11月22日(土)『平成宗教20年史』の見本が届き国民皆議員制度を構想してみる
幻冬舎新書の第2弾『平成宗教20年史』の見本が届く。新書は装丁が同じなので、どのような本に仕上がっているか、だいたい予想がつくので、明けたときの感動は薄いのはちょっと残念。それにしても、宗教の話題だけで平成の20年間を終えてしまうのだから、そこが恐ろしい。そういう時代も珍しいのではないか。
後、今年は『天理教』が出る予定で、そこまで出ると、単独著作が7冊、対談の共著が2冊、文庫化が1冊で、全部あわせると10冊。ほかに、監修が1冊と共著が1冊。それでちょうど12冊。まさに「月刊島田」になった。
ふと考えてみたが、裁判員制度がはじまるなら、国会議員も同じように国民のなかから選ばれた人間が、それぞれの会期ごとに議員をつとめるということも可能ではないだろうか。本来なら、間接民主主義よりも、直接民主主義という考え方もある。一般の国民が、人を裁くのなら、法律のよしあしを判断してもいいのではないか。そうなれば、まず議員はいらなくなるし、選挙もいらない。政府の方は大統領を直接選挙するようにして、内閣は大統領が決める。
そうなれば、国民も、政治家の責任などと言っていられなくなり、責任も生じるし、政治が身近になる。議員がいなくなり、当番の国民なら手当ですむので、歳費がかからなくなり、節約になる。国会は、仕事が終わった夜になればいいし、マスコミも永田町のつまらない話題を追っていなくてもよくなる。国民の方も、いつ議員がまわってくるかわからないので、日頃勉強しなければならないし、学校教育の目的も、立派に議員をつとめられる人間を育てるということに絞れる。政府や官僚も、国民にわかるような法律を作られなければならなくなるし、妙なことはできなくなる。
そういうのよくないでしょうかね。
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