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March 2009

March 31, 2009

3月31日(火)年度末に「お筆先」のテキストクリティークの問題を考える

3月も最後の日になった。年度末だ。あわただしいなか、時が過ぎていく。引っ越しも決まったし、宗教美術史も一応できあがってきたので、ホッと一安心というところか。あとは、宗教事件史に専念しないといけない。

『ぼくが宗教を読み解くための12のヒント』の校正ゲラを最後まで見る。さして大きな問題はなかった。略歴の方も直す。本が絶えず出るので、そのつど直していかないといけない。これを出版社の方に送る。

もう一つ、安丸良夫氏の『出口なお』の解説も出版社に送る。その過程で、八幡書店の武田崇元さんに電話して、「お筆先」のテキストの問題と、上田正昭氏と出口王仁三郎との関係についても聞く。後者は一族というところで落ち着く。王仁三郎は、上田喜三郎と言った。前者の方は、相当に難しいことで、どうもなおの「お筆先」のオリジナルテキストが確定していないようだ。「大本神諭」には、王仁三郎の手が入っている。そこには、果たして「お筆先」を書かせた神は、正しい神なのか、それとも邪神なのかというさにわの問題もからんでくるようだ。一度これについては改めて検討する必要がありそう。

March 30, 2009

3月30日(月)『日本宗教美術史』の最終稿を仕上げ気持ちよく座談会に臨む

午前中は、家で仕事をする。『日本宗教美術史』の原稿、なんとか「おわりに」を最後まで書き上げる。これで、全体が600枚ほどになった。第1稿では、800枚を超えていたので、かなり削ったことになるが、それでも大作だ。編集者がなんと言うかはわからないが、著者としてはこれで最終稿と考えている。大作だけに、予想以上に時間がかかった。年度末の時期、これを終えてすっきりしたい。

午後は、下北沢へ。北沢タウンホールで、曹洞宗関係の雑誌の座談会に出る。今の現状を踏まえて、これからの寺院は、どうしたらいいかという話しだが、葬式という行為自体が、やらなければそれで済む、ある意味贅沢な行為だという話しになって盛り上げる。対談は3時間に及んだけれど、なかなかおもしろかった。このタウンホールは、去年、長井健司運動のトークインをやった場所だ。

終わってから経堂に戻り、いまあじゅでお茶をする。たまに一人で寄って、ケーキなどを食べることがあるが、今日も疲れて糖分がいりそうなので、シュークリームを食べる。自家製だけに、皮が固くて、なかなかうまかった。

March 29, 2009

3月29日(日)まだ寒いけれどヒルズは桜祭り

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校正をしなければならないので、ヒルズの方へ出かける。乃木坂駅から行くと、ヒルズの前で地下通路を通ることになるが、そこにある看板が変化していた。前はただの模様だったが、今回は、ヒルズを題材にした写真。ちょっと雰囲気が変わった。

校正は、安丸良夫氏の『出口なお』の解説と、『ぼくが宗教を読み解くための12のヒント』。前者は短くて、すぐに終わったが、本の方は、12章あるうち8章が終わった。大きな問題はないが、改めて読み直してみると、けっこうおもしろい。宗教学者がいったいどのように研究を進め、物事を見ていくかということがわかって貰えるかもしれない。

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ヒルズの毛利庭園では、桜が咲いている。ヒルズ全体で桜祭りをやっているが、花見というにはまだ寒い。来週は暖かくなるのだろうか。

March 28, 2009

3月28日(土)物ではない引っ越しの面倒さを体験してほとほと疲れてしまう

引っ越しの準備が進んでいるが、案外、難しいのがネットや電話の移転。いろいろなサービスがあって、それがまた複雑に絡み合っている。IP電話というのもくせ者かもしれない。今日、移転の手続きのためにカスタマーセンターに電話をしたら、必ずしも正確ではない情報が出てきて、すっかり混乱する。どうもそこには間違いがあったようで、なんとか、最後には落ち着く。しかし、もうそこまで来ると気力がなくなって、電話の移転までは進めなかった。

物を運ぶという面では、おまかせが進んでいて、それに任せればいい。けれども、物ではない部分になると、誰もやってくれないので自分でやるしかないが、何をやったらいいのか、調べるにしても複雑で簡単には理解できない。皆、どうしているのだろうか。将来は引っ越し業者がそういう面でのコーディネートをしてくれるようになるのだろうか。

久しぶりに実家へ行く。実家の近くにおいしくて、いつも客がならんでいるケーキ屋があるということで、そこのケーキを買ってきてくれた。たしかに、卵など、相当にいいものを使っている。駅から離れたところにあるというが、これなら商売として成り立つだろう。これからは、本当のいいものでないと、日常的に必要でないものは売れないのかもしれない。高級料理店など、会社の経費が落ちなくなれば、次々と店を閉じざるを得ないだろう。そういう方向にこれからは進んでいくのではないか。そのなかでどう商売をするか。そこが問われている。

March 27, 2009

3月27日(金)桜は寒い日が続いて思ったほど咲いていない

午後は、日蓮の勉強会。桜上水から行くが、日大文理周辺の桜はまだあまり咲いていない。ただ、桜上水団地になると、かなり咲いている。日当たりが違うのだろうか。勉強会の会場である常円寺に行くと、しだれ桜などが咲いていた。勉強会の方は、引き続き「撰時抄」。今回は10ページは進まなかった。

勉強会が終わってから、伊勢丹に行き、リンの売り場で、DSの一番安いスニーキーを聴かせてもらう。アンプも内蔵されているが、マジックと同じような音がする。売り場での試聴なので、比較はできないが、小さなスピーカーを鳴らし、BGM的に使うならば、これで十分なのだろう。将来、導入する可能性もあるかもしれない。

仕事の方は、朝、宗教美術史のおわりにの続きを書く。あと1節か2節でおわりそうだ。編集者から、月曜日に「阿修羅像展」の内覧があるという知らせをもらったが、今の状況では行けそうになり。阿修羅像は、最近二度は見ているし、ほかのものもほとんど見ているので、果たして上野へ行くべきかどうか。国博の展示に疑問を感じているだけに、微妙なところだ。

March 26, 2009

3月26日(木)引っ越しも契約にこぎ着け研究室の歓送迎会に出る

引っ越しに関連して、いろいろやらなければならないことがある。そうしたものを済ませながら、仕事の方も進めなければならない。今日も、新しい本の企画がもちこまれた。引っ越しが済んでから、話し合いをすることになったけれど、ありがたいことだと思う。

今日、はじめて大家さんと会う。契約の方も、サインして、礼金敷金前家賃などを振り込む。一応順調に進んでいると言えるだろう。引っ越しの期日も決まっているし、ほとんど問題はなくなった。

原稿は、宗教美術史のおわりにの章を書き始める。いろいろとやりながらも、なんとか10枚ほど書く。これが完成すれば、なんとかなるのではないだろうか。

夜は、東大の御厨研究室の歓送迎会。メンバーのうち、4人も結婚がらみで、まことにめでたい会になった。阿川先生や武田さん、黒須さんにも久しぶりに会った。おいしいイタリアンで、堪能して帰ることができた。

March 25, 2009

3月25日(水)宗教美術史を直し引っ越しのことをいろいろと手配していく

いろいろとあわただしい。そんななか、『ぼくが宗教を読み解くための12のヒント』の初校が送られてくる。編集者のチェックした疑問箇所も少ないので、一読すればすみそうだ。直すところはほとんどないだろう。

今日の仕事としては、宗教美術史、近世の8章と近現代の9章を見直す。この時代になると、もう直す部分はあまりなかった。直しようがないとも言える。このあと、結論の章をもう一度書き直せば、一応最終稿として考えている第4稿ができることになる。もう少しだ。

引っ越しの方、新しい家の審査も通り、引っ越しの日程も決まってきた。一番、問題なのはネット環境で、我が家の場合、たんにインターネットができればいいというだけではなく、リンのDSのシステムがネットワーク上にあるので、そのことも考えないと行けない。たまたまパナソニックのサイトを見たら、家庭内ランというのがあって、電話線のように壁のなかにランケーブルを入れてしまうやり方が出ていた。できるなら、それでやりたい。そうすれば、ケーブルが部屋の中をはい回るということはなくなるはずだ。

March 24, 2009

3月24日(火)最後の場面でイチローの顔が変わったように思えたのは錯覚だろうか

家で仕事をする。ただ、WBCの決勝なので、どうしてもそちらを見てしまう。しかも、緊迫したゲームで目が離せない。一方的にどちらかがリードというなら、仕事にも集中できるがそうもいかない。

なかなかないたまらない試合だったけれど、イチローが最後に決勝打を打った場面、かなりねばっているなかで、最後に顔が変わったように感じたのは、私の錯覚だろうか。リラックスしたというか、この顔なら打ちそうだと思ったところで、案の定センター前ヒットが出た。岩隈も好投したので、聖教新聞の一面をWBCが飾ったりもするのだろうか。そうなれば事件だ。

仕事の方もなんとか、宗教美術史の南北朝から桃山時代のところを直す。この時代、宗教的にもとらえどころがない。美術史としてはかなり大きな変化が起こった時期だが、それと宗教や信仰とどう関係するのか、その議論が難しい。禅の展開を軸に話しを展開しているが、まだ、完全ではないように思う。あともう一歩だ。

夕方、銀行印が見あたらないので、はんこ屋に注文する。それから、auショップにいって疑問点を尋ねたが、販売店にもクレームをつけなければならないようだ。そこが面倒。それから、不動産屋に寄り、物件の審査の状況を聞く。最終段階に来ていると言うことで、部屋の寸法をはかりにいく。窓が高いので、カーテンを用意するのが大変かもしれない。有線ランのことやスカパーのことなども、考えないといけない。なにしろリフォームが終わっていないので、最終的にどうなるか不確かなところもある。これは、もう一歩。

March 23, 2009

3月23日(月)強風のためライブラリーに行くのに時間がかかった

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昨日に引き続いて、風が強い。朝、だったら経堂の駅から富士山が見えるかと思ったら、やはり見えた。ただし、うすぼんやりしていて、先日くっきりと見えたのとはかなり違った。常磐線が強風で止まったらしく、その影響で小田急線から千代田線のダイヤがかなり乱れていた。

ライブラリーで仕事。宗教事件史の原稿、10章目を書く。なんとか1章分を書き上げるが、一日使ってしまった。

夕方、工作舎の編集者がライブラリーにやってきた。今度、四方田犬彦氏が1970年代の大学でのことというか、当時の学問の状況について本を5月に出すという。その際に三省堂の本店でトークショーをやることになり、私に対談の相手をしてほしいと頼まれた。編集者からは、まだ校正段階の原稿を渡される。ちょうどそのころは、私の『ぼくが宗教を理解するための12のヒント』が出ているかもしれない。そうなれば、格好の宣伝の機会になりそうだ。

March 22, 2009

3月22日(日)風のひどく強い日に不動産物件の申し込みをする

暖かい日が続き、東京では桜が開花したようだ。例年になく早いらしい。ただ、来週になると寒の戻りがあるというのことなので、まだ本格的な春というわけではなさそうだ。

引っ越しをするための物件、駅に近いところに格好のものがある。ほかにも今日、何軒かまわって、見せてもらったが、そこにかなうものはないので、申し込みをすることにする。審査が通れば、4月からはそこに住むことになる。仕事もあるが、それはいつものことなので、仕方がない。先へ進むしかないだろう。

午後、用事があって、新宿へ出る。風が強い。経堂の駅のホームの上では、とばされそうになる。大昔、江戸川の葛西に住んでいたとき、川を渡る東西線の電車が強風のために横転したという事故があった。そのとき、死者は出なかったように記憶しているが、10両編成の電車がふっとぶのだから、風は怖い。一部では、電車も止まったらしい。幸い経堂に戻ってきたときには、風も弱くなっていたので助かった。

March 21, 2009

3月21日(土)経堂という町は多様で不思議なところだと改めて思う

引っ越しをしようとして、経堂の街をめぐっていると、今まで気づかなかった街の特徴がわかってくきておもしろい。経堂のベースは、小さな川がいろいろなところに流れている田園地帯。おそらくは、つい数十年前まで農地がかなり広がっていたことだろう。だからこそ、農大があり、また、徳富蘆花が農業をやっていた今の芦花公園がある。その川については、暗渠になってしまい、その面影は、遊歩道などに残されている。

街についても、格別計画的に進められたのではなく、場当たり的に進められたことが明らか。そのために、少し場所が違うと、環境があまりに違う。家が密集していて、空間が乏しい下町的なところがあるかと思えば、反対に、敷地がやけに広い家が並ぶ地域があったりする。しかも、一本道を隔てただけで環境が変わったりする。駅前についても、ほとんど離れていないのに、閑静な住宅街であったり、イメージとしては荒野のなかにぽつんと建っているマンションなどもあり、現地に行ってみないと、そこがどういう場所かまったくわからない。

経堂に今回住んで10年が経ち、30年前に住んでいたときをいれれば、10数年経っているわけだが、日常的に出入りする空間は限られていて、町の全貌をわかっていなかったのだと改めて思った。それも、もしかしたら経堂特有のものかもしれない。そこに、この町の一番のおもしろさがあるのではないだろうか。

March 20, 2009

3月20日(金)今日が地下鉄サリン事件の日だということをすっかり忘れていた自分に驚愕する

正直、今日は複雑な思いにかられた。3月20日と言えば、それは地下鉄サリン事件が起こった日だ。それから今日で14年が経った。私にとって、忘れられない日であり、また、忘れてはならない日であるはずだ。

ところが、たまたまつけた7時のNHKニュースで、霞ヶ関駅での慰霊祭のニュースを見るまで、そのことをすっかり忘れていた。今日が3月20日だということがわかっていたにもかかわらず、今日はまったく気づかなかったし、今日にいたる日日のあいだにも、同様だった。いつもの年なら、3月20日が近づいてきたら、何年目だと考えたりするのだが、今年はそれもなかった。自分のなかで事件が風化していることを強く感じた。

決して、オウム真理教のことを忘れたわけではないし、つい先日も教団について話しをしたばかりだ。ところが、それでも今日のような事態が起こった。たしかに、14年という歳月は長いし、私の場合、直接の被害者の方々とは違い、障害をかかえているわけでもない。あるとすれば、こころの問題だが、そのこころが、あの事件から相当に離れてしまったのだろうか。その意味で、今年は特別な思いにかられた。

今日は休みだけれど、午前中から午後にかけて、宗教事件史の原稿を書く。この作業、1章分を書き上げると、13.5枚ほどでもすっかり気力を使い果たしてしまう。よって、一章分を書き上げただけだった。これで9章分が終わったことになる。

March 19, 2009

3月19日(木)先端研の研究室を引き上げる準備をし桜月の神事に参加する

午前中は原稿を書く。宗教事件史の8章を書く。茶道について書いた。一時茶道の研究を志したことがあり、そのときの知識が役に立った。それははじめてのことかもしれない。

午後、昨日見られなかった物件の一つを見せたもらう。まだリフォーム中だが、徹底したリフォームで、完成するとまるで新築のようになりそうだ。家賃はやはり高いが、心惹かれる。

そこから、先端研へ。来年度、客員研究員は続くが、研究室を引き上げなければならない。本を段ボールにつめる作業、研究室の若手に手伝ってもらい、完了する。全部で箱が17箱。ここ数年これだけの本が家になかったのは、本当にありがたいことだ。箱を見ると、やはり引っ越しかと心が傾く。作業が終わってから御厨さんなどと雑談。いまの日本がいかにだめか、そんな話題ばかりだった。

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桜月の神事に参加するために、西早稲田のコズミックセンターへ行く。先日江古田で使った桜の絵だがすでに満開になり、散り始めている。春の予祝のための神事ということらしい。果たして次は何が来るのか。まったく予想がつかない。

March 18, 2009

3月18日(水)本が戻ってくることになり引っ越しを考えてもいいかと少し物件を探してみる

今度、東大におかせてもらっていた本が家に戻ってくることになった。段ボールでいくつになるかわからないが、教団関係の資料が主においてある。これが家に戻ってくると、置き場所に困るので、引っ越しを考えることにした。午前中、経堂の不動産屋へ行き、いろいろと物件を紹介してもらう。今の団地、もう少しひろい物件があれば、そこに引っ越すという手もあるが、それがないのでいたしかたないだろう。それに、同じところに10年というのも、停滞している気がする。

マンションで広いものとなると、一人暮らし用の狭いものに比べれば、物件の数が少ない。なかには、リフォーム中で中を見られないものもあった。多いのは、バブル期に建てられた賃貸物件。外側が、タイルのようになっていて、それはあの時代の建物の特徴だ。そうしたもの、作りは立派で、共用スペースなども広く、枯山水のようなものがたいていある。中身も豪華ではあるけれど、その豪華さがかえって、今になると果たして必要なのかどうか、疑問を抱くものもある。その点ではなかなか難しい。かえって、それよりも古い物件の方が、住むということでは環境がよかったりする。もう少し探すことになるだろう。

そんなわけで、仕事もほとんどできず、WBCも見られなかった。

March 17, 2009

3月17日(火)一誠堂書店でパーリ語経典協会の英訳本を入手しようとするが全部はそろわなかった

暖かい日が続いている。今日も天気が良い。

それでも、遊ぶわけにはいかないので、原稿書き。宗教事件史の7項目目、途中まで書いていたのを最後まで仕上げる。さらに、宗教美術史の鎌倉時代の項目を直しきる。ただし、直し終わってから、実はこの時代には一貫したテーマがあることに気づく。その点を、加味してもう一度原稿を直す必要がありそうだ。そこに、平安時代と鎌倉時代とを分ける重要なポイントがある気がする。

夕方、三五館の中野さんと神田神保町の一誠堂書店に行く。『ブッダ100のことば』という本の執筆に必要な、パーリ語経典の英訳本を探すのが目的。松山俊太郎先生から2階にあると言われていたが、階段を上がったところにすぐに見つかる。そういうものなのだろう。ただし、お目当ての本は全部はそろわなかった。イギリスから取り寄せる必要がありそう。

買い物が終わってから、中野さんとお茶をしながら話しをする。本をどうするかを含めいろいろと雑談をするが、要は、私自身がブッダになり、その角度からことばを翻訳というか、書き記していけばいいのではという結論になる。果たしてそれでうまくいくのかわからないが、一応の方針は立ったかもしれない。

March 16, 2009

3月16日(月)キューバ戦の終わりを見て後はヒルズで仕事をする

今日は、昨日以上に暖かい。朝起きてテレビをつけたら、WBCのキューバ戦をやっていた。ちょうど、松坂から岩隈に投手が交代したところだった。データを開いてみたら、6-0で勝っているというので驚く。さすが松坂ということだろうか。

試合が終わってから、ヒルズへむかう。最初に、『宗教理解』の本のまえがきを書く。この本、編集者からの提案では、『ぼくが宗教を読み解くための12のヒン』という題名になるらしい。ここのところ、数字がついたタイトルのものが多い。なんだか、長編小説家から連作小説家になったような気分だ。

『大学ランキング』の原稿の校正をしてから、宗教美術史の浄土教信仰の章を見直し、それを終えて、鎌倉時代に入る。これも、半分くらい見直すことができた。途中、『アエラ』の現代の肖像に載っていた堺雅人についての文章を読む。狂気の部分がおもしろかった。彼にはたしかにそうしたところがある。役の上でも、その狂気を発動させたらおもしろいと思うが、今の状況では、そうした役をやるようにはならないかもしれない。難しいところだ。

March 15, 2009

3月15日(日)桜の開花も近い日に顔見世のビデオを見たりする

ようやく天気が良くなった。暖かい。外に出てみると、近くの桜の木にはすっかりつぼみがつき、もうすぐ咲きそうな気配だ。今年は印象としては、それほどの暖冬という感じではなかったけれど、桜の開花は相当にはやいらしい。

『宗教理解』の原稿、無事に入稿するらしい。題名が少し変わりそうで、まえがきを書く必要が出てきた。これだと4月中の刊行になるのだろうか。

見ていなかった京都南座の顔見世のビデオを見る。ハイビジョン放送ではなかったので、見ないままになっていた。おもしろかったのは、「石切梶原」で、歌六と芝雀が熱演で、舞台が盛り上がっていく。吉右衛門については、どうしても好みでないので、評価が難しいが、この演目、こんなにおもしろいものとは知らなかった。梶原は、「実盛物語」に通じていて、海老蔵にはうってつけではないだろうか。

夜、NHKの法隆寺金堂についての番組を見るが、聖徳太子についての説明が、相当に昔に流布していたもので、今ではかなり問題がある内容だった気がする。実在の太子にいったいどれだけの功績があったのか。本尊の釈迦如来と救世観音を太子の姿を写したものと断定していいのだろうか。かなり問題がある番組だった。

March 14, 2009

3月14日(土)今週はなぜかそれほど忙しくはなかったのに目一杯働いたという感じで一日くつろぐ

なんとなく今週は目一杯働いたという感じがして、昨日など東京財団の研究会に着いたときには、すでにあっぷあっぷだった。ようやく土曜日になった。ただ、朝からあまり天気がよくない。一度あがったように見えて、また振り出し、天気の回復が遅れた。

ただ、ちょっと仕事をしておこうかと、宗教事件史の7番目の章、5枚ほど書く。親鸞と蓮如の話。しかし、さすがにそこまで書くと嫌になり、そこで終わり。それでも、それだけ書いておくと、次が楽になるはずだ。

昼、雨の中を買い物に出るが、駅の南に顔専用のエステの店が出来ていた。男性には関係がなさそうだが、いろいろな店が出来るものだ。セレクトでジャマイカプライムを買い、保存容器の小さいのも購入する

一日、Majik DSをならしていたが、音がよくなってきた気がする。けっこう、はっとして、こんな音だったのかと改めて思うことがある。SD05が来てからCDをかけると、なんだかいやな音になっていたが、そういうのがまるでない。CDをかけたときには、CDがなっているという感覚があったのが、今はそれがまるでない。どう説明して良いか、それが難しいが、音が自然になったということだろうか。さすが、次世代の音の世界だと思う。

March 13, 2009

3月13日(金)『出口なお』の解説を書き上げ代理懐胎についての法的規制の問題について議論する

今日は、今度洋泉社のMC新書として復刊される安丸良夫氏の『出口なお』に寄せる解説の文章を書く。15枚ほどだが、意外と斯うした文章はむずかしい。なんとか、午後までかかって書き上げる。

午後は、東京財団での生命倫理の土台作りの研究会に出席する。現在、ネット上の掲示板を使って、議論が進められるが、実際に参加者があって議論した方がいいということになったらしい。議論の焦点は、代理懐胎の問題。いろいろな考え方がある中で、果たして法的に許すなり、許さないなり規制を行うべきか否か、議論は相当に難しく、今日だけではもちろん終わらなかった。

終わってから、近くの居酒屋で懇親会。参加者も多く、いろいろな議論が出る。

March 12, 2009

3月12日(木)経堂に新しい靴修理の店を見つける

今日は、宗教美術史の密教の章に取り組む。後半の部分をかなり書き換えたので、時間がかかる。先日「三井寺展」で黄不動を見たのが大変参考になった。赤不動はすでに見ているので、青不動も見られればいいのだが、おそらくは本の刊行よりも後になってしまうだろう。それが悔やまれる。

夕方、少し散歩に出たら、すずらん商店街に、新しい店ができていた。おしゃれな感じなので、なんの店かと近づいたら、靴の修理の店だった。雰囲気的には、福岡の靴屋に似ていて、オーダーで靴を作りそうな感じだが、修理と合い鍵を作るとしか出ていない。靴修理だけでやっていけるのだろうか。

つい少し前には、アメリカの新大統領のことが話題になっていたが、もうすっかりその熱は冷めてしまったかのようだ。別に新しいことをしていないし、存在感もないので、注目を集めようにもその機会がないのかもしれない。このままどんどんそういう方向にむかうのだろうか。

3月11日(水)江古田でふたたび神事が行われる

朝はいろいろと雑用があり、確定申告のことや粗大ゴミの申し込みとか、そういうことをしていたらかなり時間がかかった。そのあと、宗教事件史の原稿を1章の半分くらい書き、昼食をとってから、ライブラリーへ出かける。

ライブラリーでは、原稿書きをする合間に、『サンデー毎日』の取材を受ける。三田会について。記者が早稲田でなので、他の宗教の人間が別の宗教を批判しているかのような取材になる。終わってから、1章分の原稿を仕上げる。これで、全体の4分の1が終わったことになる。

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『出口なお』の本を読み、夜は夕食をとってから江古田へ。昨日、松風窓で神事があるという連絡を受けた。今回は、桜の祭り。買ってきたという桜の枝が用意されていて、すでにほころんでいる。その枝に布を結び、桜を言祝ぐことばを墨書する。私が書いたのは、「松かぜの窓をひらかん桜はな」。それを神谷宗家が即興で歌う。来週は、道場の方でその桜の枝を使って、何かやるらしい。

終わってから、タクシーで帰る。深夜なので環7もすいていて、わずか15分で家に着く。もし電車で帰ったら1時間以上かかっただろう。

March 11, 2009

3月10日(火)愛宕神社脇の菜根という店で会食をする

朝、浄水器のフィルターなどを交換してくれるダスキンの人が来る日なので、それを待ちながら、仕事をした。宗教美術史の直し。今日も、全体で2章分進む。

ダスキンの人がなかなか来ないので、ヒルズへ。小幡さんと久しぶりにヒルズクラブで昼食をとる。午後も仕事を続ける。

夜は、愛宕神社の脇にある中華料理の店で、電通の渡辺さんと、初めて会う元電通の弁護士さん、それに娘を加えて夕食をとる。ヒルズから愛宕神社まで散歩がてら歩いていき、携帯のナビを作ったが、アメリカ大使館のところで、止められ、それでルートから外れてしまった。愛宕神社の下に着くと、高低差があると、ナビはまったくきかなくなる。参道をあがったが、最初は店がわからず、別の店で聞いてはじめてわかる。「菜根」という店で、桜の季節には昼夜満杯になるということだが、今夜は客が一組。外に出ると、昼間の暖かさが嘘のように寒い。まだ、完全に春にはなりきっていない。

March 09, 2009

3月9日(月)宗教美術史の最終稿に手をつけ村上春樹の次回作の内容を推測する

一日家で仕事をする。宗教美術史の方、最終稿に手を入れ始める。「はじめに」は少し書き足した。第1章はそれほど多くは書き足さなかったが、それでも枚数は少し増えている。基本的に、今日の仕事はここまで。あとは、宗教事件史の方、次の章のメモを作る。

午前中、伊勢丹のヒッキーフリーマンの売り場の方が直接我が家を訪れ、案内と、レターセットをいただく。前回は不在で、直接いただけなかった。春夏物のカタログは、先日売り場で見た物。

『文藝春秋』に、イスラエルの文学賞を受賞した村上春樹の文章が載っていた。イスラエルに行くなとか相当人に言われたらしい。事態を考えればたしかに、そうした声が出てくるのも当然だろうが、「行くな」という発言に果たしてどれほどの重みがあるのか、疑問は感じる。ガザ地区への攻撃に抗議するとして、受賞しないということは当然あるのだろうが、その勇気と、行く勇気とどちらがより困難なのか。そこらあたりのことが考えられた結果の受賞だったのだろう。

受賞演説では、卵と壁という表現がなされていたが、これは、次の作品『1Q84』の内容とかかわってきそうな気がした。オウム事件についても言及していて、システムのなかに巻き込まれていく卵の殻のような人間のもろさが、あるいはテーマになってくるのだろうか。ジョージ・オーエルの『1984』が下敷きになっているのなら、その可能性は十分に考えられるだろう。その点では、かなり気になる作品になるのかもしれない。

March 08, 2009

3月8日(日)豪徳寺にはじめて行き土門拳の文楽の写真に感銘を受ける

それほど天気はよくないが、何とか持ちこたえる。風邪の方は、大分よくなってきて、咳もほとんどなくなってきた。天気の方は不順でも、体の方は暖かい季節を迎える準備が出来たということだろう。

日本橋三越本店で開かれている「土門拳の昭和」のチケットがあったので、そちらに出かけようと考えたが、とりあえず散歩をかねて、豪徳寺に行く。招き猫で有名な寺だが、10年も近くにいて、未だにいったことがなかった。招き猫がずらっと並んでいる光景を想像もし、期待もしたがそれはなかった。招き猫を売っているところでは、なぜかゆるキャラの王様、ひこニャンが鎮座していた。

そこから、羽根木公園に寄り、梅を見た。前にも来たことがあるが、ウグイスが何羽も飛んでいて、まさに梅に鶯の状態。天気が悪いので、梅の花もはえない。

そこから、日本橋へ。最終日と言うことで、土門拳はかなり混雑していた。眼鏡を忘れてしまったので、近くでのぞき込まなければならず、人の多い分、あまりちゃんとは見られなかった。主に仏像関係を見たが、彼が撮影した文楽の写真、これまでちゃんと見たことがなかった。仏像を撮る以上に、文楽の写真はよい気がした。仏像だと、あまりに細部が強調されていて、何がなんだかわからないこともあるが、文楽人形だとそれがない。人形遣いや太夫などが写っているのも、より興味を引かれる原因だろう。

March 07, 2009

3月7日(土)黄不動のリベンジを果たす

朝は、知り合いの家に呼ばれていて、松戸方面に出かける。

帰りがけ、この前見ることができなかった黄不動のリベンジをするために、サントリー美術館へ行く。夕方の6時からは、700円で見られるので、その時間にあわせて訪れる。黄不動はなかなか見ることができないものではなるけれど、国立博物館ではないせいか、この時間になると人もかなり少ない。

ようやく黄不動に会うことができた。去年のはじめに、高野山を訪れて、赤不動に対面しているので、三大不動のうち2つを拝観したことになる。今年の秋には、青蓮院で青不動が公開されるので、それに行けば、もちろん行くが、三大不動を短いあじだにすべて見られることになる。

これまで黄不動については、写真すら図録に出ることがなく、曼殊院の写しの写真しか見たことがなかった。今回は、図録にも出ているが、実物は非常に立派。保存状態もよく、不動明王の力強さが遺憾なく表現されている。これまで気づかなかったが、少し右足を前に出し、体もひねり気味になっている。曼殊院のものは見たことがないが、やはり違う感じはする。

ほかにも、前回訪れたときには出ていなかったものがかなりあり、二度訪れる甲斐があった。今回青不動は、青蓮院で珍しく公開されるので、それがますます楽しみになった。

March 06, 2009

3月6日(金)納税額もだいたい判明しやけになったわけではないが服を買う

朝から天気が悪い。雨。雨だと、駅まで歩くのが面倒になるが、とりあえず、ライブラリーへ出かける。

着いてから、『寺門興隆』の原稿に手を入れて送り、続けて、『宗教事件史』の原稿にかかる。途中、昼食を挟んで、なんとか1章分書き上げる。これで5つめ。あと19章残っている。

午後は、水野さんの紹介で、静岡県の舞台芸術センターで行われている有度セミナーの会員になることについて、担当者が見えて話しを伺う。なかなか興味深い試みで、会員になることを承諾する。4月から5月にかけては、水野さんも講師になっているセミナーが開かれる。毎週なので全部というわけにはいかないだろうが、参加してみる価値はありそうだ。

そのあと、バジリコの編集者がやってきて、新しい企画について打ち合わせる。バジリコからは以前、『キリスト神話』を出したことがある。日本文明について、勝手放題語ってみる。

夕方は、会計事務所で打ち合わせ。確定申告の準備がだいたい整う。必要な納税額もほぼ判明したが、予想された範囲。それにしても、定率減税がなくなったのは痛い。給付金ではとてもとても。

伊勢丹に行き、ボディーソープを買い、ヒッキーフリーマンの売り場で、直してもらっていたスプリングコートを受け取る。いつものパターンで、そのなかにあう、ジッパー付のカーディガンが用意されていた。おもしろいのは、ジッパーで、フランス製だが、普通とは反対の左側で止めるようになっている。なぜかはわからないが、作った人は左利きなのだろうか。あと、エトロのシャツを勧められ、柄がおもしろいので、着いたばかりだというベルトとともに購入する。

March 05, 2009

3月5日(木)OXストアーの解体工事はすでに始まっていた

朝、床屋へ行く。髪を切ってもらえば、髭も剃ってもらえるし、調髪もしてくれる。ならば、朝床屋に寄って、それからどこかへ出かけた方がいい。

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床屋を終わって、駅の方へ向かうと、OXストアーの裏に久しぶりに通りかかった。今年になってから、解体工事がはじまると言われていたが、その通りになっていた。駅側からはこの様子が見えない。

そこからライブラリーへ行く。下に着いたところで、小幡さんとすれちがう。大学に行くとのこと。ライブラリーでは、『寺門興隆』の連載原稿を書く。なんとかがんばって、最後まで書き上げる。

夕方には、集英社の佐藤さんが見えて、新しい本の企画について話しあう。すぐにということではないが、かなり重要な本になりそうな気がした。

March 04, 2009

3月4日(木)病院での検診の数値が悪くなかったので一安心

午前中は原稿書き。ここのところまったく同じで、『宗教事件史』の4章にかかる。一日かけて、ほぼ仕上げる。

午後は、関東中央病院に定期検診に行く。雨も降っていなかったので、自転車で行く。全体的に数値は悪くなかった。この調子でいきたい。とりあえず、2キロくらい体重を減らすことを目標にしたい。

帰ってから、週刊誌からの電話取材。創価学会の池田名誉会長が、最近、「毎日新聞」に寄稿したらしい。そのねらいについての取材だが、池田氏の文章、あまりにも当たり障りがない。どうせなら、もっと政治的な意味あいがあるようなものでもいいのではないか。何か、優等生的になりすぎている気がする。

一昨日買ったCDをリッピングする。ちょっと問題が起こったのは、ボーナストラックの入ったもの。これは、日本版だけの特典らしく、そこの情報がない。これは、思わぬ問題かもしれない。

March 03, 2009

3月3日(火)雛祭りにライブラリーと横浜でレクチャーコンサート

午前中は家で仕事をする。『宗教事件史』の2章を仕上げ、3章にかかる。2章までは、編集者に公開する。

午後は、ライブラリーへ。雛祭りということで、紙で出来たおひなさまが飾られていた。小幡さんとも久しぶりに会う。ビクターのスピーカーをヤフオクで落札するか思案していた。彼の学生がやってきたが、これから都庁にシンクタンクのNPOの申請に行くという。夕方まで仕事をする。

夜は、神奈川県民ホールへ行く。神谷宗家に言われ、支援者でもある佐治晴夫氏のレクチャーコンサートを拝聴する。場内は平日だというのにいっぱい。佐治氏は、アマチュアということだが、パイプオルガンを演奏した。

3月2日(月)渡辺君に急に呼ばれて新宿に出て久しぶりにCDを買い村上春樹論を書いてみないかと提案される

3月も2日目。とりあえず、『宗教事件史』の原稿、最初の章を仕上げる。それから、2章に入る。半分以上は書いたが、最後までは行かなかった。

3時過ぎには、もう頭が働かなくなり、ボーッとしながら、コーヒーを入れたり、CDのリッピングの作業を続けたりしていたら、夕方、電通の渡辺氏から電話があり、新宿で食事というか、飲むことになる。

落ち合う前に、久しぶりにタワーレコードに行く。今日は日がさしたけれども、空気は相当に寒い。ここのところ、DSに変えるまで、CDを買っていなかったので、いろいろと買ってみる。チックコリアとバンジョー、この前聞いたチックとジョン・マクラフリンのバンド、キースのトリオの新譜、日野皓正の仏教っぽいもの、それにズート・シムズの日本公演のライブなどを購入する。最後にもう少しでポイントがアップするということで、乾電池も買う。かなりの額になった。

紀伊國屋の南店で落ち合い、サンルートホテルの2階にあるバーに行く。月曜日ということもあって、あまり客がいない。その分、かなり落ち着ける。窓の外の景色を見ていたら、これは地方都市の中心部のようではないかと思えた。渡辺君からは、いろいろ本の提案があり、そのなかで村上春樹についてトータルに論じてみたらどうかと言われる。あるいはこれは、まじめに考えないといけないのかと思ったが、なんとなく英語で書いた方がいいような気がした。

寒いのでタクシーで帰るが、新宿から家までわずか10分強で着いた。途中工事もあったが、今時のせいだろうか。

March 01, 2009

3月1日(日)ハイドディスクには1500枚くらいCDが入りそうだ

昨日の夜、娘が来て、晩飯を食べていくが、遅くなったのでと泊まっていく。そんなわけで、普通の日曜日になる。娘が昼間でいて、外で昼食を一緒にとって帰って行く。

その後、少し仕事をしようと思い、かきかけの原稿に手をつけるが、中途半端な時間からはじめたので、気力がわいてこない。2、3枚書いて、続けられなくなり、それでエンド。今日も雨が降るなど、天候はいまいち。季節の変わり目が終わらないと、どうも調子が出ない。

マジックDSのリッピングの方、だんだん調子が出てくる。リッピングしたCDの数もかなり多くなった。CDのように、いちいち掛け替える必要がないのは、やはり便利。アナログレコードもそうだが、盤をかえる作業に味があるとも言われるが、どうだろうか。500Gのハードディスクに、今のところ140枚くらいいれたが、使った容量はようやく10%程度。これだと、1500枚くらい入りそうだ。だいたい家にはそんなにCDがない。全部入れて、500枚になるだろうか。相当な量が入ることになる。

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