無料ブログはココログ

Recent Trackbacks

« June 2008 | Main | August 2008 »

July 2008

July 31, 2008

7月31日(木)旅暮らしの7月が終わり原稿にもいろいろかたをつけついでに髪を切る

経堂の自宅で仕事をする。『宗教研究』の再校ゲラを確認し、『ジッポウ』の原稿を送る。『週刊新潮』の原稿は、ほぼ全面的に書き換え、それも送る。

『新宗教ビジネス』の原稿、最後の章、一度書き上げたのが気に入らないので、こちらも全面的に直す。それが最後まで終わり、一応第1稿ができあがる。今月は旅が多く、12日間も外に出ていたが、ホテルや列車、飛行機のなかでも原稿を書いたせいで、一応目標としていた日時に第1稿ができた。ある意味恐ろしい。全体で250枚弱。小見出しとかつけていないので、もう少し量が多いだろう。資料的に補足しなければならないところもある。

夕方、髪が伸びているので床屋へ。今日は客が多かったというが、私が訪れたときには誰もいなかった。さっぱりして、自転車で下高井戸に出る。ジョイフルがなくなって、カルディアの店が経堂からなくなってしまったので、そこでパン焼き器用の小麦粉を買う。ものはスーパーキング。前に比べて少し高くなっている気がするが、それでもここで買うとかなり安い。

プロ野球のオールスターゲームを見る。今シーズン、ほとんど野球を見ていない。暇もないし、横浜がまったく停滞しているのが原因だろう。ただ、横浜はいつも強いチームではないので、ひどいときにも見ていたが、CSで見ると、デジタルにしてから画面がきれいに見えないせいもある。歌舞伎チャンネルの方も、ほとんど見ていない。もったいないが、歌舞伎会の特別会員のこともあるし、簡単に辞められない。いつこれはデジタルになるのだろうか。

7月30日(水)最後の長井健司ビデオイン

家で仕事。まず、『週刊新潮』から依頼された「マイオンリー」の原稿を書く。2枚ほどなので、すぐに書けた。それから、『ジッポウ』から依頼された原稿に手をつける。15枚ほど。午後までかかって、最後まで書くが、締め切りまで一日あるので、寝かせることにする。

午後、『週刊新潮』の記者とカメラマンが訪れ、「マイオンリー」のための写真を撮っていく。とりあげたのはクレモナMなので、スピーカーと私というアングル。原稿を見せるが、少し注文がついたので、直すことにする。

夕方、自由が丘へ。長井健司ビデオインも、一応これが最後になりそう。木下さんが高熱だというので、私がかなりしゃべる。全体をまとめるつもりで、これまでとは違う角度から話しをする。これで、トークインとあわせて、全国19カ所でイベントをしたことになる。私は、そのうち18カ所で話しをした。それにしても、よくまわった気がする。あとは、一周忌にむけて、10万人の署名を集めることに力を注ぐことになる。

July 29, 2008

7月29日(火)海老蔵の忠信にただただ驚く

神戸で鉄砲水が出て、死者が4人も出たという。まったくの市街地での出来事だ。ちょうど今読んでいる谷崎の『細雪』の中巻に、戦争の時代に起こった集中豪雨のことが相当に詳しく語られている。今回の出来事はそれが再来したようだ。

朝から東銀座へ。歌舞伎座の昼の部を見に行く。今回は、「義経千本桜」の忠信の通しという珍しい試みだ。最初は「鳥居前」。実は歌舞伎の演目のなかで一番と言っていいくらい好きなものなので、海老蔵が演じるのは大変にうれしい。初演だが、相当に楽しませてもらった。これだけ迫力のある忠信は、ほかにはありえない。体の使い方も、新技を連発していた。

続く「吉野山」は、驚きの連続。竹本だけというのから珍しいが、最初から最後まで、これまで見た「吉野山」とはまるで違う。舞台装置も川が流れているし、最初、玉三郎と海老蔵がどこから出てくるのかがわからず、少しあわてた。なかで、壇ノ浦の合戦を語る場面があるが、これは「八島」や「実盛物語」と同じで、海老蔵には一番の得意。これも堪能させてもらう。

やはりすごかったのは、「四の切」。海老蔵のは新橋演舞場のときにも見たが、今回は確実にバージョンアップしている。それにしても、衣装替えのスピードが異様に速い。ちょっと考えられない早さだ。体の軽さ、表現の必至さ。いろいろ文句もつけようがあるかもしれないが、これだけ熱演してくれれば、十分に満足だ。玉三郎が静というのも、全体を引き締めている。最近、ちょっと海老蔵が大人になりすぎている感じがしたが、今回は久しぶりに本当によかったという舞台だった。舞台写真を6枚も買ってしまう。

和光で、義理の弟のためにバッグを買い、リーガル・東京にも寄って、靴クリームなどを買う。そこから、ライブラリーへ。八幡書店の武田さんなどと、今度出す天理教の本の打ち合わせをする。

夜は、長井さん運動の署名の集計をする。それにしてもずいぶんと署名が集まったものだ。明日は、自由が丘でビデオイン。

July 28, 2008

7月28日(月)松本から叔父の告別式に向かいいくつか驚いたことがあった

朝、6時に起きて、51分のスーパーあづさに乗り、八王子、橋本経由で南大沢へ。南多摩斎場で開かれる叔父の告別式にむかう。昨日はもう少し人数が多かったらしいが、今日は見内のなかでもごく少数。しめやかに故人を送る。驚いたのは、故人の骨が立派に残っていること。一番大きな骨壺にいっぱいになった。

斎場の隣で行われていた葬儀の導師、日蓮宗の僧侶と思っていたら、挨拶された。最近日蓮宗関係で講演することが多いが、それを聞いてくれているとのこと。

斎場から、比較的近くにある叔母の家に行く。納骨までのあいだ、そこに遺骨を安置しておくことになった。すごいのはその家。駅から5分だというのに、まるで山のなかで、500坪もある。事情がある貸家らしいが、そばのせせらぎでは、蛍が舞うとか。こんなところも東京にあるのだとびっくり。

叔母の家で休んだ後、新宿へ。取材のためだが、待ち合わせの喫茶店にむかっていたところ、社会学者の森反さんにばったりでくわす。いったい何年ぶりだろうか。もしかしたら20年以上ぶりかもしれない。路上で立ち話。彼は東京経済大学で教えているので、長井さんの話もする。私がそれに関連して講演活動をしているのは知っていた。

取材は、『週刊プレイボーイ』で、ハリー・ポッターについて話しをする。終わってからタワーレコードで何枚かCDを買い、帰宅する。

July 27, 2008

7月27日(日)松本で講演をし松本サリン事件の現場を訪れる

朝、新宿へ出て、あずさに乗り、松本へむかう。電車のなかで仕事をしようと思っていたが、途中で、電源が落ちてしまい、あまり仕事ができなかった。松本に着いてから、ホテルで仕事の続きをする。

その間、外がしだいに騒がしくなり、雷鳴がしている。雨も激しい。車で来た木下さんは、この激しい雨に巻き込まれたらしく、到着が遅れた。ホテルから、講演会の会場まで連れて行ってもらう。来た人は少ないけれど、やはり来るべき人は来ている感じがした。これで、長井さんに関連して、地方をまわるのはどうも終わった気がする。あとは、東京で自由が丘があるが、それが集大成になりそうだ。ほかの人はどう考えるかわからないけれど、自分のなかではそんな思いがある。運動は明らかに新しい段階に来ている。

講演会のあと、地元の新聞記者も交え、飯を食ったあと、木下さんの案内で、松本サリン事件の現場に行く。テレビでは見たことがあるが、実際に行くのははじめてだ。その周辺、松本のなかでも有数の高級住宅街ではないかと思えた。それにしても、外にいる人が少ないというか、ほとんどいないが、そんな街もあるのだと不思議な思いにかられる。それにしても、なぜそこでサリンがまかれなければならなかったのか、さらに謎が深まった。

July 26, 2008

7月26日(土)歌舞伎座で海老蔵・玉三郎を堪能し右近の歌と歌六の台詞に圧倒される

歌舞伎座に出かける。夜の部を鑑賞する。泉鏡花の芝居二つで、先日金沢を訪れたおり、泉鏡花記念館にもポスターが貼られていた。一昨年も7月の歌舞伎座は玉三郎がプロデュースした泉鏡花作品だったが、今回は「夜叉が池」が再演で、「高野聖」が初演。

「夜叉が池」は、全体的には変わらないが、白雪姫が春猿の二役から笑三郎に代わっていた。そのせいか、最後の部分が前回よりもドラマチックな気がした。悪くはないし、再演でしまった感じがするけれど、誰か一人突出した役者がいないのは、澤潟屋一門の問題点だろうか。一人枠を超えると、変化が起こるような気がする。それがいったい誰なのか。

「高野聖」は、玉三郎と海老蔵だけれど、それほど期待はしていなかった。ただし、役者の顔ぶれが「夜叉が池」とはまったく違う。玉三郎は、まだこなれていなくて、ちょっと喜劇的な方に流れて幻想的なところが少ないし、海老蔵は、嘘だろうというほどのすがすがしさで、煩悩がまるでない僧侶になっている。それが物語の設定なのかもしれないが、奥には煩悩が隠れていて、それに苦しんでいるという面があってもいいのではないか。

すごいのは、右近の「木曽節」と歌六の長台詞。右近の歌がうまいだろうと言うことは想像されたけれど、これは聞いてみないとわからない。ちょっと、こういう歌い方があるのかとひどく新鮮だった。この歌を聴くだけでも価値がある。

歌六の芝居がすごいのは、もうわかりきったことでもあるが、今回の長台詞で、彼が、十分に主役を張れる圧倒的な存在感のある役者だということが証明された。とくに、長台詞に入ったところの最初のところがすごい。一気に世界を作り上げている。こんな役者がいれば、脚本を書いてみたい。そんな気がした。一人芝居をやってもらったら、さぞや素敵だろう。

昼の部は、来週。

July 25, 2008

7月25日(金)出口王仁三郎展では少しがっかりし日本人の身体観について話しをする

今日は午前中、かなり早い時間から仕事をする。『日本宗教美術史』の新しい「はじめに」の部分をなんとか書き上げる。そのプリントアウトをもって、新宿へ行き、芸術新聞社の渡辺さんと落ち合う。昼食後、「出口王仁三郎の美術展」に行く。楽茶碗や書が中心だが、書画のなかに、明らかにリトグラフによる複製と思われる物が含まれていて、全体に感心しなかった。先日、亀岡や綾部で見た物とは明らかに質が違う。その落差に驚く。

次には、東京財団へ行き、「生命倫理の土台研究会」で日本人の身体観について話しをする。いったいこのテーマどう処理して良いかと思って苦しんだが、新宿へ向かう電車のなかで思いついたこともあり、日本人の文化的な傾向性と関連させながら話しをしてみる。日本人は、原理から出発するのではなく、あくまで現実から出発するというところが、一番の特徴ではないだろうか。

いったん、ライブラリーに寄って、そこから赤坂へ。先日の博多講演会でお世話になった読売新聞社の小田さんと昔からのつきあいの小林さん、それに電通の渡辺さんと会食。いろいろと話しがもりあがる。

July 24, 2008

7月24日(木)『誰も知らない「坊っちゃん」』の見本ができた

次々と本が出るので、自分でも改めて読み返すことができなくなっている。

昨日のこともあり、少し疲れ気味。あまり仕事がはかどらない。『新宗教ビジネス』最後の章を数枚書く程度。あとは、明日「生命倫理の土台づくり研究会」で発表する日本人の身体観についてまとめてみるが、どうもうまくできない。日本には身体観というものが、そもそもないのではないだろうか。

外へ出ると、めちゃめちゃ暑い。今年は相当な猛暑の気配だ。出かけるなら、早い内に家を出るのが得策だろう。


July 23, 2008

7月23日(水)八王子の事件のことを深く考え教え子を殺されたような憤りを感じた

昨日起こった八王子での事件、事実関係が明らかになってくると、さまざまなことを考えた。被害にあった女性、中大生だという。文学部の学生さんなので、僕が担当している授業はあるいはとっていないかもしれないが、今年の名簿にはないものの、もしかしたら去年か、一昨年の授業をとっていた可能性は排除できない。少なくとも、彼女の同級生は僕の授業もとっていることだろう。その意味では、やはり教え子が殺されたという意識が自分のなかに沸いてきた。その場近くに自分が居合わせたことの意味も含め、何か今日は、現実がそれまでとは違って見えた気がした。

仕事的には、和田秀樹さんとの対論を午前中から午後にかけてやり、かなりおもしろい話しになった。懸案の『誰も知らない「坊っちゃん」』の見本も出来、ついでに先の本の企画も決まった。天理教の本も、別の筋から出そうな状況が生まれている。その意味では、いろいろ順調に進んだ一日だった。

夜は、調布で長井さんのビデオインをやったが、市会議員になった元キャスター、真山さんの人脈と知名度もあり、かなりの人がきてくれた。調布に行く前、なぜか間違えてつつじヶ丘の駅で降りてしまったことを含め、自分のなかで八王子の事件が尾を引いている気がした。長井さんの話との関連でも、オウム事件以降、自分たちは暴力の世界に生きている気がして、そのことから話しをした。この運動をしていると、いろいろなことが切実なこととして迫ってくる。その切実さが、今の社会では一番欠けていることなのかもしれない。

7月22日(火)叔父が亡くなり通り魔事件の現場を通る

朝方、ダスキンに頼んでいるトイレを浄化するもの、取り付け方が悪かったのか、すぐになくなってしまっていた。問い合わせて、来てもらったが、その人、ジャズに興味があるようで、キース・ジャレットのブルー・ノートでのライブ、6枚組みももっているとのこと。そんなんで話していたら、母親から電話があり、叔父が亡くなったと聞く。もう80歳をはるかに超えているので、天寿を全うしたと言えるが、晩年は少しぼけがはいっていたようだ。通夜が日曜で、葬儀が月曜ということになったが、日曜は松本での講演がある。これだと、その日に帰ってこなければならなくなりそうだ。

午前中は、家で仕事をする。『新宗教ビジネス』の第6章を書き上げ、それを編集者に送信する。昼食のあと、ライブラリーへ出かけるが、外はめちゃくちゃ暑い。気をつけながら歩く。ライブラリーでは、『日本宗教美術史』の第1稿を書き直す作業に入る。「はじめに」のところを大方直すが、この部分、かなり短くなりそうだ。

夕方、教え子の原さんが来て、少し話し、時間がないというので八王子まで送りがてら行く。JRで行き、帰りは京王線にしたが、駅に近づくと、警官がいて、人だかりがしている。そのときはなんだかわからなかったが、家に帰って調べると、通り魔だったという。いきなり書店に入ってきて、女性を刺し殺したと言うから恐ろしい。もう少し早く駅に着き、書店に行っていたらと思うと、恐ろしい。秋葉原の事件の余波が続いているということだろうか。

July 21, 2008

7月21日(月)レジデンスの食堂で教授と実りある議論をする

Sdim00512_2

電車に乗ると、「週刊朝日」の広告が目にとまった。先週、博多にいたとき、夜電話で取材を受けていたので、どんな記事なのか寄っていったら、創価学会による皇室利用の記事が出ていた。ふとその隣を見ると、『ハリー・ポッター 現代の聖書』の広告も出ていて、びっくり。小さいとはいえ、中吊り広告になったのははじめてだ。

昨日遅かったので、目が覚めるのも遅かった。それで出かけるのがおくれ、ライブラリーについたら、すでにお昼になっていた。昼食の後、『新宗教ビジネス』の原稿を書く。第6章がだいたい終わる。一応、次の第7章までの予定。新宗教ビジネスが、一般のビジネスにも応用できるかを書く予定。

昼食も夕食も、小幡さんとレジデンスの食堂で食べる。食堂で、彼は「教授」と呼ばれている。離れた食卓では、教授の話題が出ていて、本人は照れている。今日は、けっこう彼との議論がはずみ、重要な問題について論じることができたような気がする。今の世界で政治の役割はどうか、政治家と教養の問題など。低金利で中央銀行が力を失い、政府が財政赤字で同様に力を失っているなかで、どういった人間がリーダーになるべきなのか。まったく新しい形が見えてきた。

帰りがけ、シグマで撮った写真をスーパーの機械でプリントしてみる。かなりきれい。このカメラだと、いかにも写真というものがとれる。写真が楽しくなってきた。

7月20日(日)下北沢でビデオ・イン

朝からライブラリーへ行く。隣で誰かさんが苦吟している。それを傍目で見ながら、とにかく原稿を書く。『新宗教ビジネス』第6章かなりのところまで書く。あとはどうするか。もう一踏ん張りだ。

夜は、下北沢へ。ビデオインの催し。地域に地盤がないだけに、必ずしも集まりはよくなかったが、それでも地域で頼れる人は集まっている。下北沢という町、どんどんと変貌し、昔とはかなり違うものになろうとしている気がする。果たしてそれはいいことなのか。課題は少なくない。

終わってからボランティア勢と食事をする。みな、酒を飲まないことで共通している。そんななかで勝手に飲ませてもらう。木下さんがもう少しということで、経堂まで帰り、駅の近くで食事をする。

July 19, 2008

7月19日(土)デジカメで写真をとり仕事をしCDを買う

Sdim0038

朝からライブラリーへ出かける。ヒルズに着いてから、毛利庭園に行き、昨日買ったデジカメで写真をとってみる。ちょうど蓮の花が咲いていた。かなり良い感じで、満足できそうだ。機能がいろいろついていて、練習しないといけない。

ライブラリーで仕事。『新宗教ビジネス』の第5章を仕上げ、第6章に入る。それから、『日本宗教美術史』の方も、はじめにをどう直すか、概要を考える。

仕事が終わってから、新宿へ。千代田線から副都心線に乗り換え、新宿三丁目へ出る。伊勢丹によって、ちょっと買い物をして、紀伊國屋書店に。『資本主義2.0』が並んでいるのをそこではじめて見る。最近は書店にも寄っていない。一階では新刊のところに、3列になっておかれていた。山も減っているし、ネットで調べるとそれなりにというか、かなり売れている気配だ。

久しぶりにタワーレコードへ。クラシックも買いたかったけれど、例によって探せない。しかたなくジャズのCDをいくつか買う。クラシックが自由に買える日はくるのだろうか。

経堂に着くと、祭りをやっていた。高架下では阿波踊りで盛り上がっている。

July 18, 2008

7月18日(金)慶應大学でのビデオインは大成功で最高級のデジカメを買ってしまう

朝、久しぶりにライブラリーへ。東京を留守にしていたので、大分いっていなかった。『新宗教ビジネス』の原稿を直す。

小幡さんと早めに昼食をとり、一緒にタクシーで慶應大学へ。はじめてのビデオイン。いったいどのくらいの人が来てくれるのかと思っていたが、予想以上に学生がきてくれた。50人くらいだろうか。しかも、試験中。大学が今回の企画に協力してくれたことが大きい。さすが、三田会の母体になった大学と感心する。長井健司シリーズの第2サイクルは、かなりいい感じで始まった。

ビデオインを聞きに来てくれた芸術新聞社の渡辺さんと、横浜へ。高島屋で開かれている「千住博展」に寄る。千住さんからくれぐれも来てくれと言われていた。そこには、『日本宗教美術史』の装丁に使われた絵の原画が展示されていた。それだけでも感激だが、その絵だけ、受ける印象がまるで違う。とても、大きな絵なので、買えるわけもないが、これは自分の絵だという思いがわいてきた。いつかきっと、自分のものになるに違いないと、勝手な妄想をふくらませる。

それから、そごうにも行き、「木喰展」を見る。すでに山梨でも見ているが、場所が変わると印象が違う。デパートのなかで、最近壊れて買えなかった目覚まし時計を買う。ついでに、ビッグカメラに行き、気になっていたコンパクトデジカメのシグマを見る。サンプルの写真を見て、やはりこの色はほかのデジカメでは出ないと思い、買うことにする。値段はかなりのものだが、これなら満足できる気がした。

最後は目黒へ行き、とんきでとんかつを食べる。

July 17, 2008

7月17日(木)完全オフ

さすがに長旅が続いたので、何もやる気がしない。完全なオフ。

昼、魚真などで買い物をしようと出かけ、昼食をとろうとして、その近くのイタリアンの店に入る。そこは、前フレンチの店だった。カウンターで食べていたら、店の人間に話しかけられる。シェフは、前三軒茶屋で働いていたとのこと。帰りがけ、店の外まで出てきて見送ってくれた。まるで伊勢丹のようだ。

今場所初めてテレビで大相撲を見る。朝青龍が負けたが、勝った栃乃洋。これまで注目したことがなかったけれど、劣勢ながら、それを徐々に挽回し、最後は横綱をしとめるのはすごい。驚いた。金星が2位にこれでなったというが、それだけの技量は十分にある。

松本での講演会について「信濃毎日」の取材を受ける。こちらから働きかけたのではなく、記者がチラシを見かけたのことらしい。これははじめてだ。

July 16, 2008

7月16日(水)ようやく東京へ戻ってくる

昨日はホテルに帰ったのが深夜に及んでしまったので、起きたら8時半だった。朝食をとり、少し仕事をする。

11時にロビーで渡辺さんと落ち合い、空港へ。飛行機は少し遅れる。飛行機のなかでも少し原稿を書く。羽田に着いてから昼食をとり、コーヒーなど飲んでくつろぐ。東京へ帰ってきたと言うより、東京にやってきたという感じがした。3泊4日と、5泊6日の旅を、あいだ一日おいてしたので、本当に東京は久しぶりという感じがする。

帰りがけ、新宿の伊勢丹に寄って、バーゲンで買ったジャケットを受け取り、ようやく家に。別に何も変わっていないが、少し変な感じがした。

留守にしていると宅急便やらが着いていて、不在連絡票で連絡する。これがけっこう面倒だった。

7月15日(火)九国に行き講演会をして考えられない結びつきを発見する

午前中は主に仕事。午後もいれて、20枚ほど原稿を書く。『新宗教ビジネス』の第5章半分くらいできたような気がする。

昼前に天神から太宰府へ。木下さんが、九州国立博物館の招待券を入手したこともあり、渡辺さんといれて三人で太宰府まで行く。「篤姫と島津藩の国宝」という特別展だが、東大の史料編纂所のものが国宝として出ているだけ。ほかには見るべき物はない。ただ、平常展の方が興味深い物がおおかった。はじめて、伊能忠敬の地図を見るが、いったいこれはどのように書かれたのか、とても興味を引いた。

午後は、ホテルで一服し、原稿も書いた後、講演会場の大博多ホールへ。キャパが400人以上もあり、これまでで一番大きいが、そこしか適当な会場がなかったので、そこになった。聴衆は60人ほどでかなり熱心に聞いてくれたし、見てくれた。こちらがうかつだったのは、広島でも流した「原爆の火」のビデオ。これはあくまで広島用だったけれど、そのドキュメンタリーの主人公は、福岡の星野町の人。そのことがわかって、思わず、木下さんと顔を見合わせる。私たちはなんと愚かだったのかという感覚。それに気づいていなかった。

驚いたのは、星野町と今回お世話になった利助オフィスの関係。まったく予想もしなった結びつきで相当にお互い驚く。この旅何が起こるかと思っていたが、本当に予想外なことが起こった。終わってから、宴会。その途中で、「週刊朝日」の電話取材を受ける。創価学会のこと。宴会の二次会では、創価学会の家庭に育ったという女子学生の悩みを聞く。いろいろなことがつながっている。

July 14, 2008

7月14日(月)博多の街へやってきて街の味を堪能する

朝方、新幹線で広島から、博多へ。ここのところ、3回続けて、N700系に乗っている。まだ、使ってはいないが、電源がたくさん用意されているのはすばらしい。

博多に着いてから、ホテルへ。今回お世話になる電通の渡辺さんと落ち合い、利助オフィスへ。おいしいお寿司をご馳走になり、また、変わった感じのコーヒー店でコーヒーを飲む。

最近会談のぼりにこっている渡辺さんの発案で、愛宕神社へ。石段がかなりきついが、上に上がってみると、博多の新しい街の部分が一望できる。そこからホテルに戻り、服が汗まみれになったので、岩田屋でシャツを買う。伊勢丹の資本になっているというが、サービスの仕方がまさに伊勢丹流。

その後、西日本新聞や電通関連の方と夕食をともにする。何を食べても博多はうまい。全国をまわりつつ、各地のうまいものばかりを食べていて、なんだか申し訳がない。

July 13, 2008

7月13日(日)藤田嗣治の偉大さを改めてかみしめ講演会も予想以上の大成功だった

広島で泊まり、朝目覚める。インターネットの調子が悪いので、部屋を変えてもらう。午前中から仕事をする。昼食をはさんで、続ける。

木下さんが広島に着いて、連絡がある。国宝の建物を見に行かないかと言われる。不動院というところの金堂が国宝に指定されている。新しい交通機関を使って、そこに行く。たしかに、国宝の建築らしい屋根をしているが、質的にはそれほどでもない。ちょっとがっかり。

そのあと、ひろしま美術館へ。パリの100年展はそれほどでもないが、常設展がなかなかすごい。とくに、藤田嗣治の戦前の聖画には驚く。この時期には、まだ藤田はカトリックの洗礼を受けていない。これはどういうことか、調べなければならない。その絵を見ると、あの時代のパリで藤田がぴかいちの画家だったと言うことがよくわかる。宗教美術史の参考にもなった。

夜は、講演会。それほど人数はいなかったけれど、聴衆の質が高い。長井さんの広島の原爆の火のドキュメントを流したこともよかった。長井さん、知れば知るほど、異色のジャーナリストだということがわかる。終わってから、広島修道大学の佐渡先生と学生たちと夕食をとる。学生さんたち、目がきらきらしている。いかに広島修道大学が優れた大学だと言うことがわかった。

July 12, 2008

7月13日(土)一日大本関連の施設をまわり『大地の母』の再刊のためにいっそう努力しようとこころに決める

今日は一日武田崇元さんの案内で、大本の関連施設を訪れる。まずは、王仁三郎生誕の地である瑞泉苑へ。ちょうど祭典が行われたらしく、大本本部の人たちが後片付けをしていた。近くに、彼の産土社である小幡神社があり、そこを訪れるが、上田正昭さんが宮司をしているところ。講演会のポスターが貼ってあったが、同じ上田姓でつながりがあるらしい。さらに、西国三十三カ所21番の穴太寺にも立ち寄る。奈良博では今度、西国三十三カ所の展示があるらしい。

王仁三郎が修行した高熊山の麓にも行く。本当なら登るべきだが、あまりに暑いので次の機会にする。そこから、大本の天恩郷へ。そこでの一番の収穫は、展示場。王仁三郎をはじめ、代々の教主の作品が展示されている。王仁三郎の耀わんをはじめて実際に見る。なかに、最近見つかったという梅の花をあしらったものがあったが、これが秀逸。欲しくなった。驚いたのは、愛善苑にもあった書。彼が相当の書家であることを証明している。観音像などもいい。相当の教養人であることはたしかだ。

亀岡の駅からJRで綾部へ。特急、城崎温泉に行く人たちで混んでいる。綾部の駅は数年前に変わったと言うが、駅が立派な割に駅前には何もない。一軒だけある店で昼食をとり、大本のもう一つの拠点、梅松苑に行く。立派な神殿が出来ているし、100億円だかをかけて作られた新しい神殿、長生殿などもできている。ここは、武田さんもはじめてとのこと。同じ神道と言うことで、天理教の教会本部とも雰囲気が似ている。ただし、こちらには人がいない。長生殿などは、ほかに誰もいなかった。

途中、現在分裂している大本の一派、連合会の出口直美さんのお宅を訪れ、話しをする。松江のものだというおいしい抹茶もいただく。武田さんからは、いろいろな大本の事情を伺うが、決定的な対立点などない気がした。いつか、全体が融合することはあり得ると感じる。

一日、大本を回って、大変勉強になる。ただ訪れるだけではわからないことが、いろいろとわかった。とりあえず、『大地の母』の再刊のために努力しようと決意する。

7月11日(金)岡山で講演し大本へ行く

朝は新幹線で岡山へ。さすがに混んだ電車がつらいので、タクシーで東京駅へ。

岡山の日蓮宗で講演するのは二どめ。立正安国は建前だ論を展開する。

また新幹線で京都へ。武田崇元さんと落ち合い、亀岡へ。愛善苑で貴重な資料をみせてもらう。

July 10, 2008

7月10日(木)中大の授業を終え東京富士美術館をはじめて訪れる

午前中は原稿書き。

昼前に中央大学へ向かう。クリーニングを出したので、小田急線で行く。中央での授業もこれが最後。この授業自体3年計画ではじまり、今回が最後の年にあたる。あるいは、もうこれで中央に教えに来ることはないのかもしれない。最後の授業と言うことで、学生に、年収2000万円をめざせと発破をかける。なんだか、創価学会の戸田城聖が現世利益を説いたときのような気がしてきた。

中央から高幡不動に出て、八王子へ。短い距離だが、最後に眠ってしまい、目が覚めたときどこにいるかとっさに判断できなかった。あわてておりて、バスで東京富士美術館へ。この前、訪問できるよう頼んでおいた。開館25周年ということで新館がオープンしている。その特別展は、「大三国志展」。物語の世界と、物語の舞台になった時代の美術品とを一堂に集めたもの。

物語の部分の紹介も興味深いものだったが、とくに優れていたのが、後半の後漢時代の美術品。中国の国宝にあたるものが数多く含まれ、そうでないものの作られた時代を考えると、多くは日本にもし来たら、すぐに国宝に指定されそうなものばかり。観客も多く、20万人を超えたと言うが、今年見た美術展のなかでは屈指のものではないか。それにはちょっと驚く。

7月9日(水)京都の一日

京都で目覚め、朝方はホテルで仕事をする。旅芸人のような暮らしで、旅行先で仕事をするのも慣れてきた。『新宗教ビジネス』の第3章を書き終わり、最後まで見直す。それを編集者に送る。

ホテルからいったん京都駅に行くが、大誤算が生じる。荷物を預けようとしたら、コインロッカーがすべて使用禁止。サミットのせいだ。京都までそういう状態とは予想しなかったが、どこも預かってくれるところがない。しかたがないので、荷物をもったまま、細見美術館へ。宗教美術関係の小さな展示をしていた。それほどめぼしいものはなかった。

美術館から歩いて、粟田山荘へ。途中の岡崎の街は新しくなっていて、店もできている。セブンイレブンの店もいかにも京都風の建物で、売っている物も違う。粟田山荘は、昨年の12月に山折先生と対談したとき以来で2度目。2日間もびっしり、部屋をいろいろ変えながら対談をしたので、店の人たちにもよく記憶されていた。できあがった本、『日本人の「死」はどこにいったのか』を進呈する。食事は、祇園祭に関連する皿など出てきて、鱧、鮎、賀茂ナスなど、季節感が豊か。緑にあふれた庭を見ながら贅沢をする。

お店の方の紹介で、鷹峯で「アトリエ曲亭」を開いている染めの松本隆男さんのところを訪れる。いろいろと作品を見せてもらうが、大胆で鮮やか。HOPEと書かれた気球が登場するのには驚く。高速道路が走っているのもおもしろい。

たかが峯から貴船へ。ここを訪れたのは久しぶり。夜になると蛍が舞うようだが、なかなか暗くならず、帰りの新幹線の時間があるので、残念ながら蛍を見られないまま京都を去る。

July 09, 2008

7月8日(火)高岡を観光したら大雨で電車が乱れ大変な思いで大阪へ

午前中は、高岡市内を観光する。タクシーで、地元の名士、正力松太郎とその女婿、小林與三次の記念館に行く。小さな展示で、誰も来そうにない。そこから、水道の塔へ。犬飼毅の揮毫があった。一番の見所は、瑞龍寺。山門、本堂などが国宝に指定されているが、建物が大きくて立派。いかにも禅寺という感じがするが、よくこれだけのものが江戸時代に入ってできたものだと感心する。最後は、高岡大仏へ。こちらは意外に小さいのに驚く。

駅に着いたら、大雨の影響でダイヤが乱れている。乗ろうと思っていた特急がかなり遅れそうなので、昨晩泊まったホテルの喫茶室へ行く。そこで、今度行く、福岡のことで、西日本新聞の取材を受ける。1時間くらい遅れそうだということだったので、油断していたら、意外に早く特急が来てしまい、それに乗り遅れる。仕方がないので、金沢まで出て、そこでサンダーバードに乗る。

大阪に着いてから、中央区の市民センターでの長井健司運動の会合に出る。夕食をということで、鶴橋の焼き肉や神牛に行く。もうこれで3度目。やはりここの肉が一番うまい。

そこから、宿を取っている京都へ。ばたばたとした一日だった。

July 08, 2008

7月7日(月)やはり高岡に来てよかったと思う長井健司トークイベント

今日は七夕でした。金沢の街では、昔七夕の行事が盛んだったらしく、いくつかのところに七夕の竹が出ていた。夕方まで時間があるので、木下さんと金沢の街を観光する。最初、金沢城に行ったが、あまりに暑い。高血圧の木下さんにはかなり酷だったかもしれないl。そこから兼六園に行こうと思ったけれど、工事中の箇所があり、行き着けない。夏の兼六園にはそれほど価値がないということも聞いていたので、ここですっぱり諦めて、別の方面に。

そこからは、基本的に金沢文学めぐり。文学館からはじめて、蓄音機のところ、泉鏡花、徳田秋声の文学館などをまわる。今でも純粋な文学が生きているということでは、金沢はなかなかのもの。ただし、街に活気があるかと言えば、そこは疑問。難しいところに立たされているのかもしれない。

タクシーに乗り、大乗寺へ。最初に乗ったタクシーの運転手さんに勧められた。いかにも禅寺という構えで、これも金沢にふさわしい。山門が美しく、そこに吊された鐘が、自由につけるようになっていて、ついてみるといい音がする。

そこから、駅へ出て高岡へ。チェックインした後、講演会場に行く。今回は長いつきあいの関口さんに本当にお世話になった。集まりもいい人数で真剣に聞いてくれたし、なんと新聞社の取材が4紙もあった。これまでの講演活動のなかでも、満足度が大きい。その後、関口さんに連れられて、地元の居酒屋に。これがめっぽううまい。魚を食うなら高岡ということを再認識する。本当に地元で協力してくださる方はありがたい。これも長井健司さんの人徳だろうか。

July 07, 2008

7月6日(日)金沢でのトークイン

今日は金沢でのトークイン。朝方が11時過ぎの新幹線で、越後湯沢へ。そこで在来線に乗り換えて金沢へむかう。昔に比べれば、はるかに近いが、今の感覚だとかなり遠い。金沢は、学生の時に旅行で来て以来だろうか。

着いてから、駅前のドームにあるイベント会場で、話しをする。その前に、金沢で活動してくれている高田さんのゴスペル・グループの歌があり、聴衆も集まる。その後、私と事務局の木下君が話しをするが、こうした場所、意外とテンションがあがる。

それから、来たついでということで、名前がよく知られている金沢21世紀美術館と能楽美術館による。21世紀美術館は、現代アートが中心だが、ちょっとどうかと思う展示の仕方。能楽の方は、落ち着いた雰囲気だった。タクシーの運転手も、能楽美術館に来ていた人も、ともに21世紀より、県立美術館のほうがいいと言う。

夜は、県の教育会館で講演会。人数は多くはなかったけれど、やはり重要な人は来てくれている。金沢の事情について話しをうかがい、大変参考になる。ある意味、金沢はメディアにとっての先進地域かもしれない。だが、それで全部がそうなれば、大変なことになる。

終わってからお茶をして、その後、ご飯を食べる。まったくわからないまま、奇妙な店にぶつかる。高田さんが、私が日本女子大で教えていたとき、学生だったことが判明する。最近、そうした人に会うことが多い。

July 05, 2008

7月5日(土)連載原稿を書きサントリー美術館に行き虎屋でコーヒーで和菓子をする

小田急線の高架線の下に新しく商店街が出来た。ジョイフルにあった店のいくつかが移転してきている。まだ、開店しない店もあるので、全体がどうなるかわからない。ちょっと便利なのはクリーニングの白洋舎が平日は7時半から営業していること。ライブラリーへ出かけるときに、出せそうだ。

下北沢のタウンホールに行って、長井健司ビデオ・インの申し込みをする。昼、小幡さんと昼食をとり、ライブラリーで仕事。『寺門興隆』での連載54回目を書く。創価学会についての見方がここに来て変わったという話し。2時間で書き上げ、少し休んで直したら、全体で3時間かかった。その後、来年書く本の目次を作る。

サントリー美術館へ行き、『KAZARI』の展覧会を見る。サントリー美術館はスペースが小さくて、展示しているものが全体に少なく、料金が高い気がするが、ちょっと気になったので寄ることにした。国宝の火焔土器が一番見たかったが、見るとやはり印象が変わる。そこが恐ろしいところだ。

見終わってから、虎屋へ。久しぶりにコーヒーで和菓子を食べる。これがなかなかいい。

7月4日(金)原稿を書き森美術館に行き生命倫理を議論し練馬で妙なレストランへ行く

朝からライブラリーへ行く。『新宗教ビジネス』の第2章を書く。一応最後まで書き、章全体を直す。いよいよ次の第3章で、新宗教の教団が確立したビジネスモデルについて書くことになる。隣の席では、どなたかが原稿で苦吟している。壁にぶち当たらないと仕方がないので、がんばってもらうしかない。

昼食後、森美術館へ。今、ターナー賞の歩み展をやっている。ライブラリーで無料の券をもらっていて、会期が13日まで。今日行かないと行けないと思い、立ち寄る。現代美術なので、ビデオ作品が多い。娘と母親が喧嘩しているところを撮影し、それを逆回しで上映しているのが少しおもしろかった。ただ、やはり現代美術はどう見て良いか、そこが難しい。

3時から東京財団での生命倫理の研究会へ行く。韓国の生命倫理法についての発表。おもいのほか議論が沸騰し、予定時間をはるかにオーバーする。次は私が、日本人の身体観について発表しなければならないのだが、今のところ見通しが立っていない。

溜池山王から練馬へ出て、妹の事務所へ。今度事務所を移転するというので、それについて義理の弟などを交えて話しをする。終わってから練馬で飯を食べたが、居酒屋の上にあるイタリアンのレストランを見つけ、そこに行く。海老のガーリックソテーがうまかった。ちょっとおもしろい店で、なかなかよかった。

July 03, 2008

7月3日(木)教え子のおばさんの展覧会に八王子まで行く

中央大学で講義をする前に、八王子に行く。八王子市夢美術館で開かれている「原光子展」に行く。作者は、私の教え子の原さんのおばさん。女子美術大学の教授だったと言うから、私が杉並区の和田に住んでいた時代、同じ地域にいたことになる。はじめて見る絵だが、いろいろおもしろかった。左手の中央に中心がおかれていて、どうもそれは心臓の位置に対応している気がした。それにしても、その右手に描かれる噴水らしきものは何なのだろうか。いろいろと興味を引かれた。

そこから、高幡不動を経由して、中央大学へ。二回目の講義をする。最初に刑務所に見学に行った経験がある学生はいるかと聞いてみたが、3人ほどいた。府中刑務所にいった学生もいて、少し話しをする。そのあと、新宗教とはどういうものかについてビデオを交えて講義する。使っているビデオは、20数年前のものだが、あまり色あせていない。案外ビデオテープというのは寿命が長いのかもしれないと思った。

授業が終わってから、延々と電車に乗って、ライブラリーへ。芸術新聞社の渡辺さんと『日本宗教美術史』の原稿をどう直していけばいいのかを検討する。そのあと、地下の「寅」で、会社の副社長を交えて懇談する。

July 02, 2008

7月2日(水)朝日新書の山折先生との対談の打ち上げをし吉田司さんと初めて出会う

午前中に、朝日新聞の取材を受ける。ハリーポッターの日本語版が完結するので、いったいこの物語は何だったのかという記事を作るらしい。一般の児童文学家は、ハリーポッターを無視していて、読んでいないらしい。どうしてこう無関心なのか。それは驚くべき事態だ。これだけ世界中で読まれているのだから、目を通すべきではないか。

午後は、『新宗教ビジネス』の原稿を数枚書く。宗教法人についてのところなので、かなりややこしい。それをどう説明するか。工夫が必要かもしれない。

それから、新宿に出て、伊勢丹により少し買い物をして、先日買ったシャツを受け取る。袖を直してもらった。ベルトも直してくれるらしいが、時間がかかりそうなので時期を見ることにする。

新宿から銀座へ。『ジッポウ』というダイヤモンド社から出ている真宗系の雑誌の原稿依頼があったので、編集者と相談する。途中でアイスコーヒーをこぼしてしまい、大変なことになるが、さすが「ウエスト」。その対応がすばらしかった。老舗の実力に脱帽し、また感謝する。申し訳ないことをしてしまった。

夜は、有楽町の「大雅」という店で、山折先生との対談本の打ち上げ。あわせて、吉田司さんも加わった。山折先生も私も吉田さんとは縁があるのに初対面。今度、宮沢賢治をめぐって、二人が対談することになっている。これはかなり興味深い物になりそうだ。

July 01, 2008

7月1日(火)『日本宗教美術史』第1稿823枚が完成する

『日本宗教美術史』の原稿、最後のおわりにの部分を最後まで書く。これで、全体で823枚書いたことになる。書き始めたのが、昨年の4月11日だから、1年と3ヶ月近くかかったことになる。当初は500枚の予定ではじめたけれど、書いていくといろいろと出てきた。これはあくまで第1稿で直していかなければならないところが少なくないと思うけれど、なんとか終わって少しほっとした。これまで宗教美術のことなどまとめて考えたことがなかったので、執筆しているあいだにずいぶんと考えた。実際に現地に行ったこともかなりの回数にのぼっている。寺というのは、だいだい石段があって、いったい何段の石段を登ったことか。それなりに体力があったことはうれしい。

夕方、病院へ定期検診に。かなり待っている人がいて、時間がかかった。血糖値や血圧は相当に良好だが、尿蛋白とか、甲状腺の機能的なところがちょっとよくない。ここのところ、かなりストレスがかかっていたので、そのせいかもしれない。あまりストレスをためないようにしたいが、仕事をしているとそうもいかない。

そこから、先端研へ。研究室内の研究会。山本君が、政党移動と政界再編について、博士論文の内容を発表する。前回聴いたときにはどうなるのかと思ったけれど、今回は実にすっきりしている。これなら大丈夫だろう。御厨さんからは、すっかり政治学者のようと言われてしまった。

« June 2008 | Main | August 2008 »

April 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30