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November 2011

November 30, 2011

11月29日(火)ちくま新書の新刊『神も仏も大好きな日本人』の見本ができて津田マガで読者プレゼントになることが決まる

朝から家で仕事。最近親交のある津田大介さんを、情報化が進んだ現代において位置づけるための原稿を書いてみる。概要を書いたら、かなり長いものになってしまった。あまり長いのもなんだが、情報化の進展のなかで登場した新しい人間像としてとらえられれば意味のある文章になるのではないだろうか。

午後は、ヒルズへ。一件は新しい本の打ち合わせ。前にこんなものはどうかと案を示しておいたが、ちょっとそれでは物足りないということで、別のアイディアを考えてみた。同じことを述べていくにしても、読者がまず、こういう話なのだと最初に了解できるものにしないといけない気がする。前提を共有してもらったうえで、では何を言っていくのか。順番としてはそういうことになるはずだ。

次は、筑摩書房の編集者が来て、来月5日に刊行されるちくま新書『神も仏も大好きな日本人』の見本を渡してくれる。この本は、タイトルにかなり苦労したが、これまでにない画期的な本だと著者としては考えている。日本の宗教の伝統を「神仏習合」という点から述べていくものだが、そこには、近代化以降には消滅したり、陰に潜んでしまった事柄が隠れている。現在では、神道と仏教がまったく別の独立した宗教としてとらえられているが、仏教伝来以来、実は両者は深く融合してきた。その点を抑えないと、日本の宗教の歴史は理解できない。

ちょうどそこに津田さんが来たので、見本を渡す。津田さんのメールマガジンで読者プレゼントになることになった。

November 29, 2011

11月28日(月)曹洞宗で『葬式は、要らない』の反響についての講演をする

午前中は家で仕事。午後にする講演のレジュメを作り、『本の時間』の年金制度の原稿を完成させる。中途半端に時間が余ったので、町山智浩『USAカニバケツ』を読んでみる。これが面白い。

昼から芝公園へ。曹洞宗の東京グランドホテルで、講演をする。曹洞宗の全国宗務所長会結成35周年の記念ということで、「ベストセラー‘葬式はいらない’の反響、そして今」というテーマ。1時間半にわたって話をするが、珍しく会場では質問が出なかった。終わってから、書籍の販売とサイン会。

講演が終わってから、ヒルズへ。49階に着いたところで、津田さんご一行に遭遇。関西学院の鈴木謙介氏を紹介してもらう。関西学院には、昔職場が一緒だった山中速人氏がいる。しばし、ライブラリーで休憩を取り、帰宅する。

帰宅してからは、ユーストリームで、アカデミーヒルズでのセミナー、津田、佐々木俊尚対談を拝聴する。佐々木さんにはまだあったことがないが、朝日新聞の売れた本などで私の本を何度か紹介してもらっている。なるほどこういう方なのかということがわかった。新しいメディアの人というより、活字文化の人という印象を受けた。

November 28, 2011

11月27日(日)何もない日曜日に大阪の行く末を少し考える

久しぶりに何もない日曜日。いろいろとイベントが続き、しかも映画を見続けたりしたので、あっという間に日々が過ぎていった。気が付けば11月ももう終わろうとしている。来週は今のところ、それほど予定がない。

大阪の方では、維新の会の市長と知事が誕生した。これまで大阪市と大阪府はかなり深刻な対立関係にあったようだが、その根が深ければ、首長が交代してもすぐに両者の関係が良好になるとは限らない。逆に、市と府の対立が維新の会の内部にもちこまれ、それが組織の分裂に結びつくことだって考えられる。

大阪都構想というのも、都は「みやこ」ということだろう。東京は日本の首都であり、今はみやこ。大阪がみやこになるということは、ではどういうことなのか。それだけの責任を大阪が果たそうということだろうか。維新の会では国政への進出も考えているようだが、となると、かなり事態はややこしいものになってくる。

最近、たまに大阪へ行くと、ますます東京都は違う都市になっているという印象を受ける。まるで外国で、文化も風俗も、そして関心も違う。その大阪から見ている世界と、東京から見ている世界とではかなりの違いがあるのだろう。大阪の人は東京のことを知らなくなり、東京の人間も大阪のことを知らない。両者を調停する人間もいない。では、いったいどうなっていくのだろうか。

November 27, 2011

11月26日(土)20年ぶりくらいにディズニーランドへ行きその強さの秘密を実感する

実に久方ぶりにディズニーランドへ行く。20年ぶりくらいだろうか。その間ディズニーシーの方は一度行ったが、ランドの方にはまったく行っていなかった。クリスマスを前にした土曜日ということでかなり混雑している。

20年前とは仕組みもかなり違うので、戸惑うこともあったが、アトラクションとしては、「ピーターパン空の旅」、「ジャングル・クルーズ」、「ビーバーブラザースのカヌー探検」、「スイスファミリー・ツリーハウス」、「ビッグサンダー・マウンテン」、「ホーンテッド・マンション」、「キャプテンEO」を楽しむ。混雑していた割には、いろいろ楽しめたのではないか。昼と夜のパレードも見る。

来ている人を見ると、圧倒的に日本人が多い。20年前もそうだったが、一時はかなり外国人が来ていたらしい。年齢層は、30代の親子連れがほとんど。みな、雰囲気が似ている。年配者は少なく、カップルもさほど多くない。若い世代だと、同性の友だちで来ているというパターン。ディズニーランドを楽しんでいる人間は、かなり限定されているのかもしれないと感じた。

大学で教えていたときには、ディズニーランドを研究したこともあるが、社会階層論として考えても面白いかもしれない。誰もがチケットを買えば入場できるが、どれだけ金をかけられるかで楽しみ方が、あるいは楽の仕方が微妙に変わってくる。ガイドツアーなどを併用すると、ファスト・パスで並ばないでも見られるようになっている。出せる金額に応じて、同じ場所が違うものになってくるのではないか。ディズニーランドの強さを目の当たりにした気がする。経営哲学を勉強していると、どうしてもそうしたところが気になる。

花火は舞浜の駅で見て、夕食は銀座で。考えられないくらい安い値段で、フォアグラ―のソテーをいただく。これで大人っぽいディズニーになった。

11月25日(金)『ヤング・ゼネレーション』から『恋の罪』酉の市にTBSラジオ出演

怒涛の園子温週刊になっているが、当然、午前10時の映画祭も続いている。今日は、『ヤング・ゼネレーション』。この映画は見たことがないし、その存在も知らなかった。インディアナポリスの若者の生態を扱った青春映画で、主人公は、イタリア狂いのフリーター。その主人公の成長物語で、暴力もほとんどなくさわやかな作品になっている。珍しいと思ったのは、父親と息子が最後に和解するというか、仲よくなるという点。だいたいアメリカ映画では、父親と息子の葛藤がテーマになるものが多い。アカデミー賞の脚本賞をとっているのも、そうした点が評価されたのことだろうか。

午後は、新宿のテアトル新宿へ。園映画の最後、公開中の『恋の罪』を見るため。この映画、これまで見た3作とは違い、女性が中心。エロ満載のサービス精神にあふれた映画で、ちょっとテイストが違う。女優をここまで演技させているところはなかなかのものだが、筋立ては『昼顔』。まったく同じ作品にならないように、途中から別のストーリーを導入したつぎはぎ的なところがある。監督のイマジネーションがどんどんと展開していって、連想ゲーム的に組み立てられている感じもする。4作を見て、園映画をどう見るか考えないといけない。

終わってから、酉の市へ。去年と同じく、会社のために熊手の置物を買う。久しぶりにDugでビールを一杯。

一度家に戻って、夜はTBSへ。前にも出たDigという番組に出る。テーマはオウム真理教の問題。この教団の事件の時代背景を探るということで、もう一人のゲストは切通理作氏。どこかで会ってもおかしくはない人だが、初対面。改めて語ってみて、この教団について語ることの難しさを痛感する。とにかく前提となる情報が、もうほとんど共有されていない状況では、なぜあのような事件が起こったのかを語ることができない。だが、しっかりとこれを伝えていかないと、後に重大な問題が残るだろう。

November 25, 2011

11月24日(木)園子温『ヒミズ』の試写会で松本健一氏にお会いする

月の終わりの方は、連載の締め切りが重なっている。午前中にはまず、『一個人』の神道についての連載原稿を書く。今回は、ない宗教としての神道とある宗教としての仏教との関係について。ないとあるということで、お互いがお互いをおかすことなく共存できたといった話の展開になる。

続いて、『本の時間』のニッポンのしきたりについての原稿にとりかかる。3回ごとにテーマが変わるが、今月からは年金制度。ちょっとしきたりという枠に入らないテーマでもあるが、まず年金制度が私たちの生活をどのように変えているのかから考察することにした。3分の2くらい書く。

今週は園子温ウィークになってしまったので、来年早々に公開される「ヒミズ」のマスコミ試写会に行く。会場は六本木シネマート。六本木によく来ていながら、ここに映画館があるのを知らなかった。昨日一日がかりで2本見ているので、かなりその世界にどっぷりつかっている感じだが、やはりテイストは似ている。この監督、雨、たくさんの蝋燭がよく出てくる。雨が重要なのは黒澤明と似ているかもしれない。

おそらく、世界的にも園氏は一番注目されている監督と言えるだろう。今を映し出すということでは、かなりうまい。内容的にはドンキホーテの物語で、主役は尾崎豊的。

会場で松本健一氏の姿をお見かけした。向こうも私に気付いているようだったが、これまで会う機会がなかった。声をかけさせてもらい、名刺を交換する。松本氏は、東京新聞を見ておられるようで、私のインタビュー記事を見たばかりだったらしい。

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外に出ると世の中はクリスマスムード。明日も園映画。来週ももしかしたら、そうなるかもしれない。

November 23, 2011

11月23日(水)新聞での対談のために園子温監督の「冷たい熱帯魚」と「愛のむきだし」をキネカ大森で二本立てで見る

朝から大森へ。大森というところにはこれまでほとんど行ったことがない。あるいは初めて来たかもしれない。

キネカ大森で、今度新聞の対談でテーマになる園子温監督の作品を見るため。ビデオも送られてきてはいるが、やはり映画は映画館で見たほうがいいし、なにしろ「愛のむきだし」は4時間を超える。家でDVDで見る作品ではないし、ちょうど再上映していたので見ることにした。それも、「冷たい熱帯魚」との二本立て。

サービスデイで二本立てでも1000円ということでかなりの人が入っている。やはり多くの人が注目している作品ということだろう。二本目のときには、立ち見というか、床に座り見の人たちもかなりいた。座布団で4時間は相当にしんどいだろう。

最初の「冷たい熱帯魚」。わけのわからない人間に、こころに空洞を抱えた人間が操られ、いつの間にか大量殺人に加担していくプロセスは、かなりうまく描けていると思った。でんでんと渡辺哲は、舞台でかなり見たことがあるし、哲さんの方は話をしたこともある。でんでんの好演が光るが、ばらばらの死体というのは、刺激的ではあるが、もっと犯罪の隠ぺいの部分に時間が割かれた方がよかったかもしれない。

次に「愛のむきだし」は、町山智浩君が年間ベスト1に選んだもので、彼からも直接勧められていた。実話がもとになっているということだが、宗教の設定はどうしても気になってしまう。カトリックとしてはあり得ない。神父の先輩として大久保鷹が出てきたところでは、懐かしく思えた。昔、状況劇場で何度も見た役者だ。主演の西島隆弘と満島ひかりの魅力がなんといっても大きいし、西島君はなかなかの演技派だ。宗教に惹かれていくプロセスについては、「冷たい熱帯魚」の方が見るべきものがある。ただ、この4時間という長さが、何かこの映画を特別なものにしている気がする。

海外でこの映画を見れば、とくにカトリックが強いヨーロッパでは、日本で見るのとは相当に違う受け取り方をされたのではないか。冒涜的だし、冒険的な作品と映ったことだろう。アメリカだと、こういう類はいくらでもあるから、それほど衝撃はないかもしれない。

園作品は、あと2本見ることになる。

11月22日(火)津田大介さんと早野龍五さんと会食した一日

今日は昼と夜に会食がある。

まず、お昼は津田大介さんと会食。前から一度という話になっていたが、会う機会がなく、昨日会った時に急に決まった。お互いヒルズのライブラリーに出入りしているわけだが、彼が私のツイッターのフォローアーになっていたので、以前話しかけるきっかけが生まれた。今日は、津田さんがどうして今のような活動をするようになったのか、その経緯を教えてもらう。あわせて、私が20年以上前に書いた『私というメディア』の最初の部分のコピーを渡す。彼は、私がそこで書いたことを体現している気がしている。今度、「津田大介というメディア」を書かせてもらうことになりそうだ。

そのあと、生まれ順関係の取材を一件受ける。親子関係と生まれ順という内容だが、きょうだいや一人っ子をどう育てるかで、多くの親は迷っている気がする。勉強法にしても、生まれ順でかなり適した方法が違う。生まれ順事業部は、この方面をこれから重点的に考えていく必要があるかもしれない。

夜は、二件目の会食で、東大理学部の早野龍五ご夫妻。場所は池袋の「レシャット」。シェフが変わって、メニューも変わっている。奥様は、能をご覧になった後ということで着物でお越しになる。早野さんとは古い知り合いで、震災後にツイッターを通して再会することになった。先日は、津田さんのニコ動に出演していたようだが、私は出張で見られなかった。いろいろと楽しい話が出た。何より早野さんは歌舞伎通なので、話題には事欠かない。

というわけで、充実した一日になった。

November 22, 2011

11月21日(月)顔見世歌舞伎昼の部と季織亭のイタリアン・ラーメンそしてオウム裁判の終結に思うこと

朝家で少しだけ仕事をしてから、東銀座へ。新橋演舞場、顔見世大歌舞伎の昼の部を見るため。あまりそのつもりはなかったが、夜の部がよかったし、松緑の忠信を勧める人もあったので、急遽行くことにした。席は、3階の1列目。隣には、邦楽担当のNHKの女性アナウンサーがいた。

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菊五郎劇団ということで、劇団としての結束力の強さが随所に出ている。「吃又」の百姓たちなど、妙に気合が入っている。この演目あまり好きではないが、三津五郎はとくに最後の舞の部分がいい。それも当たり前か。ただ又平にかんしては、その単純さがうまく出ていない気がした。

次の「吉野山」。菊之助の静はやはり美しく、たたずまいがいい。松緑の忠信、合戦の場面が主なので、狐としての哀切さを出すには物足りないが、芝居がかって踊らないところがいい。踊りの面でも相当に進歩している。

一番おもしろかったのは、やはり最後の「魚屋宗五郎」。菊五郎は本当にうまい。ほかの役者もそろって、かなり見ごたえがあった。松緑の息子、大河の丁稚が可愛い。

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見終わってから、工事中の歌舞伎座を見て、ヒルズへ。久しぶりに会った人もいて、行った甲斐があった。

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夜は、家族が出かけているので、久しぶりに季織亭へ。最後に食した「イベリコ味噌」。これまでに食べたことのない味で、いわばラーメンのイタリアン。不思議なものだ。

家に帰って、夕刊を見ると、今日終結したオウム裁判の記事が出ている。そのなかに、現在の麻原の状況を伝えたものがあった。麻原は特に問題がないという。それが果たしてどういった状態を意味しているかがわからないが、記事は、4女が08年に書いた文章を引用し、詐病説で締めくくっている。果たしてその通りなのか。

オウムの事件にかんしては、今日の「東京新聞」でもコメントしているが、非常に複雑な事件で、その内容を簡単に説明することが難しい。一面では、組織犯罪として見ていくと理解しやすいところがあるが、麻原の人格にかんしては、信者を洗脳するカルトのリーダーとして見るだけでは不十分。それでは、なぜ多くの若者を引き付けることができたのかがわからない。また、武装化についてはロシアとのかかわりを考えないといけないだろう。時間も経ち、あの当時のことが知識として共有されなくなっている。


November 20, 2011

11月20日(日)江戸東京博物館まで出向き常設展と「日光東照宮と将軍社参」それに「ヴェネツィア展」を見る

朝ツイッターをしていたら、昨日見た顔見世、昼の部の松緑の忠信が絶品だという人がいて、それに刺激され、月曜日に出かけることにした。仕事をしている時間がなくなる。

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昼前に両国へ。江戸東京博物館へ行く。「日光東照宮と将軍社参」という珍しい企画展をやっている。企画の内容からすれば、私のために開いてくれているようなものなので、出かけてみた。宗教美術関連では欠かせない展示になっている。

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これまで何度かここには来たが、常設展を見たことがなかった。お目当ての展示は常設展に含まれるので、はじめてみることになった。芝居小屋があるのは知っていたが、スケールが大きい。その前では土日には演芸をやっている。今日は道化ということなので、これはパス。企画展はかなり集中してみたが、神君家康に対する信仰と日光東照宮への参拝ということが連動していることがよくわかった。少し面白かったのは、その際の警護についてきちんと図面を残していること。今の皇室に対する警護の伝統は、すでに江戸時代に形成されていたことになる。

せっかく両国まで来たので、「ヴェネツィア展」の方も見る。こちらはかなり混雑。ちょうど江戸時代と同じ時代の展示なので比較していくと面白い。江戸という町は、江戸城を中心に放射線状に発展していった。これは、条里制の敷かれた京都とはまるで違う。囲むことからはじまる都市と、中心だけがあって、そこから広がっていく都市との違いは、かなり面白いポイントかもしれない。ヴェネチアの場合には、川が都市の中に組み込まれ、らせん状の動きになっている。考えてみれば、大阪も江戸と同じ構造をしていた。中世都市と近世都市との違いともいえるし、ヴェネツィアを含めて考えれば、資本主義下の都市とそれ以前の都市という比較にもなるのかもしれない。


11月19日(土)新橋演舞場の顔見世夜の部は十分に堪能できて満足

午前中は、学校の発表会、要は学芸会。3年生だとまだ、合唱と器楽演奏だけなので、時間も短い。高学年になると劇が入って、時間も伸びる。

午後は、雨のなか新橋演舞場へ行く。顔見世夜の部を見る。後からとったので、前の席しかなかった。久しぶりで2列目から見る。この位置だと、舞台上の出演者や奏者の緊張感も伝わってくる。ただし、右端のほうなので、左端で演じられていると声が届かない。

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最初は松緑の「外郎売」。博多座では今頃海老蔵が同じ演目をやっているはず。松緑の方は、演じ方が丁寧で、正統派という感じがする。言い立てもよどみなく、面白味もあり、楽しめた。大磯の虎、見終わるまで手元に筋書きがなかったのでわからなかったが、梅枝だった。まことに立派。驚いた。松也の十郎は、松助の7回忌ということでまわってきた役のようだが、ちょっと線が細い。

次は、菊之助の「道成寺」。11年ぶりだというが、そのときは見ていない。それから、海老蔵や玉三郎との「二人道成寺」はかなり見てきたが、純粋な京鹿子ははじめて。評判もいいので期待していたが、期待以上のものがあった。やはり、一人で踊ると、菊之助のカラーが前面に出る。そこがいい。これまで相当に踊り込んできたのだろう、踊りが完全にからだのなかに入っている。しかも、愛嬌もあり、何より力強い。次にやると、もっと柔らかさが出て、さらによくなるのではないか。それにしても、20代でもっと京鹿子を踊っておくべきだったのではないだろうか。

最後が、菊五郎の「髪結新三」。もちろん、これまでも見たことはあるが、今回が一番よかった。善人と悪人との演じ分けがうまいし、新三という人間はかくもあろうというところが巧みに表現されている。何よりカッコいい。いかにも黙阿弥というせりふ回しもいい。また、勝奴の菊之助や大家の三津五郎との掛け合いや対決も面白い。

演目が決まってから期待してきたし、やはりその期待にそぐわないできだった。これも菊五郎劇団の力ということなのだろうか。顔見世というには、少し役者が足りないが、十分に堪能できた。


November 18, 2011

11月18日(金)日蓮のテキスト・クリティークに感服し樽詰めの量り売りボジョレーを買う

昨日に引き続いて、今日も午前中は家で日蓮の小説を書く。時頼の死に衝撃を受ける日蓮という節。これで400枚を超えた。いったいどこまで行くのだろうか。

午後は新宿へ。日蓮遺文の勉強会。先月は急に先生の都合で飛んでしまったので、久しぶりの勉強会になった。今日は、同じ日に書かれた3通の書状を読むことになったが、その文体や内容はそれぞれでかなり違う。なにしろ、一回分の勉強会で読む量なのでかなりのものだが、それを一日で書いたとしたら、相当なものだ。ただし、そのうちの一通については、ほかの年に書かれたのではないかという説もあるらしい。

そのなかで日蓮は、仏典の漢訳についてテキストクリティークを行い、この論は訳者の過ちではないかという指摘を行っている。こういう遺文はこれまで読んだことがなかったし、この時代のものとしてはかなり珍しいのではないだろうか。

帰りがけにブックワンに寄る。親鸞関係の本を見てみたが、格別興味に沸くものはなかった。

経堂に戻り、OXスーパーを除いたら、ボジョレ・ヌーヴォーの量り売りをやっていた。一本分だと4000円近いので、かなりお高いが、試飲したところ、やはりおいしい。珍しいので一本購入するが、店員は目いっぱい入れてくれた。

11月17日(木)ボジョレー・ヌーヴォーの解禁日に取材と経営哲学史の勉強会をしたのち乃木坂魚真で新酒ワインをいただく

午前中は家で仕事。日蓮の小説を書く。今日は時頼が死ぬ場面を書いた。

昼からヒルズへ。共同通信の取材がある。オウムの裁判が終結するので、それに向けたのインタビュー。話していて、記者が物わかりがいいなと思っていたら、最後に九大の宗教学研究室の出身だという種明かしがあった。どうりで。こういう人材がいることは心強い。

そのあとは、経営哲学史の勉強会。今回は、これまで個々の企業を取り上げてきたのとは違い、二宮尊徳の報徳思想と、やはり同じように儒教的な道徳観に影響を受けた渋沢栄一について報告する。日本企業の経営理念の原型は、やはり儒教的なものに求められるだろうが、尊徳のような媒介者の存在は大きい。今なら、マイクロファイナンスの創始者としてノーベル平和賞を受賞していたのではないか。それだけの業績はある。

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終わってから、久しぶりに魚真の乃木坂店へ。ずいぶん来ていなかった。店長さんにもお久しぶりと言われてしまった。ちょうど今日はボジョレ・ヌーヴォーの解禁日なので、それをいただきながら魚を食べる。さらに、六本木交差点近くのビールの店による、タクシーで帰宅する。


November 16, 2011

11月16日(水)経営哲学史のため二宮尊徳の報徳運動を調べる

午前中は、まず家で仕事。日蓮の小説、5目のまとまりの最後の部分を書く。ようやく日蓮は伊豆流罪を許された。

その仕事が終わってから、床屋へ行く。さっぱり。

午後は、明日の経営哲学史の勉強会のために、レジュメを作る。企業における経営哲学の基盤として、二宮尊徳の報徳運動を中心に考えてみるが、尊徳に関しては、あまりよい研究がない。守田志郎の『二宮尊徳』は名著ではあるが、あまりに文体が独特で、守田調が強いので、調べ物にはむかない。

そもそも、尊徳が作った仕法雛形については、あまり研究が進んでいないのではないだろうか。見たことがないが、相当に詳細で、数字が用いられ、しかも大部ということで敬遠されてきたように思う。今、尊徳研究をしようというわけではないので、そこには踏み込みたくないし、その必要もないが、誰かその全貌を説明してくれないだろうか。

レジュメに力を入れたので、午後3時には力が尽きる。今場所初めて、大相撲を見る。新大関など頑張っているが、九州ということで、客が入っていない。これまでもそうだが、今年はその傾向が著しい感じがする。

November 15, 2011

11月15日(火)ヒルズに行ったら予定していなかったオウム関係の取材を2件も受けた

午前中は家で仕事。日蓮の小説を書く。昨日まで何を書くか迷っていたが、いざ書き始めてみると、ちゃんと筆が進んでいく。この節で、一つのまとまりをつけようと思っていたが、書き足さなければならないことができ、もう一節書くことにした。

家で昼食をとったあと、ヒルズへ。格別用事はなかったが、集中して仕事ができるし、経営哲学の勉強会のために調べ物をしなければならないので、来てみた。すると、東京新聞からオウムの一連の裁判が終結するにあたってインタビューをしたいという依頼があり、連絡してみると、今日でもいいということなので、ライブラリーで取材を受ける。オウムの事件は、実はほかのテロ事件もそうだが、真相と言えるものが明らかになっていない部分がある。それをみな、考えないようにしてきたように思う。1時間にわたって、取材を受けた。

その後も、読売新聞から、オウム事件と宗教法人法との関係について電話取材を受ける。宗教法人法による解散命令が、その後どういった影響を与えたかが中心。そもそも宗教法人法には世間の誤解があり、それが解けないと、この問題はなかなか論じるのが難しい。認証と認可の違いもあまりよく理解されていない。取材中に話していて、オウム自体も、宗教法人法による認証を、国からお墨付きを得ることと誤解していたように思えて来た。たしかに、あの時代には、宗教法人は聖域だという認識が強かったように思う。それも、中世以来の伝統だったのだろうか。

だが、宗教法人には税務調査も入ってきたし、決して聖域ではない。この点が理解されないと、宗教法人に課税すればいいといった粗雑な議論が出てきてしまう。といったことを考えつつ、取材を終える。というわけで、予定外の取材を2件も受けた日となった。

November 14, 2011

11月14日(月)『アマデウス』の舞台には正直がっかりしたが劇場でピーコさんに会い念願の挨拶ができたのは本当によかった

午前中は、家で仕事。日蓮の小説を直す。次の一節をどうするか。ちょっとそれが決まらない。伊豆に流罪になったころは、遺文もほとんどないし、動静がわからない。想像力をたくましくすべきところだが、なかなかいいアイディアが生まれない。赦免に進んでもいいとは思うが、ここはもう少し思案がいりそうだ。

昼前に京橋へ向かう。昼食をとって、ルテアトル銀座へ。『アマデウス』の公演を見るため。これは、映画でも見ているし、幸四郎の現代劇ということでかなり期待して見に行った。どうも7年ぶりの上演らしい。

始まる前、前の方の観客席にピーコさんを発見。ピーコさんには、以前NHKで「ナイト・ジャーナル」に出ていた時に、何度か出演してもらった。ほかにもテレビで一緒になったことがあったように思う。オウム事件が起こり、私に対する激しいバッシングが起こった時には、ピーコさんが私のことを友達と言ってくれ、擁護していただいたことがある。それ以来、お会いする機会もなかったが、ちょうど幕間にロビーでお見かけしたので、その節はと挨拶させてもらう。一度、こういう機会があればと思っていたので、これでこころが落ち着いた。

『アマデウス』の方は、残念ながら期待外れ。映画に比較して、説明的な部分が多く、幸四郎の独り舞台という印象が強い。武田真治も、空回りしている感じがする。初演は江守徹だったというが、いったいどんな舞台だったのだろう。幸四郎にしても、これまで3度見た『ラ・マンチャの男』とはずいぶん違う。いったいどこに原因があるのだろうか。脚本も映画ともにシェーファーだし。やはり役者がそろっていないということだろうか。

November 13, 2011

11月12・13日(土日)土曜日は等々力渓谷まで自転車で行き日曜日は「がんばれベアーズ!」を見る

土曜日は、子ども館のお祭りに行った後、ちょうど自転車を借りていたので、妻の発案で等々力渓谷に行くことになった。環状8号線をずっと行くという形になるが、途中、歩道橋を自転車を押して超えなかったりしなければならず、けっこう大変だった。等々力渓谷では、等々力不動まで行き、そこで抹茶をいただく。うまかった。ただ、帰りが大変。ずっとだらだらしたのぼりが続き、相当につかれる。同じ区内だが、経堂から等々力渓谷に行くのはとにかく面倒くさい。電車でも乗り換えがいろいろある。

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日曜日は、午前中は映画祭で「がんばれベアーズ!」。すごく有名な映画だが見たことがない。今の感覚からすると、子どもにビールを飲ませたり、とても考えられないことが続くが、話としてはやはり面白い。こういう話は成長物語なので、作り易いはずだ。終わってから、昼食をとるために六本木の交差点に行くが、アマンドに入る。昼時なのに、誰も客がいない。後から数人入ってきたが、日曜日の昼はこんなものなのだろうか。

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窓が広いので、交差点の風景がよく見える。今日は、東京マスカレードという行事があり、そのパレードが下を通った。ただし、仮装している人の数は少ない。なぜこの時期なのかもわからないし、仮装ならハロウィーンの気もするが、どういった趣旨なのだろうか。あとは、ライブラリーで少し仕事をする。いろいろ行事があって、仕事が進んでない。

November 11, 2011

11月11日(金)11年11月11日11時からはじまる平成中村座昼の部を見るが帰りの電車では世田谷区長に遭遇する

平成中村座の公演を見に行く。最初の年に見たことがあるが、それ以来になる。昨日は勘三郎のドキュメンタリーを見ているので、ちょっと見方が変わるかもしれない。浅草から雨のなか、平成中村座の建っているあたりに近づいていくと、人出も増え、賑わっている。中に入るとたくさんつめかけて、活気がある。

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演目は、「角力場」、「お祭り」、「渡海屋・大物浦」。「角力場」は、先月御園座で見た。今回は、勘太郎が長吉と与五郎を早変わりで見せる。からだの動きが軽いし、楽しそうにやっているのがよい。橋之助の濡髪は、やはりせりふ回しに難がある。この役は案外難しいのだということを、先月の吉右衛門でも感じた。

「お祭り」は、勘三郎の復帰を祝う演目。テレビで見たときに比べると、はるかに元気で安心したが、やはりまだ余裕がない。からだが思うように動かないのだろうし、まして今日は急に寒くなった。これは病人にはつらい。いつもなら、アドリブをきかせて楽しませるところがあるはずなのだが、それがない。やはり勘三郎が大活躍をしないと、平成中村座らしくない。

最後は、「渡海屋・大物浦」。千本桜のなかでは、一番苦手な演目。どうも知盛の面白さがわからない。仁左衛門も、銀平があまりに立派で、カッコいいが、知盛になると、少し小さく見える。人には演目の苦手があるので、それはいたしかたないが、これも雨のせいだろうか。観客はかなり盛り上がっていた。

今日も、黒崎さんご夫婦が来ていた。夜の部も見ているらしい。やはり「沼津」をあげていた。なるほどと思うが、もう一度くるにはちょっと遠いし、考えてしまう。

帰りの小田急線、下北沢駅で乗り、前に座った男性。はたとこれは、世田谷区長の保坂氏ではないかと気づく。出張の帰りのようで、週刊誌を読んでいたりと声をかけにくかったが、経堂で降りるとき、ひと声かけるとやはりそうだった。かなりお疲れの様子。なんとなく、区長が電車に当たり前に乗っているというのが不思議だった。保坂氏とは昔、『80年代』という雑誌を出していたことがある。


November 10, 2011

11月10日(木)仕事を3つほどこなして明日のために勘三郎のドキュメンタリーで予習する

今日は家で仕事。まず、ちくま新書『神も仏も大好きな日本人』に写真が入ったので、それを確認する。格別問題はないが、新書なので写真が小さいというデメリットがある。これはいたしかたがないが、工夫できるとことは工夫する。

『東洋経済』から依頼されていた世界の3大宗教について10冊を紹介する原稿を書く。事前に本は選んでいたが、最後の一冊が決まっていなかった。エリアーデでしめる。

仏教宗派の本の原稿、昨日都立図書館で入手したデータを加え、さらに各宗派で読まれる経典について、今日出たばかりの『大法輪』でちょうど特集されていたので、それを参考にしながら書き加えてみる。宗派による特徴がはっきりと出た。一応仕事はそこまで。

明日平成中村座に久しぶりに行くので、その予習として勘三郎のドキュメンタリー、録画していたのを見る。フジテレビは勘三郎家をずっと追っているが、今回は、勘三郎の病気をはじめ、孫の誕生、3.11など盛りだくさん。ようやく本人も舞台に立てるようになってきているが、とても万全からはほど遠いようだ。あれだけ、毎月舞台に立っていたのだから、がたがきても不思議ではない。50代の半ばというのは、そういう年齢でもあるのだろう。

明日、いったいどんな芝居が見られるのか、かなり興味深い。

November 09, 2011

11月9日(水)『アメリカン・グラフィティ』を見て小説を書き都立図書館で調べ物をする

午前10時の映画祭は『アメリカン・グラフィティ』。これは、有名な映画だが見たことがなかった。今見ると、さほど面白い映画には思えないが、70年代には違った印象を受けたのだろう。『スタンド・バイ・ミー』が実はこの映画の続編的な部分をもっているということは知らなかった。リチャード・グレフェスだけのつながりではない。

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ヒルズでは、いろいろな催し物をやっている。ウィスキーというとちょっとこころがひかれて、昼間から飲みたくなったが、そこはぐっとがまんしてライブラリーで仕事をする。日蓮の小説を10枚ほど書く。ほんとうは、ちくま新書の三校が届くはずだったが、届かず、妻に行ってもらう。

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こちらは、都立中央図書館まで歩いていき、調べ物をする。調べるべきことはすべて調べ上げたが、仏教宗派の信者数、急に減ることがある。これをどう考えるか。処理が面倒だ。


November 08, 2011

11月8日(火)今日は誕生日なのだ

今日は58歳の誕生日になる。めでたいのかめでたくないのか、わからないが、とりあえずめでたいということにしよう。

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朝からヒルズへ行く。もうクリスマスの準備がはじまっている。仕事は、日蓮の小説、2節分を書くのと、仏教宗派の本の見直し。全体を読み直してから、少し修正を加えた。あとは、信者数について『宗教年鑑』にあたらないといけない。

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帰りがけ、同じツリーを見ると、点灯の試験をしていた。ヒルズ全体がイルミネーションに輝くことになるのだろう。寒くなると言われたが、まだそれほどでもない。ただ、今年も2か月を切ってきた。別に年末だからと言って特別しなければならないこともないが、なんとか年を越さないといけない。


November 07, 2011

11月7日(月)日蓮の小説とPCオーディオと津田大介さんのメールマガジン

一日家で仕事をする。日蓮の小説を書く。変化をもたせるために、少し新しい試みを導入してみる。物語が複雑にからみあっていく仕組みが必要だ。

ほかには、校正をいくつかした。書いた文章もあれば、私の話をまとめてくれたものもある。とりえず、手を入れる必要がなかったので、そのまま返す。

インターナショナル・オーディオ・ショーで刺激を受けたので、『PCオーディオfan5』と『Net Audio04』を同時に買ってしまった。それを徐々に読み進めているが、一般のオーディオの世界以上に、理系的な難しい話が出てきて、私たち文系には理解しづらい。やはり文系と理系とは世界が違う。ただ、音楽を聴くというところでは同じなのだから、文系のオーディオ論や紹介があったもいいだろう。ちょっと最近は、そういうのが少なくなっている。

妻が購入したので、津田大介さんのメールマガジンを読んでみる。そのままだとひどく読みづらいが、iBookに落とし込むと途端に読みやすくなる。これなら、かなりの量があっても大丈夫だろう。それにしても、これだけの量を毎週出すのだから、水曜日がひどく長くなっても仕方がないのかもしれない。本当にご苦労様だ。

11月6日(日)ぐらす・かわさきで講演し根津美術館を再び訪れ深夜にテニスの試合を見る

朝から溝の口へ。高津市民館でのNPO法人ぐらす・かわさきの10周年で記念講演をするため。10時からと時間が早い。演題は「さよなら無縁社会! 寄付で縁をつくる」というもの。

日本の社会のなかでは、寺社への寄進という伝統があるというところから話をはじめて、寺社勢力が都市を形成し、外部の権力からの介入を防いでいたこと、渋沢栄一の作った家族会と同族会社のこと、家庭法人化によって家を経済共同体として考えること、それを基盤に事業とともに社会事業を展開することなどの話をする。これまでしたことがなかった話なので、少しまとまりに欠けたが、聴衆は熱心に聞いてくれた。

講演が終わってから、同じビルにあるカプリチョーザで懇親会に出席する。2時間ほど。

溝の口から表参道へ出て、根津美術館へ。すでに一度行っている「春日の風景」の最終日なので、もう一度春日宮曼荼羅の数々を鑑賞する。こういう機会はまたいつ訪れるかわからない。何度見ても、宮曼荼羅はいい。

夜は、錦織選手のテニスの試合を見る。終盤いいところまで行き、もう少しすれば試合がもつれたかもしれないが、相手はさすが。隙を見せなかった。というわけで、珍しく寝たのは12時過ぎ。

November 05, 2011

11月4日(金)一年一度のお楽しみインターナショナル・オーディオ・ショーに行きTADのブースにいりびたって改めてPCオーディオの力を思い知る

昨日から少し調子が悪い。しかし、今日ではないとインターナショナル・オーディオ・ショーにいけないので、有楽町の国際フォーラムにむかう。これで連続3回目で、1年に1度のお楽しみになっている。ただ、コンサートはクラシックなので、今年はパスすることにする。

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一番上の階から下におりてくることにするが、7階はめぼしいものがなく、6階へ。いつのもようにリン・ジャパンによったところ、黒崎政男さんに会ってびっくり。多彩な趣味人だけにこの場で会っても当然なのだが、予期はしていなかった。最近はPCオーディオにめざめ、日経などに書いているらしい。一緒に、リンの社長、ギラードの話を聴く。ただし、私の方は半分くらいのところまで。昼食をとる。

次に、いつものコースで、JBLやソナス・ファベールをあつかうノアのブースに行く。今年も、去年圧倒されたザ・ソナス・ファベールが来ていた。さっそく聞いてみるが、去年に比べると音がよくない。去年はどういうアンプ類につないであったのか忘れたが、今年はソリューションのセット。どうもこれとの相性がよくないらしく、去年のように圧倒されるということはなかったが、やはり音は別格。すっかり安心して聴けるというのが魅力。

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今年、一番感動したのはTADのブース。要するにパイオニア。気になっていて、寄ってみたが、今年はここにはまってしまった。まず、ベリリウムを使ったスピーカーがすばらしい。とくにヒラリー・ハーンがひくバイオリンの高音部の再生など、ここまで高い音を正確に再生するのはすばらしい。正直、欲しくなった。

最初寄った時には、スピーカー部門の責任者のアンドリュー・ジョーンズ氏がPCを使って曲をかけていた。この音が素晴らしくて、また戻ったら、彼ではなく日本の責任者らしい方が、CDプレーヤーを使って音をかけていた。スピーカーの性能はそれでわかったのだが、その時間が長い。なかなかPCに戻らなくて、結局、ジョーンズ氏の2度目の講演までそのブースにずっといる結果に。しかも、最初音が出ない。というわけで、待ちに待って、PCからの音を聴いたが、やはりこれが素晴らしい。せっかくのCDプレーヤーも意味をなさない感じがした。

その点では、リンがCDプレーヤーの製造をやめたのはやはり正解だ。途中、アキュフェーズのところで、アバロンにつないだ新しいシステムを聴いたが、それが従来のオーディオの限界だろう。リンのDSを含め、PCとハイレゾ音源の組み合わせは、音がスカッとして、そのうえ、演奏者が目の前にいるという存在感がすごい。今回は改めてPCオーディオの力を再認識する結果になった。

帰るころには、体の調子もかなりよくなっていた。オーディオはからだにもいい。

November 04, 2011

11月3日(木)「バック・トゥー・ザ・フューチャー」はドラえもんを下敷きにしているということを発見する

午前10時の映画祭は「バック・トゥー・ザ・フューチャー」。もちろんこれは見ているし、テレビでも繰り返し放送されている。それでも、スクリーン7と六本木では一番大きな劇場で、祝日とはいえ、かなり入っている。これまでは気づかなかったが、この映画、ドラえもんを下敷きにしている。タイムマシンで先祖をちゃんとさせるとか、ジャイアンみたいないじめっ子が登場するとかいったところ。ドラえもんのほうは、のび太を矯正するという目的を忘れてしまったが、こちらは偶然とはいえ、過去を変えることで未来を変えている。

午後は、ヒルズのアリーナで子供のためのジャズ・コンサート。古野光昭のバンドに、寺井尚子がゲスト。バンドには川嶋哲郎が入っている。川嶋の実際の演奏を聴いていなかったので、それを楽しみに子供と見てみる。主催は、アカデミーの元気塾。

盛り沢山な内容だが、子どものためのとは言いながら、中途半端。何よりいけないのは、演奏者が本気でやる場面があまりに少ないからではないか。子どもは敏感にそれを感じるので、あまり盛り上げっていかない。最後に、「スペイン」を演奏した時には、バンドも本気になっていたが、構成は考え直した方がいいだろう。

November 02, 2011

11月2日(水)経堂にできたマックを横目で見ながらヒルズへ行き仕事をこなす

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別にマックのファンでもないので、うれしいわけではないし、利用したいわけではないが、とりあえず経堂の駅前にもマックができた。経堂には、ほかのところにはあっても、ない店が多かったが、それがだんだん解消されてきている。普通の町になったということか。

そのマックを横目でみながら、ヒルズへ行く。ここのところあまりいっていなかった。今日は一日いて、原稿書きの仕事と、打ち合わせを一件こなす。原稿の方は、『小説日蓮』の4つ目のまとまりを最初から見直し、この部分を完成させる。これで、原稿は300枚を少しだけ超えた。日蓮の生涯としては、小松原の法難まで書いたことになる。次は伊豆への流罪になるが、ここは少しはしょるかもしれない。

打ち合わせは、自分の本ではないが、最近考えていることを語ってみる。世の中、なんとなく世論やら、空気やら、雰囲気に流されていて、しっかりと考えようとする姿勢に欠けている気もする。だいたい、今の日本は不況なのだろうか。実際に日本の社会を見ていると、そうは思えない。メディアも、経済の悪い部分だけをあえて拡大して伝え、いい部分は伝えないようにしているようにも見える。

世の中が複雑になっている分、いろいろな要素を勘案しないと真実をつかめないが、それがとても難しい。空気その他に振り回されるのも、そのせいだろう。そこにはいろいろな問題がある。


11月1日(火)久しぶりに日蓮の小説を書き日本の円高対策を考える

11月に入った。今年ももう2か月しかない。

久しぶりに日蓮の小説に戻る。新しいところを20枚ほど書く。これで4つ目のまとまりが終わる。そのまとまり、まだ見直していないので、続けて見直しの作業をするが、直すところがかなり多い。

小説以外の本としては、親鸞と浄土真宗について書かなければならないし、経営哲学史の方も進めないといけない。日本人の死についての本もある。

日本経済は、かなり好調のように見受けられるが、ヨーロッパはまだ混乱している。新興国も一時の勢いがない。そこで円高ということになり、政府日銀は市場介入を実施し、円高を抑えようとしているが、これがかなり難しい。世界を見渡した時、相対的に日本が安定しているということで、円が買われているとなると、円高を阻止するには、根本的に、日本の経済が危ないと感じさせないといけない。ということは、日本経済を安定化させることをめざすよりも、不安定化させることを目指した方がいいということになる。円高阻止に限って考えると、実はそういうことになるのではないか。

となると、金利をいきなりあげるとか、そういうことをした方がいいように思うがどうなのだろうか。常識的なやり方をやっていると、世界経済の中で日本だけが安定する状況が続いていしまう。大震災のような出来事を経てもそうなのだから、この状況を変えるのは難しい。

November 01, 2011

10月31日(月)仏教宗派の本を書き上げたら編集長との対論が掲載された『ザ・リバティー』が送られてきた

10月最後の日になった。家で仕事をする。仏教宗派の本、いよいよ大詰め。主な8宗派のなかからもれた、融通念仏宗、時宗、日蓮正宗のことを書き、既成仏教宗派と新宗教の関係にふれ、最後は宗派による葬式の形式の共通性と違いについて述べていく。これで、第1稿ができた。全体で、250枚ほど。新書としては、ちょうどいいだろう。

私のところに取材に来た幸福の科学出版の『ザ・リバティー』が送られてくる。電車の車内吊りでは派手に宣伝されているらしいが、私はまだ見ていない。掲載された原稿は、雑誌の側がまとめたものをそのまま掲載している。普通だと手を入れるのだが、そのままという強い希望があり、こうした形態になった。対決の要素が強いので、どうまとめられるか不安でもあったが、一応、話をした通りにはなっている。

ただ、対論のすべてが収録されているわけではない。たとえば、1991年に私が幸福の科学の幹部とテレビで議論をしたとき、その幹部が創価学会の会員だった人物で、創価学会の用語、「一念三千」などをあげて、その主張を展開していたといった話は掲載されなかった。改めて振り返ってみると、なぜ元創価学会の人間が幸福の科学に入ってきたかは重要な問題かもしれない。この点は、もう少し詰めて考えたいと思っている。

『ザ・リバティー』は、教団の機関誌ではなく、広報誌なので、広く読者を集める必要があり、そこからこうした記事を掲載しようという発想が生まれてきたのだろうが、私と幸福の科学との関係について、今どれだけの人が知っているのかはわからない。もう20年前のことになる。そういうこともあるが、教団関係の雑誌に、こんな記事が出るのは前代未聞かもしれない。

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