無料ブログはココログ

Recent Trackbacks

« November 2011 | Main | January 2012 »

December 2011

December 31, 2011

12月30日(金)奇跡の親戚再会とはならず昭和時代のことをはじめて知る

世間的には昨日が仕事納めのようだが、今日まで仕事ということにする。朝からヒルズへ。一日親鸞と格闘する。いよいよ親鸞が本当に流罪になったのかの検討に入ったが、そもそも法然の流罪にかんしても資料があまりないということがわかる。法然が土佐に流されたという話も、本当かどうか怪しい。2人の弟子が死罪になったという資料はあるが、親鸞を含め、他の弟子についてはない。謎はますます深まる。

昼食の時、隣にいた30代の女性二人が話をしているのを何気なく聞いていた。はじめは、片方が正月に夫の実家に帰るという話をしていて、遠ければ毎年行かなくてもいいのにのようなことを言っていた。あまり関心がない話だったので、食べることに集中していたら、いつの間にか上野だかにある古い旅館の話になっていて、その夫の実家への話をしていた方が、そこが親戚の家だという話をしていた。おばあさんか何かがやっているらしい。すると、その相手になっている女性も、その旅館には関係があると言い出した。かなり親しい関係のようで、親戚のようでもあるという話になってきた。これは、まったくの偶然で親戚であることが判明する感動の場面でもくるのかと聞いていたら、親戚のような知人ということになり、また、年配の人たちの話でもあるので、よくわからないという状況になっていった。世の中は狭い的なところで話は終わった。

家に戻ると、娘が少女時代のビデオクリップを見せてくれたが、そのパロディーに「昭和時代」というのがあるのをはじめて知る。少女時代の踊りを日本人のおじさんたちがまねているものだが、おじさんたちの方がはるかにうまい。それも当たり前で、中心はスマップの中居君。ただ、ほかのおじさんたちもかなりうまいし、逆に少女時代のだめさがよくわかる。これは、韓国ポップスに対する批判が込められているのだろうか。ちょっとそんなことを思った。

December 30, 2011

12月29日(木)「ディーバ」を見て天台宗は地味かどうかを考える

今年も残りわずかになってきた。午前10時の映画祭は、「ディーバ」。ディーバとは歌姫のことだが、まったくこの映画のことは知らなかった。いかにもフランス人が作りそうな、感覚的な映画で、アクションものではあるが、芸術映画でもある。サスペンス的なところの謎解きも適当だが、美しい場面があったりする。猫の名前が「アヤトラ」なのは、ホメイニをさしているのだろう。その当時なら、観客は爆笑しただろうが、今は気づく人もいない。面白いような面白くないような映画だった。

午後はライブラリーで仕事をするが、途中、幻冬舎の編集者が来て、ゲラを渡され、雑談をしていたら、2時間経ってしまった。これは、いつものパターンだが、それでも次の仕事の話も少しした。2月に出る本のタイトルは今のところ、『なぜ浄土真宗が多いのか』で、サブタイトルが「日本仏教宗派の謎」となっている。変更の可能性もあるが、各宗派を網羅的に取り上げている分かりやすい本になっている。編集者が章のタイトルを考えてくれたが、天台宗は「比叡山の地味な開祖・最澄の天台宗」となっていた。たしかに、天台宗は特徴がなく、地味なのだが、いくらなんでもこれではかわいそうだ。

と思っていたら、夜麻布十番のソバ屋で飲んでいたら、隣の席に僧侶とその知り合い夫婦が来て話をしていた。どこの宗派だろうかと思っていたら、回峰行などの話が出たので、天台宗と分かる。なるほど、やはり天台宗は地味なのか、その僧侶を見ながら改めて思った。

December 28, 2011

12月28日(水)親鸞についてはわからないことだらけだということが分かってくる

子供が家でパーティーをするというので、ヒルズに朝から逃げ出す。まだ、働きに出ている人が多いので、仕事納めではないのだろう。10時にヒルズについて、5時まで仕事をする。

仕事はひたすら、親鸞について。その第4章として、法然と親鸞との関係について書いていった。親鸞が法然のことを相当に尊敬し、その教えに従うという姿勢を崩さなかったのはまちがいない。『親鸞伝絵』に描かれている話にしても、裏がとれるので、事実である可能性が高い。ただ問題は、六角堂での夢告。「女犯偈」なるものがあるが、これはさすがに怪しい。なにしろ、女犯の罪をおかすのなら、自分がその相手になると観音菩薩が言うわけだから。

という線で、この章を書き上げる。およそ40枚。次に、親鸞の流罪について話を進めるので、その構成を考えていったら、流罪が否定されるだけではなく、越後に行ったこともなんだか疑わしくなってきた。実際、それを証明する資料はない。親鸞が、その後常陸の国に行ったことは動かせないものの、京を去ってから常陸の稲田に行くまでの経緯がよくわからない。流罪ということを外して考えると、これまでとはかなり違って見えてくる。

そこには、親鸞の妻帯ということもかかわってくる。親鸞の恐らくは二人目の妻である恵信尼は、書状のなかで、稲田など東国に親鸞と一緒にいたと記している。おそらくこれは事実だろう。そうでなければ、東国各地に、親鸞の信徒と言えるような人間が生まれたことを説明できない。だが、越後で何をしたかもわからないし、東国でのこともわからない。要するに親鸞についてはわからないことだらけなのだ。

12月27日(火)家で仕事なので格別何もない

一日親鸞を書く。20枚弱。少し量が多くなりそうな気がする。

その仕事にあわせて、五木寛之の『親鸞』を読んでいる。幼い親鸞に歌の才能があることにしたのが新機軸なのだろうか。慈円が若者としてあらわれるのも、少し新鮮。誰だって青年期があるので当たり前だが、親鸞が慈円とはじめて会った時は、慈円という名前ではなかったようだ。

December 27, 2011

12月26日(月)今年最後の週だがまだいろいろと仕事がある

午前中は家で仕事。『親鸞と浄土真宗』、謎解きの話になってきたので書いていて面白い。ここにはまると、著者としては楽しくてしょうがなくなる。読者に面白いかはわからないが。

昼は、まず新宿の歯科医へ。サボっていた分の後遺症がある。それともたんに加齢による衰えか。ビタミンの服用を勧められる。

昼食後、ヒルズへ。年賀状を昨日印刷したので、書き足す分は書き足す。どうも、これでは出すべき人に出していない気がしている。これはもう一度見直さないといけない。それから、連載原稿の校正をして、ファックスする。今回はけっこう細かい直しがあった。そういうときはやはりファックスの出番。

午後は、雑誌に寄稿する文章についての打ち合わせ。死と葬儀の問題をめぐって、2本書かなければならなくなる。帰り際に本の企画の話も。5分でまとまったような感じ。これはどうなるだろう。

夜は、大森の「地中海市場レシャット」へ。宝島の宮下さんと打ち合わせ件、ミニ忘年会。こちらは、だいたい内容も決まってきた。大森からはタクシーで帰宅。これが本当に早くて安いのでありがたい。

December 26, 2011

12月25日(日)NHk文化センター町田教室で世界の3大宗教についての講座を開く

今年は、震災の影響でカルチャーセンターの予定が流れたことがあったが、今年の第1弾として町田のNHK文化センターで、世界の3大宗教についての講座を開く。1月から3月まで、毎月一度ずつ。

「宗教とは何か、どう捉えるべきか。宗教とはこころに弱さを抱えた人間だけがすがるものではない。キリスト教・イスラム教・仏教の三大宗教を順番に取り上げ、それぞれの歴史・教義・関連性を学びます。」というのが趣旨になっています。

たんに、それぞれの宗教の成立過程と教え、その歴史をおさえるだけではなく、相互の比較も試みたいと思っている。申し込みは、こちらへ。

この町田教室は、実は震災の被害を受けて、移転したもの。全体に新しくて、勉強する環境としては抜群。ぜひ勉強しにきてほしい。

December 25, 2011

12月23・24日(金土)別府温泉の湯の素と最近の日本のバブルについて

23日は天皇誕生日で、24日はクリスマス・イブ。昼間は、仕事。『親鸞と浄土真宗』を書く。親鸞の実像を追うということで、どういった資料があるかをおさえ、そこからどういったことが言えるのか、逆に言えないのかを見ていく。その過程で、公家社会のことを調べてみたが、これがけっこうおもしろかった。公家の社会学のような試みがあってもいいのかもしれない。

23日には、別府にある村上商会から「湯の素・湯の花」が届いた。別府に行ったときに知ったもので、前にも何回か注文したことがあるが、今住んでいる家は冬かなり寒いので、温泉が必要だと思い購入した。やはり、これはただの入浴剤ではなく、本物の温泉なので、快適だ。冬は毎日入りたいし、温泉があるかと思うと幸福になる。これがあると、普通の本物の温泉に行っても、物足りない場合が多い。

24日は、クリスマスのプレゼントなどを買うために新宿へ行く。妻へのプレゼントとしてヒッキーフリーマンで、マフラーを買う。本来男性ものだが、女性でもこれならいいだろう。その際に、最近の客足ということに話がむいたが、だいぶ戻ってきているらしい。ちょっとバブル的でもあるらしい。そのことをツイッターに書いたら、小幡さんと論争になった。小幡さんは違うというが、私には今の日本はバブルになっている気がする。

もちろん、80年代から90年代にかけてのバブルとは違うが、金に余裕のある層ができて、それが活発な消費をしているように思う。そもそもバブルは格差があり、全体が恩恵を被るものではないので、わかりにくいし、まして今は全体の基調がデフレだ。円高という要因もある。つまり、全体的に日本は世界経済のなかで余裕があり、その余裕が消費行動に結びついているのではないか。前のバブルでは、極端な奢侈にまで行ったが、今は節度があるし、不動産や株が上がっていないので、その規模も小さい。

December 23, 2011

12月22日(木)大田俊寛氏とオウムを巡って対談をする

先週は、風邪を引いた人間が出て、午前10時の映画祭にいけなかった。今週は「鳥」。ヒチコックの有名な作品で昔見たことがあるが、もうすっかり忘れている。要するに鳥が集団で襲ってくる映画で、よくぞCGのない時代にこんなものを作ったとは思う。ただ、全体に古い。それにあまりに終わり方が唐突。

昼食の後、渋谷のサイゾー編集部へ。『オウム真理教の精神史』を書いた大田俊寛氏とオウムの事件をめぐって対談をする。彼は、その著書の中で私のことも批判している。ただ、同じ東大の宗教学研究室にいたので、手の内はわかるという感じの対談になった。その分、深く話を突っ込んでいくことができたようにも思う。終わってから、独身男性の写真を撮り続けているというカメラマンから大田氏に被写体になってれという依頼があった。大田氏は拒否していたが、その後どうなったか、最後まで見届けないままヒルズへ戻る。

ヒルズでは、ちょっとした相談事。それでも1時間半くらいかかった。夜は新宿へ出て天ぷらを食べる。

December 22, 2011

12月21日(水)ライブラリーを効果的に使って仕事の効率を高める方法について

午前中は家にいる。親鸞との格闘が続く。第3章では親鸞の実像に迫る。親鸞については、実は意外と、その生涯を知るための資料が少ない。それゆえに、いろいろな問題も生じてくる。そこらあたりのことを詳しく述べていくことになりそうだ。とりあえず、12枚ほど書く。

午後は、気分転換を含め、ヒルズへ行く。『本の時間』の連載原稿、次のを書く。テーマは年金制度の2回目。前から思っていることだが、年金制度というのはネズミ講に似ている。違うのは、国には強制徴収などの権力が与えらえれていること。その力を行使して、なんとかネズミ講の破たんを免れようとしているようにも見える。そこらあたりのことを書く。

実は、午前中は家で仕事をして、途中家でなり、外でなり昼食をとって、ヒルズに行き、2時ころからライブラリーで仕事をするというのは一番はかどる。午前中はフルに使える。3時間から4時間仕事ができ、午後も2時から6時くらいまで4時間できる。となると、一日7から8時間使え、途中に休みが入るので、午後もリフレッシュして執筆などができる。もしこれを続けていれば、相当な仕事量になるだろうが、打ち合わせや取材、対談もあり、そうもいかない。ただ、打ち合わせはまとめて入れるようにしているので、かなり合理的にはできている。

家でずっと仕事をしていると、疲れると音楽を聞くとか、仕事から逃げてしまったりする。その点、ライブラリーでは、ほかの人が仕事をしているので、それに影響されて仕事に集中しなければならなくなる。これぞ、ライブラリーの効果的な使い方なのかもしれない。

December 21, 2011

12月20日(火)サントリーの経営哲学を学習し電通の話を聞く

午前中は家で仕事。午後にある経営哲学の研究会でサントリーについて発表する、そのレジュメを作るが、これがなかなか大変。3時間くらいかかってしまう。

昼食後、ヒルズへ。出版社との打ち合わせが2件。1件目は内容が固まったものなので、30分もかからないで終わる。2件目は、急に私の方から内容を変更する提案をしたりしたので、話があっちへ行ったりこっちへ行ったりして、また、最後に違う提案が編集者から出てまとまらなかった。果たしてこれはどうなるだろうか。

3時からは経営哲学の勉強会。サントリーの経営哲学を、まず佐治敬三から追いはじめ、その父親鳥井信治郎にさかのぼり、さらにはサントリーの前身である壽屋が生まれた大阪船場道修町の商法に行きつくという構成で話をする。サントリーが色々な文化事情に手を出したのは、船場の旦那の感覚が働いていたせいではないか。仕事と道楽の境目がなかったともいえる。サントリーが上場していないのも、それが巨大な商店だからで、頂点にはウィスキーのマスターブレンダーである社長が君臨するという体制が維持されていた。その点では近代企業とは性格が違うし、これまで見てきた町工場から発展したパナソニック、安売り屋から発展したダイエー、村が基盤にあるトヨタとも違う。

夜は、研究会にも参加していた電通の渡辺さんと大森へ。「地中海市場レシャット」へ。すでにオープンはしているが、まだメニューがトルコ料理なので、オープン途中にある。年が明けると、地中海料理になるらしい。広瀬一郎さんも加わって、主に電通の話を聞く。変わった企業でやはり面白い。

December 20, 2011

12月19日(月)絵巻物のなかの親鸞と格闘していたら金正日死去のニュースが入ってきた

連日寒い。今日の朝日新聞に、宇野常寛さんとの、園子温映画をめぐる対談が掲載される。写真つき。せっかく長く話したけれど、掲載された分は短い。もっと長いバージョンが出れば、本当に論じつくしたと言えるだろう。同じ朝日に早野龍五さんの写真も。これも何かのご縁。

一日、家で仕事。親鸞を書いているとどうしても資料が必要なので、自宅で仕事をしないといけない。絵巻物のなかの親鸞と格闘し、第2章を書き上げる。第1章よりも長くなり、全体ですでに100枚を超えた。次は、親鸞の実像に迫ることになる。というか、実像がいかにはっきりしないかを確かめることになりそうだ。

仕事をしていると、北朝鮮が正午に重大放送というニュースが飛び込んでくる。これはもしかしてと思ったら、案の定、金正日死去のニュースだった。まだ69歳。視察中に急死したというのは驚きだが、やはり前に倒れたことが影響していたのだろう。あっけない最後という印象がする。

独裁者としてとらえられてきたが、これほどどうやって権力を掌握したかがわからない人も珍しい。北朝鮮メディアは、功績を称えてきたが、その内実は外部の人間にはほとんどぴんと来ない。きっと頭のいい人だったんだろうが、どうやってその権力を維持してきたのだろうか。映画が好きというから、メディアの操作の仕方がうまかったのだろうか。そうなると、情報化社会における独裁者としてとらえたほうがいいのかもしれない。

December 18, 2011

12月17日(土)御厨さんの最終講義シリーズに出て鈴木邦男・上田紀行両氏と再会する

土曜日なので、久しぶりに寝坊ができた。

午後は、先端研へ。御厨さんの最終講義シリーズで、今回は「政治史」。このシリーズ1回目に出席したが、2、3回目は出られなかった。テーマごとに、御厨さんのこれまでやってきた仕事を振り返る形で進められていくが、それぞれのテーマごとに系譜があり、多様な領域が同時並行的に研究されてきたということがよくわかる。一番おもしろかったのは、研究が楽しい、論文を書くのも楽しいというところ。私も同じだが、他の研究者の場合には、研究も楽しくなければ、論文なんて書きたくないという人間が意外に多い気がする。そうなると、業績も少なく、社会的な影響力もなくなる。いくら学会政治にまい進しても、一般の社会には関係がない。

出席者のなかに、鈴木邦男、上田紀行の両氏を見かける。二人にはかなり久しぶりに会った。その両氏を含め、御厨研の忘年会にも出る。講談社の編集者にも久しぶりに会った。今年は、全体にそういうことが多い。忘年会では、年長者ということで私が乾杯の音頭をとる。忘年会が終わってからは、代々木上原に出て、鈴木、上田両氏と飲む。鈴木さんからは新刊の『竹中労』をいただく。上田君も、年が明けると教授に昇進するとのこと。少し前に、ずっと准教授のままではいけないなあと思ったが、その判断は正しかったようだ。

12月16日(金)日蓮遺文の勉強会終わりがようやく見えてきた

午前中は仕事。「『伝絵』としての親鸞」の章、浄土教における絵巻物の系譜を追う。宗祖の生涯が絵巻物として描かれるのは、ほぼ浄土系に限られている。法然、親鸞、一遍など。その理由についても考えてみる。

午後は新宿へ。久しぶりに歯医者に行く。1月に行ったきり。震災直後に予約を入れていて、それをキャンセルしたため、時間が空いてしまった。その分、状態がよくない。また、年内にこなければならなくなった。

そのあと、常円寺で日蓮遺文の勉強会。書状ばかりなので、15ページも進む。この分でいくと、来年の4月には最後まで行きそうだ。読み始めてから、9年と一月。ようやく終わりが見えてきた。

年末ということで、その遺文の忘年会。5時から始まって9時過ぎまでいる。その後、ホテルサンルートのバーで飲みなおす。ほかはいっぱいの様子だったが、ここは空いていた。

December 16, 2011

12月15日(木)『別冊谷崎潤一郎』を見に行ったら磯崎新さんから大動脈瘤によいパワースポットを聞かれる

基本的には家で仕事。『親鸞と浄土真宗』。親鸞の生涯を物語化した『伝絵』の内容を書いていく。この作業が意外に時間がかかった。

夕方は、吉祥寺へ出る。劇団SCOTの公演『別冊谷崎潤一郎』。この作品は、やはり今年の利賀村でも見たが、吉祥寺シアターには向いている芝居だろう。ただ、東京だと観客が集中しすぎて、笑うべきところで笑わないという現象が起こる。この芝居、男のばかさ加減を皆で笑い倒すくらいで見方としてはいいのかもしれない。利賀村のようなところに行くと、日常から切り離されて芝居を見られる。その環境は捨てがたい。

終わってから、懇親会。いろいろな人が来ていて。まずは、鈴木寛元文部副大臣に葬送基本法をよろしくと頼む。それから、韓国の元文化大臣の柳仁村氏が来ていたので、『人はひとりで死ぬ』の韓国語版をアピールしてみる。ほかにも、文化庁の職員から何を読めばいいかと聞かれたので、『創価学会』が一番いいんじゃないかと推薦する。営業活動にまい進。

そうしていたら、磯崎新さんから大変な質問を受ける。磯崎さん、震災後に大動脈瘤で倒れたとのこと。今、手術をするかどうか迷っているということで、できれば、パワースポットで直したいという希望。そこで私にどこがいいかと聞かれる。どうしようかと思ったが、頭に浮かんだのは国東半島。磯崎さんは大分の出身なので、国東なら縁が深いはず。やはりどこのパワースポットでもいいというわけではなく、縁が大切だろう。その流れで、磯崎さんが行かれる時は同行しますという話になる。

Mito

帰りの電車で見た。これは事件かもしれない。

December 15, 2011

12月14日(水)TRONショーの坂村さんの講演と来年の計画そして『神も仏も大好きな日本人』の感想

朝からミッドタウンで開かれている「TRONショー2012」に行く。大昔にはこのイベントで講演もしたことがあるが、行くのは久しぶり。これも久しぶりにリーダーの坂村健さんの講演を聞く。坂村さんとも20数年来の付き合いで、話の内容は基本が昔と変わっていないのでよくわかる。いよいろユビキタスの時代が訪れているという感を強くしたが、今はセンサーがかってにつぶやく、つまりはツイッターをして、データを伝えるらしい。これはおもしろい。

講演が終わってから坂村さんに挨拶。TRONも島田もずいぶんと叩かれたが、それが後に発展したという話になる。人間、相当な苦難にあわないと成長できないのかもしれない。帰りがけ、坂村さんはテレビの取材を受けていた。

Img_20111214_114848


Img_20111214_114758


昼へ、乃木坂魚真。そこから、ヒルズへ行き、打ち合わせが2件。そのあいだにも、メールで文庫化が決まったとか、企画が通ったとかいう知らせを受ける。これで、来年出す本のあらましが決まってきた。あげてみると、仏教宗派の本(入稿済み)、『親鸞と浄土真宗』(執筆中)、『死ぬのは怖くない』(未執筆)、『小説日蓮』(5分の3くらいは書いた)、『日本経営哲学史』(勉強会進行中)、『宗教家になるには』(改訂版で取材進行中)、『王女がローマで知ったこと』(文庫化)、ある人との対談(出版社検討中)、ほかに改訂版、文庫化、新企画が各一冊。それも入れると11冊。日蓮は多分、2冊本になるので、12冊。月刊体制完成。でも、おそらく夏以降の執筆分が入っていないので、もっと出そう。

終わりに、電通の渡辺君の『神も仏も大好きな日本人』の感想を、本人の了承を得て掲載する。

「神も仏も大好きな日本人」感想

「神も仏も大好きな日本人」を読みました。視点がとても面白かったです。ものすごく刺激的な本でした。
神仏習合とか廃仏毀釈という言葉は、日本史で習い、よく知っている(と思っている)ことだし、また、私を含めた現代の日本人は初詣や願掛けなどで神社に行く一方、葬式等を仏式で行うのが普通であることから、自分自身の信仰心については仏教あるいは神道いづれかの信徒として自分を規定しにくく、自分は信仰する宗教がないと認識しがちであることも知っていても(貴兄の以前の本で意識化されたことは確かですが)、それらが密接に関係した事柄であるとは考えてもいませんでした。
明治維新時の神仏分離、廃仏毀釈前の日本の宗教事情が、それ以降と大きく異なっていることをこのように詳しく語った本をあまり読んだことがないと思います。(もっとも、私の読書が偏っていて、知らないだけかもしれませんが・・)
伊勢神宮については、井上章一の大作を読んでいますが、あの本でも伊勢神宮の構造面のチェックから古代そのままの建造方法ではないのではないか、そもそも、遷宮が中絶していた時代があり、中絶の時代に古代以来の建造方法の伝承も途絶えているのではないか、という指摘があったものの、伊勢神宮においても神仏習合が行われていたという風には書かれていなかったように思います。(不確かな記憶なので、間違っているかもしれませんが・・。もし、書かれていても、そんなに印象に残る書き方でないことは確かです。)
伊勢神宮や靖国神社でも、神仏習合があったなどと書くと、右翼的、国粋的な人が怒らないかとつまらない心配をしてしまいました(笑)
天皇による宮中祭祀が、明治以前のものと明治以降ではかなりその内容が変わっているという指摘も驚いたことだし、これも右翼や国粋的な人が怒るのではないかと思いますが・・(笑)
そうそう、お寺では合掌し、神社では柏手というのは、昔続いていることだと思っていましたが、この柏手までもが明治以降のものというのは意外であり、これから自分が神社にお参りするとき、これまで確信をもって行っていた柏手について、ちょっと躊躇いが出てしまいそうで、困ったなあと思っています。

それ以外で、この本で印象的だったのが、明治期や大正期に奈良の古寺の多くが、廃寺同様とも言っていいほどの荒れようであったということです。特に、興福寺の破損仏の写真は、ある意味、衝撃的ですね。
その他、飛鳥時代から奈良時代につくられた仏像について、それが昔は○○菩薩と言われていて、途中から△△観音と呼ばれるようになったということがあるというのも、初耳でしたね。そもそも、○○菩薩とか△△観音とかというのは、定まった姿形というものはないのですか?こういう姿をして、こんな顔をしていると弥勒菩薩で、こういう姿は大日如来とかいった決まりのようなものはないのですか?この辺りが、仏教についてよく分からないなあ、と思う所以ですね。

この本は、テーマが刺激的(その分、読者に日本宗教史に関して、視点の変更を求めるような内容になっていますね)で、それを説明する材料がビックリするようなものがたっぷり使われていて、新書というサイズでは盛りだくさんという気もしないでもないのですが・・。題材の多さ、テーマの規模の大きさというから言って、もっと大きな本で語られるべきものだったのでは、などと余計なお世話なことを思ってしまいました。
得意のないものねだりをすると、明治維新前の神仏習合時代のお寺や神社の様子(そこにお参りする人々も含めて)を、もっとビビッドに描いてほしかったと思いました。お寺と神社が融合し、神社に「浄土」の姿を認めていたかつての日本的な宗教のあり方というものを、もっと想起させてほしかったと思いました。

 ともかく、この本は、仏教と神道について我々が学校の授業で習ったこと、親親戚などから教えられことなどから、「常識」として考えているものについて見直しを迫り、それを通じて、日本人が抱いている日本の宗教についての考え方の見直しを迫るものだと思います。このテーマは、貴兄がさらに掘り下げていくテーマであると感じました。


December 14, 2011

12月13日(火)『伝絵』はなぜでんねと読むのだろうかと考えつつ祖父的立場の子育てを考える

とりあえず午前中は、まず『一個人』の連載原稿、昨日書いたところの先を最後まで書き上げる。今回はイスラム教と神道との比較。神職の問題へと続いていくはず。

あとは、『親鸞と浄土真宗』の本、次の第2章の構想を考え、少し書き始める。10枚はいかなかった。前の章が、「『歎異抄』の親鸞」で、近代的な親鸞像を扱ったが、この章では、「『伝絵』の親鸞」として、物語として伝えられてきた親鸞像を扱う。よくわからないのは、伝絵をでんねと呼ぶこと。いったいこれは、どういう理由なのだろうか。方言化、それがよくわからない。

午後は新宿へ。娘夫婦が赤ん坊連れで家電製品を買うのを手伝う。ビッグカメラで価格を調べ、それを知らせたりする。ほかに、自分の買い物としては、Lanケーブルの長いの、マイクロSDカードの容量の大きなものなどを購入する。

最後は、伊勢丹の旧お好み食堂に行く。赤ん坊を連れていると、そんなところしか行けない。自分の子供を育てているときには、やはり余裕がないのか、赤ん坊が泣いていると、これは大変だと思う。けれども、祖父の立場になると、泣いているのは体力の発散だなと思い、もっと泣けという気持ちになる。赤ん坊はまだ動けないので、自分で体力を発船できず、それを持てあまりしているのかもしれない。そういう見方が、若い人にはできないのが大変なのだろう。

December 13, 2011

12月12日(月)映画『第九地区』の宣伝戦略は論文を書くときに生かせるという指導をする

午前中は、家で仕事をする。『親鸞と浄土真宗』は、『歎異抄』のポイントをあさえ、それが近年における親鸞評価に結びついていることをおさえた。仮にこれを「『歎異抄』の親鸞」としてとらえると、次の章では、もっと別の親鸞、おそらくは「『伝絵』の親鸞」についてみていくことになりそうだ。

午後は、ヒルズへ。少し仕事をしたあと、桜月の神谷姉弟がくる。主なところは、税理士のための論文指導。この前、相続税について調べていたことが少し役立った。論文は、それを採点する側の気持ちをくむことが大事で、いかにその負担を軽減する必要がある。そのうえで、映画の『第九地区』をもとに、予告編と本編との関係性が、実は論文を書くときにも役に立つという話をしてみた。『第九地区』は、みな、予告編を見てそれに刺激されて本篇を見たと思うが、実は予告編に出てくるものが、本篇には出てこない。そこに巧みな戦略があるわけだが、その巧みさを論文でも生かせるはず。ほかに、桜月の連中がやっている江古田の喫茶、松風窓(実は字が難しい)の経営のやり方についても議論する。

そのあとは、『一個人』の連載原稿にかかる。年末進行ということで、今日が締め切りと言われているが、ちょっとそれは無理そうだ。まあ、明日にはできるだろう。

December 12, 2011

12月11日(日)劇団SCOTの公演を見て大森の新しいレストランのオープニングに行く

午前中は、娘のショートテニス大会。初出場だけに、勝手がわからないこともあり、あえなく敗退。来年を期す。

そこからあわてて、家に戻り、そのまま吉祥寺へ。劇団SCOTの公演。前衛漫画劇と題された『帰ってきた日本』を観る。前半は、『瞼の母』で、後半は『沓掛の時次郎』。番場の忠太郎が、番場の日本人と名前を変えて登場したり、「中国の」とか「朝鮮の」とか、登場人物が名乗ったりする。前半は今年の利賀村で見たが、そのときは野外劇場。今回の吉祥寺シアターは、空間として狭く、役者があまり動けない。その点では、利賀村の方がよかった。

Sdim5402

Sdim5398

そのあと、鈴木忠志さんの話と懇親会があったが、それには出られず、大森へ。新しいレストラン『地中海市場Resat』のお披露目。今回は、池袋の店に比べてかなり大きい。50人が宴会できるところもあり、店内も立派で落ち着ける。今日は、トルコ料理が出たが、実際にオープンしたら、イタリアン・テイストのメニューになるらしい。大森は、チェーン店の居酒屋は多いが、こうした少しおしゃれな店はまったくない。その点では、お客さんに喜んでもらえるのではないだろうか。トルコからは、イケメンが直送されている。


December 11, 2011

12月10日(土)土曜日でもちゃんと仕事をし『個室』の本を思い起こしソーシャルメディア的な月見を体験する

土曜日だけれども、一日家で仕事。この2日間、ほとんど家から出ていない。魚真に魚を買いにいったくらい。

午前中は、日蓮の小説の直しをする。これで6目のまとまりができた。もう480枚を超えている。いったいどこまで行くのか。一応のめどは立ってきたような気もするが。800枚はいくのかもしれない。

午後は、親鸞の原稿を書く。第1章に入って、親鸞に対する知識人の高い評価を紹介し、それが『歎異抄』にもとづいていることを示していく章になる。今日10枚ほど書いて、25枚ほどになっている。もう少したさないといけない。

津田大介さんのメルマガに津田論を書いたので、ツイッターにいろいろ反応がある。けっこう納得したという感想が多いのでひとまず安心だが、さらにそれを踏まえて物を言う人が出てきてほしい。これはとても大切なところだと思う。私もそれを考えないといけないが、98年に書いた『個室』という本をこの文脈のなかで考え直す必要が出てきたように思う。あの本も、時代に先駆けた本だったのではないだろうか。

夜は皆既月蝕。月蝕自体は珍しいことではないが、今回は、ソーシャルメディア的に月を見た。ツイッターには、今月を見ている人たちの感想が載り、またユーストリームでは中継もされている。外は寒いので、中継で具合をたしかめ、頃合いを見て外に出て、実際の月を見る。月を愛でるという行為は、平安貴族が好んだものだで、ソーシャルメディアによる月見もその伝統の上にあるのかもしれない。

December 10, 2011

12月9日(金)親鸞とLinn DSのアップグレードと格闘する

寒い。家で仕事。親鸞と格闘する。日蓮の場合には、真筆がたくさんあって、その考えや人間性について知ることができるが、親鸞の場合にはそうではない。いったい何を考えていたのか、どんな人柄だったのか、それがつかめない。後世の人間が、神格化しやすいのもそれゆえだが、混乱の原因もそこにある。

さらに、『歎異抄』の存在も大きい。たしかに、この書物が、日本の宗教書のなかで一番おもしろく読めるものであるのはたしかで、そこに語られる親鸞のことばは鮮やかだ。だけれど、鮮やかであるがゆえに、よく考えてみると、矛盾や物足りなさもあるし、果たしてこれが親鸞の宗教思想なのか、わからないところも少なくない。しかも、『歎異抄』は近代に入るまで広く読まれていなかったわけで、浄土真宗の教団としての発展とは関係しない。近世までの門徒は、『歎異抄』の親鸞を知らないまま、信奉していたことになる。考えれば考えるほどやっかいだ。

Linn Majik DSをDavaar3にグレードアップする。最初、無線でやろうとしたら、途中で不具合が生じて止まってしまった。そこからは、KonfigでDSを認識しなくなる。しばらく間をおいてからやってもだめ。そこでルーターを調べてみると、DSと結ぶLanケーブルが差し込まれていても、点灯していない。そこで差し替え、点灯するようにしてから、さらに有線でアップグレードの作業をすると、うまくいったし、実に短い時間でできた。Linnが有線を推奨しているのも、その理由がよくわかった。

Davaar3になって、音がさらにクリアーになった気がする。すっきり感が強くなり、楽器の音色がより美しくなったような気がする。これは、主観的なものなので、本当かどうかわからないが、とりあえずこれでよしとしよう。

夜、津田大介さんのメルマガが発行される。これには、私が書いた津田大介論が載っている。

December 09, 2011

12月8日(木)『甘い生活』を見て日蓮の小説を書きツイッターに力を入れる

午前10時の映画祭はフェリーニの『甘い生活』。フェリーニはそれなりに見ているが、これはまだ見たことがなかった。1960年の作品なのでもう50年以上も前のものになる。冒頭のキリストがヘリコプターでつられてローマ上空を飛んでいくところが印象的。いろいろなことが盛り込まれていて面白いが、聖母マリア出現の騒ぎはとくに興味深かった。今、マリアが出現したら、大変な騒ぎになるだろうが、もともとこうした出来事にはメディア的な広がりがあった。宗教ということがいかにスキャンダルなものかがわかる。

午後は、ヒルズで仕事。日蓮の小説、20枚ほど書く。これで6番目のまとまりがほぼできた。後は見直せばいい。このあとどう展開していくかだが、蒙古からの国書が届いたところで、ふたたび日蓮の周囲があわただしくなり、立正安国論を各所に送り、そこから大騒動になって、佐渡流罪ということになっていく。かなりドラマチックな展開になっていきそうだ。蒙古のことも、それほど多くはないが書かないといけない。

今日は、かなりツイートをした。日垣隆さんのことを書くと反応が大きいが、正直、15年ほど前に取材を受けたときの文章がそのまま収録された文庫が最近刊行されたということは、取材を受けた人間としては釈然としないところがある。文章は「『島田裕巳問題』を解く」というもので、日垣氏は、私が書いたものにすべてあたり、インタビューをしたうえで書いてくれている。あの時期には、そんな取材をしてくれる人がほかにいなかっただけに、大変ありがたかったが、それからずいぶんと変化があった。その点を補ってくれれば再刊される意義はあるのだが。

December 08, 2011

12月7日(水)日生劇場の歌舞伎を初日に見てみゆき座で「ジュリア」

朝、書評を一本直して送る。

Img_20111207_102751

日生劇場へ。12月歌舞伎を見るため。7代目幸四郎の襲名100年ということで、そのひ孫にあたる海老蔵、染五郎、松緑が出る。あまり考えていなかったが、今日が初日。7日なのであまりそうは思っていなかった。行って初めて気づく。日生劇場は小学校5年生の時に行った思い出の劇場だが、ここで歌舞伎を見るのは初めて。

最初の「碁盤忠信」。100年ぶりの復活狂言のようだが、全体に筋はもたもたして、歌舞伎の通常のお約束に反しているようなところもある。忠信が最初の幕で飛び六甲ではけていくのも、最後にした方がいいような気がする。幽霊の出方も何かおかしい。碁盤を使うというところが、どうもうまく物語にからんでいない。これでは狐忠信には勝てない。染五郎は頑張っていて、悪くないし、最後に海老蔵が出て、華やかな舞台にはなるが、演目としてはどうだろうか。

次が「茨木」。松緑の初役。老婆の部分はかなりいい。老境にありつつ、実は鬼というところを、エネルギーを内側にため込むことで表現している。これは、女形が多くやる役だが、どうも立役の方に向くという気がした。海老蔵の渡辺綱は、さすがに形が決まる。ただ、声がうわずっていて、それが落ち着かない。もともとの欠点ではあるものの、今回はとくにそれが目立った。

3人の若手が奮闘という公演だが、ほかに役者がいないので、やはりさびしい。「茨木」で太刀持ちをやって少し舞を披露した中村梅丸、梅玉の部屋子ということだが、ちょっと目を引いた。楽しみかもしれない。

歌舞伎の後、帝国ホテルでお茶をして、隣のみゆき座へ。午前10時の映画祭、赤のシリーズで去年なかったものの一つ、「ジュリア」を見る。ジェーン・ファンダが主演の77年の映画。まったく知らないもので、実際の出来事をもとにした文芸映画という感じ。悪くはないがよくもない。

この午前10時の映画祭、来年もあるということを聞いて驚いたが、今年の青のシリーズを、来年ほかの劇場で上演するということらしい。さすがに3年見続けるのは大変なので、安心した。よいシリーズだが、全部見ようというのが間違っているのかもしれない。


December 07, 2011

12月6日(火)日蓮の小説を30枚以上書く

ずいぶんと寒い。ちょっと風邪気味だし、家で仕事をする。

久しぶりに日蓮の小説を書く。一日で30枚以上書くが、この量は今までで一番多い。小説はこのくらい書けて当たり前の気もする。伊豆の流罪から赦免された時期のことを書いているが、日蓮にとってここはもしかしたら精神的に苦しい時代だったのかもしれない。鎌倉から清澄寺に戻るのも、鎌倉では十分な活動ができなかったからではないか。実際には、資料のない時代で、想像をふくらませるしかないが、母の病を癒すために、「南無妙法蓮華経」の唱題に行きついたという話にしてみた。この時期の日蓮には「法華題目抄」という遺文もある。

親鸞の資料として塩谷菊美『語られた親鸞』を読む。法蔵館から出ているもので、話のなかにその本家にあたる丁子屋が登場する。実際の親鸞がどうだったかということではなく、親鸞の死後、どんな物語が作られ、語られていったかを追ったもの。鎌倉時代から明治時代までをカバーしており、かなりユニークな本だと思う。ただ、優しく書こうとして文体がですます調になっているが、案外これがわかりにくさに通じているような気もする。

御厨さんから『「戦後」が終わり、「災後」が始まる。』をいただく、千倉書房から出ているもの。災後ということばはまだ熟していないが、3.11によって、戦後のパラダイムが崩れ、新しい時代認識が必要になったという趣旨だろう。なかには、復興会議の提言が含まれる。これは一読して御厨さんの文章だと思っていたが、やはりそうだった。災後という認識が果たしてこれから広がるのか。日本はあまり変わっていないようにも思う。

December 06, 2011

12月5日(月)園子温映画をめぐって宇野常寛さんと対談をする

午前中は家で仕事。『親鸞と浄土真宗』の原稿を書く。「はじめに」のところ20枚分がかけた。全体の方向性もだんだんと決まってきた。親鸞という夢を追うことになりそうだ。

石井光太『遺体』の書評を書く。3枚半。ただ、もう一つうまく書ききれていない気がする。これをどうするか。まだ締め切りは先だ。

昼食後、ヒルズへ。途中で、中国人にヒルズはどこかと聞かれる。ついでなので、一緒に行くが、政策大学院での学会だか、研究会に出ているらしい。午前中は、古川大臣の講演を聞いたという。

打ち合わせが一件あったが、最後、方針をかなり変えるかどうかの話になる。コンパクトにした方がいいかもしれない。

メインは、園子温映画をめぐる対談。お相手は、『リトルピープルの時代』の著者、宇野常寛さん。これはペンネームでお父さんの名前らしい。78年の生まれというから、親子ほど年齢が離れている。そんな世代がもう活躍するようになっている。園映画の特徴やその意味について1時間半ほど話をする。再来週の『朝日新聞』文化欄に出る予定。この対談、一番大変だったのは映画を見ることだった。ハードでとにかく長い。機会があれば、昔の作品も見てみたいと思うが、できるなら映画館で見たい。

ヒルズに来たあたりから、なんとなく風邪気味。たいしたことにはならなそうだが、季節がら用心が必要だ。

December 05, 2011

12月4日(日)新刊『神も仏も大好きな日本人』はこんな本だ

1106106318


5日にちくま新書として刊行される私の『神も仏も大好きな日本人』は、これまでにはあまりなかった日本宗教論と言いえるのではないだろうか。最近では、パワースポットのブームもあり、各地の有名な神社や寺院には多くの人が参拝に訪れている。しかも、若い年齢層が多い。日本には、宗教の長い伝統があり、しかもそれが生きているというところに特徴がある。

だが、いったいこれまで日本人が宗教と、具体的には神道や仏教とどのようにかかわりをもってきたかは、必ずしも十分には認識されていない気がする。とくに、明治以前の状況は今と相当に違う。神道と仏教とは密接な関係をもち、そこには独特の信仰世界が展開されていた。それは、一般の「神仏習合」と呼ばれるが、いったいそれが具体的にどういうものであったのかが、今は見えなくなっているだけにわかりにくいのだ。

しかも、神仏習合の信仰が成り立つうえで、密教の果たした役割が大きい。日本の宗教世界では、中世において密教によって席捲されていた時代があった。密教は、仏教にだけ影響を与えたのではなく、神道にも強い影響を与え、それは伊勢神宮などにも及んでいた。

ところが、明治に入るときに神仏分離という事態が生まれ、廃仏毀釈なども起こった。それによって、神道と仏教は分離され、それまでとはかなり違う状況になった。皇室祭祀などは、その産物で、それは決して長い歴史をもつものではない。

日本人は本当は何を信じてきたのか。この本を読んで、改めてその点を考えていただければ幸いである。


December 04, 2011

12月3日(土)『親鸞と浄土真宗』の本は親鸞という夢を追っていく作業になるかもしれない

格別何もない土曜日ということで、起きるのが遅くなり、9時になってしまった。普段は7時前に起きなければならないので、ゆっくり寝てもいられないが、たまにはいいだろう。前はそんな時間まで寝ていられなかったような気がする。

家にいても仕事にならなそうなので、雨の中ライブラリーに出かける。津田さんのメルマガに載る原稿を一部書き直し、それから『親鸞と浄土真宗』の本の書き出しの部分を書く。「はじめに」という形で書き始めたら、20枚近くになってしまった。これだと、むしろ序章の扱いにした方がいいかもしれない。

この本の目的としては、まず親鸞という存在が実はよくわからないという点をおさえることにある。資料的な面で、その実像を明かすことは難しいし、ましてその思想となると必ずしもはっきりしているわけではない。『歎異抄』は弟子の誰かが残したものだし、『教行信証』はほとんどが仏典などの引用からなっている。そして、親鸞の伝記的な部分は、ひ孫の覚如が編纂した『伝絵』を通して伝えられてきた。『歎異抄』も『伝絵』も、親鸞の死後30年して作られたという点もある。

もう一つ、考えなければならないことは、従来の見方だと、浄土真宗の歴史が本願寺を中心に記述されている点だ。親鸞の時代もそうだが、その後も長く、東国の門徒たちの方が勢力としては大きく、影響力ももっていた。今の高田派や仏光寺派がそれにあたる。本願寺は、蓮如が出るまでそれほど勢力としても強くなかった。だが、その後、本願寺が大きな勢力になったことで、浄土真宗と言えば本願寺ということになってしまった。この点も大いに問題にしなければならない。

親鸞は、その存在や思想が不確かであるがゆえに、いくらでもそれを論じる人間の見方を投影することができる。その点で、親鸞は、さまざまな人々の夢の結晶なのかもしれない。そんなことを書いていくことになりそうだ。

December 03, 2011

12月2日(金)映画は「道」で参議院議員会館に葬送基本法のことでごあいさつに伺う

午前10時の映画祭は、「道」。これはさすがに見たことがある。それにしても、リプリントされた映画は美しい。かえってモノクロなのがいいのかもしれない。この時代のイタリア映画は、日本映画とテイストが似ている。人情の機微を描くという点でだろうか。戦争に敗れ、貧しい時代だったことでも同じなのだろう。懐かしい思いがする。

午後は、参議院の議員会館へ。葬送基本法を制定するための議員連盟を作るという動きがあり、その中心にいる民主党の大河原雅子議員と江田五月最高顧問に、ごあいさつに伺う。会期末なので、実際に動き出すのは来年ということになるかもしれないが、基本法制定に向けて一歩前進ということだろう。

たまたま、大河原議員の部屋の隣が有田芳生氏の部屋。基本法のこともあり、一言挨拶しようとしたが不在だった。有田氏にも協力を願いたいものだ。

その民主党、一川防衛大臣の問責決議案が通りそうな状況になっている。おそらくその前に辞任することになるのだろうが、野田内閣が誕生した時に、私が失言候補にあげた一人で、辞任すればそのうちの二人が辞めたことになる。これは、私の予言能力のせいではなく、誰が見ても適任ではないということではないか。やはり担当する分野についてそれなりの見識をもった方でないとつとまらない。江田氏と話していて、やはりこうした人は、理論的に話を進めていくのだということがよくわかった。昔の政治家と今の政治家とでは求められているものが違う。

December 02, 2011

12月1日(木)津田大介論を書き上げ月も変わったので新しい仕事に着手する

かんり寒い。天気も良くない。

家で仕事の日。津田大介論の続きを書いて完成させる。半分頼まれ、半分勝手に書いているような原稿だが、津田さんのメルマガに掲載してくれるようだ。情報化社会における新しい人間像の登場としてとらえてみたが、彼の手法は全体に独特なものだと思う。つまりそれは、誰でもがまねできないが、今の状況を考えるとかなり有効な方法論がそこには示されている。そこをうまく表現できただろうか。読者の反応が楽しみだ。

12月に入ったので、新しい仕事に手をつける。日蓮の小説はどれだけのものになるのか、予想ができなくなってきたこともあり、並行して仕事をしないといけない。今度は、『親鸞と浄土真宗』というタイトルを予定しているもの。親鸞のことはずっと気になっていて、ここのところ改めていろいろ調べてきた。その実像と虚像ということにもなってくるが、興味のあるのは虚像がいかに形成され、そこにどういう意味があるのか。親鸞を崇める立場の人にはあまり勧められない本になりそうだ。

対談のために読んできた『リトルピープルの時代』が終わる。世代によって、テレビのヒーローの誰に影響されるかはかなり変わってくるし、兄弟がいるかどうか、男の子がいるかどうかでも変わる。その意味で、私などの世代は、テレビの草創期で、ヒーロー物と言えば、鉄腕アトムと鉄人28号の実写、少年ジェットなどで、ウルトラQまでは見たが、ウルトラマンは見ていないという状態になる。その点では、本のなかで取り上げられているものは、あまりよくわかっていない。それでも、平成のガメラシリーズは好きで、みな映画館で見ている。そういえば、別冊宝島の怪獣の本に何か書いたような気がするが、あれはなんだったのだろうか。

December 01, 2011

11月30日(水)駒澤大学で津田大介さんの公開講演を聞く

午前中は家で仕事。昨日書いていた「津田大介論」の続きを書く。

午後は、その当人が駒澤大学で公開講演会をするというので、自転車で出かける。途中、中華料理の「大吉」という店によって、昼食をとる。かなり前だが、一度来たことがある。普通の麺を頼んだが、ほかの客がみな、中華丼を頼んでいる。どうもそれが名物らしい。今度はそれを試してみよう。

駒澤大学は学長にインタビューに来て以来。授業を兼ねた講演ということで、学生がたくさん入っている。テーマは、東日本大震災とソーシャルメディア。パワーポイントを使っての講演で、これまで何度かしてきた話のようだ。非常にその分わかりやすい。講演の最後でパソコンの電源が落ちて、講師がびっくりしたのが面白かった。質疑の時間をかなりとってあったが、ひっきりなしに学生の質問もあり、最後まで聞けずに帰ってくる。

この講演もユーストリームで配信されていたらしいが、こういう形式が津田流なのだろう。

来週対談があるので、宇野常寛氏の『リトルピープルの時代』を読んでいる。かなり量が多いが、「仮面ライダー」についての分析は、本当にこんな作品なのかと、どうも実感がわかない。考えてみると、「仮面ライダー」というのは見たことがない。男の子でもいれば、見る機会もあったのだろうが、女の子にはまったく関心がない世界だ。今も放送されているようなので、日曜日に見ることにしよう。「仮面ライダー」初体験になる。

« November 2011 | Main | January 2012 »

October 2017
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31