無料ブログはココログ

Recent Trackbacks

« August 2011 | Main | October 2011 »

September 2011

September 30, 2011

9月29日(木)リターン・トゥー・フォーエバーが日本に帰ってきた

朝は午前10時の映画祭。「ハスラー」。昔見たことはあるが、ビリヤードの映画としか記憶していなかった。改めてこういう映画なのだと納得。かなり興味深い内容で、良い映画なのだと思うが、小説が原作で、その原作を生かし切れていないところがあるようにも思えた。小説の方は読んでいないのでわからない。撮影はきれい。モノクロームを選択した理由はよくわかる。

午後は、ヒルズで仕事。ちくま新書の方針が立ったので、はじめにを書きなおしてみる。一応同じ量書きなおしたが、まだ完全ではないし、本文のなかで直さなければならないところを思い出した。

夕方は、日比谷へ。国際フォーラムでチック・コリアとリターン・トゥー・フォーエバーの公演がある。チックは何度か生で聞いたことがあるが、RTF自体ははじめて。今回は、リズムセッションがおなじみの3人で、ジャン・リュック・ポンティーがゲストという形。いったいどんな演奏になるのかと思ったし、はじまってみても、ポンティーの役割が最初はっきりしないような気がした。それでも、途中からは、さすがという演奏を見せる。チックは絶好調だし、スタンリー・クラークもいつものとおり、とにかくすごい。レニー・ホワイトのドラムスが安定しているので、盤石。ギターは、アル・ディメオラやパコ・デ・ルシアと比べると、かなり劣るが、これはしかたのないところか。それにしても、フォーラムのAホールがほぼ満杯というのはすごい。

帰るのが面倒なので、はじめてホテル・オークラに泊る。バーでは、自民党の幹事長が飲んでいた。

September 29, 2011

9月28日(水)思わず『日蓮と蒙古大襲来』を見てしまうが明日の深夜には『ニッポンの極論』が放送される

朝のワイドショーで、香川照之の会見を見る。病をおして出てきた猿之助を含め、熱い。この熱さがないと歌舞伎も成り立たないのだろう。

その後、真言宗についての原稿を書く。ひと段落したところで、WOWOWを見る。『日蓮と蒙古大襲来』をやっていた。これは録画しているが、途中から見始めたらやめられなくなり、最後まで見てしまった。日蓮が蒙古襲来のときに福岡に行って祈祷したなどというのは全くあり得ない話だが、完全なスペクタクル映画になっている。『十戒』が下敷きになっているようだが、たしかにそれをほうふつとさせる。勝新太郎が、その後とは全く違う美男子。変われば変わるものだ。明日は、『日蓮』がある。

午後は、ヒルズへ。真言宗の原稿を見直して完成させる。さらに、日蓮の小説を少し書く。そのあと、ちくま新書の打ち合わせ。基本的な方針が決まったので、これでいけそうな気がする。なかなか新書の位置づけも難しい。

明日の深夜には、フジテレビで『ニッポンの極論』という番組が放送される。そこで、葬式は要らないという極論を展開したが、ジャッジの点数が低いと放送されないらしい。どうなることやら。

September 27, 2011

9月27日(火)亀治郎の猿之助香川照之の中車襲名で歌舞伎熱がぶりかえし『江戸演劇史』をまた読み始める

一日家で仕事。仏教宗派の本、真言宗に入る。19枚ほど書く。これで目いっぱい。考えてみると、真言宗という宗派は、空海が亡くなったところで、密教の宗派としては完成の域に達したのかもしれない。その後の展開は、ちょうど天台宗と逆で、他の信仰を組み込んでいく方向に進んでいった。そこが面白い。

昨日からの話題は、亀治郎の猿之助襲名と、香川照之の歌舞伎の舞台出演だったが、今日になって、ただ出演するだけではなく、市川中車を襲名するという。しかも、子どもも団子を襲名し、初舞台を踏むという。これを聞いて、正直驚いた。以前に、海老蔵主演の『出口のない海』が公開されたとき、歌舞伎座で挨拶があり、香川が海老蔵のおかげで歌舞伎座の舞台に立てたと喜んでいたことがあった。そのとき、彼の中に歌舞伎へのあこがれがあるこを感じたが、それがこのような形になるとは思わなかった。

今日の午後には、記者会見があって、猿之助も同席し、香川が同居していることが明らかになったとも聞く。次々と驚くべきことが出てくる。これで亀治郎の猿之助襲名がひとまずかすんでしまったようだが、襲名は来年6月なので、まだいろいろと展開があるだろう。だいたい、どんな演目に出ることになるのだろう。共演する人たちも問題になりそうだ。海老蔵も出るんだろうか。それがないとは言えない。

なんだか急にホットな気持ちになり、途中で読むのを中断していた渡辺保さんの『江戸演劇史』を読みだした。読んだところをざっと見て、それから再開したが、これが面白い。中断したのは、ちょっと忙しくなって、歌舞伎どころではなくなっていた時期だった気がする。やはり歌舞伎は、精神的な余裕がないと楽しめない。

September 26, 2011

9月26日(月)小田急線に鹿が接触してとんだ一日

日曜日には、孫と初対面。結構おとなしくて手がかからないという感じだったが、日常は違うらしい。抱いてみたが、まだ軽い。ただ、頑丈そうなのでどんどん大きくなっていくだろう。夜は、その孫も含め、禁煙で座敷があるということで季織亭に行く。

月曜日、朝、前の日に書いた『一個人』の連載原稿に少し手を入れて、それを送信してから、いつもより早めにヒルズに行く。ところが、小田急線が鹿と接触したということで遅れている。おまけに代々木上原にたどりつくと、千代田線が止まっている。しかたがないので、たまたま来たドラえもん電車で新宿へ出て、山手線で恵比寿へ。恵比寿から日比谷線で六本木へ。

ヒルズでは、『本の時間』の連載原稿を書く。遺言書の2回目。昼食の時、小幡さんに田山花袋について聞かれたので、小説は下手だと答えておいた。著名な作家のなかで、これだけ小説が下手な人も珍しいかもしれない。小説家としては大成しなかったのもうなずける。

午後は、連載原稿を完成させて、打ち合わせが二件。その合間に、日蓮の小説を少し書く。時頼との対決の場面に入った。小説もだんだんと形にはなってきている。

September 24, 2011

9月23日(金)『日本の論点』のための原稿に力を入れへとへとになって賑わう新宿の街に買い物に行く

朝、少し遅くなったがヒルズへ行く。ライブラリー、3月以来節電でロビーなど暗かったが、明るくなった。もともと暗いので、なるべくはそこだけは節電しないようにしてほしい。

携帯サイトの生まれ順のためのコラムを書き、それから、今日のメインとなる『日本の論点2012』に書く原稿の構想を考える。これには、昨年も書いた。昨年は『葬式は、要らない』についてで、玄侑宗久師と対論の形になったが、今年のテーマは無宗教。無宗教についてはこれまで、いろいろ書いているが、震災という事態を受けて、日本人のなかにある「根源的無宗教」について書くことにした。

午前中は構想を立てただけに終わり、午後に原稿を書く。8枚と短いが、相当に力を入れて書いたので、書き終わったらへとへとになり、ほかには仕事ができなくなった。用事もあったので、新宿へ出て買い物をする。頼まれた商品券を買い、アート・オブ・シェービングの売り場で、ひげそり用の石鹸の替えを買うが、ふと、新しいものが出ているのに気づく。それは、旅行用のセットで、プレ・シェーヴィング・オイル、シェーヴィング・クリーム、アフター・シェーヴ・バームからなっている。これがこれまで欲しかった。さっそく購入。これからは単体で販売されることになるらしい。

給料日直後の連休ということで、新宿も経堂も混んでいた。夕食は外でとったが、2軒予約していないと入れなかった。なんだかにぎわっている。

September 23, 2011

9月22日(木)ラジオのインタビューとテレビの収録であわただしく一日がすぎる

けっこう忙しい一日になった。朝は、BAY-FMの「POWER BAY MORNING」という番組のための電話でのインタビュー収録。こういう形式ははじめてだが、生まれ順の話をする。これがいつ放送されるかは未定。

これに時間をくってしまい、家を出るのが遅れる。砧スタジオへ。フジテレビの番組、「ニッポンの極論」という番組のリハーサルと収録へ行く。このスタジオは二度目。葬式は要らないということで極論を展開するというのが趣旨で、来週29日の深夜に放送されるらしい。極論を語る人間が7人いて、審査員と観客がそれに点数をつける。何分、これまでなかった番組なので勝手がわからない。

審査員のなかにテリー伊藤さんと、荒俣宏さんがいた。テリーさんとは10数年ぶりの再会。荒俣さんには、実はこれまで直接会ったことがなかった。なんだか変な感じがしたが、はじめましてとあいさつする。

収録までの時間があるあいだには、日蓮の小説を書く。家に戻ってきてからも書いたので、全部で20枚を超えた。いよいよ次は、時頼との対決の場面になる。

というわけで、あわただしく一日が過ぎた。

9月22日(木)ラジオのインタビューとテレビの収録であわただしく一日がすぎる

けっこう忙しい一日になった。朝は、BAY-FMの「POWER BAY MORNING」という番組のための電話でのインタビュー収録。こういう形式ははじめてだが、生まれ順の話をする。これがいつ放送されるかは未定。

これに時間をくってしまい、家を出るのが遅れる。砧スタジオへ。フジテレビの番組、「ニッポンの極論」という番組のリハーサルと収録へ行く。このスタジオは二度目。葬式は要らないということで極論を展開するというのが趣旨で、来週29日の深夜に放送されるらしい。極論を語る人間が7人いて、審査員と観客がそれに点数をつける。何分、これまでなかった番組なので勝手がわからない。

審査員のなかにテリー伊藤さんと、荒俣宏さんがいた。テリーさんとは10数年ぶりの再会。荒俣さんには、実はこれまで直接会ったことがなかった。なんだか変な感じがしたが、はじめましてとあいさつする。

収録までの時間があるあいだには、日蓮の小説を書く。家に戻ってきてからも書いたので、全部で20枚を超えた。いよいよ次は、時頼との対決の場面になる。

というわけで、あわただしく一日が過ぎた。

September 22, 2011

9月21日(水)「ロンゲストヤード」を見て台風で帰れなくなるも情報収集でそれを切り抜け改めて日本社会の機能的な側面に注目する

午前10時の映画祭は、「ロンゲストヤード」。これは見たことがない。刑務所でフットボールチームを作り、看守のチームと対決する話。最初の方、刑務所の状況が「ショーシャンク」とかなり似ている。というか、「ショーシャンク」がぱくっとのは明らか。それとも、オマージュとして解釈すべきか。前半はなんか乗りが悪いが、後半に試合になるとこれはかなり面白い。主人公が一体その後どうなったのかはわからないが、最後はハッピーエンド。

昼食の後、ヒルズで校正の仕事をするが、台風接近で空模様がどんどん怪しくなっていく。雨も吹き付けるし、ヒルズのビル自体が猛烈な風でかなり揺れている。次々と交通機関が止まったという情報が流れてきて、一時帰れなくなる。

Sdim5220

こういうときは、ツイッターが便利で、それぞれの交通路線がどういった状態にあるか、ニュースや鉄道各社のホームページよりもリアルに、またすばやく把握できる。その結果、7時半ごろに帰宅することに決め、外に出る。情報収集の結果、大江戸線と京王線が動いているということで、大江戸線で新宿まで出て、新宿線で笹塚へ行き、そこから京王線で桜上水へ。以前は桜上水を利用できるところに住んでいたが、現在だとあるいて30分くらいかかる。幸い、タクシーがいて、しかも日本交通。もしかしたら日頃はヒルズにいるタクシーかもしれない。それで帰宅できたので、それほどの混雑や混乱に会わずに帰宅できた。

帰ってからテレビを見ると、主要駅に長蛇の列ができていたらしい。そんな状況に遭遇しないでもすんだのは、ラッキーだが。情報収集をすれば、それもできるような気がした。日本は、トヨタの生産方式ではないが、「ジャスト・イン・タイム」の社会になり、相当に機能的。ただ、ちょっとした滞りがあると、それがシステム全体に響く。買いだめがスーパーの棚をからにするようなもの。しかし、システムは強固なので、状況が改善されれば、すぐに機能するようになる。そのときは、少しだけ待つことが大切。今日はそれを改めて学んだ気がした。


September 21, 2011

9月19・20日(月火)大阪松竹座公演に行くがその前に松下幸之助歴史館にも寄る

月曜日は、家で仕事。原稿を書く。

午後大阪へ。新幹線のなかでちくま新書のゲラを読む。かなり読んだが、終わりまではいかなかった。新大阪から桜ノ宮に出て宿泊先の帝国ホテルへ。はじめてきたが、周辺はかなり不便というか何もない。ホテル内の中国料理で夕食。

火曜日は、雨が降っているのでタクシーに乗り、パナソニックの松下幸之助歴史館へ。運転手がたまたま、パナソニックの販売に34年勤めていたという人だった。幸之助の声が小さく、何を言っているのかわからなかったという話が面白かった。歴史館には1時間半いたが、少し印象が変わった。あまり一般には注目されない地味な部分が重要化もしれない。やはり理念と文書化というところだろうか。展示では戦時中のことにほとんどふれていないのが気になった。

そこから松竹座へ。その周辺、昼食をとろうとしたが、外に出ているメニューが韓国語や中国語なので、ここは外国なのだろうかという感覚。しかたないので吉野家へ行く。あまり空腹ではなかったので、安いので済ませた。

Sdim5217

昼の部、夜の部を通しで見るが、最初の「悪太郎」には間に合わなかった。「若き日の信長」は、海老蔵でははじめて。もっとも12年ぶりとか。團十郎の演出らしいが、最後は迫力があった。やはり壱太郎はうまい。若いので演じるのが楽しいということが外にあふれている。次は「河内山」。團十郎の声がおかしいが、なんとかやっている。ちょっと残念。

夜の部は、「華果西遊記」は予想された内容。右近、意外と動きがつまらない。師匠とは違う。次はお目当ての「勧進帳」。花道の真下で見たので、最初と最後はすぐい迫力。ただ、富樫の團十郎が不調なので、真ん中はだれる。海老蔵の目がすごいが、ちょっと暗い弁慶になっているのが気になる。最後は、「幸助餅」。松竹新喜劇がとてもうまく歌舞伎になっているが、筋が最初から予想できてしまうのが物足らない。猿弥がおかみをやっているが、これが悪くない。こういう方面で行くといいのかもしれない。

新幹線で東京へ戻る。名古屋は台風の影響で大変らしいが、新幹線は何事もない。ただ、経堂に着いたら急に雨が激しくなった。

September 18, 2011

9月17日(土)御厨貴さんの最終講義シリーズ第一回目を聴きに行く

午前中は、テレビ局の撮影。自宅での仕事風景をとるだけ。番組の収録は来週。今月中に放送されるらしい。

Miku


午後は、先端研へ。客員をやめてからはじめて行く。本当は、震災の日に研究会で話をするはずだった。御厨さんが早期定年で先端研をやめるということで、最終講義。といっても一度だけではなく、これから毎月一度あり、それが本になるらしい。

今回のテーマは「書評と時評」。ゲストは苅部直さん。書評を多くしてきた人だけに、その書評論やそもそも書評とのかかわりなどについてはいろいろ面白い話が聞けた。アカデミズムとジャーナリズムの書評の違いなど、その一線を越えることの意味は大いにありそうだ。時評となると、政治や経済の分野にはあるが、宗教についてはあまりない。そこは大きく違うところか。

御厨さんは読売と毎日の書評委員をしていた期間が長いが、読売が800字と短いのに対して、毎日は3.5枚か5枚とかなり長い。文章修業の過程で、短い文章でまとめるということはかなり重要な訓練になるが、世の中に文章を発表し、それが一定の影響力をもつような立場になる人間は、必ずそうした文章修業を課せられるのかもしれない。それが与えられない人間は、アカデミズムのなかに埋没して一生を終わるということだろうか。いろいろ考えることが多かった。

聴衆のなかには、最近中央公論新社の社長になった小林さんや、共同通信の編集委員に復帰した西出さんなど。京都女子大に赴任した手塚君なども京都から来ていた。

September 16, 2011

9月16日(金)国立劇場で文楽を見て日蓮の勉強会に行くが久しぶりに「発見の会」の公演があるらしい

今月はいろいろ行くところがあって忙しい。今日は文楽。チケットを最初はうまくとれなかったが、なんとかなった。住太夫、蓑助のコンビはやはり見ておかないといけない気がする。そのコンビで、最初は「寿式三番叟」。この演目、文楽では見たことがない。住太夫の語りにはやはり威厳がある。蓑助の翁もそうだ。翁が退き、三番叟になると、俄然わかりやすくなる。普通の文楽とは違い、やはり能のようだ。

そのあとは、「伽羅先代萩」の御殿の段。これは、歌舞伎では何度も見たことがある。実に残酷な話だが、人形だと人が演じたときとは何か雰囲気が異なる。節電の影響で、この段だけという説明だが、文楽ではこれだけを独立してやることは少ないのだろう。最後は、「近頃河原の達引」。実は、この演目、歌舞伎でも見たことがない。源太夫休演で、そこが残念だが、最後の猿回しが面白かった。これは人形ならでは。

終わってからタクシーで新宿へ。遅れて日蓮遺文の勉強会へ。身延期の日蓮は、書簡ばかりで、思想的な発展がなくそれほど面白いところがない。佐渡で思索した、一念三千の考え方や題目論も、この時期にはほとんど言及されない。教団形成は進んでいたのだろうが、思想的な進展があまり見られないところが残念だ。日蓮自身の体調がすぐれなかったことも影響しているのだろうが、あるいはそういうことを持ち出す弟子がいなかったのかもしれない。早めに終わる。

今日は見えていなかったが、上杉清文氏の発見の会の芝居が久しぶりに来月あるらしい。「春と修羅場」。なるほどという題名だ。どんな芝居になるのか、アングラ演劇の真骨頂が楽しめるかもしれない。

September 15, 2011

9月15日(木)「夜の大捜査線」はまったく大捜査線ではなかった

森美術館のメタボリズムの展覧会に合わせて、黒川紀章作のカプセルがヒルズの前におかれている。中に入りたいが除くだけ。

Sdim5205


Sdim5206

今日の映画は、「夜の大捜査線」。この映画の存在は知っていても、見たことがなかった。60年代の作品なので公開されたときはまだ小学生だっただろうか。黒人に対しる人種差別を背景としていて、そこが複雑。当時のことを考えないと内容がうまくつかめない。それにしても、題名はまるで大げさ。どこに大捜査線があったのだろうか。

そのあとは、取材が2件に、打ち合わせが2件。その合間に、少しだけ原稿を書く。


9月14日(水)天台宗について考えながら水野和夫さんの新刊を読む

朝、前の晩に録画したクローズアップ現代、欧州の経済危機についての番組を見る。ちょうど、水野和夫さんの新刊を読んでいるので、より興味がます。

それから、ヒルズへ行く。基本的には原稿書きで、南都六宗の部分を直し、天台宗に入る。10枚ほど進む。天台宗を宗派として考えるのはあまりないことなので、どう書いていいかかなり難しい。教えのレベルで宗派としてのまとまりがあるかと言えば、そうではない。だが、一方では圧倒的な影響力をもち、中世には南都北嶺として君臨した。だが、そのあとはどういう展開をたどったのか、あまり注目されていないところだ。

仕事に疲れた後は、水野さんの本を読む。いつもながら難しいが、論理の運び方はわかるので、なんとかついていくことができる。注は読んでいないが、終わりにまとめて読めばいいだろう。それにしても、膨大な注だ。それにしても、このままでは読者にはひどくわかりにくいかもしれない。その解説が必要だ。

September 13, 2011

9月15日(火)秀山祭昼の部吉右衛門の松王丸を堪能し新歌昇の意外なスター性に驚く

朝家で少し原稿を書いた後、残暑の続く中、新橋演舞場へ行く。「秀山祭」の昼の部。

最初は「舌出し三番叟」。染五郎と新歌昇。染五郎は三番叟にしては、ちょっと人間的すぎる気がした。新歌昇は、意外に踊りがうまい。もちろん、これまで彼が中心で踊るのを見ていなかったせいもあるが、これには驚いたし、期待も大。次の「新口村」は、藤十郎に元気がない気がした。歌六は、まだ十分老いを表現するまでにはなっていない気がするが、これも初役、しかたのないところだろう。というか、これから八右衛門の役では相当の名演を披露してくれそうな気がしている。

次が「寺子屋」。襲名のための演目。吉右衛門の松王丸はさすがにうまい。妻の魁春も、歌右衛門ばりの相当に難しい演技をしているが、両方で名人芸という気がする。息子の最期をほめるあたり、今回はいつも以上に感情をおさえつつ、それがやがては堰を切って涙にかわるところが巧み。対する源蔵の新又五郎は、足を痛めた影響がもろに出ている。これまではっきりとは認識していなかったが、源蔵は足さばきが命。その足がうまくつかえないと、源蔵の苦悩や、喜びがうまく表現できない。2日目の夜に足をちょうど痛めた場面に遭遇しているだけに、かわいそうだという思いが強かった。

最後は「勢獅子」。ここでも、新歌昇が大活躍。踊りもいいし、はつらつとしている。何より期待できるのは、スター性がありそうなところ。いい時期に襲名したと思う。途中、今回の席は吉右衛門後援会のお世話になったので、夫人が席まで来て、わざわざ挨拶してくれる。いい席で、歌舞伎を堪能できた。ウエストでお茶をして帰る。

9月12日(月)利賀村フェスティバルの慰労会が品川で

朝からヒルズへ。暑いので渋谷からバスで行く。出かける前に、山折さんの講義のCDを聞いておく。この解説をまず、ヒルズで書く。2枚強なのでさほど時間はかからなかった。そのあと、『日本の10大仏教宗派』の仕事をしようとして、家で描いた原稿をグーグル・ドキュメントに載せていないことに気付く。仕方がないので、家に電話してメールしてもらう。その後、ひたすらその原稿を書くが、終わりまでいかなかった。

Sdim5200

夕方、品川へ。日比谷線で恵比寿まで出て、山手線で品川へ。品川の東口に出るが、ラッシュ時でものすごい人の波。高度経済成長の時代に戻ったような人の多さ。ストリングスホテルへ行く。利賀村の夏のフェスティバルの慰労会のような形になったが、講演した人はけっきょく、水野さんしかこなかった。磯崎さんは体調を崩されたとのことで、残念。水野さんからは本をいだだく。

同席された歯科医師会会長の大久保さんからは、被災地における身元確認の話を聞く。いろいろと興味深い話が聞けたが、それは途方もなく大変な作業だということがわかる。歯科医という仕事、日常的には死と関係がないように見えるが、そうした場面では死と直面せざるを得ない。今回のような大量の死者が出るという事態のなかでは、想像もできないような事態を処理していかなければならない。帰りがけ、事務局の人がいなかったので、危うく無銭飲食状態になるところだった。これもご愛嬌か。

September 11, 2011

9月11日(日)ライカな経堂?

昨日、早野さんがライカのデジカメをもっていたので、なんとなくモノクロでライカ風に撮ってみたくなった。でも、ライカの味はシグマでは出ない感じ。

Sdim5187


Sdim5188


Sdim5190


Sdim5197


9月10日(土)猛烈な残暑の中現代の聖地尾崎ハウスを訪れヒルズのベルギー・ビール・フェアでは20数年ぶりの再会

ここのところだいぶ涼しくなったが、今日はひどく暑い。そんななか、朝日新聞に出ていたこともあり、尾崎豊が亡くなったことで生まれた「尾崎ハウス」に行くことになる。宗教学的に言えば、「現代の聖地」となるのだろう。町屋から京成で千住大橋へ。連れ合いはその家のおばさんから名前で呼ばれていて、留守番まで頼まれていたから、かなり通った口なのだろう。ほかにも、テレビ局の取材と、訪れた人が数人。とにかく暑い。

Sdim5143

Sdim5148

終わってから、ヒルズへ。ベルギー・ビール・フェア。大変な人。ちょうど東大の早野さんが帰国ビールをするというので行ってみた。しばらく旭川から単身赴任しているという方とお話をしていたら、ツイッターに早野さん到着との知らせ。それでツイッターにいる場所を知らせたら、なんとすぐそばに。20数年ぶりに再会する。これもツイッターのおかげ。いろいろ話をして楽しかった。またの再会を約束してわかれる。

Sdim5180


September 10, 2011

9月9日(金)伊勢丹に調査に行きタワーレコードで気になるCDを買う

今日はヒルズへは行かず、家で仕事をする。仏教宗派について、序章から南都六宗に入る。

午後、新宿へ。小幡さんが百貨店研究の一環として新宿伊勢丹を調査に行くというので、それに同行する。本館の2階を案内してもらうが、なんだか小劇場の書き割りが続いているという印象を受けた。今の小劇場の舞台は同じようなセットが使われるが、それに似ている。ちょっと夢がない。メンズ館8階でお茶をして、本館7階の南国酒家で夕食をとる。

終わってから、私はタワーレコードへ。先日は試聴だけに終わってしまったので、今日は買うことにする。ソニー・ロリンズの80歳記念コンサート。これにはオーネット・コールマンとの共演が。試聴した時に曲が長くて、彼が出てくるところまでいかなかった。スタン・ゲッツの1972年のモントルーライブ。バックは、チック・コリアの率いるリターン・トゥー・フォーエバーのリズムセクション。もう一枚、最近のライブ、チックがエディー・ゴメスとポール・モチアンと作ったトリオ。これはビル・エヴァンスへのオマージュ。それに、小曽根真が震災のためにアメリカのジャズメンに呼びかけて作ったLive & Let Live.これは、先日利賀村へ行く飛行機のなかでも聞いた。

とりあえず雑多な組み合わせ。

September 09, 2011

9月8日(木)ヒルズで原稿を書き解説を頼まれている山折講義を聴く

朝からヒルズへ行く。一日、日本の仏教宗派についての本のはじめにを書き続ける。全体で25枚になったので、はじめにと序章に分けようかと思い始める。宗派ということ自体、まともに考えると結構これがややこしい。

Sdim5121

原稿を書く作業が終わってから、解説を書くことを依頼されている山折哲雄さんの生老病死をめぐる講義のCDを聴く。生と老を聴いたので、全体の半分まで行った。例によって独特の山折節だ。漫然と聴いているのもなんなので、感じたところをツイッターしてみる。これだとメモにもなりそうだ。

まだ、残暑が続くが、空は秋の気配。一時ほどの湿気もない。東京はこの湿気が意外なほどきつい。湿気がないと、かなり楽に暮らせる。


September 08, 2011

9月7日(水)『A3』の受賞よりも中沢新一氏の姿勢の方がはるかに問題ではないか

映画は「ダクシードライバー」。これも封切り直後に見た。ただ、デニーロがタクシードライバーで、銃をもって体を鍛えている、ジョディー・フォスターが幼い娼婦で出ているということしか記憶になかった。それにしても、この時代のニューヨークの街は汚いし、怖い。ちょうどベトナム戦争が終わった直後で、この戦争のことが影を落としている。今見ると、たんなるストーカーの映画にも見えるが、やはり時代が違うのだろう。撮影の仕方などはかなり斬新。

Sdim5120

午後はしばらくヒルズにいるが、前日遅かったせいで、寝不足でやる気がしない。しかたがないので、新宿へ出て、前日買ったものを取りに行く。2日働いて1日休む的なペースがいいのかもしれない。

森達也氏が『A3』で講談社ノンフィクション賞を受賞したことに、弁護士の滝本太郎氏などが抗議していることが話題になっている。滝本氏からは抗議書がメールされてきた。集英社からこの本は送っていただけることになっていたような気がするが、今のところ届いていないので、中身は見ていない。ただ、連載のときはいくつか目を通した。

読んでない本の論評は控えるが、問題はむしろその選考にあたった中沢新一氏の方ではないだろうか。彼が章を与えたということは、その本のなかに中沢氏とオウムとの関係について言及がなされていないということだろう。私は、中沢氏の思想がオウム事件に多大な影響を与えたと考え、その点を批判して『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』(亜紀書房)を書いた。それに対して、今日まで中沢氏は何の反論もしていない。ということは、私が書いたことを認めたと考えていいのではないだろうか。

授賞式でも、中沢氏は『A3』の受賞理由を述べなかったらしい。徹底して逃げるつもりらしいが、果たしてそれでいいのか。こちらの方がより問題は大きい。


September 07, 2011

9月6日(火)仏教宗派についての本を書き始め伊勢丹メンズ館の8周年に行く

朝からヒルズへ行く。日本の仏教宗派についての本を書く準備をする。最初に宗派を整理しようとしたら、これがけっこう面倒だった。宗派のなかにまたいくつもの派があるところがあり、その関係が歴史的に変遷してきている。それを押さえたうえで、はじめにの部分を書くが、10枚を少し超えるくらいまでしか進まなかった。

Sdim5118


夕方新宿へ出る。タワーレコードによるが、いろいろ試聴していたら、それでけっこう時間をくってしまい、買うまでには至らなかった。そのあと、伊勢丹メンズ館の8周年記念のイベントに行く。ここ3年必ず来ている。ヒッキ―フリーマンで最高級のアルパカのセーターを見せてもらうが、これが面白かった。同じ素材を使った同じ製品のはずなのに、色によって来た時の暖かさというか、感触が違う。もしかしたら、それは織手の違いなのかもしれない。それはかなり微妙のところだ。コットンのハーフコートとカーディガンを買う。

September 06, 2011

9月5日(月)なんとなく電話が多くかかってきた一日

台風12号は猛威を振るい、考えられないほどの被害をもたらしている。日蓮の時代、正嘉の大地震の後に、風水害が続いたことが連想される。

朝からヒルズへ行く。乃木坂からのだらだらのぼりがきついので、渋谷へ出てバスを選択する。これだと、着いてからすぐに仕事をしようという気になる。というわけで、終日ヒルズで仕事をする。主に小説日蓮の直し。正嘉の大地震の場面からはじめ、日蓮がその教えを断片的に語っていく。とりあえず、夕方までに79枚分直す。最初に書いたのが74枚だったので、直しの中で5枚増えたことになる。これで、全体で200枚を超えた。次のまとまりでは、日蓮は時頼と対峙することになる。

最近は電話がかかってくるということが少なくなり、万事メールの世の中になったが、今日は珍しく電話が数本かかってくる。みな携帯電話あて。ほかに自宅にファックスも届く。少し前までは当たり前の状態。

週末に、読売新聞と共同通信で『冠婚葬祭でモメる100の理由』の紹介が掲載された。震災直後で中止された研究会も来年のはじめには開かれるという。震災から半年を迎えようとして、だいぶ落ち着いてきたということだろうか。

September 05, 2011

9月4日(日)監修した『現代にっぽん新宗教』が刊行された

柏書房から『現代にっぽん新宗教百科』が刊行された。これは、私の監修によるものだが、原稿もかなり書いている。説明する文章については、すべて私が書いていて、震災との関連について述べた序文から、新宗教とは何か、新宗教に入信する動機、新宗教教団のビジネスモデル、新宗教の刊行する本の特徴、そして、オウム真理教の事件、ライフスペースと法の華三法行の事件など、新書1冊分を書きおろしている感じだ。

Sdim5116

ほかに、私が書いたものではないが、各教団の紹介があり、主な教団については、『日本の10大新宗教』での説明がかなり活用されている。これで、新宗教の歴史と現状の全体像を把握できるようになっている。かなり分厚いし、今、新宗教について知ろうとしたらかなり便利な一冊になっているのではないだろうか。

日曜日の朝日新聞にはかなり大きな広告も掲載された。


September 03, 2011

9月2日(金)秀山祭に行き又五郎襲名興行を見る

夕方歌舞伎に行くので、午前中は家で仕事。日蓮の小説を20枚以上書く。これで、第3章というか三つ目のまとまりができた。ただし見直しはまだ。

午後は、ゆっくり休んで、それから新橋演舞場に出かける。家族での観劇ははじめて。今回は、吉右衛門さんの後援会の方にお世話になった。筋書きもいただく。その前にすでに買っていたが、筋書きというのは一人一冊あった方がいいものだということがはじめてわかる。

今月は、秀山祭で、又五郎、歌昇襲名というおめでたい舞台。夜の部は襲名の口上がある。最初は、「沓手鳥孤城落月」。淀君はてっきり芝翫だと思っていたので、福助になっていて少し驚く。芝翫は初日に出た後休演したらしい。

その影響が「口上」に出た。芝翫が座頭で口上を仕切るはずなのに欠席で代わりに吉右衛門がその役になっていた。急で慣れないことなのか、しどろもどろ。襲名口上にしてはしまりがない。それに、本人がということもあるだろうが、人間国宝になったことについて誰もふれず、そのまま。新又五郎が地味ということもあるが、盛り上がりには欠けた。海老蔵襲名などと比べてはいけないのだろう。

次が、その又五郎が梅王丸をやる「車引」。本人のものすごく力が入っていて、これで最後までもつのだろうかと心配したら、一度花道を引っ込んだ後、後見に支えられながら出てきたのにはびっくり。引っ込む際に足を痛めたらしい。それでも演技を続けなければならないが、声が大きいので、あまり足のことは観客にはわからなかったかもしれない。

最後は、「石川五右衛門」。山門だけではなく、お話になっていて、宙乗りもある。染五郎が五右衛門をやったが、かなり成長している。前は、小さいという印象が強かったがそれがなくなっている。松緑とたった二人だけで見せたのはなかなか。

又五郎は治療中だということを聞いて帰る。ちょっと心配。

September 02, 2011

9月1日(木)「真夜中のカーボーイ」とトヨタのシステム

映画は「真夜中のカーボーイ」。もちろん封切りの時点で見ているが、だいたい内容は記憶していた通りだった。この時代の映画は、フラッシュバックを多用し、登場人物の過去の精神的な傷を表現しようとする傾向が強かったということを改めて確認する。大麻が出てくるサイケデリックなパーティーもこの時代特有のものだろう。役者では、やはりダスティー・ホフマンがすごい。本当に死んでしまったような演技だった。

午後は、経営哲学の勉強会でトヨタを取り上げる。今や世界を代表する大企業だけに、これをどうとらえるかはかなり難しい。かんばん方式などは、トヨタの生産システムの必ずしも中心ではなく、結果の部分を示しているように思う。トヨタについては、勤めていた経験をもつOBがかなり詳細なシステムについての本を書いている。それも特徴だろう。

勉強会が終わってからの話のなかで、三河の風土や報徳運動の影響がむしろ大きいようにも思えてきた。要は稲作農村の共同体が原型で、そのメンバーが勤勉に労働しなけれならないシステムを作ろうとしてきたように見える。さらには、一部の人間ががんばることでイノベーションを起こさせ、それを共有することで会社全体が進化していく仕組みも内蔵されている。もちろん、そこには矛盾やひずみも生じるのだろうが、簡単にできる会社のシステムではないことはたしかだ。

September 01, 2011

8月31日(水)8月最後の日傘を持って行ったが降られなかった

朝からヒルズへ出かける。雨が降るという予報なので、長い傘をもっていく。

午前中は、毎日新聞から依頼された葬送基本法についての原稿を書く。3枚半ほど。

午後は、日蓮の小説。地震の場面から、日蓮が教えを説きはじめるところまで20枚ほど書く。この日蓮の教えというところをどう表現するか、そこが難しい。

途中、トヨタの批判本に目を通したりする。現実にトヨタがさまざまな問題を起こしていることは事実だろうが、それを批判する際に、批判する人間はどこまでそのシステムについて理解しているのか、読んでいてこころもとなくなる。トヨタが巨大なシステムであるだけに、それを批判するには、かなりシステムについて理解していなければならない。それがこれまでの批判には欠けているという印象をもった。

夕方まで仕事をして帰るが、けっきょく雨は降らなかった。

« August 2011 | Main | October 2011 »

July 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31