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September 2007

September 30, 2007

9月30日(日)ファンタジーとは悪についての現代的な思索なのかもしれない

昨日、今日と雨で、外に出なかった。別冊宝島の原稿を仕上げる。2本違うテーマのはずが、要は憲法の問題になってしまった。改めて、戦後レジームからの脱却ということの意味と、その難しさを思う。これは、そう簡単なことではない。

ハリー・ポッターの第6巻上下を昨日と今日で読み終える。第5巻の帯に、シリーズ最高傑作と記されていたが、たしかにそれはあたっている。それに比べると第6巻は単調だが、最後に大きな盛り上がりがある。ハリーのぶつかっている難しい問題が第7巻で一挙に解決、あるいは解消するのだろうか。とかく最後は謎解きの説明になって、つじつま合わせになりかねないが、どうなるか興味がある。

ハリー・ポッターにかぎらず、20世紀から21世紀にかけて生まれたファンタジーというものは、けっきょく、悪の問題を中心に据えている気がする。その意味では、案外ドストエフスキーの世界につながっているのかもしれない。20世紀は戦争の時代で、21世紀のはじめはテロの時代になった。そうした世界史的な時代の動きというものをいかに昇華させていくか、そこにファンタジーが書かれる意味があるのかもしれない。ハリー・ポッターにおける悪は、一方で、薄っぺらい物である気がするものの、その一方で複雑で、善と悪とが明確には分けられない。悪と思われた人間が善であったり、人間によって評価が分かれるものも出てくる。その点で、今日的な悪の問題を扱っていると言えるのだろう。その点では、けっこう手強い作品かもしれない。

September 29, 2007

9月29日(土)文楽と歌舞伎はどうして違った道を歩んだのか

雨で天気が悪い。昨日が暑かったのに比べて、相当に涼しい。

昨日は、朝、病院に検査に行き、昼からは日蓮の勉強会に出た。「観心本尊抄」もあと一回。次はまとめだ。これで、日蓮遺文も山を乗り越えることになりそうだ。

夜は、アカデミーヒルズで、1年前に亡くなった吉田玉男を追悼する写真展関連のシンポジウムを聞きに行った。文楽はあまり見ていないし、実際に見たのは一度だけ。それでも、写真展で展示された写真がスライドで見られたし、写真家、弟子の玉女さん、それに評論家の話でおもしろかった。たんに文楽の話というより、玉男さんの人柄や、その死への日々など、人間模様が興味を引いたように思う。

それにしても、文楽に携わっている人は、全部で89人だという。まるで保護されている天然記念物のようにも思える。興業だけで経済的に成り立たないのはともかく、人数の面でも広がっていかないと、存続はなかなか大変だろう。歌舞伎とはかなり条件が違う。なぜ、文楽はこうなり、歌舞伎はそうなったのか。昔は、文楽はすごい人気を誇っていたわけで、その違いは何なのかと思う。

September 28, 2007

9月28日(金)長井健司さんはそんなに遠くないところにいる

ミャンマーで射殺された長井健司さんのことは存じ上げていないが、彼が契約していたAPF通信社の山路代表のことは知っている。何度かお会いしたことがあるし、飲んだこともある。その山路さんのコメントや行動がテレビのニュースで取り上げられているのを見ると、不思議な気がする。通信社は決して大きくはない。ひょっとして私は、長井さんにも会ったことがあるのだろうか。まったく記憶はないが、どこかで会っていたとしておかしくはない。あり得る話だ。

実は昨日のこと。ブログには書かなかったけれど、昨日アメリカ人と話をしていたとき、日本テレビの木下さんにもその場に来て貰い、取材の経験からオウムの生物兵器開発について情報を与えて貰った。その途中で、彼の携帯に、長井さんが撃たれて亡くなったという連絡が入った。長井さんは日本テレビで仕事をしていて、木下さんは何度も彼と飲んだことがあるという。たぶんそれは8時頃のことではなかったかと思う。そんな体験はこれまでしたことがないし、これからもないだろう。

なぜ長井さんがミャンマーに行かなければならなかったのかはわからない。もちろん取材目的なのはたしかだが、危険なところへあえて出かけて行くにはそれなりの理由があることだろう。長井さんのこれまでについて話を聞いていると、そこにはたんに仕事ということだけではない、個人的な事情がかかわっているように思えてきた。射殺されたばかりの長井さんの写真が新聞に載っている。朝日新聞の朝刊では、長井さんのところがカットされていたが、夕刊ではそこが掲載されていた。この写真があることで、彼の存在は永遠に記憶されることになったのかもしれない。

ミャンマーは軍事政権であり、その政権を日本は支えてきた。政府はその責任を問われなければならないだろう。これも偶然だが、私の知り合いに、アウンサン・スーチーさんが日本に滞在していたとき、彼女を家に泊めていたという人間がいる。オックスフォード大学でいっしょだったからだ。スーチーさんに会ったことなどないけれど、ここでも一人を介して、ミャンマーとつながっている。自分の生きる世界と、ニュースのなかの世界とが微妙に重なり合い、交錯している。交錯しているのは、現実の世界だけではない。生の世界と死の世界も、ねじれながら交わっている。

もし私が長井さんを直接知っていたら、今回の事件から受ける感覚は大きく違っていただろう。ところが、少し先に存在しながら、直接に関係しないことで、私のなかに妙な感覚が生まれている。その感覚がなんなのか、よくわからないが、物事がうまく焦点が合わないままになっているように思える。それが、あるいは今なのかと思う。そしてなぜか、先々週に訪れた真如苑の武蔵村山の土地のことが思い起こされる。両者に何の関係もないはずなのだが、どこかでつながっているように思えてならない。あの広大でありながら、将来の姿が想像できない様子が、今を感じさせ、それで今回の事件に通じているのかもしれない。

9月27日(木)オウム事件はやはり十分に解明されていない

別冊宝島の原稿を書く。片方の原稿はできた。もう片方の原稿、最初の部分を書く。

午後はライブラリーへ。夜、アメリカから来た研究者と話をする。オウムの生物兵器開発について聞きたいとのこと。ボツリヌス菌や炭疽菌などを兵器として使おうとしていたことについて、情報がまったく得られないとのこと。たしかに、この部分は事件化していないので、こちらにも資料も情報もない。改めて、オウム事件の未解明の部分が少なくないことを確認する。

September 27, 2007

9月26日(水)講義と講演はどう違うのだろうか

必要な書類があったので、午前中はそれを書く。別冊宝島の原稿を書き始める。短いものだが、2本書かなければならない。

夕方、ある弁護士事務所で打ち合わせ。その後、ヒルズへ。安全・安心の共通コースで講義。「自民党vs.公明党」というタイトルで話をする。講義と講演というのをどう区別するか、明確な基準があるわけではないが、聴衆が15人以下か、それ以上かぐらいで分かれるのだろうか。それとも、もっと多いのが講演だろうか。座ってしゃべるか、立ってしゃべるかでも区別できるかもしれない。講義だとすわってしゃべり、講演だと立ってしゃべる。でも、大学の講義だと学生の数は100人を超えることもあるし、それを講演と言うのも違う。

どちらがやりやすいかというと、講演の方だ。講義だと、人数が少ない分、誰に向かってしゃべるかがむずかしい。講演だと、全体の空気をつかんで話ができるが、どうも講義だとそうした空気自体が存在しない気がする。来る方も、講義だと日常的で、講演だと非日常的なのかもしれない。これは、演劇で客の入りの多い少ないということと同じだろうか。私は、聴衆が多くても、あがったりしないが、かえって人数が少ない方が緊張する。けっきょく、人数が多い方が、反応のパターンが多様で、一部を引きつけると、全体を引きつけられるということだろうか。ここのところ、講義、講演が続くので、ちょっとそこらあたりが気になる。

September 25, 2007

9月25日(火)10大新宗教の原稿を書き上げる

10大新宗教、おわりにを書き上げ、全体を見直す。ルビが必要だというので、なるべく多くつけてみる。全体でほぼ300枚で、予定通り。8月の第2週から書き始めて、9月の最終週に終わったから、ちょうど7週間で一冊。これも予定通り。これまで、いくつか書いたことがある教団もあって、その分は楽だった。改めて見直してみると、新宗教というのはつくづくおもしろい存在だと思う。まとめて書くことで、系譜というのも見えてきたし、全体像がわかったように思う。真如苑に行ったのも、予想以上にいい効果があった気がする。

テレビでは、新首相の選出過程を追っている。すでに決まっていることが進行しているのは、やはり儀式のようだ。こうした儀式性があるからこそ、政治はまつりごとと言えるのだろう。宗教学的に見ると、むしろこうした部分の方がおもしろい。ちょうど明日、安全・安心の共通コースで、「自民党vs.公明党」の話をすることになっているので、そうした点も盛り込みたいと思う。

新しい首相、やはり妙なユーモアの感覚がある。同じ早稲田ということで、小渕元首相に似ているような気がしたけれど、どうもそうなりそうな感じだ。小渕元首相の場合、最初はあまり人気がなかったけれど、「ブッチフォン」などが登場し、次第に人気を高めていった。その再現がなるのだろうか。ただし、衆参のねじれという現象は今回違う。それでものらりくらりと、政治的なポリスーや明確な政策がないほうが、こうした状況では強い。こだわりがないということは、相手としては責めにくくなるだろう。

September 24, 2007

9月24日(月)決定的に損なわれた首相の姿に思う

勤労感謝の日だが、仕事。10大新宗教、最後のGLAの項目を書き上げる。あとは、あとがきだけ。それから全体を見直して、ルビもつける必要があるらしい。10月の頭に九州に行かなければならないし、別冊宝島の原稿もある。帰ってくると、またいろいろあって日程がタイトだ。

夕方、安部首相の記者会見を見る。まるで生気がない。うまくものが考えられないのだろう。これは、そう簡単に回復しないかもしれない。気力の一番の源の部分が、枯渇しているというか、断ち切られているように見える。食欲は回復しつつあると、医師団は言うが、その兆しは感じられない。これだけのことが起これば、そこから立ち直るのは容易なことではないだろう。おそらく何年もかかるはずだし、致命的に損なわれているのかもしれない。なぜそこまで損なわれてしまったのか。一時も試練を経ないまま、首相になること自体が無理だったのだろう。

ハリー・ポッターの続きが届く。4巻に続いて、5巻も6巻も相当に厚い。しかし、もしハリーポッターを本格的に論じるならば、ほかのファンタジーも読み直したり、新たに読んでいく必要があるかもしれない。少なくとも、指輪物語、ナルニワ国物語、ゲド戦記は欠かせない気がする。そうした作品に反映された時代性というものを抜きには語れないのではないか。そんな予感がしている。

September 23, 2007

9月23日(日)田山花袋の『温泉めぐり』を読む

自民党の総裁選が終わった。自民党本部の前で、麻生支持を訴えていた市民はいったいどういう人たちなのだろうか。案外熱心な支持者がいるということか。それとも、何か別の思惑があるのか。安部首相は、1議員としてこれからも活動するつもりのようだが、どうして議員を辞めないのかそれが不思議だ。これだけ混乱をもたらし、無責任な行動に出たのだから、当然議員辞職すべきではないのだろうか。その感覚がわからない。そこに最大の彼の問題があったのかもしれない。

田山花袋の『温泉めぐり』を読み終わる。そんなに一生懸命読む本でもないし、なんとなく読む本だが、現代と温泉をめぐる事情が違うということがよくわかった。花袋の基準では、温泉の善し悪しは、第一にお湯が熱いということと、その湯の量が多いということで決まる。今だと、お湯をわかし、温度を保つ技術が確立されているが、昔はそうではなかったようだ。

あと、やはり温泉は不便なところにあって、汽車もいかないようなところが少なくない。逆に、宿代というか、温泉に宿泊する費用は安く、それこそ1ヶ月でも湯治のために泊まれたようだ。病気を治すということだと、長く湯治しないと意味がなかったのだろう。今だと、宿代が高くて、そんなことはできそうにない。そこも大きな違いだし、文人が原稿を書くために温泉旅館に泊まったというのも、そうした費用の問題があったように思う。

『温泉めぐり』で紹介された温泉のなかで、やはり行ってみたいと思えるのは、花袋自身の行かなかったところだどうか。行きたいけどまだ行くことができないという思いが、不思議に読者に伝わってくる。それにしても、花袋は実にたくさんのところへ旅をしている。旅を文筆のたねにし、それで生活を成り立たせていたのかもしれないが、小説だけで食えるわけではなかったのだろう。文筆家の一人として、そこに関心をもった。勤勉さはどんな仕事にもやはり必要だ。

September 22, 2007

9月22日(土)ハリー・ポッターは第4巻まで読み終えた

今日もまだ暑い。明日からは涼しくなるというが、こう暑い日が続くと、体にこたえる。

ハリー・ポッターの第4巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』をようやく読み終わる。軽装版で1000頁を超えていて、やはり相当に大変だった。あとがきを見ると、考えていたトリックが通用しないのがわかり、それで長くなったということだが、やはり伸びた分、錯綜しているというか、話を追いにくい。内容的にも込み入ってきているし、第1巻の単純さからはほど遠い。いったいどこへ向かっているのか。『指輪物語』だと、旅が進んでいくのと、物語が進んでいくのが平行していくが、ハリー・ポッターでは、話が展開する場所が同じ学園のなかなので、どこへ向かっているかがわかりにくいのかもしれない。一学年のあいだに起こった出来事が、学年末に決着がつくという形式で、その点を乗り越えようとしているのかもしれないとは思う。

ハリー・ポッターは、しだいにダーク・ファンタジーになっていくと言うが、この第4巻が大きな境目なのだろう。人が死んだり、魂を抜かれたりと、暴力性が表に出てきている。映画では、これをどう表現しているかも気になるところだ。映画の方も見てみた方がいいかもしれない。

September 21, 2007

9月21日(金)古寺巡礼の打ち合わせ

彼岸に入ったというのに、ずいぶんと暑い。朝からライブラリーに出かける。10大新宗教、いよいよ最後のGLAの項目に入る。これを書き上げ、まとめを書けばできあがる。この教団については以前に一度書いたことがあるので、15枚ほど進む。

夕方、芸術新聞社の渡辺さんと打ち合わせ。一度奈良に行かなければならないということで、日程などを検討する。正倉院展などもあり、11月のはじめに2泊3日で訪れることになる。現代版の古寺巡礼というところか。東大寺、興福寺、薬師寺、唐招提寺、そして法隆寺を訪れたいと思っているが、全部まわれるかどうかわからない。法隆寺は、中学校の修学旅行で行っただけの気がする。他は、大人になってから訪れたはずだが、やはり宗教美術という観点から見ていないので、改めてよく見てみなければならない。1年で特定の日にしか拝観できない仏像もあって、全部を見ることができないのが残念だ。

久しぶりに魚真乃木坂店で飲んで、家に戻ると、これから書く本や原稿の資料が届いている。休みなく仕事が来るのはありがたいが、重ならないよう、うまく調整して仕事をしなければならない。

September 20, 2007

9月20日(木)なぜルー大柴は復活したのだろう

10大新宗教の真如苑、やっと書き上げる。先週ちょうど木曜日に見学させてもらったので、それから1週間かかった感じだ。やはり見学してよかったと思う。次は、最後のGLAだ。

『公明党vs創価学会』の重版がやっとできる。10日にという話だったので、10日ほど遅れたことになる。来月は朝日新書の1周年でフェアをするらしい。重版の帯には、そのフェア用の帯がまかれていた。

ルー大柴が復活しているらしい。たしかに、ここのところよくテレビに出ている。実は、私が昔よくテレビに出ていた頃、何度か同じ番組に出たことがある。3度くらい会ったような気がするが、2度はよく覚えている。なにしろ、そのうちの一度は、生前葬が流行していると言うことで、『11PM』でルー大柴の生前葬という番組が放送された。私は、その番組にゲストというか、参列者として出演している。関根勤さんといっしょだったと記憶している。

もう一度は、その後、『ナイトジャーナル』のゲストとして出演して貰ったことがある。そのとき、番組が始まる前に挨拶にいったら、私のことは覚えていなかった。そのことも含め、不思議な人だという印象が残った。その後、あまりテレビに出なくなったようだが、今なぜ復活なのだろうか。あまりそういう例はないように思う。時代が逆戻りしているとも思えないが、興味深い現象だ。

September 19, 2007

9月19日(水)早稲田型総理と慶應型総理

午前は、10大新宗教。真如苑がまだ終わらない。これまで一度も書いたことがない教団なので、いろいろと調べないと進まない。もう一日かかるだろう。

午後は、朝日新聞beの取材。総仕上げということで、いまあじゅで写真を撮られる。

安部総理退陣をめぐってクーデター説が出ているようだが、このままだと福田氏優位は崩れないだろう。これで、早稲田がまた政権を握ることになる。森氏以来のことだが、最近は、政権をめぐって早慶戦が繰り広げられているかのようだ。今のところ、小泉政権が長かったので、慶應優位なところがあるが、それまでは早稲田の方が多かった。早稲田出は、80年代以降だと、竹下、海部、小渕、森、そして福田となる。慶應出は、橋本と小泉。

こうした顔ぶれを見ていると、早稲田での総理には共通性があり、慶應出にも共通性があるように思える。慶應の場合、構造改革に熱心で、そこにはポリシーがある。構造改革とは何かといえば、けっきょくは、官の力を抑え、できるだけ民間が力を及ぼせるような体制を作ることにある。それも、官の世界に入らなかった福沢諭吉の影響だろう。一方、早稲田出の総理には、ポリシーがない。ただ、状況を読み、それを利用する才能にはたけていて、案外そつなく政権を運営していく。海部、小渕など、総理の器とはあまり思われていなかったのではないか。ところが、小渕氏が典型的だが、いつの間にか人気者になっていたりする。逆に自分にポリシーがない分、周りが働くと、うまくいったりする。

そうなると、民主党は慶應出の小沢氏だから、福田総理が誕生すると、小沢氏は行政改革的な姿勢を強めることになるのだろうか。この点は注目だ。

9月18日(火)創価学会がどういう組織なのかを説明する必要があることを悟る

午前中は、『慶應三田会』の再校、疑問箇所をたしかめて、これを完成。その後、10大新宗教の真如苑続きを書く。

午後は大学へ。研究室内の公共政策研究会。その前に、図書室で取り寄せて貰った本を受け取りに行く。不思議なのは図書室の女性。いつも裸足。なんだか不思議な感じがする。

研究会は二部構成。最初は、放送大学の修士課程に在籍している近藤さんの発表。小泉政権における竹中平蔵氏の役割について。放送大学の先生の紹介で御厨さんに行き着いたようだが、そうしたことが可能なのが放送大学のよさだろう。私も放送教育開発センターにいた縁で、2度くらい卒業論文の副査をしたことがあるが、主査は文化人類学の祖父江先生だった。常勤のスタッフもなかなかすごいが、その紹介でさらにいろいろな、しかも一流の先生につながれるという点で、放送大学はなかなかのものだ。学生も社会人が主体なので、指導も難しいのかもしれない。

研究会の後半は、政策大学院大学の竹中治堅さんが、私の『公明党vs.創価学会』を書評してくれた。疑問点などに答えているなかで気づいたのは、創価学会の組織のイメージが一般にはあまり理解されていない点。幹部会でまったく議決が行われなかったりすることは、ちょっと普通の組織とは違うのかもしれない。そもそも昔創価学会研究を熱心にしていたのは共産党系の人たち。彼らにとっては、鉄の団結を誇った共産党という組織が組織を考える際のモデルになっていて、それを創価学会にも応用してしまったのではないか。しかし、政治組織と宗教集団では、まるで原理が違う。指示系統も明確でないし、上の指示が下まで簡単に浸透するわけではない。どうもそのあたりのことを説明しないと、創価学会のことも理解してもらえないことがわかった。私も、創価学会のことを日頃、宗教関係の人たちにしているので、その努力を怠ってきたようにも思う。大いに反省する。

September 17, 2007

9月17日(月)マイルスの「カインド・オブ・ブルー」の音源が入った新譜を見つけた

敬老の日。『慶應三田会』の再校を見なければならないので、朝からライブラリーに行く。10時前に着いたが、その時点では、ほかに一人くらいしかいなかった。校正という集中力がいる仕事は、気が散らないライブラリーが最適だ。なんとか、最後まで見終わる。あとは、ハリーポッターの第4巻を読む。半分くらいまで読んだけれど、実に長い。全体で1000頁もある。いったい何歳くらいになったら、これくらい読めるのだろうか。主人公の年齢と同じくらいでないと、最低無理かもしれない。

夕方、新宿に出る。東急ハンズで電動歯ブラシのブラシを買う。新しい種類のものが出ていたので、そちらを買う。それからタワーレコードへ。けっきょく、渡辺貞夫の「ペイサージュ」しか買わなかったけれど、いろいろと見てみる。一番気になっているのは、あらえびすの名曲選の第1集だが、何しろ聴いたことがないし、SPが元になっていて、針音がするらしい。なんといっても、1万7千円以上するのが問題だ。クラシックファンというわけではないが、中公文庫で本を読んでいるので、一度は聴いてみたいと思う。まだ迷い中。

いろいろ見ていたら、マイルスの「カインド・オブ・ブルー」の未発表音源が入っているのを見つけた。新譜のようだが、最初に1分少し、それが入っている。これは、演奏をはじめようとしてうまくいかなくて、すぐに辞めてしまった部分のようだ。2テイク続けて入っているが、マイルスらしい人物がしゃべっていたりする。残りの曲は、かなり後の電気時代のもので、どちらかというとラップのような演奏だ。妙なカップリングで1000円少しの値段だけれど、さすがに触手は動かなかった。

September 16, 2007

9月16日(日)政界早慶戦がはじまろうとしている

なんと言っても、福田さんで決まりということになってきた。福田氏が首相になると、森首相以来の早稲田出身の首相が誕生することになる。最近では、基本的に早稲田か慶應の出身者が首相になることになっているので、ある意味、わかりやすい決まり方ではある。

そうなると、民主党の代表が慶應出身の小沢氏だから、政局は早慶戦の様相を呈することになる。慶應三田会のことを調べていて、感じたのは、早慶戦、慶應から言えば慶早戦の重要性だ。いたるところで早慶戦が行われている。基本は野球やラグビーの早慶戦だけれど、三田会と稲門会のあいだでは実にさまざまなところで、さまざまな形で早慶戦が行われている。それは、二つの会のあいだのゴルフの大会であったり、たんなる飲み会であったりするが、これだけ二つの大学が密接に関係している例はないのではないか。

とくに、慶應三田会は、基本的に体育会系的なところがある。その点ではおそらく、稲門会の体育会系と一番親和性があることだろう。福田氏は、カヌー協会の会長をつとめていて、慶應には三田漕艇倶楽部(端艇部)というものがある。早稲田の方はわからないが、おそらく同じような組織があることだろう。それを媒介にして、早稲田と慶應は結びついていて、そこに福田氏もかかわっているはずだ。麻生氏の場合は、クレー射撃のオリンピック選手ということで、まさに体育会だが、上智だと、カウンターパートがいない。それでは、外には広がっていかない。果たして、政界早慶戦はどうなるのだろうか。

September 15, 2007

9月15日(土)研究者と作家は違うはず

真如苑から資料を送ってもらった。立派な本が多くて、かなり重い。あわせて、『慶應三田会―その組織と全貌』の再校が届く。これは、明日か明後日見ることになるだろう。来月には出版されるはず。今年三冊目の本になる。

一昨日のアカデミーヒルズでの竹中・北対談のなかで、竹中氏が研究者と作家とを区別していたのを思い出す。研究者のなかで、作家のような文章を書ける人はほとんどいない。それは、あくまで事実を積み上げていく研究者と、読者のために読みやすさを優先する作家というものが、本質的に違うからだろう。その点で、作家が書いたようなスリリングな展開をする本を書いた研究者がいたら、それはやはり疑った方がいいと思う。二つの才能というか、文章の傾向は共存しないはずだ。たまには、小説を書く研究者などいるので、絶対とは言えないが、普通はあり得ない話だと思う。

小泉チュルドレンなる自民党の一年生議員が、小泉元首相を担ぎ出そうとしたのは、理解に苦しむ。やはり、彼らは小泉元首相という親がいなければ何もできない子どもということなのだろう。参院で与野党が逆転している状況では、いくらなんでも小泉劇場は成り立たない。それならいっそのこと、集団で自民党を離党した方がいいのではないか。このままでは、次の選挙、当選がおぼつかないばかりか、公認を得られない可能性だってある。20人くらい離党すれば、与党は3分の2を割り込み、参院で否決された法案を再議決できなくなる。ならば、その離党した集団はキャスティングボートを握れるはずだ。それ以外手がないと思うけれど、勇気がないのか、頭がないのか。それこそ小泉元首相の決断力を学ぶできだろう。

9月14日(金)あの日、三軒茶屋で歴史を回顧していた人が首相になりそうなことの不思議

10大新宗教、昨日訪れた真如苑について書く。6枚ほど。資料を送ってくれるようだし、図書館に関連図書を頼んでいるので、それも見なければならない。真如苑が終われば、あとはGLAを書き、その後、まとめを書くことになる。

午後はライブラリーへ。3日続けていったことになる。なんだか、最近ここになじんできた気がする。堀さんの作った創価学会関係の文献目録を見せて貰い、意見を述べる。1000頁にものぼる目録は圧巻だが、これを使えるようにするには手間がかかりそうだ。

夜は、電通の渡辺さんの仲介で、エコノミストの水野和夫さん、外務副報道官の谷口智彦さんと銀座アスター本店で会食。谷口さんとははじめて。お子さんが、渡辺さんと私の母校、西高に通っておられるとのこと。昨日真如苑で案内してくれた人の一人も西高の後輩だった。アスターはさすが老舗で落ち着く。水野さんとは今度共著で出す予定の本について少し打ち合わせをする。

自民党の総裁選の動き、いつの間にか、福田擁立に向かっている。このブログで書いたけれど、去年の9月、安部総裁が誕生することになる自民党の総裁選挙の公示日の夜、三軒茶屋の文教堂で、福田氏が入ってくるのに遭遇した。何を読むのかと見ていたら、歴史書のコーナーに行き、日本の歴史の本を見ていた。もうこれで歴史回顧に傾いていくのかと思っていたら、亡霊のようによみがえってきた。そこが政界の不思議なところだけれど、果たして一度過去の人になった政治家に首相はつとまるのだろうか。首相の力が昔よりはるかに重要になっている状況のなかで、福田氏では力不足のようにも思える。

September 13, 2007

9月13日(木)真如苑を見学させて貰った

朝、家を出て、立川に向かう。真如苑の見学。10大新宗教を書くなかで、これまでまったくその実像にふれていなかったので、今回お願いし見学させた貰うことにした。最初に建立された真澄寺から案内された。まさに普通の町中にある寺。戦前の建物だと言うが、雰囲気がレトロで懐かしい感じがした。その後、本部の方に行き、なかを見学させて貰った後、いろいろと話を聞く。宗教情報センターの方で研究をしている宗教学の後輩、葛西君もかけつけてくれた。彼には、アル中についての本を書くように進める。近くのそば屋で昼食をご馳走になる。

午後は、新しく去年出来た応現院の方へ行く。立川駅の北にあり、少し離れている。行ってみると、広大な敷地にたくさんの駐車場があり、平日だというのにたくさんの人が来ていた。6000人くらい今日は来ているらしい。なかにはいると、雰囲気は病院の待合室の感じ。そこから3つの階に別れていて、各部屋で接心という真如苑独特の修行をしている。礼拝している人の姿も見えた。おびただしい数の人が来ているが、全体に整然としている。人が集まって盛り上がっているというわけでもなく、そこが興味を引いた。話では、社会変革的な要素がないというが、教団のあり方が、個人化が進んで今の社会状況にあっている気がした。

最後に、武蔵村山の日産跡地を買ったところを見せて貰う。まだ何もなく、土壌の試験をしているだけ。広大な土地をどのように利用するか、あまりはっきりとは決まっていないようだ。それでも、広大な土地を買うというところに、宗教団体の発想があるのかもしれない。

たっぷり真如苑を堪能し、とても勉強になった。終わってから、アカデミーヒルズに行き、理事長の竹中さんがはじめたトークを聴く。

September 12, 2007

9月12日(水)舛添政権10月解散

安部首相が突然退陣した。驚きだが、前にこのブログで、安部首相は、細川首相のように途中で政権を投げ出すのでないかと書いた気がする。ちょっと調べてみたが、今のところ、その箇所に行き当たっていない。おぼっちゃんとは、そういう無責任さをもっている存在だと思う。

次の首相として、麻生氏の名前があがっているが、どうだろうか。今首相になるのは得策と思えないが、政治家というのはとにかく首相になれさえすれば、先のことは考えない動物なのかもしれない。自民党として、今一番いいのは、舛添要一首相で10月解散ではないだろうか。ほかに、今の難しい状況を打破する手はない。もし桝添氏が首相になれば、人気は高まるだろうし、それに乗じて総選挙に打って出れば、今予想されているほど、自民党は負けないのではないか。なんとか政権を維持し、今の内閣の陣容を維持すれば、それが一番いいのではないか。ついでに、空いた厚生労働大臣に片山さつき氏を入閣させれば、人気は確実に高まる。そんなことでもしないかぎり、自民党政権の延命は不可能ではないか。問題は、それだけの度胸があるかだが、果たしてどうなるか。

公明党だって、こんなめちゃくちゃな政権につきあうわけにもいかないだろう。さっさと政権を離脱し、その上でキャスティングボートを握った方が賢い。正念場ではあるけれど、みんな度胸がないから、この通りにはいかないかなあとも思う。

September 11, 2007

9月11日(火)9.11に思う

9.11から6年が経った。今でも、テレビで見た異様な光景は忘れていない。超高層ビルにつっこむ旅客機。いったい何が起こったのか、最初はまったくわからなかった。

現在では、イラクのことが問題になっているが、アメリカはテロの首謀者としたビンラディンをつかまえられなかった。彼は現在も健在でメッセージを発している。そもそも、テロとの戦いの中身が問題なのではないだろうか。テロを実行したのが、つねに破壊活動をめざしているテロ集団なら、その集団を攻撃し、破壊すればいい。しかし、9.11の実行犯がその典型だが、彼らはテロ集団ではない。テロを実行するために一時的にできた集団であり、自爆することによってその集団はそのまま消滅してしまった。その後のテロも、その実行犯となったのは、それまでテロ集団で活動していた人間ではなく、テロを思い立って、そのために組織化を進めた人間たちだ。

テロを起こすのは、テロ集団ではなく、テロという思想なのではないか。そうであれば、アメリカの戦略はまったく意味がない。テロの思想に影響された人間たちが、テロを実行するプロセスを感知し、それを事前に潰さない限りテロは防げない。それは、ひどく難しいことだけれども、テロ支援国家を攻撃することでは解決しないのはたしかだろう。オウムにしても、テロ集団ではなかった。ただ、その集団のなかに、テロの思想が注入されることで、彼らは無差別殺人を実行した。そうしたテロの構造をもう一度考え直すべきではないだろうか。

September 10, 2007

9月10日(月)28年前に出た『タオ自然学』が重版になった

10大新宗教、世界救世教を書き上げる。救世教の他に、そこからわかれた神慈秀明会、真光系教団についてもとりあげた。これで7つ。次のPL教団について要点をまとめてみる。

工作舎から、『タオ自然学』の改訂16版が届く。久しぶりの重版だ。いったいこれで総計何部になったのだろうか。最初に、これの旧版が出てのが1979年のことだから、今から28年前になる。そんな昔に出た本が、今でも版を重ねているというのは相当に驚異だ。重版の部数は相当に少ないので、印税は微々たるものだけれど、累積するとかなりの額になるはずだ。本当にありがたい。

この本の翻訳をしたときには、まだ大学院生で、工作舎にいた知り合いから、アメリカでベストセラーになった本があり、それが宗教にも関係しているので、翻訳に参加しないかと言われたのがきっかけだった。工作舎は、松岡正剛氏が主宰していたときで、さまざまな人が出入りしていた。担当の女性編集者が怖いおねえさんで、ずいぶんとしごかれた。今ではいい思い出だけれど、鍛えてもらったことは、とても幸福なことだったと思う。

それにしても28年経ったかと思うと、月日の経つのは早いと感心する。ただ、その時代のこと、けっこうよく覚えている。一体自分がこれからどうなるのか、さっぱりわからない時期だったし、転換点でもあったかもしれない。その意味で、『タオ自然学』は忘れられない仕事の一つだ。

September 09, 2007

9月9日(日)10月19日に東大仏教青年会で師について講演することになった

有田芳生さんのブログで、『公明党vs.創価学会』を読んだ感想が述べられていた。彼にとっては、『現代公明党論』が処女作だというから、公明党に対する関心は強い。それが反映された感想だと思った。ちょうど、明日重版が出来るはずで、グッドタイミングな感想になったかもしれない。

梅ヶ丘図書館に自転車で出かける。世田谷区の図書館では、1館あたり5冊借りられることになっている。経堂図書館ではすでに5冊借りてしまっているので、梅ヶ丘に回して貰うことにした。杉並区では15冊借りられるので、こちらとしてはそうして欲しい。経堂図書館、駐輪場のコインがいらなくなった。これまでいちいちカウンターで頼まなければならなかったので、面倒だった。

10月19日金曜日の6時から、本郷三丁目近くの東京大学仏教青年会で講演をすることになった。最初、「師」というタイトルを申し出ていたが、これでは少しわかりにくいので、副題をつけ、「師―それはいかなる存在なのか」とした。仏教に関連すれば何でもいいと言われたが、この師という存在は、興味深い。自分が研究してきたものでも、オウムでも、創価学会でも、あるいは慶應三田会でも、師ということがひどく重要な意味をもっている。中沢新一論でも、そこが問題だし、四方田氏の『先生とわたし』もまた師について述べたものだ。

まだ、十分には考えていないが、師という存在をとくに重要視するのは、東洋的な伝統だろうか。もちろん、西洋でも、キリストやソクラテス、あるいはムハンマドも師であるには違いないが、少し違う気がする。神や真理というさらに上位の存在がいるせいだろうか。日本の仏教でも、親鸞と法然、そして「歎異抄」の問題やら、日蓮道元など、師ということがいつでもクローズアップされてくる。逆に、今読んでいるハリーポッターだと、魔法使いの話なので、師が出てきてもおかしくないが、師と呼べるほど個別な関係は重視されていないようにも思える。あれやこれや、いろいろと考えてみたい。

September 08, 2007

9月8日(土)自らに哲学はありやなしや

台風の余波でなんだか暑い。昼、魚真に買い物に行ったら、ほとんど何も並んでいなかった。これは台風のせいで、仕方がない。台風のことを忘れていた。

図書館で借りて、オーディオ評論家の菅野沖彦さんの『新レコード演奏家論』を読む。古い方の版は読んでいないけれど、かなり書き足してあるようだ。菅野さんの文章は、『ステレオサウンド』などでよく読んでいる。熱心なリスナーを「レコード演奏家」と読んだところがおもしろい。

こうした一冊読んでみると、やはり菅野さんには「哲学」があるのだと思えてくる。ここで言う哲学は、西洋哲学とか、東洋哲学とかいうときの存在論をめざすものではなく、ポリシーのようなものに近いけれど、たんなるポリシーとも違って、具体的なものにその哲学が表現されている。たとえば、彼が録音したレコードとか、長い時間をかけてくみ上げたオーディオのシステムとか。そういう具体的なものがあるからこそ、哲学に基盤があって、非常にしっかりとしたものになっている気がする。一般のオーディオ評論家だと、ここまでは行かない。ポリシーはあっても、哲学はない。自分のことをふりかえると、哲学はあるのか。まだその域に到達していない気がする。あるいは、哲学を作り上げるような人間ではないのかもしれない。そこらあたりのことを、小林秀雄を鏡にして考えてみようかとも思っている。

September 07, 2007

9月7日(金)祝・1000記事!

台風9号で午前中はあれていた。世田谷でも一部避難勧告が出たようだ。

実はこのブログ、今回で記事の数が1000に達した。ほとんど毎日書いているので、それだけの数になるのだろう。しかし、我ながら驚きだ。

10大新宗教、世界救世教について書く。この教団、分派が多いのが特徴だけれど、手かざしによる浄霊、地上天国、自然農法などが全体で共通しているのがおもしろい。さらにもともとは大本の流れにもあり、真光系教団もそのなかから出てくるわけだから、実にその点ではダイナミックだということになる。

夕方から打ち合わせに銀座へ。その後、ライブラリーへ行って、『ハリーポッターと賢者の石』を読む。一気に最後まで読み終えたが、これはもしかしたら、これまでのファンタジーをひっくり返したところに成立した作品なのだろうか。魔法使いやユニコーン、ケンタウロス、賢者の石など、ファンタジーでおなじみのアイテムは使われているものの、その使われ方が違うのかもしれない。主人公のハリー、最初から特別な存在と見なされているのにどういう意味があるのだろうか。後の巻で明らかに成ってくるのだろうが、これだといわゆる貴種流離譚にならない。途中、つまならい方に傾きそうになるところもあるが、予想していたよりははるかにおもしろい。とりあえず、次の巻に進むことにしよう。

September 06, 2007

9月6日(木)今度はハリー・ポッターなのだろうか

台風がかなり近づいてきている。予定では、ライブラリーで人に会うことにしていたが、天候が悪くなりそうなので変更する。10大新宗教、創価学会を書き終える。やはり他の教団の分より長くなった。これで、6つ目。後4つになった。

午後、『慶應三田会』のゲラを渡す。こちらもライブラリーでということにしていたが、今日になって経堂のいまあじゅに変更して貰った。いまあじゅに入ったら、いきなりママさんから銀座で飲んだマネコ・スペシャルの話をされる。この日記を読んだのだろう。ただ、それはもう1年前のことではなかっただろうか。

『慶應三田会』の本、上製本で10月のはじめに出来るらしい。今年3冊目の本になる。翻訳を入れると4冊目だ。11月には10大新宗教が出るはずで、そうなると4冊というか、5冊ということになる。けっこう仕事をしているということになるだろうが、もう1冊くらい出してもよかったかもしれない。そんなに無理することもないが、来年はどうなるだろうか。3冊は決まっている。

「坊っちゃん本」の原稿を読んで貰ったら、ある編集者からはハリー・ポッターはどうかと言われる。来年、最終刊の邦訳が出るようだし、これを読み解くという企画もあり得るのではないかというのだ。本屋で見たら、第1巻は、456版となっていた。気が遠くなる数字だ。家に戻ったら、アマゾンから1巻と2巻のペーパーバック版が来ていた。少し読み始めたが、読者がはまるのはわかる気がした。

September 05, 2007

9月5日(水)『温泉めぐり』を読んで鹿沢温泉に行きたくなった

台風が近づいているらしい。東京に接近するのだろうか。明日、明後日と外出の予定がある。

毎月のことだが、寺門興隆の連載を書く。ここのところ、創価学会よりも公明党に比重が移っているが、今回は公明党が連立からはじき出される可能性について考えてみた。今回、与野党逆転とは言っても、実は公明党が連立に入る前の状況に戻ったとも言える。98年の参院選で自民党が敗れ、橋本首相が退陣した。そのとき、自民党は過半数を確保できなくなり、それで問責決議案が可決されたりした。その危機を、自由党と公明党との連立によってしのいだのだが、そこに戻っている感じだ。そのなかで、公明党に未来はあるのだろうか。

今、岩波文庫から最近出た田山花袋の『温泉めぐり』を読んでいる。大正時代の紀行文だけれども、この人、実にたくさんの温泉をめぐっている。今では有名な温泉地も、この時代はまだそれほどでもなかったところが多いようだ。なかに、群馬の鹿沢温泉というのが出てきて、その話を聞いたものの、花袋はまだ行っていないと書いていた。調べてみると、この温泉、旅館が一軒だけある秘湯のようだ。火事で焼けて、それで一軒だけ残ってしまったらしい。たしかにあまり便利なところにはない。本を読むと行ってみたくなるが、その機会はあるだろうか。

9月4日(火)「坊っちゃん本」について作戦会議開かれる

午前中は、10大新宗教。創価学会について10枚ほど書く。

午後は、ライブラリーへ。慶應三田会の校正をする。校正をするには、ライブラリーは一番いい。自宅だと、途中で面倒になってきたりするが、ライブラリーだと、他の人たちも懸命に仕事をしているので、集中できる。景色や天井の高さ、それに何よりいいのは、音があまりしないことかもしれない。外の音はほとんど聞こえない。校正の方、最後まで終わる。あまりややこしいところがないので、今回の校正は簡単な気がする。

夜は、周囲では「坊っちゃん本」と呼ばれるようになった、『坊っちゃん』読解本についての意見交換。著者と編集者、それにきっかけを作ってくれた日芸の山下さん、電通の渡辺さん、それに渡辺さんとブッククラブをやっている方の5人で話し合う。話題は多岐にわたり、けっきょく11時過ぎまで話していた。ライブラリーのゲストルームは、これも妙に落ち着く。本を出す前に、編集者以外の人に広く読んで貰って意見を聞くというのははじめてのことだが、著者にはとてもうれしいことだ。おかしいのは、デジカメを持っている人が3人いて、記念写真になったこと。

September 03, 2007

9月3日(月)大学で聞蔵を使う

中央大法学部出身の政治家が入閣していることについて書いたが、すぐに3人のうち1人が内閣を去ることになった。あまりにあっけない。すぐに公認が決まったが、いっそ連立を組んでいる公明党が引き受けたらよかったのではないだろうか。そのくらいのやる気は必要だろう。

10大新宗教、立正佼成会を書き上げ、創価学会に入る。さすがに創価学会は書きやすい。ただ、今までと同じことを書いても仕方がないので、少し工夫をしてみることにした。

午後は、慶應三田会の校正、100頁ほど進める。その後は、大学で朝日新聞のデータベース聞蔵を使うために、出かける。聞蔵は便利だけれど、図像でしかアップされていない記事、ヴィスタでは見えない。しかたがないので、家からパソコンをもっていき、それで開いた。探したのは、公明党と自民党の関係についての記事。今度、安全・安心の共通コースで「公明党vs.自民党」という話をすることになっている。ついでに、寺門興隆の原稿も、公明党が連立からはじき出される可能性について書こうと思っているので、同じ物が役立つはずだ。記事を集めるのにかなり時間がかかった。

September 02, 2007

9月1・2日(土日)予定を考えると「ひえー」だ!

暑かった8月も終わった。9月にはいると急に、秋めいてきた。

1日土曜日は、第2回富士門下研究夏季合宿で話をするために、横須賀の大明寺に出かける。10時からなので、家を8時に出た。創価学会、公明党について話をしろということなので、新宗教研究の流れと関連させながら話をした。1時間半くらいしゃべる。昼食の後、やはり大明寺で行われている、カルト宗教にはまってしまった子供の親御さんの会に出る。そこでも話をすることになり、やはり1時間半ほど話をする。急に言われたので、自分がヤマギシ会を抜けてきたときのことを、周囲の人間との関係を含めて話す。こうした話は今までしたことがないが、思わず熱が入ってしまった。合計3時間話したので、さすがに疲れる。夕食後、帰ったら、11時近くになっていた。

2日日曜は、土曜日で疲れたので、一日ぼーっとしている。三田会についての本のゲラが来たが、とても目を通せない。寺門興隆の原稿もあるし、今書いている10大新宗教もあるし、本の校正もしないといけないし、来週はけっこう忙しい。坊っちゃん本についての作戦会議もある。そんなところに、東大の仏教青年会から講演を頼まれた。おそらく、10月19日の夜に話をすることになるだろう。10月は最初に福岡で講演があり、そのついでに吉野ヶ里とか、王塚古墳とか、九州国立博物館とかに寄ってきたいと思っている。奈良に古寺巡礼にもいかなければならないし、松山にも行きたいと思っているし、いろいろとやっていると、けっこう大変なことになってくる。さらに、安全安心の共通コースで話をしなければいけないし、今年の実務家コースの組み立てもしなければならないし。新しい本も書かなければならないし。宝島から原稿も頼まれているし。社会人社会化計画もあるし。対談本の話もいくつか出ているし。これはもしかして大変かも。ひえー。

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