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June 2009

June 30, 2009

6月30日(火)原稿を書き始めてから2週間でゲラが来てさすがに私も驚いた

朝から家で仕事をする。今日はこまごまとしたものを片付ける。まず、『手にとるようにわかる東洋思想の本』の前書きを書いて送る。これが3枚ほど。そのあと、明日の朝日カルチャーセンターでの講演のレジュメを作り、それを送る。

それから、『文藝春秋スペシャル』に寄稿する原稿を書き始めたが、途中で、東洋思想の本、結論の部分を書き足す必要があることを思い出し、先にそちらをやる。それをやり終えてから、また文藝春秋の方に戻り、原稿を一応最後まで書き上げる。締め切りまではまだ間があるので、とりあえずおいておく。

夕方、幻冬舎の志儀さんが来て、仕事の話しをする。ただし、その前に、我が家のオーディオを聞いて貰ったら、それだけで一時間が過ぎた。それから、仕事の話しをして、三度新書を出すことになりそうだ。

その合間に、東大受験法のゲラが届く。2週間でゲラが届いたことになるが、その2週間とは書き上げてからの日数ではなく、書き始めてからの日数になる。それでも、ページ数は180ページを超えている。自分でも書き始めから2週間でゲラが来るようになるとは思わなかった。これなら、緊急出版も可能だろう。

June 29, 2009

6月29日(月)梅雨の晴れ間にポール・ポッツを聞く

依然として梅雨が続いている。今年の梅雨は、一応梅雨らしい梅雨と言えるのではないか。晴れの日が続かない。今日は、たまたま天気が良かったという感じ。

先週は原稿に集中したが、今週はそうもいかないだろう。水曜日には朝日カルチャーセンターでの講義もある。今日は、『手に取るように分かる東洋思想の本』の校正を終える。最後は、日本の思想で終わっているが、原稿が日本には思想がないという否定的な方向にむかっている。これは、日本の思想を論じたときになりがちな傾向だが、あまり好ましくない。その点を修正する。

工作舎から、先日の三省堂での四方田氏とのトークセッションの写真と音声データーが送られてくる。編集者は、二人の対談を考えてくれているようだが、どうなるだろうか。

昨日、タワーレコードに寄って、久しぶりにCDを買ったが、そのなかの一枚は、今話題のポール・ポッツの新譜。先日、テレビで見て、その存在をはじめて知った。本当に美声だが、プロとしてのキャリアが浅いためだろう、声帯がこれまであまり使われてこなかったという印象を受ける。その分、これから発展していく余地が大きいということかもしれないが、強さという面ではどうなのだろうか。その点は、まるで素人なのでわからない。

June 28, 2009

6月27・28日(土日)『新装版 洗脳体験』などが刊行された

河出書房から出る「『1Q84』を読むための本」に寄稿した原稿の校正をする。かんき出版から出る『手に取るようにわかる東洋思想の本』のゲラに手を入れはじめる。

今年の2月5日に新潟で行った「現代における新宗教」のテーマで行った講演の記録が、『新潟親鸞学会紀要』第6集に掲載された。

『週刊読書人』の7月3日号には、井上章一著『伊勢神宮』についての私の書評が掲載された。「建築学・建築史に対して妄想の産物であることを白日の下にさらす」というタイトルがついている。

『新装版 洗脳体験』が宝島SUGO文庫として刊行された。自己啓発セミナーを扱った『洗脳体験』は、最初に単行本として出てよく売れた本だが、それを文庫化し、さらにそれが新装版として世に出ることになった。今の時代、昔とは違った意味で洗脳ということが重要になっている気がする。著者の一人として再刊を希望していたが、それがかなった形でありがたい。

June 26, 2009

6月26日(金)直葬の経験をはじめて直接聞きこの慣習が広がりつつあることを実感する

朝、床屋へ行く。なんとなく、床屋というものは朝早くから営業しているように思っていたが、9時からだった。その前に着いてしまったが、ちゃんとやってくれた。ラジオからは、マイケル・ジャクソンについての番組が流れている。ちょうど50歳。私が大病したときと同じ年齢だ。その点では、身につまされる。床屋が、最近増えているらしい「直葬」を経験したという話しを聞く。直葬とは、火葬場で読経して貰う簡略化された葬儀のことを言うが、実際にそれを体験したという人からはじめて話しを聞いたことになる。

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久しぶりに、旧OXストアーの裏側を通りかかる。解体工事もかなり進んでいるが、まだコンクリがかなり残っているようだ。

そのままヒルズへ。ヒルズでは、『究極の東大受験必勝法』の原稿を書く。最後はイニシエーション論になったが、正味の原稿で200枚強になった。これに小見出しなどいろろと加えれば、十分一冊になるだろう。今週は、なんとなくその予感が週初めからあったが、取材も打ち合わせも一件もはいることがなかったので、原稿がはかどった。

それを見透かすかのように、週末になると、新しい本の企画と、原稿依頼がきた。監修の本のゲラも来るらしい。選挙も近づいているので、その関係でまだ何か来るかもしれない。来週以降は、まったくの未知数だ。

June 25, 2009

6月25日(木)東国原知事が日本のサルコジ日本のベルスコーニと呼ばれる日が来るのかもしれない

東国原知事の発言が、波紋を呼んでいるようだ。自民党の選対委員長が出馬要請にでむいたら、総理の座をよこせ的な発言をしたというので、反発も受けている。ジョークという説もあるが、本人は真剣なようだ。

昔なら、それは思い上がった発言ということで終わりになるのだろうが、今は情勢が違う気がする。昔、彼がそのまんま東を名乗って、テレビでタレントとして活動していた頃、名古屋のテレビ局で番組をもっていて、その番組に二度ほど出演したことがあった。その程度の縁だけれど、動向には注目すべき点があると思ってきた。

日本やアメリカではまだそこに至っていないが、ヨーロッパでは、とかく下半身の問題を起こす政治的な指導者が注目を集めている。おそらくアメリカでは、そんなスキャンダルを起こせば、すぐに地位を追われるだろうが、爛熟した文化が成立しているヨーロッパでは、プライベートな事柄と公の事柄とは区別され、私的なこと、異性問題でなにかあっても、それで政治的な姿勢が問われない状態になっている。むしろ、フランスやイタリアのように、問題を起こすような首脳の方が人気を集めていたりする。

それも、メディア社会になってきたからで、国民の支持は政治的な姿勢や政策に集まるのではなく、指導者個人の人間性によって決まるようになってきたのではないか。大衆紙に取り上げられるようなネタを絶えず提供する人物の方が、人間としての懐が広いと判断されるのかもしれない。

その点で、東国原知事は、これまでの経緯を見ると、かえって合格なのかもしれない。大阪の橋下知事は、逆に多産が売り物になっている。そこに特徴がないと、これからの政治家は人気を集めることも、支持を集めることもできないのかもしれない。果たして日本はどうなるのか。アメリカがその方向に行くことは、宗教的背景を考えればないだろうが、日本はわからない。

June 24, 2009

6月24日(水)インタビュー原稿を半分書き直したので一日の原稿の量がかなり多くなる

朝は雨。やんでから出かけると遅くなるので、雨の中をヒルズへ向かう。電車は今日も若干遅れ気味。

午前中は、河出書房から出る『1Q84』を読む本のインタビュー原稿に手を入れる。15枚ほどの原稿になっているが、途中から全面的に書き直すことになってしまった。著者に対してはずいぶんと批判的な原稿になった。その分、論旨はかなり明快になったのではないだろうか。

午後は、東大受験必勝法の原稿を書く。午前中に手がつけられなかったものの、午後いっぱいかけて、一章分26枚ほどの原稿を書く。これで一日、33枚は原稿を書いたことになる。それでもう目一杯だ。

週刊ダイヤモンドだかで古典の特集を組んでいたが、なかにおもしろい記事があった。それは、アダム・スミスの『国富論』についての翻訳の比較をしたもので、旧来の学者が逐語訳をすることでわかりにくくなっているのを、最近の翻訳では、それを改善されているということが、具体的に指摘されていた。これは、翻訳を行うときに大変に役に立つ指摘だろう。全体に、近年の翻訳は、向上していることに間違いはない。その特集をもとに、次の次の本のために、どれを手に入れるか検討する。

June 23, 2009

6月23日(火)村上氏が1999年頃に私たちの研究会に参加してくれていたとしたら今回の新作はもっと別のものになっていたことだろう

村上春樹氏の『1Q84』が依然として売れ続けている。新聞では、この本をどう読むか、特集が組まれたりしている。全体的に高い評価が与えられている気配だが、果たしてそう評価していいものだろうか。この作品、相当に問題を抱えていることも事実だ。

あれは、1999年頃のことではないかと記憶している。ちょうど私は、すべてをなげうって、『オウム』の本を執筆していた頃のことになる。本の初稿を書き上げるのに、まるまる一年を費やしたが、それと平行してオウムの問題について、研究会をはじめていた。

研究会をはじめるにあたって、私は、村上氏にも参加を打診するメールを送ってみた。ちょうど、読者との対話をするためのサイトが開設されていて、それを通して、メールと送ったのだ。どういう反応があるか、まったく予想できなかったが、村上氏からはFAXが届いた。

そのFAXは、今でも我が家のどこかにあると思うが、研究会に対して興味があるが、自分は小説家として、この問題については一人で考えてみたいと記されていた。からだの調子がよくないとも書かれていたが、それはあくまでエクスキューズのためのレトリックのように感じられた。

その研究会には、当時、オウムの問題を考える上で、最良のメンバーが集まっていたように思う。その研究会にもし村上氏が参加してくれていたとしたら、彼の認識もずいぶんと違うものになっていたのではないだろうか。逆に言えば、彼が研究会に参加しなかったことは、判断として誤りだったのではないかと思う。オウムの問題は、会った一人で考えていると、必ず袋小路に陥る。それを避けるためには、対話を続けるしかない。対話を続けないと、ある意味、オウムの信者たちが陥っていったのと同じ罠にはまりこんでしまう。今回の小説は、村上氏がその罠にすっぽりとはまりこんでしまったことを証明しているのではないだろうか。

June 22, 2009

6月22日(月)小幡さんはなんとSD05の最終機購入することになったらしい

朝からヒルズへ行くが、電車が遅れている。朝、どこかの駅で、気分の悪くなった乗客の対応でとアナウンスしていたが、本当にそれで全体がひどく遅れるものなのだろうか。何か疑問を感じた。千代田線では、今日の朝、駅をすっ飛ばした列車があったらしい。何かそれも関係があるのかもしれない。

ヒルズでは、東大受験必勝法の原稿を書く。予定通り一章分25枚を書き上げる。今週は格別予定が入っていないので、毎日金曜日まで書けば、全体で200枚を超える。小見出しとか入れていないので、一冊分に近くなるのではないか。これを早く仕上げたい。

小幡さん、サウンドデザインのSD05の生産中止ということで、あわてて注文したとのこと。なんと、彼の注文が最後になったらしい。通し番号では200ということになるのだろうか。オーディオに関しては、いつも思い切りがいいのに感心する。

先週は、『週刊現代』の「1Q84」の記事と、『サイゾー』のベストセラー特集で、池田大作氏の本について語ったのが記事になっている。

June 21, 2009

6月20・21日(土日)我が家のオーディオシステムは解脱しているのかもしれないと思い至る

土曜日には、昔、お付き合いのあった編集者が拙宅にお見えになる。目的は、我が家のオーディオシステムの試聴。サウンドデザインのデジタルアンプやリンのシステムに関心があって、インターネットを検索した結果、私のところにたどりついたとのこと。そのやはりオーディオファンのお友達をお見えになったので、いろいろと聞いて貰う。

最初は、フォープレイのライブ放送からはじめ、パフュームへのライブも見て貰う。ここまでは、テレビとデジタル接続したSD05の世界。これが、なかなか心地よく聞ける。スピーカーは、世間的にはクラシック向きと思われることの多いソナスファーベルのクレモナMだが、ジャズはもちろん、パフュームのような現代的な音にも意外と相性がいい。

そのあとは、SD05とリンのマジックDSをやはりデジタル接続したもので聞いて貰う。NASを交換しなければならず、まだシステムが完全ではないが、最近リッピングした範囲でいろいろと聞いて貰う。とにかく、このシステムは、音がすっきりしていて、オーディオシステムがあたかも途中に介在していない感じがする。それを改めて感じた。変な表現かもしれないが、我が家のシステムはオーディオとして「解脱」しているのかもしれない。煩悩にあたるもやもやとしたところがないのは確か。一年かけて、いろいろと考えた結果、到達したシステムで、本人としては、自信をもっている。

SD05は、すでに部品が調達できず、注文できなくなったらしい。それでも、負担が少ないものだけに、50年くらい故障しないのではないかと、製作者は語っているらしい。リンのDSも、ほとんど動くところがないので、故障しないのではと、担当者が言っていた。本当にそうならすごいことだろう。当分は、このシステムで音楽を楽しみたい。

June 19, 2009

6月19日(金)今回の臓器移植法の改正で臓器提供が増えるとは思えない

衆議院で、臓器移植法の改正案が、予想外の賛成票で可決された。これで、本人の意志が確認されなくても、家族の同意で、臓器提供が可能になった。これによって、臓器提供の数が増え、とくに15歳以下の移植が国内でも可能になるのではないかと期待されている。

しかし、本当にこれで、臓器提供が増えるのだろうか。脳死を死として定義するとはいっても、肉体の方は生命活動を続けている。脳死状態では、回復の見込みがないので、実質的に死と見なしてもかまわないということだが、そうした生命活動を続けている肉体を前に、家族はすでに死んでいると納得できるものなのだろうか。とくにそれが、子どもとなれば、相当に難しい。

日本は、水子供養がしだいに盛んになってきた国で、生命を左右し、死に至らしめたことに、後になってどこか納得できない、すまないという気持ちをもつようになる傾向が強い。その線で考えれば、家族が脳死になったとき、それを死として受け入れ、臓器提供に踏み切るというのは相当に難しいし、それ以降、ずっとそれで正しかったのかと悩み続けることになる。

家族の同意で可能ということになると、本人の意志を明白にというキャンペーンもあまり行われなくなるだろう。そう考えると、今回の法案によっては、かえって臓器提供が減っていくかもしれない。

そもそも、臓器移植という医療には、費用の問題を含め問題がありすぎる。たしかに、救われる命を救いたいという思いは無視できないが、十分な医療費を支払えず、それによって命を落とすケースだってないとは言えない。その点では、臓器移植だけを特別に考えて良いのか。考えてみれば、さまざまな点でこれほど罪作りな医療もないのかもしれない。

June 18, 2009

6月18日(木)案外あっさりと公明党は民主党に寝返るかもしれない

一日家で仕事。東大受験の方法、原稿を30枚近く書く。あとは、取材。幸福実現党について答える。

その取材のなかで、少し気づいたことがある。それは、公明党のこと。今のままのスケジュールでは、都議選のあとに、衆院選がある。

もし、都議選で、民主が大きく躍進すれば、都議会の第一党になる。そのとき、民主党は、与党になり、総与党体制が確立されることになるだろう。そうなると、地方議会において、公明党が自民党とともに与党を形成しているという状況に変化が生まれ、結果的に民主党との連立という事態が生まれる。

とくに、公明党にとって一番重要な選挙は都議選で、都議選での結果が国政選挙にも影響する。都議会で民主党との実質的な連立ができたとしたら、それは国政でも可能なことになる。ということは、次の衆院選挙で、民主とが第一党になり、自民党が下野したとしたら、案外簡単に公明党は民主党につくことになるのではないか。その意味では、政局は秋にむけて大きく流動化することになる。

6月17日(水)目黒で桜月流のユネスコ協会凱旋公演を見て松木君の体をいじる

朝からヒルズへ行く。東大の受験法の本、『究極の東大受験必勝法』というタイトルになっている。その原稿を書く。はじめにと題した章を書き終わり、次の章に入る。ほかに、仕事としては『手に取るように分かる東洋思想の本』の原稿に目を通す。なんとかそれを最後までやり終えたら、6時近くになっていた。かなり勤勉に一日働いた感じがした。

ヒルズから日比谷線で、都立大学前へ。近くのホールで、桜月の公演がある。ユネスコ本部で演じたものの凱旋公演。日本のユネスコ協会の人たちが主催なので、いつもの桜月の公演とは来ている人がまったく違う。プログアム的には、最近のものだが、今年になっての桜月の動きからすると、なんだか一時代前のことをやっているという感じで、物足りない。

途中、どうも全体にのりが悪いと思っていたら、どうやら松木君の体が動いていないのに気づく。腰を痛めたのではと思ったが、終演後に聞くと、その通りだった。楽屋で床に寝かせて、少し体をいじってみる。足を触ると、死ぬほど居たがっていたが、腰にはいいだろう。不思議なのは彼の足。皮と肉の付き方がほかの人とは違っている。これは不思議だ。

『1Q84』の世界は、月が二つ出てくる世界に変貌しているわけだが、神谷宗家はずっと月は二つだと言っている。当然それは、村上氏の本が出る前からのことになるが、おそらくそこには深い関係があるに違いない。秋には大徳寺で月見の宴があり、それで舞うことになるというが、そこでも何かが起こりそうな気がする。

June 16, 2009

6月16日(火)細々とした本の仕事をこなし新しい本に入る

いろいろと細々とした仕事がある。今日の朝は、それを一つずつ片付けていった。『教養としての日本宗教事件史』に『日本宗教美術史』、それに『最新新宗教事情』。『東洋思想』の方は、まだ半分は見ないといけない。

今日から、新しい原稿に入る。いわば東大の受験法のような本。最初のまえがきの部分を15枚近く書いてみる。東大と言うところは、試験に独特なものがあるが、それを突破するには東大とは何かを知らないといけないという話しになっていく。その上で、具体的にどうしたらいいのか。それを示すことで、日本社会においていかにエリートが形成されていくのかが明らかになるかもしれない。

新しくリッピング用に、外付けのDVDドライブを買ったのだけれど、それが意外に遅い。仕様からすると、こんなスピードではないはずなのだが、コンピュータのハードの方に問題があるのかもしれない。リッピングソフトも、リンが推奨するものが、なぜかうまく使えない。一度見てはもらったのだが、それ以降の方が、さらに状態が悪い。コンピュータ、一度検査に出す必要があるのかもしれない。

June 15, 2009

6月15日(月)企業の研修でイニシエーションの話しをしてみる

朝、家で仕事をする。『日本宗教美術史』の最終稿、一応最後まで見る。書き始めてから2年以上になる。いったいいつから書き始めたのか、ブログを調べてみたが、最終的にはっきりしなかった。探し方が悪いのだろうか。その後、『手に取るようわかる東洋思想の本』の監修原稿を見る。中国の話しからインドの話しになるが、やはりインドの方が日本人にとっては遠い間隔がする。

昼前に、新横浜に出かける。ある企業の研修会で、宗教について講義をする。ここのところ、何度かそういう機会があるが、今回はイニシエーションの考え方を基本に据えてみる。それによって、受講生と宗教との関係が確立されればいいと思ったけれど、はじめての試みなので、必ずしも思った通りにはいかなかった。ただ、方向性としては正しい気がする。次の機会もあるので、やり方を少し変えて、試みてみたい。

June 14, 2009

6月14日(日)昨日の続きで新島淳良氏のその後を書いてみる

昨日の続きだ。緑のふるさと運動は、私を含め、元ヤマギシ会のメンバーのリハビリが終わると、しだいに衰退し、ついには自然消滅のような形になっていった。元メンバーは、それぞれが、実社会のなかに仕事場所、居場所を見いだすようになり、仲間との頻繁な集まりを必要としなくなっていった。たとえば、私の場合には、大学院生としての生活があり、またこれはヤマギシ会とも関連するが雑誌『80年代』にかかわったりして、出版の世界との関係もできていった。

新島純良氏は、ヤマギシ会を出て、私塾を開き、魯迅塾などをやっていた。私もそれに出席したが、当時、新島氏と一緒に生活するようになった女性がいた。そこにはいろいろなことがあり、それは、本にもまとめられているが、私はけっこうそのかなり年上の女性からかわいがってもらった。その交わりのなかでは、彼女の新島氏に対する不満なども聞くことがあった。

新島氏は、緑のふるさと運動の機関誌が終わったあと、個人雑誌を出していて、そのなかではヤマギシ会への批判を書いていた。一度は運動に深くかかわった人間であるだけに、批判には具体性もあり、興味深いものではあった。

ところが、同居し、再婚していた女性が病に陥り、けっきょく命を落とすことになると、新島氏にも大きな変化が訪れる。これは、後で話しを聞いて驚いたのだが、彼女が亡くなった日か、その翌日に、元の妻のところへ出向き、復縁を求めたことだった。さらに、娘がずっとヤマギシ会にとどまっていたこともあり、新島氏は復縁した妻とともに、ヤマギシ会に戻る。このことは、ほとんど報道されなかっただろう。

正直、この一連の出来事を通して、私は新島氏に対して、理解できないものを感じるようになった。それは、私だけの感覚ではなく、新島氏がヤマギシ会に戻った後、ヤマギシ会の現役のメンバーにその点について話しを聞く機会があったが、「正直、あんまりだと感じた」と告白していた。ヤマギシ会の側としても、新島氏を受け入れざるをえなかった事情もあるのかもしれないが、いったいどういうことなのか。一度、新島氏が存命中にヤマギシ会を訪れたことがあったが、私はあえて会わなかった。

ここまでのことは、『1Q84』の世界とはまったく関係のないことだが、それだけこういう世界にかかわる人間の行動の仕方は複雑だということかもしれない。

June 13, 2009

6月13日(土)新島淳良氏と緑のふるさと運動そして私の関係

村上春樹氏の『1Q84』の発売を通して、新島淳良氏のことがふたたび取り上げられるようになるとは思わなかった。中国で文化大革命が起こったときには、それを熱烈に支持し、その後、幸福学園運動を提唱してヤマギシ会に入り、ふたたびそこを抜けたことは、あの時代を知る人なら、承知しているかもしれない。ニュースにもなったし、本人がいろいろ書いていたので、それを読んだ人もいただろう。村上氏がちょうど早稲田大学に在籍していた時代、新島氏のヤマギシ会入りが報道されたはずだ。村上氏がそれをどのように受け取ったのか、そして今受け取っているのかはわからないが、明らかに新島氏をモデルにした人物を小説に登場させたのだから、それなりに関心があったのだろう。中国ということも、両者の共通する関心かもしれない。

新島氏は、ヤマギシ会を出る前に、「緑のふるさと運動」を提唱した。これは、ヤマギシ会を含め、日本の共同体運動全般に呼びかけてはじまった運動で、より開かれたコミューンを作るということが目的になっていた。資金や人材を提供したのはヤマギシ会だった。

ところが、この運動に加わってきたのは、私を含め、ヤマギシ会に一度入ったものの、そこを辞めた人間ばかりで、それが事態を思わぬ方向にもっていった。運動の事務所はヤマギシ会の事務所を兼ねていて、勧誘活動も行われるべきはずだったのに、普段そこにいる人間は皆、ヤマギシ会に反対する傾向が強かったので、かえってヤマギシ会へ行くのを妨げるような面があった。私は、途中から、この運動が出している機関誌の編集を引き受け、そこに巻頭言を書いていた。

そんな運動が長続きするわけもないが、それは元ヤマギシ会のメンバーにとって精神的なリハビリのようなもので、リハビリがすめば、皆、運動そのものへの関心を失った。新島氏も最終的にヤマギシ会を辞め、それでヤマギシ会からの資金も途絶えた。運動では、会費などを集めて、事務所を存続させるという話しも出たが、結局そうはならず、新島氏が私塾を開くことで、事務所はそちらに移った。

運動自体は自然消滅していくことになるが、知られていないのはその後の新島氏の動向だろう。それについても少し書く必要があるかもしれない。

June 12, 2009

6月12日(金)『1Q84』のQは「阿Q正伝」に由来するという説があるらしい

朝、割合と早くヒルズへ行く。『日本宗教美術史』の最終原稿の続きを見る。密教から鎌倉時代の仏教まで、予定したところを終える。見直しの作業は明日にはほぼ終わるだろう。参考文献や索引などの作業もあるだろうが、基本的なところは終わりそうだ。

午後、『1Q84』について、本格的なインタビューを受ける。知らなかったが、タイトルに関して、Qは魯迅の「阿Q正伝」のQではないかという説があるらしい。たしかに、タイトルにはローマ字で読みが書かれているが、Qはkewとつづられている。日本では普通、こうはつづらないだろう。本当なら興味深い。

仕事を終えて、新宿伊勢丹に行く。久しく寄っていなかったヒッキー・フリーマンの売り場に行く。夏物のスーツからジャケットが欲しかったので、見せて貰うが、今回は以上にオーソドックスな濃紺になった。たまには、そういうものも新鮮でいいような気がする。スーツのボタンだけは少し遊んで、換えのスラックスとネクタイを合わせて購入する。夏物のスーツは1着しかもっていなので、やはり必要だろう。

June 11, 2009

6月11日(木)今日は全体に監修の日になる

朝から家で仕事をする。『日本宗教美術史』の原稿が最終段階に入った。編集者が直した原稿を見直す。神社建築のところ、最近、書評のために読んだ井上章一氏の『伊勢神宮』を通して学んだことがあり、それを生かした形で書き直す。おそらく、大きく書き直すのはここだけだろう。見直しは、第2章が終わる。

昼前に、かんき出版の編集者と、『手に取るように東洋思想がわかる本』の原稿、監修の手を入れたものと、これから手を入れるものとを交換する。

午後も、引き続き、宗教美術史をやって、夕方、新宗教についてのムックの監修を依頼されているので、編集者と会う。今日は、監修本の日という感じだ。監修の作業も、たんに名前を貸すだけではなく、中身にちゃんと目を通さないといけないので、それなりに大変だ。あるいは、こうした仕事がこれから増えていくのかもしれない。

書店に寄ったら、馳星周の本が売れていた。小説の世界は、全体に、オウムか、酒鬼薔薇事件に回帰しているように感じられる。今を語ろうとすると、どうしてもそこに行き着くのかもしれないが、果たしてそれを乗り越えてどこへ行こうとしているのか。まだ、それが見えない。

June 10, 2009

6月10日(水)『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』を読もう

午前中は家で仕事をする。『宗教事件史』のゲラを見直す。あとは、『日本書紀』から引用した部分にルビをふればいい。文献目録を作るがどこまで入れるか。それを調整する必要がある。

昼食後、ヒルズへ。『東洋思想』の原稿を読み、内容をチェックする。そのあと、打ち合わせが二件。新しい本の企画と、もしかしたら雑誌に原稿を書くかもしれないというもの。先日、傘を忘れた。それを貰う。

家に戻って、新聞を読むと、中沢新一氏が、先週に続いて原稿を書いていた。チベットというか、ネパールに行ってチベット密教の修行をはじめたときのことを書いている。なんだか、すごくたいそうな目的を掲げて行ったように書かれているが、当時の状況を知っている人間からすると、相当に脚色されているという印象を受ける。なぜ、そんなに立派そうに書かないといけないのだろうか。正直に書いた方が、読者の共感を誘うのではないか。実際にどうだったかは、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』に書いた。

夕飯をとっていると、週刊誌から電話。村上春樹の新刊について、これで二件目の取材。明後日は、三件目の取材が入っている。先週は幸福実現党で、今週は『1Q84』と話題が尽きない。

June 09, 2009

6月9日(火)駅前で幸福実現党がビラを配っているのに遭遇する

昼、丸ビルに行く。今年の夏、利賀村で開かれるシンポジウムにパネラーとして招かれていて、その打ち合わせをする。水野和夫さんと静岡の山村さん。日程もだいたい決まったが、いろいろ他にも試みがあるようだ。

終わってから、久しぶりにソマードへ。システムがどういった進化をとげているかを教えて貰う。それから、ソマードのシステムにブログを移行しようと思っているので、その打ち合わせもする。近々そうなることだろう。

経堂に戻ってくると、駅前で幸福実現党がビラを配っていた。党首が、交代したのをしらなかった。ホームページを見ると、候補者のリストもあがっている。各地の支部長が軒並み立候補しているようだが、学歴が出ていて、会員の属性がはじめてわかった。もし、全員が当選すると、政教分離で議員のまま宗教活動をするのは難しくなるのではないか。かつての創価学会はそれで批判を受けた。

幸福実現党については、今出ている『週刊新潮』と『週刊朝日』でコメントをしている。いったいこれからどうなるのか。選挙も近いので、その動向が注目される。

June 08, 2009

6月8日(月)国末憲人『サルコジ』はひどくおもしろく読めこれからの政治家像を予測させる

東京新聞から依頼されている原稿を書く。金融危機についての言説の背後に、ユダヤ・キリスト教的な終末論があることを指摘するもの。短い原稿なので、書き終わったが、締め切りが明日なので、一日おくことにする。

『教養としての日本宗教事件史』の前書きを書く。本の意図と、どういう基準で個々の出来事を選んだのかを書く。
後は、『手に取るように分かる東洋思想』の原稿を見るが、ここまでくると、頭が働かず、あまり進まなかった。

夕方、書店に行って、馳星周の新刊『煉獄の使徒』を買う。これも、明らかにオウム事件を下敷きにしている。こちらは、もろに出てくる感じ。ここまでくると、いったい今頃どうしたのかとも言いたくなってくる。時代の気分なのだろうか。それとも、ハードな小説のネタとしてオウム事件に行く着くしかないということだろうか。それに関連して、仕事もやってくる。

朝日新聞の国末さんが送ってくれた新潮選書の『サルコジ』を読む。このフランスの大統領のことはあまり知らなかったが、本の内容は興味深い。今の政治家のあり方がどういう方向にむかっているのかが、よくわかる。その点では、ヨーロッパが一番進んでいるのだろう。イタリアのベルスコーニも、私生活がむちゃくちゃで、とにかく注目を集めるという点で共通している。果たしてこの波は日本にも及ぶのだろうか。おそらく、家庭倫理が強いアメリカには波及しないだろう。日本でも、まだまだ儒教の影響があって、家庭が破綻した政治家はそれほど好まれない。しかし、私生活を含め、強烈な個性を発揮する政治家ではないと、これからの世界では人気を集められそうにない。たしかに日本にもそんな政治家があらわれれば、興味深いだろう。

June 07, 2009

6月7日(日)なるほど麿赤児の子どもとはそういうものかと思い納得する

格別何もない日曜日。新聞を見ていたら、「ハゲタカ」で主演している大森南朋という役者が、麿赤児の子どもだということがわかり、驚く。たしかに、大森という人、存在感が他の役者とは違う。それにしても、息子に自分をかめという父親はどういう人間なのだろうか。

入院中の母親を見舞いに行く。現在はギブスで固定されている。これがとれるまでにかなりの時間がかかるとのこと。そのあとに、かなりきつそうなリハビリが待っている。

ここのところ、母親のこともあるが、毎週予想もできないようなことが起こっている。果たして来週はどうなるのか。楽しみでもあり、また、しんどくもある。とりあえず、しなければならない仕事をこなしていくしかない。

June 06, 2009

6月6日(土)映画「ハゲタカ」初日を見て怪獣映画のようだと思う

土曜だけれど、久しぶりにヒルズに仕事に行く。仕事としては、校正と監修。一番仕事としてはしんどい部類だ。文章を書くと発散になるが、こうしたたぐいの仕事にはそれがない。とにかくがんばって、校正の方を終わらせるが、その前の部分、やはり書き加えた方がよさそうな気がしてきた。

仕事が一段落したところで、映画を見る。「ハゲタカ」の初日。最近は、映画は初日に見ないと、その後になると不思議と見る気がしなくなる。「ハゲタカ」の原作は読んだことがないが、テレビでは半分くらい見た。今回の映画はキャストがほとんどテレビと一緒だし、続編という感じで、一度見た者には入り込みやすい。

映画はテレビのこともあり、かなりおもしろいのではと予想していたが、その予想は外れなかった。テレビよりもよかったのは、柴田恭兵の声が小さくなかったことと、若い役者が活躍していたこと。もう少し、女っ気があってもいいのかもしれないが、かえってそれはじゃまなのかもしれない。

見ていて、なんとなく往年の怪獣映画のことを思い出した。リーマンをモデルにした投資銀行がつぶれるところなど、怪獣が倒されているシーンに似ていた。計器だけでそれを表現するのも、なんとなく怪獣映画っぽい。ハゲタカもある意味怪獣の一種だから、似ているのも当然だろうか。

June 05, 2009

6月5日(金)オールスターキャストの「寺子屋」が意外におもしろくなかったりする

今日は雨。一日家にいる。『寺門興隆』の連載原稿を書く。最近は創価学会をめぐって話題が少ないので、書くテーマを探すのに苦労する。それでもなんとか書き上げて、送る。

あとは、『教養としての日本宗教事件史』のゲラを見る。24項目の内、17項目まで見た。最初に前書きを書かなければならず、その内容を考えないといけない。

仕事に疲れて、録画していた歌舞伎を見る。仁左右衛門の松王丸、梅玉の源蔵の「寺子屋」。これは、歌舞伎のなかでも一番好きな演目だが、今回はいまいち。原因はどこにあるのかわからないが、籐十郎、魁春とそろい、オールスターキャストなのだが、その分、余裕があって、個々の役者に意気込みに欠けているようにも思えた。歌舞伎では、とかくそういうことがある。

『1Q84』がめちゃくちゃ売れているという記事が目立つ。とりあえず、発売初日に買っていてよかった。そうでないと、本を探す羽目になっていたことだろう。ほかに、週刊誌のコメントを直し、講演の依頼を受ける。

June 04, 2009

6月4日(木)村上春樹と中沢新一とのあいだに出来た大きな距離について考える

家で仕事をする。『宗教事件史』のゲラを読む作業の続きをする。一応半分を超えた。

午後は、まず『ブッダ100のことば』の打ち合わせをする。いったいどういう本にするのか、その方針を出版社の側に立てて貰うことになる。

その後、幸福実現党についての週刊誌の取材を受ける。これで同じ話題について三件取材されたことになる。

最後は、やはり週刊誌の電話取材だが、『1Q84』について話しをする。話しをしているなかで、今回刊行されたものが、4月から9月までの半年を扱っていて、1月から3月、そして10月から12月の部分がないことに気づく。はっきりとは断定できないが、これはおかしいのかもしれない。もしかしたら、今回発売されたものは半分で、続編があるのかもしれない。

朝日新聞に、中沢新一氏がエッセイを書いていた。肩書きは人類学者で、人類学との出会いについて書いている。本人が学者としてどういった肩書きを使おうと、本人の勝手だが、宗教学のことはどこに行ってしまったのだろうか。オウム事件のときに、宗教学者としての中沢新一は死んだと言っていたけれど、だからといって、そんなことはなかったかのように、人類学者として自らの学問的な遍歴について言及するというのはいかがなものだろうか。『オウム』の本のなかで、村上春樹と中沢新一とを同じ章のなかで論じたが、二人のあいだには、とんでもなく大きな距離が生まれているのかもしれない。

June 03, 2009

6月3日(水)四方田氏の研究室をはじめて訪れる

朝は家で仕事。『ブッダ』の前書きを直す。それから、『宗教事件史』のゲラを見始める。

昼前に、ヒルズへ向かい、そこでゲラの続きを見る。全体の3分の1ほど見終わる。締め切りまでには時間があるが、他のものもあるので、なるべく早く仕上げた。一つ問題は、引用の文章。昔のものは原文で行くのか、それとも訳文にするのか、そこが難しい。

夕方、品川へ。品川駅近くの喫茶店で、『手に取るようにわかる東洋思想』の監修のための原稿を受け取る。今回は、宗教の時と違い、文章が物語のようになっている。歴史というべきか。これは、前よりも楽な気がする。

そこで、岩波書店の編集者と落ち合い、四方田氏の大学の研究室へ行く。日本映画の講座のなかで、新宗教と映画という項目を書くよう頼まれている。その打ち合わせをするが、彼の研究室は、本だけではなく、ビデオやDVDなどが相当の量あった。最近は、タイのホラー映画ばかりを研究のために見ていたという。

ここのところ、幸福実現党についての週刊誌の取材が続いているが、今日も新しい依頼があった。さらに、村上春樹の新著についての取材もきた。これは、予想されたことだが、内容が宗教団体にかかわるだけに、これからもそうしたものがあるかもしれない。

何か、6月になって、風向きが変わってきている気がする。あるいは、ある封印を解いたからではないかということん、今日気づいた。これまで、発言を控えていたことについて、発言をはじめたことに意味があるのかもしれない。

June 02, 2009

6月2日(火)多々良学園問題について書いた原稿が載った『仏教企画通信』が送られてきた

先日原稿を書いた曹洞宗関係の通信『仏教企画通信』の第16号が送られてくる。私が書いたのは、「多額の損失を出しても企業のように責任が問われない宗教団体の認識の甘さ」というもの。今、曹洞宗では多々良学園の問題が、波紋を呼んでいるが、それについてコメントをした。曹洞宗では、宗門立の駒澤大学も投資で多額の損失を出している。過去にも、類似の問題があった。なぜ、そうしたことが頻発するのか。今回の原稿では、檀家の立場から書いてみた。

『ブッダのことば100』のブッダのことばの部分、一応第1稿というレベルまで直してみる。あと、前書きを10枚ほど書いてみる。これに解説をつけることで、本が完成することになるのだろうか。この点は打ち合わせをしないといけない。

『教養としての日本宗教事件史』のゲラが送られてくる。これには、かなり時間がかかりそうだ。

午後には、幸福の科学が立ち上げた幸福実現党について取材を受ける。今、政党を立ち上げることにどういった意味があるのだろうか。永田町界隈ではさまざまな噂が飛び交っているが、全選挙区に候補者を立てるというのだから、壮大な試みだ。果たして勝算はあるのだろうか。

June 01, 2009

6月1日(月)もうすでに梅雨の前兆がはじまっていそうな6月に入りブッダに感情移入できない難しさを感じる

ここのところ、雨の日が続いていたが、今日は久しぶりに雨が降らなかった。それでも、朝は、雨が降り出してもおかしくはない天候で、全体にすっきりというわけにはいかなかった。すでに梅雨の前兆がはじまっている。

朝から、ライブラリーへ出かける。『ブッダ100のことば』の直しを進める。一応、100を少しだけ超える数選んでいるので、不必要なら削ればいい。本当はブッダになりきらないといけないのだけれど、それが難しい。いったいブッダという人物はどのような存在だったのか。残されたことばをたどってみて、それが浮かんでこない。それだけ時代を隔たっているということだろうか。それとも、悟りを開いた者のこころのうちはうかがいしれないということだろうか。

午後に、有度サロンでお会いした文藝春秋スペシャルの編集長、川村さんがやってきた。川村さんとは大学の同級生で、彼女は、水野和夫さんの高校の同級生でもある。彼女と原稿について打ち合わせをする。

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