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April 2011

April 30, 2011

4月29日(金)新しいKlimax DSのお披露目を聞く

昭和の日。すっかりゴールデンウィークモードで、仕事をする気にはならない。

午後は、広尾の都立中央図書館へ行き、聖地関係できになっていた資料を探す。伊勢参宮の記録だが、伊勢神宮自体の絵はあまり出ていなかった。それでもコピーし、図書館を後にする。

そこから銀座へ出て、買い物を少しした後、サウンドクリエイトへ。リンの本社から営業と技術者が来て、新しいKlimaxのお披露目。お目当ては当然、新しいKlimax DS。1時間の予定だったが、けっきょくデモンストレーションは2時間以上続いた。最後は質問の時間になり、あまりに時間がかかったので退席した。

これまで、Klimax DSも何度か聞いたことがあるが、意外とピントきていない。アナログ接続ということもあるのかもしれないが、ダイナミックではあるものの、その分繊細さに欠ける気もする。我が家のシステムに組み込むとどうなるか、ちょっとそこがわからないが、今回の新しいものも基本は変わっていない気がした。

何より、クライマックスという名前がついて最初から登場しているものだけに、最初のDSでも、十分に完成されていた気がする。その完成されたものをさらに良くするというのは、かなり難しいし、矛盾があるようにも思える。実際、音の比較を聞いても、レベルが高いので、大きく変わったという印象は受けなかった。興味深いのは、LP 12を別の部屋で鳴らしていると、それがDSのネットワークを通して、別の部屋で聞こえるようになったこと。これは、将来性を考えると大きい気がした。

April 29, 2011

4月28日(木)「ドクトル・ジバゴ」の映画をはじめて見る

再開された午前10時の映画祭、今日は「ドクトル・ジバゴ」を見る。朝、千代田線の電車が途中、信号機故障で止まってしまったので、原宿からタクシーで行く。すでに上映ははじまっていたが、前奏曲の時間があり、映画自体は最初から見ることができた。なぜ前奏曲があったのか、不思議に思うが、今日は助かった。

「ドクトル・ジバゴ」の名前はもちろん知っているが、映画を見たことはなかったし、原作もまだ読んでない。なるほどこういう映画なのかと、はじめて認識した。長編を映画化したせいで、物語の展開が雑な気がするが、雪の中でのロケは、相当に過酷なものだったことはよくわかった。まさに、同じ監督の「アラビアのロレンス」の砂漠と同じだ。重なる場面もいくつかあった。ただ、問題は主役だろう。オマー・シャリフは、まじめでいちずな人間を演じるにはふさわしいが、ピーター・オトゥールのような毀誉褒貶の激しい複雑な人格を描くには物足らない。おそらく、二つの作品の違いはこの主演男優の差にあるだろう。

午後は、打ち合わせが3件。文春新書として出す『冠婚葬祭でモメる100の理由』、同じく文藝春秋から出る『空 幸福のためのエンディング・ノート』、それに関西テレビでの生まれ順を題材にしたテレビ出演について。文藝春秋のものは、ともに6月刊だが、同じ月に同じ出版社から出るのははじめて。エンディング・ノートのほうは、菊池信義さんと、最近サンデル氏の本の装丁をしている水戸部功さんが装丁を担当してくれていて、なかなか面白いものになりそうだ。表紙はまだだが、それが楽しみ。

April 28, 2011

4月27日(水)『アエラ』の増刊号「原発と日本人」に私のインタビューが載っている

毎日新聞の『本の時間』に連載している「ニッポンのしきたり」の原稿を書く。「お中元」の3回目で、これでまた新しい項目に入ることになる。お中元のことなど、これまでまじめに考えたこともなかったが、なかなか奥が深い。そこには、日本の文化の不思議がつまっているのかもしれない。

午後は、『聖地にはこんなに秘密がある』のゲラを直す。伏見稲荷と靖国神社の章が終わる。あとは、少し修正の必要のある伊勢神宮に、出雲大社と沖ノ島。連休前半には終わる予定。

LinnのDSが、コントローラーから消えてしまい操作ができなかったが、ランケーブルを一度はずして、さしなおしたら操作できるようになった。物理的な障害も考えないといけないようだ。ただ、Konfigで消えたままなのはどうしてだろうか。いろいろと不思議だ。

『アエラ』の増刊号「原発と日本人」で、私のインタビューが出ている。震災と原発の問題は本当に難しいが、こうした状況のなかでいかに生きていくかが問題だ。もっとも、震災以前にも問題は山積みで、私たちはさまざまな形で厄介な問題に直面していた。問題に対してどう臨むのかは、そうしたものに対しても、震災や原発に対しても変わらないはずだ。厄介なものから逃げない。やはりそれしかないように思う。

April 27, 2011

4月26日(火)書道博物館から子規庵そして東京国立博物館に根津美術館と梯子をするがなんと「Korin展」は中止されていた

美術館めぐりの一日になる。最初に、台東区立書道博物館と東京国立博物館の共同企画、「拓本とその流転」のため、書道博物館へ行く。ここへははじめてだが、ラブホテル街のすぐそばにあるので、ちょっとどうかと思う場所だ。展示は、王羲之を中心に、古代中国の拓本の数々。字を見ていると、それを書いた人間の性格がわかるようで、そこが面白い。顔真卿は相当に自己主張の強い人だったのだろう。

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ついでに、その反対側にある正岡子規の子規庵へ寄る。こちらもはじめただが、なかの作りは、「坂の上の雲」を少し見たので、なんだかなじみがある。このテレビの影響で、訪れる人も多い。庭の変化について、子規の病状との関係が説明されているところが興味深かった。

鶯谷から電車で御徒町へ行き、蓬莱屋でとんかつを食べる。上野にはおいしいとんかつ屋が多いが、ここははじめて。ちょっと高いが、やはりうまい。

そこから、博物館へ行くが、途中噴水のあたりが工事していて、回り道をしないといけない。「拓本」と「手塚治虫のブッダ展」。拓本のほうは、書道美術館のほうが充実していた。それにしても、中国の優れた書は、相当に日本にあることがわかる。「ブッダ展」のほうは、漫画の原画にそれにあった仏像などを展示したもので、仏像はほとんどが博物館が所有しているもの。決してめずらしいものはない。

上野から地下鉄で表参道へ行き、根津美術館へ。そこでは、「Korin展」をやっているはずで、そのつもりだったら、中止になっていた。震災の影響でメトロポリタンから「八橋図」がこなかったとのこと。来春に延期されている。したがって、「燕子花図」しか見られなかった。この二つの絵、100年ぶりに再会するはずだったのに、なかなか会えない。


April 25, 2011

4月25日(月)経堂コルティの内覧会に出かける

仕事は、『震災後に生きる』の原稿、第3章を仕上げる。ほかに、『本の時間』に連載している原稿、次のものについて構想をまとめる。書くまでにはいたらなかった。

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お昼から経堂コルティの内覧会。オープンは明日だが、カード会員には内覧会の案内がきた。出かけてみると、かなりの人出。入るまでに時間がかかり、景品をもらうまでにまた時間がかかる。

一ついいところは、経堂にはめずらしく、上の階からの眺望が見られること。前は地下にあったレストランが4階にあるのがいい。こういう場所も、経堂にはなかった。

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4階で昼食をとったあと、下の階にまわっていくが、予想していたよりもなかが広い。2階の店も、バラエティーに富んでいるし、伊東屋や三省堂ができたのはありがたい。伊東屋ではさっそく校正につかう赤のペンを買った。

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下はOXストアーで、ほかにも惣菜を売る店がいくつか入っている。なかでも人気なのがミスタードーナッツ。とにかく経堂には、有名なチェーン店がこれまでほとんどなかった。タリーズもオープンしたし、それだけでもずいぶんと違う。


April 24, 2011

4月24日(日)インドの宗教家サイババが亡くなったのでその思い出を

日曜日なので、格別大きなことはない。統一地方選の後半の投票日くらいだろうか。とりあえず投票に行く。区議会議員にはずいぶんたくさんの人が出ているが、誰が誰だかほとんどわからない。区長選のほうは、とりあえず知り合いに一票入れた。

あとは、聖地の本の校正をはじめる。とりあえず、第2章まで終わる。

インドの宗教家、サイババの訃報が伝えられた。最近はあまりその名前を聞かなかったが、1994年ころには日本でも「サイババ・ブーム」が起こった。多くの人がサイババのことを話題にしていた。実は私も、テレビの取材で、サイババのもとを訪れたことがある。94年の秋のことで、本当なら、直接会えるはずだったが、その直前にほかのテレビ局が盗み撮りをして、それがサイババの側にバレ、日本のテレビ局に拒否反応を示していた時期だったので、集会に出て、遠くからその姿を見ただけだった。

そのときの印象では、サイババという人は、手品を使って、信者たちをトリックにかけ、それで金を寄付させ、自分の財団を通して、貧しいインドの人たちを助けるという役割を果たしていたように思えた。トリックを暴こうという人たちもいたが、社会福祉の一つの方法として考えると、ご苦労なことだと思ったことを覚えている。84歳とか。後継者はいるのだろうか。

April 23, 2011

4月23日(土)LinnDSをDavaar1にアップグレードする

今日は土曜日で雨。仕事をするという感じでもないので、Linn DSのアップデートに挑戦する。まだ、BETA版だが、Caraの次の世代として、Davaar1が公開されている。フォーラムなどを見ると、不具合の方向も出ているので、慎重にやらないといけないので、今日のように時間的に余裕のある時にしかできない。Konfigでアップデートし、さらに、Kinsky Desktopの方もバージョンアップする。そこまでは別に問題はない。iPadのPlugplayerは、いったん削除して、もう一度ダウンロードする。これでiPadで操作できる。

今回のバージョンアップでの一番の目玉は、176/192khzへのアップサンプリングが可能なこと。デジタル出力があることがこれで生きる。音はずいぶんと変わったように思う。音の場が広がり、そのなかに包まれているような感じになっている。もう少し聞き込んでみないとわからないが、かなりいいように思う。ただ、ダウンロードしたハイレゾリューションの音源に雑音が入るという問題はある。これも、正式版が出れば、解決するだろう。

4月22日(金)経堂コルティーのオープンを来週に控えた経堂の夜

仮に『震災後の生き方』と名付けている本の原稿、想定外と想定内のことについて書いていく。今回は想定外ということが言われるが、かつてライブドアの堀江氏は想定内ということばをさかんに使って、世間を騒がせた。想定するということはなんなのか、それは本来可能なことなのか、それを考えているが難しい。

夜は、季織亭の2階で、編集者と宴会。我々夫婦がカウンターのなかに入る形で、ちょっと珍しいことになった。一緒になったまったく知らない客から、森伊蔵のホッピー割なるものを頂戴する。芋の味が引き立つ不思議な感覚だが、これは贅沢な飲み物だ。

さらに、先日のチャリティーコンサートで金沢英明さんに教えてもらった「ワンダーランド」という店に行ってみる。ここも、地元の常連客ばかりの店。JBLの小さめのスピーカーが鳴っていた。CDよりもアナログのほうがいい。アナログレコードへ結構な枚数あるようだ。

というわけで、地元ベースの夜を過ごす。経堂にはけっこう興味深い店があるが、夜飲むということが少ない。来週にはコルティーもオープンするし、それで街の雰囲気も変わってくるだろう。どうなるかそれが楽しみだ。

April 22, 2011

4月21日(木)「風とともに去りぬ」を初めて見る

震災の後中断していた「午前10時の映画祭」が再開になった。その六本木での最初が「風とともに去りぬ」。近々、日本で舞台の上演がある超有名作だが、これまで見たことがなかった。10時から2時までと上映時間が長い。

ちょうど真ん中あたりで休憩が入るが、前半と後半は別の作品のようにも見える。とにかく主人公のスカーレットがすごい。相当にめちゃくちゃで、物語の展開も、かなりいい加減で強引。それでも、彼女がいかにすごい役者かはよくわかる。ばらばらな人格を統一したものとして見せることができる圧倒的な迫力には恐れ入る。

ただ、この映画、戦争のシーンなどは典型的なパニック映画でもある。パニックの中で、人間が理性を失っていくというのが前提だが、現実は必ずしもそうではない。戦争で負傷した人たちが駅だかにものすごい数いる光景なども、現実離れしている。それに、レット・バトラーはどうやって金を儲けたのだろうか。

映画の後は、新宿へ出て、買い物。仕事はほとんどしない一日となる。

April 21, 2011

4月20日(水)ダイエーの経営哲学について勉強する

朝は家。午後の勉強会のためにレジュメを作る。

昼飯は、乃木坂の魚真。久しぶりに来た。

午後は、まず埼玉の青年会議所の人があいさつに来た。今度講演をするが、内容は生まれ順。これは、はじめての体験になる。

その次に勉強会。経営哲学についてで、松下幸之助に続き、ダイエーの中内功(本当は力ではなくて刀)。佐野眞一さんの『完本カリスマ』を読んで、そこから問題点を抽出する形になった。闇市からの出発など、その商法は大胆で、また危ない。そこから、日本一のスーパーを作り上げていくことになるが、兄弟との葛藤など、波乱万丈だ。唯一の著作『わが安売り哲学』をまだ読んでいないが、次回はそれにあたる必要がある。

勉強会が終わってから、打ち合わせが2件。そのあいだに、ライブラリーに『私の履歴書』の中内氏のものがあったので、それを読む。本人が書いているので、『カリスマ』とはタッチが違う。内容的には重なるものの、ダイエーが伸びていった時代、物価高ということが大きな問題になっていたことを思い出す。戦後の高度経済成長と物価高という社会背景がなければ、ダイエーが台頭することはなかっただろう。これもまた、松下の場合と同様に、経済成長を背景にした経営哲学ということになりそうだ。

April 19, 2011

4月19日(火)衛星劇場でハイビジョンの歌舞伎中継を見る

朝から雨。いったんは上がったものの、夕方にはまた降りだしたりした。

今日は一日家で仕事。『震災後の生き方』の原稿、第2章の後半を書く。37枚分を書き終える。次は第3章になるが、寺田虎彦の話からはじめることになるかもしれない。

出たばかりの『世界の宗教がざっくりわかる』、文教堂のランキングに入ってきた。新書で20位台。教養新書では10位台というところか。全体でも100位以内に入っている。滑り出しとしては、悪くない感じだ。

光スカパーの衛星劇場で歌舞伎を数多くハイビジョンで放送するようになったので、それに加入する。放送時間帯が4時から6時くらいというのも、仕事を終えてからというのに都合がいい。今日ははじめて「三人連獅子」というのを見る。橋之助、国生の親子に扇雀。母獅子が出てきて、子供をかばうというのが、この演目の特徴らしい。先日新橋演舞場に行ったが、やはり歌舞伎は歌舞伎座がいい。舞台の幅や奥行きが、新橋だと足りない。早く歌舞伎座ができてほしいと改めて思った。

April 18, 2011

4月18日(月)新潮新書から『世界の宗教がざっくりわかる』が刊行された

午前中は、家で原稿を書く。震災後に生きるというコンセプトの本の第2章に入る。『災害ユートピア』の本にふれつつ、パニック映画としての「タイタニック」について論じるという流れ。これで、章の前半が終わった。

途中、編集者の梅村氏が自宅を訪れる。『ブッダはなぜ腹が立たないの』の初校ゲラを渡す。これで、すぐに責了になるらしい。来月には発売される。かなり可愛い本になった。しかし、内容的にはブッダの悟りについて、これまでにない解説ができているのではないだろうか。

午後はヒルズへ。『ゴルフダイジェスト』の取材を受ける。生まれ順とプロゴルファーとの関係について。話を聞いていると、ゴルフというスポーツにおいて生まれ順は相当に重要な役割を果たしていることがわかる。女子ゴルファーに一人っ子が多いというのははじめて聞いたが、それは団体スポーツではないせいだろう。

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朝日新聞に広告が出たが、新潮新書の一冊として『世界の宗教がざっくりわかる』が刊行された。新潮新書はこれで8周年とのこと。これまで私は、『相性が悪い!』と『創価学会』を出している。どちらも版を重ねているので、今回もそうなってほしい。

April 17, 2011

4月16・17日(土日)葬式仏教は皮相的なものとしてしか受け入れられてこなかった現実が今回の震災であらわになった気がする

土曜日の午前中は、締め切りに遅れた原稿を書くが、満足できない。編集者にはまだ送らず、再検討する。

午後は、ヒルズで取材を受ける。原発の問題について。だが、けっきょく宗教とのかかわりのような話になった。

日曜日には、気に入らない原稿に手をつけ、結局最初から全部書き直す。なんとかこれで形になった。

被災地に、仏教の僧侶たちが救援活動に行っていることはよく聞いている。けれども、ここ2、3日の新聞を見ていると、救援物資を届けるといったことはともかく、本来の宗教者としての役割を果たそうとすると、厚い壁にぶちあたっているという記事を見かける。火葬場などで読経しても誰からも礼を言われないとか、死を連想させるので坊さんは来るなと言われたとか。死者の供養という、仏教に課せられている役割を果たそうとすると、それが受け入れられない。どうもそういう現実があるようだ。

日本では「葬式仏教」と言われるが、それは極めて表層的なものなのかもしれない。遺族が死者を送るために葬儀社を必要とするのと同じレベルでしか、僧侶が求められていない。被災地では火葬がままならない状況のなか、仕方なく土葬した遺体をすぐに掘り起し、改めて火葬している例もあるらしい。遺体をなんとかしっかりと葬りたいが、僧侶による供養などはとくに要らない。そうした感覚が、被災地のみならず、日本人全体にあるのではないだろうか。

地域にある旦那寺の住職なら必要だが、関係のない僧侶は、新宗教の勧誘と同じレベルで嫌われる。日本人は、文化としての仏教は求めているが、宗教としての仏教はまるで求めていない。そんな構図が今回の出来事を契機にあらわになっている気がする。やはりその意味で、日本人は「無宗教」なのだろう。

April 16, 2011

4月15日(金)日蓮の遺文からは身延の生活のありようが想像されてくる

午前中は家で仕事。『ブッダはなぜ腹が立たないの』の校正ゲラに目を通す。短いものなので、それほど時間はかからない。あとがきを書き、少し原稿を補足する。震災後の生き方についての本、第1章を最後まで書いてグーグルドキュメントに載せる。

午後は、新宿へ。日蓮遺文の勉強会。前回はちょうど震災の日、3月11日だった。あの日のことは忘れられない。勉強会に来ていたひとたちのなかには自宅へ戻れなくて、常円寺に泊まった人もいたらしい。

地震の影響で、前回はそれほど進まなかった。今回は、女性宛の二つの手紙が中心。珍しく、信者から来た手紙の内容が要約されていて、それに日蓮が答えるという形になっている。いろいろ総合すると、当時の日蓮の生活のありようが想像されてくる。どうも『法華経』を信仰対象として奉っていたようで、熱心な信者にはそれを贈っていた。ということは、日蓮の周囲にいた弟子たちがそれを日頃書写していたのだろう。信者は、何か聞きたいことがあれば、手紙をしたため、同時に金銭や物を贈った。それに対して、日蓮は返事をしたため、あるいは『法華経』を贈ったりもした。まさに、そこには宗教教団の萌芽が生まれていたといえるだろう。

April 15, 2011

4月14日(木)震災以降の聖教新聞には池田大作氏の写真さえ掲載されていないのはどうしてなんだろうか

午前中は家で仕事。震災後の生き方を巡る原稿の第1章を書く。最後のまとめ的な部分が残った。

我が家には『聖教新聞』が来ているので、毎朝、一応目を通す。震災以降は、紙一枚分が減り、コンパクトになっている。内容も震災関連のものが多く、いかに会員が頑張っているかが連日報道されている。その分、池田大作氏についての記事が少なくなっていたが、また復活気味にもなってきた。

ただし、池田氏本人のメッセージは掲載されるものの、写真などはまったく出ていない気がする。会員の前に出られないのはともかく、被災者のために勤行をしている池田夫妻といった写真が掲載されてもおかしくはない。あるいは見落としているのかもしれないが、3・11以降、そうしたものを見た記憶がない。会員の中にも被災した人がいる。そうした人たちを励ますためにも、名誉会長の激励は必要なはずだ。

午後はヒルズへ。『墓は、造らない』について「週刊読書人」の取材を受ける。墓の問題にかぎらず、震災のことを含めいろいろと聞かれる。

April 13, 2011

4月13日(水)去年の5月以来実に久しぶりに歌舞伎を見た

昨年の5月に歌舞伎を見て以来、まったく見に行っていなかった。そんなに多忙でもないし、割といい席がとれたので、久しぶりに新橋演舞場に出かける。3階席の一番前。値段を考えるとかなりお得な席だ。

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演目は、「お江戸みやげ」、「一条大蔵卿」、それに「封印切」。演目的にすごくひかれるというわけではないが、とりあえずという感じだ。「お江戸みやげ」は、おそらく見たことがあるはずだが、あまりよく思い出せない。三津五郎の初役だが、まだ田舎者のうぶなところが出きっていない。

菊五郎のつくり阿呆は、これはなかなかうまい。不自然な感じがしないし、ちょっとからだの力を抜くと阿呆になるのが見事。ただ、家橘が声をつぶしていたりして、全体としてはいまいち。團十郎も、この役には向いていない。

最後の「封印切」は、何度見たことだろう。封印の切り方がいつもと違う感じがした。三津五郎は、たしかに仁左衛門ほどではないが、意地悪な役は向いている。秀太郎の声が通っていないのが気になった。こうしたところにも、震災の影響が出ているのだろうか。とりあえず、歌舞伎が見られたということで、万々歳とすべきだろう。

帰りは虎屋でお茶。松坂屋の前で、白鵬などの力士が震災のための義捐金募金をしていた。

4月12日(火)ダイエーの中内功の経営哲学について調べをはじめる

余震も続き、いまだに落ち着かない日々が続いている。被災地のほうにいたとしたら、本当に大変な事態だろう。

仕事のほうは、震災後の生き方についての本を書く。第1章に入り、20枚ほど書いた。あまり議論をはしょらないで、丁寧に書こうと思っている。

午後は、倉庫に雛人形を入れに行く。震災以来はじめて行ったが、段ボール箱がいくつか落下していた。箱は無事で、被害はない。そこから、病院まで送ってもらうが、かなり待つ。待っているあいだに、佐野真一さんの『カリスマ』を読み始める。松下幸之助の経営哲学の次には、ダイエーの中内功の経営哲学について考えてみる必要がある。生産する側の考え方と、販売する側の考え方はどう違うのか、そこがポイント。そういえば、少し前に御厨さんから、中内さん本人に対するオーラル・ヒストリーを含んだ本を貰ったことがある。それは大いに参考になるはずだ。

診察のほうは定期的なもので、さして問題はない。数値もおおむね安定している。今回からお医者さんが変わった。3人続けて女性。さっぱりしていて、ちょっと男性的な先生。

April 11, 2011

4月11日(月)震災から一か月目の今日『世界の宗教がざっくりわかる』の見本が届く

今日で東日本大震災から一か月が経った。長いような短いような。日本社会にとっては激動の日々。

いろいろな本の仕事が整理がついたので、新しい本にも取り組まないといけない。その第一弾として、死ぬ覚悟、あるいは生きる覚悟をテーマとしたものの執筆にとりかかる。とりあえず、そのはじめにの部分、16枚ほどを書く。本番はこれからだ。

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4月の新刊として新潮新書として出る『世界の宗教がざっくりわかる』の見本を編集者が届けてくれる。新潮新書としては、『相性が悪い!』、『創価学会』について3冊目になる。この2冊は続けて出たが、それからずいぶんと時間が空いてしまった。今回は専門の宗教について、その全体像を描き出そうというもので、いかにも教養新書としてはふさわしいものかもしれない。果たしてどう受け入れられるのか、今週の末には書店に並ぶ。

4月10日(日)都知事選ではだれに投票するかで困り自粛ムードなしの井の頭公園でのお花見に行く

朝は都知事選の投票に行くが、誰に投票していいか迷った。というか、支持できる人がいない。

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日曜日なので、井の頭公園にお花見に行く。お花見は全体に自粛ムードのはずだが、天気がよく暖かいというせいもあり、井の頭公園は人だらけ。仮設トイレがないのが不便だが、自粛ムードからは程遠い。池の周りに桜がという光景はやはり美しい。ただ、人が多い分、土ぼこりがすごい。これには閉口する。帰りがけ、井の頭線の高井戸駅の高架から見る桜もきれいだった。

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午後は、上の娘の紹介でデザイナーと会う。いろいろと作品を見せてもらうが、街をテクスリャー化していく手法がおもしろかった。経堂の街をそうしてみるとどうなるか。それをどう表現するか。おいおい考えてみたくなる。

夜は池袋の「レッシャット」へ。震災で客足が落ちたが、また戻ってきているという。来週は、宮城の避難所のほうに、炊き出しにいくとのこと。その準備は想像以上に大変なようで、しかも、この前の余震で避難している人の数が1・5倍にまでふくれあがったという。明日で一か月だが、復興への道はまだはじまったばかりだ。

April 09, 2011

4月9日(土)NHKの文化センターで「葬式は、要らない」の講座を開き帰りにはあゆみブックスによってまた感心する

震災から一か月がもうすぐまで来ている。小幡さんは、知り合いがいるとのことでいわき市へ行っている。途中、道路は波打っているし、いわき市は沿岸部が壊滅的とのこと。阪神大震災から2か月後に訪れた経験からすれば、息をのむような光景が目の前にあるのだろう。

午後は、NHK文化センターの練馬光が丘教室で、「葬式は、要らない」をテーマに話をする。参加者はそれほど多くはなかったが、震災で起こった土葬の問題などを含め、昨今の葬儀事情や東と西の文化の違いなどについて話をする。本当は行くはずだった同じ系列の町田教室も、場所を移って再開するらしい。

光が丘だと実家が近いので、そちらへ。家族で外食をする。帰りは平和台の駅に行ったので、駅近くのあゆみブックスによる。いつも思うが、この書店、小さい割に新刊も万遍なく入っていて、コンパクトな書店としてはとても品ぞろえがいい。こうした書店が近くにあればと、いつも思う。経堂にも今度、コルティがオープンし、三省堂も入るが、果たしてそこまでできるのか。あゆみブックスを見ていると、書店にはいくらでも改善の余地がある気がする。

April 08, 2011

4月9日(金)小幡さんから東日本復興開発銀行の構想について書いた雑誌をいただく

午前中は家。昨夜の余震はちょうど寝ようとしていたときで、そのあと、情報を確認したりしたので、寝るのが遅くなった。少し寝不足で、午前中は家で仕事。『ブッダはなぜ腹が立たない』の原稿、無常と空のところを少し補足する。それから、新しい本の原稿、はじめにのごく最初の部分を書く。今回の震災を踏まえての原稿だけに、慎重さが求められる気がしている。

午後はヒルズへ。小幡さんが来て、ゲストに。ほかには取材が二件入っていて、どちらも震災がからむ。片方は無縁社会の問題を踏まえての幸福についての考え方。もう一つは、被災地での土葬の問題。とくに後者は、被災した方たちの心情を思うと、難しいことばかりが出てくる。それでも、需要がある限りこたえないわけにはいかない。明日は、練馬光が丘のNHKカルチャーセンターで葬儀をめぐって話をするが、そこにもからんでくる。そのレジュメは午前中に作った。

小幡さんからは、『ヴォイス』5月号に書いた「「東日本復興開発銀行」創設計画」の載った号をもらう。帰りがけに読んでみたが、勢いのある文章だ。震災後は競馬が驚くほど当たるという。それに、今日の話は何かいろいろなことが吹っ切れていて、ちょっと違った。東日本復興開発銀行は、もしかしたら、政府にかわる統治機構なのかもしれない。

April 07, 2011

4月7日(木)震災に関連した取材が続くなか近くの桜が満開になってきた

『ブッダはなぜ腹が立たないの』という、どちらかというと可愛い目の本を書いている。編集者からの注文で、それを直し、第3稿を作る。それについては感想があって、2か所ほど直すことになった。

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後は、次に書く本の構成を考える。今回の震災を踏まえて、そこからどういったことがいえるのか、考えられるのかを書く予定にしている。目次はかなり細かいところまで書いた。一番大切なことは、いかに希望を表現するかだろう。それがないと意味がない。

ここのところ、毎日、震災関連で取材が入る。それに応じていろいろと考えなければならないことも少なくない。

近くの遊歩道の桜が満開に近づいている。学校の入学式も、桜とぴったりだった。そうみな、晴れやかな気分というわけにもいかないが、いかなる状況でも先へ行かなければならない。それが人間の生きる上での宿命だろう。


April 06, 2011

4月6日(水)「英国王のスピーチ」を見て山種美術館に行く

午前十時の映画祭がまだ再開されないので、ヒルズのシネマで「英国王のスピーチ」を見る。最近の映画は予告編がとにかく売れるようにつくられていて、映画の内容と違っていたりするが、この映画でもそんな気がした。物語としてはわかりやすく、まさに王のイニシエーションストーリー。ただ、吃音のことが個人的なトラウマにのみ還元されていて、全体の物語が小さくなっている。開戦のスピーチに、うまくしゃべれないということだけを気にするというのは、かなりおかしい。実際のジョージ6世は、その後、ロンドンでの空襲が続く中、側近の疎開の忠告をはねのけ、ロンドンにとどまったという。今の日本の状況からしても、こうした側面が出てくるような物語にしてほしかった。その意味ではかなり物足りないし、王室の使う英語が、やはりそれらしくない。

昼食の後、歩いて山種美術館へ行く。ボストン美術館の浮世絵の展覧会。あまり人がいないのではないかと予測したが、まったくそれに反して多くの人出があった。切符を買うのにも並ぶし、軽い入場制限もあった。何かで紹介されたのだろうか。館内のエアコンが、節電なのかあまりきいておらず、少し息苦しい。そのなかでも、やはり歌麿と写楽に見るべきものがあった。歌麿の「瀧川」が珍しい構図で、一番魅力があった。

4月5日(火)今週の土曜日9日にはNHK文化センター練馬光が丘で講座を開く

『文芸春秋スペシャル』の付録につけたエンディングノートを本として出版することになっていて、その原稿の最終的なつめをする。全体にノートなので、私が書いた部分はそれほど多くはない。どんなデザインになるかが楽しみだ。

そのあとは、聖地についての原稿を直す。はじめにとおわりには、全面的に書き換えた。これで無事第2稿ができあがった。全体で330枚を超えている。それなりの大作になったし、情報量はかなり多い。聖地とは一体何かについても論じている。

夕方はヒルズへ行き、ある方と話をする。日本の宗教をどのように考えるか。話題は多岐に及んだ。帰り、久しぶりに多摩急行に乗ることができた。徐々に日常が回復してきている。

今週末は、NHK文化センター練馬光が丘で、「葬式は、要らない」をテーマに講座を開く。まだ、余裕があるのでご関心のある方はおいでいただきたい。実は、来週の土曜日にも、同じNHKの町田で講座を開くことになっていたが、地震で建物がやられてしまい、講座が開けなくなった。そんなこともあるのだと驚いている。

April 05, 2011

4月4日(月)休日だか平日だかあまりよくわからない平凡な一日

今日は月曜日だが、曜日の感覚が希薄になっている。春休みということもあるが、震災のせいもある。日常と非日常との境目があいまいになり、休日と平日がはっきりと分かれなくなっている。朝起きる時間が遅くなっているのも、平日らしくない原因だろうか。

季節の変わり目で少し風邪をひき、結膜炎になった。眼科にかかって、日に日によくなっているが、まだ少し痛い。仕事に集中していると忘れるので、極力、仕事をする。聖地の本も、沖ノ島の章まで直した。あとは、おわりにを書き直すだけ。そこで聖地とは何かを改めて論じることになる。

ほかは、タワーレコードで買ったCDのリッピング。そのなかに珍しい日本でだけの限定盤や、編集したコンプリートものなどが含まれていて、そうしたものの情報を手に入れるのに少し苦労する。NASが変わったせいか、直接HDDに入れられなかったりもして、ひと工夫が必要。もっともこういう工夫の部分も悪くはない。

夜、思い付きでツイッターに今何を考えたいかを書いてみた。するとすぐに反応がある。縁を作りやすいメディアであることは間違いない。

April 04, 2011

4月3日(日)握手の一日で日野皓正さんとも町山智浩さんとも

日曜日だが、かなり盛り沢山な日になった。

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午後からは、近くの桜ヶ丘中学校でチャリティーコンサートがあった。この中学のPTAのおひとりに、ジャズのベースストの金沢英明さんがいて、彼が中心になってコンサートが開かれた。ゲストは日野皓正さん。それに、プロのミュージシャンとともに、世田谷区の中学生のジャズバンドの卒業生たちも参加。彼らを教えてきたのが、校長の日野さんと副校長の金沢さんという関係になるらしい。コンサートでは、日野さんが圧巻。自由自在に、吹き、歌い、踊り、途中には、10代のドラマーを指導するなど、やはりすごい。

プーさんのマネジメントをやっていた川田さんにも声をかけていたので、終わってから楽屋にも行き、日野さんたちと握手。ジャズ界では、握手するのが慣習になっているらしい。金沢さんは、経堂のワンダーランドという店でライブもしているとのこと。今度はそこに。

終わってから、お茶をして、いったん家に戻り、新宿へ。町山智浩君が中心になって、中央公園でお花見をしているらしいので、そこへ寄る。最初どこにいるのかと思って探していたら、たくさんの人だかりがしているところがあり、花見はそこだった。本にサインしていた町山君に声をかけると、驚いていた。何も知らせずに行ったので、そうだろう。

町山君とは因縁があって、彼が別冊宝島の編集者をしていた時代に知り合い、『いまどきの神サマ』に、「オウム真理教はディズニーランド」という文章を書かされたことが、私がオウムとかかわるきっかけだった。その意味では、私の人生を大きく変えた張本人ということにもなる。少し前に、町山君からご指名で一緒に本を作るという話になっていたが、途中でそれがたち切れになっている。町山君はぜひ一緒に本を作りたいと言っていたので、なんとかしたい。彼とも握手をして別れる。

ワンダーランドは、経堂にいた植草甚一さんの責任編集で出ていた雑誌。それが2号まで出て、同じ書名の雑誌があるということで、「宝島」に変わった。その点では、金沢さんと町山君がつながる。というわけで、握手の一日。

April 03, 2011

4月1・2日(金土)朝日カルチャーセンターで墓の話をする

金曜日は、家で原稿を直したあと、ヒルズへ行く。オフィス会員をやめて小幡さんが来たいというので、ゲストとして招待した。さすらいのギャンブラーである小幡氏は、流浪するほうが向いているらしい。

ほかには打ち合わせが一件。エンディングノートの単行本化。懸案のタイトルもいいアイディアが浮かんだので、これでいけるかもしれない。

土曜日は、午後、朝日カルチャーセンターの新宿教室で、「墓は、造らない」というタイトルで講義をする。時節柄それほど人数は多くなかったが、被災地での土葬問題から、土葬と火葬の文化の違い、葬送をめぐる東日本と西日本の違い、これからどうなるかなど、よくするフリーズドライ葬を含めいろいろと話をする。気を使わなければならない問題でもあるが、今回の事態でさらに緊急の課題になったともいえる。

編集者も来ていたので話をするが、アマゾンなどは倉庫がやられたらしい。たしかに私の本も欠品になっていたり、ランキングの上がり下がりが激しかったりと安定していなかった。その理由がわかった。出版界では製紙工場がやられて、それで紙の確保に奔走していたりする。電子書籍が広がるべきときだが、そうはならないところに紙メディアの強さがあるのだろうか。

久しぶりにタワーレコードにより、マイルスの1964年の日本公演のこれまで出ていなかったもの、ウィントン・マルサリスとウィリー・ネルソンの競演、ズート・シムズの山形公演のライブ録音などを買う。

April 01, 2011

3月31日(木)先端研の客員研究員も終わった

波乱の3月も終わりになった。今日で、東大先端研の客員研究員も無事終了になる。特任として2年半いて、そのあと客員が3年続いた。合計で5年半。私の場合、一つの組織に所属している年月が6年を超えたことがないのだが、今回もそうなった。

特任研究員の時代には、安全安心のプロジェクトに参加して、セミナーなどを主宰していたが、プロジェクトが終わる頃には世の中の関心がそうしたことから離れつつあるという印象を受けていた。ところが、今回の震災によってふたたびそうした問題がクローズアップされてきたことは、事態が衝撃的なだけにいろいろと思うところがある。安全安心の裏には、社会の脆弱性という問題があり、それを克服していくときに、人材ということがどうしても問題になる。いくら制度や施設を作っても、最終的には人間の判断や知恵が必要になる。今回はそのことを改めて痛感させられたように思う。

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客員研究員になってからは、御厨研究室の「公共政策研究会」に、最高顧問という形で参加するのが唯一の役割になった。政治学や行政学の若い研究者の発表に接することができて、本当に勉強になった。研究室の所属ではないが、竹中冶堅さんなどには、論文など書いている場合じゃないから、新書を毎月書きなさいなどとおせっかいなことを申し上げたりしたが、『参議院』で論壇賞を受賞されたことに少しでも結びついたのなら、おせっかいも悪くなかったことになる。

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