無料ブログはココログ

Recent Trackbacks

« 4月14日(木)震災以降の聖教新聞には池田大作氏の写真さえ掲載されていないのはどうしてなんだろうか | Main | 4月16・17日(土日)葬式仏教は皮相的なものとしてしか受け入れられてこなかった現実が今回の震災であらわになった気がする »

April 16, 2011

4月15日(金)日蓮の遺文からは身延の生活のありようが想像されてくる

午前中は家で仕事。『ブッダはなぜ腹が立たないの』の校正ゲラに目を通す。短いものなので、それほど時間はかからない。あとがきを書き、少し原稿を補足する。震災後の生き方についての本、第1章を最後まで書いてグーグルドキュメントに載せる。

午後は、新宿へ。日蓮遺文の勉強会。前回はちょうど震災の日、3月11日だった。あの日のことは忘れられない。勉強会に来ていたひとたちのなかには自宅へ戻れなくて、常円寺に泊まった人もいたらしい。

地震の影響で、前回はそれほど進まなかった。今回は、女性宛の二つの手紙が中心。珍しく、信者から来た手紙の内容が要約されていて、それに日蓮が答えるという形になっている。いろいろ総合すると、当時の日蓮の生活のありようが想像されてくる。どうも『法華経』を信仰対象として奉っていたようで、熱心な信者にはそれを贈っていた。ということは、日蓮の周囲にいた弟子たちがそれを日頃書写していたのだろう。信者は、何か聞きたいことがあれば、手紙をしたため、同時に金銭や物を贈った。それに対して、日蓮は返事をしたため、あるいは『法華経』を贈ったりもした。まさに、そこには宗教教団の萌芽が生まれていたといえるだろう。

« 4月14日(木)震災以降の聖教新聞には池田大作氏の写真さえ掲載されていないのはどうしてなんだろうか | Main | 4月16・17日(土日)葬式仏教は皮相的なものとしてしか受け入れられてこなかった現実が今回の震災であらわになった気がする »

文化・芸術」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/63110/51400317

Listed below are links to weblogs that reference 4月15日(金)日蓮の遺文からは身延の生活のありようが想像されてくる:

« 4月14日(木)震災以降の聖教新聞には池田大作氏の写真さえ掲載されていないのはどうしてなんだろうか | Main | 4月16・17日(土日)葬式仏教は皮相的なものとしてしか受け入れられてこなかった現実が今回の震災であらわになった気がする »

May 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31