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February 2008

February 29, 2008

2月29日(金)新大久保はもう日本じゃない

『寺門興隆』の創価学会についての連載原稿を書く。これで連載は50回目になった。信じられないくらい長く続いている。今回は、マイケル・ブレッカーの創価学会入会問題についてふれた。そこには、いろいろと難しい問題が横たわっているようだ。まだ、わからないところもあるけれど、なんとか原稿を書き上げる。

午後は、東京財団での生命倫理の研究会。前回に引き続き、日本人の倫理観、宗教観について話してみる。こころを重視し、納得するかどうかを日本人は重視していて、そこにはいわゆる倫理や道徳は成り立ちようがない。けれども、ときに生命科学や医学がかかわってくると、法的な問題も生じるわけで、その際には納得だけでは話しは終わらない。それを見越してどうするのか。どうもそこが課題らしい。その後、小門さんの代理懐胎についての発表を聞いた。どうもこの問題について、誰もやる気がないらしい。ある意味、そのやる気のなさに興味をもった。

研究会の後、新大久保に出て、韓国の鍋、カムジャタンを食べさせる店にいく。この鍋ははじめてだが、牛のあばら骨のところの肉とジャガイモ、それにネギを辛いスープのなかで温めて食べるものだ。途中、駅から歩いてみると、すっかり韓国街が形成されていた。ここはまったく日本ではない。あるいはそれが、将来の日本の姿かもしれない。

February 28, 2008

2月28日(木)日曜日の京都の講演会について電話取材を受ける

昨日遅かったので、10時に起きる。最近ではめずらしい時間だ。

『3種類の日本教』のあとがきを書く。短いもの。でも、なんだかあとがきがないと締まらない気がしたので書いてみた。つづいて、水野さんとの対談本のまえがきを書く。こちらは、それなりの量があり、6枚ほど書く。創価学会の連載、今回はマイケル・ブレッカーのことを書こうと思っているので、そのメモを作る。

京都の毎日新聞の記者から、今度の日曜日の講演会について電話取材を受ける。どうして長井健司さんの死に抗議する活動にかかわったのか、また、そのなかでどういったことを考えるようになっていったのかについて説明する。記事にしてくれるらしい。

ほかに、取材の依頼が一件と、本の企画の提案が一件。いろいろと来る。

2月27日(水)安全安心のコースが最終回を迎える

『日本宗教美術史』の鎌倉時代の章を直す。先日拝見させて貰った赤不動のことについて、一節分書き足す。この赤不動については、小林秀雄が「偶像崇拝」という文章で「つまなない」とけなしている。果たしてその評価は妥当なのか、それを含めて書き、最後まで直す。これで、大きな山を越えた。予想したとおり、今のところ鎌倉時代が一番長くなった。問題は、室町から江戸の部分だろう。めぼしい宗教美術がないだけに、どういう角度からとりあげるかが難しい。

午後からライブラリーへ。アエラの取材を受ける。早稲田と慶應、どちらが得かの記事を作るという。今回は、早稲田の可能性について強調しておく。続いて筑摩書房の湯原氏と久しぶりに会う。昔出した『イニシエーションとしての宗教学』を文庫にしてくれるらしい。オウム事件の前に書いたものなので、その後を書き足すことになる。

夜は、安全安心、実務専門家コースの最終回。木下さんを呼んで、ミニシンポジウム。有田さんにコメンテイターをお願いする。途中からミニ懇親会で、修了式のあと、近くの店で引き続き懇親会をする。ほとんどの受講生が参加した。そらから店を移るが、六本木の街にはほとんど人出がない。ロアビルの前あたり、誰もあるいていない。もう夜の六本木というものは、存在しないらしい。

February 26, 2008

2月26日(火)『3種類の日本教』の校正をやり通す

朝からヒルズへ行く。『3種類の日本教』の校正をする。朝からはじめて、昼食を挟み、一度音楽を聴いて休憩しながら、最後までやり終える。内容について、果たしてどうなのだろうかと心配していたが、読み直してみると、けっこうおもしろい。書いた人間が読んでおもしろくないものは、一般の読者にもおもしろくはないだろう。その点では、一応合格か。

電話をして、編集者に取りに来て貰う。あわせて、水野さんとの対談についても、赤を入れたものを渡す。最後のところ、かなり手を入れたが、一度水野さんも入れて、打ち合わせをした方がよさそうだ。今後の展望や日本の対処の仕方など、難しいところ。ここは、しっかりとまとめないと、本全体が締まらない。

すべて終わってから、新宿へ。伊勢丹の家具売り場で、アルフレックスのカタログをもらう。実家でソファーが欲しいというので、買うことにした。広尾で大きく展示しているところがあるが、そこで実際に確かめた方がいいだろうか。ただ、普通の家で使う定番的なものは決まっているので、伊勢丹でカタログを見るだけでもいいのかもしれない。それまで実家で使っていたソファーは、腰が痛くなるというとんでもないもの。いくらなんでもそれはひどいだろう。

February 25, 2008

2月25日(月)アカデミー賞は意外に盛り上がっていない

水野和夫さんとの対談本、直しを続け、一日かけて最後まで直し終わる。後ろになればなるほど、手を入れるところが多くなり、ほぼ全面的に書き直したところも少なくない。今後の処方ということになるとかなり難しいし、水野さんがどのように手を入れてくるかでも、その後対応しなければならないだろう。

午後は、太陽出版から共著の本を出してくれた編集者と打ち合わせ。時間さえとれれば、日本人の宗教史を見直した単著を書いてもいいといった話しになるが、どうなるだろう。とりあえず、『日本宗教美術史』が終わらないと何とも考えられないが、それが出れば、これまでとは違った形で日本の宗教史を見直すことができるかもしれない。

途中、WOWOWでアカデミー賞の授賞式をやっているのを見たが、なんだかあまり盛り上げっていないような雰囲気だ。最近は、大作が受賞作になくなって、視聴者の関心も薄れているというが、それを反映してのことだろうか。出てくるスターは皆、大物で、華やかなはずが、それほどでもない。これも「当世」ということなのだろう。

February 24, 2008

2月24日(日)ロス疑惑からこの長い物語が始まったいるような気がする

今日も風が強く、寒い。電車もかなり影響を受けたようだ。

いわゆる「ロス疑惑」の三浦氏がアメリカで逮捕された。新しい証拠があるという報道もされているが、今のところまったく状況はわからない。

この問題が大きな話題になったのは、1980年代のはじめのころで、相当に過熱した報道のことはよく覚えている。本当に何が起こったのかという問題とともに、この報道の過熱のことも、事件自体とは別に大きな意味をもっていたように思う。

私自身がメディアによるバッシングを受けたせいもあるが、当時の過熱報道はどう考えてもやり過ぎだったと思う。疑惑に結びつくことなら何を報道してもかまわない。そんな雰囲気がたしかにあった。そして、このロス疑惑をめぐる報道が、メディアのあり方を変え、それがオウム事件の際の報道にも影響したのではないか。その意味では、今を考える上で一つの重要な出発点だったように思う。

そのことも重要だが、事件そのものに決着が着くかどうかも大きいことだろう。本人も含め、誰も予測できない形で決着しようとしているのだろうか。そういうことも起こりうるのだということに驚きを感じるとともに、オウムの事件にかんしても、将来同じようなことが起こるのだろうかということを考えてしまう。

今私たちが生きている物語は、どうもロス疑惑が叫ばれていた頃にはじまったように思う。その長い物語が、中沢新一氏のことや、バブルや、オウム事件や、そして、今関わっている長井健司さんのことにもつながっているのではないか。だとすれば、今回のアメリカでの逮捕劇には大いに注目しなければならないだろう。

February 23, 2008

2月23日(土)アスコムの件は何かおかしい

昼間は天気がよくて、暖かだったが、夕方になるにつれ、猛烈な風が吹き、気温も一気に下がった。外に出ようとして、これはだめだと思い、一日家にいる結果になった。テレビで能の「安宅」を見たけれど、やはり眠くなる。退屈とかそういうことではなくて、能の波長がそうさせるのだろう。シテは梅若六郎だったが、体の使い方がすごい。それだけはわかった。

アスコムのことについて書いたが、その後の経緯が不可思議だ。そもそもニュースになっていない。ネット上では書いている人もいるし、情報のやりとりが行われているようだけれど、一般のニュースに出ない。従業員は全員解雇され、しかもオフィスには誰もいないというのに、アスコム側から発表がないせいか、ニュースにならないというのは、どう考えても不思議だ。

そもそも、今年になってアスコムのホームページは更新されていない。それも一部には知られていたようだが、アスコムの前身がアスキー・コミュニケーションズだという点からすれば、それ自体が大きな事件のはずだった。私は、そのことを知らなかったが、それでも仕事を依頼されたことになる。なかには、本を出したばかりという人もいるわけで、そうした人はとんでもない目にあったことになる。いったいいつ、一般のニュースで取り上げられることになるのだろうか。どうもその点が釈然としないし、業務停止までの経緯も不可解だ。

池袋ジュンク堂の在庫を見てみると、アスコムの本は、昨年の12月に出たくらいのものが、軒並み在庫無しになっていたりする。これもおかしな話しで、倒産した草思社の本だって、まだ近刊については在庫がある。ということは、少し前から異変が起こっていたことになるし、大型書店ならそれを感じていたことだろう。

February 22, 2008

2月22日(金)ガンダーラ展に行き阿含宗の力を再認識する

『日本宗教美術史』の取材旅行。熱海、静岡方面に。まず、MOA美術館に行き、公開中の尾形光琳「紅白梅図屏風」を見る。それにあわせて、「乾山の芸術と光琳」展をやっていた。「紅白梅図屏風」を宗教美術という観点から見るのはかなり難しいが、うまくとりあげることができるだろうか。乾山の作品は、芸術というより、商品として見た方がいいだろう。モダンなデザインも少なくない。仁清の壺も久しぶりに見たが、あまり感銘を受けなかった。

そこから、静岡へ。静岡県立美術館での「ガンダーラ美術とバーミヤン遺跡」展を見る。日本にあるガンダーラの仏像がかなり集まっているという展覧会だが、驚いたのは、阿含宗や真如苑からの出品がかなりの数含まれていること。とくに、阿含宗がもっているものは作品として優れている。それだけ集めてもかなりのものだ。真如苑のは、それに比較すると、作品的には劣る。阿含宗の場合、釈迦直伝の教えということで、インドに強い関心をもつのは納得できるが、これだけのものよく集めたと感心する。MOAからの出品もあり、新宗教が宗教美術の収蔵に大きな役割を果たしていることがわかった。

ついでなので、まだ行ったことのない登呂遺跡に寄る。ところが、遺跡が工事中で、あまり見られなかった。水田跡などもあるが、吉野ヶ里に比較すると、その規模はあまりに小さい。かつては、考古学の世界のヒーロー的な存在だった登呂遺跡も、時代の変化のなかで、霞んで見えるようになってきた。しかたがないので、芹沢銈介美術館を見学する。芹沢の作品はおなじみだが、乾山に通じるところがある。やはり芸術ではなく、商品として見るべきだろう。ただ、法然上人の絵や教会のステンドグラスの制作もあり、そのあたりは宗教美術と関連する可能性がある。

February 21, 2008

2月21日(木)これから仕事をしようとしていたアスコムがいきなり業務停止になった

朝からライブラリーへ。講談社α新書から4月に刊行する『3種類の日本教 日本人が気づいていない自分の属性』のゲラをもらう。これまで『属性』と基本的に言っていた本。書いた原稿なので、それほど直す必要はないはず。

水野対談も講談社から単行本で出ることになるが、発売の時期は4月になるか、5月になるかわからない。直しの方は、あと2章を残すだけになった。やった部分を編集者に渡す。

午後は、苫米地氏との対談。その冒頭、アスコムの編集者から会社が業務停止になったという報告を受ける。これから本を作ろうとしていた矢先、これには驚いた。話しを聞いてみると、どうも普通の倒産とは違う気がした。これは裏に何かあるのではないか。まったくの想像だが、直感的にそう思う。対談はそのままやったが、1時間半で終わり。どこから出すか、それが問題になる。

それから、小山さんと新しい企画の打ち合わせ。こちらは、いいアイディアが出て、順調に進む。終わってから、魚真で寿司を食べる。

帰ってみると、すでにアスコムが営業停止という話しが伝わっていて、別の会社の編集者から、だったら対談はうちでという申し出を受ける。皆、すばやい。

February 20, 2008

2月20日(水)読んで寂しい『イカの哲学』

水野対談本の直しを続ける。3章と4章が終わった。これで3分の2くらいだろうか。思ったより時間がかかるが、手を抜くわけにはいかない。『日本宗教美術史』の方も、鎌倉時代の部分に直しを入れる。この前高野山で拝見した赤不動のことを書き足すところで、気力がなくなり、次にまわすことにする。『属性』のゲラも出て、明日受け取ることになっている。

中沢新一氏の新著『イカの哲学』を読んだ。『憲法9条を世界遺産に』と同様に集英社新書。波多野一郎という、埋もれてしまった哲学者の自費出版本、「烏賊の哲学」を復刻し、それに中沢氏が解説を書いているというスタイルなので、厳密には著作とは言えない。それでも、中沢氏の解説の方が長いので、波多野氏の文章に触発された著作ということになるのだろう。

驚いたのは、『イカの哲学』というタイトル。中沢氏の著作は、とくに初期のものでは、タイトルがこっていて、それなりのセンスを感じさせたが、イカの哲学では、そのセンスが感じられない。内容的にも、『憲法9条』で語られた、問題を含んだ平和思想の域をまったく出ていない。波多野氏の遺族としては、埋もれていた作品に光が当てられたということで、感激しているようだけれど、果たしてそれは中沢氏が言うほどラディカルな平和思想を含むものなのだろうか。ひいきの引き倒しということばもあるが、中沢氏の主張はうわすべりしている。

なぜこれほど、中沢氏は平和思想にこだわりを見せるのだろうか。そこが不思議だ。人間のレベルではなく、それを超えた生物の視点から、新たな平和思想を築き上げようというのがもくろみのように思えるが、ちょっとそれは無理だろう。ゴジラに託してオウムについて語っていた頃の文章の方が、いろいろな意味で刺激的だった。何か中沢氏は、現実の世界からはるか隔たったところで、自分勝手な思想的営みを展開しているにすぎないように思えてくる。あるいはそれは、アカデミズムの世界につねに受け入れられない出来た中沢一族の宿命なのだろうか。その壁を、彼にして突破できなかったのだろうか。

もちろん、アカデミズムに価値があるかどうかは、議論しなければならないことだろう。けれども、中沢氏が学者である以上、広い意味でその活動がアカデミズムに属することは否定できない。実際、ニューアカといわれていたこともあった。なんだか、『イカの哲学』を読んで、寂しくなった。オウム問題の総括なしに、平和思想は語れない。問題は、単純なことなのだろう。

February 19, 2008

2月19日(火)小峯隆生氏とは15年ぶりの再会になった

朝から六本木ヒルズへ。まずは、水野対談本の直しをする。第3章では私が話している部分が多いので、最後まで行かなかった。

午後、講談社の雑誌『King』の取材を受ける。この雑誌の存在は知らなかったが、インタビューアーになってくれたのが、かつて『週刊プレイボーイ』時代にいっしょになんどか仕事をした小峯隆生氏。おそらく15年ぶりくらいの再会だろう。お互い年をとったことになるが、最初に会った頃は彼が20代で、私が30代だった。まだバブル崩壊からまもなくのことで、今から振り返ると、バブルの余波が続いていた時代だった。また、いっしょに仕事をということになった。

その後は、苫米地英人氏との対談本の対談。今回は、脳機能学者とは何かというところから、かなり難しい話しの展開になった。彼の話を聞いていると、かつて私も翻訳に加わった『タオ自然学』での議論が、今日になって意味をもってきているのを感じた。そこから、オウムをどうとらえるかという、二人にとって出発点になるようなところに話しが進み、2時間半ほど対談する。なんとなく、落ち着いたところで、次回どうするかの打ち合わせをして、散会する。

February 18, 2008

2月18日(月)糖腎食について栄養指導を受けてとても有益だった

水野対談の直しをする。2章が終わり、3章に入る。

夕方は、関東中央病院に糖腎食の栄養指導に行く。栄養指導ははじめて。1時間以上指導を受けたが、その中身自体がかなりおもしろかった。要はバランスで、あとは塩分を控えめにすることが重要らしい。カロリー的には今のままで、かえって主食などもう少しとった方がよいようだ。あとは、水分をとることも重要。風呂の前後に飲むのがいいようだ。

印象に残ったのは、運動は空腹の時にはだめで、食べた後にした方がいいとのこと。空腹で運動すると、その後食べ過ぎてしまうらしい。それでは逆効果。ほかに、マーガリンはよくないという話。自然の油ではないので、そこが悪いらしい。かえってバターの方がいいというのは、俗説とは違う。どうも栄養士の話を聞いていると、非常識な俗説が多々流布して、みんな勝手にそれを信じてしまっているようだ。こうした改めて指導を受けると、そこらあたりのことがわかって、有益。ただ、むやみに食事を減らすのも逆効果だし、今の食の問題に敏感になれば、おおむね解決できそうだ。『食品交換表』というのも購入したので、それを読んで、実践してみることにしよう。

February 16, 2008

2月16・17日(土・日)草津温泉に家族旅行に行く

母が今度80歳になるので、家族で草津温泉へ。雪の中の温泉がいいという希望で、草津になった。まさに、その希望通りで、草津は雪。しかも、気温は最低でマイナス10度くらいまでいっていた。寒いがかなりの人出。若い人が意外に多い。

行きは、バスで直接草津温泉に。練馬から出ているので、母親には都合がよかった。宿泊したのは、ての字屋。岩風呂が自慢の宿だが、それだけのことはある。下から温泉が沸いて、岩からしみ出ているらしい。かなり質の高い温泉だ。もう一つ、露天がある方は、草津温泉の湯畑から引いたもの。こちらは、透明で強いが、乳白色の岩風呂に比べると、柔らかさに欠けている。

夕食は、会席。部屋食で豪華。食べきれない。

日曜日は、バスターミナルまで送ってもらい、タクシーで軽井沢へ。駅前のアウトレットで買い物をして、バスで帰る。

February 15, 2008

2月15日(金)佐渡から解放された日蓮の文章はあまりおもしろくない感じだ

朝早めにおきたので、9時から仕事。水野さんとの対談に手を入れる。それほど入れる必要はないかと思っていたが、そうはいかなかった。1章の終わりまで直す。

その後、『日本宗教美術史』の鎌倉時代の直し。半分くらいまでやるが、残りの部分で書き足したいことがある。

午後は、日蓮の勉強会。「法花取要抄」を中心に読む。佐渡から解放されて書かれたせいか、日蓮に昔の勢いが戻っている感じだ。ただ、内容的にはそれほど新しいところはない。どうもこれからは、それほど大きな展開は望めなそうだ。その分、早く読み終わることになるだろう。

本屋などをまわる。一遍と法然の絵巻、文庫でもいいかとも思ったが、やはり絵がカラーでないとだめだろう。これは、図書館からかり出すことにする。

February 14, 2008

2月14日(木)無党派が流行語大賞をとったのはあの1995年だ

夜中はひどく寒かったようだ。今日の日中は少しましな感じ。それでも寒い。

『日本宗教美術史』の原稿、鎌倉時代を最後まで書く。これをもう一度見直さなければならない。それが終わってから、室町・桃山時代へ進む。ここからが、何を取り上げるか、どういう角度から取り上げるかが難しい。

水野和夫さんとの対談本、原稿があがったので、それに目を通す。かなり補足されている。全体を通読して、おおむねこれで行けそうな気がした。それほど大きく手を入れる必要はないのでないか。

90年代研究会で何か発表はといわれているが、「無党派(層)」について考えてみたくなってきた。それが流行語大賞をとったのが1995年で、受賞者は青島幸夫氏。あの年はそんなことがあったのかと改めて思うが、なぜ無党派が生まれてきたのか、その意味はどこにあるのか。90年代の政治を考える上で重要なテーマではないだろうか。

February 13, 2008

2月13日(水)信じられないほど寒い日に取材やらセミナーやら

午後写真を撮られる取材があるので、午前中に床屋に行く。それにしても寒い。写真のフィルムを出すために、開店前のジョイフルに数分並んでいたが、ちょっと耐え難い。高野山より東京の方がはるかに寒い。

午後、ヒルズで早稲田大学の英字新聞会の取材を受ける。新宗教についてだが、驚いたのは彼らの取材先。上祐に会ったり、滝本弁護士や安田弁護士、それに乙骨氏や創価学会の本部にも取材に行ったり、これから行くらしい。これだけちゃんと取材して、話しを聞きに来てくれるマスメディアはないのではないか。学生たちは、こんなにも取材に応じてくれるとは驚いたといっていたが、立場はともあれ、それが社会の最前線に立つ人々の基本的な姿勢ではないだろうか。

その後、『一個人』のインタビュー取材。ヒルズの下の店で写真を撮られ、そのあと、1時間ほどインタビューに答える。空気の話しをしたが、是非それを本にといわれる。これは自分の経験から言えることだが、空気が変わる時があり、空気にはあらがうことが難しい。空気の研究は、山本七平の根本的なテーマだが、改めてこの問題を考える必要がありそうだ。

夜は、安全安心の実務専門家コース。奥津茂樹さんをゲストに、情報公開の問題を考える。いろいろな論点が出てきて、かなりおもしろい。これはさまざまな形で展開すると、社会的な影響力をもつだろう。最後は、最近考えている「喜捨」の問題にも発展していった。要は、自分のために生きると大変だが、他人のために生きると意外と楽に生きられるということではないか。その面の教育が必要なのだろう。

あまりに寒いので、タクシーで帰る。東京生まれの私としても、こんなに寒い東京はあまり経験がないと改めて思う。

February 12, 2008

2月11・12日(月・火)京都庭めぐりと雪の高野山の赤不動

月曜日祝日は、京都庭めぐり。はじめは阿含宗の星祭りに行こうと思っていたが、庭の方が気になるので、急遽変更する。二条城から、楽美術館をあいだにはさんで、大徳寺(4つの塔頭)、銀閣寺、無鄰庵、天竜寺、それから清水寺に行く。清水寺では成就院の庭を見ようとしたが、いつもはやっていないとのこと。途中、昼食をとった店に眼鏡を忘れ、戻ったりしたが、ほぼ予定通りまわれた。結論的にいえば、竜安寺にかなう庭はあり得ないということ。

夜、木下さんと京都で長井さん関係のボランティアをしている岸野さんと会い、これからどうするかなどを話し合う。店は、生の肉を食べさせる店、羊の肉を出す店、そして甲斐扶差義さんの店。甲斐さんとはかなり久しぶり。東京で写真展をやるらしい。

火曜日は、木下さんと高野山へ。雪が降り積もっていて、別世界。明王院で、赤不動を見せて貰う。平安時代の作とされるが、おそらく鎌倉時代のものだろう。描かれた不動と童子が生きている。重文の指定だが、旧国宝ということもあり、国宝級であることは間違いない。鎌倉時代と思うのは、平安とは人物のとらえ方が違うから。詳しくは、『日本宗教美術史』で書くことになる。

あとは、霊宝館や不動堂、多宝塔など。いくつか国宝を見る。それにしても、雪の高野山は美しい。下りてきて、果たしてあれは浄土なのか、それとも地獄というか、厳しい修行場としての厳寒の地なのかを考えてしまう。まったく下界とは異なる世界なのはたしかだ。赤不動をおがめただけでも十分。

東京へ戻るが、東京駅に降り立って、かなり寒い。東京の町事態がどこか寒々としているのかもしれない。

February 10, 2008

2月10日(日)大阪で海老蔵、篠山紀信

2月10日(日)大阪で海老蔵、篠山紀信
大阪へ。松竹座で海老蔵、玉三郎、菊之助の舞踊公演。親子でないのでベタつかない連獅子がいい。海老蔵は抜群のバランス感覚。

二人道成寺は押し戻しが入って構成が乱れた。最初のあの緊張感からは遠い。篠山紀信が写真をとっていた。

京都へ。国際ホテル泊。少し離れたイタリアンの店。内臓系を使って面白い。

February 09, 2008

2月9日(土)ジョイフル情報を入手する

芸術新聞社の渡辺さんに車で実家から本を運んで貰った。父親が買っていた、中国の美術史やら土門拳の写真集やらで、小さな箱で5箱分。『日本宗教美術史』で使うものもあるだろう。

経堂の住人にとって今気になっているジョイフルの行方だが、少し情報が入った。小田急はどうも全貌を明らかにしていないらしい。あの建物が取り壊しになるのは、もう数年前、小田急アパートの募集で、年限が決められていたのを見て、わかった。植草甚一さんも住んでいたアパートにはもう住人はいないらしい。ただ、ジョイフル閉店は当初の予定より半年ほど遅れたみたいで、OXストアーはもう少し営業を続けるようだ。その後は、全館取り壊しになる。

建て替えだが、千歳船橋から伸びている道路を通すために、今のような形にはならないようだ。したがって、ジョイフルは閉店セールのポスターの感じからしても、二度と復活はしないだろう。あとに何が建つのかはわからないが、複合施設は駅の豪徳寺よりの空き地あたりにできるようだ。ちょっと不便なので、本当にそうなるかはわからないが。そうなると同じ場所にはOXストアーだけ再建されるのだろうか。今のところは不明だ。

February 08, 2008

2月8日(金)『慶應三田会』について中牧さんが書評を書いてくれた

午前中は病院へ。先生が新しく変わる。今度も女性の先生だが、今までの先生よりはっきりしている感じだ。依然として血糖値が高く、蛋白も問題。あるいは検査のために入院しなければならないかもという話しになる。

病院から戻って、芸術新聞社の渡辺さんと落ち合う。旅費をいただく。高野山では特別な配慮で、いろいろと見せて貰えるようだ。『日本宗教美術史』について、宗教美術の難しさについて改めて議論する。家に戻ってから、鎌倉時代の新仏教と宗教美術の関連、親鸞と日蓮の場合について書く。

研究室に届いていた信濃毎日新聞に『慶應三田会』についての書評をファックスして貰う。書評してくれたのは宗教学研究室の先輩、中牧さんだった。ありがたい。やはり宗教学の人でないと、こういう本の意味がわかってもらえないのだろうか。ほかの分野に人にも書評を書いて貰いたい。

February 07, 2008

2月7日(木)和田中の卒業生として憂慮することがある

前に『属性』といっていて、最近では『三つの系統』と呼んでいる本の第1稿がようやくできる。270枚ほどだが、3ヶ月かかった。この本だけに集中していたわけではないが、なんとなくぼちぼちという感じで進んできた。果たしてこれで行けるか、編集者の判断待ちだ。

『日本宗教美術史』の鎌倉時代の禅美術のところを書く。どうも室町時代に入らないと、禅美術も全面的に展開していかない気がするので、具体的に取り上げた作品は少ない。禅の展覧会がおもしろくない理由を考えると、その本質が見えてくる気がする。

夕方、角川書店の編集者と新しい本についての打ち合わせをする。話しがいろいろと展開し、話しは3時間近くに及んだ。なんとか行けそうな線が出てきたが、今度はちょっと工夫をして書きたいと思う。本も直線的に書きすぎると、案外つまらない。山や谷を作り、その上で流れが生まれないと、あっさりしすぎて、書いてあることも伝わらない。そこが難しいところだ。

民間人校長で有名になった和田中のことが話題になっているが、和田中の卒業生としては、ちょっと複雑だ。成績上位の生徒について、その「吹きこぼれ」ということが、塾の教育を導入する理由になっているようだが、そんなに成績上位の生徒が勉強する必要があるのだろうか。私は、和田中時代には学年で1番か2番で、成績上位になるが、もっとも生徒は140人くらいしかいなかった。成績上位なら、余裕が出来た分、勉強に振り向けるのではなく、もっと別のことに関心を持った方がよくはないだろうか。勉強することで失われてしまうこともある。その点について考えないと、和田中の現在の試みにどういった問題があるのかがわからないだろう。

February 06, 2008

2月6日(水)社会学の市野川君が代表者であることになんだか納得できないものを感じる

いつものように原稿書き。『3つの系統』の原稿、一応最後まで書ききる。これを直してから、全体を見直す予定。それでどうするか、考えることになる。

夕方、朝日新聞の取材を受ける。テーマは厄年について。記者は佐野厄除け大師に行ってきたそうだが、大師側の話しでは、最近、茶髪やピアスの若者たちが増え、祈願して貰って帰って行くという。水子供養の関連だろうが、若い人たちもまた、厄除けという機会を必要としているようだ。

東大の駒場地区では、駒場地区事業場過半数代表者信任投票というのがあるという。一種の組合のようなものらしいが、その代表者に社会学者の市野川容孝君がなっていて、また再選のため立候補しているらしい。彼の抱負というのも添付されていた。たしかに、必要なことなのかもしれないが、本当に彼にとってそれはやらなければならないことなのだろうか、大いに疑問を感じた。きっとその有能さが評価されてのことだろうが、ちょっと納得できない。

夜は、岡田ジャパンのワールドカップ予選初戦を見る。実力差がそのまま出たような試合だが、タイの選手のシュートはすばらしかった。タイはホームだとめっぽう強いらしい。茨の道が続くのだろう。

2月5日(水)夕方から深夜にかけていろいろとあった一日

「EX大衆」から頼まれた監修の原稿を直す。けっこう手を入れたので、かなり時間がかかる。こういう作業は意外と手間がかかるし、集中力がいる。そのあと、『三つの属性』の原稿を直し、『日本宗教美術史』の原稿を少し書く。

夕方外出。飯田橋の甘味処「紀の善」で、中公クラシックスの編集者と打ち合わせ。今、『世界の名著』や『日本の名著』の解説の関連するものを集めて本を出している。今度、聖書と大乗仏典とコーランについての解説を集めたものを出すので、そのさらに解説をかけとのこと。ほかの巻を見ても、立派な大家ばかりが並んでいる。40年前の出版だというから、私などまだ小学生のときだけれど、昔は大家がいたものだと改めて思う。今、そうした大家がいるかというと、皆小粒の感はまぬかれない。

夜は、その近くの鳥茶屋という店で、弁護士の国広さんを中心に電通の渡辺氏、牧野出版の佐久間氏と、松山坊っちゃん旅行組みが集まって、仕事の話しを兼ねた宴。某経済団体のていたらくを語る国広さんの話がおもしろかった。

さらに深夜、世田谷野沢のサイゼリアで、長井健司さんの本の打ち合わせ。帰宅は12時を過ぎる。長井さんが殺されたときの状況、相当詳細にわかってきた。それが本に盛り込まれると、全然違ったものになってくる。

February 04, 2008

2月4日(月)歌舞伎町で雑誌の鼎談をし、研究会で小沢一郎について学ぶ

朝から午後のはじめにかけて、原稿書き。今日は短時間にけっこう枚数がかせげた。量が進めばいいということではないが、とりあえず順調。

午後は、新宿へ。歌舞伎町のルノアールへ。「ブブカ」という雑誌の鼎談。相手は、倉田真由美さんとプロの麻雀士で、禁煙雀荘を経営しているという渡辺洋香さん。いろいろと話す。終わってから、渡辺さんの店によって、なかを見せて貰ったが、たしかに禁煙で、全体が理髪店のような感じ。こういう世界が出来つつあるとは知らなかった。

その後、東京財団での90年代研究会。菅原君と山本君の発表を聞く。山本君は小沢一郎の話しをしたが、私が見るところ、小沢という人は、彼が接した影響力のある政治家、あるいは父親の影響をもろにうけ、それをそのまま受け継ごうとするところで、いくつもの考えが混在し、それが彼をわかりにくい人間にしているように思えた。あるいは、小沢氏のカリスマ性も、そうしたわかりにくさから来ているのかもしれない。それは、宗教の教祖にはよくあることだ。

February 03, 2008

2月3日(日)東京は大雪だけど原稿を書き取材に応じる

東京は雪。久しぶりの大雪で、かなり積もった。団地では、ほとんど誰も雪かきをしてくれないので、とりあえず、雪かきをする。今回の雪は、湿雪で、水分をすごく多く含んでいる。これがそのまま溶けてくれると楽だが、凍るとやっかいだ。近くの出入り口などの雪をどける。一カ所、気になったので、もう一度雪かきをする。

『寺門興隆』の連載原稿、今日が締め切りなので、それを書く。20枚ほど、最後はやめたくなったが、なんとかがんばって書ききる。中途半端だと明日に繰り越さなければならないし、それだとすっきりしない。

『週刊新潮』からまた、取材の電話。ここのところ、日曜日になるとよくかかってくる。記事になるのかどうかはわからないが、創価学会と日蓮正宗の最近の関係について話をする。日蓮正宗では、大規模な集会を開いたらしい。

February 02, 2008

2月2日(土)愛媛のミカンはおいしい

2月に入っても、まだ寒い。明日は、東京も雪になるらしい。雪が降るのはいいけれど、積もるとけっこう面倒だ。雪のよく降る地方では、雪かきの習慣があるが、東京にはそれがない。おかげで、いつまでも日陰に雪が残り、すべったりして危ない。それが困る。

簡単な短い原稿を書かなければならないので、それを書く。全体で3枚半。これなら、短時間でこなせる。明日も、『寺門興隆』の連載原稿を書かなければならなくなりそうだ。

長井健司さんのご両親からぽんかんを送っていただく。これが、甘さ控えめでおいしい。あまりこれまで食べたことがないが、みかんの本場だけに味が違うのだろう。最近では、みかんの新種がいろいろと開発されていて、愛媛では紅まどんなという普通のミカンとグレープフルーツを掛け合わせたのが売られているらしい。ネットでも注文できるが、すでに季節が終わっていて、手に入れられなかった。来年にならないとこれは無理。残念!

February 01, 2008

2月1日(金)ジョイフルが閉店セールをするということは

朝、病院に自転車で行き、採血検査。病院でもクレジットカードが使えるようになった。それにしても、自転車では寒かった。その後、いつものように原稿書き。今日は打ち合わせなどはなし。大阪、京都、和歌山行きの時のホテルをとるが、連休なのでホテルが限られていた。

今日の朝刊の折り込みチラシに、ジョイフルの閉店セールの広告が入っていた。3月末までとのこと。小田急アパートが取り壊しになると聞いていたので、きっとジョイフルも同じようになるのだろうと予測していたが、やはりその通りだった。ならば、OXストアーも改修されるのだろう。これは、経堂の人間としてはかなりの変化だ。改修中は、どうなるのだろう。あまり情報がない。不便になることも少なくなさそうだ。駅前広場が出来ても、全体ができあがるまではかなりかかりそうだ。

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