11月2日(金)新古寺巡礼最終日
古寺巡礼も最終日を迎えた。今日は新薬師寺からまわる。ここは初めて訪れた。12神将が有名だが、売店にその一つをCGで彩色したものの絵はがきが売られていた。極彩色ですごい。一度、こうした形のものを見てみたいが、何か技術を使ってそのように見せる工夫はないものだろうか。
そこから、すぐ近くの奈良市写真美術館へ。入江泰吉の写真が常時展示されていてる。今は、奈良に関連した文章を書いている文人の文章を写真と組み合わせた展覧をやっている。写真に写されているものは、今回の旅でほとんど見ている。それと比較し、写真でよく見えるものと、写真では写しきれないものがあることがよくわかる。そこがおもしろい。こうした旅の最初にここを訪れ、終わりに又訪れてみるというのもおもしろいかもしれない。
その後、元興寺極楽坊と大安寺に寄る。ともに奈良時代には大伽藍があった寺で、今は現存せず、坊だけが残ったものだ。収蔵されているものもそれほど重要なものはない。ただ、元興寺などは、観光コースに組み入れられていて、人も来ている。拝観料がひどく高いのは、寺院経営ということからいたしかたないことなのだろうか。これで、奈良での古寺巡礼が終わった。和辻が訪れた寺は、基本的に全部行ったし、彼が当時奈良国立博物館で見たものも、多くはそれぞれの寺に戻った状態で見ることができた。和辻は10日くらいでまわったようだが、今回、今だと3泊4日でまわれることがわかった。もっと優雅に見る方がいいのかもしれないが、現代はスピードを要求する時代でもあり、その早さによって全体が見えてくるところもある。改めて奈良のすごさを感じたし、それぞれの寺が、今の時代に適応するために懸命に努力している姿も見ることができた。その方向性には疑問を感じたものもあるが、法隆寺と薬師寺の見事さは傑出している。もちろん、それだけの宝物を所有しているからではあるが、それだけではない気がした。
奈良から河内長野の観心寺へ。そこには密教仏の代表、如意輪観音像がある。奈良から車で1時間ほど。山のなかの寺だ。入ったところで、パンフレットを渡され、そこで如意輪観音が秘仏で、1年に一度しか開扉されないことを知る。確認していくべきだったかとも思ったが、とりあえず、それをおさめている厨子だけは見た。厨子が三つ並び、その前にそれぞれ護摩壇があった。月に一度の縁日には、護摩が焚かれるようで、そのときにはかなりの人出があるのではないか。木々も紅葉しはじめている段階で、さぞやきれいだろうと思えた。
その後、近くにあるPL教団の聖地へ。花火大会のときに一度来たことがあるが、塔のなかに入るのははじめて。ちょうど今校正している『日本の10大新宗教』で取り上げているので、ちょうどよかった。それにしても、塔は高く、敷地は広大だ。さらに、看板を見かけて、大阪芸術大学にも寄ったが、推薦入学の入試中で、原一男さんは出校していないようだった。これは残念。
さらに、京都へ。東寺に行く。奈良の寺に慣れたせいか、伽藍の配置ということが体に染みついていて、すぐに奈良っぽい寺だと感じる。大きさははるかにこちらが大きい。密教を考える上では、この寺はかかせない。仏も大きく、そのスケール感がすごい。こんな寺をぽんと渡された空海のすごさを改めて思う。
お茶をした後、最後の京都国立博物館へ。『狩野永徳』展を見る。遅い時間だったが、入館は10分待ち。永徳の全貌がわかる展示だが、永徳という人、人間にしても動物にしても、その視線を描くことが一番のモチーフであるように思えた。木や草花は、その背景にすぎないのではないか。そうした観点からすると、真筆かどうか簡単にわかるような気がした。問題は唐獅子。二頭の獅子の視線が永徳らしくない。うまく交わっていないからだ。一度この点はよく研究してみる価値がある。
これで、すべての旅が終わる。新幹線は混んでいた。時間があったので、もっと前の時間に変更すればよかったのだが、そのことにも気づかなかった。25カ所以上をまわり、それこそ浴びるように仏像を見たので、頭がうまく働かなくなっていたようだ。同行してもらった芸術新聞社の渡辺さんには、本当にご苦労様。
« 11月1日(木)新古寺巡礼第3日 | Main | 11月3日(土)弾丸古寺巡礼 »
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 5月15日(月)神田祭の神輿の宮入り(2023.05.15)
- 5月13日(土)神田祭氏子町会神輿神霊入り(2023.05.13)
- 4月27日(木)恵比寿のめぐたま食堂での御厨さんに愛人放談に5年ぶりに参加(2023.04.27)
- 4月23日(日)ナンジャモンジャの木と投票と実相院(2023.04.23)
- 4月16日(日)高松での講演会とはじめて寄った栗林公園(2023.04.16)
Comments