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August 2007

August 31, 2007

8月31日(金)村上春樹訳にはどうも疑問が残る

10大新宗教、立正佼成会の項目を書く。最後まで書くが、見直すまでにはならなかった。これは、来週まわしになる。次は、創価学会だけれど、今まで書いてきたのと少し違うように書きたいとは思っている。うまくいくだろうか。

夕方、髪を切りに床屋に行く。床屋で、その近くにある宗教団体の話を聞く。終わってから行ってみると、包括宗教法人・神徳教団大本庁と記されたプレートを掲げた建物があった。これが、この教団の教祖が住んでいる場所らしい。調べてみたが、どういう教団なのかあまりよくわからない。松原の方に、拠点があるようで、一度見てみてもいいかもしれない。

村上春樹訳、サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読み終える。この本の出だし、とくに主人公が学校にいる場面は、なんだか読みにくくて、どうなることかと思ったけれど、主人公がニューヨークに出てきてからは比較的おもしろく読めた。読んでいると庄司薫の赤ずきんを思い出す。

ただ、翻訳としてはどうだろうか。村上氏は、相当自信をもって訳しているのだとは思うけれど、意外に読みにくい。思い入れが強すぎるせいかもしれないが、この本にかんしては、英語と日本語の根本的な違いということも影響しているのではないか。日本語だと、年齢に応じて表現が変わり、とくに若者ことば的な表現があるが、英語には、ここの単語は別にして、それがない。文章の上で、子供の文章と大人の文章に本質的には違いがないけれど、日本語だと違いがある。そのために、何か日本語の若者ことばを使うと無理が生じてくるか、そうしたものを使うことで、主人公が実年齢以上に子供になってしまう場合がある。この本は、まさにそうした傾向があるのではないか。あるいは、兄弟のあいだでファーストネームで呼び合うことも、そのまま日本語でも同じようにすると、違和感が出てくる。何かそうしたところが、不消化に終わっているし、妙な表現も少なくない。村上訳、3冊読んだが、かなり疑問が残っている。

August 30, 2007

8月30日(木)仕事の秋が近づいている

昨日遅かったけれど、朝比較的早く目が覚めてしまう。天気がよくない。暑さはおさまってものの、かなり蒸し暑い。

10大新宗教、立正佼成会と霊友会に入る。規模の大きな教団だけに、その歴史がけっこう複雑だ。先祖供養を中心とした教団という点を強調する必要があるが、もう一つ法座がポイントになる。一度、立正佼成会の法座を見学させた貰ったことがあるけれど、そこで話されていること、なんだかよくわからなかった。独特の用語というか、考え方がわかりにくい。今も、そうしたことが毎日のように繰り返されているのだろう。

夕方、編集者と打ち合わせ。次は対談本ということで、その中身についてつめていった。うまく話がまとまれば、京都に行くことになるだろう。

今日の朝刊、今度研究室の研究会で私の『公明党vs.創価学会』を書評して貰う竹中治堅さんと、昨日会った小幡績さんのコメントが記事になっていた。皆、活躍している。暑い8月も終わりに近づき、仕事がしやすい秋が近づいている。いっそう仕事に精を出すことにしよう。

8月29日(水)マレーシア人が作るイタリアンの味は

10大新宗教、天照皇大神宮教の項目を書き上げる。ここでは、璽宇についてもふれた。終戦直後に世間の注目を集めた特異な新宗教ということで、まとめてあつかってみた。これで、4つめまでいった。

午後は、ライブラリーへ出かける。夕方から打ち合わせがあったが、それまでに時間があったので、グレート・ブックのコーナーで読書をする。前から、ここの椅子、本を読むにはいいのかもしれないと思っていたが、やはりそうだった。ただし、不思議と眠くもなってくる。本に囲まれ、静かなところで、睡魔が襲ってくるのだろうか。今日もそうだが、眠っている人の姿もよく見かける。読書をするには、かなり贅沢な環境かもしれない。

打ち合わせは、社会人社会化計画と呼んできたものについて。3ヶ月近く、時間が空いてしまった。そろそろ具体化していかなければならない。今後の方針について9時過ぎまで話す。

その後、近くに食事に出る。ヒルズの脇に、イタリア居酒屋というものがあったので入ってみる。出てきた物が、たしかにイタリアンだが、香辛料の使い方が違う。その店、シェフがマレーシア人の女性で、ウエイターがイラン人だった。どうりで味が違うと思ったけれど、ラムのグリルは相当にうまかった。これもグローバリズムということだろう。不思議な店だ。

August 28, 2007

8月28日(火)お友達内閣という表現はおかしい

10大新宗教、天照皇大神宮教のなかで、璽光尊のことについて述べることにする。璽光尊のこと、双葉山が警察の手入れに大立ち回りをしたということだけが伝えられてきたが、結構それまでの歴史もあり、それ以降の歴史もあり、興味深い。調べながらなので、あまり枚数は稼げなかった。おそらく明日、この項目が終わりそうだ。

午後は、朝日新聞beの取材のために、ライブラリーへ。日本女子大で教えるようになるまでの一代記を語った感じ。すでに取材は3度目だが、もう一度話さなければならないことがある。それは、来週。

昨日、第2次安部内閣のことについて書いたけれど、世間では、最初の内閣は、「お友達内閣」ともっぱら言われている。ところが、見てみると、第1次にしても、今回の第2次にしても、閣僚のなかで、首相が2番目に若い。つまり、ほとんどの閣僚は首相の年上で、これではとてもお友達とは言えない。第1次のときの首相補佐官や官房長官との関係から、お友達ということばが出てきたのだろうが、年上ばかりに対してお友達というのは表現として適切ではない気がする。

年上ばかりに囲まれた首相というのはどうなのだろうか。自分がそうだったらやりにくいし、他の閣僚に物を頼むにしても、命じるということにはならず、お願いするということになるはずだ。ただ、今回幹事長になった麻生太郎氏の年齢で考えると、とたんに年下が増える。ということは、今回の組閣は、麻生氏によるものなのだろうか。そして、前回も、実は、中川元幹事長が実質的な力をふるっていたのではないか。ただ、首相補佐官だけが、安部首相が選んだということではないのだろうか。顔ぶれを見ていると、そんな気がする。果たして、安部内閣は、お友達内閣なのだろうか。そもそも、安部内閣なのだろうか。

August 27, 2007

8月27日(月)東大・中大政権が誕生した

まだ暑い。10大新宗教、天照皇大神宮教について書く。このなかで、同じ終戦直後に注目を集めたということで、璽光尊にもふれるつもり。10枚ほど書いたら、頭が働かなくなった。

新宗教関係の本は、大学の方においてあるので、とりにいく。冊数が多そうなので、自転車で行った。大学、行ったのはかなり久しぶりだ。コンピュータの方、ヴィスタになって、使うまでに時間がかかるようになった。やはり重すぎるのではないだろうか。もっと軽く動くOSにしないと、買い換えにも結びつかないはずだ。なぜか、PDFのファイル印刷しようとしたらできなかった。家でXPだと見られたので、ヴィスタのせいではないのか。

御厨さんも来ていて、今日は忙しいのではと聞いたみたら、これからだという答えが返ってきた。たしかに組閣が終わらなければ、コメントもできないだろう。

その安部改造内閣、大臣の出身大学を調べてみた。東大をはじめ、国立大学が多い。中大が多いのは、二階総務会長が中大の法学部のせいだろうか。東大と中央は、今自分がかかわっている大学だ。よって東大・中大政権と名付けよう。

首相 安倍晋三 成蹊大法
総務相 増田寛也(民間) 東大法
法相 鳩山邦夫 東大法
外相 町村信孝 東大経
財務相 額賀福志郎 早大政経
文部科学相 伊吹文明(留任) 京大経
厚生労働相 舛添要一 東大法
農相 遠藤武彦 中大法
経済産業相 甘利明(留任) 慶大法
国土交通相 冬柴鉄三(留任) 関大法(二部)
環境相 鴨下一郎 日大医
防衛相 高村正彦 中大法
官房長官 与謝野馨 東大法
国家公安委員長・防災相 泉信也 九大工
沖縄・北方相 岸田文雄 早大法
行政改革・金融相 渡辺喜美(留任) 早大政経・中大法
経済財政相 大田弘子(留任) 一橋大
少子化相 上川陽子 東大教養

東大 6
中大 3
早大 3
京大 1
九大 1
一橋大 1
慶大 1
関大 1
日大 1
成蹊大 1

August 26, 2007

8月26日(日)復活狂言は筋を通すな

依然として暑いので、家でHDD三昧。昔だとビデオ三昧とか言ったのでしょうが、HDDだとこういうと変に思えるが、ほかに言い方がない。

見たのは、中村芝のぶの芸に生きる、染五郎・芝雀の「鳴神」、チャングムの誓い4回分(ただし倍速で)、霧太郎の序幕、それから秋吉敏子の60周年記念コンサート。芝のぶの誕生日が自分と一緒だというのを知る。これは、縁があるということか。鳴神は、芝雀の絶間がいい感じだけれど、最後がちょっと盛り上がらない。染五郎はうまいけれど、やはり荒事が弱い。筋隈が化け猫のような感じなのはどうか。秋吉敏子のオーケストラは、メンバーがみな白人なのはいつものことだが、どうしてそうなるのだろう。それを不思議に思っている。

霧太郎、まだ半分だが、復活狂言、どれも筋を通すことに懸命で、歌舞伎としてのおもしろさに欠けている。これもそうだ。あまり筋にこだわらない方がいいのではないか。見せ場を作って、それをじっくりやり、それが決まってから、筋がわかる工夫をすればいいのではないか。筋なんて、基本的にはどうでもいいわけで、見たいのは芝居だろう。そういう観点で復活された狂言はないように思う。いつもそれが不満だ。

August 25, 2007

8月25日(土)松緑君、なんとか酒を控えてはくれないか

今日は原稿依頼の打診が来たが,仕事はしなかった。歌舞伎のビデオ、ためてあったのを見る。錦之助襲名の「角力場」、翫雀の芸に生きるのインタビュー、それに今年の俳優祭。

錦之助という人、芝居は丁寧だし、表現力もあると思うが、なぜかおもしろくない。それはいつも感じることだが、「角力場」も、出だしはいい感じでも、途中からなんだかテンションが落ちてくる。一本調子のせいだろう。芝居が進んで行くにつれて、テンションがあがっていかなければならないのに、そうなっていかない。いっちどこが見せ場なのか、それを考えていないのではないか。

翫雀、話は相当におもしろい。若い頃、歌舞伎から遠ざかっていたことがやはり影響しているようだ。それは、弟の場合も同じだろう。息子の壱太郎はどうするのだろうか。相当に才能のある役者だし、本人は高校を休んでまで舞台に出たいと言ったというから、父親とは違う道を歩むのだろうか。大学で教えた経験では、18歳から22歳という時期はとても貴重で、決定的な気がする。その間に、大人になるときがあり、その瞬間に何をやっているかが、後の人生に影響する。歌舞伎役者の場合、大学生活を送っていると、その決定的な瞬間を舞台と無関係に過ごしてしまうのではないか。海老蔵にしても、彼が大きく伸びたのは、この時期だ。一時は、歌舞伎役者、大学に行くことが多かったように思うが、最近の若手はあまりそうではなくなっている。それは、歌舞伎にとっていい傾向なのだろう。

俳優祭の目玉は、なんといっても、「白雪姫」。4度目の上演だというが、今回のは非常に質が高い。玉三郎が力を入れているせいもあるが、他の役者も案外マジだし、途中の菊五郎の北千住観音も、訓練が行き届いていて、そのままで見せる。オールスターキャストだし、これはなかなかのものだ。若い頃に菊五郎が歌右衛門に言われて書いたというのは知らなかった。少し気になったのは、松緑。酒を売りながら、自分でも飲んでいたが、やはり酒におぼれるたちなのだろうか。これは、危ない。最近、周囲でも、酒を飲み過ぎた人間が早死にしている。とりあえず、助六をやってほしいので、酒は控えて欲しい。

August 24, 2007

8月24日(金)なんだかいろいろ読みたい本が出てきた

朝、9時前に出て、ライブラリーへ。経堂の駅に着いたら、雰囲気がおかしい。朝だからまだ通勤客が多いのだろうと思ったが、公衆電話に列が出来ていたり、案内板が調整中になっていたりする。ホームにあがると人身事故があったことがわかった。今日は、朝涼しかった。朝の気温が前日に比べて、かなり下がると、人身事故が多くなる。まさか、それを予報するわけにもいかないだろうが、人間は急な寒さに弱いものだ。

ライブラリーで10時前から、4時頃まで仕事をする。10大新宗教、生長の家を書き上げ、日本宗教美術史、天平時代のところを直す。美術史の原稿、前の章とこの章を読み直す。読み直してみると、どうもすっきりしないところがあるが、これは調べがまだ十分に出来ていないせいだと見た。いくつか気になるところがあって、それは調べなければならないだろうが、かなり難しい問題もあり、資料がない可能性もあるので、苦労するかもしれない。

仕事が終わってから、ライブラリーの本を見てみると、いくつか読んでみたいものもあった。本の配置がたまに変わり、それで今まで気づかなかった本があるのを知るシステムになっているようだ。最近、どういうわけか、読みたい本が急に増えた。今日は、持参した岩波文庫の『五足の靴』を読み終える。昔の紀行文というのは、今とは相当に違うので、なんだかおもしろい。田山花袋の『温泉めぐり』も買ってあるので、そろそろ読もうと思う。花袋は、小説よりも、事実に基づいた文章の方がうまい気がする。あと、漱石の『文学論』を読んでいるが、なぜ彼が三角関係をテーマとして小説を書いたのか、その理由が書いてあって参考になる。

August 23, 2007

8月23日(木)富樫雅彦さんの死を悼む

ジャズ・ドラマーの富樫雅彦さんが亡くなった。体の調子が悪くなって、演奏活動をやめたということを何年か前に聞いたことがあるが、回復はしなかったようだ。

私が最初に買ったレコードが、佐藤允彦トリオの『パラジューム』で、このレコードは、今でもちゃんともっている。LPだけれど、たまに聴くことがある。そのドラマーが富樫さんだ。まだ、下半身不随になる前で、普通のドラムセットを叩いているが、この演奏は今聴いてもすごい。こんなドラミングをしたドラマーは、それまでにないし、それからもない。それをどう評したらいいかわからないが、一度聴いたら忘れられない。まさに名演中の名演だと思う。

普通のドラムセットを叩けなくなったあと、私はけっこう頻繁に彼のコンサート、演奏会に足繁く通ったことがある。それは、富樫さんのご夫妻も覚えておられて、一度だけ話したときに教えてもらった。それはまだ、私が女子大で教えていたときのことで、富樫さんが、「ああ、女子大の先生」と、あの少し高い声で言ってくれたことを覚えている。

その時期には、レコードもまめに買っていたし、出版されたディスコグラフィーも購入して、今ももっている。J.J.スピリットを結成して、人気が出た頃には、ライブにも行かなかったが、最後は、新宿ピットインでのプーさんとのトリオだったのではないだろうか。ベースはゲーリーだった。

今、ソロアルバムの『Ring』を久しぶりにかけながら、書いているけれど、本当にすばらしいドラマーだったと思う。いわゆるジャズ・ドラマーとはまるで叩き方が違い、少し邦楽の鼓とかの演奏に似ている気もする。こうしたドラマーはもうあらわれないだろう。ご冥福をお祈り申し上げます。

August 22, 2007

8月22日(水)投入堂はとても無理だと悟る

とにかく暑い。

鳥取の投入堂、調べてみたら、参拝するのが大変だと言うことがわかった。堂に行くまで、かなり険しい山道をいかなければならない。その上、最後は、命綱をつけて、垂直な岩壁をあがらなければならないようだ。これでは、とても無理だ。もっと若くて、病気をする前だったら、チャレンジできたかもしれないが、今の状況ではやめた方がいい。

10大新宗教、大本を書き上げる。大本について書いたのははじめてだが、やはり宗教としてはおもしろい。また機会があれば、書いてもいいかもしれない。ただ、神懸かりの問題、どう考えるか、そこがポイントだろうか。あるいは、なぜ戦前にあれほどの求心力をもったのか、時代とのかかわりのなかで分析しなければならないだろう。

午後は、日本宗教美術史。正倉院のことを書いて、一応これで、天平時代を終えることにする。この章、もう一度見直して手を入れなければならない。これで、330枚くらいになった。普通の美術史だと、天平時代までで、全体の4分の1、あるいは5分の1というところだが、宗教美術史の場合、鎌倉を過ぎると、論じるべき宗教美術は少なくなってくるはずなので、全体の3分の1、あるいは2.5分の1といったところだろう。前者だと、1000枚になってしまうが、後者だと800枚弱になる。まあ、今まで書いたところもつめて、なんとか750枚くらいでおさめたい。一つの大きな山を越えつつあるので、この章をなおしたら、全体を見直し、もう一度これでいいか検討してみたい。

August 21, 2007

8月21日(火)投入堂参拝したし

まだまだ暑い。熱中症になる人の数が記録的に多いということだが、とても昼間外に出る気にはならない。仕事をするのに、冷房をかけないわけにもいかない。今月中はまだ暑いようだ。

10大新宗教、大本の続きを書く。大本の展開は複雑で、本気と茶目っ気とが混じっているようで、つかみどころがない。10枚ほど書く。午後は、日本宗教美術史、唐招提寺のところが終わる。5枚ほど。次は、正倉院の美術について書こうと思う。

讀賣新聞の記事では、鳥取の平安後期の寺、三仏寺の奥院、いわゆる投入堂の参拝がかなうらしい。ただし、許されるのは3人で作文を書かなければならないという。これは是非行ってみたい。9月1日締め切りの作文を書くことにしよう。果たして、参拝はかなうだろうか。それに、危険が伴いそうなことも書いてある。

ここのところ、中国製品の品質の問題が世界的に大きく取り上げられており、中国製を避ける動きも生まれている。先日、魚真でも、ジュンサイは中国製なので、店頭には出していないということを言っていた。急速に近代化、工業化が進んだがゆえのひずみだろうが、日本とは違い、大企業が成長していないことも大きな原因ではないだろうか。中国とは違うが、相撲の朝青龍騒動で、その兄弟がビジネスをモンゴルで展開していて、格闘家でもある兄などは銀行の頭取でもあると報じられたが、その銀行なるもの、いったいどの程度の規模なのだろうか。日本人は、大きな企業を当たり前と考えているが、ほかの国でそれほど大企業が発達しているわけではない。そうした点をふまえて、報道しないと、意味がないだろう。

August 20, 2007

8月20日(月)各国首脳の出身学校を調べてみた

10大新宗教の原稿、次の大本に入る。12枚強書くと、もう頭が働かない。それにしても、大本というのはとらえどころのない宗教だと思う。

朝日の方から、『公明党vs.創価学会』重版決定の知らせが届く。初刷が多かったので、重版までに2ヶ月かかった。いくつか誤植や事実誤認などがあるので、それを直す作業をする。これで、ほぼ大丈夫だろう。

久しぶりに、『ステレオ・サウンド』を買う。6月に出た号だが、まだ近くの書店にあった。そろそろオーディオのグレードアップというか、買い換えの時期が来ている気がする。費用もかかるので、そんなに大幅には改善できないだろうが、徐々に考えていきたい。その参考に、『ステレオ・サウンド』を読むことにする。この会社、六本木ヒルズから麻布十番よりにある。あのなかに、視聴室があるかと思うと、一度は行ってみたい気がする。

ちょっと気になって各国の首脳の出身学校を調べてみた。欧米の大統領や首相は、みな世界的に名前の知られた一流の大学を出ている。ブッシュがイェール大学というのはよく知られているが、フランスのサルコジ大統領もパリ大学の卒業だ。それに比較して、東アジアのトップは、意外と一流の大学を出ていない。韓国だと、大統領はたたき上げや軍関係の出身が多いが、首相になると、ソウル大学とか、梨花女子大とかを出ている。中国は、今の国家主席も首相も、技師を養成する大学の出身だったりする。そのなかで、我が国の首相はどうなのだろう。やはりちょっと心配になる。

August 19, 2007

8月19日(日)『サキソフォン・コロッサス』と『日本精神史研究』の斬新さを改めて思う

昨日と打って変わって、また暑い。いつまで続くのだろうか。

久しぶりに日本宗教美術史の原稿を書く。唐招提寺について書いてみたが、最後まで書き終わらなかった。それでも10枚ほどになった。意外と書くことがある。唐招提寺だと木像が有名だが、これを日本人の作と見るか、鑑真が連れてきた中国人の作と見るかで議論がある。それに、なぜ木像なのかという問題もある。いろいろ調べていると、いい加減なことが結構言われていることに気づく。仏像を作る技術的な問題など、あまりに簡単に扱われすぎているのが気になる。宗教的な観念にしても、果たしてその時代にそうした観念があったのかどうか、検証しないまま当てはめられていたりする。

マックス・ローチが亡くなったので、『サキソホン・コロッサス』をかけてみる。アナログだ。この作品、50年前の録音ということを考えると、奇跡的なできばえの気がする。ローチのドラムスも、前衛的で、いったい誰がこうしたアレンジで行こうと考えたのか気になる。実は、この録音がされた数日後にクリフォード・ブラウンが自動車事故で亡くなっている。もし、この録音が1週間後に予定されていたら、絶対にこの名盤はできなかっただろう。ほかに、ブラウンの死の直後のローチの演奏があるが、まったくだめで、生彩を欠いている。双頭バンドを組んでいたのだから、そのショックの大きさは並大抵ではなかっただろう。その点でも、奇跡的と言えるかもしれない。

和辻の『日本精神史研究』を読み終わる。最後に入っている歌舞伎劇についての考察は、ちょっとどうかと思うが、いろいろと興味深い考察があった。和辻の専門は倫理学だけれど、彼にはその枠におさまらないところがあり、むしろ他の分野に果敢にチャレンジしたときの方が才能を発揮したように思う。この本のなかでも、仏像にかんする考察は『古寺巡礼』に通じるし、枕草子や源氏物語の成立にかんする論考などは、かなりおもしろい。解説を書いている加藤周一氏もそうだが、広範な分野を網羅し、考察を深めていくタイプの学者はなんと呼んだらいいのだろうか。一番おもしろいのは、そうした種類の学者であるように思う。

August 18, 2007

8月18日(土)坂本九の坊っちゃん映画はあまりおもしろくなかった

暑さもようやく一段落。ただ、また明日からけっこう暑そうだ。

先日、曹洞宗関係の座談会に出たが、その原稿を直す。なんだか、言いたいことを勝手に言っているようで、申し訳ない気がした。

やはりヤフーオークションで手に入れた坂本九主演の『坊っちゃん』を見る。マドンナは加賀まりこ。三波伸介など、懐かしい人が出ている。封切りは1966年だから、今からもう40年も前だ。坂本九は25歳くらい。彼は、9番目の子供なので、坊っちゃんにはあっている。全体に、昔テレビではやった、学校の先生が主役の青春ものという感じが強い。原作の坊っちゃんとはまるで違う。映画のできとしては、どうだろうか。少なくとも、主人公が壁にぶつかって、それを突破してイニシエーションを果たすという形にはなっていない。ただ、明るい正義感が悪者をやっつける的なドラマで、もう少し、山を作って欲しかった気がする。ただ、これが一般の人がイメージする坊っちゃんなのだろう。まるで原作とは違うが。

大本教について書かなければならないので、図書館をまわって、資料を集める。

August 17, 2007

8月17日(金)新宿ジュンク堂で和辻の『孔子』を買った刹那、来年は『師』という本を書くべきかと直感する

10大新宗教、天理教を書き上げるが、最後の一文がいまいち。これが決まれば、次の項目に行ける。次は、大本教について書く予定。

日蓮の勉強会。「観心本尊抄」の続き。どうも、この文書は苦手だ。内向きというか、何を問題にしているのか、どうもわかりにくい。講義が終わってからの質問、渋沢さんの質問がよくわからなかったので、その意図を聞いてみる。いつも同じことを聞かれているようなので、そこを確かめてみたら、やはりそうだった。真蹟のある遺文だけ追っていくとわからないが、真蹟のない遺文のなかには、真如ということを問題にする、本覚思想的なものが少なくないらしい。そうした文書にもとづく救済論だと、本来の人間の心のありようである真如というものを想定し、そこへの復帰というか、回帰をめざすらしい。それは、密教的、あるいはグノーシス的な志向の方法ということにもなるが、そうした傾向が実際には日蓮にはないことを、渋沢さんは確かめたいらしい。それがわかって、日本の仏教を、他の宗教と比較する道が開けたように思えた。

勉強会の後、ジュンク堂へ。久しぶりに本をゆっくり見る。平城京のバブル経済をあつかったような本はないようだが、案外、中公の日本の歴史がいいのかもしれない。漱石と賢治の棚が、一つ分上から下まで本が占めているのを見て、感心する。最近気に入っている岩波文庫のワイド版、今日は和辻の『孔子』を買ってみた。そのとき、来年は『師』という本を書いた方がいいかもしれないという「啓示」が下る。ずっと書き続けてきたもの、オウム論にしても、創価学会論にしても、中沢新一論にしても、さらには自分の恩師について書いたものも含め、宗教学の世界で問題にしていることは、つねに師の問題でもあるように思う。そこらあたり、師とは何かを問うような本を書く必要がありそうだ。

伊勢丹では、新装なった地下食品売り場を歩いてみる。高級なものが並んでいるが、じっくり見ないと何がないかわからない。京都の土井の漬け物を買う。

August 16, 2007

8月16日(木)大文字と『坊っちゃん』を観る

10大新宗教の原稿、天理教の分を20枚弱書く。それにしても暑い。熊谷などでは40.9度と最高気温の記録を更新したとのこと。こういう日は外に出ないのが一番だ。熱中症でかなりの人が亡くなっているが、大学の事務からくるメールでも、教員の親の訃報が続いている。これは、熱中症ではないのだろうが、暑さのせいに違いない。

夜、NHKで大文字焼きの生中継を見る。山折さんが解説をしていた。河合隼雄さんのことを語っていたが、こうした番組解説するのにふさわしい人は山折さんをおいて他にいないようになってきたように思う。番組は、大晦日の行く年来る年的で、いかにもNHKらしくなかなかよかった。大文字の火の炊き方が5つ全部違うということは知らなかった。日本人には、水や火そのものを神聖なものと考える信仰があるように思えるが、これもまたそうしたものの一つだろう。

ヤフーオークションで落札した『坊っちゃん』の映画を見る。1935年、昭和10年の作品。決して、明るい青春映画にはなっていないが、かといって原作通りというわけでもない。どう評価するのかは難しい。生徒の集団としての怖さの部分はまるでなく、師範学校と中学が争う場面はなくなっている。宴会から芸者のやってくる料亭のところに直結してしまっている。驚いたのは、主演の坊っちゃんとマドンナが、オーディションで選ばれたらしく、その選者に漱石の妻や、森田草平、それに菊池寛などが入っていること。このあたりの事情、調べてみるとおもしろいかもしれない。

August 15, 2007

8月15日(水)なぜ和辻の『古寺巡礼』はおもしろいのか

終戦記念日。首相が靖国神社に参拝しないので、前よりはるかに話題にならなくなってきた。閣僚も1人しか参拝していない。このままだと、靖国神社問題はなし崩し的に、社会的な話題にはならなくなっていくのだろうか。新追悼施設のことも、すっかり聞かなくなった。ある意味、解決のしようのない問題なので、これでいいのかもしれない。

朝刊に五木寛之氏の『百寺巡礼』のDVDの広告が出ていた。以前テレビで放送されていたもので、一度、身延山のだけ見たことがある。基本的に、入門編ガイドといったところか。本も出ているようだが、どうなのだろう。それに比べたとき、和辻の『古寺巡礼』は今でもかなりおもしろい。

法隆寺の金堂壁画などは、焼ける前に著者が見ているので、貴重ということもあるが、やはり著者が巡礼を試みたときの状況が意味をもっていたように思う。本文中にも、親と対話したことが出てくるが、このときの和辻は、将来どういう道を歩むのか、迷っていた。その迷いと巡礼という行為には強い結びつきがあったのだと思う。彼は、奈良の古寺の仏像などに、遠くギリシアの影響を見ていくが、このギリシアというのは西欧文明の象徴であるようにも見える。そうした西欧文明と日本との関係はどういうものなのか、彼は本当はそれを探ろうとしていたのではないだろうか。同じ時期に書かれた文章を集めた『日本精神史研究』を読むと、和辻の本当の意図がわかってくる気がする。今風に言えば、『古寺巡礼』は自分探しの書ということになってくる。

その『日本精神史研究』のなかに、『枕草子』のテキストの問題が出ている。『枕草子』には順番におかしなところがあり、元は今と違うものだった可能性があるという。その文章が書かれたのは、大正から昭和のはじめにかけてで、今のテキストがどうなっているかわからないが、これはかなりおもしろい問題であるような気がする。要注目だ。

8月14日(火)「禅」の展覧会はいかがなものか

昨日は12時と早く寝たせいで、7時に起きる。8時半から仕事をする。三田会の原稿、最後の部分かなり書けた。もう少し。

10時前に家を出て、上野方面に。芸術新聞社の渡辺さんと、東博の「禅」と芸大の「金比羅宮の襖絵」を見に行く。ところが、芸大の方、あまりに混雑していて、断念する。もっとも、若仲には興味がないので、惜しくはない。それにしても、芸大にはすごい人出だ。

それに引き替え、東博はすいていた。「禅」の特別展、パンフレットを見た限りあまり期待していなかったけれど、その予測通り、あまりおもしろくない。禅の世界は、宗教美術を積極的に生み出していないし、庭などもってこれないのだから、これだけの特別展をやること自体が無理だろう。すいているのも当然。星で評価すれば、☆☆★★★と、5段階の2くらいか。展示の説明も、わからない。特有の用語にはちゃんと説明をつけてほしいし、後の展示になって説明が出ていたりとちぐはぐだ。

むしろ、本館の新しい展示、「仏像の道」の方が、今やっている仕事に関係するので興味があった。改めて、日本の仏像のすごさを再認識した気もするが、こうした展示をするなら、もっと大規模にしてはどうか。仏教関係の収蔵品を一同に集め、仏教の流れを美術でおうような通常展示を作ってはどうか。今だと、地域でばらばらだし、筋がない。東博は、かなりいいものをもっているのだから、現在の仏教ブームもあり、仏教に傾斜した方がいい。

東博を出て、喫茶店で休憩し、秋葉原のテレオンへ。ソニーのデジタルアンプを聴く。予想通り、くせのないすっきりした音。買いたい気になってきた。その後、早稲田鶴巻町でウナギを食べ、神楽坂でバーによる。暑い中、よく動いた一日だった。


August 13, 2007

8月13日(月)ザ・ピーナツに改めて感心する

三田会の原稿を直す。ほぼ最後まで行くが、「おわりに」の部分を書き直すところまでは行かなかった。ここが書ければ、全体が完成するはずだ。

夕方、下高井戸の書店まで行く。夕方になるとさすがに、日中とは違う。岩波文庫はやはりあまりなかったが、藤村の『家』上下と、ワイド版の和辻『日本精神史研究』を買う。明日でも大きな書店に寄りたいと思う。

夜、ザ・ピーナツについての番組を見る。私の子供時代は、彼女たちの全盛時代だから懐かしい。それにしても、彼女たちの歌っていた歌は、レベルが高い。とくに、一番最初のころの、宮川泰作曲の時代の曲は、本当のポップスで、今きいても新鮮だ。後の時代になると、どちらかというとポップスよりも、歌謡曲という感じで、今聞くとセンスが古い。それも、時代のせいだろうか。その後、ザ・ピーナツはどうしているのかちょっと調べてみたら、二人で元気に暮らしているのを知っているという人の話を聞いた人間が、そのことについて書いていた。もう60代なかばだろうか。引退後は、完全に表舞台に立っていない。なんだか、この世から消滅してしまったかのような印象だが、実際にはそうではないらしい。

August 12, 2007

8月12日(日)来年は古典路線だ!

暑い。けれども、午後4時頃まで、冷房をつけなかった。杉並区立図書館に本を返却に行く。一番近いのが高井戸図書館で、これは自転車で行くしかない。杉並区では15冊まで借りられるのが便利だが、その分、もっていくのが重い。そのあと、岩波文庫の最近刊行されたもの3冊ほど欲しかったので、経堂駅まで戻り、文教堂に行くが、欲しいものは一冊もなかった。映画「怪談」の原作になっ「真景累ヶ淵」がたくさんあったが、新刊は入れてないのだろうか。

家に戻ってから、冷房を入れるが、あまりに暑いのか、あまり涼しくならない。いったいいつまでこの暑さが続くのだろうか。

岩波文庫の、これまでの累積でのベストテンだと、次のような順らしい。

1 ソクラテスの弁明・クリトン
2 エミール
3 坊ちゃん
4 共産党宣言
5 善の研究
6 こころ
7 歎異抄
8 空想より科学へ
9 古事記
10 論語

 文学に哲学、宗教にイデオロギーというか、共産主義をユートピア論と考えれば、すべて守備範囲に入っている。「読者が選ぶ岩波文庫」ベスト100の10位までだと、次のようになる。

  第1位『こころ』(夏目漱石)
  第2位『坊ちゃん』(同)
  第3位『銀の匙』(中勘助)
  第4位『吾輩は猫である』(漱石)
  第5位『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎)
  第6位『新版 きけ わだつみのこえ』(日本戦没学生記念会編)
  第7位『忘れられた日本人』(宮本常一)
  第8位『古寺巡礼』(和辻哲郎)
  第9位『罪と罰』(ドストエフスキー)
  第10位『新訂 福翁自伝』(福沢諭吉)

 『古寺巡礼』は、日本宗教美術史のために読み直したばかりだし、『福翁自伝』は、慶應三田会について書くときの参考書だ。何でも縁がある。来年は、古典路線で行こうかと、汗を拭きながら思った。

August 11, 2007

8月11日(土)東京湾華火大会をヒルズのライブラリーから見る

父の一周忌の法事。暑い中、和田まででかける。本堂で読経して貰うが、お経は「法華経」の寿量品。曹洞宗では、「法華経」か「涅槃経」のどちらかのようだ。お墓、土台の部分と卒塔婆立てが大谷石で、崩れかかっていたので、今回御影石に交換し、真新しくなった。法事の後は、近くで食事をしたが、その途中、車で母校の和田小と和田中を通りかかる。驚いたのは、立正佼成会の大聖堂。いつの間にか、壁面がピンク色ではなくなっていた。壁の材質も違うようだった。経ってから40年になるので、補修したということだろうか。

昼食の後は、妹一家などと六本木ヒルズへ行く。展望台と特設の水族館、それに森美術館でル・コルビジュエ展を見る。彼は、「仕事の奴隷」だと言っていたようだが、ほんとうによく仕事をしていたことがわかった。これは、見習わなければならないことだろう。

その後、ライブラリーにより、7時から東京湾大華火大会を空中から見学する。さすがに遠いので、花火としての迫力はないし、なにより音があまり聞こえない。もっと近くで見たらすごい迫力なんだろうけれど、行きと帰りを考えると、これで満足した方がはるかに楽だ。

8月10日(金)イッセー尾形の公演を見て、自らの人生を振り返る

慶應三田会の原稿の直しをする。編集者と相談して、構成を少し変えることにした。はじめにと第1章を直す。これから後の部分は、それほど手を入れなくてもいいかもしれない。

夕方、牧野出版の佐久間さんに誘われて、「イッセー尾形」の一人芝居の公演を見るため、原宿のクエスト・ホールに行く。その前に、坊っちゃんの原稿について、直すべき部分や発行の時期について相談をする。

イッセー尾形の公演ははじめてだったので、公演が始まる前、ロビーで酒やつまみが出て、観客が飲み食いしている光景を見て、驚く。公演は、おもしろかった。やはり変なというか、想像を超えたような人物が出てくるとおもしろ。こうした芝居をもう30年だか続けているということだが、続けること自体大変だし、奇跡的なことだ。芝居が終わってから、佐久間さんに演出の森田雄三さんを紹介していただく。森田さんからは、新書の新刊をいただく。

芝居がはねてから、その近くで佐久間さんと飲む。自分が経てきた道筋を振り返ってみて、それがかなり特殊だということを再認識する。とくに70年代に学んだ学問が、今は跡形もなく消えてしまっていて、全然継承されていないらしいことに気づいて、驚愕した。これはゆゆしき問題かもしれないし、これからどういった仕事をしていけばいいか、一つの道筋を与えてくれたようにも思えた。そんなんで、気づいたら1時。あわててタクシーで帰宅する。

August 09, 2007

8月9日(木)ひょっとした村上春樹訳のサリンジャーは悪訳?

夜暑いせいか、朝、早く目がさめてしまう。今日は、7時過ぎに起きる。そうすると、8時半頃から仕事ができて、昼までにはかなりできる。本当はこういう方がいいのだろう。

昼、急用が出来て、銀座へ行く。猛烈に暑くて、たまらない。こんな時間に出かけるのは間違っている。歌舞伎座は11日初日のようで、今頃は稽古だろうか。

外に出てしまったので、ライブラリーへ行き。少し仕事をする。ちょっと気になったので、村上春樹訳のライ麦畑を買ってみる。ところが、読み始めると、もしかしてこれは翻訳としてだめなのかと思えてきた。野崎訳は昔読んだけれど、これはどうなのだろう。表現というか、主人公の人格のとらえ方というか、そこがどうもおかしい。アマゾンの読者評で、かなり悪口が書かれていたのがわかる気がする。

帰りがけ、新宿でタワーレコードとディスクユニオンにより、ユニオンの中古のところで、昨日音がいいと思ったマイルスのDSDマスタリングを2枚買う。

August 08, 2007

8月8日(水)加藤紘一氏が離党すれば政権交代が起こるに違いない

とにかく暑い。いやになるくらいだ。朝、少し早く目が覚めてしまい、その影響で、眠くて、頭がまわらない。それでも、書き始めて10大宗教の原稿、はじめにを最後まで書く。はじめにだけで25枚ほど。最初から見直したけれど、最後までは終わらなかった。

合間に、昨日買ったCDをかけてみるが、「マイルス・イン・トウキョー」、音がすばらしい。DSNマスタリングはやはり格段に音が違う。このシリーズ、少し前に出ているけれど、集めてもいい気がした。

夕方、神楽坂へ。三修社の編集者と三田会の原稿について打ち合わせ。どのように修正したらいいか、編集者の方からいいアイディアが出たので、それにしたがって直すことにする。これで、9月中には刊行されるだろう。

昨日は、自民党の代議士会で、首相がめった斬りにあっていた。それでも辞めないのは、本当に鈍感力のおかげかもしれない。人間、一度辞めないと浮かばれないときがあり、それを逃すと、二度と浮き上がれないと言うことがわからないのだろう。もしここで、一人自民党の議員が離党すれば、それで安部政権は崩壊し、民主党に政権が移っていくのではないか。一人離党すれば、皆浮き足立ってくることだろう。とくに衆院議員は、まぐれで当選した人間が多いので、地盤も基盤もなく、次の選挙ではまるで当選は望めない。その一人が誰になるかわからないが、一度政治的に死んでいるということからすれば、加藤紘一氏が適任だろう。彼が離党すれば、政権交代が起こる。

August 07, 2007

8月7日(火)季織亭はとうとうラーメン屋になってしまうらしい

今日から、新しい本の執筆にかかる。『日本の10大新宗教』ということで、はじめにの部分を8枚ほど書く。来月中に書き上げる予定。午後は、日本宗教美術史を5枚ほど書く。大仏の続きだが、いったい大仏造立の作業は、一般国民の搾取にもとづくものなのか、それとももっと違うものだったのか。戦後のマルクス主義の歴史観の影響の強さを改めて思う。ここを見直していかないと、歴史は語れない気がする。

牧野出版の佐久間氏から電話。坊っちゃんの本について、高く評価してくれた。これで出版にむけて一歩前進。今週末の打ち合わせで刊行時期などが決まるだろう。

夕方、散歩。経堂図書館により、文教堂からレコファンへ。レコファンで、「マイルス・イン・トーキョー」、「ジェリー・マリガン・オリジナル・カルテット」、それからここのところ買おうか迷っていたローランド・カークのアルバムを買う。

セレクトでアイス・コーヒーを買ったが、今月と来月はブラジル・フェアということで、めずらしいブラジルの豆がセールになっている。今度、買ってみよう。そのセレクトの隣、季織亭、とうとう総菜、弁当の販売を辞め、ラーメンに専念するらしい。病気で食欲が落ちたときにも食べる気になれる弁当だけに残念だが、だんだんとラーメンにシフトしていった感じなので、仕方がないのかもしれない。農大通りでも、喫茶店がお好み焼き屋に変わっていた。街もいろいろ変化していく。

8月6日(月)二人の有名人編集者を引き合わせ夜

日本宗教美術史、東大寺の大仏について書く。先日、NHKで創建当時の大仏をコンピュータグラフィックで復元する番組を見たのが役立った。それにしても、1300年も前に、あれほどの規模の大仏を作ることができた日本の経済力というのは目を見張るものがある。大仏開眼会は、国際的なイベントだったし、グローバル化がすでに進んでいたかのようにも思える。奈良時代の経済について、いったいどれだけの国力があったのか。あまり研究されていないような気がするが、これはかなり興味深い。

午後は、新宿で、これからはじめる仕事について、幻冬舎の編集者と打ち合わせをする。『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』を読んでくれていて、あれは文学だと言ってくれたところが興味深くもあり、うれしかった。たしかにあれは、評論でもなく、論文でもなく、評伝でもないのかもしれない。

その後、神保町へ。大学時代の同級生、トランスビューの中嶋廣氏を、宗教学科時代の同級生、かつての『週刊SPA!』の編集長、渡辺直樹氏に引き合わせる。意外だが、二人はこれまで会ったことがなかったらしい。書籍の世界と雑誌の世界はオーバーラップする部分はあるものの、案外、領域が重なったいないようだ。三省堂本店の地下のビヤホールで飲み、その後2軒ほど寄る。二人はまだ飲んで、歌っているので11時過ぎに退散する。

August 05, 2007

8月5日(日)『怪談』はどうしてこんなになってしまったのだろうかと少し悲しくなる

今日も暑い。午前中、大リーグの中継を見て、昼からライブラリーへ。朝日新聞の名古屋の取材。憲法関連のことで、創価学会と戦前の宗教弾圧のような話。この話をしていて、新宗教研究における共産党系の学者の影響の強さを改めて思った。弾圧された新宗教を、戦前の共産党と同列にあつかい、反権力、反天皇制としてもちあげすぎたのではないか。実際には、弾圧の理由にしてもかなり違っている。このあたり、それこそ戦後レジームから解放される必要がある。

取材が終わってから、銀座へ。菊之助主演の『階段』を見る。劇場のなかに入ってみると、すいている。これ自体いやな予感がした。出だしは悪くないが、途中からどんどん散漫になっていく。どうしてこういう脚本で制作してしまうのだろうか。何より問題は、見ている人間が誰に感情移入していいのか、誰の立場に立って怖がっていいかが不明確な点。祟りが祟りを呼ぶというなら、そうした展開にすべきだし。あらゆることは、主人公の美貌がいけないというのなら、そういう話にすべきだと思う。多額の金をかけて、労力もかけ、それでこれだけしかできないというのは、根本的な誤りがあるように思う。菊之助も生かされない。

本屋に寄ってから、改装後の帝国ホテルのダイナーへ行く。ハワイアン・フェアで、従業員もアロハを着ている。大分感じが変わったし、コーヒーも変わったように思うが、なにより落ち着けるのがいい。となりでは、弁護士一家と今度嫁ぐ嫁さんとのはじめての顔合わせが行われていた。嫁さんも弁護士。それにしても、父弁護士がよくしゃべること。すっかり家庭の内情がわかった。間違いなく、父弁護士は末っ子だ。

August 04, 2007

8月4日(土)最近買って便利なのは「バイオ・ミニ・ブロック」と「取扱説明書ファイル」だ

今日は、猛烈に暑い。しばらく30度をかなり超える日が続くようだ。夏本番というところだろう。魚真に行ってみたら、台風の影響で魚が入っていないと言っていた。海が荒れれば、漁はできない。

最近、買ったもので重宝しているのは、一つは、「バイオ・ミニ・ブロック」で、もう一つは「取扱説明書ファイル
」。ブロックの方は、宅配牛乳と一緒に入っていたチラシに載っていた。水槽に入れておくと、水が澄むというのだ。楽天で調べてみると、そちらの方が安かったので、2個買ってみる。二つの水槽に入れてみると、2、3日で水が澄んできた。ありがたいのは、フィルターに糞などのかすがたまらないこと。これで、水を換えなくてもいいし、フィルターの掃除もあまりしなくてよさそうだ。これはずいぶんと違う。

取扱説明書ファイルの方は、ワールド・ビジネスサテライトでやっていたように思うが、文字通り、取扱説明書を入れるファイル。説明書も入れやすいし、一緒に保証書やCDロムなどが入れられるようになっている。これは、ありがたい。付属品を一緒に入れておくところがなくて、散逸してしまうことが多かったが、これならなくならないし、すぐに探せる。かなりありがたい商品だ。厚い説明書でもファイルできる。

今月号の『寺門興隆』、連載のほかに、読者アンケートで2006年に印象深かった本が紹介されている。そのなかに、『創価学会』があがっていた。また、編集後記では、この雑誌の連載から生まれた本として『創価学会の実力』のことが取り上げられていた。

August 03, 2007

8月3日(金)国末憲人『イラク戦争の深淵』を読み終える

日本宗教美術史を書く。10枚強。薬師寺から法隆寺、そして東大寺の法華堂(三月堂)に話を進めていく。この時代、宗教美術のピークとも言えるものだけに、書いていて、甲斐は大いにある。次は、大仏に話が進む。この前、NHKの番組で、創建当時の大仏をCGで復元する番組を見たが、それはすごい。こんなものが、当時、世界の他のところにあったのだろうか。大仏開眼という出来事は、戦後で言えば、東京オリンピックと大阪万国博が一度に来たような感じだったのではないだろうか。それにしても、大仏を作ろうというエネルギーはどこから生まれてくるのか。たんに為政者が、民衆を強制的に動員したということでもない気がする。仏教熱のようなものが、平城京には蔓延していたのではないだろうか。

夕方は、関東中央病院に定期検診。さしたる変化はなし。中性脂肪が多く、改めて運動の必要性を感じる。それとも、ストレスがかかっているのだろうか。ちょっと根を詰めて仕事をしてきたかもしれない。もう少し気軽にしたいとは思うが、なかなかそうも行かない。

朝日新聞の国末憲人さんからいただいた『イラク戦争の深淵』をようやく読み終わる。おもしろかった。イラクでの取材も含まれるが、ヨーロッパと往復を繰り返すなかで、アメリカとフランスを筆頭とするヨーロッパとの対立がどのような方向で進んでいったのかが興味ぶかい。いったい何のための戦争だったのかと改めて思う。重要だと思ったのは、イラク復興の枠組みのなかで、イスラム教の宗派や民族というものを平等に選出しようとしたことが、かえって宗派間、民族間の対立を深刻なものにすることに結びついたことの指摘だ。オウムと9.11以降、宗教がクローズアップされたが、それゆえに宗教の危険性が強調され、それがかえって原理主義的な傾向をもつ宗教の自覚ということに結びついたのかもしれない。その意味では、ことばというもの、概念、分類の重要性を思う。

August 02, 2007

8月2日(木)四方田君は詩を作っているらしい

8月になり、梅雨も明けたけれど、台風がまた日本に接近している。アメリカでは高速道路の橋が崩れ、大変なことになっている。

四方田君から、昨日は詩集が届き、今日はエッセイ集が届いた。ここのところ、詩を書いているようだけれど、詩というのはなかなか難しい。感情を描くのか、光景を描くのか、それともことばにこだわるのか、どこに焦点を絞るかということを考えないといけないのだろう。詩はほとんど書いていないけれ、詩的な文章というのはいつも考える。

しばらくあいだがあいたが、日本宗教美術史に戻る。天平時代の宗教美術、今日は興福寺から大安寺へと話を進めた。とくに興福寺の阿修羅像と迦楼羅像に注目した。宗教美術のなかで、こうした異形の存在が現れたのは、これがはじめてのことだ。天平時代にこうした像が、どのようなイメージを与えたのか、考えをめぐらせてみるとおもしろい。次は、薬師寺に話を進めることになるが、今日は10枚弱しか進まなかった。

August 01, 2007

8月1日(水)処分と辞任

創価学会の連載の原稿を書く。最後まで書き上がる。もう一度、見直して完成の予定だ。

午後、取材を受けるためにライブラリーへ行く。1時間半ほど、オウム事件の頃の話を聞かれる。この時代のことは、なかなか説明するのが難しい。昔のことを思い出すのが嫌とかそういうことよりも、事態が複雑で、その全体像を把握して貰うのに苦労するからだ。

取材が終わってから、坊っちゃんの原稿をプリントアウトして見直す。何カ所か、つじつまが合わないところがあった。

朝青龍が処分され、赤城農水大臣が辞職した。処分や辞職というのは、今日受けた取材とも関係するが、どちらの件も釈然としないところがある。朝青龍のサッカー問題、今のところ、報道を見る限り、処分理由が必ずしも明確ではない。手続きで考えても、昨日謝罪があり、今日処分決定というのは早すぎないか。処分にかんして、本人が弁明する機会を与えたとは言えない。赤城大臣の方は、辞任なのか更迭なのか、そこがわかりにくい。たしかに、更迭の圧力をかけて、それで本人に辞表を出させるというのは一般的なやり方ではあるにしても、これだとけじめがついたとは受け取れない。どちらも将来に禍根を残してはいないだろうか。

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