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February 2010

February 28, 2010

2月27・28日(土日)朝カルと安息日

土曜日は、朝日カルチャーセンターでの講座の2回目。今回は、神仏習合をおさえて、廃仏毀釈について論じ、さらには皇室祭祀の成立について講義をする。皇室祭祀については、詳しくは調べていないが、意外にその成立過程が明らかにされていない印象を受けた。ここは興味深い。

帰りがけ、ブックファーストに寄る。土曜日の夕方ということで、かなり人がいた。フロアが複雑で、その分使いにくいが、ただし階が少ないので、意外と効率的なのかもしれない。

日曜日は、すっかり疲れて、安息日。お誘いが2件あったが、それも断る。今日休んでおかないと、来週とんでもないことになりそうな予感がした。夜までゆっくりしたので、大分疲れがとれてきた。

February 27, 2010

2月26日(金)ジュンク堂の中沢新一書店により桜月の「歌ふ、ときがたり」に出る

2月はさすがに日数が少ないので、もう月末になった。なんだかあわただしくときが過ぎていく。

今日は一日、『世界の宗教が一気に分かる』の本の「ユダヤ教」の項目を書く。15枚ほどでそれほど長くはないが、かえってこの量だと神経を使う。ユダヤ教については、ユダヤ人とユダヤ教がどう重なり、どう重ならないのかという難しい問題もある。後で修正する必要がありそうな箇所もあるが、とりあえず最後まで書き上げる。

夕方は、まず池袋へ。ジュンク堂によって、「中沢新一書店」をのぞいてみる。7階の奥にあった。全体をながめてみると、たしかに中沢氏のチョイスで、私に関係する本は、エリアーデの『世界宗教史』とカプラの『タオ自然学』があった。さすがに、『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』はおかれていない。人類学関係の本が多く、そこにマルクス主義の本が比較的たくさん含まれているところが、中沢氏らしい。逆に、宗教関係の本は少なく、宗教学者というより、人類学者の書店というイメージ。やはり、「宗教学者中沢新一」は死んだのだろう。

夜は江古田の松風窓で、桜月の「歌ふ、ときがたり」の2回目。宗家は、パリから帰りたてで、お土産としてマカロンが出た。帰りはタクシーを使ったが、江古田から経堂まではあっという間。混んでいないと環状7号線は早い。

February 26, 2010

2月25日(木)「ロミオとジュリエット」は今の感覚からすればかなり冗長で途中に休憩が入るのが面白かった

朝家で少しだけ、それこそ30分くらい仕事をしてから、ヒルズへ。50本の名画、3本目は「ロミオとジュリエット」。これは、1968年の映画だから、もう42年前の作品になる。カラーだが、音はモノラル。ドルビーではなかった。

シェイクスピアだけに台詞が多い。昔の映画というのは、舞台の脚本を元にしたものがけっこう多かったが、これも結局はそうした作品になるのだろう。今の感覚とはかなりずれている。舞台だと役者が、とうとうと語ることで陶酔したりできるが、映画だとそれが冗長にも思える。しかも、役者が若いので、台詞をうまくこなしているとは言い難い。面白かったのは、2時間を少し超える作品で途中に休憩が入ったこと。昔は本当にそこで求刑になったのだろうが、今はそれはない。いかに最近の映画が長くなっているかを示している。休憩の後の後半の方が面白かった。

終わってから、下のクオーモでランチを食べる。給料日のせいなのか、混雑していて、ちょっとバブルっぽかった。一時の停滞を脱しつつあるということだろうか。午後は、ライブラリーで腹が立たないについて原稿を書く。

『葬式は、要らない』文教堂のランキングでとうとう総合1位になる。部数の多い5刷が搬入されたせいだろう。近くの文教堂でも、品切れにならなくなってきた。

February 24, 2010

2月24日(水)10人の宗教家のうち4人目は一遍ではなく日蓮だった

今日は家で仕事をする。『日本を騒がせた10人の宗教家』、4人目は日蓮になった。最初は、源信を考えていて、それを一遍に変更し、その一遍を書くつもりだったが、生没年で考えると、日蓮の方が少し早い。ほぼ同時代人と言えるが、やはり日蓮を書くことにした。日蓮のことは、かなり勉強しているので、改めて調べることも少ない。その間に、一遍を調べていくことにする。日蓮については、10枚強進む。

午後は、ムックの取材で、葬式について話しを聞かれる。考えてみると、日本の葬式というのは、いろいろな伝統があって、それが複雑に絡みあっている。東アジアの先祖供養に葬式仏教がかかわり、さらにそこに都市の習俗として葬儀屋や火葬ということが影響している。それによって今日の形態が作り上げられているが、時代が変わることでさらに変容を迫られている。ここらあたりかなり複雑で、一つ一つを解きほぐしていくのは、かなり大変だ。それがまた、これからどうなるかと言えば、それを予測するのが難しい。その点では、諸外国の葬儀は、もっと単純なものなのかもしれない。改めて、諸外国との比較を試みる必要がありそうだ。

途中で、オリンピックの女子フィギュア、ショートプログラムを見る。こういう採点競技は、素人が見ていても、どういうところで加点され、減点されるかがわかりにくい。だから、どこかすっきりもしない。それも競技の性格上いたしかたのないことなのだろうが、早さを競うようなものはやはりすっきりしている。それも最近では器具の発達の問題があり、水泳などはすっかりおもしろみがなくなった。また、超高速の水着を制限するらしいが、いろいろなことが進みすぎるのも大いに考え物だ。世の中は難しい。

2月23日(火)『1Q84』が売れたから『葬式は、要らない』が売れたのかもしれないという関係性について

朝、少し家で仕事をしてから、汐留へ。松下のショールームで、家の照明プランを作ってもらう。前の家で使っていたものなどをただ吊していただけだが、いろいろと不具合が出てきた。トータルに見直そうと思い、プランを作ってもらう。全体でそれなりの額になったが、楽天などで調べてみると定価のほぼ半分で売られている。これならそれほど費用はかかりそうにない。

お昼は、電通の渡辺さんと会食。その席で、彼が考えた本の企画を渡される。『資本主義2.0』は、彼が発案だった。この2冊もいつか形になるのだろうか。

汐留から六本木へ出て、編集者と2件打ち合わせ。ともに本の企画。話しをしている途中で、『葬式は、要らない』が売れたのは、『1Q84』が売れたからではないかと考えるようになった。両者はいっけんなんの関係もないが、考えてみれば、著者二人はオウムの起こした事件にかかわりをもっている。しかも、『1Q84』では、私がいたヤマギシ会について書かれているし、私の方は『1Q84』について講演をしたり、原稿を書いたりしている。地下鉄サリン事件から15年が経った年に、そうしたことが起こることに意味があるのではないだろうか。逆に、オウム事件をきっかけに世に出た人たちは、軒並み転換期にさしかかっている。きっと、時代が変わったのだろう。

夜は、幻冬舎の編集者と麹町のフレンチで打ち上げ。そこでも、新しい本の企画の話しが出た。ほかにメールで2件ほど来ているので、今日は一日で7冊分の企画が持ち込まれた形になった。果たしてこれに対応できるのだろうか?

February 22, 2010

2月22日(月)『葬式は、要らない』は紀伊國屋全店新書で1位

朝、家で少し原稿を書いた後、ヒルズへ。今度参議院選挙に出馬する予定の中東研究家、大野元裕さんがやってくる。しばし懇談。その後、角川書店の編集者がやってきて、昼食を交えながら、5月に刊行する予定の『無欲こそ日本人の生き方である』の初校ゲラの突き合わせをする。校正がかなり詳細にわたっているので、確認のためにかなり時間がかかる。午後は、日本文芸社の編集者が訪れて、般若心経の本について打ち合わせ。さらに、NHK出版の編集者とも打ち合わせ。4組もお客さんがあったので、かなり疲れる。

幸い、『葬式は、要らない』紀伊國屋全店新書で1位になる。新宿本店、南店、梅田本店でも1位。ほかのランキングでも、ブックファーストでは梅田店で、新書も1位だが、総合でも1位。私の本は、なぜか関西の方が売れる。不思議だ。新書では軒並み1位になっている。近くの文教堂ではランキング2位になっているが、在庫がなく、一冊もおかれていない。もうすぐ、5刷だか6刷が搬入されるのだろう。『週刊東洋経済』で、著者インタビューが載る。さらに、先日打ち上げをやった勁草書房『変容する日本政治』の書評も同時に載っていた。

February 21, 2010

2月21日(日)富十郎の弁慶はやはり圧巻だった

土曜日は母親の誕生日なので実家へ行く。魚真で買った毛ガニをもっていく。まだ生きていたのをゆでたが、ゆでてあるのを買うよりはるかにうまかった。

書斎でコンピュータを通して音楽を聴くために、オンキヨーのUSBプロセッサーとパワードスピーカーを買う。いろいろ迷った末での選択で、全体で6万円を超えるくらい。格別いい音でというつもりはなく、BGM的に使おうと思うので、これで十分。スピーカーは本棚にとりあえず入れる。

日曜日は、録画していた矢車会での富十郎の「勧進帳」を見る。評判はかなり高いものだったが、それにたがわず、すばらしい。これまで見た弁慶は、様式的な方向を強く出そうとして、ある意味人間性が失われていたが、富十郎の弁慶は、出発点が人間的で、それが様式に昇華していく。朗々とというのとも違うが、富樫が「かくも尊き客僧を」と言わなければならなくなるのが、よくわかった。これをつくり山伏とはとても言えない。その場面、染五郎と後見をつとめた錦之助が自分の役所を忘れて見入ってしまっているようなのが印象的だった。この弁慶が、今後どう影響を与えるか、それは注目すべきことだ。

これも録画して見ていなかった「リターン・トゥー・フォーエバー」の再結成ライブを見る。会場はモントルーで、お客が皆かなり年配だというのが面白かった。達者の4人だけに言うことはない。

February 20, 2010

2月19日(金)20年ぶりに「フィールド・オブ・ドリームス」を見て松山先生の新著をいただく

50本の名画を見るの第2弾で、ヒルズのシネマで「フィールド・オブ・ドリームス」を見る。一応内容は覚えていたつもりだが、20年前の封切りとあって、ずいぶんと内容を忘れていた。当時、この映画を見て、原作も読んだが、映画のなかで黒人の作家のテレンス・マンが、先日亡くなったサリンジャーになっていたので驚いた。今回は、マンが住んでいるアパートがユダヤ人街にあるという設定になっているのに気づき、それが気になった。ハリウッドにはユダヤ人の影響が強いのは当然だが、たんにそれだけなのだろうか。

ライブラリーにちょっと寄ってから、昼食をとり、新宿へ。会計士の事務所に確定申告用の支払い調書などをもっていく。それから、常圓寺での日蓮遺文の勉強会。「報恩抄」の続きで、日蓮は三国仏教史を追っているが、内容的には質問するところもない。空海の話になる直前で終わった。松山俊太郎先生からは『奇想礼賛』(国書刊行会)という新著をいただくが、500ページを超える大著。日本人の作家についてこれまで書かれたものが集められている。

研究会が終わってから、伊勢丹のリン売り場へ行き、ダイナミック・パワー・サプライのバージョンアップを依頼する。混んでいるらしく、3,4週間はかかるらしい。

夜は、勁草書房から出た『変貌する日本政治』の出版記念会。会場は渋谷東急プラザの銀座アスター。御厨研のメンバーが中心だったが、結婚あり、本の出版ありと、めでたい話しが続いた。10時過ぎにバスで帰る。

February 18, 2010

2月18日(木)雪も降る寒い一日に円天に注目すべきだという結論に達する

朝起きたら、少し雪が積もっていた。しかも、まだ降り続いている。こんなとき、京都にいたら、さぞや美しい光景が見られるであろう。京都では、なかなかそういう光景には巡り会わないらしい。

朝からヒルズへ行く。『プレジデント+』の新宗教の特集用に原稿を書く。10枚を少し超えるくらい。最近の新宗教全般の状況と、宗教法人に対する課税問題について関連させながら書いてみる。今、公益法人のあり方が問われているが、宗教法人も安閑としてはいられない。あるいは、こういう方向を打ち出すと、課税が現実味を帯びてくるのではないかという話を書いた。

午後は、『無欲こそ日本人の生き方である』の校正をする。全体の5分の2ほど残っていたが、それを最後までやり終える。かなり神経を使って見たので、疲れた。

小幡さんと、円天の話で盛り上がる。現在の経済状況は本質的にバブルが繰り返されるもので、それは、世界全体がネズミ講やマルチ商法にいかれているようなものだというのが、二人に共通する理解。そこからすると、独自の通貨を発行してしまった円天というのは、もちろんネズミ講だが興味深い存在ということになる。それと、正当とされている経済活動とどう違うのか。つきつめて考えてみると、よくわからなくなる。電子マネーの普及なども、貨幣論としては新しい課題だ。少しここらあたりを勉強してみる価値がありそうだ。

February 17, 2010

2月17日(水)悪魔憑きについて書かれた本の解説を書き上げる

依然として寒い。いったんは春になりかけたのが、ここのところ寒いし、昨日もみぞれ交じりの雨が降った。また、雪の可能性があるらしい。オリンピックの方も、日本人選手がメダルをとることで、盛り上がっているようだ。はじめて、生放送で男子フィギアの中継を見た。

TBSの「ひるおび」で葬式のことがとりあげられ、インタビューが放送された。また、『葬式は、要らない』も売れていることなどが紹介された。短い時間だったが、葬式についてはこれからも取り上げられることがあるだろう。

今日は、文藝春秋社から刊行されている『バチカン・エクソシスト』という本が文庫化されるので、その解説を書いて欲しいと頼まれていた。一応今日が締め切りなので、それを書く。全体で10枚ほどだが、カトリックにおけるエクソシズムというのは考えてみるとかなり難しい問題をはらんでいる。

カトリックでは、聖人の奇跡の判定にも医師がかかわるが、悪魔つきに関しても同じで、精神病とはどうしても考えられないものが、悪魔がついたと判断される。ところが、その判断を下す医師というものが、イタリアではカトリックの信仰をもっていて、悪魔の実在を信じていたりする。そこには、重大な精神病を見逃す危険性の問題もからんでくるのだが、問題は相当に複雑だ。これは、日本で考えていてもなかなか理解できそうにない。

夕方買い物に出たとき、現在の部屋を紹介してくれた不動産屋さんと久しぶりにあい、不動産事情について話しをする。今の物件には満足しているが、更新の時期になったら、考える余地も出てくるだろう。ここらあたり、あまり広い物件がないので、選択が限られる。

2月16日(火)洋泉社の社長石井慎二氏が亡くなられ通夜に伺うが故人との関係の深さを改めて思った

洋泉社の社長、石井慎二氏が亡くなられた。今日は、中野の宝仙寺でお通夜が開かれたので、それにうかがった。

洋泉社からは、新宗教と都市とのかかわりについて新書を書くように依頼されており、ちょうどその仕事に着手した日に訃報を聞いた。石井さんとはおそらく30年くらい前からつきあいがあり、それは私がまだ大学院の院生だったころにさかのぼる。ちょうど野草社というところで雑誌『80年代』を出していた時期で、その関係からお会いしたのが初めてだったのではないだろうか。石井さんは、宝島社にいて、その頃はまだ30代だったはずだ。

考えてみると、私と宝島社の関係は深い。石井さんがそこに携わる以前ということにもなるが、『ワンダーランド』として創刊された雑誌が『宝島』と改名されたものは今でももっている。『宝島』になってからも、同じ世界に属しているという感じはあった。だからこそ石井さんともお会いしたわけだが、私が最初に原稿料をいただいたのも『別冊宝島』だった。それから、『宝島30』にはずいぶんと文章を書いたし、それで批判を受けたこともあった。

不思議なことに最近は、宝島社関係の人たちとの接触が多い。第7サティアンに一緒にいった晝間さんが、ちょうど15年目の同じ日にやってきたことはすでに書いたが、アスキー・メディアワークスに移った星野さんからは最近、高橋繁行さんの『看取りのとき』という新書をいただいた。メディアワークスは、今出ている『葬式は、要らない』の元になった『戒名無用』の発行元になる。

したがって、お通夜では懐かしい顔にもあった。今は幻冬舎に移っている穂原さんからは最初に石井さんの訃報を知らせていただいたし、メディアワークスで『戒名無用』を出してくれた『宝島30』の元編集長の上田さんにも実に久しぶりにあった。小浜逸郎さんとも10数年ぶりに会うことができた。

石井さんが60代で亡くなられたのは、あるいは酒やタバコといったことが影響しているのかもしれないが、通夜には多くの人がつめかけ、故人の交友関係の広さが伺えた。最近はお会いする機会もなく、新書ができあがれば、その機会もあるかと思っていたので、その点が悔やまれる。故人の冥福をお祈りしたい。

February 15, 2010

2月15日(月)水曜日の「ひるおび」で私の葬式についてのインタビューが放送されることになった

暦はとっくに春のはずなのに、寒い日が続いている。今日はおまけに冷たい雨まで降っている。

月曜日といういうことで、新しい仕事をはじめる。今回は、新宗教を中心とした門前町についての本。最初の「はじめに」を書いてみたら、行けそうな気がしてきた。もちろん、新宗教関連の門前町については研究もないし、既成宗教を含めた門前町についての研究もほとんどない。これは、新しいジャンルなので、しっかりと調べてみたい。

午後は、『日本人の幸福』について第2章を半分弱くらい書く。こちらはぼちぼちと進んでいく気配だ。

夕方は、TBSに行く。「ひるおび」という番組で葬式のことを取り上げると言うことで、取材を受ける。放送は水曜日の12時40分くらいから13時のあいだ。インタビューなので、どう取り上げられるかはわからないが、葬儀費用や戒名のことについて質問に答える。

『葬式は、要らない』の本、今日5刷が決定する。一挙に5万部を増刷して、はやくも10万部を超えた。各種のランキングでも、軒並み新書では1位とか2位を占めている。文教堂などでは、総合で3位をキープしている。いったいどこまで行くのか、予想もつかなくなってきた。

February 13, 2010

2月13日(土)朝日カルチャーセンターで久しぶりに講義をする

今日は、朝日カルチャーセンターでの講義があるので、午前中はその準備をする。講義をするのは、かなり久しぶり。講演だとあまり準備をする必要がなかったりするが、講義だと3回続くこともあり、準備がいる。

今日の話しは、近代化と宗教概念の導入の話し。宗教ということばが使われるのは、近代になってから。それによって、宗教についてのとらえ方も変わった。そこから、宗教とは何か、日本人の宗教とはどういうものかについて話しをする。

たまたまた、朝日カルチャーセンターに朝日新聞から大学時代の同級生が赴任してきている。彼と会い、少し話しをする。また、カルチャーセンターの所長からは、是非葬式について話しをしてくれと頼まれる。次の次の学期、6月頃にはそういう話しをすることになるだろう。

終わってから、ゲラを届けてくれた角川書店の編集者と、ホテルサンルートのバーに行く。ここは新宿の穴場。今のところ、ほかにゲラがないので、十分に時間がとれるだろう。

今日は、朝日に半五段の広告がでた。葬式の本は依然順調。昨日は、紀伊國屋のパブラインで、1位だったらしい。これは、実際に売れているということを意味するのだが、売れているかどうか、著者には意外と実感がない。

February 12, 2010

2月12日(金)Plugplayerをヴァージョンアップしたら使えなくなり英語のサイトを見て解決方法を知る

Linn Majik DSのコントローラーとして使っているPlugplayerがver.3.0.0にヴァージョンアップした。そこでさっそく、インストールしてみたが、うまく動かない。そこで、英語のサイトを見てみると、同じことで困っている人の質問がのっているフォーラムを見つけた。そこに、ipod touchのfirmwareをヴァージョンアップすればいいと書かれていた。

考えてみると、ipod touchを購入してから、一度もそれをしていない。すでに、3.1にヴァージョンアップしている。そこで、ipod touchをコンピュータにつなげ、ituneを通して、ソフトをダウンロードし、転送してみた。すると、Plugplayerがうまく作動するようになったし、ほかのソフトウェアーもインストールできなかったのが、できるようになった。おそらく今でもそれで困っている人が世界中にいるだろうが、そう考えるとたしかにグローバル化が進行していることが実感できる。

今日は、昨日に続いて『新宗教実用事典』のビジネス・モデルの部分を書く。最後まで書き終え、最初から見直す。この本は、あと3項目を書けばいいだろう。夕方は、三五館の編集者と社長を交えて、打ち合わせ。ちょっと、面白そうな本も教えてもらう。

昨日、日経と産経に全五段の広告が出たので、『葬式は、要らない』がまた売れている。昨日はアマゾンで全体の5位まで上昇した。今日は、9位とか10位。文教堂のランキングでは、新書1位になり、全体でも4位か5位。なぜか幸福の科学の出版物と順位を競っている。紀伊國屋書店のデイリーでは、2位。来週はこれにからんでテレビにも出る予定。

February 11, 2010

2月11日(木)建国記念の日にヒルズで仕事をする

今日は建国記念の日。昔は、その意義をめぐって論争が繰り広げられたが、定着したせいか、すっかりそうしたことが影を潜めた。ただの休日という雰囲気。寒いだけに、これでは季節的に盛り上がるのが難しい。日本の始まりということでは、もっと別の日の方がいいのではないか。

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ライブラリーへ行き、仕事をする。『新宗教実用事典』のビジネス・モデルの章、半分強書き上げる。久しぶりに、レジデンスの食堂に行き、けんちんうどんを食べる。当たり前だが、吉野家のけんちん汁とはずいぶん違う。

午後は、宝島社の編集者が来て、打ち合わせをする。無所有をテーマにした新書と、宝島での特集について。そんなところに、週刊誌から電話が来て、電話取材を受ける。内容は、今将棋の羽生名人がはまっているという宗教家について。来週には記事になるのだろう。

日経新聞に、全五段で『葬式は、要らない』の広告が出たので、アマゾンなどの順位があがっていく。今のところ、最高5位まであがった。その上には、『1Q84』のブック3とか、巻くだけダイエットとか、強敵が並んでいる。ただし、4冊のうち、3冊は本ではなく、おまけやDVDがついたもの。今週末には、読売や朝日にも広告が出るらしいので、それでどうなるか楽しみ。

February 10, 2010

2月9日(水)キース・ジャレット・トリオの先行発売で3公演のチケットを予約する

昨日は妙に暖かだったが、今日は寒い。しばらくまた寒くなるらしい。まだ2月のはじめだから、しかたのないことだろう。

今日は、円仁の原稿を最後まで仕上げる。あまり知られていない宗教家だけに、どうあつかうか、それが難しい。功績は大きく、中国では大騒動に巻き込まれるが、弾圧されたりしたことがないので、劇的な要素は実は少ない。いろいろな面で興味深い存在だが、本当の価値はまだ認識されていないように思う。

途中、定期検診に病院に行く。今日はあまり混んでいなかった。全体的に変わらず。体調の方は非常に良い。

それから、キース・ジャレット・トリオの来日公演が秋にあり、その先行発売がはじまったので、ネットを通して予約する。東京では、オーチャードで3日間公演があり、すべて行くことにした。大人買いといったところか。このトリオ、2年から3年おきに来日しているが、メンバーがかなり高齢になってきているので、次絶対という保証はない。ゲイリー・ピーコックは、実は、ポール・チェンバースやスコット・ラファロの同世代で、この世代に名ベイシスとが多い。ロン・カーターやチャーリー・ヘイデンなどもそうだ。なにしろ半年も先のことなので、今から楽しみという気分でもないが、どんな演奏を聴かせてくれるのだろうか。

2月9日(火)今週の土曜日から朝日カルチャーセンターでの講座がはじまる

今週の土曜日から、朝日カルチャーセンターで講座を開設する。テーマは、「日本人にとって宗教とは何なのか
- 日本の近代化と宗教」というもので、土 15:30-17:00 全3回 2/13, 2/27, 3/13 会員 8,820円 一般 10,710円という形になる。講座内容は、「日本人にとって、宗教はいかなる意味をもっているのだろうか。日本の歴史を振り返ってみたとき、その関係の深さに驚くことが少なくない。もし仏教が日本に伝えられ、受容されなかったらどうなっていたのか。その日本の宗教が大きく変容するのは、近代に入った時点においてである。今回は、三つの軸を立てて、その問題を考えてみたい。 」とした。まだ、余裕があるので興味がある方は、申し込みをして欲しい

今日は、『日本人の幸福』について一章分の原稿を仕上げる。それから、円仁について続きを書く。こちらは、もう少しだ。

午後、ヒルズへ行って、『なぜ人は宗教にハマるのか』の再校ゲラをつけあわせするが、10分くらいで終わってしまった。あとは、果たしてアメリカは民主主義国なりやについて議論する。

夜は、久しぶりに、大学の宗教学研究室の同期、四方田犬彦、渡辺直樹両氏と神保町でくえ鍋を食べる。四方田氏、病気だったと言うが、かなり元気。近々、オスロ大学に集中講義に行くという。その因縁めいた話しがおもしろかった。

February 08, 2010

2月8日(月)15年ぶりに「ショーシャンクの空に」を見て改めていい映画だと感心する

先週の末から、ヒルズのシネマで「午前10時の映画祭」というのがはじまった。いわゆる洋画の名画を週替わりで50本上映するというものだ。半分くらいは確実に見ているが、けっこう見ていないものがある。第1作は「ショーシャンクの空に」。この作品は封切りの時点で見ているが、1995年の作品。いったいいつ見たのか、それが思い出せないが、改めて見てみても、面白い。宗教的というか、聖書的な部分が相当に出ていることはあまり記憶していなかった。脚本は本当によく出来ている。やはり50本全部見るべきかと思った。

午後は、ライブラリーで打ち合わせが2件。どちらも大作の企画で、すぐにどうこうという話しではないが、やはり準備も必要。果たしてどうなるのかわからないが、新書だけではなく、じっくり腰をすえた仕事も必要だろう。

『葬式は、要らない』は、重版が搬入されるらしいが、4刷が決まった。とりあえず、想像を超えたスピードで版を重ねている。今週末には、また広告も出るらしい。

帰りがけ、PC用のスピーカーを視聴しようと、4階のボーズのショップに寄ってみたが、知らないうちに閉店していた。ショールーム的なところだったので、売り上げとは関係ないのだろうと思っていたが、そうでもないのかもしれない。しかたがないので、渋谷へ出て、ビッグカメラで聞く。まだ、どうするか迷いがある。

February 06, 2010

2月6日(土)全五段の広告はやはり迫力が違う

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毎日新聞の朝刊に全五段の広告が出た。さすがに迫力がある。書店では、ネットも含め、かなり品切れ状態になっているらしい。火曜日には重版が搬入される予定になっている。

リッピングも、ようやく大半が終わった。DSを買ってから、1年になるが、まるまる1年かかってしまった。これがけっこう大変な作業になった。本来ネットを経由してダウンロードするものなのだろうが、現状では、音質の良い物が手に入らなかったりする。そこが一つの課題だろう。

February 05, 2010

2月5日(金)最近考えていることが新聞記者に話しをして一つにまとまっていく感じがした

朝からヒルズへ行く。午前中から午後にかけては、『日本人の幸福』についての原稿書きをする。10枚ほど書く。

昼飯は一人だったので、どこに行こうかと迷ったが、けっきょく、乃木坂駅の魚真まで歩いた。ヒルズからは10分ほどで、散歩がてらと言った感じ。ばらちらしを食べる。

午後は、『なぜ人は宗教にハマるのか』の再校ゲラに目を通す。再校なので、それほど間違いはない。たんたんと進み、3分の2くらい終わる。

午後、大阪から朝日新聞の記者が来て、話しをする。先日、バブルの時代にできた大仏について電話取材を受けた。いろいろと話しをするが、最近考えていることをおおむね語ってみたので、今書きつつある、あるいは書こうとしている本の内容がまとまっていく感じがした。本を書く上では、こういった作業がかなり役に立つ。話してみないと、まとまりがつかないし、どこが問題なのかもわからない。甘えやら、無縁やら、今のテーマが複雑にからんでいく。

途中小幡さんが丸の内の方に出かけて、オアゾの丸善に寄ってくれた。丸善では、『葬式は、要らない』は一冊しかなかったとのこと。編集者の話しでも、けっこう品切れの店が出ているらしい。来週のはじめには重版が配本される。

February 04, 2010

2月4日(木)立春の日にいろいろ思うところがあった

今日は、『寺門興隆』の連載原稿を書く。2回ほど、特別企画と言うことで、ほかのことを書いたが、また創価学会の問題に戻ることになった。連載原稿としては、71回目になる。今回は、最近の池田名誉会長をめぐる状況について書いてみた。

午後は、ライブラリーに行き、『葬式は、要らない』についての著者インタビューを受ける。最近は、たくさん本を出しているわりに、インタビューを受けることが少ない。前は、もう少し多かった気がする。

振り返ってみると、私が出したもののなかで売れるのは新書に限られている。単行本だとどうも売れない。これは、なぜなのかはわからないが、私の読者層というものが、そうしたところに偏っているのだろう。この点は、今後の展開を考える上では重要な問題だ。

民主党の小沢幹事長が不起訴ということになり、マスコミの報道は一挙に沈静化した。不起訴になっても、その責任を執拗に追及するメディアがあってもいい気がするが、それがない。東京地検にしても、最初から起訴できないということは分かっていたはずだ。にもかかわらず、2度にわたって事情聴取をやり、起訴の可能性があると国民に伝えたことは、実は大きな責任ではないのか。責任というより、無責任と言うべきだろう。

大相撲では、暴行事件を起こした朝青龍が引退に追い込まれた。これも、立派な横綱を育てられなかった相撲界の責任ではないのか。朝青龍が横綱になったのは、わずか22歳のときだ。22歳の若者が、しかも外国人である彼が、そう簡単に横綱としての品格を備えられるわけではない。閉鎖的な相撲界には根本的な問題があると思うが、その責任を相撲協会は自覚する必要があるように思う。

February 03, 2010

2月3日(水)病院への道は寒かったが『葬式』は早々と3刷が決まる

朝、病院に採血検査に行くが、その前に朝食をとれないので、少し仕事をする。昨日書いた、『新宗教実用事典』のオウムの項目を書く。それから、病院にむかうが、途中の道が寒い。昨日の雪も残っている。病院はそのせいか、少しすいていた。

帰ってから、続きを書き、それを仕上げる。地下鉄サリン事件からもうすぐ15年になろうとしているが、わからないことばかりだと改めて感じる。その後、午後は円仁を書く。ただし、数枚しか進まない。ほかに、「般若心経」についての本を頼まれているので、その構想を立ててみる。「般若心経」は、如是我聞ではじまらない特異な経典で、実はどういう系統なのかもあまりよく分かっていないようだ。空海の解釈は面白いと思うので、それを取り入れることにする。

『葬式は、要らない』早くも3刷が決まる。アマゾンなどは、品切れ状態で、それを反映し、古本には1980円という値段がついている。品切れだとそうした値段が自動的につくしかけなのだろうが、買う人はいるのだろうか。

DSのためのリッピングの作業、なかなか終わりまで行かないが、今はCDケースに入らなくて、しまっておいたものをやっている。すると、こんなものを持っていたのかと改めて認識するものが少なくない。ようやく、終わりが見えてきたが、このリッピングという作業はかなり大変なものだ。

2月2日(火)断続的に仕事をし最後は生命倫理の根本問題に行き着く

昨日の雪が少し積もっている。もう少し積もると、一日では溶けきれず、けっこうそれで足下をとられることになるが、そうはならなそうな量だ。

今日は、仕事が全体に断続的になり、執筆に集中する時間がとれなかった。朝少し仕事をして、床屋へ行った。床屋で聞いた話を『葬式は、要らない』で取り上げているので、本を渡したら、帰りがけに本代を渡された。大変律儀だ。その後、家に戻って、また少し仕事をし、ヒルズへむかう。

ヒルズでは、昼食をとりながら、マンガの解説をすることになっているので、その下書きを見せて貰う。それから、新しい本の企画について話し合う。それが終わってから、またライブラリーで少し仕事をし、今度は神保町へ。ソマードで、私が利用するブログを中心とした情報空間について打ち合わせをする。全体の構想はほぼ固まったし、それが実現する技術的な裏付けもある。これは、しだいに形になってくるだろう。

打ち合わせが終わってから、三省堂の本店と、書泉による。またそこから溜池山王に行き、東京財団での生命倫理の土台作り研究会。この研究会も今年度で終わりになるらしい。今日は、ヒトES細胞の研究についての話。科学的なところはよくわからないが、自然科学の研究者が生命倫理というひどくわかりにくいことにけっきょくは振り回されているという印象をまた深くした。

生命倫理では、生命のはじまりや生命の尊厳といったことが問題になるが、それは、キリスト教、とくにローマカトリック教会の考え方が強く影響していることは間違いない。ある生命操作を胚や受精卵に施したとき、それ自体がなぜ生命の尊厳を脅かすことになるのか、実際にそれをやってみないと分からないはず。ところが、それができない。そこには、生命に介入するということは神の業あり、人間ができることではないというキリスト教的な考え方がある。西欧の社会がキリスト教によって支配されているわけではないが、ローマ教会は強力な異議申し立て機関としての性格をもつ。ところが、日本では、そうではない。そのギャップと、さらには、厄介なところに踏み込むと、ほかの研究者に迷惑がかかるので、それを自粛しようとする日本的倫理がからまり、問題を余計複雑にしている。そうなると、研究は生命倫理になるべくひっかからないものに傾いていく。その代表がIPS細胞だ。しかし、どうも研究者の話を聞いていると、そこにはけっこう大きな問題があり、期待されているような成果があがるのかどうか、不確かな部分が少なくないらしい。この全体的な構図をなんとかしないと、研究は進まないだろう。

February 01, 2010

2月1日(月)無縁社会という背景があるのか『葬式は、要らない』は早くも重版になった

昨日の夜、NHKのテレビドキュメンタリー『無縁社会』を見る。かなり話題になっているようだが、家族との縁もなくなり、孤独に亡くなっていく人たちのことが取り上げられていた。孤独死で、家族も発見されないという場合には、自治体によって葬儀が行われる。これは、『葬式は、要らない』でとりあげた、直葬のはじまりともいうべきものだ。一般の直葬では、葬儀をしても高齢で参列者がいないケースが少なくないだろう。どちらにしても、孤独に死んでいく、そういう時代になってきた。

無縁ということばは、一時、網野史学の流行で、積極的な意味を与えられていた。さまざまなしがらみから解放されることが無縁で、そこにはユートピア的な響きがあった。時代が変わると、その無縁も、孤独と結びつけられ、否定的な意味合いを帯びてくる。果たして無縁は、幸福なのか、不幸なのか。今はそれが問われている。

ここのところ、新聞各紙に広告が出た新刊の『葬式は、要らない』は、早々に重版になった。初刷よりも2刷の方が部数が多い。この出足自体は、『10大新宗教』よりも早い。いったいこれからどうなるのだろうか。

今日の仕事は、『世界の宗教が一気にわかる本』の第一章の最初の節を5枚ほど書く。一神教と対比されるべきものは、果たして多神教なのかがテーマ。一神教について解説していくための序論になる部分。それから、円仁の原稿を数枚書く。いよいよ円仁は唐に渡ることになる。

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