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January 2008

January 31, 2008

1月31日(木)今週はやけに仕事が入ってくる

1月も終わりになった。昨日は少し暖かかったけれど、今日はまた寒い。このまま2月に突入していくようだ。梅も咲き始めてはいるけれど、その花が痛々しい。

いつものように原稿書きをしたが、後半になるとさすがに眠くなった。一昨日まで四国だし、昨日は研究会がダブルであった。しかも、今週に入ってから、毎日のように仕事が舞い込んでくる。明らかに『10大新宗教』のおかげだけれど、体は一つしかないし、この調子で仕事が来たら大変なことになる。こういうのをうれしい悲鳴というのだろうけれど、本当に悲鳴が出る日が来るのかもしれない。

それでも、1日にやれることは限られているので、ぼちぼちやっていくしかない。夜は、芸術新聞社の渡邊さんと、久しぶりに「OTAKI」に行く。やはりかなりおいしい。とくに白子と不思議なコロッケがよかった。米をつなぎにつかい、カニと京野菜が入っている。

小学館の日本の歴史の第2巻を買う。いろいろと勉強しなければならないこともある。これもぼちぼちやるしかない。

1月30日(水)生命倫理について考えた一日

今日は、東京財団での生命倫理の研究会があり、そこで日本人の宗教観について話しをしなければならないので、その準備をする。西欧との比較というところまで行きたかったが、問題が難しく、そこまでまとめきれなかった。その後、『属性』の原稿を5枚ほど書く。

午後から東京財団へ。座長の橳島さんが日本における生命倫理の歴史について80年代からの動きをまとめてくれる。日本特有の議論がどういうものかがよくわかった。死についてはセンシティブでも、生命のはじまりについてはそれほど関心をむけない。これは、どうしてなのか。案外、答えの出ない問いだ。次に私が、時間の関係で全体を話せなかったが、序論のところだけ語る。古代人はアニミズムという常識的な見方に挑戦してみる。

夜は、安全安心の実務専門家コースで、橳島さんを講師にお願いしているので、いっしょに六本木ヒルズへ。今日は、質疑の部分がもりあがって、とくにおもしろかった。たんに生命倫理固有の問題だけではなく、役所のシステムや政治家、政党の役割、さらには宗教観まで話しは多岐にわたった、

January 29, 2008

1月28・29日(月・火)2日間にわたっ「坊っちゃん」めぐりをする

2日間かけて、「坊っちゃん」関係の史跡などをまわる。第1日目は、ワゴンタクシーを使ってまわったので、ターナー島など、かなりの場所に行くことができた。ただ、タクシーでまわっていると、松山の町がどういった構造をしているかがわからない。それでも、ターナー島は、予想していたのとは違い、かなりいい島に見える。小説のなかに登場するのも不思議はないが、遠いし、それしかないので、観光客はそれほど訪れないようだ。

第1日目は、地元の「坊っちゃん会」の会長である頼本冨夫さんに案内していただき、ただ訪れただけでは見逃してしまうようなことを教えられる。最後は、道後温泉で暖まる。夕食に、今治に同行した木下さんが探し当てた「桃」という居酒屋に行ったが、ここが実にうまい。正直、これだけおいしくなんでも食べさせてくれる店はないように思った。是非もう一度来たい。

第2日は、朝ゆっくりと出て、昨日月曜なので休みだった子規記念館などをまわる。こちらは副会長の高村昌雄さんに案内していただく。今回の旅は地元の人に本当にお世話になった。最後は、松山城に上り、松山の景色を一望する。坊っちゃん列車にも乗ったし、満足の2日間だった。」

January 27, 2008

1月27日(日)今治で長井さんの署名を集めているボランティアの人たちの前で話す

朝飛行機で松山へ。井手さんが車でむかえにきて下さる。途中私の祖母の出身地菊間に寄ってもらうが、そこの寺厄除けで賑わっている。私は厄除けということに縁がある。

その後長井さんの実家に伺い焼香、ご両親に話を伺う。この父にしてこの子ありということがよくわかった。書店まわりのあと、ボランティアのかたたちなどが集まっているところで、山路さんや事務局などとともに話す。長井さんは喜捨の中で最も貴いことをしたのではということを話す。

January 26, 2008

1月26日(土)同級生の展覧会で同級生に久しぶりに会う

昨日買ったmp3プレイヤーに、CDの音楽を移送する。これがけっこう面倒だが、仕方がない。ただ、コンピューターからプレイヤーに転送するスピードがけっこう速いので、それは便利だ。聴いてみると、かなり音はいい感じだ。問題は、イヤホンで、耳にはめにくい。おそらく、これは買い換えなければならないだろう。いろいろ調べてみると、デンオンとかのがいいかもしれない。JBLという手もありそうだ。スピーカーだとちょっと考えてしまうが、イヤホンなら気軽に買えそうな気がする。

夕方、高校の同級生で画家をしている三輪暁さんの4人展に行く。銀座1丁目のギャラリーが会場。土曜日ということか、かなりの人がきていて、空気が少し苦しくなる。4人展なので、三輪さんの作品は4点とすくない。そこに、やはり同級生の木方君がきていた。彼は30年ぶりだと言うが、20年ほど前に千葉の方で会ったような、あるいは葛西近辺だったかもしれないが、その記憶がある。同級生はやはり不思議なもので、昨日も会ったような感じがした。その後、三輪さんを交えて、飲む。

January 25, 2008

1月25日(金)横山大観は鳥を小さく描く人なのだ

午前中は、原稿の修正など。三つの系統の本、第5章を直し、第6章の内容を考える。『宗教と現代2008』の校正をする。

午後、新宿へ出て、ビッグカメラで、ケンウッドのポータブルプレイヤーHD10GB7を購入する。最近、旅行することが多いので、必要になった。携帯でも聴けるが、やはり不便。なるべく音がいいのと考えて、ケンウッドにする。さらに音のいいものもあるが、そちらは大きくて、重い。家で聴くわけではないので、これでいいだろう。

新宿から六本木へ。国立新美術館で「横山大観展」を見る。これまで見たことのあるものも含まれているが、生々流転がすべて見られるのは、珍しいのではないか。まだ、展覧会がはじまったばかりなので、観客もそれほど多くない。ゆっくりと見られた。

大観という人、やはり天心のもとで学んだだけに、伝統を踏まえつつ、モダンだ。モダンさはとくに初期の作品に著しい。目立ったのは、小さく描かれた鳥。大観という人は、鳥をひどく小さく描く人だと思えた。これほど小さく描く画家も珍しい気がするが、それによって全体が広々と感じられる。空間の把握力というか、造形力は群を抜いている。さすが晩年になると筆に衰えが見られるが、富士を描いた最晩年の作などは、生命力がよみがえっている。

ヒルズで、アスコムから出す苫米地英人氏との対談本の打ち合わせ。今年は、対談本がすでに3冊になった。脳とこころ、そして宗教といったところがテーマになりそうだ。

January 24, 2008

1月24日(木)温泉文学論やら庭園文化論だかを読む

昨日の一ノ関というか、中尊寺あたりも寒かったけれど、今日の東京は本当に寒かった。夕方買い物に出て驚く。春は早くめぐってくるという予報も出ているけれど、今年は本当に寒い日が続いている。寝るときには暖房がかかせないというのも、これまでなかったことだ。

寒いと温泉に行きたくなる。そんなわけで、川村湊さんの『温泉文学論』を読んだ。温泉と文学作品との関係を論じた文学論で、文学論というものが好きな私には興味深いものだった。ただ、温泉文学論というわりには、対象の扱い方というか、方法論が定まっていて、少々散漫な感じもした。続編まで視野に入れた分、一番温泉文学らしい作品が取り上げられていないのかもしれない。

東北への行き帰りには、上田篤さんの『庭と日本人』も読んだ。これは、日本に特殊な庭というものの意味を、さまざまな形の庭に即して論じたもので、庭園論といえる。宗教美術史の方でも、庭のことをあつかわなければならないので、参考のために読んでみた。役立ちそうだけれど、どうとりこんでいくか、考えないと行けないことが少なくなさそうだ。

キース・ジャレットのソロ・コンサートが5月にあることを知る。東京2カ所に神奈川と大阪。これは、東京については、どちらも行ってみることにしたい。もしトリオだったら、全部出かけたかもしれない。

January 23, 2008

1月23日(水)講演を終えて中尊寺を訪れる

午前中は、郡山で講演。池田大作の歩み、公明党のゆくえなどについて話す。質問もかなりあった。終わってから、車で郡山の駅まで送ってもらい、そこから新幹線で一ノ関へむかう。中尊寺に行くため。一ノ関の駅からバスで中尊寺に向かう。途中、バスの窓から一ノ関で有名なジャズ喫茶、ベイシーの店があるのを見かける。事前に調べていたが、水曜日は定休日。今回は前年ながら寄れないが、この分だと行ける機会はほとんどなさそうだ。

中尊寺は、たぶん10数年前に来ているはずだが、まったく覚えていない。坂がけっこうけわしかったが、雪もそれほど降っていないので助かった。本堂から金色堂の方へ行き、拝観する。ガラス越しに見るお堂というのは、あまりない形だが、修復がよく行き届き、黄金に輝いている。じっくりと全体を眺めてみる。

その後、旧覆堂により、宝物館へ。金色堂にあった荘厳のためのものがいくつも飾られていた。ただ、金が失われていたり、螺鈿が失われていたりするので、国宝に指定されているわりに、貴重なものという感じがしない。とても感動的なのは、大修理をしたときの作業ぶりを伝えるビデオ。漆や螺鈿など、いかに大変な作業だったかがよくわかった。

帰りもバスだが、待っている間はさすがに寒い。しかも、バスが少し遅れた。体を動かしながらバスを待ち、一ノ関の駅へ。駅の土産物売り場を見ていたら、秀衡塗の漆の盆や椀があった。これは、今回携えてきた松田権六の『うるしの話』に出ていて、しかもちょうどこの秀衡塗のところまで昨日の晩読んでいた。偶然は恐ろしい。駅の売店なので、それほどすぐれたものではないが、ビデオと本で、漆にますます関心をもった。

途中、仙台ではやてに乗り換えて東京へ。乗り換えるつもりはなかったが、郡山の駅で、自動販売機で指定券を買ったら、それが最初に出てきたので思わず買ってしまった。乗り換えは面倒だったが、大宮まで止まらないはやてはさすがに早い。東京は雪が降ったようだが、雨になっていた。それにしても、東北並みに寒い。 

January 22, 2008

1月22日(火)郡山にて講演

今日は曹洞宗の現職研修会で講演をするために福島の郡山にくる。郡山に来たのは初めて。百人を超える聴衆があってありがたい。創価学会を例に新宗教のビジネスモデルについてはなす。

January 21, 2008

1月21日(月)世界は今、巨大なマルチ商法にはまっている

株式市場が大変なことになっている。別に株をもっているわけではないので、個人的に損害があるわけではないが、それにしても株価はよく下がるものだ。相当に損をした人もすくなくないのだろう。一昨年の3月に『宗教としてのバブル』を出した頃には、またバブルが訪れたかのような雰囲気になりかかっていた。それから比べると嘘のようだ。

これだけ日経平均が下がるのは、下がりすぎで、心理的な要因がかなり働いているのだろう。ただ、最近の相場は値動きが激しく、それほど資金力のない一般投資家には相当に難しい局面になっているのではないだろうか。儲かればもちろんいいが、損失を出した場合、それが致命的になって、回復不可能になってしまう。機関投資家なら、まだ資金があって、それをつぎ込むことで回復も出来るのだろうが、個人ではとうてい無理だ。一般投資家が投資できない環境ができつつあるようにも思う。

外から眺めていると、今の人類社会は、膨大な金余りという事態をもてあまし、過剰投資によるバブルと、その崩壊を繰り返しているように思える。いわば、世界全体が人類規模のマルチ商法に巻き込まれているようで、その悪循環から抜け出せないようだ。日本のような低金利の先進国があれば、自然と金余りを助長する。アメリカも、おそらく低金利の時代に入っていくだろうし、それはますます金余りを生み、マルチ商法をさらに巨大化していくことになるかもしれない。これは、本当に大変なことだと思う。

January 20, 2008

1月20日(日)アメリカは友達のいない社会だと聞いて驚き『日本の10大新宗教』が紀伊國屋新宿店で1位になっていてさらに驚く

渡邊直樹氏から頼まれた「宗教と現代がわかる本2008」のための原稿を書くために、ライブラリーへ行く。家でも書ける原稿だが、むしろライブラリーがふさわしい気がした。10枚ほど、なんとか書き上げる。あわせて、福島の曹洞宗での講演のレジュメを作る。2日分、3部に分かれている講演なので、全体を三つに分けた。

ライブラリーで、小幡君と昼食を食べながら話しをする。アメリカというのは友達のいない社会だという指摘を聞いて、衝撃を受ける。アメリカがカップル文化だということは承知していたが、その裏側に友達のいない社会が存在することにまでは気づかなかった。アメリカでは、友達同士で飲みに行くことはないし、そもそも次の日に飲みに行く約束が成立しないという。相当に不思議な社会だ。これは、考えてみる必要のあるテーマかもしれない。

ライブラリーから新宿へ出る。『日本の10大新宗教』が紀伊國屋新宿本店の新書部門第1位になっていて、ケースのなかに飾られていた。ジュンク堂では9位。今日も、読売に広告が出たので、来週にはまた重版になるかもしれない。本当によく売れて、ありがたい。ケインズの『一般理論』が岩波文庫で新訳が出たので、それを買う。あとは、伊勢丹で買い物をして、帰る。

January 19, 2008

1月19日(土)1970年ワイト島のマイルスは間違いなく悪魔だ

スターディジオでやっていたのを聞いて欲しくなり、スーパー・ギター・トリオのライブ版を買う。DSDマスタリングで音がかなりよくなっているが、演奏としてはやはりアル・ディメオラとパコ・デ・ルシアの最初の曲が圧倒的だ。とくにアル・ディメオラがすごい。どうしてこんな演奏ができたのか、恐ろしい。

その延長線上にというわけではないが、「マイルス・イン・ベルリン」という映像がある演奏をCD化したおまけについている、1970年ワイト島ミュージック・フェスティバルでのマイルスのバンドの演奏を聞き直す。ゲーリー・バーツがアルトなどを吹いていて、キースとチックがキーボードを演奏している伝説の演奏だが、このときの演奏はまさに悪魔の演奏だと思う。絶対にそこにいたのは人間ではない。聞いている人間たちもきっとそう思ったことだろう。今だと、すでにそうした音楽を知っているので、驚きも小さいが、もし1970年にいきなりこれを聞かされたら、とんでもない衝撃を受けたはずだ。やはり一番恐ろしいのはマイルスだ。

January 18, 2008

1月18日(金)ジャズディスク大賞が発表される

今日は、今年初めての日蓮遺文勉強会の日。12月は、小松先生が風邪をめされたということで、中止になった。「観心本尊抄」を終わってからは、相当にぺーsyがあがった。今日も15ペースも進む。この調子だと、あと4年少しで最後までいく勘定になるが、おそらくもっとスピードアップしていくことだろう。そうなると、3年くらいで終わるのだろうか。内容的にも、大物が終わってしまっただけに、それほど大きな転換はないようだ。来月は、佐渡から許された日蓮が身延に入ってからの文章を読むことになる。

勉強会が終わってから、幻冬舎の志儀さんと次回作の打ち合わせ。こちらのプランを話してみるが、あまり進みたくはないと思っていた方向にいきそうだ。それも仕方がないことだけれど、かなりのチャレンジになることは否定できないだろう。

タワーレコードによって、スーパー・ギター・トリオのライブ版を買う。『スイングジャーナル』が売られていたので、最新号を購入する。ジャズディスク大賞の発表があり、大賞はマイケル・ブレッカーの遺作「聖地への巡礼」だった。プーさんのデュオが同点2位で、日本ジャズ賞でもクインテットが2位に入っていた。先日のライブは、病気で中止になってしまったが、その後回復したのだろうか。

January 17, 2008

1月17日(木)團十郎の100年インタビューを見る

昼時、近くのそば屋へ行こうと思って外に出てみると、ひどく寒い。風も強くなく、はれているのに、これほど寒いというのは珍しい。これだけだと、温暖化ではなく、氷河期が近づいているのではないかとさえ思える。昔は、また氷河期が訪れると警告する声が大きかったような気がするが、そうではなかっただろうか。なんだか、人類のエネルギー消費の拡大が温暖化を呼んでいるということが、検証も十分になされないまま常識になり、誰も疑っていないようだ。本当にそうなのだろうか。縄文時代は、今より3度気温が高かったという。温暖化の人為的要因が本当なのか。冷静に考えないと、また取り返しがつかないことになりはしまいか。

NHKハイビジョンの100年インタビューで、團十郎を見る。1時間半にわたる話しだが、あっという間に終わってしまった。やはり一度死を経験している人間の話は違う。彼は、今の人生をおまけだと言い切るが、それもあれだけ過酷な治療を耐えたからだろう。私も大病したとき、死の可能性もあったし、たしかに一度死んだようには思っているが、治療の過酷さということはなかった。そこが違うのだろう。昔だと、日常的に死と隣り合わせということが常態になっていたときもあろう。戦争のときなどがそうだ。しかし、今のように、そうした状況とは大きく異なり、長寿が当たり前の時代になっているからこそ、團十郎の体験がより重みを増しているのかもしれない。

1月16日(水)東大の学生と議論し長井健司さんの歌を聴く

午前中から午後早くにかけて原稿書き。20枚弱書く。

午後は、先端研に2日続けて出かける。最近ではめずらしい。講談社ビジネス出版の唐沢さんと打ち合わせをする。新しい企画について。唐沢さんとは、90年代にいくつか仕事をした。それ以来、ほぼ10年ぶりに仕事をすることになりそうだ。

その後、御厨研の菅原さんのゼミにゲストで呼ばれる。学生諸君が『公明党vs.創価学会』を読んで、感想をいってくれ、質疑応答になる。終わってから簡単な懇親会。その席で、大学では宗教による勧誘がかえって盛んになっているのを知る。これはゆゆしき事態かもしれない。

それから、六本木の苫米地オフィスへ出かける。長井健司さんが残した歌のテープを聴く。やはり、最初に聞いて強い印象を受けた「もう会えない」という歌が強く響く。ほかの歌手が歌ったのも聞いたが、それだと歌自体がなかなかいいものだということがわかる。ストレートだし、長井さんのことを思い起こしたりすると、泣ける。カラオケ向きかもしれない。要するに感情移入しやすい歌になっている。今の難しい、難しすぎる歌とは違うのかもしれない。

帰りがけ、ビルの看板を見上げると、そこに仁左衛門丈の後援会を見つける。乃木坂にあるとはめずらしい。

January 16, 2008

1月15日(火)先端研の研究会は大いに盛り上がっている

1月15日というと成人の日というイメージが強いが、それはすでに昨日終わっている。

午前、午後と原稿書き。これは毎日こつこつとやるしかない。ただ、原稿を書いていて、これまで気づかなかったことに気づくというときは、けっこう楽しい。今日もその発見があった。それは何を書こうか、メモを書いたときには気づかなかったことで、書いていたら自然とアイディアが生まれた。こんな調子で進めば、原稿を書くこと自体が発想法に結びつくのかもしれない。

夕方は、取材の相談と研究会があるので先端研に。乗った電車、落書きのようなデザインになっていた。

研究室の研究会は、ここのところ2本立て。発表したいという人が多いらしい。活発な研究室で、これはかなり貴重だ。研究会では、御厨さんが自分は総裁で、幹事役の黒須さんは幹事長、そして私は最高顧問だという指名があった。何か自民党のようだが、上しかいない奇妙な組織になっている。4時間の研究会もあっという間に過ぎ、懇親会で飲む。遅くなったのでタクシーで帰宅。『日本の10大新宗教』、また増刷になった。

January 14, 2008

1月14日(月)瀬戸正人さんの薬師寺の写真はカラフルでそこがいい

成人の日。かなり寒い。祝日ではあるが、仕事。午前中に『属性』の原稿を10枚書き、午後は、『日本宗教美術史』次の鎌倉時代について書くべきことをメモしていく。

仕事が終わってから、レコファンと文教堂、それに経堂図書館に行く。レコファンでは収穫はなかった。文教堂で川村湊さんの『温泉文学論』を買う。図書館では、アサヒカメラのバックナンバーで、梅村さんに教えられた瀬戸正人さんが薬師寺を撮った写真を見る。従来のものとは違う感じで悪くない。ちょっと新宗教ぽくて、色彩豊かなのがいいかもしれない。

大相撲では、朝青龍が早くも負けた。初日の緊張が解けたのだろうか。

夜、『ドラクル』を見る。役者も悪くないし、演出も、テレビとしての撮影の仕方も悪くないが、物語は最悪。日本の劇作家がドラキュラについて書くこと自体無理ではないか。神だの悪魔だの、ことばとしては理解できても、まるでリアリティーがない。よって、海老蔵のところだけをピックアップしてみるが、海老蔵にしてまるでおもしろくなっていない。やはり見に行かなくてよかったのだと納得する。果たして彼にとって、この出演はどういう意味があったのだろうか。今年は歌舞伎に専念するらしいが、その方がいいだろう。

January 13, 2008

1月13日(日)今場所の大相撲はとんでもなくおもしろいものになるのかもしれない

朝青龍復帰の大相撲がすごい人気だ。テレビで見ても、異常なほどの盛り上がりがよくわかる。ついこの前までの斜陽産業という雰囲気は一掃されている。若貴以来の人気というが、今回は、朝青龍に白鵬というライバルがいるだけに、全体が対決ムードになっていておもしろい。横綱の土俵入りから、これだけ熱が入っているのはすごい。横綱は直接戦ってはいないのに、どれだけ自分が強いかを誇っているようで、すでに対決がはじまっている。

迫力を感じたのは、大型テレビにしたせいもある。実際に生で見たことがないが、生で見ると体と体の激しいぶつかり合いがすごいと聞いているが、大型テレビだとそのことがよくわかった。まさに肉弾戦だ。スポーツはどれも、大型にすると迫力があるが、大相撲ほど顕著ではない気がする。となると、デジタル化のキラーコンテンツは大相撲ということになってくるのかもしれない。

勘三郎の中村座のニューヨーク公演を見る。「法界坊」は、浅草で最初に中村座が旗揚げしたときに見たことがある。それからテレビで見たことがあるが、今回が一番おもしろくできていた。刈り込み方もちょうどよく、スピーディーで、遊び方もおもしろい。英語の台詞などを駆使したりすることで、観客との距離が非常に近いのがよかったのではないか。これは、日本での歌舞伎でも見習って欲しい。最近の歌舞伎は、舞台が大きすぎて、距離が遠い。中村座の本来の目的もそこにあるわけで、これをどう広げていくか。歌舞伎界全体の課題ではないだろうか。

January 12, 2008

1月12日(土)顕正会について取材を受ける

朝から天気が悪い。午後、顕正会について取材を受ける。この宗教、少し不思議な集団で、他の教団とはかなり性格が違う気がする。創価学会を批判しているので、学会と対比されることが多い。国立戒壇の建立を目標に掲げたり、激しい折伏を行う点では、たしかに似ている。しかし、もう少しよく見てみると、集団のあり方というか、信者の行動原理にしても、違いの方が顕著になってくる。学会の方が会員同士の関係ははるかに密で、日常的な生活のレベルで結びついている。

顕正会にとっては、創価学会という組織が存在し、本来掲げなければならない国立戒壇の建立という目標をおろしてしまっているという点が出発点になっている。その点を批判して、組織としての存在意義を見いだしているのだが、だからといって国立戒壇の建立を具体的な行動の目標にしているわけではない。組織としての目標は、折伏による会員の拡大というだけで、現在300万人という目標を掲げているが、それを達成してどうなるのか。そこがまるで明らかになっていない。会員も、折伏にだけは熱心だが、他の場面では盛り上がりを見せない。会長の浅井氏にもカリスマ性はほとんど見られない。話し方も単調で、アジテーションという感じではない。

社会的な危機を叫び、このままでは大変なことになるとしながら、そうしたメッセージが会員に共有されてもいない。会員はただただ折伏するだけ。内面的な悩みとか苦しみに教えがかかわりをもっているようにも見えない。案外、そうした組織の方が厄介なのかもしれない。教えが問題なら、その間違いを正せばいいが、そうしたものに関心を実はもっていない人間にどう迫るのか。顕正会には特有の難しさがある。

1月11日(金)水野さんとの対談はついに佳境に

午後からの水野和夫さんとの対談第3回に備えて、勉強をする。にわか勉強だけれど、経済学についてその歴史を振り返ってみる。これまで、経済学史について考えたことはなかったが、新古典派経済学や昨今の市場原理主義、あるいはマルクス主義の理論構成を見ても、明らかにキリスト教の教学の影響がある。それを前提とした理論で果たして客観性があるのか。そこに大きな問題があるのではないだろうか。

午後は、ライブラリーで対談をする。最後のまとめということで、現在の状況を改めて捉え直し、その上で、これからを考える。アメリカでは景気後退のなかで利下げがささやかれているが、日本に追従する形で、長期金利が2%程度に落ち込んで、そこから出られない傾向が見えてきた。水野さんが指摘するように、日本がアメリカの後を追っているのではなく、アメリカが日本の後を追っているようだ。今回のサブプライム問題にしても、日本のかつてのバブルと同型だし、その背後には現在の資本主義体制が抱える根本的な矛盾がある。そうしたことがだんだん明らかになってきた。非常に興味深い本になりそうだ。

夜は、電通の渡辺さんの紹介で、本天津伊勢丹の社長だった稲葉さんを囲んで、青山ベルコモンズの湯葉の店で会食をする。稲葉さんは慶應の出身で、三田会。『慶應三田会』を読んで感想を寄せてくれているし、『日本の10大新宗教』はアマゾンで品切れの時、古本で900円以上で買ってくれたようだ。おなじみ高いの原さん、編集者の梅村さんも加わり、楽しくときをすごす。そのあと、新宿で飲んで深夜に帰宅。中国人のホステスの話から、中国では仏教が復興していることを教えられる。

January 10, 2008

1月10日(木)團十郎の助六に驚く

昨日に続いて、『「坊っちゃん」を読む』の直しをする。第1稿に比べて、だいぶすっきりしてきた。やはり最初に書いたときには、余計なことを書いている。その余計なものを削り、その代わりに、かなり加筆した。第2稿ができたので、編集者や読者代表諸氏に送る。だいたいこの線でいけるのではないだろうか。

その合間に、2月の松竹座のチケットをとる。松竹座だと歌舞伎会ではとれない。けっこうやり方が面倒で、改めて一般のユーザーとして登録をしないと、チケットがとれなかった。このあたり、かなりわかりづらい。東京からも関西に行くし、関西からも東京に来るし。そうした現状からすれば、これにはかなり改良の余地があるのではないだろうか。是非、改善して欲しい。

一冊新しい企画について構想をまとめ、もう一つ依頼された原稿の内容を考えてみるが、どちらもうまくまとまらない。本の方は、編集者の最初の提案に従った方がよさそうだ。原稿の方は、めずらしくアイディアがわかない。短いものだけれど、けっこう大問題なので、これはもう少し考えないといけないだろう。

録画しておいた團十郎の「助六」を見て驚く。出端がまるで違う。これまでは、型どおりで素っ気なかったが、今回は、一つ一つの所作に気持ちがこもっていて、感動的だ。これだけでも見る価値があるかもしれない。

夜、松也が出ているテレビドラマを見る。ダメな歌舞伎役者の役だが、かなり達者だ。ただ、劇中での弁天となると、これはまだまだ未熟。もっと勉強しないと舞台ではできないだろう。

1月9日(水)実務専門家コースにはなぜか欠席者がほとんどいない

朝、『「坊っちゃん」を読む』を直す。2時間ほど仕事をして、汐留へ。長井健司さんの本のことで相談する。タイトルなどが決まる。

そこから、六本木へ。今年初めてライブラリーへ行った。そこでも、『「坊っちゃん」を読む』の続きを直す。一応最後まで行ったが、疑問の箇所などが残る。頭も働かなくなったので、コンピュータで音楽を聴く。

夜は、安全・安心の実務専門家コースの3回目。御厨研の高橋さんに国際政治の観点から国民国家のことについて話しをしてもらう。問題点が整理されていて、よくわかった。それにしても、このコース欠席者がほとんどいない。手違いで最初の回に一人これなかったのと、今回、移動で九州の方に一人行ってしまい、それで欠席者が出た。ほかは、全員がそろっている。しかも、今日は前回の水野さんや、次々回の奥津さんも参加し、ほかにもいろいろとオーディエンスが多い。終わってから、高橋さんの奥さんともども魚真で寿司を食べる。

January 08, 2008

1月8日(火)フリーメーソンの日本人にとっての可能性を考え床屋でさっぱりする

朝から、『「坊っちゃん」を読む』の直しを淡々とする。それほど大きくは直さないので、8章のうち、6章まで直し終わる。あと2章、うまくいけば明日には終わる。月末には松山へ現地調査(!?)に行くことにもなっている。

夕方は、週刊誌の取材。朝日新聞に出たフリーメーソンの記事について、コメントを求められる。フリーメーソンの実態はよくわかっていないが、案外これから日本人にとって、意味のあるものになるかもしれない。入会することで、海外の有力者とコネクションができることの意味は大きい。果たしてそうした利用の仕方をする人が出てくるだろうか。それは未知数だ。

取材が終わってから、床屋へ。原稿書きと仕事で疲れたのか、途中眠ってしまう。さっぱりした。

January 07, 2008

1月7日(月)新年に海老蔵を堪能する

今日は新橋演舞場に行くということで、興奮しているのか、朝5時に目が覚めて、その後眠れなかった。したがって、一日少し眠い。早起きしたので、『「坊っちゃん」を読む』の直しをし、それから出かける。

席は、二階の左側、花道の真上。場内はけっこう入っていた。それにしても、年配の人たちが多い。正月ということで、着物の割合も高かった。

今回の演目は、「雷神不動北山桜」の通し、「鳴神」と「毛抜」は見たことがあるが、通しではもちろん、「不動」なども見たことがない。海老蔵の他は、芝雀と友右衛門の兄弟、それに澤潟屋一門。ちょっと配役に乏しい。それも、正月はいろいろなところで同時に歌舞伎をやっていて、役者が足りないのだろう。演舞場でも、端役に歌舞伎役者でない役者が使われていた。これははじめてのことだ。

海老蔵も筋書きで語っているが、この通しはまったくの荒事を見せる芝居で、物語性や情調といった面はあまり感じられない。ひたすら、海老蔵を堪能する、そんな舞台という印象が強かった。それにしても、海老蔵を見始めて8年になるが、30歳を迎えて、演技がすっかり安定している。海老蔵の「鳴神」を最初に見たのは、2001年9月の演舞場だったはずだが、それとは雲泥の違い。それぞれの役を自分のものにしているし、不安な要素がまったくない。それはそれですごいことだとは思うが、あまりに安定していて、これは海老蔵自身も不安になることのようだが、おもしろみという点では問題があるような気がした。要は、なんだかうますぎるのだ。まあ、この芝居では仕方がないのかもしれない。

最後のイリュージョンによる空中浮遊は、期待していた驚きはなかった。たしかに宙に浮いてはいるが、役者が自分の力で浮いているというわけではないので、あまり感動はしない。これだったら、宙乗りの方がはるかに観客の喝采を呼ぶだろう。

見終わってから、松屋で小堀遠州の展覧会を見る。日曜美術館で取り上げられたばかりなので、かなり混雑していた。遠州という人、その趣味は相当にわかりやすい。明快で、妙にこったところがない。帰りは新宿により、紅茶などを買う。

January 06, 2008

1月6日(日)データベースを作る楽しみからずいぶんと遠ざかっているかもしれない

正月休みが明けているような、明けていないような感じ。実際には、明日の月曜日から本格的な仕事がはじまるのだろう。ただし、私は新橋演舞場に海老蔵を見に行く。したがって、本格的な仕事始めは、火曜日からということになりそうだ。ある編集者から、新著の提案をもらった。おそらく、これからもそうした話しが出てくるだろう。本も1週間で書ければ、どんどんと書けるが、そうはいかない。かなり、資料が集まっていて、部分的に書いたことがあるというものでも、まるまるそれにかかりきりで2ヶ月はかかる。同時並行だとさらに時間は必要だ。

以前は、仕事がない時期というのがあって、本を出すと次が決まっていないということがよくあった。そうした暇なあいだは、小説を書いてみたり、データベースのようなものを作ってみたりして、暇つぶしをしていた。データベースとしては、ジャズ最良の年だと思う1956年に吹き込まれた録音を、カレンダー形式でまとめてみたものを作ったことがあるし、成田屋3代が出演した演目を時代順にすべて追ってみたというものもあった。歌舞伎の演目のリストも作ってみたことがある。こうした作業、やり始めるとけっこうはまる。さすがに最近では、そんな暇はなくなった。暇があるということは、それだけ収入がないということで、生活は苦しくなるわけだけれど、趣味のデータベース作りもそれはそれで充実している。世の中には、そうした趣味を持っている人もすくなくないようで、ネットを見ると、膨大な戒名のリストや、国宝のリスト、さまざまなミュージシャンのディスコグラフィーなどが公表されている。いつそんなことがまたできるのか。余生の楽しみにしておこう。

January 05, 2008

1月5日(土)井上ひさしの「ロマンス」を見る

最近、すっかり現代演劇を見なくなったけれど、WOWOWで井上ひさしの「ロマンス」という、アントン・チェーホフの生涯を題材にした芝居をやっていたので、それを見た。テレビ画面が大きく、ハイビジョンなので、臨場感をもって見られる。なかなかおもしろかった。昔の井上ひさしの作品とはかなり違う印象を受けた。昔はもっと喜劇をめざしていたのではないだろうか。役者では、やはり大竹しのぶがいい。松たか子は、歌舞伎役者が普通の演劇に出たり、テレビに出たときによく見られる大げさな印象が強い。力が入りすぎていて、彼女が演技をすると、そのすぐ後は、ほかの役者もつられて大げさになりがちだ。

音楽劇ということで、生のピアノの伴奏で歌が入るが、その意味があまりよくわからない。役者の歌というのは、歌手の歌とは違うし、音楽劇にする必然性がないように思えた。実際、後半になると歌があまり出てこない。

最後、チェーホフが、演出家のスタニスラフスキーに演出上の問題で厳しく批判するところは、作者の本心が出たようにも思えた。あるいはそこに、作者の老いのようなものが出ているのかもしれない。大江健三郎の小説が、激しい故郷批判に傾いていったのと似ている。これは、注意しないと誰もが陥る罠なのだろう。

January 04, 2008

1月4日(金)今年はひたすら本を出すぞ

三が日も明けたので、仕事始め。まず、『日本の10大新宗教』、いろいろ指摘されているところを確認し、次の重版に備える。そのあと、『「坊っちゃん」を読む』の原稿に手を入れる。最初の章、出だしを中心に書き換える。ちょっと構えが変わったような気がする。

今年は、たくさん本を出すことを目標にしているので、そのラインナップをあげておく。本の題名は、いずれも仮題で、変更されるものもあるだろう。

1.水野和夫さんとの対談本『1995年に世界は変わった』 対談をあと一回
2.山折哲雄先生との対談本『人はなぜ死ななければならないのか』 対談は終わっている
3.書き下ろしの新書『日本人の属性は3つある!』 半分くらい書いた
4.『「坊っちゃん」を読む』 現在最終的な直し中
5.『日本宗教美術史』 半分以上書いた
6.『「ハリーポッター」を読み通す』 まだ手つかず

はっきりと決まっているのは以上。ほかに、いくつか企画が進行中。全部刊行できたら、月刊になりそうだ。

January 03, 2008

1月3日(木)伊勢丹のバーゲンに行きウィフィットを試す

午前中から伊勢丹のバーゲンに。もう10年以上、まともな冬のスーツを買っていなかった。コートの方も、気に入っていつも着ているもの、袖がほつれてきている。そういうわけで、スーツとコートを買う。けっきょく、ヒッキー・フリーマンで購入。どうも今はこのブランドが一番あうようだ。ネクタイと、勧められてニットも買ったので、かなりの額になってしまった。店員の人に、最近、ヒッキー・フリーマンの傾向が変わってきているのではと疑問を投げかけたところ、おもしろい答えが返ってきた。

これは、アメリカのブランドだが、アメリカのベビーブーマーたちが、日本の団塊の世代と同様に、退職を迎え、あまりスーツを着る必要がなくなった。そこで少しカジュアルなものを求めるようになり、それまでスーツを買っていたブランドで買い求めようとするようになり、そのため、ブランドの路線も変わってきたとのこと。このままだと、その傾向は年を追って、進んでいきそうだ。私のような会社勤めではない人間には、それはありがたい話しに思える。

昼は、つのはず庵で家族で会食をする。その後、実家へ行き、任天堂のウィを試してみる。ウィフィットでバランスゲームとか、ヨーガをするが、実によくできている。よくこんなものを考えて、作ったものだと感心する。もしかしたら、ネット上の架空環境、セカンドライフより、こちらの方が将来性があるようにも思った。

January 02, 2008

1月2日(水)ディズニー映画でタバコが使えなくなったことの意味は

正月なのでのんびり。箱根駅伝を見て、録画していた『パイレーツ・オブ・カリビアン』の「デッドマンズ・チェスト」を見る。この映画、最初の作を見ていない。最初の方、初めて見ると、何が何だかわからないが、途中からはそれもなくなった。オリジナルの作品のようだが、マニ教というか、ネオ・プラトニズムの思想が使われていたり、タコの船長はジュール・ベルヌの『海底2000マイル』のネモ船長がモデルになっていたりと、いろいろ既存のモチーフが使われているのがわかる。映画としてはそれほどでもないと思うが、展開で見せていくのだろう。たしかにディズニーらしい。海賊たちがタバコを吸わなくなったというか、吸えなくなったところが、現代だ。これまでタバコは映画の小道具として非常に重要な役割を果たしてきたが、こうしたディズニーの選択は難しい問題を残している気がする。

夜は、初芝居の中継を見る。油断していて、最初を見られなかった。「助六」の終わりから。全体にダイジェストだが、「浜の真砂」はダイジェストする必要がないくらい短い。新橋演舞場の海老蔵も見た。さすがに台詞が完璧に入っている気配だ。これは、海老蔵しかできない通しだろう。実際に見るのが楽しみだ。

1月1日(火)あけましておめでとうございます

元旦。天気がいい。朝、近くの神社に初詣に行く。この時間帯案外人の出がすくないのか、境内は閑散としている。深夜に来るか、午後になってから来るかするのだろう。そのまま、実家へ。雑煮とイタリアンのおせちを食べる。

帰宅して、年賀状を見る。朝日新聞のbe土曜版を読んだというコメントを書いてくれた人が多数いた。ちょっと恥ずかしい。

『日本の10大新宗教』セブンアンドワイのデイリーで1位になる。正月早々大変めでたい。

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