夕方、散歩に出る。北沢川緑道をずっと行って、目黒川緑道に入るところまでたどり着き、そこで烏山川緑道を戻る。前からやってみようと思っていた道筋だが、帰りがかなりある。途中でいやになってきたものの、やめる訳にもいかず、なんとか家まで戻ってくる。時間にして2時間半。1万7千歩を越えていた。團十郎丈は、毎日1万5千歩歩いていると言っていたが、それは相当に大変だ。弁慶をやるにはそれだけの体力がいるのだろう。

ジョン・コーツのことを調べてみたら、いろいろおもしろいことがわかった。うちにイアン・カーという人の『キース・ジャレット―人と音楽』という翻訳があって、読んでいないのだが、索引で調べてみると、ジョン・コーツとの関係が出ていた。キース自身は、コーツの影響を受けたのではなく、コーツの方が影響されたと語っている。ともに、キースが録音もしている故郷のディア・ヘッド・インで演奏していたが、キースは、コーツのトリオのドラムスをしていたようだ。コーツの代役でピアノも弾いていたらしい。

そのコーツ、日本に来日したこともあるし、2000年には新譜も何枚か出しているようだ。ためにし、ディア・ヘッド・インのホームページにあたってみたら、なんと、来月のライブ・スケジュールのなかに、コーツの名前があった。ピアノのソロで出るらしい。ずっとディア・ヘッド・インのハウス・ピアニストをやっていると言われたりしているが、それは事実のようだ。ディア・ヘッド・インは、5大湖のほとりにあるようだ。今はいったいどんな演奏をしているのだろうか。行って、聞いてみたい気もするけれど、まさかそれだけのためにアメリカに行くわけにもいかない。

May 20, 2007

5月20日(日)久しぶりにLPを聴いた

芸術新聞社の渡辺さんが、日本美術史の資料と、キース・ジャレットを中心としたLPレコードをもっておいでになる。美術史や仏像の見方といった本だが、こうしたものが手元にあると大変助かる。せっかくなので、久しぶりに李白に行き、歓談する。天気がよくとても気持ちがよかった。4時頃、早じまいと言うことで、店を後にする。

家に戻って、レコードをいくつか聴いてみる。キースとは同郷で、親交があり、しかも演奏がそっくりだというジョン・コーツというピアニストはこれまで知らなかった。少し聴いただけでは、まるでキースのように思える。ただ、しばらく聴いていると、コーツの方が伝統的なジャズのピアノ演奏に忠実なことがわかってきて、そこがキースとの分かれ目だということがわかってきた。キースがボブ・ディランのように自作の曲をギターで歌っているレコードも聴いた。これは、ジャズ・ファンには向かない。

家にあった、プーさんがゲーリー・ピーコックと共演している演奏なども披露したが、ゲーリーのベースラインはやはり安定していて、ピアノもドラムスも、その上で勝手にできるという利点があるように感じた。だから、キースもプーさんも、ゲーリーと演奏し続けるのだろう。ゲーリーの存在は、もっと評価されていいのかもしれない。

May 19, 2007

5月19日(土)中大もはしかで休講

近くの日大文理学部がはしかの流行で休講になっている。いつもは学生で賑やかな平日に大学がひっそりしているのは変な感じだった。この前の木曜日には、その日大の脇をとおって中大に行ったのだけれど、その中大もはしかで休講になってしまった。20日から28日まで、全学で休学になるとのこと。朝、ネットのニュースで知ったが、その旨大学の方から速達で通知があった。あるいはそんなこともありそうだと思っていたが、はしかの流行はことのほか深刻のようだ。それにしても、授業の方はどうなるのだろう。3回が2回になってしまうのか。それとも、どこかで補講をすることになるのか。どうせなら何をやるか考えていたので、その通りにしたいとは思うが、そこらあたりのことはわからない。

左団次の「芸に生きる」を見る。最近、再婚したということで、結婚式のことも話に出ていたが、途中出し物ということか、花婿の左団次が網タイツにふんどしというスタイルで「月の砂漠」を踊るというところがあったらしい。歌舞伎役者というのは、とんでもない人たちなのだと思う。去年のこんぴら歌舞伎のドキュメントも見たが、海老蔵の勘平をはじめて見た。6段目で、かごに乗ったお軽と花道で出会うところ、与三郎の「見染」のようなせりふの言い方で、ちょっと心配したが、途中からはものすごく若々しい勘平でなかなかいい感じだ。少ししか放送されなかったが、ここの部分はNHKは収録していると思うが、まだ放送されない。是非みたいと思っているのだけれど、やらないのだろうか。

5月18日(金)1ヶ月半が経ったけれど

今回、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』を出して、おもしろいと思ったことは、いろいろな人が、本に関連する情報を寄せてくれることだ。それぞれは、きわめて重要な情報というわけではなく、それを外部に向かって公表する機会もないようなものだが、それを丹念に拾い集めていくと、あるいは何かこれまで見えていなかったものが見えてくるような気配もある。それはこれまで出した本にはなかったことで、やはり今の時代に生きている人物を取り上げて、論じたことによるものだろう。池に小石を投げてみると、波紋が広がっていく、そんな感じだ。

これは、予想されたことでもあるけれど、中沢氏からは何の反応もない。あるいは、どこかで誰かに何かを言っているのかもしれないが、それも伝わってこない。それを残念だと思う気持ちもすでになくなっているところがあるけれど、どんな形でもいいが、答えて欲しいという気持ちもやはりある。武田徹さんが、『インビテーション』で、そうなれば、「宗教学史上まれに見る知的でエキサイティングな論争が繰り広げられるに違いない」と書いているけれど、その可能性は十分にあると思う。宗教学者としての責任ということもあるけれど、今の沈滞した学問の世界に活力を与えるために、反論はやはり必要ではないだろうか。そうしないと、もやもやとしたものがずっとつきまとうようにも思える。


May 17, 2007

5月17日(木)久しぶりの授業

午前中は、『日本宗教美術史』の原稿。ただし、今日から3週続けて、中央大学の法学部で授業をしなければならないので、昼前に出る。去年と同じ授業だけれど、今年は2回ではなく、3回やらなければならない。去年の2回目の授業の時雨が降っていたが、今日もかなりの降りだ。モノレールで駅に着いてから、授業のある教室へ行くまでが結構遠い。

授業は、教室いっぱいに入っていて、100人を越えているようだ。去年よりも多い感じ。ビデオを見せ、講義をして、宿題を出したら、あっという間に1時間半がたった。授業が終わると雨もあがっていた。行きは多摩センターからだったが、帰りは高幡不動に出てみた。駅のところのタリーズで一服して、帰る。それほど大変な授業でもないが、久しぶりのせいか、けっこうエネルギーを消耗した。教室が暑かったのかもしれない。汗もかいた。昨日夜帰りが遅かったのも影響しているかもしれない。

演劇評論家の上村以和於氏のホームページを見たら、海老蔵の与三郎のことが書かれていた。上村氏は、海老蔵を非常に高く評価していて、一般の評論家が文句をつけるところも、その価値を認めることが多いが、今回も「買い」だという。その気持ち、よくわかる気もするのだが、何が買いなのかはちょっとわからなかった。いろいろと変なところもあっても、富にからむところの迫力というのは、なかなかのものだったように思う。ただ、なぜ見染めであれほどなよっとするのか。あれは、後半との対比を強調するためなのだろうか。たしかに、演技が下手でそうなるより、めざしているところがあって、そうなっているのだろう。いつかすっきりした与三郎が見られるのだろうか。その日を待つしかないのかもしれない。

5月16日(水)分水嶺としての95年

『日本宗教美術史』の原稿を書く。今日もやはり10枚。

午後から、ライブラリーへ。プリントアウトと、コピーをしてから、『ロング・グッドバイ』を読む。買えばすむことだが、もう半分読んだので、ライブラリーでのお楽しみということにしよう。

夜、電通の渡辺氏と会食する。場所は、電通本社ビルの上にあるなだ万がやっている「ジパング」という店。高くて、東京湾に面しているので、景色がいい。7時から閉店の11時までいたが、途中8時半に時計を見てからが早かった。11時だと知って、あわてて店を出る。渡辺氏からは、エコノミストの水野和夫さんと、『分水嶺としての95年』という本を一緒に出してみないかと提案される。95年は、阪神大震災と地下鉄サリン事件の年であるとともに、水野さんの分析では、経済の世界で従来の常識が通用しなくなった年だという。

最近、とくに宗教と経済との関係が気になる。経済の拡大が続いているところでは、必ず新しい宗教が生まれ、広がっていく。先日、ローマ法王がブラジルを訪問したが、その背景には、カトリックの牙城であるはずの中南米で、福音主義のプロテスタントが伸びているということがあるらしい。その実態についてはまだ調べていないが、キリスト教版の新宗教といった感じなのだろう。ブラジルの経済発展はめざましいといいうが、その背後ではそうした出来事が起こっている。宗教とテロの結びつき以上に、これからは経済発展と新宗教といったことが問題になるかもしれない。そうした問題を含めエコノミストと経済学者が対話するのは、かなりおもしろいことなのかもしれないと思う。

May 15, 2007

5月15日(火)はしかは命定めと言われたくらい恐ろしい

昼から大学に行く。三田会関係の資料が図書室に来ているので、それをとりにいく。慶應の100年史はさすがに重くて、なんども休まないと3階の研究室まで行けなかった。三田会について、文献資料は必ずしも多くはないけれど、他の大学の同窓会と比較するための資料もそろった。あとは、実地調査を含め、調査を進めていかなければならない。

帰りはまた、大学から自宅まで歩く。けっこう道が複雑で、下北沢のところで、少し迷った。はじめて、魚真の下北沢店の前を通る。隣が、回転寿司になっているのを確認した。

家の近くの日大文理学部、はしかで全校休講になったらしい。創価大学や上智大学に続いてのこと。昔は、疱瘡は器量定め、はしかは命定めと言われているくらい、恐ろしい病だった。私が子供時代には、予防接種に熱心だったけれど、最近はあまりはやらない時期があったので、予防接種をしている人が少なくなったのだろう。こうした感染症、目に見えないだけになかなか難しい。

May 14, 2007

5月14日(月)團菊祭、夜の部の方がはるかにいい

午前中は、『公明党vs.創価学会』の再校、引用の表記のところを直す。そのあと、『日本宗教美術史』の続きを午後まで書く。10枚弱進んで、銅鐸から埴輪に話が進んだ。埴輪というのは、考えてみるとかなりおかしなもののような気がしてきた。平凡な形ではあるけれど、一方でどうして円筒の形をしていたりするのか。昔の人の考えはなかなかよくわからない。

午後は、歌舞伎座へ。團菊祭夜の部を見る。昼の部よりも、今回は夜の部の方がおもしろかった。勢いがあるような気がした。

「女暫」、海老蔵の成田五郎というのは珍しい。もしかしたら、今回限りかもしれないが、いやあ、立派で言うことなし。菊之助も松録も、数年前とは見違えるほどうまくなっているのがわかる。けれども、一番驚いたのは萬治郎。パルコ歌舞伎か何かで三枚目を演じて好評だったということを聞いたが、ここまでやれるとは思わなかった。三兄弟のなかで一番いい。案外、この人、シンになる役の方がいいのかもしれない。声の通りもいいし、気持ちがいい。

「雨の五郎」は松録。全体に一通りだが、花道の引っ込みでにやっとしたところは、ちょっとぞくっとした。ふと、助六をやってみたらどうかと思った。海老蔵には十郎でつきあってもらおう。

三津五郎の「三ッ面子守」はすでに名人芸。最近、女形をやったりしているが、どちらかというと立役よりもいい。立役だと、暗くなるが、女形だとまったくそうならないのが不思議だ。もうこれで人間国宝にしてもいいと思った。

「め組の喧嘩」、最初幕が上がって、四つ車の團十郎が座っているのだが、一瞬海老蔵かと見間違えた。やはり似ている。二人が力士で並んで登場したりするのが、なんだか不思議だ。体格のいい二人が並ぶと、力士として迫力がある。菊五郎もいいが、扇雀の子供、虎之介がいい。成駒屋、子供の代の方がよほどうまい気がする。将来が楽しみだ。

というわけで、すっきりして見終えることができた。これぞ歌舞伎という感じがするし、やはり海老蔵は荒事がいい。7月には松竹座で油地獄をするようだが、どうなのだろう。行ければ行きたいとは思うけれど、やはり向いていないようにも思える。なよっとすると、彼はなよっとしすぎる欠点がある。

May 13, 2007

5月13日(日)宮本文昭親子について

昨日の夜、オーボエ奏者で、現役の演奏家を引退する宮本文昭のラスト・コンサートを見る。引退後も、指揮者として、大学での指導者として活躍するようだが、ジャズ・ファンにもけっこうおなじみの人だ。コンサートにも渡辺香津美がゲストで出演していた。

おもしろいと思ったのは、ゲスト全員が参加した最後の演奏。おそらく宮本と一番関係が深いギターの鳥山雄司などは、感極まったのか、ソロをとる指がもつれていた。それに対して、今新進のヴァイオリニストとして注目されている宮本の娘、愛里は、大物ゲストと共演できるのが楽しいという感じで、伸びやかに演奏していた。彼女はデビューが決まっているようで、そこには退いていく者、あるいは絶頂に達したけれど、これ以上は大きく変わりそうになりベテランの音楽家たちと、これからどう伸びていくかもわからない新人との対比がよく出ていた。その分、父親は損をしているようにも思えた。こんな娘がいるんだから、もう退いてもいいよという声が出てきてもおかしくない。宮本愛里結構、可能性があるように思えたがどうだろうか。

今日は、日曜だが、『公明党vs創価学会』の仕事をする。あとがきを書き、再校を見ていった。典拠としてあげた新聞の表記の仕方が統一されていなくて、それが気になる。どう直すか、ちょっと考える必要があるが、案外、校正ではこうしたところが一番気になるものだ。

May 12, 2007

5月12日(土)キースが演奏した曲目について

今日は、一日仕事を休んだけれど、『公明党vs創価学会』の再校ゲラが来た。来週はこれを見なければならない。

10日のキース・ジャレットのコンサート、主催者のホームページを見たら、当日の曲目が掲載されていた。

st Set:
1) Bye Bye Blackbird
2) Smoke Gets in Your Eyes
3) Conception
4) Django
5) Someday My Prince Will Come
6) Straight, No chaser

2nd Set:
1) You Go To My Head
2) You Belong To Me
3) One for Majid
4) My Funny Valentine ~ Improvisation

Encore:
1) Poinciana
2) I Thought About You

キースのディスコグラフィーを調べてみると、「バイ・バイ・ブラックバード」や「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」などは、すでに何度か録音されているが、初めてという曲が半数くらいを占めている。「ジャンゴ」など、今回が初めてのようだ。CDとして発売される可能性があるので、同じ曲が重ならないようにしているのかもしれないが、結構大変だ。それから、一番よかった「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」の後半、即興演奏だということがわかった。

夕方、いつものように散歩に出る。今日も、羽根木公園によるコースを行ってみたが、全体では9000歩くらいだった。1万歩にはならなくても、起伏があるので、ただ緑道を歩くのとは違う。

May 11, 2007

5月11日(金)ちょっと残念な團菊祭昼の部

團菊祭である。今日は昼の部に出かける。3階の一番前の席。隣三席は当日購入した人たち。案外、そういうときにいい席が出る。

結論から言うと、一番よかったのは、最初の「泥棒と若殿」。山本周五郎の作品で、いかにもそうしたムードのただよっている話で、昔の新歌舞伎とはかなり趣が違う。いいのは、松録。この人、徐々にではあるけれど確実に役者としてうまくなっている。特に今回は、喜劇がちゃんと出来るようになっていた。先々代に近づいてきた感じもするが、からっと明るい役が似合う。世話物の古典などやってみたらどうなるのか。笑い方だけは、ちょっと不自然だが、そこが直れば、かなりのものになりそう。

2番目は、天覧歌舞伎120年の「勧進帳」。團十郎、菊五郎、梅玉で手堅いが、緊張感がまるでない。皆、すごくやりたいわけではないけれど、こういう記念の年でもあるし、まあがんばってやるか、みたいなところでやっているように思えた。関をどうしても越えなければならないという切実感がない。ちょっと「勧進帳」としては悲しい。

次が、海老蔵、菊之助の「切られ与三」。このコンビでは、海老蔵襲名の松竹座で見た。正直なところ、それよりもよくない。菊之助の方は、ものすごく進歩しているように思えるが、海老蔵はなんだかばらばらで、与三郎の人格が統一されていない。仁左衛門だと、甘えキャラで押し通すのだが、海老蔵だとそうもいかない。おそらく、この演目の出し方が中途半端で、途中がはしょっている上に、最後も、与三郎が花道ではなく、脇にはけたまま終わってしまうので、まるでなんのことやらさっぱりわからない。こういう形になっていると、合理的に考える海老蔵は混乱してしまうのではないだろうか。その混乱が、人格の不統一にあらわれてしまうように思う。これなら、もうやらない方がいいように思った。

それに疲れたか、最後の「女伊達」は、睡魔に襲われた。

夜の部に期待しよう。

May 10, 2007

5月10日(木)キース最高!

今日は大雨の予報。夜、新宿厚生年金会館にキース・ジャレット・トリオのコンサートを聴きに行くので、それに対応した予定で臨む。午前中は、『日本宗教美術史』を途中まで書き、午後はライブラリーへ。雨が降っても、そこからタクシーで行く予定にしておく。原稿は全体で10枚ほど書き、土偶の話を終える。そのあと、読みかけの『ロング・グッドバイ』を100頁ほど読む。

雨のつもりだったが、夕方になっても降らない。そこで地下鉄で新宿御苑まで行く。キースのCDはかなりもっていて、ブルーノートのコンプリートまでもっているが、このトリオを生で聴いたことがなかった。キースは、まだカルテットを組んでいたとき、郵便貯金会館で聴いてことがあるが、今回はそれ以来。ゲーリー・ピーコックは、プーさんとやっているので、4度目くらいになる。この前はサントリー小ホールでのテザード・ムーンのコンサートだったはず。実は、高校生の時、はじめてジャズを生で聴いたのが、プーさんとゲーリーのヤマハホールでの演奏。一度、二人にそのことを話したことがあるが、どちらもそのコンサートを記憶していなかった。ジャック・ディジョネットは、おそらくはじめでてはないか。

三人がステージに登場したところは、皆だいぶ年をとって、老人会のコンサートみたいな感じもした。「バイ・バイ・ブラックバード」から演奏がはじまったけれど、なんかきれいはきれいでも乗りが悪い。ところが、5曲目、前半の最後になった「ストレート・ノー・チェイサー」で、ジャックが太めのスティックを握って、ソロをとったところから乗り出した。

休憩後の後半の方がはるかにいい。とくに三曲目の歌もの、曲名がわからないが、たぶん昔はよかった風な歌だと思うけれど、これがよかった。極めつけは、後半最後になった「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」。途中から、オリジナルな曲なのか、それとも即興なのががわからないが、潮の満ち引きから夕日が沈んでいくのを眺めているといった雰囲気の曲になっていったところが最高。だいたい、このトリオ、スタンダードからいつの間にかオリジナルに変わっていくという曲がこれまでもよかった。最後は涙が出た。アンコールも二曲。だんだん会場全体が音楽になじんできた感じになり、終わりになればなるほどいい感じだった。これで満足。言うことなし。

「マイ・ファニー・ヴァレンタイ」が始まる前に、ジャックが一時ステージを退く。トイレにでもいった感じだったが、キースは戻ってくる前から演奏をはじめていた。それも緊張感を解くのによかったのかもしれない。休憩時間のロビーでは、この前議員会館ですれちがった羽田元首相がいた。羽田氏もキースのファンなのだろうか。

帰りがけ、桂花で久しぶりにラーメンを食べる。ここで食べたのは10年ぶりくらいだろうか。桜上水で下りて家へ向かう途中、ジャージ姿の若い男が、やはりジャーズ姿の女に、「なぜそんなに簡単にまたを開くのか」と説教していた。そうですか、なるほどと思いながら通り過ぎる。

May 09, 2007

5月9日(水)とんきシステムに乱れあり

『日本宗教美術史』の原稿、10枚ほど書く。この仕事、一日に10枚が限度のような気がする。土偶の話を書いてみた。

午後、ヤマギシの販売車で、昔南那須の農場で一緒だった武井氏がやってきた。いつもの人が入院して、その代わりとのこと。雑談していて、私がヤマギシにいた頃の人間の話になった。10年ほど前にヤマギシを訪れたときには、かなり残っていたが、武井氏の話ではその大半がすでに外に出ているとのこと。メンバーの数自体も最盛期の半分くらいになっているようだ。

夜は、「社会人社会化計画」なるプロジェクトの打ち合わせ。場所が目黒だったので、終わってから「とんき」に寄ってみる。10時前だったが、これだけ遅く来たことはない。10時になると、いつも中央で揚がったとんかつを切っている主人が退くことがわかった。女性の店員も、夜はいないようだ。若手がとんかつを切ることになる時間のようだが、やはり中心がなくなると、精緻なとんきのシステムにも乱れが生じる。食べ終わって、すぐにお茶が出てこなかった。店員はしきりに謝っていたが、これははじめての体験。

May 08, 2007

5月8日(火)火祭りは日本だけなのか

『公明党vs創価学会』、校閲の入ったものに目を通す。それほど多くはないので、すぐに返送する。

『日本宗教美術史』第1章を書く。縄文時代の宗教美術についてとりあげることにしたが、書いていて、いろいろと出てきて、思わぬ展開になる。岡本太郎を驚喜させた火焔土器について考えてみたが、日本人の火に対するとらえ方には特殊なものがあるように思えてきた。全国各地に火祭りがあるが、こうした国は珍しい。ほかに例があるのだろうか。花火に対する関心の強さも、それに関連しているように思う。あるいは、もっと言えば、放火という行為にも日本の特殊性があるのではないか。バシュラールとは違う意味で、日本人の火への関心は、宗教美術史や宗教史を考える上で無視できない主題になってくるだろう。

夕方、いつものコースを散歩する。今日は梅ヶ丘のところで、羽根木公園に寄ってみることにする。公園は小高い山のようになっているので、登りがきつい。帰りがけに、豪徳寺のソーセージ店に寄ってみる。気になっていたが、入ったのははじめて。生ソーセージを買う。

May 07, 2007

5月7日(月)またおかしい海老蔵のデート

GWが明けた。フランスでは新しい大統領が決まり、松井が2000本安打を打った。

昼から大学へ。コンピュータが新しくなったので、設定など格闘する。なぜか超漢字をウィンドウズ上で動かすためのVmwareがうまく動かない。インストールしても、ちゃんとロードされていない。いろいろとバージョンを変えてみたが、うまくいかない。どうなっているのだろうか。オフィス2007などをインストールしてみるが、まだvistaにはなじめない。セキュリティー対策がうるさいのかもしれない。高度なOSだけに、重たさが気になる。

あと、三田会についての資料をとりよせるために、資料検索をする。昔書いたことのある『IDE』に大学同窓会についての特集があることがわかったりする。

仕事を終えてから、歩いて家まで帰ってみる。1時間と少し。散歩には悪くない距離だが、世田谷代田まで出るのがややこしい。細かな道をうまく曲がらないと迷いそうだ。

海老蔵の女性関係がまた浮上した。今度は、テレビ局の元社員だというが、やはり伝えられている報道の中身がおかしい。女性は司法試験の勉強をしていて、試験が目前だというのに、海老蔵とデートを重ね、しかも4月の中旬には京都に旅行している。これでは司法試験には受からないし、あの破格の海老蔵とつきあいながら勉強するというのは、あまりに変だ。こういう点、おかしいと思わずに記事にしてしまうのだから、恐ろしい。テレビのワイドショーも、それをもとに、そのまま伝えるのだろうが、もう少し考えたらどうだろうか。

May 06, 2007

5月6日(日)運慶作大威徳明王像と特攻観音

『日本宗教美術史』の取材ということで、金沢文庫へ。編集の渡辺さんに車で連れて行ってもらう。天候は悪かったが、道は行き、帰りともすいていた。連休最後ということだろうが、これだけすいている東京の道は珍しい。

お目当ては、運慶の大威徳明王像。最近、運慶作であることがはっきりした。昨日の『朝日新聞』にもそのことが取り上げられていた。金沢文庫ははじめて。ほかにも、隣の称名寺に関連する仏像などが展示されていた。大威徳明王像は、思っていた以上に小さかった。眼光は鋭く、表情は豊かだが、手も足も失われていて、全貌は想像するしかない。鎌倉将軍の子供たちの養育係になった女性が依頼したものということが、納入文書から明らかになっているが、おそらく自分の近くにおいておき、祈願をするためのものなのだろう。

称名寺の宗旨は、最初浄土宗だったのが、真言律宗にすぐに変わったという。本尊もそれに関連して、阿弥陀仏から弥勒菩薩に変わったようだ。ただ、弥勒浄土図とかはあまり見たことがない。なんだか落ち着きが悪い気がした。真言律宗のことはあまり詳しくはないが、少し調べてみる必要がありそうだ。帰りがけに隣の称名寺に寄る。池がなかなかいい感じだが、寺としてはほとんど機能していないように見受けられた。観光資源としてもったいない気もする。

帰りに、下馬の世田谷観音によってもらう。渡辺さんから、ここには特攻観音が祀られていると教えてもらい、興味をもったからだ。鹿児島の知覧にあるものは、ここの観音を分祠したものという。ただ、知覧の方ではあまりそのことはいわないらしい。住職にお会いして、いろいろと話を伺う。ここの由来など、なかなか興味深い。もちろん、特攻観音にもお参りさせてもらった。決して大きなものではないし、終戦直後5万円で頒布されようとしたものなので、立派な観音像とは言えないかもしれないが、その前で手を合わせていると、不思議に引き込まれるものを感じた。思いの強さのせいだろうか。

May 05, 2007

5月5日(土)オペラ座公演を見る

髪がだいぶ伸びたので、床屋に行く。床屋はゴールデンウィークも関係なく営業したとのこと。行楽地は好天でどこも人出があるようだが、こういうときは出かけないのが一番だろう。髪を切ってもらっている途中で、今日がこどもの日ということを思い出す。恒例になっているので、亀屋でちまきを買う。やはりうまい。

成田屋のオペラ座公演を見る。皆、役者は緊張気味で、台詞回しがおかしかったりする。初日ということで、緊張するのも仕方がないが、もう一つ、劇場の音響の違いもあるのではないか。音の響き方が歌舞伎座などとは全然違う感じがする。一事が万事、さまざまなところが違って大変なのだろう。

「勧進帳」、四天王が弁慶をほめるところが省略されていたようだ。舞台に花道がないので、いつもの感じとかなり違う。海老蔵の富樫は、これまでと少し違ってきているように思えた。團十郎の弁慶も、いつもより人間的に思えたのは、意図してのことだろうか。弁慶の飛び六法、途中で上の段にあがらなければならないというのは、勢いがうまくつかないようで、迫力に欠けていた。

「口上」では、亀治郎のフランス語のうまさが目立ったけれど、彼は小学校から大学までフランス語を一応勉強していたらしい。皆、つまったりするところが愛嬌があって、それがおもしろい。

「紅葉狩」の海老蔵、台詞回しがかなり変だ。彼でもこうした場は緊張が表に出てしまうのだろう。鬼女にかわってからの迫力は、去年以上だ。まさに人間業とは思えない。亀治郎の山神、意外とおもしろくなかった。これなら、右近とか連れて行けばよかったのにと思う。それにしても、義太夫に長唄、それに常磐津と、清元以外すべて連れて行ったのだから、これは本当に大変だと思う。カーテンコールの拍手。歌舞伎ではないものだけに新鮮な感じだ。

『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』をさらに展開させていくために、「NA」というブログを新たに開設する。

5月4日(金)壮大な試みなのか

朝起きて、テレビをつけたら、松坂がすでに5点とられていた。いろいろなことがあるのだろうが、とりあえず球場が寒そうだ。日本ではあまり考えられないことだろうが、今年のアメリカはおしなべて寒いのだろうか。

『公明党vs創価学会』の校正、編集者から指摘されたところ、手を入れる。もうこれでいいだろう。

『日本宗教美術史』の原稿、はじめにの部分を書き上げる。40枚強になったが、書いていて、この試み予想以上に難しい問題をはらんでいるような気になってきた。宗教美術とは何か。いったい何を取り上げればいいのか。その評価と位置づけはどうするのか。そして、最後に思ったのは、日本宗教美術史をつづるということは、日本宗教史をこれまでとは違う角度から見ていくことでもあるということ。これは、壮大な試みなのかもしれない。

横浜、単独首位に昨日立ったが、一日にして巨人に逆転される。この先どうなるか。チームはすごくまとまっているというので、期待しよう。

May 03, 2007

5月3日(木)D.C.マダムが求められる訳

『寺門興隆』の原稿を書く。今回は、温家宝首相の訪日の際に、池田大作名誉会長と会見したことについて分析してみた。週刊誌などでもとりあげられたが、なぜ温首相はわざわざ創価学会の名誉会長との会談を望んだのか。なかなか興味のあるところだ。

アメリカでは、D.C.マダムとか言う、高級売春クラブの女主人のことが話題になっているようだ。政府の高官がクラブの客だということが問題視されているようだけれど、これは日本では起こらないことだろう。欧米では、日本と違い、酒を飲む客に女性がサービスしてくれるようなところはない。日本だと、ただ女性がいるクラブからはじまって、キャバクラとか、ピンクサロンとか、各種の風俗とか、売春にいたるまでに細かな段階があって、男性の側の需要を満たすようになっている。

ところが、欧米では、そんな場所がない。極端に言えば、女性からサービスを受けるには、売春までいかなければならない。あれかこれか、二者択一しかない欧米と、グラデーションのある日本とではずいぶんと状況が違う。風俗を含め、女性がサービスしてくれる店は、ある種、男性が愚痴を言うための場でもあるわけだが、そうした場がない社会というのはずいぶんときついのだろう。マダムが、性的ファンタジーを提供しているだけだと言うのも、案外意味があることなのかもしれない。

それにしても、報道でおかしいのは、彼女が稼いだとされる額だ。2億円超と伝えられているが、それは13年間の稼ぎだという。これはあまりに稼ぎとして少なすぎるのではないか。1年あたり、2000万円にもならない。ところが、顧客のリストには1万人以上載っていると言われるし、そのリストはものすごい量だ。そこから考えて、2億円超はありえない。アメリカのサイトを見ても、200万ドルとなっている。なんでこんな非現実な数字が放置されているのだろうか。不思議だ。

May 02, 2007

5月2日(水)ソニービルでブラビアを視聴する

午前中は、『日本宗教美術史』の原稿を書く。はじめにの部分、最初から手を入れていく。いろいろと難しい問題が出てくる。どれも解決の難しい事柄だが、宗教美術の歴史を考えることで出てきた課題なので、重要なことなのだろう。土曜日に、編集者と金沢文庫に行くことになる。今、運慶の新たに発見された大威徳明王像が展示されている。

午後、ライブラリーに行き、打ち合わせをした後、銀座に出る。ソニービルで、ブラビアなどを見てみる。ブラビアにはいくつかのシリーズがあるが、移っている映像の性格が違うので、比較ということにはあまりならなかった。やはりXシリーズが一番ハイクラスなのだろうが、鮮やかすぎる気がしなくもない。普通の視聴者が見るテレビというより、モニターというイメージがする。

その後、山野楽器へ。売り場が変わっていた。前はジャズとクラシックが同じ階にあったのが、分離されていた。クラシックの売り場が広がったのではないかと思うが、それもブームということなのだろうか。エディー・ヒギンズがスコット・ハミルトンとケン・ペフロフスキーとセッションしたもの、ビル・エバンスのヴィレッジバンガードでのライブのコンプリート版、それにキースのトリオの「ウィスパー・ノット」を購入する。ビル・エバンスのものは、アナログではもっているが、CDではもっていない。今、アナログがかけられないので、買ってみた。3枚組みで3000円だから、リーズナブルだろう。

May 01, 2007

5月1日(火)パトロールの証

今日は一日天気が悪かった。午前中は、『公明党vs創価学会』の校正をする。不明箇所を調べたり、新聞記事にあたったりと、一応わかる範囲ではなおした。あとは、あとがきを書く必要がある。それを書いてから送ることにするが、連休中なので月曜日につけばいいだろう。

午後、『日本宗教美術史』の原稿を書いてみる。あまり進まなかったが、もう少しではじめにが終わるところまできた。ちょっとはじめにとしては堅いかもしれない。これで行くのかどうか、検討する必要がある。

途中で有田氏から電話で、観音堂のことを聞かれる。鹿児島で特攻隊員を祀る観音堂があるらしい。観音と結縁のことを話してみる。役に立っただろうか。

自転車泥棒のこと、警察に知らせたら、パトロールしてくれている。しっかりとパトロールしたことを教えてくれるため、郵便受けにメモが入っている。最近の警察はずいぶんと丁寧だ。見回ってくれるだけでも心強い。

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