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April 2008

April 30, 2008

4月30日(水)取材でヒラルを訪れる

朝からライブラリーへ。読書人の書評、小川三夫『棟梁』について書く。これを書き上げてから、ハリーポッターの書き直しの作業に入る。ちょっと、流れが悪いところもあるが、修正すればなんとかなりそうだ。宗教美術史の方も、近代のところ、最初から手を入れ、およそ半分くらい終わる。

先週末、『3種類の日本教』の広告が読売新聞に出ていたというので、その部分をコピーする。最初に言われていた日付とは違うような気がする。

夕方から、企画物の打ち合わせ。それから、渋谷へ出て、久しぶりに「ヒラル」へ。産経新聞の企画で、行きつけの店を紹介することになり、記者と検討した結果、ここになる。たしかに、ここに出入りするようになってから、トルコのことについていろいろ学び、また、イスラム教の特徴についても、実際に見聞したところから理解できるようになった気がする。その意味では、研究にも役立っている。一昨日はかなり混雑していたらしいが、今日は完全に連休モードに入ったのか、ほとんど客がこなかった。取材が終わってからも、記者といろいろ、世界情勢と宗教について語ってみるが、グローバル化によって宗教の役割が増したという点は、改めて確認できたような気がする。国民国家の役割が低下し、その分、人々を結束させる上で宗教の役割がより重要になってきた。この点は、とても大切なことのような気がする。

April 29, 2008

4月29日(火)鵤工舎の仕事を見に佐貫と西新井に行きスピーカーの下に置く台を注文する

昔は天皇誕生日だった昭和の日。天気がいい。朝から出かける。常磐線の佐貫へ。今度、小川三夫『棟梁』という本を書評することになっているが、小川氏が率いる鵤工舎の仕事ぶりを見なければと思い、茨城の竜ヶ崎にある正信寺までやってきた。佐貫の駅から歩いて少しある。遠くからも山門の屋根が見えたので、迷わずに行けた。ただ、寺の名前を記したものがどこにもなく、山門などにも額がかかっていない。受付で、趣旨を説明したら、境内を案内してくれた。山門も本堂も実に立派な建物で、これには驚いた。その形も、法隆寺や薬師寺を思わせる。飛鳥時代の様式を今に伝えようとしていることの意味がわかった。

ただ、正信寺では、本堂には入れて貰えなかった。事前に許可をもらっていないとだめらしいが、ここは単立の寺院で、阿弥陀仏を祀る真宗系のようだが、外部に対して開かれていないところが新宗教のようだ。若い信者の人たちが訪れているが、その雰囲気もそうで、本堂に入っていくところも、一般の寺院に入るのとは違い、いかにも聖地に入るという重々しい雰囲気がある。墓があって檀家がいるというが、ちょっと寺院としては変わっている。

そこから、常磐線で北千住まで戻り、東武で西新井へ。鵤工舎のもう一つの建築物である国土安穏寺に行く。こちらは、山門を改築したり、祖師堂を新築したようだ。祖師堂は、正信寺の本堂に比べれば小さく、飛鳥らしさはあまり感じない。それでもしっかり作られていて、堂の前には、日蓮の700年忌を記念して建てたことを記した大きな石碑と、高村光雲作という日蓮像が立っていた。こちらは、寺の方には寄らなかった。

西新井から新御茶ノ水へ。オーディオユニオンに寄り、スピーカーの下に敷くものを買うことにする。展示された物を見ていてもよくわからないので、店員に聞いたら、クレモナならばこのくらいはということで、特注品を勧められた。2枚で10万ほどだが、クレモナのことを考えれば、やはりこれくらいは必要だろう。大きさがあるので、メーカーの方に見積もりを出してもらう。

最後に新宿に寄る。伊勢丹でワイシャツのオーダーをしようかと思ったが、30分待ちということで、これは後日にする。タワーレコードでいろいろと物色。主にライブ盤を買う。クラシックのCDがないので、一枚買おうと思ったが、何を買っていいかさっぱりわからない。録音が新しいものがいいと思い、とりあえず、わけもわからず新譜を一枚選ぶ。

April 28, 2008

4月28日(月)ハリー・ポッターを書き直したらもしかしたら今後の文章の方向性が変わるかもしれないと感じた

ハリー・ポッターの原稿、最初から直しはじめる。とりあえず、「はじめに」の部分を大幅に書き直し、編集者に送る。論理的な展開が明確になるようにした。これは、今までにない書き方かもしれない。この書き方をすると、これからの文章も方向性が変わってくるかもしれない。編集者には好評。とりあえず、この路線で書き直しを進めることにする。

宗教美術史は、近代の章が一応最後まで行く。途中の部分、かなり書き足さなければならない。近代の作家だと、かなり多作で、その全貌をつかまないと、判断が難しい。とくに、河鍋暁斎と村上華岳については、その作業が必要だ。この二人を宗教美術家として位置づける必要がある。

久しぶりに下高井戸に出る。ここのところあまり行くことがなかったが、途中の小学校の工事がかなり進んでいる。ジョイフルにあったカルディアがなくなったので、かわりに下高井戸の店に寄った。パン焼き器で使う粉を買う。スーパーだとかなり高いが、カルディアだといいものが安く買えてありがたい。

世の中、雰囲気的には連休モードなのかもしれない。こちらは、とにかくハリーを仕上げないといけない。

April 27, 2008

4月27日(日)聖火リレーは無事にと伝える「聖教新聞」はいかがなものか

昨日は、長野での聖火リレー、騒然とした雰囲気だったらしい。今日は、ソウルでも、それ以上の騒ぎになっている。ところが、『聖教新聞』だと、ほとんど問題なくリレーが終わったかのような記事が社会面に出ていて、一面には、理事長が聖火リレーの祝賀式に出たという記事が載っている。創価学会がいつも中国よりの態度を示すことが問題になることがあるが、今日もそれがあらわれた形だ。次の連載は、このことを書いてみようかと思う。

「日曜美術館」で、河鍋暁斎のことを特集していた。やはり京都国立博には行ってみたいと思うが、ちょっと時間がとれないかもしれない。記載として出発した暁斎が晩年になると、画家として優れた絵を残している点で、画家の成熟と言うことが近代になって初めて問題になってきたような気がする。そこらあたり、宗教美術史では書き足す必要がありそうだ。

安全安心のプロジェクトをまとめて本にしてくれるという講談社の花房さんから、『内定がほしい!』という就活について漫画を使って解説した本が届く。さっそく読んでみるが、いろいろとおもしろい。就活に臨む学生たちは、まるで全体像が見えないまま、無駄に右往左往しているような気配だ。就職活動の経験がない私には、その苦労がまるでわからないが、果たしてこんなんでいいのだろうか。かなり間違った方向に行っている気がする。

April 26, 2008

4月26日(土)髪を切ってもらっていたら外では雨が降り出した

もっと天気がよくなりそうなのに、どんよりとしている。午後、床屋へ行く。大分伸びて、気になってきた。どうも世間は連休モードに入っているらしく、いつもの土曜に比べて客が少ないと床屋が言っていた。床屋へ行くと、必ずいつものようにでいいかと聞かれる。一度、ほかにやりようはと聞いてみたら、ないという答えが返ってきた。最初から意味のない質問だということになる。

髪をかってもらっている間に、外は雨になっていた。傘をもってきていなかったので、床屋にビニール傘を借りて、自転車であわてて帰る。雨になるとは思わなかった。

『週刊読書人』で、小川三夫『棟梁』という本を書評しなければならないので、それに関連して、西岡常一・小川三夫・塩野米松『きのいのち木のこころ』を読んでいる。こちらは、もともと三冊の本を合本したもの。かなり読みでがある。宮大工の特殊な世界が興味深い。師と弟子という宗教の世界に通じる話でもある。

最近、テレビで映画を見ないが、今日は珍しく『パヒューム』を見た。集団ヌードで話題になった作品だが、見始めたら、そのまま最後まで見てしまった。あり得ない設定がいい。ダスティー・ホフマンや、ハリーポッターのスネイプ先生役でもあるアラン・リックマンなども出ていて、おもしろかった。こういう作品ならみたいと思う。

April 25, 2008

4月25日(金)新年度ひとつの区切りの日に思う

4月25日という日は、特別な日らしい。なにしろ、4月入社の新入社員にとって、はじめての給料が出る日になる。私の娘も、今日、最初の給料をもらったらしく、その報告を受ける。

午前中は、日本宗教美術史の原稿を書き、けっきょく10枚ほど書き上げるが、途中、ハリーポッターについて書く本の編集者から電話がある。最初、何を求められているのかがわからなったけれど、編集者が理解系というところに本とがあるということがわかる。興味深いと思ったのは、私に文学作品を読み解けと要請してくる編集者が、理科系だということ。どうも、わけのわからない人間社会の有様を一貫したものとして説明して欲しいという要望があるような気がした。

午後には、ライブラリーへ。2件ほど取材を受ける。これからは、連休に入るので、あまり仕事をするよう求められることはなさそうだ。少し集中して仕事ができるかもしれない。

夜は、御厨研の新年度会。新しい、しかも若いメンバーが入ってきて、それだけで雰囲気が違う。やはり若い人のエネルギーは、その時代にしか発揮できないものなのかもしれない。

4月24日(木)先端研の研究会で書評をする

ハリー・ポッターの原稿、全体の構成を見直すことになったので、それについてメモを作る。ここまでの原稿では、一作ごとに、章を立てて進めてきたが、それにしばられてしまうところもあり、一度、枠を外してみた方がいいようだ。18枚ほどのメモを作る。午後は、宗教美術史の近代、果たして近代において宗教美術が成立するのかについて考えてみる。これもなかなか難しい問題だ。とりあえず、10枚ほど書いてみる。

夕方は打ち合わせが二件ほど。そのあと、先端研に。今週は行く機会が多い。研究室内の公共政策研究会。今回からメンバーが増え、部屋はいっぱい。菅原さんの発表のあと、今度出た御厨編著『先端研物語』について書評をする。この研究会、これまで何度も書評をしてもらったことがあるが、自分で書評するのははじめて。発表もしたことがなかった。

先端研の20年の歴史を読むと、やはり自分がかつてつとめていた放送教育開発センターのことが思い起こされる。今回、行政法人の改革で、メディア教育開発センターと名前が変わっているセンターは廃止ということが決まったが、5年半つとめたところだけに愛着もないわけではない。そのセンターの運命と、先端研との関連、あるいは相違について話しをする。現在の状況のなかで、とくに大学バブルがはじけたあとの時代、大学の研究機関の運営の難しさを痛感する。研究会のあとは、懇親会。タクシーで帰宅する。

April 23, 2008

4月23日(水)木喰展を見てから身延山に参詣する

宗教美術史の取材で山梨方面に出かける。山梨県にはあまり国宝がないが、大善寺と清白寺に国宝に指定された建物がある。まずそこに寄る。どちらも屋根の形が美しい。屋根の美しい建物が国宝に指定される傾向があるように思うがどうだろうか。

昼食のあと、山梨県立博物館へ。ここは、まだ開館して1年くらいしか経っていない。建物がとても新しい。お目当ては「木喰展」。木喰の仏像は初めて見るが、やはり写真とはかなり違う。写真だとグロテスクな印象があるが、実物はそうではない。それに興味深いのは、六字名号の掛け軸。南無阿弥陀仏の部分が、白抜きになっていて、デザインとして斬新。木喰という人はこうしたものを含め、その全体像をとらえる必要がありそうだ。

そこから、身延山へ。前から行きたいと思っていたが、機会がなかった。まずは、本堂下の宝物館へ行くが、やはり重要なものはない。日蓮の曼荼羅も複製されたもの。その後は、ロープウェイで奥の院へ。上は霧が濃くて幻想的な雰囲気。ふもとにおりて、本堂などをめぐってから、日蓮の草庵跡や、廟所をまわる。なんとか、全体を見ることができた。七面山にも行きたかったが、かなり遠いらしい。

宗教美術の取材は、温泉にぶつかることがほとんどないのが欠点だが、今回は信玄の隠し湯、下部温泉へ寄る。温泉でほっとしたあとは、駅の近くのステーキハウスへ。これがなかなかうまかった。まわりにはほかに店などない穴場。とてもラッキーだった。

April 22, 2008

4月22日(火)ハリー・ポッターの原稿の今後の方針を決める

午前中は、宗教美術史。近代についての章を書き進める。ちょっと、絵を見ていないものがあるので、それは実際に見るなり、画集でたしかめないといけない。明治時代には、宗教美術として論ずべきものが多いが、大正以降になると少なくなる。昭和だと、戦前にはあまり見るべきものがない。この点をどうするか。そこが問題。

ハリー・ポッターは第6作をざっと読み直す。ここまでくると論じなければならない事柄も少なくなってくる。一気にエンディングにむかって進んでいく感じだ。

夕方には、産経新聞の取材。おすすめの店を紹介する企画。そのあと、引き続いて、ハリー・ポッターの書き方について相談。もっと大胆に、独自の見解を出した方がいいということになる。

6時過ぎからは、先端研で「90年代研究会」。これまで東京財団でやっていたのが独立して進めることになったらしい。私が、まず無党派について発表する。あまり詳しく研究していないので、ずいぶんと乱暴な話しだったかもしれない。そのあと、国際政治から見た90年代の政治の話し。ここでも、勝手な意見を言わせて貰った。

April 21, 2008

4月21日(月)久しぶりにちゃんと原稿書きをする

先週は3日間出かけてしまったので、あまり原稿が書けなかった。今日は、朝からいつものパターンで、原稿の直しと、原稿書きをする。ハリー・ポッターは、第5作をあつかった第5章が終わる。すでに映画が公開されているのはここまでで、第6作は本しかない。宗教美術史の方は、近代の部分、竹内久一、下村観山、横山大観の部分を10枚ほど書く。

午後は、寺門興隆の連載原稿をまとめるものについて、編集者と打ち合わせ。量が多いものだが、すでに本につかったものもあり、その調整をいかにするかが問題になる。

明日、90年代研究会で無党派について発表しなければならないので、そのレジュメを作る。いったいなぜ無党派が生まれたのか。考えてみれば簡単なことだが、あまり説明がされていないようにも思う。

明治学院大学の原武史さんから、ゼミで話してくれないかという依頼を受ける。面識はないが、『昭和天皇』は興味深く読んだ。その点で、楽しみだ。

April 20, 2008

4月20日(日)ライブラリーで仕事をするがちょっと問題が

朝からライブラリーへ。日曜日は、あまり人がいない。いつも決まった人が来ている感じだ。

「寺門興隆」の創価学会についての連載、これまでの分を編集者がまとめてくれたものに手を入れる。全体で500枚近くある。100枚弱進めてみたが、どうもうまくない。このままでは、いろいろと支障が出そうだ。検討の必要がある。

写真は、ヒルズの下の毛利庭園の新緑。この公園、もっと大きければ散歩に使えるが、あまりに小さすぎる。公園と言うよりも、庭といった方がいい。都会のなかの緑は貴重だし、池になっているのはいいが、大きさはやはり物足らない。

April 19, 2008

4月19日(土)5月の神戸と徳島の講演会のお知らせをアップする

土曜日だというのに、仕事関係の連絡がいくつか入る。なにか、だんだんと忙しくなってきた。本の原稿も書かなければならないし、その調整が難しくなる。取材や講演で出かけることもあるし、どうしたものか。

5月には長井健司さん関係の講演会が、神戸と徳島である。そのお知らせをオフィシャル・ブログのほうに載せる。講演が終わるまで、つねにこの項目が一番上にくるように設定した。そうなると、更新していないかのような印象を与えることになってしまうだろうか。そこが、ブログだと難しい。普通のホームページなら、そうした問題も起こらないが、いまさらホームページを復活するのも面倒だ。

関西方面、行ってみたい美術展をあげて、簡単なリストを作ってみた。正木美術館のこともあるが、京都の国立博物館では「暁齋」をやっている。これは宗教美術史の観点から取り上げる予定があるので行ってみたいが、5月11日まで。神戸の講演会の前に寄るのが一番よさそうだ。そうなると、やはり正木の方は無理だろう。ゴールデンウィークにはしなければならない仕事があるし。なかなかうまくいかない。

April 18, 2008

4月18日(金)54歳の日蓮はひどく多産だ

午前中いっぱいかかって、真如苑が運慶作の仏像を購入したことについての原稿を直す。思いの外時間がかかった。

雨の中、新宿へ。前回は大阪のテレビに出るために休んでしまったが、日蓮遺文の勉強会。ちょうど今回、日蓮が54歳の年に書いた遺文に入った。満と数えの違いはあるが、日蓮もようやく私と同じ年になった。興味深いのは、この54歳のときに書いた文章が圧倒的に多いこと。佐渡から解放され、身延に定着するなかで、各地の信者と交流を重ねた結果らしい。実際に日蓮宗という教団が生まれたのは、この時期かもしれない。

勉強会が終わってから、山下書店、紀伊國屋書店、ジュンク堂をまわる。今日から、『3種類の日本教』が書店に並びはじめた。山下書店では2時前に通ったときにはおいていなかったのが、6時の段階では平積みされていた。果たしてこれからどうなるのか。本の発売というのはうれしいと同時に、ちょっと気が重い。

April 17, 2008

4月17日(木)念願の如意輪観音と対面する

昨晩は大阪駅の上のホテルに宿泊。朝日新聞を見たら、高松塚の古墳の公開についてのお知らせが出ていたので、中央郵便局により、往復ハガキを買って、申し込む。先着順ということだが、どうだろうか。そこから、なんばを経由して、河内長野へ。駅前でタクシーに乗り観心寺へむかう。寺に近づくと、けっこう参拝者が来ている。

本堂のなかに入ってみると、びっしりの人。住職が話しをしている。肝心の如意輪観音はこの段階ではあまりよく見えない。話しが終わってから、前に進み、じっくりと拝観する。想像していたよりも大きく見える。写真だと、妖艶な感じがあるが、実際の観音さまは、まさに観音菩薩としての慈悲を放っている。いつまで見ていたも飽きのこない仏像だ。日本屈指のものであることは間違いない。

寺の門前でタクシーに乗り、なんばへ戻る。ジョーシン電気に寄って、サウンドデザイン社のデジタルアンプを聴かせて貰う。CDプレイヤーがあまりいいものではなかったので、ちょっとわからないところがあった。改めて聞いてみないとわからないし、説明して貰わないとわからないところがある。

梅田へ出て、食事をしたら、ソマードの佐藤君から電話。社長が営業をしたら、ひどくうまくいったとのこと。至急会いたいということで、東京に戻る。なかなか話しは順調。これはけっこう大事になるかもしれない。

April 16, 2008

4月16日(水)大塚国際美術館を1日かけてまわる

4月16日(水)大塚国際美術館を1日かけてまわる
朝から大塚国際美術館へ。陶版による世界の美術が千点ほどある。模造だが実物大で質感がある。聖堂を再現したものもかなりある。

最初ガイドツアーに参加したがそれだけで2時間。昼食をとって最初からまわったが半分しか見られなかった。ルノアールの前で終わる。これをみて日本宗教美術史の最後に世界の宗教美術のなかの日本宗教美術を書く必要があると感じる。もちろん粗描だが。バスで大阪へ。

April 15, 2008

4月15日(火)こんぴら歌舞伎を堪能したら新刊は発売前に重版

4月15日(火)こんぴら歌舞伎を堪能したら新刊は発売前に重版
高松へ。こんぴら歌舞伎を見るため。金比羅さんは初めてなのでまずは参拝。階段の数は多いが登りやすい。高橋由一館で浜田庄吉展、宝物館。書院が見られないのが残念。

歌舞伎は午後の部。海老蔵の団七は体の動きが抜群。これは彼の当たり役になるかも。右近の供奴もすごい。観客は釘付けけ。

高松へ出る電車で『3種類の日本教』が発売前に前に重版の知らせ。見本で注文が殺到したらしい。

4月14日(月)新刊『3種類の日本教』の見本ができる

朝、ハリーポッターの原稿を10枚弱書く。これで第5章の最後まで行った。終わってからライブラリーへ。ソマードの加藤さんと相談。彼が開発したシステムを使って、教育というかコミュニケーションというか、いかにネットワークを作ればいいかを議論する。

その話をしているあいだに、講談社から出す新刊『3種類の日本教』が届く。帯には、顔写真が入っていて、ちょっと恥ずかしい。なかなかいい本が出来たと思うがどうだろうか。近々発売になる。

加藤さんと昼食をとったあと、午後には、文藝春秋の取材で佐野真一さんにインタビューされる。テーマは、平成元年。そのころの宗教をめぐる状況について、オウムのことを中心に話しをする。

終わってから、銀座へ。佐久間さんの牧野出版が移転したので、そのお祝いのパーティー。また、いろいろな人に出会う。直接の教え子ではないが、私が日本女子大にいた時代に在籍していたという女性も来ていた。その後、渡辺さんなどと八丁堀の居酒屋へ行き、さらに目黒に行って、木下さんたちと若干の打ち合わせ。なにかあわただしい。明日からは、四国と大阪へ出かける。

April 13, 2008

4月13日(日)長井さん関連のパーティーが開かれる

日曜だが、ライブラリーへ。アメリカから来ている友人が、ライブラリーの会員である田中長徳さんのブログのファンだということで、紹介する。田中さんの姿はいつも見かけていたが、話しをしたのははじめて。私にもいい機会になる。友人が田中さんのブログを知ったのは、アルフィーの坂崎さんを経由してのこと。彼女は最近アルフィーファンになったらしい。いい機会がもてたと、そのまま豊橋へむかった。これからアルフィーのコンサートとのこと。

私の方は、そのまま仕事。文藝春秋の原稿、24枚を書く。一応最後まで書き上げたが、どうもしっくりしない。少し考えることにする。

夜は、ヒルズの近くで、長井健司さん関連のパーティー。京都の写真家、甲斐さんの写真展を契機にはじまったものだが、中心は長井さんに移っていた。50人以上の来客があり、いろいろと話しができた。スピーチでは、思わずかなりあじってしまった。

April 12, 2008

4月12日(土)クレモナMはCDの録音の質をはっきりと示す

経堂もジョイフルがなくなって、かなり不便な感じだ。白洋舎は、OXストアーのなかに移っているけれど、二階になったし、自転車を止める場所も不便になって、行くのが少し億劫。本屋もなくなったし。写真も出せないし。いろいろと障害が出ている。これが解消するにはかなり時間がかかりそうだ。駅前の整備は逆に進んでいて、今まで信号のなかったところに信号がついている。

最近は、土曜日だけが完全休日になっていて、今日は思いっきりクレモナMを聞く。とにかく、解像度というのか、SN比というのか、音が鮮明で、現代的なというのが聞いてみての印象。そうなると、CDの録音の質がそのまま出て、いい音のものはいいが、録音がよくないものは、欠点がそのまま出てしまう。これはこれで問題でもあるけれど、アンプを変えると、ここも変わってくるかもしれない。アキュフェーズもがんばっているけれど、やはりここはアンプも一新したい。その気持ちが強くなる。

昨日ゲラを片付けたら、また、新しいゲラが来た。ちょっと無間地獄のよう。

4月11日(金)末っ子勧進帳を観劇する

いろいろとあるゲラをまずかたずける。一応、3つとも終わる。その後、ハリーポッターと宗教美術史の原稿を10枚ずつ書く。

午後は、歌舞伎座へ。アメリカから客人があり、いっしょに夜の部を観劇する。勘三郎、仁左衛門、玉三郎と人気役者がそろったためか、客席は満席。補助席も出ている。「将軍江戸を去る」ははじめて見たが、真山青果の作品は、今聞くと台詞が難しい。女性がまったく出てこないのも、いつものこととはいえ、華がない。非常におもしろかったのは、物語が展開するのが1868年4月11日で、これを見た日からちょうど140年前に当たること。4月の作品なので4月に上演されたのだろうが、まさに11日というのはラッキーかもしれない。ただ、あの当時は旧暦のはずで、桜は咲いていないだろう。筋書きを読むと、青果の脚本には桜の指定はないと言うが、彼は時間ということにものすごく厳密で、脚本にその場面がいったい何時なのかを明記している。その精神からすれば、桜はまずい。

2番目は「勧進帳」。仁左衛門の弁慶ははじめて見た。さすがにうまくて、そつがない。勘三郎の富樫は舌足らずのところが、やはり出た。玉三郎は品は抜群だが、能を意識しすぎて、その分、歌舞伎らしさがうすい。興味深いのは、皆、兄弟のなかで下だということ(仁左衛門は下に妹がいるのか?)。いわば末っ子勧進帳。その分、攻撃的な要素がない。長男同士の弁慶と富樫だと、激しいつばぜり合いになるが、末っ子同士ではそうならない。そんなことを考える観客は私だけだろう。

最後の「浮かれ心中」は、いかにも勘三郎一座らしい喜劇。舞台でははじめて見た。ちょっとあっさりで、もっと泣かせる部分がったりした方がいいだろう。演出が中途半端。場面転換ももっと削れるはずだ。それにしても、この三つの演目。よく言えばバラエティーに富んでいるが、少しばらばらすぎないだろうか。

April 10, 2008

4月10日(木)ソファーの件で一騒動もなんとか無事に

朝から雨が降っている。しかも寒い。また、宝島社の方から、『池田大作なき後の創価学会』を文庫にするということで、またゲラが届く。そのまま文庫になればいいわけだが、やはり中身はたしかめておかなければならない。

そんなわけで、たまっているゲラを処理しなければならない。まず、山折対談の第3章をやり、第4章を途中までやる。あと少しになったが、そこまでで気力がなくなった。途中、芸術新聞社の渡辺さんが、来週の交通費を届けてくれた。

午後は、水野さんとの対談、残りに手をつける。途中母親から電話で、届いたアルフレックスのソファーが大きすぎるのではないかと言ってくる。展示品の処分なので、変えて貰うわけにもいかない。しかたがないので、実際にどうなのかを確かめるために光が丘にいく。電車の車中で、宝島社のゲラを見る。

たしかにソファーは大きいが、半分のところで離すことができて、予想された範囲の大きさ。部屋をもう少し片付ければ、もっと様になるだろう。大きい分、座りやすい。このままいけそうなので、安心。夕食を食べて帰る。

April 09, 2008

4月9日(水)今日は大仏の日だということらしいけれど

今日は大仏の日。西暦752年、奈良の東大寺では大仏の開眼供養が行われた。そこから、大仏の日となったようだ。

朝からライブラリーへ。校正が2件あるので、それをやるため。山折先生との対談、2章まで終わる。ここまででもかなり手を入れたが、残りの2章もけっこう大変そうだ。それに比べれば、水野さんとの対談の方は、すでに手を入れているので、問題が少ない。これは、5章分終わって、あと3章。文藝春秋に書く原稿もあるので、なにかと忙しい。来週、3日ばかり東京を留守にするので、その影響も大きい。

途中、武田崇元さんに来ていただき、講演会の打ち合わせ。長井さんの抗議署名の用紙もくばってもらうことにする。

帰りがけ、新宿に出る。ライブラリーで専用に使うためのコンピュータが必要で、それを見に行く。格別特別なものは必要ないし、15インチくらいでよさそうだ。それだと13万くらいである。別にとくに欲しいメーカーのものもないので、NECとか、富士通とかでいいようにも思う。

April 08, 2008

4月8日(火)長井さんの最期を写した写真がピュリッツァー賞を受賞する

朝から雨が降っていて、しかも風が強い。あまり出かけたくない日だが、今日はライブラリーへ行かなければならない。

それまでのあいだ、朝から、いつものように原稿書き。ハリーポッターを15枚ほど書き、日本宗教美術史も5枚くらい書いた。とにかくこつこつと書いていくしかない。

午後からライブラリーへ。まず、文藝春秋の編集者と雑誌に書く原稿の打ち合わせ。続いて、『週刊朝日』の記者に福田政権についてコメント。まつりごととして考えたとき、首相のカリスマ性はどうかという問いかけだ。その後、『週刊東洋経済』の取材で、慶應について。最近は、こういうのがかなり増えた。これで、3時半から7時までかかる。取材を一挙にということで集中させた結果だが、もうこれで今日は仕事はできない。

長井健司さんが殺されたときの写真を撮ったカメラマンがピュリッツァー賞を受賞した。これで、この写真は、永遠に人類に記憶されることになるだろう。その写真に写っている長井さんのカメラはまだ戻ってきていない。これが戻ってこないと、けじめも永遠につかないだろう。

April 07, 2008

4月7日(月)『慶應三田会』の広告が朝日に載った

朝、新聞を見たら、いきなり「慶應三田会」の文字が飛び込んできた。朝日に広告が出るとは知らなかった。はじめてこの本の広告が朝日に載ったことになる。

紀伊國屋書店のウェブを見てみたら、先週『日本の10大新宗教』新書部門で7位に入っていた。これは、まさにたかじん効果。番組が放送された地域で売れていて、そうでない東京とかは静か。番組の影響力の大きさに改めて驚く。

原稿は、ハリー・ポッターも、宗教美術史も新しい章に入る。ハリーの方は、この章が終わると、あと3章の予定。宗教美術史は、この章が終われば、いよいよ現代で、フィナーレを迎える。

校正の方も進めなければならないので、今日は、水野さんとの対談『資本主義2.0』に手をつける。最初の2章で、ほとんど水野さんがしゃべった形になっているので、それほど手を入れずにすむ。私の出番はこれから。

講談社では、『寺門興隆』の連載も本にしてくれることになった。その進行が意外と早そうで、これだと6月には出ることになるのだろうか。そうなると、講談社で3ヶ月続けて本を出すことになる。

April 06, 2008

4月6日(日)ヒルズで特別な食堂に連れて行ってもらう

山折先生との対談、校正をしなければならないので、ライブラリーへ。校正の仕事は、家でやるとつらい。小幡さんと机を並べ、校正をする。半分弱まで進む。途中、スピーカーの話しや、ジョシュア・レッドマンの話しをする。彼は、生でレッドマンを3度聞いたことがあるという。昼は、ヒルズ・スパの食堂へ。レストランというより、食堂という感じで、出る物も家庭的。外部の利用者には使えないが、スパを利用している人間か、レジデンスの居住者がいれば、入れるらしい。

ライブラリーで、吉岡幸雄『日本人の愛した色』(新潮選書)を買う。色のことは、宗教美術史を考えるときにも重要だ。吉岡家は、宮本武蔵の物語に出てくる、あの家だ。

April 05, 2008

4月5日(土)アナログ・レコードをかけてみたら意外に音がよくないのに驚く

クレモナMが来てから、はじめてアナログ・レコードをかけてみる。これまでは、アナログは音の抜けがよくて、CDより音がいいという感じもあったが、今回は意外によくない。音にはりがなくて、CDに比べるとかなり劣る。これは、スピーカーがよくなって、アナログ・プレイヤーの実力が出てしまったのだろう。針も交換していないのがいけないのかもしれないが、なにかプレイヤーが力不足という感じがする。これなら、CD中心の方がはるかにいだろう。アナログは、数が限られているし、新しいものはほとんどでないし、やはり昔のオリジナル盤にこだわるような人でないとおもしろみがないようだ。

途中で気になったのは、部屋のなかにある食器棚が共鳴していること。ベースの低音に反応し、妙な音を立てている。少し動かしてみたら、ましになったようだが、こうしたところも注意しなければならない。これだと部屋のレイアウトを根本から考え直す必要もありそうだ。案外、部屋のなかには共鳴してしまうものがある。食器棚も、裏の空間が共鳴板のようになって、それで鳴っていた。

水野さんとの対談本の校正も届く。これで、手元には二冊の対談本の校正が来ていることになる。本を書けば、かならず校正がくる。それが原稿と重なったりすると、大変なことにもなる。がんばって直さないといけないが、水の対談の方はすでに一度手直ししているので、それほど手間ではないような気がするが、どうだろうか。

April 04, 2008

4月4日(金)レコファンが閉店してしまった

4月4日というわけではないけれど、ハリー・ポッターの第4章を書き上げる。進むにつれて、だんだんと筋を追わなくてもよくなってきた。週末には第5作の映画を見て、次の章の内容を考えなければならない。

午後は、ライブラリーへ行く。個人で会員になってはじめて訪れたが、もちろん何も変わったことはない。今日は年度初めのせいだろうか、来ている人が少なかった。寺門興隆の原稿、一応今日くらいが締め切りなので、書いておくことにした。2時半くらいからはじめて、途中1時間ほど休み、7時前になんとか終わる。見直しはしていないので、明日することにする。

帰りに新宿へ出る。実は、経堂にあったレコファンが3月の末で閉店してしまった。閉店セールとは出ていたが、そういうときは本当には閉店しないことが多いので、本当とは思っていなかったが、実際に閉店してしまった。これで、農大通りに行く楽しみがまた一つ減った。寂しいことだ。そんなわけで、タワーレコードに行き、キースのソロ最近のもの、チェット・ベーカーの「チェット」、ビル・エバンスの懐かしいジェレミー・スタイグとの共演盤、そして1500円もしないフラメンコ・ギターの5枚組み、パコとかが入ったものを買う。

April 03, 2008

4月3日(木)研究室で部屋を移動する

4月になっても生活はさして変わらず、たんたんと原稿書き。ハリーポッターを10枚強書く。あと1回で、4章が終わりそうだ。

午後から先端研に行く。研究室の体制が変わるので、引っ越しのため。はじめは、本を引き上げなければならないかと思ったが、研究室の若い衆ががんばってくれたので、なんとか全部収まる。ところが、ペンタブレットのペンが見あたらない。いったいどこに行ってしまったのか、最後までわからなかった。これは困る。

今度研究室にやってきた建築学科の修士の院生と話しをする。娘と同じパターンで、立命館から東大に来たという。立命館がいかに商売に熱心か、その話しをする。そういえば、どこかの雑誌では、「株式会社立命館」と揶揄されていたように思う。

引っ越し作業が終わってから、創価学会の連載と宗教美術史の次の章の構想を考えてみる。創価学会の方は、連載が50回を超えて、51回目。宗教美術史は、第10章になった。

April 02, 2008

4月2日(水)山折先生との対談のゲラが来る

ハリー・ポッターの原稿、10枚ほど書く。4作目になると、筋をあまり追わなくてもよくなってくる。テーマを絞って書いていくことにする。

宗教美術史は、江戸時代の章を見直す。これまでのなかで一番章として短い。やはりあまり語らなければならないことが少ないので、こういう結果になった。これが近代になると、また変わってくるはずだ。

山折先生との対談、初校ゲラが届く。どの程度手を入れなければならないかは、全体を見てみないとわからない。事実関係をたしかめるという部分はあなりなさそうなので、必要なところを補っていけばいいかもしれない。本を書けば、ゲラが来る。当面、その繰り返しだろう。

アマゾンで注文した本、重複して注文してしまったらしく、上下巻のうち、下の方が2つ来てしまう。これははじめでだが、何でこうなってしまったのだろうか。よくわからない。返品しなければならないが、送料はこちらもち。

クレモナMを梱包してあった段ボール、大きくておまけに厚い。処分するのが大変だ。しかも、ゴミ置き場には年度末からはじめということなのだろう、たくさん段ボールが出されている。段ボールを処理して貰う契約もできたのだろうか。これからはちゃんと考えないといけない。

April 01, 2008

4月1日(火)展示品のソファを買いリベンジを果たす

今日は天気がいい。ハリー・ポッターも第4巻に入る。10枚ほど書く。午後は宗教美術史、これも10枚くらい書いて、江戸時代が終わる。江戸時代は、宗教美術が不在の時代で、何を書くか、けっこうそれが難しかった。そもそも、この時代にはすでに無宗教の時代に突入しているのではないかとも思う。あとは、章の最初から直していけばいい。そうなると、いよいよ近代に入ることになる。

先週買った洋服ができあがっているので、新宿伊勢丹へ。実家にソファを買ってあげようと思っていて、アルフレックスと決めていたが、店に寄ってみたら、展示品が20パーセント引きで売られていた。しかも、Iカードの優待がさらにつくという。そうなると、相当に安い。ちょっと大きいが、真ん中で別れるので、実家と相談し、これを購入することに決めた。先日は、クレモナMの展示品を寸前のところで逃したので、ちょっと今回はリベンジの気分だった。

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