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March 2011

March 31, 2011

3月30日(水)今度の土曜日2日には新宿の朝日カルチャーセンターで講座を開く

4月からカルチャーセンターでいくつか講演をすることになっているが、なかには、地震で建物が壊れて、それで中止になったところもある。老朽化した建物だったらしい。

2日には、新宿の朝日カルチャーセンターで、「墓は、造らない」をテーマに講座がある。開講するかどうか検討もされたが、結局予定通り開催することになった。被災地での土葬の問題などもあり、当初予定していたのとは違う話になりそうだが、テレビの収録を除くと、震災後はじめて話をするので、今の考えを述べたいと思う。これは今からでも申し込める。

講談社から聖地の本を出すことになっていて、その第1稿を直していたら、講談社の社長の野間佐和子さんが亡くなったというニュースを聞いた。次期社長の話が伝わっていたが、まだ受け渡しは行われていなかったらしい。まだ日本女子大につとめていた頃、講談社の創立何周年かのパーティーがあり、そこに呼ばれたときに一度だけお会いしたことがある。社長自身女子大の出身者ではなかっただろうか。ご冥福をお祈りしたい。

March 30, 2011

3月29日(火)松下の経営理念と組織構造の関係について考えてみる

ようやく暖かくなった。季節の変わり目ということで、風邪気味。とりあえず、午後に勉強会があるので、そのための準備をする。午後は、ヒルズで日本経営哲学史の本を書くための勉強会。2回目の今日は、松下幸之助の続き。松下幸之助は池田大作と往復書簡をとりかわし、それを本にしている。幸之助は池田のことを尊敬していたとも伝えられている。それを踏まえ、創価学会の組織構造についてまとめてみる。一人のカリスマを頂点にして、いくつもの部に分かれている点では、案外二人が作り上げた組織は似ているのかもしれない。

ちょうど松下電器の組織構造の変遷について分析した本があったので、それを参考に、松下の組織を編成する上での原理について考えてみる。よく知られているように事業部制が基本だが、そうした分権体制をいかに全体に統合していくか、それが課題になって、試行錯誤が繰り返されてきたという印象を受ける。組織の大胆な改革が、比較的短い間に繰り返されることで、柔軟性が生まれ、現実に対応できるようになっていく。この柔軟性が命なのだろう。ただし、あくまで生産するメーカー主体の考え方で、そこに量販店などがかかわってくることで、状況は大きく変わった。その松下に果敢に挑戦したということで、次回はダイエーを見ていくことになる。

佼成出版社から新アジア仏教史の第14巻として、『近代国家と仏教』が刊行された。この本に私は、「戦後仏教の展開」を書いている。新宗教と葬式仏教が主たるテーマになっている。

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March 29, 2011

3月28日(月)被災地では宗教界のボランティアが活動するなか文筆家としてできることを考えるしかない

たくさんの人たちがボランティアで被災地に入っているようだが、ブログ、ツイッターなどをみると、宗教家もかなり現地に入り、活動を展開しているようだ。被災地には関連する宗派の寺もあり、法縁という形で密接な関係をもっている寺同士もある。そこが仏教界の強みで、すでにボランティア活動の実績を積んでいるところも少なくない。

被災地では寺自体が流され、死亡者の供養などが十分な形で行われていないようで、ぜひ僧侶に来てもらい、供養をしてほしいという要望もあるようだ。全日本仏教会の青年会などは、震災が起こった2時46分に、すべての宗教家が祈りをささげるよう呼びかけたいたりもする。たとえ、宗教家がいなくても、この時刻に被災者の埋葬が行われれば、あるいは葬る側の心理的な罪責感も軽減されるのかもしれない。

今日は、震災後、はじめて新しい取材を受けた。それも震災とは関係のないもの。こうして徐々にでも日常が回復してくれることを願うが、原発を含め、まだまだ難しい問題が先には横たわっているようだ。そんななか、こうした状況をどのように生きていくのか、前向きにとらえる本の企画ももちこまれた。文筆家としては書いていく以外に社会に貢献する道は少ない。そこで頑張るしかないだろう。

March 27, 2011

3月27日(日)たかじんのテレビ大阪の番組が放送されたらしい

テレビ大阪の「たかじんNOマネー」という番組が放送されたようだ。ちょうど地震が起こった翌日が収録だった。編集の手が入っているので、実際に放送された番組がどのようなものかはわからないが、宗教団体と金とともに、オウムとのかかわりについて私がしゃべっているところも放送されたらしい。

今回の地震が起こってみると、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件とが決して無関係ではなかったような気がしてきた。それは、事件にかかわったオウムの信者についていえることで、彼らは、震災の直後神戸に入り、被災者の救援活動をやっていた。つまり、震災の現場に接していたことになる。しかも、教団では、麻原が地震を予言したと宣伝していた。もちろん、予言が的中するなどということはないわけだが、信者はそれを信じただろう。

神戸の地震は今回とはかなり状況が違うものの、神戸のような都市が一瞬にして壊滅的な打撃を受けたことは、それにはじめて接した人間には衝撃的なことだったと思う。そのうえで、サリンを撒けと命じられたとき、信者は震災の光景を思ったのではないだろうか。普通なら、そこで東京を神戸のような状況にはしてならないという心理が働くのかもしれないが、彼らはその反対の選択をした。その心理がどういったものだったのか、まだうまく説明ができないが、震災の被害に接しての無力感のようなものが、信者のなかにある現実の社会に対する否定的な見方を強めたとは考えられないだろうか。彼らは、現実が嫌だと感じたからこそ、オウムに出家したはずだ。オウムとその事件については、まだ考えなければならないことがある。

March 25, 2011

3月25日(金)明日開かれる予定の上智大学での葬送基本法制定をめざす懇談会は延期になる

家で仕事をする。『世界の宗教がざっくりわかる』の本、参考文献の紹介を付け加えた。それをどこに入れるかが問題になり、編集者とファックスのやり取りをしながら、確認していった。

来月号の『文藝春秋』に載る池上彰さんとの対談、今の事態を受けて少しだけ書き直す。

『本の時間』に連載している原稿、お中元について第2回目を書く。調べてみると、今のお中元のシステムについては三越デパートの役割が大きいことがわかる。それを含めて、最後まで書くが、見直しをしないといけない。

途中、コンピュータをフォーマットしたので、電子ペンがうまく使えない状態にあった。考えてみると、ドライバーをインストールしていない。それに気づき、インストールすると前と同じ形で使えるようになる。やはり道具がうまく使えないと不便だ。あとは、プリンターのドライバーの問題があるが、無線ランでつないでいるところが、まだうまくいかない。どうかするとうまくいくはずだが、今日は面倒でそのまま。まだ、プリンターが使えない。

本来なら明日、「葬送基本法」に向けての第1回懇談会が上智大学で開かれることになっていたが、余震が続いているので、大学のほうから責任がもてないといわれ、延期になった。この責任がもてないといういい方は、実は何を意味しているか不明なところが多い。普段だと、では責任をもっているのかと聞けば、そうではないだろう。貸す側の意向なので仕方がない。これは重要な問題なので、日を改めて開くことになるだろう。

3月24日(木)午前10時の映画祭が東京周辺で休止なのはとても残念だ

先週は、ヒルズのシネマに行ったけれど、閉場していて、「麗しのサブリナ」が見られなかった。今週は無事「月の輝く夜に」を見ることができた。この映画、なぜかまったく見たことがなかったが、たいそう面白かった。適度ないい加減さがいいし、最後にすべてが丸く収まるのがいい。ただ、「午前10時の映画祭」、首都圏東北では休止になるという。これは残念だ。一日も早い再開を願う。

午後は、二件打ち合わせ。聖地の本と冠婚葬祭の本。両方とも原稿はできているので、いかにブラッシュアップするか。タイトルなどの問題もある。あとは、小幡さんのところに交換留学生のアメリカ人が来ていて、一緒に話をする。生まれ順の話になって、彼がどういう生まれかを観察してみたがどうもよくわからなかった。そういうときは、真ん中っ子の可能性が高い。

まだまだ、いろいろと問題ばかりだが、日常の生活は徐々に戻りつつある感じがする。一人一人がいかに、自分たちの日常の生活を取り戻していくか、その線で考えていくしかない。その努力の積み重ねが必要だが、もちろんそこが難しいし、被災地ではそれこそ日常を取り戻すことが難題になっている。日本はとてもいい国で、たとえばいい温泉がたくさんあったりするが、だからこそ地震が多いとも言える。物事には良い面と悪い面があって、それが背中合わせになっている。三陸でも、過去に何度も津波の被害にあいつつ、それでも人々が海の近くで暮らしてきたのは、豊かな漁場があるからだろう。人間は、技術その他で、問題を解決しようとするが、いつも想定外なことが起こる。そこに正解はないが、とにかく前向きに動いていくしかない。

March 23, 2011

3月23日(水)今月末で東大先端研の客員研究員が終了するがそのきっかけになった「安全安心な社会を実現する科学技術人材養成」のプロジェクトの重要性を改めて考えた

今まで、東京大学先端科学技術研究センターの客員研究員をしてきたが、3月末でちょうど終わりになる。私を先端に呼んでくれた御厨貴氏が来年で定年になり、その関連で先端との縁が切れることになった。ちょうど、地震が起こった日に、研究室の研究会で話をすることになっていたが、それもかなわないまま今日を迎えている。

先端に呼ばれたのは、2005年10月のことで、特任研究員と客員研究員をつごう5年半務めたことになる。客員時代には格別仕事があったわけではないが、特任の時代には「安全安心な社会を実現するための科学技術人材養成」のプロジェクトに参加し、その関連でいくつかのセミナーを開いた。今になってみると貴重な体験だが、この今こそ、このプロジェクトの課題が重要性を増しているように感じられる。

私自身は主にオウム真理教の事件に端を発した宗教とテロの問題を扱っていたが、プロジェクト全体のなかでは災害の問題やその報道のことが重要な課題になっていた。当然、そうした研究会などに参加したこともある。安心安全のプロジェクトは、御厨氏が中心だったように、文系からの発想が中心になっていたが、社会に向かっていかに科学の知識や認識を伝えていくかはかなり難しい事柄になる。今の事態とからめて考えると、徹底した安全を追求することが、非常事態が生まれた時には、かえって弊害を生むことになる。

たとえば、食品なり水なりの安全基準は、かなり低めに設定され、その面では安全が追求されており、数値が規制値を超えたら、規制なりの処置が働く仕掛けもできあがっている。今の政府はまさにその通りに行動しているわけだが、規制をかけることで、あるいは規制値を超えたと公表することで、かえって不安を煽っている面もある。情報の隠ぺいは、その後に大きな禍根を残すのが通例だが、非常時の対処の仕方として今のやり方がいいものなのかどうか、検討の余地はありそうだ。

人材養成ということでは、たんに専門性ということにとどまらず、情報を伝える人間の人間性といったことも、信頼感を与えることができるかどうかにはとても重要な意味をもつ。果たして安全安心のプロジェクトでそこまで議論がされたのかどうか、今になってみるともっと議論をしておく必要があったようにも思えてくる。

3月22日(火)火葬できないからといって死者を丁重に葬っていないとは言えないだろう

被災地では、亡くなった方をいかに葬るかということが大きな問題になっている。火葬大国ともいわれる日本では、100パーセント近い死者が火葬される状況になっているが、これは最近になってのことで、また、世界的に考えるとこれほど火葬が広まった国はほかにない。

火葬が広まった結果、土葬にすると死者を丁重に葬っていないという感覚が生まれるようになってきた。おそらく、今回の被災地でも、少し前までは土葬していた地域がけっこうあったと思うが、火葬できないことで、死者にすまないと思う気持ちが生まれている。したがって、現在の土葬はあくまで仮の埋葬で、少ししたら改めて火葬にするということが言われている。

そこには、非常事態のなかで、失われた命に対する悲しみ、自分たちが生き残ったことに対して申し訳ないという気持ち、十分な葬儀を出してやれないことへのやるせなさなどが加味されていることだろう。本来なら、通常の葬儀の仕方で葬ってやれるのにという思いが、土葬はあくまで仮の埋葬という意識を生んでいるように思う。

ただ、土葬自体が、死者を葬る方法として不適切なわけではない。むしろ、家族親族や関係者が自分たちの手で葬ってあげることで、火葬よりもはるかに丁重に葬っているともいえる。それに、土葬の方が土に還る、自然に還るということでは、東京周辺で行われている骨壷に入れたままの墓への埋葬よりも、死者を送る方法として好ましい面もある。

これはとても難しいことだが、被災者の方々が、たとえ土葬にしても、そのこと自体で自責の念にかられることがないようにと願うばかりだ。

March 22, 2011

3月21日(月)企業の本社機能の首都圏からの移転や遷都が議論の対象になるかもしれない

土曜から月曜まで休みで、世の中も少しだけ落ち着いた感じがする。神社本庁のホームページを見たが、まだ神社関係の被害状況は把握されていないようだ。仏教宗派の場合には、寺が避難所として活用されたり、すでに僧侶や信徒が各種の災害でボランティアの活動をした経験があるので、もう少し迅速に事態を把握しているように見える。ただ、被害を受けた寺院は、中心的な被災地だけではなく、関東の広範囲にも及んでおり、本堂が壊れたとか、燈篭が倒れたとか、意外に大変そうだ。当然墓石の倒壊も少なくないのだろう。そうした面での耐震化はあまり進んでいないのかもしれない。

火曜日になり、企業がまた活動を再開すると、当面の事態に対する対応策とともに、計画停電の影響を考えて、本社機能の首都圏から近畿圏などへの一時的か、あるいは恒久的な移転といったことも議論になってくるだろう。そうなると、遷都といったこともはじめて本格的な議論の対象になってくるに違いない。それは、あるいは東京への一極集中を緩和することに結びつくのかもしれない。そこらあたりの動きは、急速に進みそうな気がする。東京都知事もそれを踏まえて選挙が行われるべきだろう。

March 19, 2011

3月19日(土)コンピューターのリカバリーをしたらLinnのKonfigがアップデートしているのを知り新しい本の内容を考えてみる

土曜日になった。停電はないらしい。暖かいし、企業などが休みだと重要が少ないのだろう。一日経堂にいる。

自宅のコンピュータが立ちあがらなくなったので、リカバリーDVDで初期の状態に戻す作業をする。これまでだと、データの問題もあって、これがひどく厄介なことを引き起こすが、書いたものはほとんどグーグル・ドキュメントにアップしてあるので、そこが問題にならない。超漢字関係のデータは、NASに入っている。そのため、リカバリーをして、XPをSP3にして、VMwareをインストールして、超漢字をコピーし、さらにofficeをインストールした。けっこう時間がかかったが、なんとか形になった。

その作業をしているあいだに、LinnのKonfigがCaraからDavaarにバージョンアップされているのを知り、これをインストールする。ただし、ベータ版なので、DSを認識しなかったりする。フォーラムを見ていると、他の人も、海外の人だが、同じような経験をしているらしい。おって解決されるだろう。音楽を聴く上では問題がないはずだ。

聖地の本、沖ノ島の章は少し書き進める。図書館から本も借りて来た。それから、これから書く本について、アウトラインを考えてみる。やはり今の事態を踏まえ、それを大きな枠組みから考えるような本が必要な気がする。3.11で変わった空気のなかで、私たちはどう生きればいいのか、『人はひとりで生きる』の続きのようでもあり、メディア論でもあるし、政治論や経済論でもある。要は日本論ということか。

March 18, 2011

3月18日(金)毎日地震を予言していればいつか当たるという程度にすぎない

昨日は、地震以来はじめてヒルズに行った。かなり照明を落としていて暗い。ライブラリーのオフィスへ来ている人も数人とやはり少なかった。それでも、集中して仕事をしてみる。

今回の地震を的中させたという予言者、宗教家がいるらしい。教団のそなかにも、神のことばがまさに的中したと言っているところもあるだろう。阪神大震災のときは、オウム真理教の麻原が地震を予言していたと、教団は盛んに宣伝していた。地下鉄サリン事件の前のことになる。

たしかに地震を予言していた人はいるだろうし、結果的にそれが的中したということはある。けれども、そんな予言をしている人ならいつもいるわけで、そのほとんどは外れている。キリスト教の初期の信仰だと、世の終わりはすぐに来るとされていたが、とりあえず2000年間、世の終わりは来ていない。だから、予言を的中させた人がいても、それを重要視する必要はないし、ましてその人物をあがめたてまつる必要はさらさらない。

あたりまえのことだが、予言が的中したとして、そのメカニズムを説明できない。極端にいえば、毎日大地震を予言していれば、いつか当たる。それは誰にでもできる。だから、地震の予言なんて、その程度のものと考え、無視するしかないだろう。

March 17, 2011

3月17日(木)ツイッターしてます

ツイッター始めました。こんなときなので。

March 16, 2011

3月16日(水)今ツイッターが話題の東大の早野龍五さんのこと

今みんなの心の支えになっているのが、東大の物理学者、早野龍五さんのツイッターだろう。実は20年ほど前に少し早野さんとはお付き合いがあった。私が今はなくなってしまった放送教育開発センターにいた時代、新しいメディアのことをやっていて、コンピューター・リテラシーの番組を製作するという話があった。それで、後輩から早野さんの存在を教えられたのだけれど、それは、コンピュータのことを分かりやすく説明してくれる先生だということだった。今ではコンピュータがこんなに普及しているが、当時はまだまだ。

それで何度かお会いしたのだけれど、アポイントをとっていなくても、ふらっと理学部の研究室を訪れると、早野さんが一人でパソコンを打っていて、仕事をしているのか、研究をしているのかはわからなかったけれど、その手を休めていろいろ話をしてくれた。私の2学年上なので、世代も近かった。やはり、当時親しくしてもらったトロンの坂村健さんが言っていたところでは、早野さんは駒場の学生に歌舞伎を教えたりしていたらしい。その頃は、私自身が歌舞伎にはまったく興味がなかったので、そんな話にはならなかったが、今考えると惜しいと思ったりする。

実は、今回自分自身でもツイッターをはじめてみたのは、早野さんの影響でもある。早野さんのツイッターは、今回の事態を受けてはじめたもの。早野さんの場合も、素粒子物理学が専門だから、原発のことは専門外。それでも、少しでも役に立つ情報を提供しようとはじめられたのだろうが、彼のツイッターを見ていると、おそらくその人柄なのだろう、読むだけで不思議に安心する。なかなかあんな飄々とした書き方はできないものだと思うが、その点では昔と少しも変わっていないのだろう。

March 15, 2011

3月15日(火)災害に宗教的な意味を見出すことは極力戒めるべきだ

原発からの放射線漏れが憂慮されるなか、石原都知事の発言が問題になった。けっきょくは謝罪したようだが、知事に限らず、大規模な災害に遭遇すると、そこに何らかの意味を見出そうとする人たちが出てくる。しかもそれは、信仰をもつ人々に多い。石原知事も、法華系の新宗教である霊友会の信徒だと言われ、実際『法華経を生きる』という本も書いている。

法華経を釈迦の本当の教えが唯一説かれた経典ととらえた日蓮は、法然念仏宗などの邪教が広まるのが放置されている限り、日本は異国から攻められ、国内では政治的な反乱がおこるだろうと予言した。その予言は、蒙古の襲来に寄って的中することにもなるが、そこから日本の法華信仰、日蓮信仰には、災難に意味を求めようとする傾向が強くある。日蓮は、相当に規模の大きかった正嘉の大地震に鎌倉で遭遇しており、その体験から天変地異に邪教が広まっているあかしを求めようとした。その傾向が、現代にまで受け継がれ、おそらくは石原知事にも影響を与えることだろう。

ただしこうした傾向は、日蓮信仰においてだけではなく、終末論的な傾向が強いキリスト教にも見られる。災難が世の終わりの前兆としてとらえられるわけである。

しかし、災難や災害に意味を仏や神なりの警告的なメッセージを見出すことは、災害の被害者には受け入れがたいことだ。また、当然ながら、その根拠はない。災害に意味を見出していくことは、被害者にも罪があるという論法にも発展していきやすい。

その点で、今回の大災害に意味を見出すことを、とくに法華信仰やキリスト教の信仰をもつ人たちは戒めるべきだろう。地震も津波も自然災害であり、宗教的な意味などあるはずはない。

March 14, 2011

3月14日(月)ホワイトデーどころではない東京の混乱と『災害ユートピア』そして明治の三陸沖地震

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我が家の庭では白い沈丁花の花が咲いている。東京では計画停電のことでかなり混乱している。今日は一日家にいて、経堂駅まで行ったくらいだが、昼前後ということで格別駅も混乱はしていなかった。

地震が起こる2、3日前、ライブラリーに『災害ユーロピア』という本があるのに気付き、それを手にとってみた。今にして思えば、そのとき購入しておけばよかったが、アマゾンなどでは品切れ状態になっている。柄谷行人さんが、朝日でこれを書評しているのには気付かなかった。大規模災害が起こったとき、パニック映画が描くのとは違い、人々が助け合う共同体があらわれることを、さまざまな事例から検証した本のようだ。今、海外から震災に対する日本人の落ち着きが評価されていたりするが、それはむしろ人類全体に普遍的なことなのではないだろうか。そのことを思い起こすのは一つ必要なことだろう。

地震の被害よりも津波の被害の方が、けっきょく激しかったようだが、三陸ではこれまでそうした経験を繰り返している。とくに明治時代には、マグニチュードが大きいにもかかわらず、地震の揺れが軽微で、大津波が襲ってきたという出来事があった。それで2万人以上の方が亡くなったらしいが、こうした過去の経験が今回は忘れられてしまっていたということだろうか。もっともあの速さでは、高齢者の多いなか、ほとんどの人が安全な場所に避難するというのは難しかっただろう。将来に発生する地震に対していかに対処するかを考えることも重要だが、案外、震災の歴史を日本人全体が共有する必要があるのかもしれない。

March 13, 2011

3月13日(日)地震とオウム真理教事件

地震の被害は広がり、いったい死者がどれだけの数にのぼるのか予想もつかない状況になっている。原発のこともあるし、電力の不足によって、東日本のほかの地域でも停電と事態が訪れようとしている。考えもしなかったようなことが起こるものだと改めて思う。

昨日、テレビ番組の収録でオウムのことについて話をしたこともあり、1995年のはじめの頃の空気というものが蘇ってくるような気がする。阪神淡路大震災が1月17日に起こり、地下鉄サリン事件は3月20日に起こった。地下鉄サリン事件までは、メディアは地震のことをもっぱら扱い、地下鉄サリン事件以降はオウムのことがもっぱら扱われた。両者のあいだには、自然災害と凶悪犯罪ということで関連性はないが、社会に破滅的な影響を与えた、あるいは与えるという点では共通している。そして、オウムもまた当時は神戸で被災者のためにボランティアをしていたし、一方では、麻原が地震を予言したとアピールもしていた。

地下鉄サリン事件と阪神淡路大震災とのあいだに何らかの関連性があるのかどうか、はっきりとしたことは言えないだろう。だが、時代の空気ということでは決して無関係とは思えない。少なくとも地下鉄でサリンをまいたオウムの信者のなかには、神戸で地震被害の実際に接していた者もいたことだろう。徹底的に破壊されてしまった街を実際に体験したものが、自ら東京でそれを人為的に再現しようとした。決してそれは無関係とは思えない。

そして、メディアが、そして一般の人たちが、地下鉄サリン事件以降に異常なほどの関心を示したことも、地震のもたらしたやりきれなさいと、やはり無関係ではなかったのではないか。巨大地震の前には、人間はまったくの無力で、想定外のことばかりが起こる。そして、現代の文明がいかにそれに対して脆弱化を露呈する。その無力さや脆弱性を忘れるために、どこか熱狂を必要としたのかもしれない。

3月12日(土)テレビ大阪でたかじんの番組の収録に出て大学の同級生に再会し最後はワンルーム教祖に会う

昨日たくさん歩いたので、疲れていて、朝遅く起きる。新幹線などは動いているとのことで、テレビ大阪に電話をすると今日のテレビ収録はそのままあるとのこと。あわてて、東京駅へ向かう。駅はかなり混雑していて、新幹線も満席状態。それでも定刻通りに新大阪に着く。タクシーでテレビ大阪へ。番組は、「たかじんNOマネー」というもの。

打ち合わせのときに、大学の同級生の米原君があらわれる。もとは日経だが、今はこの局の重役をしている。実に久し振りの再会になった。移ったという通知はもらっていたかもしれないが、まさか自分がテレビ大阪に出るとは思っていなかったので忘れていた。番組では、紀藤弁護士も出演して、主に宗教マネーについて話をする。オウム事件のことも聞かれた。この番組は今は東京ではまだ見られない。

何が起こるか分からないので、そのまま東京へ。こちらはすいていて、やはり定刻通りに着く。新宿で夕食をとろうとしたが、小田急関係がやっていない。しかたなく経堂へ。季織亭に行き、酒を飲むが、出てきた酒は島田家の故郷になる栃木の佐野市田島の第一酒造の「開花宣言」というもの。社長も島田と言うから関係がなるのかもしれない。

たまたま常連だというカウンセラーをやっている男性と話をした。ちょっとからかってもみたが、私のことは知らないようだった。ワンルームで生活しながら結婚もせずにやっている実態からして「ワンルーム教祖」とでも呼ぶべきなのだろうか。

3月11日(金)巨大地震が起こる

今日の朝は、午前10時の映画祭で「シャレード」を見る。はじめて見た。たわいのない映画で、ヘプバーンが着るジバンシーの宣伝映画という感じもする。

映画が終わってからそのままタクシーで渋谷へ。昼食をとってから、NHK出版で産経新聞の著者インタビューを受ける。対象はもちろん、『人はひとりで死ぬ』。1時間くらい聞かれる。

またそこからタクシーで新宿へ出て、日蓮遺文の勉強会。その途中で、地震が起こった。外に出てみると、近くの高層ビルが揺れているのがはっきりとわかった。そんな光景はこれまで見たことがなかった。会場は日蓮文化研究所の建物だったが、むかいのビルではなかにいた人たちが一時外に避難していることもあった。余震も続き、勉強会も時間を繰り上げて終わる。

交通機関も止まっているので、近くの中華料理店で夕食を皆でとる。私たちは、学校に娘がいるので、歩いて帰ることにする。新宿から梅ヶ丘まで歩いたが、これだけ同じ方向に向かって多数の人が帰っている光景もまったくはじめて。梅ヶ丘に着くとバスが動いていたので、かなり待ったがそれで経堂まで行く。バス待ちをしていたとなりの女性は東京駅から歩いてきたという。学校に着いたのは10時。引き取ってようやく帰宅する。テレビでは、もっぱら地震のことをとりあげているが、被害はとんでもないものになりそうだ。

March 11, 2011

3月10日(木)曹洞宗の近畿地区の僧侶に葬儀の話をする

朝、けっこん寒かった。まだ本格的な春は遠い。新幹線で京都へ。駅前のセンチュリーホテルで、曹洞宗の近畿地区の僧侶を相手に講演をする。テーマはもちろん、葬儀と仏教のあり方にかんして。

去年の秋は、宮城の曹洞宗で講演し、かなり批判を受けた。今回は、近畿地区と言うこともあり、話をしっかり聞いてくれた感じがする。それにしても、東京圏と近畿圏では葬儀をめぐる習俗も違えば、仏教とのかかわりも違う。どちらがいいとは言えないが、東京は遅く都市化が行われた分、立ち遅れているところが少なくないのは事実だ。

講演が終わってから、そのまま新幹線で帰る。

March 09, 2011

3月9日(水)生まれ順関係者一同に集まって昼食会を開く

午前中は、『福神』の原稿を書き上げる。今回は写真を二枚入れる予定。ちょっとした旅行記だが、それなりにいろいろなことを盛り込んでいる。

昼前に池袋へ。「レシャット」で、生まれ順関係者の昼食会。本を出してくれている新潮社と白夜書房、それに携帯サイトのザッパラスの担当者が集まってくれる。これまで情報交換をしていなかったが、話してみると、いろいろ想定していたのとは違う傾向も出てくる。そこが面白い。レシャットでは地下にバーが明日オープンする。昼のバイキングもなかなかうまい。開店当初よりはるかに良くなっている。

そのままヒルズへ。『現代にっぽん新宗教百科』という本に書いた自分の原稿の分を校正する。それが終わってからは、『蘇るためのエンディングノート』と仮のタイトルをつけている本の内容について考えてみる。やはり書きやすい項目から入り、最後には重要なところに行きつくという構成がいいのではないだろうか。その方針でやってみる。

3月8日(火)日蓮の原稿を書きつつ単行本を売ることのむずかしさを感じるが9日は「くらべるくらべらー」の放送がある

朝からヒルズへ行く。一日そこで仕事。主なものは、『福神』の原稿を書くこと。テーマは「佐渡の日蓮」で、先日佐渡を訪れたときのことを書く。いつもいつ出るかわからないこの雑誌だが、今回はきっちり出ると言う。何か事情があるのだろうが、今回は締め切りを守らないといけないようだ。資料を調べたりなので、全部で15枚しかいかなかった。あと数枚は必要だろう。

午後は、打ち合わせが2件。片方の編集者が、最近は単行本が売れなくて困ると言っていた。たしかに、自分が出した本を振り返っても、新書は売れても、単行本は売れない。それに単行本をどう売ったらいいのかもわからない。単行本が売れないと、それをもとにした文庫も出ないし、売れないという。まさに悪循環だ。一つ単行本の悪いところは、どこに並んでいるかがわからないこと。その点新書ははっきりしている。案外、こうした棚の問題が大きいのではないだろうか。最後はムックの打ち合わせ。ムックというジャンルが強いのも、それに関連するだろう。電子書籍以前の問題として、読者が本に届きやすい環境作りが必要。むしろ電子メディアはそのために活用されるべきではないだろうか。

明日9日夜は、TBSで「くらべるくらべらー」の放送がある。これに出演の予定。

March 08, 2011

3月7日(月)朝日の著者インタビューの反応も良く一気に一日で69枚を書く

日曜日の朝日新聞で、私の著者インタビューが出た。本は『人はひとりで死ぬ』。ネットにはまだアップされていないが、なんかちょっと写真が偉そう。編集者からいろいろと感想が来る。本の売り上げにも直結し、ランキングが上がっている。ありがたい。

冠婚葬祭の本を書き終えたので、一日一項目を書く必要がなくなった。今日は、ブッダについての本の2稿を書く。1稿は、あまりに内容をつめすぎて、かつ何を書くかがはっきりしていなかったので、ちょっと硬いものになってしまった。そこで、もっと柔らかめにと心がけて書き直したら、自然と対話体になった。そのまま一気に書きすすめたら、対話体で字数が少ないせいもあるが、69枚まで行った。あまりページ数を増やさない本なので、これで一冊分。これまで何度か書きなおしてきたせいもあるが、一日で一冊書いたのははじめて。さっそくグーグルドキュメントに載せる。

夕方は、新宿へ。駅に着いたら、財布を忘れたことに気づく。戻るのも面倒なので、名刺入れのカードでキャッシングし、新宿へ。タワーレコードによる。いくつか欲しいものがあったが、メンバーズカードも財布のなかなので、買うのは見送る。サザンタワーで、聖地についての本の打ち合わせ。タイトルは、『聖地にはこんなにも秘密がある』になりそうだ。

March 06, 2011

3月4・5日(金土)静岡の舞台芸術センタースプリング・シーズンの公演を見に出かける

金土は、静岡へ。静岡県芸術センターのスプリングシリーズの公演を見るため。2日がかりになった。初日は、マグリット・デュラスの「苦悩」。映画でもおなじみのドミニク・ブランさんのひとり芝居。デュラスの自伝的な小説をもとにしていて、前半はナチスに捉えられた恋人を待つ話。ここは、かなりありきたりだが、後半ファンタジックな要素が入ってきたところは、どう展開していくのか引き付けられた。あっと驚くような結末まで一気に。終わってからは、レセプション。この芝居を見ていて、自分の入院体験をひとり芝居にしようというアイディアがわく。タイトルは「インタビュー」。

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静岡駅の近くのホテルに泊まり、夕方まで時間があったので、レンタサイクルで市内をまわる。電動アシストにははじめて乗った。調子に乗って使っていたら、途中で電源が少なくなってきて、そうなるとただの重い自転車になってしまう。新装なった登呂遺跡から、久能山へ。久能山では、前回登らなかった石段を登る。そこから、三保の松原をめざしたが、道もあまりよくなく、電池切れもあり、途中で断念する。なんとかグランドシップへたどり着く。


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2日目の芝居は、オリヴィエ・ピィの「グリム童話」。再演のようだが、今回の初日のせいか、役者がかたい。照明のスイッチングのタイミングがずれているところが多く、これが芝居をかなり損なっている。物語は、「苦悩」と酷似していて、戦争と再生は共通する。だが、再生の部分が「苦悩」に比べて弱い。王が何らかの犠牲を払うところがないと、物語の構造が弱い。自転車で疲れたので、トークには出ずに、そのまま帰る。

一つ、金曜日の夕方にホテルにチェックインした時、エレベーターのところで、磯崎さんを見かけた気がした。声をかけようと思ったが、おそらく舞台芸術公園でも会えると思い、そのときは声をかけなかった。ところが、舞台芸術公園にはいらしていない。あれは幻だったのか。


March 04, 2011

3月3日(木)墓をバックに写真を撮られニューヨーク風のベリーダンスを見る

午前10時の映画祭は「素晴らしき哉、人生!」。眼鏡を忘れてしまい、字幕が見にくかった。これは失敗。内容は、たわいのない夢物語と言えるが、見ながら黒沢明の「醜聞(スキャンダル)」を思い出した。クリスマスが舞台と言うのも似ているが、むしろテイストがそっくりな感じ。黒沢が真似たのだろうか。前後関係は調べていない。この映画好評なのか、金曜などは2スクリーンで5回も上映される。

午後は、朝日新聞の取材で、青山霊園で写真を撮られる。墓をバックに写真を撮られるのは20年ぶり。当時刊行されていた『現代』で、これからの若手50人が紹介されたとき、『戒名』の本を出すことになっていたことから、雑司ケ谷霊園で写真を撮られた。このときの50人は結構その後活躍していて、大澤君とか、落合夫人とか、ハイパーメディアクリエイターなども入っている。

ヒルズに戻って、インタビューを受け、あとは、編集者との打ち合わせが一件と、たちばな出版の取材が一件。新聞記者と編集者がかつての同僚だったということが判明し、再会のあいさつを交わしていたのには驚いた。

夜は、青山のトルコ料理「ハーレム」で、電通の渡辺、元井両氏と会食。ニューヨーク風のトルコ料理と言う感じで、ベリーダンスもニューヨーク風でつまらなかった。

March 02, 2011

3月2日(水)『冠婚葬祭入門』と『葬式は、要らない』はちょうど刊行日が40年違う

3月に入ったとはいえ、相変わらず寒い。今日は、朝から冠婚葬祭の難問集の原稿に集中する。「祭」の章、10項目を書き、これで100項目を書きあげたことになる。はじめにとおわりにを書き、一応、全体ができた。途中、一日一項目できたので、書き始めてから3カ月経ってしまった。企画からすると、9月からだから、半年の長期戦になった。書くのに苦労する項目もあるかと思っていたが、意外とすんなりと進んだ気もする。

あとがきを書いていて、塩月弥栄子さんの『冠婚葬祭入門』の刊行日が1970年1月30日で、『葬式は、要らない』の刊行日が2010年1月30日だということに気づく。ちょうど40年の歳月がこの二つの本のあいだに流れていたことになる。時代は変わるはずだ。

今日は編集者からの業務連絡が多い。月曜日にこなかった分がまわってきた感じがする。一冊書き終えても、後にいくつも控えている。これは本当に終わりのない作業だ。先日も、太平洋の南の島をめぐりハワイにも行く豪華船でのツアーの広告を見て、これなら1カ月以上、仕事から解放されるだろうと、少しうらやましい思いになった。

3月1日(火)東大の立花ゼミの学生の取材を受けたり半蔵門で会食をしたりする

冠婚葬祭の本は、最後の追い込み。葬の項目を続けて5つ書き、これで終わった。後は、最後の祭を10項目書けばいい。そのあと、『世界の宗教がざっくりわかる』の初校ゲラを見る。

午後は、ヒルズへ。初校ゲラの続きを見ながら、その途中で東大の立花隆ゼミから発展した勉強会のメンバーから取材を受ける。内容は主に、新宗教について。1時間半ほど話をする。

夜は、半蔵門で食事会。火曜だと言うのにひどく混雑したイタリアンの店で、宝島の編集者やら、小幡さんとも親しい人たちと会食をする。途中三回、電気が消えて、蛍の光などが流れる。そういう季節なのだろう。遅くなったので、タクシーで帰宅する。

寒暖の差が激しいせいか、感想がひどいせいか、少し風邪気味。体調の管理が難しい時期に入っている。とくに今年は気候が安定していない感じだ。

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