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October 2008

October 31, 2008

10月31日(金)『民族化する創価学会』の見本が届く

朝、新聞を開くと、牧野出版の広告が出ていて、私の『誰も知らない「坊っちゃん」』もそのなかに出ていた。それほど大きくはない出版社の広告が載るということは、新聞も相当に広告とりに苦労しているのだろう。逆に言えば、文筆家にとっては、広告を打ってもらえるチャンスかもしれない。このままいくと、テレビ・コマーシャルさえ考えられる。

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来月はじめに出る新刊、『民族化する創価学会-ユダヤ人の来た道をたどる人々』の見本が届く。刊行は講談社。表紙ははじめてみたが、インパクトが強い。赤、黄、青という配色は、創価学会の旗、三色旗を意識してのこと。これは、『寺門興隆』での連載を編集しなおしたもので、創価学会を一つの民族としてとらえる視点は最近のものだ。果たしてこの視点はどのように受け取られるのだろうか。

お昼、小幡さんが成城学園まで来ているというので、経堂の駅で待ち合わせ、「いまあじゅ」で昼ごはんをかねてコーヒーを飲む。どうも小幡さんは、もっと濃いコーヒーがお好みのようだ。二人でそのままライブラリーへ、同伴出勤する。

『新宗教ビジネス』について、『読売ウィークリー』の取材を受ける。取材してくれた高橋さんは、これで3度目。この雑誌、近々休刊になるので、少し複雑。

取材が終わってから、少し仕事をする。宗教美術史の続き。江戸時代の信仰の実体が案外わかっていないのが、難しい。夜になって新宿へ。ジュンク堂によって本を確かめ、伊勢丹でボタン付けしてもらったジャケットを受け取る。カジュアルなブルゾンのようなものが欲しいと思っていたが、店頭に並んでいるものにいいものはなかった。すると、おもむろに奥からグリーンのトナカイのレザーを使ったのが出てきた。フィンランド製でとても珍しい。当然、体にフィットする。それにあう綿パンも買うが、そちらはインポートもの。生地の感触がどくとくで気持ちがいい。

晩御飯は、小田急の地下の食堂街のつな八へ。この店は金曜でもすいている。これまでつな八には本当に何度も来たが、今日ほどおいしいと感じたことはなかった。明らかに揚げている人の腕が違う。綱八庵もおいしいが、これだけの味なら、そちらにいく必要がない。揚げてを選んでつな八は入るべきだということを学ぶ。

October 30, 2008

10月30日(木)大正大学での授業でジャズの歴史を概説する

『平成宗教20年史』の第二校の校正をする。選挙が今月末にあれば、その結果をもりこむことになったいたが、それがなくなった。ほかに、いくつか補足すべきことがあり、それを書き足す。その後、もう一度読み直し、表現などを直す。全体の3分の2くらい終わった。

木曜日は大正大学での授業。美術の部分が終わって、今度は音楽の部分に入る。ジャズを中心に話をしようと思い、DVDやCDをもっていく。ちゃんと備え付けのスピーカーのある部屋にしてもらったが、直接、DVDやCDがかけられない。機械の進歩ということもあるけれど、それに大学が追いついていないようだ。ちょっと音が悪かったので、思うとおりに進まなかった。

ジャズの歴史を、デキシーランド、スゥイング、ビ・バップ、モダン、フリー、フュージョンという順番に追っていった。そこに宗教をからめていきたいのだが、やはりそれはなかなかうまくいかない。もう一工夫いるところだ。来週は、この続きで、民族音楽的なものをとりあげることになる。

October 29, 2008

10月29日(水)脇本先生の葬儀、告別式に参列する

脇本先生の葬儀、告別式。11時半からなので、朝平塚に向けてでかける。藤沢まで小田急線で行き、そこからJRに乗り換えた。通夜とほぼ同じだけの参列者。半分くらいが昨日と同じだろうか。最後に、葬儀委員長の島ぞ薗さんと喪主のご長男が挨拶をされたが、先生が、自らの死が近いことを明確に意識し、その上で、亡くなるときに向けたの準備を着々と進めていたということ。それが、残された手帳に記されているらしい。

脇本先生の師である、岸本英夫先生は、アメリカで癌にかかり、闘病生活を送った。その記録は、『死を見つめる心』として講談社から刊行され、文庫にもなった。まだ闘病記が珍しい時代で、死をいつも見つめつつ、そのなかで宗教に頼らずにどうやって意味ある生を送っていくのか、苦闘の記録だった。私も昔、そのことについて文章に書いたことがある。おそらく脇本先生は、それを踏まえ、自らの死について見通しをもち、努力されたのであろう。いつかこの過程が本という形で世に問われたらいいのではないかと考えた。ご冥福をお祈りしたい。

葬儀が終わった後、なぜかさくら水産で井門先生ご夫妻を含めて昼食をとり、解散。久しぶりに愛知学院の林君に会ったので、横浜駅近くのエクセルホテルでお茶をする。いろいろと話をして、わかったこともあった。内容はちょっと書けない。人間関係というのは難しいことだと思う。

横浜から東横線で六本木へ。ライブラリーで少し仕事をする。幻冬舎の志儀さんが来て、『平成宗教20年史』の再校ゲラを渡される。あまり赤が入っていないので、見るのは楽そうだ。ただ、いくつか追加しなければならないことがある。そのあと、しばし雑談をする。小説の売れ方というものが、いかに特殊なものかを学ぶ。

October 28, 2008

10月28日(火)恩師である脇本平也先生の通夜に平塚に行く

朝からライブラリーへ行く。しばらく間があいたが、宗教美術史、江戸時代を直しはじめる。この部分、かなり直しが必要だと考えているが、実際作業に入ってみると、なかなか進まない。それでも、なんとか15枚ほど直す。浄土真宗のところまで行ったが、何かこの節もう少し足したいところだ。そのあとは、法華信仰との関係をまとめて論じたい。

午後、雑誌『ゲーテ』の取材を受ける。今度出す『平成宗教20年史』について。幻冬舎が出しているこの雑誌には、自社で刊行する本について著者にインタビューするページがある。そこに載るとのこと。写真も載るが、カメラマンはライカで撮っていた。最近は、みなデジカメだし、ライカで撮られたことはない。

終わってから少し仕事をし、平塚へ。宗教学の恩師である脇本平也先生が亡くなられ、その通夜が平塚駅近くの葬祭場で行われる。導師は、『寺門興隆』の連載でいつも一緒の大村英照氏。宗教学関係の参列者が多く、懐かしい顔に出会う。

脇本先生は、私が宗教学研究室に進学したときの主任教授で、1973年の秋学期に「宗教学」という授業を駒場で受けた。研究室に進学してからも、何度か授業をとった。よく覚えているのは、大学院でユングと唯識思想を比較したゼミ。その後も、学会のときなどにお会いする機会があった。宗教学者は短命というのが一つの説だが、脇本先生はまったくの例外で、いつも元気だった。亡くなった日も、朝には島薗進氏と電話で話したという。私の父と同じ年だったと思うが、驚異的な元気さだった。最後に会ったのは、国際宗教学会でのことだっただろうか。それとも、もう一度くらい学会で会っていただろうか。明日は葬儀・告別式。私も参列して、先生を送りたいと思う。

October 27, 2008

10月27日(月)公明党の1990年代についての論文を書き上げる

御厨さんが中心になっている「90年代研究会」で論文集を出すことになっているので、昨日に引き続き、その原稿を書く。90年代における公明党の歩みを追ってみた。最初は、無党派について論じようと思ったが、実体のない無党派について論じるのは無理だと感じ、一番事情を知っている公明党を扱うことにした。

90年代の公明党は、はじめて政権入りを経験し、しかもその機会は2度まわってきた。1964年の結党以来、社公民路線いくのか、それとも自民党などの保守との連携を目指すのかで、すっとゆれ続け、それによって政権の座に近づけなかったのとは打って変わって、公明党はどの政党が中心になるにしろ、政権維持をするうえで不可欠の勢力になった。その面が明白になったのが、1990年代だった。

1999年には自民党と自由党とともに連立入りし、それ以来、すでに10年が経とうとしている。公明党は平成の時代の半分を与党として過ごしてきたことになる。しかし、今から振り返ってみれば、政権の座にとどまれてはいるものの、党勢は衰えたし、一時とは異なりキャスティングボートも握れなくなっている。しかも、最近では、公明党と創価学会に対するバッシングが再燃しており、事態は必ずしも好ましくない方向にむかっている。総選挙は遠のいたようだが、これで選挙でもあり、敗北すれば、党の存立が危ぶまれる事態が訪れないともいえない。

公明党という政党にとっては、創価学会という支持母体があることがすべてであり、そこに強みがあるとともに、弱みがある。国民政党への脱皮が課題だが、それが十分に果たされないからである。果たしてこれから公明党はどういう道を歩むのか。事態はますます難しい方向に進んでいる。

October 26, 2008

10月26日(日)小幡さんのブログに刺激されて神というバブルの崩壊に思いをはせる

朝、渋谷の文化村へ。木下さんお勧めの「ミレイ展」に行く。ミレイといえば、「オフィーリア」だが、ほかにどんな絵を描いているかまったく知らなかった。最終日ということで、かなり混んでいて、なかなか入場できなかったが、場内は案外すいていた。作品としては、オフィーリア以降の1850年台から60年代までのものがいい。その後は、金が儲かり、肖像画の仕事が殺到したというが、そうなると絵に力はなくなっている。そこが難しいところだが、どこを見ているかわからない女性たちの視線が、独特な気がした。それはどこからくるのか。そこが興味深い。

そこからライブラリーへ行く。インターネットに接続して小幡さんのブログを見ると、私が昨日書いたことに反論が書かれていた。それを見て、かなり刺激されたが、どうも事態は、より大きなスケールの出来事なのかもしれないと思った。

ちょうど今読んでいる水野和夫さん『虚構の景気回復』のなかに、中世から近世への転換の原動力になったものが、グーテンベルグの活版印刷技術とルターの宗教改革だと指摘されていた。これはきわめて重要な指摘で、キリスト教世界は宗教改革を経て大きく変わった。ルターが批判したように、当時の教会は、免罪符を出すなど、神に代わって地上での救済を代行し、社会的な権力を確立していた。ところが、ルターの宗教改革からはじまるプロテスタントの教学においては、神そのものが再び表に表れ、救済はすべて神にゆだねられることになった。ルターに続くカルバンの「予定説」などは、まさに神の絶対的な優位を示す神学思想だといえる。

一神教の世界では、神の絶対性が主張されるが、実は、本当の意味で神の超越性が強調されるようになったのは、プロテスタントが勃興して以降のことだ。そして、アダム・スミスに由来する「神の見えざる手」という考え方を生むことになる。スミス自体は、それを格別重視してはいなかったが、近代経済学が発展するなかで、それは市場万能主義、市場至上主義という形をとっていくことになった。ケインズは、そこに危機感を抱いたわけだが、近代経済学の全体の流れは、スミス的で、それが最終的にアメリカ的な市場優位の考え方に結びついた。

そのように考えると、キリスト教世界において神が至上の価値を獲得するのは、むしろ近代に入ってからということになる。ならば、今回の金融恐慌のような事態は、市場の至上性に対して根本的な疑問を投げかけることになったわけで、それは突き詰めていけば、神という存在の完全な無力化を意味していることになる。簡単に言えば、市場が機能しなくなることで、神は死んだのである。

すでに「神の死の」はニーチェによって宣言されているわけだが、それでも神は市場という形で生き残っていた。今回、それが根底から崩れたとすれば、私は宗教学者として最終的な神の死を宣言しなければならないのかもしれない。市場を自動的にコントロールする神という存在の力自体が、あるいはバブルだったのではないか。神というバブルの崩壊。近代の終焉という意味は、そこにあるのかもしれない。

October 25, 2008

10月25日(土)金融恐慌に見る近代の終焉

問題は制度なのだと、ふと今日考えた。近代の社会においては、さまざまな制度が作られ、それによって人々の暮らしは安定し、安全なものになってきた。制度にはさまざまなものがあり、どこまでをその範囲に含めるか、それを決めるのは難しいが、たとえば、健康保険制度などは代表的なものだろう。日本では国民皆保険ということで、医者にかかる場合、保険で診療してもらうことが原則になっている。たしかに、保険制度があるおかげで、安い費用で高度な医療を受けることができる。私も、5年前に入院したとき、高額な医療にかんしては金が戻ってくる仕組みになっていたので、治療費自体はそれほどかからなかった。それは、ありがたいことではあるのだけれど、考えてみれば、相当に虫のいい話だ。

所得によって保険料はあがるものの、個々の診療ということに関しては、患者の負担は小さい。ということは、健康保険制度を維持するためには、少ない費用で高度で高額な医療が受けられるという仕組みがないといけない。もし、今保険制度が存在せず、新たに制度を作ろうとしたら、とてもそんなものはできないし、夢物語だと言われるに違いない。夢物語が可能だったのは、やはり人口の増加が前提になっていて、それほど医療費を使わない若い背だが保険に加入し、その保険金で全体をまかなう。そうした仕組みが作られたわけだ。

これは、おそらく、健康保険制度だけではなく、年金制度ももちろん、制度全般に言えることで、少ない費用で多くの見返りという制度が作られてきた。ところが、前提が人口の絶えざる増加にあるとすれば、人口の増加が小さくなったり、人口が減少に転じたら、とたんに制度は破綻する。当然のことだろう。そのときどうするか。一つは負担を増やすということで、もう一つは、税金を投入することだ。ところが、他の制度も税金によって支えられ、その税金の仕組みというか、国家の仕組みが、人口増を前提にして組み立てられている以上、今のようになれば、全体が壊れざるを得ない。

それは、公的な制度や国家だけではなく、社会全体にいえることで、人口の増加、生産力の向上などが実現されないと、全体がうまく動かない。国内でそれに必要な金がなければ、海外から調達してこなければならないが、それにも限界がある。これは、日本だけではなく、世界全体に共通して言えることで、資本主義が市場の無限な拡大を前提としている以上、あらゆる手段を使って市場を拡大するとともに、最後は、まさにマルチ商法やねずみ講に近い金融資本主義に頼るしかない。制度を支えるための金を求めて、金融市場が膨らんだが、それがマルチ商法やねずみ講と本質的に変わらない以上、どこかで破綻する。

制度の発達が、近代の産物なら、今回の金融恐慌は、近代の終わりを意味することになる。だから、株価の下落は止まらないし、あっという間に投資資金が泡と消えたため、投資のための資金をもっている人間や機関が一挙に消滅した。それでは下落を止められないし、とまらない。あらゆる対策は意味をなさない。やがてそれは、制度の崩壊という方向に向かうのではないだろうか。恐ろしいことだ。

制度はたしかに便利で、私たちはそれに頼ってきた。というか頼りすぎてきた。制度があるがゆえに、自分たちで生活を安全なものにする努力を怠ってきた。単純なことだけれど、昔は産科がなくても、子どもは生まれた。制度ではない力を、個々の地域社会が養ってきた。おそらく、これからは、自分たちで自分の身を守るために、ネットワークを作り上げていくことをしないといけないのではないか。宗教はこころの支えになったり、結束の軸にはなるが、実際的な役には立たない。

あくまで制度に頼ろうとすれば、社会を全体主義化していかなければならないが、それは無理だ。実際、社会主義はつぶれた。今の資本主義は、社会主義的な方法を取り入れることで、市場や資本の暴走を食い止めてきたが、やはりそれも無理だったことになる。ベルリンの壁の崩壊は、社会主義の終わりではなく、近代の終焉を意味したのかもしれない。

10月24日(金)はじめて康さんと会いいろいろ興味深い話題が出る

午前中は『天理教』の参考文献表の作成を進める。いくつか調べなければならないこともあり、けっこう時間がかかった。そのあと、宗教美術史の江戸時代の章、全体に何を取り上げるべきか、改めて考えてみる。すでに書いたものに、追加する必要がありそうだ。

午後は、先週から延期になった日蓮遺文の勉強会。「法蓮抄」を読む。内容的にはそれほど新しいことはないが、なかに「美女」という言い方が出てきて珍しい。それに、佐渡でいかに苦労したのか、叙情的な文章が出てくる。どういった相手に書くかで、日蓮の書き方は変わってくるようだが、あまりこうした体験にもとづく描写は少ない。その点ではかなり貴重な部分だろう。もう少しで、全体の半分というところに来た。そこまで、すでに5年半以上の月日が過ぎている。

終わってから、近くの店で、福神の人たちと飲む。さらに、2次会として御苑の方のバーに行くが、そこに康芳夫氏がいた。まったくの初対面だが、『福神』の表紙にもなっているので、すぐにわかった。というか、一度その顔を認識すると忘れられない個性的な顔だ。いろいろと話ができて、とても面白かった。なんか、宗教小説を書かなければならない気にもなってきた。

October 23, 2008

10月23日(木)東大生がなぜエリートなのかその原因を大学での教育に求めてみる

家で少し作業をしてから、ライブラリーへ。無宗教の原稿を2箇所直し、天理教の索引を完成させ、さらに参考文献作りに入るが、最後にあいうえを順に並べなおす作業が残った。これをやるとほぼ終わる。

昼時、ご飯を食べようと出たところで、小幡さんの弟子たちに出会い、一緒にお昼に行く。小幡さんは教授会とかで、今日は顔を見なかった。六本木駅の反対の端にあるウエンディーズに行く。当然、ハンバーガーを食べる。その際に、東大での教育のことが話題になる。けっきょく、東大出がエリートになるのは、大学や大学院にいるときゼミで徹底してしごかれるからだろう。私の場合も、実にひどかった。先輩が全共闘世代だったことで余計に、議論で攻撃されたが、その伝統は基本的に今でもあるらしい。

人格攻撃を含め、人を人とも思わないような批判をなされ、その攻撃に耐えないとやっていかれない。それがずっと繰り返され、ときに自分が攻撃する側になり、またされる側になりで、ことばでいくら攻められても、何も気にしない人間が作られていく。ことばで傷つくなどということは、東大出にはいっさいないことで、それによってエリート性を保っているということだろう。それが、ほかの大学ではないことに違いない。当然、人格はゆがみ、性格は悪くなり、その代わりにタフになる。私も、大学院を終えて、外の世界に出たとき、どこかの研究会で発表をすると、質問者が一応褒めるのに驚いた。自分が教育を受けているあいだは、褒められたことなどなかった。そういう状態が続くと、とても自分が頭がいいなどとは思えない。私も、自分は頭が悪いのではないかと思っていた。

さらに、ライブラリーで仕事をして、大正大学へ。キリスト教美術について話をするが、意外にバリエーションが少ない。パターン化されていて、それをどう扱うのか、宗教的な問題を引き出してくるのはかなり苦労する。これについては、改めてしっかり考えないといけないのかもしれない。

October 22, 2008

10月22日(水)海老蔵がすっかりテレビにはまっているのに驚きテレビの将来を展望してしまった

朝、宅急便で起こされるが、眠い。しんどい校正や原稿修正の作業が続いたので、よほど疲れているのだろうか、長く寝たのに眠い。体もしんどい。風邪とか病気ではないが、ちゃんとした仕事はできない。しかたがないので、天理教の本の索引作りを続け、一応最後まで必要な単語をピックアップする。これを整理すれば、索引は完成だが、もう一つ文献目録を作らないといけない。

夜、海老蔵が出演しているので、『久米宏のテレビってヤツは!?』というTBSの新番組を見る。TBSの制作ではなくて、毎日放送の制作のようだが、海老蔵のパフォーマンスがすっかり変わっていて、びっくり。まさにテレビ向きで、歌舞伎の話などほとんとせず、経済や政治について、非常にストレートで語っていて、説得力がある。これは、昔、テレビになれないころ、見ているほうがひやひさした時代とは様変わりしている。番組も完全に海老蔵中心で、席替えのある番組なので、最後司会の二人が海老蔵を囲む形になって終わった。それはあるいは最初から決まっていたことなのかもしれないが、番組の流れとしても、それが一番自然だった。この番組の勝者は明らかに海老蔵で、それは今までの歌舞伎役者の存在感とも違う。

舞台のほうの海老蔵は、最近はできすぎていて、あまりおもしろくない。あるいは本人も刺激が少ないと感じているのではないだろうか。いったい何にチャレンジをしていのか、それを探している気がする。その意味で、こうした形での番組出演は、格好の新しい舞台だったような気がする。

毎回海老蔵が出るわけではないにしても、こうしたいい加減なつくりの番組が、これからのテレビでどんどん出てくるだろう。制作費が削減される中で、それは必然的なことで、そうなると視聴者の視線をしっかり集められる人間は誰かということになる。次回は、タレントとして活動をはじめたくいだおれ太郎でも海老蔵の代わりに出したらどうだろうか。

October 21, 2008

10月21日(火)複雑な思いで『桜の園』のリメイクを見て監督と再会する

朝からライブラリーへ行く。無宗教の原稿に手をいれ、一応完成させ、編集者に送信する。その後は、天理教の本、索引作りをはじめる。これがまた厄介な作業だが、なんとか半分くらい終わらせる。

途中、新宗教を漫画でという企画の打ち合わせをする。それから、天理教の本のゲラを八幡書店の編集者に渡す。ついでに雑談。

夜は、東京国際映画祭の特別招待作品、『桜の園』を見る。一度だけの上映で、舞台挨拶があった。生で監督の中原俊氏の姿を見るのは、32年ぶりくらいだろうか。彼は宗教学の先輩にあたる。前作は、完全なイニシエーション映画で、宗教学のお手本のような映画だったが、今回のリメイクはまるで違う。いろいろと複雑な思いで見ていった。途中、前作のシーンが少し使われているようなところもあり、それが懐かしい。客観的な評価をするのが難しい映画だ。

映画が終わって出たところに、中原氏がいた。ちょっとだけ話をする。私の本を読んでくれているようで、中沢批判も読んだとのこと。最後に会ったときには、中原氏が住んでいたところに、中沢氏がころがりこんでいたような状態だったはずだ。映画ではないが、時間は過ぎていく。

October 20, 2008

10月20日(月)久しぶりに先端研に行き天理教の資料にあたる

朝、久しぶりに新宿紀伊国屋本店上にある武蔵野歯科へ。3月に一度、先生の予定が変わり、キャンセルになって以来行っていなかった。たしかめてもらったら、昨年の12月以来だという。やはり歯石がたまっていた。処置をしてもらってすっきりする。

伊勢丹に、ボタンのとれたヒッキー・フリーマンの冬のジャケットをもっていく。ボタンのつけ方が面倒そうなので頼むしかない。明日にはできるらしいので、都合のいい日にとりに行けばいい。

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そこから東北沢に行き、先端研に。天理教関係の資料が研究室においてあるので、本の校正をするために調べなければならないことがある。午前中から夕方まで、その作業にあたる。途中、研究室のメンバーと昼食に行くが、前に行っていたのとは違うところに行った。味はあまり変わらない気がしたが、雰囲気がこちらの方があかるい。先端研には、これだけ多くの人がいたのかと改めて思った。

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秋も次第に深まり、木々が色づいて、それが先端研のなかでも古い建物とマッチしている。研究室にいるあいだに、めずらしく仕事の電話がかかってきた。タイミングがいい。ほかに、講演会の依頼も来た。昨日の原稿の直しといい、今日の校正といい、こういう作業は本当に疲れる。

October 19, 2008

10月19日(日)原稿の修正作業に神経を使い井上由美子ドラマはちょっと出だしがいかがなものかと思う

朝からライブラリーへ。日曜なのですいているが、東京映画祭のためらしく、カフェはいつもと違う配置になっていた。無宗教の本、編集者の注文に従って、原稿に手を入れる。まえがきを9枚ほど書き、それぞれの章にあたっていくが、こういう作業は神経が疲れる。最後までいけるかと思ったが、だめだった。あと、細かな語句に注釈のような文章を追加しなければならない。原稿は、書くのはらくだが、その後の作業のほうがはるかに大変なのかもしれない。

帰りがけ、auショップに寄って、データカードについて説明を受け、書店で3冊ほど本を買い、経堂図書館で予約をいれたもの2冊を受け取る。最後に、OXストアーによった。新しくなってはじめて買い物をしたが、階が分かれているので、どこにあるのか少し探さないとわからない。

夜、日曜美術館で琳派を見てから、「スキャンダル」という新しいドラマを見る。脚本は、井上由美子。彼女が書いているから見てみたが、最初の部分、なんだかもたもたしている。最初に、主人公たちのところに突然、警察から電話がかかってきて、そこから結婚式を振り返るという方が、見るものをひきつける気がするが、ちょっと間延びしている。果たしてどうなるのか。そもそも続きを見るのだろうか。次回しだいだ。

October 18, 2008

10月18日(土)世界は本当に危機が訪れているのだろうか

世界は激動している。ただ、不思議なのは、テレビのニュースや新聞を見ていると、そういう感じがするのだけれど、いざ現実の街に出てみると、まるでそんな気がしてこない。もし、テレビも見ないで、新聞も見ないで、さらにはネットも見ないで生きている人がいたとしたら、最近の動きなど何もわからず、大変なことになっているとは考えないだろう。

ということは、本当に大変なことが起こっているということなのだろうか。報道は、とにかく問題をとらえ、その重要性を強調することが役割というか、性なので、そうするしかないのだろうが、今回はとくに、何も起こっていない先から、大騒ぎが先行している気がする。もちろん、株価が大幅に下がれば、損をする人がいるわけだけれど、今の相場の状況を考えれば、投資をするということはギャンブルをするということに等しい。もし、そう思っていないで投資する人がいるとすれば、それはその人がどうかしている話だろう。株がギャンブルなら、それで損をする人に同情は集まらない。

たしかに、アメリカやヨーロッパでは、消費の減退が起こり、さらには物価の上昇なども起こっているので、大変だという感覚は生まれるが、日本ではその感覚はまだない。ガソリンの価格にしても、すでに近くでは140円台になっている。あまりに短期間に騒ぎすぎて、それでいろいろなものを浪費してしまっているのではないだろうか。もちろん、いざというときに備えることは必要だろうが、まだ何も起こっていないときに、ただただ騒ぐのはいかがなものだろうか。

October 17, 2008

10月17日(金)久しぶりにいまあじゅでコーヒーを飲み中森明菜のベスト盤を聞く

今日は本来なら、日蓮遺文の勉強会のはず。ところが、小松先生の都合で来週に延びる。そこで、朝からライブラリーへ行き、天理教の本の校正をする。校正自体はなんとか最後まで終わるが、いくつか文献の参照箇所など抜けている箇所がある。これは、資料が東大の方にあるので、一度行って確かめないといけない。

昨日の晩、妙な時間に目が覚めたりして、少し眠いので、校正が終わってから、ライブラリーを出る。新宿へ出て、ちょっと買い物をする。ジュンク堂で、創価学会についての本を見かける。玉野和志『創価学会の研究』。私のことにもかなり言及してあるので、それを買うが、「批判でも賞賛でもないはじめての学会論!」とある。だったら、私の本はどうなるのと突っ込みをいれたくなった。

経堂に着いて、久しぶりにいまあじゅにコーヒーを飲みによる。いつも打ち合わせに使うので、ゆっくりとコーヒーを味わうことができないが、今日は余裕があるので、それができた。とくにこの店は、スペシャリティー・コーヒーという期間限定のものがおいしいが、今日はエクアドルの豆を試してみたが、後味がいい。豆を選んでも、なかなか自分の家ではうまいコーヒーが飲めない。

帰ってから、ディナーショーの予習として、今日買った中森明菜のCDをかけてみる。ヒット曲が入ったベスト版の一つだが、そういう曲よりも、韓国人が作ったらしいこれまで聞いたことのない曲などがなかなかよかった。それでも、「飾りじゃないのよ涙は」がやはり一番楽しめる。これは、名曲中の名曲だ。

October 16, 2008

10月16日(木)新美術館で現代中国美術を見て浜田山でマンションを見て大正大学で授業をする

朝、ライブラリーへ行くために家を出て、まず駅前のみずほ銀行による。ちょっとした相談事があったが、窓口になってくれた女性と雑談をする結果になる。銀行には、今回の金融不況は大変なことらしい。そこから、ライブラリーに行くが、すぐに国立新美術館に行かなければならなくなる。「アヴァンギャルド・チャイナ」という中国の現代美術の展覧会。

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入ってみると、ひどくすいている。その点ではゆっくり見たれたが、方力鈞のものなど悪くはないけれど、ただ素っ裸になっているところを撮影したビデオなど、いかがかと思うものが少なくなかった。美しいものという観念が全体に欠如しているのだろうか。あたりまえのことだが、美術は美しくなければならないと思う。そうでなければ、人のこころに届かない。

そこから、浜田山へ行く。ちょっと引っ越してもいいかなと思っているところで、その候補の一つが浜田山。ちょうど、三井のグラウンドがマンション街に立て替えられているところで、その周囲だけ見るつもりだったが、中に入れてしまい、けっきょく案内をしてもらうことになる。映像を含め、モデルルームなど1時間ほど拝見したが、文句なくすばらしい。値段の方も、やはりすばらしい。森のなかに建てられたマンションという点は、なかなかほかにはないだろう。まだ、全体は完成していないし、全貌も未定な部分があるようだ。いいのは、これまで開放されていなかった森の部分が、杉並区に移管され、公園として管理される点だろう。

少し時間をくってしまい、あわてて大正大学へ向かう。授業の2回目。仏像の話を中心に、映像を見せながら仏教の話をする。大正大学は仏教の大学だから、そこを出ているにもかかわらず、仏教について知らないのは恥ずかしいと強調してみた。

October 15, 2008

10月15日(水)入院5周年記念の日に関東中央病院に行くとシステムが変わっていて病院は大混乱

朝は、天理教の本の校正をする。ちょうど宅急便が来たので、二件ばかり発送する。一件は『平成宗教20年史』のゲラで、もう一つは、これまで書いたものを集めて本にするための素材。新宗教関係のものをまとめることになりそうだ。

11時前に関東中央病院に、定期健診にいく。ところが、病院のシステムが変わって、大混乱状態。やり方が違ってとまどうことも多かったが、なにより病院の方が慣れていない。先週予約を入れていたのが、熊野に行っていけなかったので、予約ではなく受診することになったので、それも余計に時間がかかった。終わるまでに2時間ほど。それでも、待っている時間に校正はできたし、昼食も食べたので、時間のロスにはならなかった。先生の方も、時系列でデータが出なかったりで、相当に困惑している様子。数値はまあまあ。先生を励まして病院を後にする。コンピュータのシステム、進化させようと思って、それで墓穴を掘ることが多いのかもしれない。

家に戻ってから、校正の続きをする。催促の電話もかかってきたので、なんとか今週中に終わらせないといけないが、資料が大学の方にあるので、一度行かないといけなさそうだ。

今日はたまたま検診が重なったけれど、今日は入院からちょうど5年にあたる。あれ以来、実にいろいろなことがあったけれど、無事に5年を迎えられてありがたいと思う。ちょうど入院した日は、すごく天気がよくて、気持ちよかったけれど、それがなかったら、病院にたどり着けなかったかもしれない。あの入院は、一種のつき物落しのようなもので、人生のなかでは必要なものだったのかもしれない。

October 14, 2008

10月14日(火)三浦和義氏の自殺で何かが終わった気配がする

朝からライブラリーへ行く。『平成宗教20年史』の校正をする。一応最後まで行く。調べなければならないのは一箇所だけだった。この作業をすると本当にへとへとになる。昼食は、「竹やぶ」でそばを食べる。玉子焼きがうまい。甘くなくて、うっすらとこげているので、かに玉のような味がする。そこがうまいのだろう。11月1日からは新そばになるらしい。

校正が終わってから、小幡さんを誘って、ヒルズ内の「ハーブス」でお茶をする。紅茶の量が多いのはいいが、ケーキがあまりに大きい。すっかりおなかにたまった。夕方、講談社の花房さんと安全安心についての本に追加で書く原稿の打ち合わせ。それに、次に書く本についても話をする。就職活動をどう見るか、それについて話をしていたら、2時間過ぎてしまった。

新宿へ出て、ビッグカメラで、経理ソフトなどを見る。

世間は、三浦和義氏の自殺の話題で盛り上げっている。疑惑の銃弾のころのことはよく覚えているが、あれから何か時代が大きく変わり、それが今日にまで受け継がれている気がする。その時代に、これで決着がついたときに、金融恐慌が起こるというのは、案外関連性があるのかもしれない。要は、疑惑の銃弾の80年代はじめが、日本のバブルの前兆で、そこに今日の問題が生まれてくるきっかけがあったのではないだろうか。

事件については、以前島田荘司の『三浦和義事件』という本を読んだことがある。この本を読むと、全体につじつまがあっていて、三浦氏は殺人にかんしては無罪だという印象を受ける。詳細に事件のことが述べられていて、しかも彼がメディアによっていかにむちゃくちゃたたかれたかがわかる。これは、バッシングを受けた身には、とても複雑に思えることで、事件はそれほど簡単ではないという印象が残った。

ただ、殺人を犯していない説明として、薬物のことがばれるのを恐れたという話になっていたが、その薬物の影響が、今回の自殺に結びついているのかもしれない。とにかく、何かが終わったのだ。

October 13, 2008

10月13日(月)オープンテラスで話をするとなぜか世界を買えるような気になってくるから不思議

朝からライブラリーへ。『平成宗教20年史』の初校のゲラを見る。こうした作業は、家だとなかなかはかどらない。ライブラリーがあって、本当によかったというか、それでもかなりしんどい。なんとか、平成10年までやりきる。これで130ページ分。あと100ページ以上ある。明日もがんばるしかないだろう。

昼、いつもの食堂で昼食をとるが、はじめてテラスで食べてみる。外に出ると人間気が大きくなるのか、小幡さんと景気のいい話をする。小幡さんのところに政府系ファンドをやってくれという話がきたら、じゃあ何を買うかということで、二人で考える。小幡さんは、ハワイはどうかと言い出す。お互いハワイなど行ったことがないが、まあいいんじゃないかという話になっていく。

私が、大学なんかどうと言い出すと、小幡さんが、だったらバークレーがいいよと答えてくる。財政事情が悪くて,いまだと買うのにいいのではということだった。アメリカの大学は、資産を運用する会社みたいなところもあるし、その意味では、金融恐慌の影響は受けていることだろう。

さらに、じゃあそれからということになり、だったらディズニーはどうかと言ってみる。世界のディズニーランドのなかで、一番いいのは浦安だし、最近のディズニー映画はけっこうめちゃくちゃだったりするし、まあ、じゃあディズニーかなというところで食事が終わる。

雰囲気は、子どもの遊びが世界征服に結びついていく『20世紀少年』のよう。二人ともおそらくどうかしているのだろうが、今の時代の雰囲気が、こんな馬鹿話を許しているように思った。

October 12, 2008

10月12日(日)正木美術館の開館40周年記念展に感銘を受けるが図録を忘れてあわてたりもした

展覧会マニアというか、本人もそこは病気だと言っている木下さんお勧めの正木美術館開館40周年記念の「禅・茶・花」を見に行く。会場は御成門の東京美術倶楽部。ここははじめていったが、下の階でお茶会をやっているために、着物姿の女性が多い。今日が最終日。大阪にある正木美術館でも同じ展覧会が開かれ、そちらには行かなかったが、館が所蔵する国宝や重要文化財が一堂に展示されるのは珍しいらしい。正木美術館のことは、木下さんに教えられるまで知らなかった。

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この館のコレクションは、正木孝之という人によるもの。中国の明の絵画や三国時代の青磁の壷などに出会ったことでコレクションをはじめたようだが、たんに美術品を蒐集するというのではなく、茶室において道具として使ったり、掛け軸としてかけたりということを前提にして集められたものがほとんどを占めている。その点で、コレクションの視点が定まっていて、どういうものを好んでいたかがよくわかる。おそらく正木氏は、茶事における趣向ということを考え、この季節にはこれをかけ、これを使ってということを想像しながら集めていたのだろう。それがよくわかり、全体に統一感がある。

ただ、一番すごいと思ったのは、三蹟の一人、小野道風の「三体白氏詩巻」だった。書というのはいつも難しいと思うが、飛びぬけたものはむしろわかりやすい。その点で、国宝にも指定されたこの書は、圧倒的な存在感をもっていた。道風の方が、三筆の空海よりは上という感じもした。全体をゆっくりと見ていったが、今年屈指の展覧会であることは間違いない。いいものを教えてもらった。

その後、浜松町でJALと全日空のカウンターにより領収書を発行してもらったが、全日空のほうはここではだめということになり、ちょっと混乱した。おかげで、展覧会の図録を忘れて一度戻る。そこからヒルズへ行き、ライブラリーで仕事をする。宗教美術史の南北朝から桃山時代を直し終え、校正をする。天理教と平成宗教20年史のゲラが両方きているので、とりあえずこの二つを終わらせないといけない。

October 11, 2008

10月11日(土)金融恐慌は日本には実は無縁でもしかしたら日本が一番優位な立場に立つ予兆かもしれない

何か不思議な気がする。世界は金融恐慌の様相を呈しているわけだけれども、日本に限って考えると、その影響をまるでこうむっていないように見える。かえって、リーマン・ブラザースの破綻という事態が起こってから、日本のどこへ行っても、町の気配は明るくなっている。あるいはそれは、ここのところ海外のとくにアメリカの投資機関に牛耳られているという感覚があり、その当の投資機関がつぶれることで、やっぱりとか、ざまみろとか、そういう気分が日本のなかに広がっているのではないか。全体に、今回の危機的な事態を、もしかしたら日本人は歓迎し、そこに喜びを見出しているのかもしれない。

そこには、はっきりとした根拠がある。ここのところ、世界経済を一番こもらせてきたのは、金余りであり、豊富な投資資金が存在することで、さまざまな相場がその影響を受け、根拠もないのに、また実態とはかかわらないのに、価格が上がってきた。人類社会全体が、明らかに未曾有の金余りという事態に困惑し、ヘッジファンドのような、労せずして利益をあげようとするとんでもない存在に振り回されてきたように思う。今回の金融恐慌で、一番被害を受けたのは、そうしたヘッジファンドなのであろう。その意味では、今回莫大な金余りが解消されることで、相場は安定した方向に向かうのではないか。

そのなかで、日本はバブルを真っ先に経験したことが大きいけれど、技術力その他、世界のどの国も勝てないような技術だとか、生産力だとか、サービス力があり、それはあらゆる国の追随を許さないレベルに達している。けっきょく、戦争に負けた日本が、負けたがゆえに、軍備の拡張合戦に組み込まれず、独自に経済発展ができたことが大きいのではないか。もしかしたら、今回の事態で、日本はアメリカに勝ち、第二次世界大戦の負けを取り返したのかもしれない。

日本が世界の最先端を進み、先に、資本主義2.0の世界が経験せざるを得ないバブルと、その処理を早めに済ませておいたおかげで、いつの間にか、また世界の最先端を行くようになってきた。日本の企業も金融機関も、いまや世界の企業を買うほうに向かっている。中央銀行にしても、日本政府にしても、ここで圧倒的なプレゼンスを見せ付ける結果になったのではないか。しかも、バブルの時代のように、日本が圧倒的な勝ち組であることが、世界には知られていない。

戦後というものは、日本やドイツといった経済的な力をもつ国をいかにして抑えるかが課題だった。アメリカが軍事力をもつこで、日本やドイツの首根っこをおさえることができた。それが、いまや国の力が衰え、経済の変動をコントロールすることが難しくなっている。

その際に一番有効なのは、不正ぎりぎりレベルで金儲けをしている人間を逮捕し、起訴することだろう。投資の流れをコントロールはできないし、また、それが一番の課題であるだけに、相当難しいことがある。

October 10, 2008

10月10日(金)一日車を自由に使えて少しえらそうな気分になる

朝、ファックスのフィルムがなくなって、メモリーもいっぱいになり、困っていたので、まずは電気屋でそれを買う。

昼から、全日空ホテルで、実例法務研究会というけっこうお偉いさんの勉強会で話をすることになっていて、なんとハイヤーがお迎えにきてくれた。研究会では、新宗教について話をする。その後も、車を使えたので、ヒルズに行き、少し仕事をして、小幡さんとも話をする。

そこから、また、溜池に戻り、東京財団での生命倫理の土台作りの研究会に出る。今回は、学問の自由の問題について、終わってから、今後の研究会をがんばろうということで、宴会。向かいのビルの店で。宴会が終わってから、車で自宅に戻るが、研究会のメンバーに見送ってもらって、ちょっと照れくさかった。

今日一日車が自由に使えて、なんだかえらくなったような気になった。

October 09, 2008

10月9日(木)悪魔のささやきと大正大学での講義

朝からライブラリーへ行き、原稿の直し。日本宗教美術史、南北朝から桃山時代のところ、終わりまであと一歩というところまで行く。しばらくはこれに専念しないといけない。

お昼時、急がしそうな小幡さんと昼食をともにしながら、最近の金融恐慌について話をする。その際に、「これはいいことなのではないか」と言ってみてはどうかと、彼に提案してみる。趣旨はわかるけれど、どうかといわれたが、おそらく遠からず彼はそう言うことになるのではないか。ちょっとした悪魔のささやき。

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夕方、西巣鴨へ。大正大学での講義が今日からはじまる。毎週木曜日、10回ほど、「宗教がわかるとアートがわかる」というテーマで話をすることになった。ちょっと疲れ気味なので、講義も大変だと思ったけれど、話を始めてみると、テンションが高くなって、そのまま1時間半話を続ける。自分でもどうかしている。

終わってから、大正大学の関係者に歓迎会をしてもらう。大正大学は、地の利もいいし、案外都会的な大学だということがわかった。

October 08, 2008

10月8日(水)居酒屋タクシーならぬ投資家タクシーに遭遇する

来週、病院での診断なので、採血検査に行く。ところが、最初雨が降っていたので、自転車ではいけないかと思い、そのまま外出しようかとおもったけれど、止みそうな感じだったので、自転車で行く。検査が終わってから、ロイヤルホストで朝飯を食べ、床屋へ。床屋の親父と、健康問題をめぐって話しながら髪をかってもらう。

最近、品川へ行くことが多いが、今日も品川へ。駅のところから、無料送迎バスで、御殿山ガーデンへ。多摩大学がコーディネートしている、三菱信託の幹部研修の講師として、宗教について話をする。1時から5時半まで、2回短い休憩をとり、二度質疑応答があったものの、かなり話をする時間があった。一神教と日本の宗教を比較しながら、宗教とはいったい何なのかについて説明する。最近、無宗教について本を書いたので、その部分がけっこう話にはいってきた。質疑も活発で若干時間をオーバーして終わる。

タクシーで送ってくれたが、乗った個人タクシーの運転手、非常に理知的な話をすると思ったら、話は思わぬ方向に。最初は、居酒屋タクシーの問題が話題に出て、ああしたものがなくなったために、居酒屋タクシーをしていたものが流しに参入し、おかげで仕事が減ったとのこと。そのことを役所もメディアも理解していないというところに話が進んだが、さらに、金融恐慌の話になり、運転手は大学時代にロスチャイルドなどユダヤ人投資グループの動向について研究をしたことがあると語りだす。陰謀説ではあるが、それを聞いていると、実際に投資の話になり、今日一日でいくら損したとか、昨年は株では千数百万損を出し、一方、金では数百万儲けたということを言い出す。いったいこの運転手は何者と思いつつ、タクシーを降りた。

October 07, 2008

10月7日(火)熊野をめぐり那智の滝を見て秘仏を拝観する

思い立って、熊野へ行く。朝、羽田からJALで南紀白浜へ。羽田は最近混雑している、やはり離陸までに時間がかかった。少し遅れて南紀白浜空港に着く。この空港、羽田とのあいだの3往復があるだけで、ほかの空港とは通じていない。降りてから観光タクシーに乗って、熊野をまわってもらう。

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まず、一番のお目当ての那智の滝へ。この滝ははじめて見るが、これだけ美しい滝はほかで見たことがない。タクシーの運転手さんの話では今日は流量が多いとのこと。滝の近くまで行って、下からもおがむ。水の流れ具合といい、途中に突き出る岩の具合といい、なかなかこういうようにはいかない。滝の上には注連縄が張られているが、一度そこまで上って下を見てみたい気がした。

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青岸渡寺と熊野那智大社に参拝する。宝物館で、「熊野参詣曼荼羅」を見ることができた。これはちょうど、宗教美術史で改めて書き直しているところだが、とても参考になった。

そこから、補陀洛山寺へ。行きながら浄土へ渡っていく補陀洛渡海の話は大学の授業で聞き、衝撃を覚えた記憶がある。それに使われる船が飾られていた。そこを守っている方の好意で、秘仏の三面千手観音を少しだけ扉を開けて拝観させていただく。一年に一度1月17日にしか普通は拝観できない。平安時代の木造だが、保存状態が抜群で、お顔が優しい。これは相当に優れた仏で、感銘を受ける。いいものが見られた。

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さらに、新宮の神倉神社をしたから仰ぎ見て、熊野速玉神社に行く。石段は登る時間がなかった。そこから速玉神社により、熊野本宮大社にも行ってもらう。少し時間に余裕があったので、温泉にも立ち寄れた。なかなか面白い一日だった。

最近は、熊野はブームで、熊野古道に来る人も多く、さらにパンダ目当ての観光客も多いとのこと。全体に、観光地としてにぎわっているという状況で、世界遺産に指定されていることも大きいようだ。時間がなくてまわれなかったが、いろいろ興味深い場所もありそうだ。また、ゆっくりきてみたい。

October 06, 2008

10月6日(月)季織亭の進化に感動する

朝雨だったので、家で仕事をする。無宗教の本、一応最後まで書いたのだけれど、ちょっと補足をしてみたくなり、おまけの文章を書いてみる。これで200枚を超えるので、分量としてはちょうどいいだろう。必ずしも宗教に限定せず、日本社会の今後を考えるという内容になった。おそらく、これでまた一冊本を書く必要がありそうだ。

午後は、ライブラリーへ。少し仕事をして、朝日新聞の取材を受ける。前に「逆風満帆」で取材をしてもらった今田さんに公明党のことについて語る。公明党に肩入れするつもりもないが、今後の公明党の可能性ということになると、かなりそれを語るのが難しい。なんとか希望のもてる話にして、最後を締めくくってみる。それにしても、いつ訪れるかわからない次の選挙は、公明党にとって結党以来の正念場になるのではないだろうか。

帰宅途中、久しぶりに経堂の季織亭によってみる。軽くラーメンを食べるつもりだったが、なにやら、今まで食べたこのないものがメニューに載っていた。一つは、「吟醸麺」で、もう一つは「イベリコたんめん」。どちらも聞いたことのない名前だ。後者は、イベリコ豚が入っているということが名前からわかるが、前者はまるでわからない。ご亭主に説明してもらったが、酒粕をスープに入れ、具としては鯛を乗せているとのこと。興味を引かれたので、それを注文するが、出てきたものは、今までにまったく食べたことのない麺だった。

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スープは、季織亭のベースのものに、酒粕が加わり、非常にマイルドになっている。甘くない甘みがあり、和風の感じが強い。それに鯛がよくあう。養殖ものだというが、これが天然だとスープに負けてしまうのかもしれない。この酒粕特別なものらしい。ご亭主は、天然の鯛でもチャレンジしてみたいと語っていた。普通のラーメンファンにはどうかわからないが、料亭で出てくるラーメンという感覚もあった。季織亭は、進化したようだ。

October 05, 2008

10月5日(日)新居由佳梨さんのピアノ演奏をはじめて横須賀で聞く

日曜日だが、朝、2時間ほどがんばって、『寺門興隆』の連載原稿を書く。今回は、出たばかりの『新宗教ビジネス』のことを書いたので、書きやすかったせいもあるが、短い時間で20枚ほど書き上げられる。もし、このペースでやれれば、一日に40枚かけて、それを5日間続けると200枚になり、ちょっと薄めだが、新書一冊分になる。それを毎週続けてやると、一年52週のうち、盆暮れに一週間ずつ休んでも、50冊はかける計算になる。校正は日曜日にやって、土曜日は休み。もちろん、そうなると他にはまるで何もできないが、50冊出せば、年間で最低でも5000万円は入る。売れれば、1億円も夢ではない。と、ばかなことを考える。

昼からは、横須賀方面に汐入にあるよこすか芸術劇場で、木下さんお奨めの女性ピアニスト、新居由佳梨さんのピアノリサイタルを聞きに行く。ついたら時間があってので、どぶいた横丁というところを歩いてみるが、みな見せのシャッターが閉まっている。夜の店ばかりらしいが、すたれているという印象が強い。こういうところは、地方にもなかった。

新居さんの演目は、

バルトーク  : 民謡の旋律による3つのロンド
               ルーマニア民族舞曲

ドビュッシー : 子供の領分
          喜びの島

グリーグ   : 「叙情小曲集」より
               蝶々、小人の行進、ワルツ、ふるさと、トロルドハウゲンの婚礼の日

リスト    : 「巡礼の年 第3年S163より」
               第4曲 エステ荘の噴水
             
         「巡礼の年 第2年「イタリア」S161より」
               第7曲 ダンテを読んで-ソナタ風幻想曲-

 曲をあまり知らないので、前半と後半の区別がつかなかったが、途中休憩をはさんで2時間弱。前半は、ゆるやかな曲が多くて、それに誘われ、半分寝ながら聞くが、それが心地いい。後半は、強く弾く曲が多くて、そこが彼女の真骨頂のようで、かなり楽しめた。バルトークがどこか日本の民謡に聞こえるのが面白い。楽屋で挨拶し、自由が丘へ出て、夕食をとる。

October 04, 2008

10月4日(土)OXストアーの新しい店舗に行ってみる

まさに秋といった感じのいい天気だ。

それでも経済危機は深刻化し、アメリカでは不良債権買取の金融救済法案なるものがやっと成立したが、その中身を見ると、あまり意味がなさそうな気がする。けっきょくは、金融機関が一時的に国から金を借りて、それで経営の建て直しをはかるという内容なのではないだろうか。だからといって、とくに金融機関に役立つような部分はない気がする。市場の反応が悪かったのは当然で、しかも、減税を含むというのだから、アメリカ政府も迷走している。こんなことしか考えられないようでは、やはりアメリカ経済は当分立ち直れないのだろう。アメリカという国は、これから世界から孤立し、自分たちだけでやっていくようになるのではないだろうか。

夕方、今度オープンした小田急OXストアーの経堂北口店に行ってみる。新しい建物なので明るいが、元の店に比べると、衣料品などは圧倒的に少ないし、床面積は小さくなっている。駅から、今度できたアーケードを通るといけるので、思っていたよりも便利だが、営業時間も元に戻っている。果たして便利なのかどうか、わからない。問題は元のところがどうなるかだろう。

October 03, 2008

10月3日(金)無宗教についての本を書き上げる

朝からライブラリーへ出かける。無宗教についての本、一応、今日を最初の締め切りに設定していたので、残り一章ということもあり、書ききることにする。もう少し遅れても大丈夫なのだが、やはり締め切りは守ったほうがいい。午前中からかかって、夕方まで、途中取材もあったが、なんとか最後まで書く。

全体に、最初から原稿の枚数はそれほど多くはならないだろうとはじめた仕事だが、やはりそうなった。今のところ180枚を少し越えたくらい。ただ、前書きもあとがきもないし、途中小見出しもつけていないので、そうしたものを入れると200枚は超えるだろう。それでも新書としては短いほうかもしれない。9月18日から書き始めて、今日で18日。一日約10枚書いたことになる。

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『新宗教ビジネス』も早いところではおとといから書店に並び、今日で全国にいきわたったらしい。日経の朝刊に広告が出ていて、それで本が動き出している。アマゾンでランキングを見ていると、最初400位あたりだったのが、すぐに200位くらいになり、それがしばらく100位代になり、夕方には100位以内に入っていた。夜になると65位までランキングがあがっている。今のところいい兆候ということだろう。

夜は、経理のことで打ち合わせをする。今年度は消費税も支払わなければならないし、やはり税理士に頼むしかないだろう。

October 02, 2008

10月2日(木)伊勢丹でスーツを受け取りセブンイレブンで保命酒を受け取る

朝、クリーニングをとりにいく。急に涼しくなったので、この季節用のズボンを保管していた。家に戻ってから、改めてライブラリーへ出かける。今日も原稿を書き続けるが、午後になって眠くなり、はかどらなくなった。

夕方、新宗教の建築について研究している東北大学の五十嵐太郎さんがお見えになり、建築学会の機関誌用のインタビューを受ける。建築界では、オウムのサティアンがかなり話題になったとのこと。宗教と建築をめぐって、質問に答える。

インタビューが終わってから新宿へ出て、伊勢丹に行く。先日作ってもらったスーツを取りにいく。小さな生地だけ見て注文したので、どういうものができあがるかはっきりと想像できなかったが、かなりいいできになっていた。あわせて、ネクタイを事前に選んでもらっていて、それを2本買う。2本目は複数の選択肢があり、一番派手なのにする。そのあと、コートを見せてもらうが、トナカイの皮を使ったものがあった。これはめずらしいが、値段も張る。およそ50万円。今一番ほしいのはうすでのコートなので、そちらを見せてもらうが、これで決まりというのがなく、買えなかった。

帰りがけ、紀伊国屋によって、『新宗教ビジネス』がどこにおかれているかを確かめる。一階の新刊で2列になっていたほか、5階の人文書では2箇所においてあり、おもしろいのは3階のビジネス書のところ。なんと業界という棚にあり、エンターテイメントの業界の隣におかれていた。果たしてこれでいいのだろうか。

一旦家に戻った後、セブンイレブンに宅急便で送られてきた鞆の浦名物「保命酒」を取りに行く。

October 01, 2008

10月1日(水)10月最初の日はライブラリーはちょっとにぎやか

もう10月だ。だいぶ秋の気配が濃くなっている。

朝、まず都庁に行き、パスポートを受け取る。なんとか近々海外に出かけたいと思っている。パスポートがないとはじまらないので、とりあえずとっておく。

そこからライブラリーへ行く。小幡さんと最近の経済について話し合う。彼も、この騒動で忙しくなったようだ。朝日新聞の今日の記事を見ても、一面のは彼の本を読んだ上で書いているのではという印象がある。

ライブラリーでは、朝から夕方までとりあえず仕事をする。今日は、いつになくにぎやかで、人の出入りがあった。月初めのせいだろうか。

夕方、小幡さんの奥様が着物でお見えになる。英語で茶道を習っているとのこと。アメリカでは、ポルトガル人に習っていたというから、そこが面白い。原さんがきて、しばし話をしたあと、毛利庭園のところのイタリアンで飯を食う。

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