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December 2009

December 31, 2009

12月31日(木)2009年の仕事を大晦日に振り返る

いよいよ今年も大晦日になった。いろいろなことのあった年だった。来年はどうなるのだろうか。

今年出した本は、発行日の順で行くと、『天理教』、『無宗教こそ日本人の宗教である』、『10の悩みと向き合う』、『ぼくが宗教を読み解くための12のヒント』、『最新・新宗教事情』、『究極の東大受験必勝法』、『大人のための友だちのつくり方』、『日本宗教美術史』、『教養としての日本宗教事件史』、『「仏陀語録」オリジナル』、『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』の合計で11冊。ほかに、対談本が『下り坂社会を生きる』、監修が『手にとるように東洋思想がわかる本』、『よくわかる! 日本の新宗教』、共著が『日本一早い平成史』、『村上春樹「1Q84」をどう読むか』、『変貌する日本政治』の6冊。

取材もいろいろと受けたが、分野としては、新宗教、創価学会、慶應三田会は定番になってきた。新宗教のなかでは、幸福実現党を作った幸福の科学についてと、村上春樹の『1Q84』でエホバとヤマギシが取り上げられたので、それもかなり多かった。意外だったのは、海老蔵の結婚で妹ということで、『相性が悪い!』に関連する取材を受けたこと。

雑誌に書いた文章としては、『寺門興隆』の創価学会の連載がすでに60回を超えた。ほかには、いくつかあるが、意外と少ないのが最近の傾向だ。

来年も、本を刊行する予定はかなりあって、予定されたものをこなすだけで、来年も『月刊シマダ』状態になりそうだ。このご時世、仕事があるということ自体幸せなことだ。

とりあえず、よいお年を。

December 30, 2009

12月30日(水)なんとなく仕事納めの雰囲気になってきた

今日は一応仕事納めの感じ。宗教に入信することの原稿、一章分を一日かけて書き上げる。あと、2章くらいだろうか。年明けに終わらせたい。

少し本を処分する。あまりめぼしいものがないので、全体で5000円ほどにしかならなかった。それでも、本が減るとすっきりする。

今年最後のメディアとしては3件ほどある。『日経ビジネスAssocie』では、大人の教養&マナーを特集していて、その最初が宗教。「異文化理解のカギ」ということで、見開き2ページで宗教について私が語っている。写真とお勧めの本つき。『プレジデント』では、家族についての悩みに答えるということで、「親族が新興宗教にはまっている。どうすべきか」に私が答えている。最後は『アエラ』、幸福の科学についての記事のなかで、私の短いコメントが出ている。なお、新宗教にいては短期連載で、これからも私のコメントが出るだろう。

December 29, 2009

12月29日(火)ようやく年賀状書きに手をつける

今年ももう終わりが見えてきた。ようやく年賀状を書く。なにしろ、全体で出す数が300枚近いので大仕事だ。なかなかやる踏ん切りがつかない。おおむね終わるが、まだいくつか出さなければならないところがある。4月に転居したので、そのお知らせの意味もある。

平行して、部屋の大掃除をする。捨てるべき物は捨て、場所を移動させたりもする。少しすっきりした。明日は古本屋に来て貰い、3箱分処分する。めぼしい物はまるでない。

経済的に苦しい社会のなかでは、闇の勢力が金を求めて、かなりあくどい手段に出そうな気がする。そうなると、宗教の世界にもそれがおよび、来年はその関連の事件が起こるかもしれない。あまりいい話ではないが、覚悟しておく必要はあるだろう。

書斎のオーディオのシステム、どうするか考えていて、なかなか結論が出ていなかったが、少し光が見えた。リンのシステムだとNASが利用できるが、かなり高い。そこまでやる必要はない気がしてきた。それほど費用をかけないで、いかに気軽に音楽を聴くか。それが課題だ。

December 28, 2009

12月28日(月)神保町でジャズ喫茶めぐりをする

朝は、『寺門興隆』の原稿を完成させる。既成宗教の集金力について、かなり数字的なものもあきらかになり、そこにビジネス・モデルが確立されていることを示せたのではないか。

昼前に神保町へ。先日寄れなかったジャズ喫茶「ビッグボーイ」に寄ってみる。スピーカーは、JBLの4343。オーソドックスなジャズがかかっている。ただし、地域の交流の場のようで、純粋なジャズ喫茶ではない印象がした。

そこからさらに、もう一軒のジャズ喫茶「オリンパス」に行く。こちらは、店の名前の通り、スピーカーはJBLのオリンパス。こちらは、すべてアナログで、50年代のものばかりがかかっていた。この店は、知り合いの同級生が経営している店で、モダンな旅館の建物のなかにある。いかにも音はジャズ喫茶という感じで、こちらはゆっくりと音楽が聴ける。

ジャズを聴きながら、1月に刊行する『葬式は、ぜいたく』の再校ゲラに目を通す。全体の3分の2くらいが終わる。

帰りがけにオーディオ・ユニオンに寄る。我が家のクレモナMの前身になるクレモナが安く売られていた。最後に新宿でビッグカメラに行き、レベル7のLANケーブルを買う。これまであったものは、前の家用で、相当に長い。これでケーブルがすっきりするはずだ。

December 27, 2009

12月27日(日)既成宗教の集金力について調べてみた

日曜で、年末だが、今日は仕事をする。『寺門興隆』の連載原稿、半分ほど書く。半分しかかけなかったのは、はじめた時間が遅かったせいもあるが、数字的に調べることが多かったから。内容は、既成宗教の集金力というころで、伊勢神宮の式年遷宮や東西本願寺の御影堂修復の費用など、いくらかかったかを調べた。

難しいのは、文化財であるかどうか。国宝や重文だと文化財として国と地方自治体から補助が出る。ところが、文化財として指定を受けていないと、それがでない。したがって、修復の費用だけでは、教団がどれだけ負担したかがわからない。これは、文化財の可能性のない新宗教との違いだろう。

文化財として補助するとなると、相当な額にのぼる。数十億の単位で、それを国と自治体が負担しているとなると、果たしてこれからどうなるのか。難しい部分も出てくるかもしれない。

フィギアの全日本選手権を見る。今シーズンは浅田選手不調の演技は一度も見たことがなかった。今回はすっかり復調しているようで、貫禄があった。これも成長だろうか。オリンピックが楽しみだ。

December 26, 2009

12月26日(土)サウンドクリエイトでSekrit をはじめて聞き浅草まで水上バスに乗る

今日も銀座へ出かける。サウンドクリエイトに寄り、これまで聞いたことがなかったSekrit DS-I とMajik DS-I を聞かせたもらう。我が家のシステムと比較するのも、価格的にどうかと思うが、大分違う。音の奥行きがあまりかんじられない。もちろんMajik DS-I の方がはるかに音がいいが、Sekrit DS-I は気軽に音楽を聴くためのものなので、性格が違う。やはり我が家の場合には、SD-05の威力が大きい気がしていた。このもう手に入らない不世出のアンプは、音の世界が違う。

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そこから、浜離宮公園に行き、水上バスに乗る。日の出桟橋を経由して浅草まで船旅を楽しむ。かもめが船をおいかけてきて、それが面白い。

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浅草では、観音様に参拝するが、本堂は目下修繕中で、覆いがかかっている。これにもかなりの費用がかかっていることだろう。既成仏教の修繕力というか、修理に使われる財力には目をみはるものがある。

December 25, 2009

12月25日(金)リーガル東京の会員向け閉店セールに行く

朝は、家で原稿を直す。9時台になってから、多摩急行が走り出すので、9時55分発で乃木坂へ。ライブラリーで仕事をする。無欲についての本、編集者が手を入れてくれたものが昨日メールで届いたので、それをさらに修正する。大きく直さなければならないところも少ないので、午後には終わる。返しが早いので、編集者は驚いていた。

夕方は、銀座へ。お気に入りの靴屋、リーガル東京が今度閉店になるというので、そのセールに出かける。パターンオーダーのサンプル品のサイズが25センチで、ちょうどそれが足にあうので、2足購入する。割とオーソドックスなものになったが、かなり割安で満足する。ほとんどそこの店で靴を買っていたので、残念だが、これも経済情勢のなせるわざなのだろう。

先日、紀伊國屋の大手町ビル店で行った館内放送が、聞けるようになった。Kinocastのページに行くと、聞ける。10分ほどだが、『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』の宣伝をしている。途中、書名について言及する回数が多いのは、館内放送のゆえ。途中から聞く人もいるので、そうするようアドバイスを受けた。

December 24, 2009

12月24日(木)クリスマスイブに来年の仕事を少し考える

今年ももうクリスマスイブになった。年末も近づいているが、もう少し仕事をしないといけない。宗教に入信することについて、新しい章を書く。20数枚書いたが、もう一度見直す必要がある。

来年にむけて、あるいは再来年にむけて、企画がいろいろと動いている。今年は、著作だけでは11冊で、月刊にはなっていないが、監修や共著などを入れると、月刊は維持したはず。来年に書く予定のものを上げると、やはり月刊になるのは間違いなさそうだ。経済状況が厳しいおり、仕事をたくさんすることでしのぐしかないだろう。

山折先生の空海について書いた本を読み通す。空海論というよりも、むしろ天皇制についての分析のように感じた。空海が宮中に作った真言院を軸に、天皇制を支える宗教的な体制について述べられていた。これは、かなり興味深いテーマだ。

CDをリッピングしてNASにため込んでいるが、それだけでは不安なので外付けのハードディスクを接続して、それにバックアップすることにした。バックアップ作業自体は簡単だが、かなり時間がかかった。これまで、コンピュータ本体にバックアップしていたが、その必要がなくなった。ただ、DSにうまく乗っていないものもあり、その確認作業をしながら、コンピュータから必要のない音楽ファイルを削除していく。DSでコントロールできないものがいくつかあり、それをなんとかしないといけない。これは、年末の作業だ。

December 22, 2009

12月22日(火)キソ・アコースティックのスピーカーを聞きピアノのようになるのに驚かされる

朝はとりあえず家で仕事。原稿を書く。

早めに昼食をとって、新宿に行き、ビッグカメラで先日購入したハードディスクをNASに対応したものに変えてもらう。こちらの方が重い。そこから、御茶ノ水へ行き、ダイナミックオーディオの5555で、キソ・アコースティックのスピーカー、HB1を聞かせて貰う。スピーカーの箱が鳴る特殊なもので、『ステレオ・サウンド』で絶賛されていたので気になった。最初持参したCDをかけた段階ではわからなかったが、店長お勧めのピアノソロなどのCDを聞くと、そのすごさがわかった。ピアノなどは、まさにそこで本物の楽器がなっているかのよう。ちょっとこういう鳴り方は聞いたことがない。ただ、複数の楽器になるとどうか。家のシステムと比較して、評価が難しい。家のアンプとDSをつなでみないと本当の真価はわからないかもしれない。そこがオーディオの難しいところでもある。

そこから、あるいて戸根木印刷へ行く。久しぶりに社長と会う。ちょうど懸案のシステムがほぼできあがっているのがよくわかった。来年はこれを生かして、事業を進めなければならない。「みわたす手帖」の来年のものをいただく。

三省堂に寄ったら、『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』がごそっと減っていたので、少し気分がいい。本はやはり売れないといけないと改めて思う。神保町にできたジャズ喫茶に寄りたかったが、時間がなく、店の前を通っただけで帰る。

December 21, 2009

12月21日(月)最近刊行された本や雑誌などについて

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最近の出版物をあげる。御厨貴編『変貌する日本政治 90年代以降「変革の時代」を読みとく』は勁草書房から。このなかには、私が「国民政党に脱皮できなかった公明党と創価学会」を書いている。山折哲雄先生の『悪と日本人』(東京書籍)のなかには、かつて『福神』に掲載されたオウム真理教の事件をめぐる先生と私の対談が納められている。

今出ている『クロワッサン』の「私の病気自慢」のコーナーに文章を書いてる。自慢できるほどの病気ではないが、入院したときの床ずれについて書いてみた。

文藝春秋から出ている『本の話』には、『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』の刊行にちなんで、「神はグローバル経済の彼方に」を書いた。ここでは、なぜ私が経済という現象に興味をもったのか、個人的な動機についてもふれている。なお、紀伊國屋書店の全国ランキング、新書の部門で、この本は44位。出足としては悪くないし、アマゾンでは、しっかりと内容をくみ取ってくれている読者書評が2件も出た。

今年も押し迫ってきたが、来年にむけて、新しい企画の話しがけっこうくる。まことにありがたいことだ。来年はどういう本が出るのか、輪郭がだんだんとはっきりしてきたが、少し思い切ったものも出してみたい。

12月19・20日(土日)今年最後の有度サロンに参加する

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週末は先週に引き続いて有度サロン。土曜日は、東静岡の芸術芸場で若い舞踊家、振り付け師の金森穣君の作品『Nameless Poison』を見る。からだの動きにはとても興味深いものがあるが、物語にするというところが、この種のものの難しさを示している。あと、気になったのは背中の表現。それがない。これからどう発展していくのか、そこが注目される。

夜は芸術公演のボックスシアーで宮本武蔵についての魚住孝志氏の講演を聞く。武道のことは、一時稽古を見ていたことがあるので、理解がしやすい。魚住氏とは年も同じで、東大の倫理学ということで、同じ時期同じところで学んでいたはずなのに、何の面識もない。

翌日は、午前中、金森、魚住両氏に鈴木忠志氏を加えての公開講座。いかにからだを訓練するか。最後に劇団や舞踊団と言った共同体の話しになったが、そこがふくらまなかったのは残念。

天気がよく、富士山がきれいに見えた。

December 18, 2009

12月18日(金)ヒルズで久しぶりに一日仕事をし田村議員の自民党離党のニュースに接する

朝からヒルズへ。ヒルズで一日仕事をするのは久しぶりだ。小幡さんも、大学の授業が終わり、ここのところヒルズで仕事をしているようだ。宗教に入ることの原稿を書く。一章分終わるが、見直しはすんでいない。

午後、宝島社の井野さんが来て、小幡さんとの共著の契約書を渡される。それから、今後の企画について話しをするが、向こうで企画書を作ってくれるとのこと。それをまつことにする。

小幡さんの知り合いでもある自民党の参議院議員、田村耕太郎氏が離党したというニュースが流れる。記者会見も行われた。総選挙の後で、自民党の現職議員が離党するのははじめたということ。もっと早くてもよかった気がする。

それにしても、民主党政権、まるでばらばらでだんだんその実力が明らかになってきた。一人で決断できる人間がいないという印象を受ける。これではまずい。全体のプランも何も、言うことがふらふらしていて、信頼感がまるでない。やはりそれは、団塊の世代はリーダーにむかないということだろうか。これからは、もっとぶれるだろう。それでも、自民党に戻るわけにもいかない。政治というものそのものが終焉にむかっているのかもしれない。

December 17, 2009

12月17日(木)紀伊國屋書店大手町ビル店でのトークで読者層が具体的に理解できた

午前中は家で仕事。宗教を信じるということについての本、第3章を直す。それから、第4章の内容についてメモを作る。平行して、空海についての原稿のメモも作る。

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大手町へ。紀伊國屋書店大手町ビル店での館内放送によるトークに出るため。10分間の出演だが、たくさんの本を店内に置いてくれている。簡単なメモを用意してしゃべったが、途中、書名を繰り返さなければならないのは、ちょっと選挙活動のよう。すでに前日には宣伝してくれていたのか、新書で5位になっていた。この書店、はじめて訪れたが、なかなか興味深い。読売と産経が近くにあり、その関係の本も多いが、客層が、先日の土偶展に似ているような気がした。どうもこれが、読者層の中核をなしているらしい。その点で、大いに勉強になる。

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そこから、オアゾの丸善本店に寄ったら、話したばかりの『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』が、新書新刊の中央第一列目に並んでいた。これ以上の場所はない。横は、売れている新書ばかり。それにあやかりたいものだと思った。第3列目には『下り坂社会を生きる』もしっかりと並んでいる。

東京財団での生命倫理の研究会の前に、本の打ち合わせ。腹が立たないことについての本をどうするか、検討する。研究会では、死後の肝臓を組織として研究利用するにはどうしたらいいか。それについての発表と討議が行われる。献体と似たものとして受容される可能性があるような気がした。臓器移植と関連させると問題が複雑になるだろう。

December 16, 2009

12月16日(水)明日は紀伊國屋書店大手町ビル店の館内放送に昼休みに出ることになった

最初に、明日は紀伊國屋書店の大手町ビル店で、お昼の時間館内放送なるものに出演することになった。文春新書の一冊として出た『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』について10分ほど話しをする。ポッドキャストもあるので、おってネットでも聞けるようになるのだろうか。リンクをはっておく。

今日は、一日家で仕事。宗教に入信する本の原稿、第3章を20枚ほど書く。学校に入ってみたら、そこが宗教だったということで、主にミッション・スクールについて書いてみた。明日見直して、この章が完成する。

高校時代の友人、渡辺一夫君が、『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』について紹介文を書いているので、それを勝手に転載する。


「金融恐慌とユダヤ・キリスト教」は、誤解しそうな題名だけど、経済を宗教の影響から見るという視点が面白いと思う。2009年12月14日17:59:51 | nabe.kaz
高校時代の同級生で宗教学者の島田裕巳クンの、今年何冊目になるのだろうか、新著「金融恐慌とユダヤ・キリスト教」が出たので、早速、読んだ。

数年前の著書「宗教としてのバブル」の中で、土地の値段などが、未来永劫、上がり続けるという「根拠のない確信」をもとに多くの人間が、常識で考えると信じられない行動をするのがバブルとすれば、それはまさに宗教そのものではないか、と島田クンはすでに指摘していた。それを読んだとき、面白い着眼だな、と思ったことを覚えている。

今回の本では、さらに突っ込んで、欧米の経済学の理論、経済界の人間の行動基準、価値観などに、ユダヤ教やキリスト教という宗教の影響がかいま見えることを論じている。
人間や人間社会に対する絶対者としての神の影響の大きさ、終末論というものが、経済の考え方に深層心理的な意味で影響を与えていることを述べている。
マルクスの経済理論の、資本主義社会が行き詰まり、崩壊するという考え方は、まさに終末論から生まれたものではないのか、アダム・スミスの「神の見えざる手」や、最近の経済理論の「市場原理主義」(市場は、変な制約がなければ、一番うまく機能する!従って、変な制約である「規制」はなくせ!)の発想の背景には、どう考えても、絶対者である神の存在という考え方があるという指摘は、なるほど、と思った。
こういう見方って、構造主義を連想するが、宗教とか宗教的なもので、他のジャンルを見ていくというのは、面白いと思う。
特に、社会への宗教の影響が大きい欧米の社会を見るとき、中々、効果がある見方だと思った。

しかし、「ユダヤ・キリスト教」という言い方は珍しいし、ちょっと怖い響きがあるので、この題名はちょっと誤解する人はいるだろうなあ。
「ユダヤの陰謀説」みたいなものに見えるのでは・・。

また、一部の経済学者などからは、反発を招くかもしれないと思う。
それも、島田クンは折込済みなのかもしれないが。

ナベ<2009年12月14日>(島田裕巳「金融恐慌とユダヤ・キリスト教」文春新書

December 15, 2009

12月15日(火)「国宝土偶展」の初日に出かけ山折先生の新著をいただく

朝、鶯谷へ。国立博物館に行く。「国宝土偶展」の初日なので、出かける。国宝3点を含め主だった土偶が集まっている。相当にマニアックな展示で、来ている人たちも男性ばかりで、かなり特殊な感じがした。

宗教美術史を書くなかでも土偶については、どうそれを扱うかが難しかった。一堂に介した土偶をながめていると、穴があいているのが多いことに気づく。これは、紐を通すなり、木を通すなりしたものだろう。ならば、そこにはいっていの使い方があったことになる。謎は深まるが、仏像との連続性のようなものも感じられた。土偶もまた、背筋がまっすぐで、日本の仏像の特徴と合致する。

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博物館から東大へ。銀杏並木を見に行ったが、すでにほとんどが落葉していた。東大の銀杏は、ほかに比べて早く散るようだ。売店で、戦前の黒麹を使った泡盛のミニボトルを購入する。東大も新しい建物がいろいろたっているが、文学部だけは古くさいままだ。

そこからヒルズへ。東京書籍の編集者から山折先生の『悪と日本人』の見本をいただく。私とのオウムをめぐる対談も納められいる。それは『福神』に掲載されたものだ。

December 14, 2009

12月14日(月)今年も押し迫ってきたが来年はどうなるかいつものようにまるで予想がつかない

土日はとても暖かだったが、少し冬に戻ってきた。

午前中から、家で原稿を書く。宗教に入ることについて、第2章を書き上げる。親が宗教に入信してしまい、それで子どもに信仰が強制されるケースについて書いた。そのときどういうことが起こるかを解説し、少しだけ解決策を示してみた。

確定申告の季節が近づいたので、税理士と相談する。これも年末が近づいている証拠で、気がつけばもう半月しかない。

一帯今年はどういう年だったのか。いろいろなことがあり、あわただしく過ぎていった感じがする。そのペースに慣れるのに時間がかかったかもしれない。ようやくペースがつかめてきた気もする。深刻な不況の影響は、さまざまな形で及んでいて、それにも対処していかなければならない。来年は、どうなるか、いつもまったく予想がつかない。

12月12・13日(土日)有度サロンに行きオペラ「椿姫」を見る

土日は、久しぶりに有度サロンに行く。初日は、今回は公演の鑑賞がなく、夜のトークセッションからはじまる。舞台芸術公演について、夕食会もいつもより人が少ない。

トークセッションは、細川俊夫氏のレクチャーコンサートで、彼の作曲した万葉集などをもとにした歌や、日本の民謡の編曲、それにシューベルトの歌曲は、平松英子さんの歌で聴く。とくに興味深かったのが、「黒田節」と「五木の子守歌」。これまで聞いていたのとはまったく違う。まるで謡曲のような感じだった。質問の時間に、「原理主義のよう」と聞いてみたが、ギターの田部井さんが、細川さんの意図をうまく説明してくれた。いかに日本の歌曲のもともとの形を誰もが演奏できる形にするか。そこに苦労があるらしい。

翌日は、午前中が公開講座で、主に長井誠司さんが現代オペラの状況について映像付で話してくれる。とくにドイツでの革新的なものが多く取り上げられたが、裸が出てきたりする点、昔の日本の小劇場演劇に近い。けっきょくは、その後追いのようにも思えた。アメリカの大学で上演されたという「北京のニクソン」というオペラなどは、登場人物とそっくりにしようとする点で、ニュースペーパーの公演のよう。

午後は、一番の目玉の鈴木忠志さん演出の「椿姫」のオペラ公演。オペラ歌手たちが、鈴木メソッドに遭遇して困惑している様子がおもしろかった。なかに家田紀子さんという歌手が、うまくそれを取り入れて、まるでスコットの役者のようだったのが印象的。最後の場面、舞台奥があくと、そこには空席の劇場が。これは、舞台芸術劇場と会場となったグランシップの中ホールを隔てていた壁がはじめて空いた記念すべき出来事とか。

パーティーのときに、それを設計した磯崎新さんにうかがうと、当初から意図していたとのこと。もし、両方の劇場を同時に使って、裏表で何かを上演したら、相当に面白いだろう。すぐに思いつくのは、忠臣蔵と四谷怪談。大ホールの方も、野外とつながる設計になっているが、そういう使い方はされていないとのこと。勘三郎が知ったら、是非やりたいと言うに違いない。

December 11, 2009

12月11日(金)新しい本を書き出したり事務連絡をしたりCDのカバーをダウンロードしたり

午前中は、聖徳太子についての原稿を書く。ようやく最後まで行く。これで38枚ほどになったが、この項目を書くだけで、他の仕事と平行しながらではあるが、1ヶ月半かかった。それにしても、聖徳太子をめぐっては、研究者の言うことがひどくあてにならない。どうも、太子信仰が影響しているらしく、その業績を実際以上に見積もりたいという思いがわいてくるのだろうか。これがとても厄介だった。

それが終わってから、河出の「14歳の世渡り術」のシリーズに書く、宗教に入信することについての文章、最初の章を書く。これが10数枚になった。こちらはそれほど難しいことはないと思う。

ここのところの傾向でもあるが、事務連絡が多い。今日も、なんだかんだ10件くらい連絡が入ったり、したりという作業をした。

DS用のリッピング作業、メディアモンキーを使うと、すでにリッピングしたアルバムのカバーがダウンロードされていないものが結構補えるのがわかった。それで一つ一つ、カバーがないのを補足していく。それでも、まだダウンロードできないものがあり、それはどうしたらいいのだろうか。

December 10, 2009

12月10日(木)井上被告の死刑が確定する

昨日に引き続いて、『葬式は、ぜいたく』の校正をする。終わってから、聖徳太子の原稿を数枚書く。

午後、幻冬舎の編集者が来て、校正を渡し、少し次の企画について考える。次はタイトル次第のような気がするが、そのタイトルが難しい。

明日の遺文の勉強会、急遽中心になる。これで、今年は終わった。後2年か3年で、終わると思うが、果たして来年はどこまで進むのだろうか。

今日は小幡さんとの対談本『下り坂社会を生きる』の発売日なので、近くの書店に行ってみるが、宝島社新書自体まったく売っていなかった。新書は棚をいかに確保するかが鍵だが、熾烈な競争があるのかもしれない。

オウムの井上嘉浩被告の死刑判決が確定する。さすがに扱いは、先日よりも大きい。彼には一度会ったことがある。会ったことのある人間の死刑が確定するというのは、やはり複雑な気持ちがする。

December 09, 2009

12月9日(水)とにかく『葬式はぜいたく』の校正をする

今日は基本的に、幻冬舎新書として刊行する『葬式はぜいたく』の初校を校正する。それほど大きな問題はないが、ちょこちょこと直さなければならないとことがある。朝からかかって、一日で、3分の2くらい終わる。明日完成の予定だ。

午後は、定期検診に病院に行く。全体に変わらないが、風邪を引いた影響が出ているようだ。帰りがけ、病院の近くにある洋菓子店で菓子を買う。いろいろなものを売っているが、世田谷の名物を集めているようだ。

夏に利賀村でやったシンポジウムの記録集が完成する。私が水野和夫さんと対談したものだ。夏のフェスティバルで上演された演目の写真もカラーで掲載されていて、けっこう豪華。

『文藝春秋』が届く。『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』の広告も出ている。いよいよ来週の頭には書店に並ぶ。小幡さんとの対談『下り坂社会を生きる』も一部の書店では販売がはじまったのではないか。アマゾンではすでに在庫ありになっている。

December 08, 2009

12月8日(火)原稿完成見本到着校正到着作業開始の一日

午前中は『無欲の勝利』の原稿、第2稿を仕上げる。終章を書き加えて、一応完成する。それから、『寺門興隆』の次の号の校正をする。人はなぜ阿修羅像に惹かれるのか、それを解明する原稿になった。

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文春新書として刊行される『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』の見本が届く。帯にインパクトがあっていい。あまりない本だと思うが、どうだろうか。宝島社新書の小幡さんとの対談に続いて、経済について論じた新書が続く。『無欲の勝利』を含め、次の2冊もそうした角度からのものになりそうだ。

もう1冊の『葬式はぜいたく』の初校が届く。こちらは、それほど時間はかからないだろう。

夜は、河出書房から出すことになっている、宗教に入るということがどういうことなのかを若い人に解説する本のために、インタビューをする。なかなかその内容が面白かった。親が宗教にはまって、その影響を受けたという若者の話だが、やはり影響は大きいようだ。

これで今日は、一冊分の原稿が完成し、新刊の見本が届き、次の本の校正が届いた上に、さらに次の本の作業の出発になった。

December 07, 2009

12月6・7日(日月)日本もアメリカも政治家はできないことはできないと言う勇気が必要だ

日曜日は少しだけ、聖徳太子についての原稿を書く。史実の部分が終わり、後は伝説について書かなければならない。むしろ伝説の方が、後世への影響は大きい。

月曜日は、午前中は家で仕事。『無欲の勝利』の原稿、序章をつけ、それにあわせて、後を直していく。

午後はヒルズへ。週刊誌の取材を受ける。真如苑と幸福の科学について。今まで気づかなかった真如苑の人気の秘密がわかった気がした。

その後は、『無欲の勝利』の原稿、続きを直す。最後まで終わるかと思ったが、7章と8章が残った。これは明日に回すことにする。

外に出てみると、風が吹いていて、けっこう寒い。新宿によって、伊勢丹の地下食品売り場とタワーレコードにいく。タワーでは、話題のマイルス・コロンビア・コンプリートの実物をはじめて見るが、アマゾンより高い。これは考えものだ。

日本とアメリカで、首相や大統領に対する支持率が落ちている。どちらも、ぶれるからだが、財政が逼迫しているなかで、やれないことをやろうとして、それで支持を失っている面がある。この状況では仕方がない面があるのだから、なぜできないのかをはっきりといった上で、たとえ公約違反と言われても、新たな政策を先送りする必要があるのではないか。国民の方はすでにそれで納得している。

December 04, 2009

12月4日(金)『無欲の勝利』の第1稿を仕上げ森美術館などをめぐる

午前中は家で仕事をする。『無欲の勝利』の原稿、第1稿を仕上げる。ただし、書き始めてから、内容が変わってしまったところがあるので、修正の必要がある。どう修正するか考えてみたが、一応の線が決まる。

昼から六本木へ。乃木坂の駅で、まずミッドタウン側に下りる。ちょうど昼時だったが、魚真が昼にどんぶりを出しているのを発見する。バラチラシを食べたが、やはり魚真の味だ。並盛りで800円。

そこから、ミッドタウンによって、無印良品の店による。そこでIHのクッキングヒーターを発見。ちょうど、カセット式のコンロが壊れて、買い換えの必要が出てきたが、むしろこちらの方がいい気がした。ただし、そこでは買わず、後で新宿に出ることにする。

ヒルズへ行き、森美術館で「医学と芸術展」、アーツギャラリーでヴァン クリーフ&アーペル「ザ スピリット オブ ビューティー展 時空を超える美の真髄」を見る。前者の方がはるかにおもしろかった。ただし、医学にまつわる芸術よりも、解剖図や義足など、実物の方が興味を引く。

夕方は、東大法学部の学生のインタビューを受ける。政治と宗教を、この前の総選挙関連で聞かれる。

そこから、新宿へ出て、ヒーターを買う。土鍋付というのが便利そうなのでそれを買い、家ではさっそく鍋をする。

December 03, 2009

12月3日(木)小幡さんとの対談本『下り坂社会を生きる』の見本ができる

朝朝刊を開いてみたら、地下鉄サリン事件の豊田、広瀬被告の死刑が確定したという記事が、ベタ記事として小さく載っていた。死刑確定は当然の流れで、その点ではニュースバリューがないのかもしれないが、そのあまりの扱いの小ささに愕然とする。果たして、この二人に死刑は妥当なのか。どうしても疑問が残る。もっと責任を追及されてしかるべき人物もいるのではないだろうか。

基本的に家で仕事をする。『無欲の勝利』第8章を16枚ほど書き、結論的な部分にさしかかったところで、どう落ちをつけるか、それが難しくなった。そこを考えないといけない。

小幡績さんとの対談本、宝島社新書『下り坂社会を生きる』の見本が届く。一体この本にどういう価値があるのか、本人たちには評価が難しいが、小幡さんの前書きと私のあとがきとは、それなりによくできている気がする。あとは、たくさんの読者に読んで貰うだけだ。

夕方、海老蔵の結婚から、また女性週刊誌から姉妹関係の取材を受ける。今週の『女性自身』でも、同趣旨の記事でコメントしている。『相性が悪い!』が思わぬ形で役に立った。

December 02, 2009

12月2日(水)経堂に最近出来たNoblesse oblidgeというカフェに行く

朝は、病院に採血検査に行かなければならず、朝食を食べられないので、7時頃から仕事をする。『無欲の勝利』の原稿、第7章の最初の部分を書いてから、病院に行く。戻って朝食をとり、また原稿を書く。午後に入って、2時頃には第7章を書き上げる。全体で27枚になった。

それから、近くでお茶でも飲もうと、すずらん商店街に行き、以前は写真屋だったところにできたNoblesse oblidgeという店に入ってみる。これと同じ雑誌が出ていた。

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店は2階にあって、なんと靴を脱いでスリッパにはきかえる。その分、店に来たというより、誰かの家を訪問したという感じがした。客も常連が多いようで、地元的雰囲気がする。窓際には、さらに上の部分があって、そこにあがれるようになっている。そこでお茶をする。シフォンケーキはいかにも手作りの感じ。

そこから床屋へ行き、髪を染めて貰う。

December 01, 2009

12月1日(火)聖徳太子に苦労するが今月は経済に関連して二つの本が出る

午前中は、『寺門興隆』の原稿、続きを書いて完成させる。午後は、聖徳太子について原稿を書くが、これが予想に反して、なかなか進まない。いろいろと調べなければならないことが出てくるからだが、案外、聖徳太子を専門とする研究者の見解に怪しげなものが多い。これは困ったことだが、明確な証拠がないにもかかわらず、無理矢理結論導いていっているところがある。研究者としてめざましい成果をあげたいということなのだろうが、綿密に見ていくと、十分な根拠が見いだせない場合がほとんどだ。学問はこれでいいのだろうか。この分でいくと、この後の宗教家についてもかなり苦労しそうな気がする。

ドバイ・ショックなるものが起こったりして、経済のことがさらに問題化してくる気配だが、今月は、経済にからんだ2つの著作を刊行することになる。一つは小幡績さんとの初の対談本で、タイトルは『下り坂社会を生きる』になった。宝島社新書で、何もかもが下り坂ということを指摘したので、相当に後ろ向きの本にも思えるが、最後は逆に楽観的で、将来に対する希望を打ち出している。

もう一つは、文春新書として刊行される『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』だ。こちらは単独の著作で、編集者が、文藝春秋のホームページで、次のように紹介してくれている。

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「経済の向こうには絶対、神がいる」と力強く語る島田裕巳さん。サブプライム問題は、非科学的な金融工学を“信仰”した結果であり、グリーンスパンの「100年に1度の危機」発言にはユダヤ・キリスト教の「終末論」の匂いがする。今回の金融恐慌は、宗教によって引き起こされた側面が大きいようです。マックス・ウェーバーが「プロ倫」で喝破したとおり、資本主義は成立時からキリスト教とリンクしていました。本書は、アダム・スミス、マルクス、ケインズら経済学の巨頭を俎上(そじょう)に載せ、宗教との隠された関係をあぶり出してみせた異色作です。エコノミストの分析に飽き足らない方は是非、お手に取ってみてください。

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