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November 2007

November 30, 2007

11月30日(金)向源寺の11面観音はやはり至宝だった

彦根プリンスホテルからタクシーで米原へ。米原の駅がこんなに小さいとは知らなかった。荷物をロッカーに預けて、高月へ。今日は観音めぐり。高月の駅でレンタサイクルを借りる。天気は良いし、暖かいし、自転車で走ると気持ちがいい。まず、向源寺へ。11面観音とはじめて対面する。予想していたことだが、やはりすばらしい。木像だけれど、よくこれだけの時間を経ても、その美しさを保っているものだと感心する。やはり国宝を超えた至宝の一つだろう。見ていて飽きない。

すぐそばの観音の里歴史民俗資料館へより、それから高月の儒学者、雨森芳洲庵へ寄る。おもしろいのは、その集落の雰囲気。疎水が流れていて、水車などがあり風情がある。そこからさらに山の方へ向かい、石道寺へ。自転車にギアがないので、登りは少しきつい。そこから紅葉の名所、鶏足寺跡へ。ただ、もう紅葉は終わりかけている。

自転車で一度下って、己高閣、世代閣へ。ここは廃寺になった寺の仏像などを収蔵している。感銘を受けたのは、かなり破損し、腕もない兜跋毘沙門天の木像。顔がいい。もっとしっかりと残っていれば、かなり興味深い仏像なのではないだろうか。思わぬ発見をした。

駅まで戻り、自転車を返して、電車で長浜へ。ここの街、前に寅さんの映画で取り上げられていて、一度訪ねたいと思っていた。黒壁スクエアという観光のための一角が作られていて、いかにも小京都を売り出しているという感じもしたが、街をまわってみると、やはり感じが悪くない。昔の都会がそのまま残っているというのか、ちょっと説明が難しい。もっとゆっくりしてみたいと思わせるところだ。

海洋堂のフィギアの博物館と曳山博物館による。祭りのときには、子ども歌舞伎が出るようで、映像でその様子を見たが、おもしろそうだ。演目もバラエティーに富んでいて、展示されていた台本は、「鳥辺山心中」だった。

街の中心に大通寺という真宗大谷派の寺があり、そこで西田天香の碑を見つけた。この寺、「ごぼう」と呼ばれ、なかなか立派だ。真宗が根付いているということだろう。米原に戻り、新幹線で帰る。

November 29, 2007

11月29日(木)湖東の紅葉を味わう

11月29日(木)湖東の紅葉を味わう
朝早起きして岡山から滋賀へ。三井寺、石山寺、西明寺、金剛輪寺、彦根城の玄宮園を回る。三井寺は本堂が修理中でいまいち。秘仏公開のはずがやってない。石山寺はなかなか楽しめた。源氏物語関係の展示も面白い。

湖東の二つの寺は建物が国宝で趣があり紅葉がはえる。ただ圧巻だったのは玄宮園のライトアップ。池にうつった紅葉がこの世のものとも思われないほど美しい。これは現代ならではの楽しみだろうか。自然の美しさの発見と美術との関係について考える。

November 28, 2007

11月28日(水)岡山で講演をする

講演のために岡山までやってくる。岡山に来るのは珍しい。相手は日蓮宗の岡山布教師会。行きの新幹線で途中医師の鎌田実氏が乗って来られた。たしか高校だか中学の先輩だかだと思うが、それだけでは話しかけられない。

講演の内容は創価学会を中心とした新宗教について。2時間話をする。懇親会のときに来年の7月に別のテーマでまた講演を依頼される。

November 27, 2007

11月27日(火)岡田監督の条件は

朝、病院に検査に行く。採血した後、針をさした箇所をしばらくそこで押さえさせるように、システムが変化したようだ。私はワーファリンを飲んでいるので、なるべく時間をかけて止血しているが、ほかの人にも必要なことなのだろう。

芸術新聞社の渡辺さんが、明後日からの滋賀訪問のための旅費をもってきてくれる。いろいろと相談し、昼食後分かれる。午後は、『属性』の原稿を書く。10枚以上書いて、1章の最後までいくが、見直しはできなかった。

夕方、床屋へ。床屋は法事があったらしく、それに関連した話をする。出る前に、編集者の梅村さんから電話で、ハリーポッターの最終刊日本語訳の刊行日が決まったという連絡をもらう。7月23日だそうだ。これで、原稿の締め切りが、5月の連休明けになった。来年に入ったら、早々に手をつけようかとも思っている。問題は中身をどこまで紹介していくかかもしれないが、つっこんだ内容にして行くにはやはり、かなり話を押さえていかなければならないかもしれない。これは思案のしどころだ。

サッカーの日本代表、岡田監督に決まりそうだ。昨年会ったときには、マリノスの監督を辞めた直後ということもあって、もうサッカーには関心がないという話しぶりだったが、情熱は失せていないのだろう。条件をつめているようだが、監督を辞めたら、家のビール、エビスが出なくなったと言っていた。エビスが飲めればいい。それが監督承諾の条件に違いない。

November 26, 2007

11月26日(月)長井さん殺害に抗議するシンポジウム

午前中は、『属性』についての原稿、サラリーマン系がどういうものなのかについて書く。10枚ほど書いた。

午後は、東京財団へ。橳島次郎さんが座長を務める生命倫理についての研究会に出席する。90年代の政治の研究会と同様に顧問ということで。研究会では、久しぶりに米本昌平さんと橋爪大三郎さんに会う。橋爪さんとは、去年同志社で講演したとき以来だが、米本さんとは10年ぶりくらいに会ったような気がする。二人は、毎日新聞にいっしょに行かなければならないということで、あまり話ができなかった。

研究会が終わってから、バスで六本木ヒルズへ。そこで、午前中の仕事の続きをする。10枚くらいさらにかけた。そこから新宿へ出て、買い物。CDなどを買う。

今週末には、長井健司さんの殺害に抗議するシンポジウムが開かれる。私もオーディエンスとして参加するつもりだ。その案内を掲げておく。

シンポジウム
長井健司さん殺害に抗議して

「最前線ジャーナリストの真実」


12月1日(土)12時30分~14時30分(開場12時00分)

日本記者クラブ(日本プレスセンタービル)10階ホール
千代田区内幸町2-2-1
入場無料・当日受付(先着150名まで)
【パネリスト】
山路徹(ジャーナリスト、APF通信社代表)
石丸次郎(ジャーナリスト、アジアプレス大阪事務所代表)
高世仁(ジャーナリスト、ジン・ネット代表)

主催「ミャンマー軍による長井さん殺害に抗議する会」
nagaikenji20070927@mail.goo.ne.jp(メール)
参加希望の方はできましたら事務局までお名前を事前にメールしてください。
メールをいただけていない方は、
当日人数超過の場合のみ席数の都合で入れないこともあります。

November 25, 2007

11月25日(日)『スイングジャーナル』を買ってみた

水曜日から岡山、滋賀方面に出かけるので、締め切りが今月は早い『寺門興隆』の原稿を書いておこうと、ライブラリーに出かける。3連休の最後とあって、ほとんど人がいなかった。途中昼食をはさんで、なんとか連載原稿を仕上げる。家にいたら、これだけ集中できなかったような気がする。

ついでに、『属性』の内容について、また考え直してみる。今のものだと果てしなくずれていきそうで、よくない感じだ。そこで原点に戻り、書くべきことをまとめてみる。少しやったみたら何とかなりそうになってきた。

出さなければならないメールをいくつか出す。いろいろとやらなければならないことがあり、面倒なのもある。

夜になり、食事をしようとミッドタウンに行ってみたが、休日で混んでいたので諦める。TSUTAYAで、久しぶりに『スイングジャーナル』の最新号を買う。1970年頃、ジャズを聴き始めた頃に買っていたことがあり、また、「ナイトジャーナル」でジャズ評をやっていたときにも買っていたが、しばらく買ったことがなかった。図書館に入っているのをぱらぱらとめくったことはあるが、買って読むのは10年ぶりくらいだろうか。定価が1000円を超えていた。プーさんとヒノテルのデュエットが出ている。プーさん、来日するはずだったのが、おなかに水がたまったとかで、入院し、来日ができなくなった。どんな原因かわからないが、私の病気と似ている感じもする。大丈夫だろうか。もう67歳だし、気をつけてほしい。

November 24, 2007

11月24日(土)東京ジャズに行かなくては

今日も、けっこう寒い。この冬はどうなるのだろうか。寒そうな気もする。雪国では大雪が降っているようだ。

東京ジャズ2007を録画してみていなかったのに気づいて、見始めたら、これがけっこうおもしろい。初期の東京ジャズは、ハービー・ハンコック主体で、そこがどうも気に入らなかったが、彼がこなくなってから、多様になり、おもしろくなったのかもしれない。これは、行くべきだったと後悔する。やはりライブは見ておかないと、そのプレイヤーがどういう音楽をするか本当にはわからない。

4日分のうち、3日分見たけれど、何人か気になるアーティストがいた。歌手のステファン・ケントという人はまったく知らなかったけれど、けっこうこれがいい。雰囲気があるし、わかりやすい曲をやってくれるし、CDを買いたくなった。日本が好きそうなのもいい。

ランディー・ブレッカーを中心としたバンドは、ビル・エバンス、ハイラム・ブロックと実力者揃いで、ブロックが大阪生まれというのは知らなかった。虎のシャツを着ていたのはそのせいだろうか。そのバンドのなかで、ドラムスを叩いていたロドニー・ホームズというのがすごい。背が相当に小さい感じだけれど、手の動きがあまりにすばやい。タイトだし、これは注目株だ。

リー・リトナーのバンドは、ビル・エバンスのほかに、アレックス・アクーニャ、ただの木の箱を叩いて超絶技巧を見せるし、ベースはブライアン・ブロンバーグだし、キー・ボードと歌がパトリース・ラッシェンだしと、これはなかなかすごかった。ボブ・ジャームズのバンドは、彼を除くと皆黒人。そのなかでDJのロドニー・ホームズというのがすごい。

全体に見ていて、白人と黒人との関係が昔よりずいぶんと変わってきたのを感じる。自然に融合しているし、お互いがお互いを尊重しているのを感じる。これは、昔だと考えられないことではないか。そんなところでも勉強になった。

November 23, 2007

11月23日(木)『日本の10大新宗教』見本が届いた

勤労感謝の日だが、仕事。『日本宗教美術史』の密教の章の直しを終わる。次の浄土教美術と法華経美術の章のことを少し考える。あとは、創価学会の連載、次の分を考える。

新刊の『日本の10大新宗教』が届く。良い感じだ。かなり詳しく書いたつもりだが、頁数はそれほど多くはならなかった。ぎゅっと内容がつまった感じかもしれない。こうした新宗教全体を見渡してみると、個々の教団を見ているだけではわからない、全体像が見えてくる。それぞれの教団の個性と、共通性が微妙にからんで、そこがおもしろい。教団の選び方には、いろいろ感想もあるかもしれないが、主な15の教団についてふれたことになるので、かなり網羅的ではないだろうか。

これで、今年は4冊目。一年に4冊出せれば、かなり出したことになるのかもしれない。四季で考えれば、春夏秋冬、それぞれ1冊出したことになる。これまでも、一年に4冊というのはあるが、なかなか5冊というわけにいかない。是非来年は、5冊以上出してみたい。一応予定では5冊は出すことになっているけれど、どうなるだろうか。

November 22, 2007

11月22日(木)今年の冬は海老蔵だ

今日は、午前中に『属性』で、午後に『日本宗教美術史』という取り合わせ。ぼちぼとだが進んだ。

『日本の10大新宗教』見本が出来たとのこと。明日には届く。楽しみだ。

最近、海老蔵の舞台を見ていない。ドラキュラの舞台を見なかったので、かなりあいだがあいている。5月に見て以来だろうか。その分、これから海老蔵の舞台が続く。新聞に1月の演舞場の広告が出ていて、はじめて共演者を知る。芝雀以外、ほとんどが澤潟屋一門で、ちょっと2軍という感じもするが、海老蔵の1人5役の奮闘公演だから、これもいたしかたないだろう。急いで席を確保する。

そうしたら、なんと2月は大阪松竹座に出る。玉三郎を中心とした舞踊公演で、玉三郎と菊之助の「二人道成寺」に押し戻しで海老蔵がつきあい、その前に右近と「連獅子」をやる。これは、なんとしても見に行かなければならない。12月から2月まで、今年の冬は海老蔵を堪能できそうで、楽しみだ。

November 21, 2007

11月21日(水)実務専門家コースがはじまった

普段の仕事のやり方と入れ替えて、午前中に『日本宗教美術史』をやり、午後に『属性』の本を書いた。夜、安全安心の実務専門家コースがはじまるので、その前にライブラリーに行くことにしたため。

『日本宗教美術史』は、密教の章が最後まで行く。あとは、章の最初から見直すことになる。見直しもはじめの方はできた。この章、書き始めたのが10月16日だから一ヶ月以上かかっている。途中、奈良行きもあったので、仕方がないだろう。

午後は、ライブラリーでワークスペースを借りて仕事をする。第1章を書き出して、どうも調子が出ないので、構成を考え直してみた。それで新たに書き出したが、10枚はいかなかった。

夜は、実務専門家コースの初日。申し込みがあったうち、欠席はわずか1名だった。最初と言うことで、コースの主旨を説明し、私が問題提起をした。創価学会に絡めて、今の世界の問題点を指摘してみたけれど、なかなか難しい。メンバーは、知った顔もあれば、はじめての人もいた。昔TBSの番組でよく会った下村健一さんは今回だけの参加だが、実に久しぶり。これまで、安全安心のジャーナリストコースには出ていたらしい。このコースが終われば、安心安心のプロジェクトの職務は果たしたことになるのだろう。コースは2月まで続く。

November 20, 2007

11月20日(火)あらえびすコレクションのオペラ・アリアがすごいぞ

朝起きたら、なんと9時半だった。昨日日本酒を飲んだせいだろうか。8時間以上熟睡してしまった。

明日から安全・安心の実務専門家コースがはじまるので、その準備をする。第1回は私が話をするので、その内容をレジュメにまとめる。まとめたらすぐに話をしてみたくなったが、明日の夜まで待たなければならない。

午後は、『日本宗教美術史』を書く。観音信仰の途中まで、7枚くらい書いただろうか。

あらえびすの名曲選、ゆっくりと聞いてきて、8枚目のオペラ・アリア集を聞いた。昔はすごい歌手がいたものだと感心する。こういう歌い方をする人は今はまったくいないのだろう。オペラというものに対するとらえ方が変わってくる。我が家のオーディオも、アリアに向いているのかよく鳴っている。やはりジャズ向きではなく、クラシック向きの取り合わせなのだろう。ということは、スピーカーを先に考え直すべきかもしれない。

November 19, 2007

11月19日(月)話は密教から浄土教へ進むことになる

『属性』というか、『3つの系統』と呼んだ方がいいのか、新しい本の第1章を書き直す。一度書いたけれど、正面から問題を扱っていないような気がして、違った形で書くことにした。章の構成を考え、3枚ほど書いてみる。

午後は、『日本宗教美術史』、密教の章もしだいに締めの部分になってきた。密教では、仏像というものが必ずしも重視されていない。少なくとも、前の時代に比べれば、仏像の比重ははるかに低く、実際、宗教美術として注目しなければならない仏像は少ない。曼荼羅や仏画、法具は、どちらかといえば、使うための道具で、鑑賞すべきものでもない。後は、木彫の薬師如来像と観音像の数々についてふれたいと思う。これが追われた、浄土教美術の話に進んでいくことになる。

夕方から、小学校の同級生と会う。同級生というのは不思議なものだと思う。今日の「笑っていいとも」で、タモリ氏が今年唯一泣いたのは、母校に講演にいって、すっかり校舎などが変わっていたので、まったく昔を思い出さなかったのに、生徒たちが終わってから歌った校歌で、一気に昔がよみがえり、それで涙が止まらなくなったという話を紹介していた。そこが、同じ学校で学んだものの不思議さだろう。

November 18, 2007

11月18日(日)初めて日展を見る

午前中からライブラリーへ。ワークスペースを借りて、『日本人の宗教史』再校ゲラを見る。こうした仕事は、缶詰状態でやらないと、途中でいやになってしまう。なんとか、最後まで見終わるが、終わったところで力が尽きる。

午後には、芸術新聞社の渡辺さんと今後の打ち合わせ。滋賀と京都に行こうと思うが、けっこう場所的に不便なところが多く、そうたくさんはまわれそうになり。ただ、秘仏の一年一度の開扉といったこともあり、その日しか仏さんを拝めないので、それにもあわせる必要がある。

打ち合わせが終わってから、新美術館での日展を見に行く。これまでこうした公募展を見たことはないが、やはり美術の現状を考えるには必要かもしれないと思い、寄ってみた。すいていたけれど、作品の多さにまず驚く。日本画から洋画、彫刻から工芸、そして書へとまわる。それにしても、大きな作品が多い。これは、大きさが決まっているのだろうか。

正直、見るべき作品はなかったけれど、まず、モデルにすべき人間の選び方を間違っている。現代の普通の人は、モデルたりえない。可能なのは、能楽師や音楽家などで、そうした人物を描いている物は、視野に入ってくる。普通の女の子や男の子を描いても、絵にはならない。彫刻も同じで、もっとすっくと立っているような存在を描くべきではないか。書の場合には、意味がわからずに書いているというところが、すぐにわかる。字面ではなく、それぞれのことばがどういった意味内容をもっているか、勉強する必要は無いのだろうか。

終わってから、ミッドタウンに出て、クリスマス用のイルミネーションを見る。発光ダイオードを使った青の光の絨毯はめずらしい。それから、魚真、虎屋という最近おなじみのコースをたどる。

November 17, 2007

11月17日(土)オシム監督の治療法は私の場合と共通するのだろうか

すっかり寒くなってきた。外に出ると冬の気配だ。

朝、新聞を見ていたら、自分の名前が飛び込んできて、驚いた。朝日新聞beの土曜版で、イエスの方舟のことをあつかっていて、そのなかで前に『週刊新潮』に書いていたことが紹介されていた。イエスの方舟、分裂したという噂をしばらく前に聞いたけれど、記事を見る限りそういうことはなかったようだ。信頼できる人のいっていたことなので、真偽はわからない。それにしても不思議な団体だと思う。

最近、『日本宗教美術史』に関連して、国宝を訪ねる旅のようなことをしているが、今年いったいいくつ国宝を見たかを数えてみたら、160を超えていた。それも、ほとんどが10月以降のことになる。これから冬にかけて見ていけば、あるいは200を超えるかもしれない。国宝全体で1074というから、今までに見たものも入れれば、相当見ていることになる。

サッカー日本代表のオシム監督、意識がないのは治療上のことというらしいが、自分もそれを経験しているだけに、全く人ごととは思えない。そういうやり方がかなり一般化しているということだろうか。意識がない、あるいは意識がなかったというと、本当の危ない状態がイメージされてしまうが、治療上の処置の場合には少し意味合いが違ってくる。私と同じということなら、意識が回復するときもきっとあるに違いない。

November 16, 2007

11月16日(金)フリーな立場として理不尽な攻撃に戦いを挑まなければならないということ

『属性』についての原稿を10枚ほど書く。章のはじめから見直していて、途中で力が尽きた。午後からの勉強会のために、日蓮の遺文を読む。今回は、「顕仏未来記」が中心だ。読んでいて、昔に比べてはるかに内容が理解できるようになってきたと感じる。それが4年間の勉強の成果というものだろう。

午後から、日蓮遺文の勉強会。「顕仏未来記」のほかには、書状ばかりなので、今日で11頁も進んだ。今までにないハイペースだが、先生の話のスピード自体がものすごく早い。こんなに速いスピードで講義をする人は見たことがないし、いつにもまして加速度がついている。小松先生は、1年に一度は分厚い昭和定本に目を通すということも聞いた。それにしても神業に接したような思いがした。終わってから、『福神』刊行の体制が変わるという話を聞く。もうでないのではないかと思っている人もいるだろうが、来年のはじめには次の号が出て、その後も続くらしい。気を長くしてつきあうしかない雑誌だ。

長井健司さんについての『週刊文春』の記事が問題になっている。まだ記事自体を読んでいないが、長井さんの死に抗議するブログを読むと、その概略がわかる。私も一応フリーの文筆家ということになるが、フリーのジャーナリストというものはいっそう大変なのだと感じる。それを出版社につとめている記者が批判的に扱うことに、構造的な問題があるのだろう。しかし、フリーの立場としては、それに立ち向かい、打ち勝っていかなければならない。誰も助けてくれるわけではないし、自力で戦うしかないのだろう。表に出れば、必ず足をひっぱる人間が出てくる。それがない社会などあり得ないのかもしれない。

November 15, 2007

11月15日(木)先端研にある銅像

執筆の仕事は、『属性』を11枚ほど。『日本宗教美術史』を8枚ほど書く。密教のことについてだんだん考えがまとまってきた。新たな発展もあっておもしろい。一方、『日本人の宗教史』の再校ゲラが来る。こちらは、再校なのでそれほど面倒ではなさそうだ。『論座』の「今年の3冊」ゲラをファックスで返信する。

夕方、先端研に出かける。校内にある像、少し気になったので写真に撮ってみる。昔ここは航空研があったところで、その関係のものらしい。いかにも空に飛ぶぞという雰囲気だ。

研究室で、先日の「90年代研究会」について打ち合わせをする。やはり政治学者とほかの分野の学者とでは認識に違いがある。その違いを踏まえた上で、どう組み立てていくのか、そこが問題だろう。実務家コース、受講者が今のところ12名集まっているという。昨年度と同じくらいではないか。明日が一応の締め切りになっている。

November 14, 2007

11月13・14日(火・水)対談本と「大徳川展」など

ココログのメンテナンスで、昨日の分あっぷできなかったので、2日分まとめて書くことにする。

13日は、午後に水野和夫さんとの共著の対談があるので、頭が疲れないように、原稿は書かず、本を読むだけにする。午後から、ライブラリーへ行き、そこで2時から対談をする。およそ3時間、けっこうおもしろい話ができたのではないかと思う。もう一度来月に、対談を行うことになる。

終わってから、コーディネーターの渡辺さんと、ミッドタウンの虎屋に行き、それから魚真に行く。

14日は、朝から上野の国立博物館へ行く。「大徳川展」を見るため。ほぼ開館時間に入ったけれど、なかは相当に混んでいた。平日の朝だというのに皆熱心で、まわりきるのに2時間かかる。宗教美術という観点からすると、徳川幕府はそうしたものにあまり関心をもっていなかったことが浮き彫りになる。それにしても、至る所に葵の紋をつける感覚は、相当に執拗だ。何かそれを見ていると、日本人がルイヴィトンを好む元があるようにも思えた。

その後、平常展をまわる。とくにみたいと思ったのは、竹内久一の東大寺の執金剛像の模造。おもしろいことに、淡く彩色が施されていた。その微妙なバランスも悪くないし、同行して貰った芸術新聞社の渡辺さんがとったデジカメの写真でアップしてみると、相当に迫力がある。置かれている場所がそっけなくて、それが残念だが、やはり竹内模造仏像はすごい。ほかにもいくつか国宝が展示されているのを見る。

昼食をとったあと、佐倉の歴史民俗博物館へ。長岡京についての展示がある。沖ノ島の祭祀遺跡の復元もあるので、それも前から見たいと思っていた。そこへ行くのは、20年ぶりくらいだろうか。京成で行ったが、上野から50分以上かかる。駅からタクシーで行ったけれど、展示の方は、全体のコンセプトがわからない。長岡京のCGによる復元と、同じ時代の東北での発掘の結果と、無理に結びつけたようだ。沖ノ島の展示も同じだが、ほとんどが複製品で、その点でも満足できない。こういう博物館の展示はやはり難しいと思った。

November 13, 2007

11月12日(月)90年代研究会がはじまった

なかなか落ち着いて原稿を書く暇がない。今日はそれが可能なので、午前中は『属性』の原稿を書き、午後は『日本宗教美術史』の原稿を書く。前者が11枚、後者が4枚ほど。

夕方東京財団の研究会に出かけるため、外出。行きがけに、今度小学館から出た『日本の歴史』の第1巻を買う。『日本宗教美術史』を書き進めていると、今日本の歴史がどのように研究され、解釈されているかを知る必要が出てくる。そのとき、こうした通史は、最新の研究成果が盛り込まれているので、かなり便利で、ありがたい。とくに古代史は、新しい発見などもあり、どんどんと変化している。その基本的なところを一冊で抑えられるわけだから、どうしても読んでおく必要がある。

東京財団での研究会は、御厨さんをプロデューサとする「90年代研究会」。日本の政治が1990年代に大きく変わったという認識の元、それがどのようなもので、どういった意味をもったのかを考えようとする計画のようだ。私は、研究会の顧問を頼まれている。実は、もう一つ、生命倫理にかんする東京財団での研究会でも顧問を頼まれているので、しばらくは財団に通う日々が続きそうだ。

終わってからの懇親会で、東京財団の研究員の方の奥様が「気象予報士三田会」の会長だということを聞く。この三田会は、結成されたばかりのほやほやの集まりで、本の中でもとりあげたが、身近にそうした人がいるというのがおもしろい。

November 11, 2007

11月11日(日)安宅コレクションに圧倒される

午後から日本橋へ。三井記念美術館で開かれている「安宅コレクション」を見る。その後、両国へまわって、漱石展にも行こうかと思っていたが、さすが天下の安宅コレクション、これだけでゆうに2時間かかり、両国には行けなかった。

安宅コレクションが寄贈されている大阪市立東洋陶磁美術館が館内工事で休館中のため、全国を巡回している。コレクションの数は、1000点にのぼるというが、今回展示された一部を見るだけでも、その質の高さはあまりにすごい。先日宋と元の仏画を見たが、とても同じ時代のものとは思えない。趣味の問題があり、青花磁器については、そこまで入れあげなくてもいいのではと思わせるところがあるが、国宝や重文に指定されていないものでも、相当のレベルに達しているものが少なくない。

おもしろかったのは、現在東洋陶磁美術館の館長で、かつては安宅産業にいて、コレクションにあたっていた伊藤郁次郎氏の解説がついていること。安宅氏のあまりの執念に笑ってしまうことも少なくなかった。ちょっと、『素人浄瑠璃講釈』の杉山茂丸に似ているようにも思える。また開館したら、大阪の方にも出かけてみよう。

その後、新規オープンした大丸へ。イノダコーヒーがはじめて東京に店を出したので、そこに寄ってみるが喫茶の方は混んでいて、時間がかかりそうなので、コーヒーと紅茶を買った。それから銀座へ出て。リーガル東京へ。久しぶりに靴を買う。

November 10, 2007

11月10日(日)宗教美術の何を見るかリストを作り始めた

朝、珍しく10時半まで寝る。天候は雨。だいぶ寒くはなってきたが、昔に比べればはるかに暖かい。久しぶりに魚真で魚を買い、フレッシュネスバーガーでランチをする。

年内に二度ほど遠出する機会があり、そのときに京都の周辺で宗教美術をめぐろうと思っているので、どこへ寄ればいいかを考えてみる。奈良はコンパクトにまとまっているが、京都周辺だとかなり散在していて、しかも公開されていない美術品も少なくない。これはリストを作らないと仕方がないと思い、『日本美術館』を参考にリストアップしていく。

その作業を進めるなかで、国宝についてのホームページと仏像の公開についてのホームページがあるのを知る。秘仏のリストというものもあった。皆、個人が作っているものだが、その労力たるや並大抵ではない。しかも、現地を訪れながらリストを作っているようで、これには頭が下がる。そうしたものも参考にしながら、リストを作っていくのだが、案外、今それぞれの寺でどういった美術が見られるのかわからないことが多い。それぞれの寺のホームページもよくわからない形になっている。

日本全国で、常時展覧会が開かれていて、その数は膨大だ。なかには多数人が来るものもあれば、来ないものもあるが、それはそれですごいことだ。昔だと出開帳というのがあったけれど、展覧会はそれに似ているのかもしれない。

11月9日(金)大連立が迫っている状況のなかで公明党の存在意義は

『3つの属性』の原稿を書く。はじめに、20枚分がほぼできる。その後、これから見なければならない宗教美術について考えてみたが、ちゃんと表にでもしないと収拾がつかない感じだ。今年中に主要なものはまわれそうな気はしている。ただし、なかには秘仏やら、公開がめったになりものがあって、わざわざその日に出かけていかなければならないものもある。

午後は、日蓮宗西部の内部研修会で講演をする。テーマは、創価学会と公明党の現状と未来について。聴衆が日蓮宗の僧侶ばかりなので、教学についてもふれてみる。公明党については、大連立は必死と予言してみた。日本の状況全般を考えたとき、日本的な二大政党の枠組みのなかでは、どうしてもねじれ現象が生じてくることになり、大連立以外に政治を進めす手段はない気がする。そのときは、内閣と政党、与党も野党も、が対立する図式になっていくのではないか。そのような状況のなかで、公明党が存在意義を示すにはどうしたらいいのか。かなり難しい問題の気がする。

3時間の講演会のあとは、懇親会に出る。さらにその後、お茶を飲んだので、11時過ぎになり、雨も降っているのでタクシーで帰宅する。

November 08, 2007

11月8日(木)顔見世に行って三之助の実力を改めて認識する

54回目の誕生日。もしくは、病気から再生して4周年。それを記念して、新しい本の執筆をはじめる。日本人の属性を3つの種類に分けて考える本。15枚弱書く。そのあと、『日本宗教美術史』を書いたが、ほとんど進まなかった。

午後から歌舞伎座で顔見世を見るために銀座方面へ。4時半ではなく4時40分開演だった。行こうと思ったのは、渡辺保氏が劇評で「山科閑居」の芝翫を絶賛していたのを読んだから。戸無瀬は、なんと初役だという。当然やっていて不思議ではないが、「山科閑居」自体が忠臣蔵のなかでは出にくい演目だからかもしれない。

実際に見て、渡辺氏の言っていたこと、あまりよくわからなかった。芝翫、時代物というより、世話物的なところがあり、武士の女房としての威厳が欠けているようにも思えた。それはあるいは、威厳というところに徹底的にこだわった玉三郎の戸無瀬を前に見たからかもしれない。

よかったのは、菊之助の小浪。前にも見たことがあるが、今回はまるで主役のように見えた。隣のご婦人たちが、菊之助の美しさをほめあげていたが、たんにそれだけではなく、物語を作り出していく創造性が見られたように思う。これが、彼に今まで欠けていた部分ではないだろうか。最後の「三人吉三」も、和尚をやった松録がよかった。前にも書いたが、台詞回しが本当にうまくなっている。前にあった変な癖がないし、黙阿弥の世界を堪能させてくれるような見事さがある。やはりかつての三之助はすごいということだろう。

「だんまり」は、それほどでもなかったが、「土蜘」は、さすが顔見世という豪華な配役。菊五郎も、とくに僧侶がよかった。鷹之資も、幼いのに貫禄があり、口跡もいい。将来が楽しみだ。海老蔵のカレンダー、3000円もするが、誕生日なのでそれを買う。

November 07, 2007

11月7日(水)鎌倉をまわって本当に幕府があったのかを疑問に思う

『日本宗教美術史』のための取材に、横浜、鎌倉方面へ。朝から車で出かける。まず、神奈川県立博物館へ。ここは、福沢諭吉と大隈重信などが作った横浜正金銀行のあとだ。展覧会は、「宋元仏画」。地味なテーマだけにあまり人も来ていない。要は、所蔵している16羅漢の絵が修復され、それにあわせて宋と元の羅漢図を中心に構成したものらしい。こうしたもの、知識がないのでなかなかわかりにくい。なかには、劇画的なものもあり、あるいは浮世絵の原型になったのかもしれないと思わせるようなものもあった。もう少し勉強する必要がある。常設展示も一通り見てみる。

そこから鎌倉へ。川端康成も常連だったというそば屋で鴨キャベツ丼というのを食べたが、これがなかなか美味だった。ただ鴨丼とした方がわかりやすいのではと思うが、鴨も肉厚で悪くない。その後、鶴岡八幡宮のなかにある鎌倉国宝館へ。ここへ来たのははじめてだが、鎌倉にある国宝はだいたいここに所蔵されているらしい。今やっているのは、「鎌倉人の地獄と極楽」で、国宝館とは言いながら、今回の国宝は、「当麻曼荼羅縁起」だけ。国宝と言うにはあまり価値がわからない。それでも、鎌倉時代の人々が地獄と極楽についてどのようなイメージをもっていたかはわかった。ついでに八幡宮の宝物館にも寄るが、国宝などは現品が展示されていない。

その後、日蓮が説法したあとや、日蓮が鎌倉にいたときに隠れた洞窟などがある日蓮宗の寺寺をまわる。妙本寺、安国論寺、妙法寺をまわる。日蓮関係の後は、山のなかにあり、石段がきつかった。

一服してから、長谷寺と大仏へ。長谷寺の観音像は圧倒的だが、その由緒はいくらなんでもでたらめだ。国宝や重文に指定されていないと、言いたい放題にいけるらしい。大仏は何度も見ているが、なかなかよく出来ている。どうやって作ったのか、興味がわいた。なかにも入ってみた。

奈良をまわったあとに、鎌倉に来ると、ひどく物足りない。優れた仏像がないし、寺も閑散としているところが多いし、見るところも少ない。そんな鎌倉を見ていると、ここに本当に幕府があったのだろうかということが疑問にも思えてくる。京都からはるか遠くに位置して、それで日本全体を支配できたのだろうか。

November 06, 2007

11月6日(火)国宝の宗教美術は全部見ておきたいと思うけれど

『論座』から頼まれている「今年の三冊」の原稿を書く。1000字ほどなので、それほど時間はかからなかった。おそらく、私が選んだものは、他の人は選ばないのではないだろうか。『寺門興隆』の原稿、調べなければならないところを調べて送る。ちょっと毛色の変わった連載になったかもしれない。

その後、『日本宗教美術史』の原稿を書く。こちらは、なかなか進まない。10枚はいかなかった。それでも、東寺にいったばかりなので、その見聞が大変役に立った。行かないと実感をもって書けないことが、改めてわかってくる。やはり本のなかで取り上げるものは、一度は目にしておかなければならないのかもしれない。それも、昔見たというのではあまり意味がない。今見ないと記憶が鮮明でないし、見方もただ見るというのでは不十分だ。宗教美術のうち、国宝に指定されているものくらいは、全部とは言わないまでも、9割方は見ておきたいと思う。ただ、国宝は、東京、京都、奈良、それに和歌山や滋賀に偏在しているので、かなりの部分は関西に出かけさえすれば見れるのではないか。

夕方、『日本の10大新宗教』の再校ゲラを渡す。この本がうまくいったら、『日本の10大仏教宗派』というものも出してみたい。新宗教でも迷ったが、仏教宗派でも10に絞るために、考えなければならないことがある。今回の旅行で、真言律宗の重要性に気づかされたので、これは10のなかに入れなければならない。そうすると、時宗とか、黄檗宗をどうするか。番外でももうけた方がいいかもしれない。

帰りに、国宝を特集した『日経大人のOFF』を買う。

November 05, 2007

11月5日(月)鳥獣戯画じゃないじゃないか

朝から久しぶりにライブラリーへ。『寺門興隆』の原稿の締め切りが今日なので、一日で仕上げようとやってきた。今回は、日蓮遺文の勉強会で「観心本尊抄」を読み終えたので、一念三千と創価学会の関係について述べることにした。途中、最近ライブラリーの会員になった慶應の小幡さんと昼食を食べ、いろいろと話をする。経堂はいいところだと強調したら、引っ越そうかと言っていた。昼からも作業を続け、なんとか最後まで書き終わる。

サントリー美術館で「鳥獣戯画がやってきた」展をやっているので、それを見に行く。それほど混んでいないので、とても見やすかったが、この美術館、展示品の数の割に、入館料が意外と高い。だからすいているのかもしれない。

「鳥獣戯画」について、これまで真剣に考えてこともなかったけれど、実際に見てみると、興味深いことはいくつも出てきた。まず思うのは、そのタイトル。「鳥獣人物戯画」とも言うらしいが、鳥というのはあまり出てこない。いろいろな種類の絵があり、時代も作者も違うようだが、一番よく知られた「甲巻」の場合、やはり主役は兎と蛙だろう。猿やきつねも出てくるが、中心になっているのは、この二つの動物だ。馬などはあくまで動物として出てくるのであって、擬人化はされていない。しかも、兎の方が蛙より偉そうに描かれていることが多い。そうすると、主役はやはり兎ということになるのではないか。

二つめは、人物を描いたものも含め、そこに描かれた登場人物たちが、みんなで楽しんでいる光景が選ばれて描かれているように思えた。動物や人物を描くのが主たる目的ではなく、そうした楽しげな雰囲気を描き出すことに主眼が置かれているのではないか。その点では、たんに「戯画」とは言えないようにも思う。

こうした「鳥獣戯画」と関連するものとして、陽物比べや、おなら比べの絵が展示されていた。前者は、春画の描き方にも通じるが、いきなりそんなものが出てくるとびっくりする。子どもはいなかったが、どういう反応をするのだろうか。

最後に、サントリー美術館が所蔵する「鼠草子」も展示されていたが、これもおもしろい。最後に高野山に行き、鼠が猫と経を読んでいる場面など、なかなか味がある。売店で見たら、それが絵本になっていた。

November 04, 2007

11月4日(日)あっけなかった政治の早慶戦

『日本の10大新宗教』の再校を見る。参考文献表も付けたし、これでほぼ作業は終わりそうだ。新宗教のことをまとめて書いてみると、相互に関連性があり、その全体像がよくわかる。これは、弾丸古寺巡礼にも通じるが、全体像を把握するおもしろさというものはあるかもしれない。おそらく、読者は、新宗教について今までとは違う見方をするようになるのではないだろうか。

小沢民主党代表が辞意を表明した。党はまだ辞任を認めていないが、まさか説得されて翻意するとも思えない。自民党と民主党の党首間の早慶戦はあっけなく終わりそうな気配だ。慶應の勇み足というところだろうか。どうも、慶應型の代表というのは、ポリシーがある分、政治の世界には向かないのかもしれない。逆に、早稲田型の福田首相は、ポリシーのなさを存分に生かしているようにも思える。何しろ相手が勝手にこけてくれるのだから、手は打たなくてもいいし。さて、これでどうなるのか。政局はひたすら混迷していく気配だ。こうした事態のなかで、離党という動きが自民からも民主からも出ないとしたら、それは政治が活力を失っていることを示しているのではないか。1990年代なら、続々離党が起こり、新党が乱立したはずだ。これも小選挙区制のなせるわざだとしたら、その旗振り役が下りてしまうのは、いかがなものだろうか。慶應は、勝負には弱い。体質は体育会系のはずなのに、個人では力が発揮できないのだろうか。

それに比べて、浅田真央は強い。ショートで失敗した分、上位の選手が緊張しすぎて、それで勝ってしまうところは、作戦ではないにしても、怖い存在だ。筋肉が強靱だという話を聞いたことがあるが、最後までスタミナが落ちないのもそのせいだろう。今回のフリーでは、最後をジャンプで決めている。抜群の姿勢の良さは、誰もかなわないのではないか。ますます顔が仏像に似てきたように思う。

November 03, 2007

11月3日(土)弾丸古寺巡礼

昨日までの旅を振り返ってみると、我ながらそうとうなものだったと思う。見た国宝の数をかぞえてみたら、奈良の分だけで約100件になった。興福寺の国宝館では、たくさん見過ぎて、いったいどれを見たのか定かでない部分がある。しかも、八部衆や四天王はそれで一件として計算したので、仏像の数でははるかに上回る。さらに京都で10件は見ているから、全体で110件くらいか。奈良には国宝が200件を少し上回るくらいあるようなので、その半分近くを見たことになる。

和辻の『古寺巡礼』と比較してみると、彼がまわったところには全部まわった。彼が見た仏像や建物はほぼ全部見た。一つ唐招提寺は金堂が修理中なので、建物もそこにある仏像も見れなかった点が違う。ただし、私の方は、和辻が奈良の国立博物館で見たものを、その後各寺に返却された形で現地で見ている。見ていないのは、西大寺の十二天くらいではないか。これは、奈良博にも今あるはずだが、今回は展示されていなかった。

和辻がいったい何日かけてまわったのかはっきりとしたことは本からはわからないが、予定は10日くらいとなっていた。それを3泊4日、実質的には3日でまわったから、スピードはおよそ3倍だった。ただ、昔とは交通事情が違い、和辻は浄瑠璃寺まで歩いている。それでも車を使ってまわっているところもあるし、今は修学旅行生という、それぞれの寺にとってはドル箱だが、ほかの拝観者にはちょっとじゃまな大群を交わさなければならないところもある。しかも、高松塚や石舞台など、和辻が行っていないところもある。最終日には、大阪、京都まで足を伸ばしてもいる。

大和の古寺は、もっとゆっくり余裕をもって見るべきだという考えもあるだろう。たしかに、私もそれの方がいいかとも思うところもある。けれども、ときにスピードも重要で、短い間に見尽くしたことで見えてきたものがある。全体像をつかむということでは、今回の旅行はよかった。ちょうど最後の京都国立博物館で狩野永徳のほぼ全作品を一度に見て、それでしかわからないことがあるのと同じだ。

テレビの番組に「弾丸トラベラー」というのがあるが、ちょっとそれに近い。そんな企画がテレビとして成り立つのも、一点にしぼって、見尽くす、あるいはやり尽くすことにそれなりの魅力があるからだろう。それからすれば、今回の新古寺巡礼は「弾丸古寺巡礼」でもあった。いつか、そんなガイドブックも作ってみたい。

November 02, 2007

11月2日(金)新古寺巡礼最終日

古寺巡礼も最終日を迎えた。今日は新薬師寺からまわる。ここは初めて訪れた。12神将が有名だが、売店にその一つをCGで彩色したものの絵はがきが売られていた。極彩色ですごい。一度、こうした形のものを見てみたいが、何か技術を使ってそのように見せる工夫はないものだろうか。

そこから、すぐ近くの奈良市写真美術館へ。入江泰吉の写真が常時展示されていてる。今は、奈良に関連した文章を書いている文人の文章を写真と組み合わせた展覧をやっている。写真に写されているものは、今回の旅でほとんど見ている。それと比較し、写真でよく見えるものと、写真では写しきれないものがあることがよくわかる。そこがおもしろい。こうした旅の最初にここを訪れ、終わりに又訪れてみるというのもおもしろいかもしれない。

その後、元興寺極楽坊と大安寺に寄る。ともに奈良時代には大伽藍があった寺で、今は現存せず、坊だけが残ったものだ。収蔵されているものもそれほど重要なものはない。ただ、元興寺などは、観光コースに組み入れられていて、人も来ている。拝観料がひどく高いのは、寺院経営ということからいたしかたないことなのだろうか。これで、奈良での古寺巡礼が終わった。和辻が訪れた寺は、基本的に全部行ったし、彼が当時奈良国立博物館で見たものも、多くはそれぞれの寺に戻った状態で見ることができた。和辻は10日くらいでまわったようだが、今回、今だと3泊4日でまわれることがわかった。もっと優雅に見る方がいいのかもしれないが、現代はスピードを要求する時代でもあり、その早さによって全体が見えてくるところもある。改めて奈良のすごさを感じたし、それぞれの寺が、今の時代に適応するために懸命に努力している姿も見ることができた。その方向性には疑問を感じたものもあるが、法隆寺と薬師寺の見事さは傑出している。もちろん、それだけの宝物を所有しているからではあるが、それだけではない気がした。

奈良から河内長野の観心寺へ。そこには密教仏の代表、如意輪観音像がある。奈良から車で1時間ほど。山のなかの寺だ。入ったところで、パンフレットを渡され、そこで如意輪観音が秘仏で、1年に一度しか開扉されないことを知る。確認していくべきだったかとも思ったが、とりあえず、それをおさめている厨子だけは見た。厨子が三つ並び、その前にそれぞれ護摩壇があった。月に一度の縁日には、護摩が焚かれるようで、そのときにはかなりの人出があるのではないか。木々も紅葉しはじめている段階で、さぞやきれいだろうと思えた。

その後、近くにあるPL教団の聖地へ。花火大会のときに一度来たことがあるが、塔のなかに入るのははじめて。ちょうど今校正している『日本の10大新宗教』で取り上げているので、ちょうどよかった。それにしても、塔は高く、敷地は広大だ。さらに、看板を見かけて、大阪芸術大学にも寄ったが、推薦入学の入試中で、原一男さんは出校していないようだった。これは残念。

さらに、京都へ。東寺に行く。奈良の寺に慣れたせいか、伽藍の配置ということが体に染みついていて、すぐに奈良っぽい寺だと感じる。大きさははるかにこちらが大きい。密教を考える上では、この寺はかかせない。仏も大きく、そのスケール感がすごい。こんな寺をぽんと渡された空海のすごさを改めて思う。

お茶をした後、最後の京都国立博物館へ。『狩野永徳』展を見る。遅い時間だったが、入館は10分待ち。永徳の全貌がわかる展示だが、永徳という人、人間にしても動物にしても、その視線を描くことが一番のモチーフであるように思えた。木や草花は、その背景にすぎないのではないか。そうした観点からすると、真筆かどうか簡単にわかるような気がした。問題は唐獅子。二頭の獅子の視線が永徳らしくない。うまく交わっていないからだ。一度この点はよく研究してみる価値がある。

これで、すべての旅が終わる。新幹線は混んでいた。時間があったので、もっと前の時間に変更すればよかったのだが、そのことにも気づかなかった。25カ所以上をまわり、それこそ浴びるように仏像を見たので、頭がうまく働かなくなっていたようだ。同行してもらった芸術新聞社の渡辺さんには、本当にご苦労様。

November 01, 2007

11月1日(木)新古寺巡礼第3日

11月に入り、古寺巡礼も3日目。朝8時に出発し、薬師寺に向かう。やはり昨日は月末で道が混んでいたようだ。経はスムーズに行き、拝観時間がはじまる少し前に着く。そのまま一番乗り。これ自体気分がいい。

やはり最初は、薬師三尊像。今回一番期待していた仏だが、その期待は十分に満たされた。年月を経ても、輝き続けているところがすごい。しかも、金網もガラスもなく、そのまま堂内に安置され、開け放たれた扉を通して風も吹き付けている。さらにライトで照らされていて、何物にも侵されないという気概さえ感じられる。もちろん国宝だが、「至宝」ということばが値する。ただ、古いだけでいいのではなく、1000年を超える年月を経ても、輝き続けている点がすごい。黒漆の力を実感する。その点では、中宮寺のものと同時代ということだろうか。

奥には、玄宗三蔵院伽藍というものができていて、三蔵法師を祀るとともに、平山郁夫氏の壁画が公開されている。これは、絵を仏として描いたものだというが、やはり平山氏は仏教画家だということがより明確になった。その点を無視して、彼の絵を語ることはできないだろう。

最後に聖観音を拝んでから唐招提寺の方へ行く。この時間になると修学旅行の生徒たちもやってきて、早朝に着いたときとは寺の雰囲気が変わっている。唐招提寺の方は、金堂が修理中で、めぼしいものが見られなかった。薬師寺がきれいに整備され、一貫しているのとは異なり、ひっそりと地味な感じだ。

その後、西大寺に行き、真言律宗というものがいかなるものかを確認し、法華寺へ。こちらは、門跡寺院と言うことで、こじんまりとしていた。弥陀三尊も、和辻が言うように、とてももともとの組み合わせとは思えない。十一面観音像は有名だが、こぶりで迫力はない。

そこから浄瑠璃寺へ。こちらは奈良ではなく京都。九体の阿弥陀仏が並ぶ姿は珍しいが、個々の仏を見ると、一つ一つは国宝のレベルに達しているようには見えない。むしろ、三重の塔を仰ぎ見たところが美しく、山が煙っていたせいもあり、カメラマンたちが懸命に写真をとっていた。

そこで時間がまだあるということで、急遽、当麻寺へ。ここも前に行ったことはあるが、当麻曼荼羅を見たという記憶しかない。しかもそれは後世の模造品で、全体に見るべきものはないが、今回、当麻寺が経てきた複雑な歴史がわかって、興味深かった。中将姫伝説が生まれたことで、お堂の配置が変わり、参道まで変わってしまったことも、浄土宗と真言宗の二宗によって運営されていることも今回はじめて知った。そこには、密教や浄土信仰の流行によって、寺が変容していく姿が映し出されている。それがわかっただけでも収穫だった。

さらに時間があったので、奈良国立博物館の平常展示を改めて見る。前回は駆け足だったが、今回も全部は十分に見られなかった。それでも、中心におかれた国宝の数々は、すぐれたものが多い。博物館に一度やってくると、それぞれの仏はほこりをはらわれ、場合によっては修理される仕組みになっているのだろうか。寺と博物館との関係も興味深い。

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