12月2日(木)仏教はやはり死ぬためのものなのかということを確認する
こまごまとした仕事をこなした一日。今日の朝日カルチャーの内容を考えて、レジュメと資料を作り、墓についての本の目次を考え、宗教の本の最後の章の出だしを書き、などなど。
昼食を早めにして、新宿へ行き。朝日カルチャーへ。今回は、先週の生きるためにではなく、死ぬための仏教と言うことで、話がとてもしやすかった。やはり仏教は死ぬためにあるのだろうか。終わってから次回の打ち合わせをし、ヒルズへ。ヒルズでは、生まれ順の本の校正をし、墓についての監修本の直しを点検する。
意外にそれは早く終わったので、そのまま帰宅する。
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Comments
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世の中には、自然科学の視点から、「宗教は不合理で非科学であるから信用できない(インチキ)」と主張している人達が少なからず存在していますが、それらの人達は、宗教が自然科学の範囲外のことであり、人間と人間の間の信頼と倫理を基にした建設的な壮大な哲学体系であることに気づいていないように思えます。信仰とは何かということがまったく分かっていないのです。人間の営みは自然科学だけでは説明できない複雑な世界なのです。アーメン。
Posted by: カトリック | December 05, 2010 03:08 PM