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February 03, 2010

2月2日(火)断続的に仕事をし最後は生命倫理の根本問題に行き着く

昨日の雪が少し積もっている。もう少し積もると、一日では溶けきれず、けっこうそれで足下をとられることになるが、そうはならなそうな量だ。

今日は、仕事が全体に断続的になり、執筆に集中する時間がとれなかった。朝少し仕事をして、床屋へ行った。床屋で聞いた話を『葬式は、要らない』で取り上げているので、本を渡したら、帰りがけに本代を渡された。大変律儀だ。その後、家に戻って、また少し仕事をし、ヒルズへむかう。

ヒルズでは、昼食をとりながら、マンガの解説をすることになっているので、その下書きを見せて貰う。それから、新しい本の企画について話し合う。それが終わってから、またライブラリーで少し仕事をし、今度は神保町へ。ソマードで、私が利用するブログを中心とした情報空間について打ち合わせをする。全体の構想はほぼ固まったし、それが実現する技術的な裏付けもある。これは、しだいに形になってくるだろう。

打ち合わせが終わってから、三省堂の本店と、書泉による。またそこから溜池山王に行き、東京財団での生命倫理の土台作り研究会。この研究会も今年度で終わりになるらしい。今日は、ヒトES細胞の研究についての話。科学的なところはよくわからないが、自然科学の研究者が生命倫理というひどくわかりにくいことにけっきょくは振り回されているという印象をまた深くした。

生命倫理では、生命のはじまりや生命の尊厳といったことが問題になるが、それは、キリスト教、とくにローマカトリック教会の考え方が強く影響していることは間違いない。ある生命操作を胚や受精卵に施したとき、それ自体がなぜ生命の尊厳を脅かすことになるのか、実際にそれをやってみないと分からないはず。ところが、それができない。そこには、生命に介入するということは神の業あり、人間ができることではないというキリスト教的な考え方がある。西欧の社会がキリスト教によって支配されているわけではないが、ローマ教会は強力な異議申し立て機関としての性格をもつ。ところが、日本では、そうではない。そのギャップと、さらには、厄介なところに踏み込むと、ほかの研究者に迷惑がかかるので、それを自粛しようとする日本的倫理がからまり、問題を余計複雑にしている。そうなると、研究は生命倫理になるべくひっかからないものに傾いていく。その代表がIPS細胞だ。しかし、どうも研究者の話を聞いていると、そこにはけっこう大きな問題があり、期待されているような成果があがるのかどうか、不確かな部分が少なくないらしい。この全体的な構図をなんとかしないと、研究は進まないだろう。

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