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September 28, 2007

9月28日(金)長井健司さんはそんなに遠くないところにいる

ミャンマーで射殺された長井健司さんのことは存じ上げていないが、彼が契約していたAPF通信社の山路代表のことは知っている。何度かお会いしたことがあるし、飲んだこともある。その山路さんのコメントや行動がテレビのニュースで取り上げられているのを見ると、不思議な気がする。通信社は決して大きくはない。ひょっとして私は、長井さんにも会ったことがあるのだろうか。まったく記憶はないが、どこかで会っていたとしておかしくはない。あり得る話だ。

実は昨日のこと。ブログには書かなかったけれど、昨日アメリカ人と話をしていたとき、日本テレビの木下さんにもその場に来て貰い、取材の経験からオウムの生物兵器開発について情報を与えて貰った。その途中で、彼の携帯に、長井さんが撃たれて亡くなったという連絡が入った。長井さんは日本テレビで仕事をしていて、木下さんは何度も彼と飲んだことがあるという。たぶんそれは8時頃のことではなかったかと思う。そんな体験はこれまでしたことがないし、これからもないだろう。

なぜ長井さんがミャンマーに行かなければならなかったのかはわからない。もちろん取材目的なのはたしかだが、危険なところへあえて出かけて行くにはそれなりの理由があることだろう。長井さんのこれまでについて話を聞いていると、そこにはたんに仕事ということだけではない、個人的な事情がかかわっているように思えてきた。射殺されたばかりの長井さんの写真が新聞に載っている。朝日新聞の朝刊では、長井さんのところがカットされていたが、夕刊ではそこが掲載されていた。この写真があることで、彼の存在は永遠に記憶されることになったのかもしれない。

ミャンマーは軍事政権であり、その政権を日本は支えてきた。政府はその責任を問われなければならないだろう。これも偶然だが、私の知り合いに、アウンサン・スーチーさんが日本に滞在していたとき、彼女を家に泊めていたという人間がいる。オックスフォード大学でいっしょだったからだ。スーチーさんに会ったことなどないけれど、ここでも一人を介して、ミャンマーとつながっている。自分の生きる世界と、ニュースのなかの世界とが微妙に重なり合い、交錯している。交錯しているのは、現実の世界だけではない。生の世界と死の世界も、ねじれながら交わっている。

もし私が長井さんを直接知っていたら、今回の事件から受ける感覚は大きく違っていただろう。ところが、少し先に存在しながら、直接に関係しないことで、私のなかに妙な感覚が生まれている。その感覚がなんなのか、よくわからないが、物事がうまく焦点が合わないままになっているように思える。それが、あるいは今なのかと思う。そしてなぜか、先々週に訪れた真如苑の武蔵村山の土地のことが思い起こされる。両者に何の関係もないはずなのだが、どこかでつながっているように思えてならない。あの広大でありながら、将来の姿が想像できない様子が、今を感じさせ、それで今回の事件に通じているのかもしれない。

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