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June 2007

June 30, 2007

6月30日(土)どうして離党したのかけっきょくよくわからない

6月も終わろうとしている。これで今年も半分終わったことになる。土曜なのに、『日本宗教美術史』の原稿を少し書く。

今度の『寺門興隆』では、公明党を離党した福本潤一議員のことをとりあげようと思っている。『週刊現代』に本人に取材した記事が出ていたので買って読んでみたが、どうもよくわからない。はっきりとした理由がまったく説明されていないし、公認漏れになった理由も、本人の推測にすぎない。それに、公認されないことになった後も、後継候補の挨拶にまわっていたというから、余計よくわからない。

昔、公明党議員が池田大作は独裁者だということで、叛旗を翻した例があり、それに近いのかとも思うが、あまりにも理由が曖昧で、わからない。『聖教新聞』で、告発でもされれば、事情もわかってくるのかもしれないが、選挙前ということもあってか、何も載っていない。これはどうも皆目理由がわからない。原稿としてまとめるのは難しそうだが、むしろその曖昧さを問題にするべきかもしれない。

June 29, 2007

6月29日(金)大学2年生の5、6月というのは相当に重要な時期かもしれない

昨日遅かったせいか、それとも久しぶりに大学の先生らしいことをしたせいか、今日は疲れ気味で、眠い。それで、仕事があまりはかどらなかった。それでも、三田会の方は10枚弱は進んだだろうか。宗教美術史は、2枚くらい。法隆寺の救世観音のことを書こうとすると、やはり梅原猛氏の聖徳太子論について言及しなければならない。昔この本を読んだとき、根拠の示し方が、あまりに非学問的で驚いた記憶がある。だからこそ、大胆なことが言えるのかもしれないが、救世観音の人間的な顔については、別の解釈をする必要がありそうだ。

『宗教学者が読む「坊っちゃん」』の企画、簡単な目次を送ったら、編集者からはそのまま進めてくださいという返事が来た。たしかに、その線で書けそうな気もするが、問題はいつ書くか。1週間にできる仕事の量は限界があるし、その限界はどうしても超えられないので、工夫が必要だろう。どこかで一気に書き下ろすというのが一番いいのだけれど・・・

今週、二つの大学で話を終えてから、個人的に話しかけてきた学生がいたが、どちらも2年生だった。考えてみると、2年生の5月から6月という時期は、とても大事な時期であるような気がする。私が宗教学のおもしろさにめざめたのも、そのときだし、四方田犬彦氏が、最近刊行した『先生とわたし』で述べているように、彼が由良君美という先生と出会うのも、やはり2年の時の5月だ。1年生が終わり、大学に慣れてくるなかで、いったい何を大学で学ぼうか、その方向性が決まるのがこの時期なのだろう。また、逆に言えば、この時期をうまくすごせるかで、大学生勝の価値が決まってくるのかもしれない。

6月28日(木)塾員のための銀座のクラブへ行く

午前中は、三田会の原稿。今日は、はしかで休講になった中大の授業があるので11時過ぎに家を出る。はじめて教職員食堂で昼食をとる。落ち着いていて、さすがに学食とは違う。授業ではいろいろ話したいこともあったが時間が限られているので、ずいぶんはしょった形になってしまった。レポートの課題を出して3回の授業が終わる。終わってから、学生に話しかけられ、1時間くらいしゃべっていた。

その後、汐留へ。今日は、電通の渡辺さんが紹介してくれた同僚の鈴木さんにつれられて、銀座の「Ginza BRB」というクラブに行く。ここは、慶應の卒業生が行くクラブで、銀座の8丁目にある。ここの存在は知らなかったが、会員制なので、会員と出ないと行けない。地下1階がクラブで、地下2階がパーティールームになっていく。BRBとは、慶應の三色旗の色、青、赤、青から来ている。客はかなりいて、にぎわっていた。料理の数は多くはないが、手作りという感じが強く、けっこうおいしい。

塾員だけのクラブとはなっているが、東大や早稲田出の人間も会員になっているらしい。途中で、勧誘さえた。入会金が5万2500円で、年会費が3万1500円。この値段はかなり安い。居心地がいいので、閉店の11時半くらいまでいた。そのあいだ、三田会のことや電通のことを聞くが、電通という会社、非常に不思議だ。渡辺さんからは、次は電通の研究はどうかと言われているが、いったいどう研究するのか。少しの間でも雇ってもらったらわかるのだろうか。

June 27, 2007

6月27日(水)若手アスリートがなぜか菩薩に見える

歌舞伎チャンネルで、去年の10月だったか、「忠臣蔵」の5,6段目のうち、5段目を見る。海老蔵が、定九郎をつとめたもの。以前、海老蔵の定九郎は見たことがあり、そのときはそれほどでもなかったので、このときはパスしていたが、見てみると様変わりしていて、驚いた。前は、美しいという印象はあったけれど、今回は悪いという印象の方が強い。表情がまるで違っている。やはり見るべきだったかと少し後悔。ただ、このときは、これだけだったので、行くのをためらった。もう一役やっていれば必ず行っただろう。

『日本宗教美術史』を書いていて、仏像の写真を年中見ているせいか、この前新宿駅に行ったとき、いたるところ浅田真央選手のコマーシャル写真が貼られていて、その顔が仏像というか、菩薩のように見えた。目が細いせいだろうか。しかし、ほかの10代のアスリートを見ていると、ハンカチ王子など、浅田選手以上に、仏像のように見える。表情がないわけではないのだけれど、いつも何か変わらない顔があって、仏像に浮かぶかすかな笑みのようなものがある。それは、ゴルフの石川選手にも言える。斉藤投手のライバル、楽天のマーちゃんの場合には、鎌倉期の仏像のようにも見える。

要するに、皆、普通の若者より、あるいは大人も含め、顔がしっかりしているということだろう。大人にも、あれだけしっかりした顔は少ない。そこには、外の世界からの注目をエネルギーに変えることのできる強靱さが宿っているのではないだろうか。『朝日新聞』の斉藤投手の記事で、彼をヤンキースの松井や、イチローと比較して、自分で自分を見つめる客観的な視点があるという指摘がなされていたが、そのことが表情にも出ているということではないか。ここらあたりのこと、もっとしっかり考えてみると、いろいろと問題が広がってくるし、今の若者が悩んでいる傷つきやすさに対する解決の仕方も出てくるような気がする。

June 26, 2007

6月26日(火)橋爪大三郎さんから間違い電話がかかってきた

昨日遅かったので、朝も遅くなる。昨日のブログを書いたり、いろいろとメールをしたりしていたので、午前中はまともに仕事にならなかった。昼食後、いつものパターンで原稿書き。それほどは進まなかったが、確実に前進はしている。

大学の研究室の高橋君は結婚するようで、なによりものことだ。阿川さんは、いつの間にか慶應の政策学部の学部長になっていた。6月1日から就任というのは珍しい。ここのところ、大学の学生のレポートを読んだり、大学で講演したり、それに今週は授業もあるし、なんだか大学の先生のような暮らしになっている。先週も大正大学に行ったし、これで会議があれば、昔のような生活ということになるのかもしれない。

夜、電話がかかってきて、出たら、「島先生ですか」と聞かれた。「島田だと答える」と、相手はそのまま切ったが、声に聞き覚えがあり、もしかしたらと調べてみたら、番号から東工大の橋爪さんからだということがわかった。橋爪さんは、私に間違い電話をかけてしまったことに気づいていない様子だった。今でもわかっていないかもしれない。島先生というのは、誰なのだろう。

6月25日(月)『坊っちゃん』について語った一日

先日対談した山下聖美さんのお招きで、日本大学芸術学部の所沢校舎で講演をするために所沢方面にむかう。小田急で登戸まで行き、南武線で府中本町、そこから武蔵野線で東所沢へ。電車に乗っている時間で50分。意外と早い。駅からはバスで大学へ。案内には20分と書かれていたが、10分で着く。キャンパスが意外と広い。江古田校舎とはずいぶんと感じが違う。

昼食をいただいて、1時から講演。聴衆は学生に、知り合いの編集者など70名くらいか。「宗教学者が読む『坊っちゃん』」ということで話をする。これまで、文学のことについて講演したことがないので、これがはじめてのことになる。イニシエーションの観点から見たとき、坊っちゃんは、変化しないというところに特徴があるのではないかと指摘し、村上春樹のキーワードである「損なわれる」との関係で、損なわれなかった坊っちゃんというのを考えてみた。

講演が終わってから、一休みして、山下さんを中心に学生からインタビューをされる。これは、ネット上に出るらしい。その後、所沢で懇親会に出て、池袋へ行き、何人かで人世横町というところで飲む。

June 24, 2007

6月24日(日)中大生のレポートを見るだけで3時間かかった

ヒルズのライブラリーへ行く。中央大学のレポートを見るため。まだ履修名簿をもらっていないので、学生が何人いるのかわからないが、かなりの数がある。これは、家でやっても途中でいやになるだとろうと思い、ライブラリーに行くことにした。まず、明日の日芸での講演の準備をしてから、レポートを読み、一言コメントをする。

全部で3時間はかかったと思うが、いくつか興味深いこともわかった。150人以上いると思うがそのうち、創価学会のことをまったく知らなかったというのが3人はいた。大丈夫だろうか。創価学会の会員かもしれないという学生もいたが、その数も同じくらい。予想した通りというか、案外少なかったように思う。ちょっとそうした学生には書きにくいレポートだったかもしれない。今度は、そのあたりを考えて、テーマを出す必要がありそうだ。

なかに、信濃町が近くなので、探索にいったというものがあった。秘密レポートのようで、けっこうスリルがあったのかもしれない。そういう学生がいても悪くない。

ライブラリーのなかで、本の置き場所が変わっていた。『ロング・グッドバイ』がオフィス・スペースのなかにあったのが、グレート・ライブラリーに移っていて、最初それがわからなかった。それから、タワー・ライブラリーのスペースには、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』もおいてくれていた。ありがたい。

June 23, 2007

6月23日(土)仏像の時代ということを考えるようになった

ブログを書こうとして日付を入れてみたら、今日が6月23日だということに気づいた。なんだか、家で仕事をしていると、曜日の感覚はあっても、だんだん、日付の感覚がなくなっていくような気がする。だいたい、今日が何日だということをあまり意識していない。昔だと6月23日というのは、安保の日という感覚があった。今ではその感覚はすっかり薄れてしまっているだろう。

『日本宗教美術史』ようやく飛鳥時代に入り、仏教美術の話になってきたが、それは「仏像の時代」のはじまりだと思う。あまりそういう言い方はされていないが、優れた仏像が次々と生み出され、各地の寺院に安置されるようになるのが仏像の時代だ。

ただ、仏像の時代の中心はあくまで奈良という場所にあるように思う。平安時代になると京都の寺院に仏像が安置されるようになるが、奈良の仏像と京都の仏像は、仏像単体の重要性ということではかなり違うように思う。たとえば、奈良の寺を訪れるときには、仏像を拝観しにという意識がわくが、京都だと、仏像と言うよりも、庭であったり、建物であったりする。清水寺に仏像を拝観しに行くということはあまりないだろうし、三十三間堂でも、1001体の観音像が作り出す空間に接しようとするのであって、個別の仏像に出会おうとして出向くことはない。

その後、鎌倉時代になると、個性的な仏像が慶派の手で作られるようになるが、それも主に奈良を舞台にしてのことで、東大寺の復興などが関係している。その点で、仏像の時代は、奈良固有の時代なのかもしれないと思う。古寺巡礼ということばが、たんに和辻の影響だけではなく、奈良・大和を思い起こさせるのも、この仏像の時代と関連するだろう。不思議と、京都だと古寺巡礼というイメージがあわない。不思議なものだと思う。

June 22, 2007

6月22日(金)柳田国男がテレビのなかでしゃべっていた

朝何気なく、NHKのBS2を見ていたら、白黒画面のなかで、手に杖をもった老人がしゃべっているのを見かけた。これは、もしかして柳田国男ではなかろうかと見ていたら、やはりそうだった。これは、とても短い番組で、新聞の番組表に出ていなかったりするが、「あの人に会いたい」という番組で、これまでも先々代の尾上松録やきんさん、ぎんさん、白洲正子などの映像がとりあげられてきたらしい。柳田国男の本は読んだことがあるし、文庫版の全集ももっているけれど、本人が生きてしゃべっている姿は映像でも見たことがなかった気がする。

意外としゃべる柳田は軽い感じで、そのくせけっこう話のなかに横文字が出てくる。楽しそうにしゃべっているところを見ていて、これはやはり六男に生まれたことが影響しているように思えた。末っ子かどうか忘れたが、末っ子的な甘えというか、かなりおしゃべりだ。

今日も原稿は、いつもと同じパターン。合間に、取材を受けた原稿の直しなどが入る。

どういうわけか、スカパーのリモコンがなくて困っているが、とりあえず携帯がリモコン代わりになるので、それを使っている。

今度、座談会に出る曹洞宗関係の雑誌が送られてきたが、曹洞宗のなかではいろいろな問題があって、もめているようだ。これはどの宗派にも言えることなのだろうが、これからの時代、寺院がどうするかは大きな問題だろう。たしかに、従来の葬式から離れようとする動きは出ている。仏教界の一番のネックはやはり戒名問題で、これさえクリアーできれば、イメージアップにつながると思うのだけれど、なかなか本格的にそちらの方向に向かわない。また少し、戒名で仏教界をゆさぶってみる必要がありそうだ。

June 21, 2007

6月21日(木)国立国会図書館のライブラリアンに勝ったかもしれないと思うとちょっとうれしい

原稿書きの方は、相変わらずのパターン。今日は、すでに書いてあるものをもってきたりしたので、何枚書いたかはわからない。ぼちぼちやっていくしかない仕事なので、地道にやっていこう。それでも不思議なもので、今日も新しい仕事が入った。ずっとそういうことがなかったのに、急に続くというのは、たぶん偶然なのだろうが、変化感じだ。今度は、曹洞宗関係の雑誌で、佐々木宏幹先生などと座談会をすることになった。

久しぶりに、トランスビューの中嶋君に連絡をしたら電話があって、30分くらい話す。そのとき、ドイツ語の表記がわからないので、なんとかならないかと言われる。私はドイツ語に関しては、一度も勉強したことがないので断ったが、無理矢理ファックスが届いた。書名のなかの表記の問題なので、アマゾンを調べ、紀伊國屋書店を調べたが、その本は売られていなかった。だったら、東大にあるのではと思い、検索してみると、案の定あって、あっけなく解決した。中嶋君、国会図書館の洋書のライブラリアンにも聞いて、それでもわからなかったようだが、やはり国会図書館は洋書には弱い気がする。あまりに早くわかったので、彼もびっくりしていたが、ちょっと偉そうに出来てうれしい。「やはりプロですから」。

検索の技術というのは、案外難しいものなのかもしれない。インターネットが発達したおかげで、昔では考えられないほど情報の収集能力があがり、私のような文筆家が仕事ができるのも、明らかにそのおかげだ。けれども、情報の海のなかを航海し、目的地である特定の情報にたどり着くというのは、それほど易しいことではないのだろう。これは、方法と言うより、長年の経験によるものだと思う。昨日、大学で朝日新聞の「聞蔵」が使えることに気づいた。これは、かなり活用できそうな気がする。

6月20日(水)大正大学で戒名について話をするよう頼まれる

午前中は、慶應三田会の原稿、7枚ほど進む。ちょっと予定より遅れている感じだ。

昼から、『アサヒ芸能』の取材。公明党のことについて聞かれる。そのあと、大学へ行く。図書室で取り寄せてもらった原稿のコピーを貰う。研究室で安全、安心の打ち合わせ。今年度は、共通コースで「自民党vs.公明党」のタイトルで話をすることになる。実務家コースの方も、おおよその日程を決める。10月の終わりから1月くらいにかけてする予定。

その後、池袋のリブロとジュンク堂によって見る。ジュンク堂では、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』がまだ1階のところに2冊ほどおいてくれていた。

そこから大正大学へ。巣鴨から歩いたが、予想以上に遠かった。大正大学宗教学会の第1回の催し、今年から大正大学の準教授になった村上君の発表を聞く。発表が終わってから懇親会に出たら、第2回は戒名について話してくれと頼まれる。そこで、藤井正雄先生を対論者に指名させてもらったが、どうなるのか。一応12月にということになった。

June 19, 2007

6月19日(火)新刊の売れ行きは今のところ悪くない

最近のパターンで、慶應三田会の原稿を午前中に書き、午後は日本宗教美術史。前者が10枚強、後者が5枚ほど進む。

夕方は、打ち合わせと取材。5月に入ってから、不思議なもので、取材も依頼もまったく受けない日々が続いていたが、急に今日、2件取材が入る。1件は今日すませ、もう1件は明日受ける。

『公明党vs.創価学会』、出だし好調のようだ。紀伊國屋書店のランキングだと、新書で33位に入っていた。そのかなには、一般の新書ではない、いわゆる小説のノベルスが10冊ほど含まれているので、実質23位。さらに、発売が13日で、集計は11日からなので、もう少し上なのだろう。政局の方、一寸先は闇で、1ヶ月ほど前とはずいぶんと変わってきた。公明党についても、かなり苦しい選挙を強いられそうだし、何より年金問題がいけない。創価学会の会員にとっては、一番切実な問題の一つではないだろうか。問題は、自公が大敗して、安部政権がどうなるかだ。連立の枠組みにも影響が出るかもしれない。そこらあたり、どう予測していくのか、難しいことも多いだろう。公明党についても、引き続き研究していかなければならない。

June 18, 2007

6月18日(月)中沢新一批判の続編を考えてみてもいい気になってきた

慶應三田会、第1章を直す。終わってから、表の整理をしたが、それにかなり時間がかかった。終わってから、日本宗教美術史の方、次の第3章の内容を考えてみる。いよいよ飛鳥、白鳳の仏教美術なので、いろいろと考えなければならないことが出てきそうだ。和辻の『古寺巡礼』、改めて読み直して、おもしろかった。今と仏像を見るときの環境が違うが、彼自身将来自分がどうしていくか明確な道を見いだしていないなかでの旅だけに、今風にいえば「自分探し」的なところがあるのかもしれない。法隆寺金堂の壁画は、その後焼けてしまったわけで、その点でも貴重な証言と言える。

『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』を出してから2ヶ月半になるが、2人の人から、これは続けてやった方がいいのではという意見をもらった。中沢氏からは格別何の反応もないけれど、これで終わりと思っているのかもしれない。続編のことはまったく考えていなかったけれど、それもありかと思うようになった。頭のなかで、内容を考えてみたが、意外と書かなければならないことが出てくる気がする。中沢氏を東大の駒場が拒否したいわゆる「駒場事件」の重要性も、2人の人から指摘された。要は、現代における知識人の問題になってくるのだろうけど、ランダムにいえば、宮沢賢治とか、ホリエモンとか、宮崎哲弥氏とか、オウム以降に出てきたさまざまな問題にかんして、論じなければならないことは少なくない。私にとっては、中沢氏を相手にするのが、フィールドが共通しているだけに、論じやすいようにも思う。ここは、ぼちぼち考えていく必要がありそうだ。

June 17, 2007

6月17日(日)飛鳥仏も気になるけれど福本議員の公明離党も気になる

日曜だけれど、まとまって時間がとれるので、『日本宗教美術史』の第2章に手を入れる。一応、最後まで行く。第2章では、神道美術の問題についてふれたが、仏教が渡来する前までで、すでに原稿が190枚を越えている。これから、仏教が到来し、本格的な日本の宗教美術の歴史がはじまるわけだが、いったいこれからどうなるのか。まあ、あまり先は考えず、次に行くことにする。次は飛鳥白鳳時代をあつかうつもりなので、この章を書くと全体が見えてくるかもしれない。次に、天平(奈良仏教)、密教、浄土信仰、鎌倉仏教、禅の展開と西洋との出会い、近世の宗教美術、近代と宗教美術の世俗化。適当にあげてみると、こんな感じか。第1章と第2章が70枚ほどで、それで行くと、あと490枚。全部で700枚弱。そんなことになるのかどうか、仏教美術になると言いたいこともいろいろと出てくるだろうから、まったくわからない。

週刊誌の記者から、公明党を離党した福本潤一議員の連絡先を知らないかという電話がかかってきた。もちろん、知らないけれど、調べてみるとこの議員さん、経歴がおもしろい。東大の農学部で大学院まで進んで、農学博士。その後、愛媛大学の助教授もしている。議員になってからも、専門を生かして、農水族として活躍してきたらしい。

公明党では、立候補する場合、在職中に65歳を越えないということになっているが、福本議員の場合、今回出て当選しても、定年にはひっかからないはずだ。ぎりぎりの64歳で任期を終えることになる。それでも、出馬が出来なかったということは、何か事情があるのだろうか。それに、この定年制、例外があって、余人を持って代え難いとなると、立候補できたりする。本当にどういう事情でこうなったのか。公明党の体質なのか。それとも、福本議員個人の問題なのか。注目する必要がありそうだ。

June 16, 2007

6月16日(土)石巡礼の写真展に行かなければとは思ったけれど

今日も、かなり暑い。少しも梅雨らしくない。

昨日、ディスク・ユニオンで、アナログ・プレイヤーのベルトを買ったので、古いのと付け替えてみる。一枚かけようと思ったら、たたままベニー・ウオレスの「ザ・オールド・ソングズ」が手に触れたので、それをかけてみる。8曲のうち、2曲をのぞいて、ジョシュア・レッドマンのようなピアノレス・トリオ。すごくいいアルバムかはわからないが、けっこう録音がよく、いかにもアナログという感じがした。

石というか、岩について考えなければと思っていたところ、届いた『新潮45』に須田郡司というカメラマンが、「石巡礼」というのをやっているというのを知る。さっそくそのホームページを見てみたら、今、ギャラリーでその写真展をやっているということがわかる。これは行ってみなければとは思ったけれど、場所はなんと南房総。写真展に行くには遠い。ホームページを見てみたら、鎌田東二氏の影響を受けて、巡礼をはじめ、それが一応終わったらしい。日本だけではなく、世界の岩を撮り、それが写真集やポストカードにもなっている。ホームページでも見られるが、たしかに岩というのは不思議なものだと思う。

6月15日(金)日蓮封印論が現代では必要なのかもしれない

外に出ると暑い。梅雨に入ったばかりだけれど、なんだか梅雨明けしたような夏の天気だ。午前中、三田会について書き、第1章の終わりまで行く。構成を直して、書きやすくなった。これを直すとこの章だけで50枚くらいになるだろうが、表もあるので、頁としてはもっと多い。

午後は、日蓮遺文の勉強会。受講生の出足が遅かったけれど、最後はいつものような人数に増えていた。中身は、「観心本尊抄」の続き。議論として、詰めてあり、きりきりと話が進んでいく感じがする。講義を聴きながら、気になったので、日蓮が、この前展覧会で見た円仁、慈覚大師のことをどのように書いているのだろうかと調べてみると、身延期の遺文では慈覚大師批判を展開しているようだ。やはり、この二人、考え方がまるで違うのだろう。なんでもありの慈覚大師と、これしかだめだの日蓮では所詮あうはずもない。ある意味、慈覚大師がいて、さまざまなものを天台に持ち込んだからこそ、日蓮がそれを批判し、日蓮宗という新しい宗派を開いたとも言える。

先週、日にちを間違えた「立正安国論」についてのシンポジウムでは、安国論封印論が出て、議論が盛り上がったようだ。それは、日蓮のなかに暴力を肯定する部分があり、それが現在の平和主義的な仏教像にそぐわないかららしい。これはなかなかおもしろい議論で、それならいっそのこと「日蓮封印論」で出てもいい気がする。開祖の言うことは、どの宗派でもそうだが、過激で、原理主義の傾向をもつ。つまりは、他の宗派を認めず、それを暴力的に排除することを肯定する論理が含まれるわけで、危険思想を内包している。ならば、開祖の教えは封印する必要があるのかもしれない。そんなこと不可能と思われるかもしれないが、近世の日蓮宗では、事実上、日蓮の教えは封印されていた。浄土真宗だって、「歎異抄」は封印され、門徒は読めなかった。そう考えれば、日蓮封印論も不可能ではないだろう。

勉強会が終わってから、紀伊國屋書店上の歯科医へ定期検診。終わってから、歯科三田会のことや、三田会のつながりについて話を聞く。やはりその関係は緊密なようだ。

June 14, 2007

6月14日(木)ジョシュア・レッドマンは案外凡庸なテナーに終わるかもしれない

慶應三田会を10枚強書く。日本宗教美術史の直しをしながら、石や岩に対する信仰について書かなければならないことに気づく。これは、禅宗の庭園にも結びついていくし、伏見稲荷大社の稲荷山の信仰にも結びついていくはずだ。

ジョシュア・レッドマンの新譜、『バック・イースト』を聴いてみた。そのなかに、コルトレーンの「インディア」が入っていて、ラジオでそれを聴いてよさそうだったので買ったものだ。ジョシュア・レッドマンのCDは、デビューした頃からけっこう集めているが、最近は買っていなかった。ピアノレスのトリオが中心で、そこに3人のテナーがゲストに加わるという形式をとっている。一番若いのは知らないが、あとはジョン・ロバーノと父親のデューイ・レッドマン。「インディア」で共演していたのは、この父親だった。

ジョシュア・レッドマンについての評価というのは案外難しい。テナーの技術は高いけれど、いつも何かが足らない。懸命に吹いていても、それが感動に結びつかないところがある。今回もそうだ。「インディア」にしても、よかったのは父親の方で、そこに差がある。とくに、オリジナルになると、まるでおもしろくない。おなじみの曲は聴けるが、オリジナルは楽しめない。今回のアルバムは、タイトルからもソニー・ロリンズを意識したものだが、ロリンズとは根本が違う。

なぜそうなるのか。考えてみると、彼には師匠がいないのではないか。若いミュージシャンで有能な人材は、ベテラン奏者のバンドに呼ばれ、そこで精進を重ねてから独立するというケースが多い。ジャズ・メッセンジャーズや、マイルスのバンドなどがそうした役割を果たしていて、ウイントン・マルサリスにしても、メッセンジャーズにいたことに大きな意味があったと思う。ところが、ジョシュア・レッドマンには、その経験がないように見える。いきなり自分のバンドでデビューし、そのまま活動している。

歌舞伎の型が意味があるように、師匠の型を学ぶことはジャズのミュージシャンに必要なステップではないか。どうやったらお客が楽しんでくれる演奏ができるのかを、その型を通して学ぶように思う。それを欠いていると、演奏が自己満足に終わってしまう。このままいくと、ジョシュア・レッドマンは、案外凡庸なテナーに終わってしまうかもしれない。

June 13, 2007

6月13日(水)経堂ではまだ朝日新書が並んでいなかった

慶應三田会の原稿を書いていると、いろいろと発見がある。不動産三田会というのがあって、不動産に関係する人たちが入っている。規模はかなり大きいが、それが慶應だけではなく、他の10大学と連盟を組んでいたりする。不動産業は、横の連絡ということが非常に大切なのだろう。他の業界では、あまりこうしたことは見られない気がする。今日は、調べたり、表なども作ったので、10枚まではいかなかった。日本宗教美術史の直しはあまり進まない。編集者から、『図説 日本の仏教』を送ってもらった。バブル期の出版のせいか、かなり立派だ。

夕方、買い物がてら、駅の方に出て、書店に寄ってみるが、2軒ある書店、どちらも朝日新書自体が入っていない。経堂では、発売日には手に入らないようだ。出版される本が多いせいだろうか。なんだか、気勢があがらない感じだ。

昨日の夜、オードリー・ヘプバーンの『ティファニーで朝食を』を見た。今まで見たことがなかった。映画としての評価は微妙だが、1961年のニューヨークがいかにすごい都会だったかがわかる。原作とかなり違うようで、映画を見ていても、おかしな設定だと思えるところが多い。原作を読んだわけではないので照合はできないが、主人公は娼婦という設定を変えてしまっても、それで話を成り立たせてしまうところが、いい加減というか、すごい。原作者のカポーティーは、映画を見終わって、驚いていすから転げ落ちたと言うが、たしかにそうだろう。しかし、ヘプバーンを生かすということでは、これくらい変えなければだめだったのかもしれない。

June 12, 2007

6月12日(火)『公明党vs.創価学会』がいよいよ刊行

午前中から午後にかけて、三田会の原稿を書く。第1章、書き続けてどうも気に入らないので、構成を大幅に直すことにする。調べることもあり、構成に午前中いっぱいかかった。午後、前の原稿を使いつつ、書き直していく。その後、日本宗教美術史の原稿を直す。

いよいよ、今年2冊目の本、『公明党vs.創価学会』が刊行になる。本のなかでも、政治の世界は一寸先は闇と書いたが、まさにその通りで、本を書いていた頃と、政治をめぐる状況は大きく変わった。本当に先が読めない世界だと思う。本の内容に影響があるわけではないが、政治の世界を書くのは難しいということを痛感する。

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参院選を前にして、いったいどういう反響があるのか楽しみだ。

June 11, 2007

6月11日(月)公明党に対抗するには地方議員のネットワーク化が必要なのでは

午前中から午後にかけて、三田会の原稿を書くが、7枚ほどしかいかなかった。午後は、日本宗教美術史、2章の直しをする。これもたいして進まなかった。週末、いろいろと立て込んでいて、疲れた。

水曜日には、『公明党vs.創価学会』が発売になる。参議院選挙も近いけれど、どうだろうか。今回、公明党を調べていて思ったのは、地方議員、地方議会の重要性だ。インタビューした都議は、公明党はローカル・パーティーだと明言していたが、たしかにそういうところがある。公明党の地方議員は3000人を超えていて、数が多いだけではなく、創価学会という支持母体を介して全体が結束しているため、強力だ。それだけの地方議員を抱えているのは、自民党と共産党だろうが、自民とは個々バラバラ。共産党も、市議のレベルでは数が多いが、都道府県議、さらに国会議員となると相当に先細りになる。その点では、公明党はバランスがとれているし、議員個々人が自分で票集めをする必要がないので、市議と都道府県議、都道府県議と国会議員が票をめぐってもめる必要がない。それは、強さを発揮する上で、かなり重要なことなのだろう。

民主党がどうも基盤が弱いのは、地方議員が少なく、組織全体が安定した構造をもっていないからだ。さらに、他の政党になれば、民主党以上に弱い。それに、地方議会では、無所属議員が増えていて、組織化がはかられていない。これからの方向性としては、無所属地方議員をネットワーク化し、その上に国会議員をおくようなやり方が必要になってくるのではないだろうか。そうでないと、一回は当選しても次が続かないし、そもそも政治活動がうまく展開できないはずだ。地方議員の側も、たんなる無所属では、十分な力が発揮できないだろう。有田さんも、そういうところを考えて欲しいものです。

June 10, 2007

6月10日(日)結婚パーティーで思わぬ人と会う

昨日買った、マイルスのミュンヘン・ライブというもの。調べてみたら、これまでDVDで出ていたのがわかった。映像をCD化したもののようだ。3枚目にボーナス・トラックがついていて、それは、1970年のワイト島でのライブ。これも、これまでDVDで出ていたもの。DVDの方がおもしろいだろうが、音源だけで3万組1890円は安いので、まあ満足。音も悪くない。

夕方、恵比寿へ行く。池ノ上のバー、「カーライル」の吉越君の結婚パーティー。駅の近くの、「トゥース・トゥース」という店。吉越君との縁を作ってくれた教え子が来ていると思ったら、都合で来られないということで、最初は話し相手もなく、手持ちぶさた。途中、吉越君の学友で喫茶店のポエム・チェーンの山内君と話し出したところで、いろいろな人と話す機会が出来た。驚いたのは、某大学の宗教社会学者、Nさんのご子息がいたこと。世間は狭いものだと改めて感心する。バーという世界は、思わぬ人と人とをつなぐ働きをするらしい。引き出物はウィスキーのミニボトル。幸福な結婚生活を祈りましょう。

June 09, 2007

6月9日(土)一日さまよったけれど文学の本質がわかったようで有意義だった

朝、日蓮の勉強会をしている新宿の常圓寺に出かけていった。立正安国論についてのシンポジウムに出るためだった。ところが、着いてみたら、誰もいない。おかしいと思って調べたら、昨日だった。手帳に最初に書いたときに、どういうわけか土曜日と書いてしまったようだ。昨日、時間もたしかめ、そのとき日時もみたはずだったが、思いこみというのは恐ろしい。

仕方がないので、来る途中電車のなかで見た損保ジャパン東郷青児美術館でやっている「ペルジーノ展」に行く。チケットをやはり700円で買った。ペルジーノというのは愛称で、作家はピエトロ・ヴァンヌッチという人。ペルージャで工房を開いていて、ラファエロの師匠ということだが、まるで知らなかった。工房で作っているので、本人が書いたものは少ないが、本人が書いたことに間違いないとされているものと、工房の作品とのあいだにあまりに大きな差があるのに驚く。これでは、しっかり工房を管理していたことにはならないのではないか。本人は「神のごとき人」とあがめられていてようだが、工房の作品を見てもあまりそうは思えなかった。

その後、寄ってみようと思っていた新国立美術館のライブラリーに行く。はじめてこの美術館に入ったが、巨大で、たくさんの人が来ているのに驚いた。上野の町がそのままそこにあるといった混みようかもしれない。ライブラリーは、使えそうな気がした。

その後、ヒルズのライブラリーへ行き、『ロング・グッドバイ』を読み終える。村上春樹の長い解説を読んだが、これがとても参考になった。今度、日芸で坊ちゃんについて講演するとき、何をはなせばいいかがはっきりした。ある意味、文学というものがはじめてよくわかったような気がした。

六本木から新宿へ出て、タワーレコードに行こうとして、エレベーターに乗ろうとしたら、先日インタビューでお世話になった『月刊プレイボーイ』の編集者、佐藤さんとばったり会い、ビールをおごって貰う。その後、タワーレコードに行き、キース・ジャレットの加わった『ライブ・イービル』や、ケニー・ギャレットの入った頃の3枚組み、それにジョシュア・レッドマンの新作とケン・ペプロフスキーを買う。

間違えて出来てた一日だが、収穫は案外多かった。こういう日があってもいいのかもしれない。

June 08, 2007

6月8日(金)1万8千歩の美術館巡り

午前中は、三田会の原稿、10枚ほど書く。サンパウロ三田会の話の途中まで行った。

午後は、上野へ。少し迷ったけれど、ダヴィンチの「受胎告知」を見ることにする。新宿のチケット屋で探したら、200円ほど安い件があった。それをもって上野へ。4時頃着く。金曜日は、午後8時までなので余裕がある。

たまたま東京都美術館でやっている『サントペテルブルグ国立ロシア美術館展』のチケットを貰っていたので、先にそれを見る。おもしろいと思ったのは、イヴァン・アイヴァゾフスキーの「アイヤ岬の嵐」。嵐の中の小舟を描いてなかなかダイナミックだ。同じ作者が「天地創造」も描いているが、こちらの方はもう一つ。さすがに神の業を描くのは難しいのだろう。おかしいと思ったのは、イリヤ・レーピンの「ニコライ・リムスキー=コルサコフの肖像」の絵の解説。偉大な芸術家ではなく、一人の疲れた男を描き出しているといった解説がなされていたが、それを見ても、この偉大な音楽家が疲れているようには見えない。何か解説者の勝手な思いこみのように思えたがどうだろうか。解説にはこうしたおかしなものが多い気がする。

その後、国立博物館に行き、「受胎告知」と対面する。一見して、バランスが悪い絵だという印象を受けたが、あとで、解説のビデオを見たら、遠近法が巧みに生かされていて、斜め下少し離れたところから見ると、全体のバランスがよく見えるような仕掛けになっているという。勉強不足で知らなかったので、帰りがけにもう一度見てみたが、たしかにそれはわかる気がした。ただ、ここでもベストポジションとおぼしきところから見られるようになっておらず、それは少し問題な気がした。他のダヴィンチ関係の展示は、本物がないものばかりで、あまり興味が引かれなかった。

実は、「受胎告知」もお目当てだったが、この際、国立博物館の平常展を見ようと思っていて、本館、平成館、表敬館、法隆寺宝物館などをまわってみた。日本宗教美術史の参考にしようという気持ちがあったからだが、驚いたのは、古代の土器や鏡、埴輪などが意外に大きいこと。こうした点は、やはり実物を見てみないとわからない。火焔型土器にも対面したし、いろいろと参考になった。法隆寺宝物館ははじめて入ったが、金銅仏が多数立ち並んでいるところは圧巻だった。そこの資料室にも寄ったが、大型の美術全集や法隆寺関係のこれも大型の資料が立ち並んでいて、もしかしたら、一度これらを真剣に見る必要が出てくるのかもしれないと感じた。

上野にいた時間は3時間半ほどで、ほとんど座ることもなかったので、帰ってきたら1万8千歩以上歩いていたことがわかった。最近は、それだけ歩いても案外疲れない。いろいろと収穫の多い一日だった。

June 07, 2007

6月7日(木)初版の部数を聞いて驚く

昨日遅くなったせいで、寝不足気味。それでも午前中は三田会を書き、午後は宗教美術史を書いた。宗教美術史の方、2章を書き終わったけれど、これで180枚になっている。まだ、仏教が日本にもたらされてからの仏教美術の話に入っていない。この調子でいったら、予定の500枚ではとても足りそうにない。自分でもどういった展開になるかよくわからない。しばらくはこのままやってみて、途中で考えることにしよう。

夕方、床屋へ。日曜日に結婚式があるので、その前に髪を切っておこうと考えた。いつもより伸びていなかったようだが、本当はこのくらいで行った方がいいのだろう。たいがい、収拾がつかなくなってから行くことが多い。

『公明党vs.創価学会』、部数を聞いていなかったが、今日、初版2万部だと教えられる。これまで、新書で一番多かったのが、たしか1万5千部だったような気がする。『創価学会』だったと思う。部数が多いのはうれしいが、そんなに売れるのだろうかと心配にもなってくる。今回のは、相当綿密に調べて書いているので、中身はけっこう充実していると思う。それに、現在の政治の状況と深くかかわる話なので、なるべく多くの人に読んでもらいたいと思う。

外に出ると、あじさいが咲き、だいぶ蒸し暑くなってきた。今年の梅雨はどうなのだろう。水不足とも言われているが、気候不順が続くので、これもまた不安だ。

6月6日(水)これからは鈍感力ではなく「対力」だ

午前中は、慶應三田会を10枚、午後は日本宗教美術史を8枚ほど書く。

夕方、ライブラリーへ出かけようとして、郵便受けをのぞいたら、朝日新聞の編集者から書籍小包が届いていた。急いで明けてみると、『公明党vs.創価学会』の見本が2冊入っていた。来週の発売なので、もうそろそろ見本が出来る頃だと思って、待っていたところだ。今年2冊目の本になる。とりあえず、1冊もって外に出る。

ライブラリーで、読書。村上春樹訳『ロング・グッドバイ』の続きを読む。今日で読み終わるかと思ったが、最後まで行かなかった。その後、「社会人社会化計画」の打ち合わせ。実際に、計画を進める前に、いろいろと議論をするところがおもしろい。今の社会にどういった問題があるのか、まとまって議論する機会もないので、頭の中が整理されてくる。

その議論のなかで、どういった力を養っていく必要があるのかという話をしていたとき、「対力」ということばを思いついた。「体力」からの連想だが、対力は、対人関係を作っていく力であり、社会と対決していく力であり、対策を立てていく力ということだろう。今の若い人は、豊かで安定した生活環境のなかで、この対力を培う機会を奪われているのかもしれない。

私たちの世代だと、上に団塊の世代がいて、彼らの存在が鬱陶しかったわけだけれど、そうした存在があったからこそ、私たちは何くそとがんばれたのかもしれない。その点では、団塊の世代の存在は、これは今になって初めて言えることだが、ありがたいことだったのかもしれない。私たちは団塊の世代と対峙することで、対力を養ってきたということになる。公明党と創価学会の関係にしても、政治と宗教がせめぎ合うことで、お互いに対力をつけているようにも思える。これからは、鈍感力ではなく、対力だ。

June 05, 2007

6月5日(火)エビスの琥珀かと思ったら違った

午前中は、三田会の原稿を書く。はじめに、全体で20枚になったが、それを書き上げ、直す。最近は、グーグルのネット上のワープロに原稿を載せ、編集者と共有するというやり方をとっている。この原稿も、そこにアップする。

午後は、宗教美術史の原稿を書く。先週の木曜以来。神道美術について書くが、なかなか難しい問題がいろいろと出てくる。神殿という形式にしても、神を降ろすということとどうかかわるのか。論理的に考えると、矛盾した部分も少なくない。とりあえず、9枚ほど書く。

夕方セブンイレブンに行ったら、ビールのところにエビスの琥珀のような缶が並んでいた。まだ在庫があるのかと思って、近づいてみたら、そうではなくサントリーの新しいビールだった。色が琥珀に似ているので買ってみる。

注いだ色も、琥珀に似てはいるものの、やはり味が違う。サントリーのビールは、全体にこくがないが、これもそうだ。これは、ビール会社の好みなのか、それとも技術の問題なのか。エビスの琥珀が懐かしい。

June 04, 2007

6月4日(月)あれれの有田芳生さんご出馬

6月に入ったので、慶應三田会についての本の執筆をはじめる。7月末までに書き上げる予定だ。今日は、最初の部分、13枚ほど書く。

昼頃、ネットのニュースを見ていたら、有田芳生さんが、今度の参院選に田中康夫氏の新党日本から比例代表に出馬するというものがあった。正直、驚いた。昨日の有田さんのブログに、「これからはブログの分量も少なくなるだろう」と書かれていて、いったい何があったのだろうかと気になっていたが、それはこのことだったようだ。田中、有田ラインというのは、あり得る線だと思うけれど、どういったことを目指しているのだろうか。現状の政治体制のなかで、あるいは、選挙制度のなかでというべきか、弱小政党が力を発揮するのは相当に難しい。それでもあえて出馬するのだから、勝算があるのだろうと思うが、それはこれから追々明らかになってくるのだろう。ちょっと、注目しなければならない。

午後から、図書の返却があるので大学に行く。慶應の100年史はかなり重い。研究室に戻ってからは、ヴィスタ・パソコンに超漢字Ⅴを入れる。前にやってうまくいかなかったのだが、vmwareがヴァージョンアップになって、ヴィスタに対応するようになったので、うまくいくはずだと思ってやってみた。一度、すでに入れた超漢字をアンインストールし、再び入れ直してみると、なんとか動いた。やれやれ。共有ファイルが使えるようにするのに苦労したが、なんとか使える状態になった。いろいろヴァージョンアップがあると、説明書があちこちに飛んでいて、ものすごくやりにくいし、わかりにくい。

帰りは、下高井戸まで歩き、ジョナサンで夕食をとる。

6月3日(日)『寺門興隆』はまさに継続は力なり

『寺門興隆』の原稿を送信する。参院選がらみの内容なので、最初の部分、校正が来たら、変更の必要が出てくるかもしれない。刊行が一ヶ月後のことなので、時節がらみのことを書くのが難しいが、原稿は生き物なので、そうした部分もないといけないし、そこが難しい。

『寺門興隆』で、歴博の井原今朝夫さんが、「今にいたる中世寺院僧侶や信者のその実像」というのを連載していて、今月号で34回になる。今までしっかり読んでいなかったけれど、宗教美術に関係することが書かれているのに気づく。これはちゃんと読んでみなければ行けないと反省した。今回は、六角木幢という木製の仏塔についての話が展開されていた。これまで知らなかったことで勉強になる。

この連載も34回目とある。私の連載も、42回だし、元産経の稲垣真澄さんや、関西学院大学の大村英昭さんのコラムも、回数は記されていないがずっと続いている。継続は力なりというが、『寺門興隆』は一度書き出すとやめさせて貰えないいうことだろうか。

June 02, 2007

6月2日(土)なんとなく勘三郎の陰が薄くなったように思えるのか気のせいだろうか

「歌舞伎美人」のホームページを見ていたら、8月歌舞伎座の納涼歌舞伎の演目が出ていた。5つ演目が並んでいたが、一つとして見たものがないし、聞いたことがないものばかりだった。調べてみると、それぞれすでに演じられたことがあるようで、渡辺えり子作演出の「舌切り雀」だけが新作なのかもしれない。詳しいことはすぐに発表されるのだろうが、どういったコンセプトなのか。去年はたしか動物がテーマになっていたが、今年のも何かあるのだろう。

ここのところ、なんとなく勘三郎の陰が薄い気がする。今度ニューヨークでも平成中村座をやるし、いろいろ公演もしている。テレビで見た、「すし屋」も熱演で、とてもよかったけれど、襲名して以降、どうも以前とは違うような気がする。いろいろと事件が続いたり、先代からの重要な弟子が2人亡くなったりと、そうしたことも影響しているのかもしれないが、なんとなく、今の歌舞伎の流れの本筋からずれているようにも思える。

今、歌舞伎界は、歌舞伎座の建て替えという大事業を前に、再編成が行われているように思える。若手の台頭、猿之助一門の流動化、播磨屋・高麗屋のなんとなくの劇団化など、はっきりはしないものの、古い秩序が崩れ、新しい時代に入っているような感じがする。そのなかで、今までは先頭切ってきた勘三郎が、少し後ろに退いたというか、あるいは再編の動きにうまく乗れていないのか、歌舞伎界の事情に通じていないのでわからないものの、中村屋系統の居場所が、つかみにくくなっている。そんなんで陰が薄いように見えてしまうのだが、これは私だけが感じていることで、実はそうでもないのかもしれないとも思う。

単純に、彼も年をとったということかもしれない。年をとれば、演技も変われば、役も変わり、立場も変わる。いつまでも若手ではないわけで、ベテランになりつつあるなかで、どう役者として、あるいはプロデューサーとしての立場を作っていくかは難しいのだろう。おそらく、息子二人が、それぞれに方向性を見いだし、親から独立するような動きを見せないとだめなのかもしれない。親離れ、子離れということか。本当の意味での「連獅子」が必要なのだろう。

June 01, 2007

6月1日(金)大谷観音の写真ができた

6月になった。今日は、『寺門興隆』の創価学会についての連載原稿を執筆する。20枚ほど書き上げる。今回は、もうすぐ出る『公明党vs.創価学会』の紹介を兼ねた原稿にする。

午後は、定期的な診察に関東中央病院へ自転車で出かける。雨が降るとやっかいだが、自転車だとすぐに行ける。それでも、今日は先生が遅れたのか、なかなか順番がまわってこず、行って、帰ってくるのに3時間かかった。少し買い物もしたし、先週の日曜に大谷観音に出かけたときの写真、現像ができあがったので、とってくる。天気がよかったので、よくとれている。デジカメも便利なのだろうが、現像に出せばそれですむという方が本当は楽な気がする。それに、普通のカメラだと、自然にとれる。コンタックスのT2を使っているので、なるべく活用したい。

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大谷観音は、摩崖仏が彫られた大谷石の下に作られている。なかなかこうした光景はお目にかかれない。その感じが写真に出ているように思うがどうだろうか。

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