1月21日(水)久しぶりの海老蔵の弁天は彼の魅力が遺憾なく発揮され驚くべきできになっていた

新橋演舞場に海老蔵を見に行く。昼の部と夜の部を通して見ることになった。
海老蔵の出ていない二人三番叟からはじまったが、儀式なのか芸能なのか、ちょっと中途半端。右近と猿弥のコンビも、はっきり日本舞踊の素地があるかどうかで、かなり不協和音を呈するようになった気がする。それにほとんどつつく形で、海老蔵の「にらみ」。全体に昔の正月の儀式的な部分が復活されているのがおもしろい。
昼の部のメインは、海老蔵初演の「すし屋」。もう今月がはじまってからに経ったせいか、とても初演とは思えないほど手慣れた感じがする。周りが、少し落ちるので、その点では物足りない。海老蔵は、悪いところは徹底して悪いのがいいけれど、善と悪との境目の部分はもう一つだろうか。最後は、「お祭り」でにぎやか。
夜の部は、復活狂言の「七つ面」から。テレビのドキュメントで、復活にかける海老蔵を追ったものを見たが、全体に斬新さがないところが問題だろう。他の舞踊の要素を取り入れている分、なぜこの演目なのかがわからない。もっと大胆な革新がないと、定着することにはならないのではないか。
獅童などの「封印切」は、歌舞伎らしさに乏しい。獅童が映画などに出すぎているせいだろうか。おもしろいのはおもしろいが、深みがない。
なんといっても、一番すごかったのが、最後の「弁天小僧」。海老蔵は、とうとう20代では一度もこれをやらなかった。できなかったのかもしれないと、今日思った。ようやくできるようになって、それでということなのではないだろうか。こんな弁天は見たことがない。まさに、役と一体化し、新しい弁天小僧がそこにいた。あらゆるところで、自在。江戸時代の小悪党が、タイムマシンに乗っていきなり現代に現れたかのよう。どこまでもすきがない。こうなると、誰も海老蔵の弁天には勝てないだろう。これだけ見られて、それで完全に満足した。
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