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January 2012

January 30, 2012

1月30日(月)寒い中原稿を書いたり打ち合わせをしたりテレビのインタビュー取材を受けたり

朝起きるのがつらいほど寒い。地球温暖化ではなく、氷河期が近づいているような気になってくる。

朝から家で原稿書き。毎日の『本の時間』のしきたりについての原稿、今回は年金制度の3回目になる。しきたりなのに、だんだん違う方向に来ている。ただしこれも、編集者のくれたお題なので、これでいくしかない。次は「不動産」というのが来ている。不動尊ではなく不動産。

昼前に終わったが、時間が中途半端なので、昨日タワーレコードで買ったCDのリッピングをする。ジム・ホールとパットメセニーのデュオの再発盤、ウィントン・マルサリスとエリック・クラプトンのライブ、それに由紀さおりとピンク・マルティーニの「1969」。テレビで見てやはりいいなと思った。

昼過ぎに出て、表参道へ。青学会館で広瀬洋子さんと待ち合わせて、昼食。今度放送大学の特別講義をラジオで収録することになっている。彼女はスーチーさんの友人でもあるので、それも話題になる。長井健司さんのビデオとカメラ、スーチーさんを通して返してもらえるような道筋をつけられないかとも思うが、今は選挙のことで忙殺されているらしい。ただ、ミャンマーには世界各国が経済的な面で注目しているということもわかった。広瀬さんのご主人のメンタル・クリニックも見学させてもらう。

そこからタクシーでテレビ朝日へ。平田再逮捕についてインタビュー取材を受ける。

もともと、その予定はなかったが、次は予定通り、ライブラリーへ。講談社の編集者から親鸞の本のゲラを貰う。こちらは、かなり手を入れないといけない。要望などをいろいろ聞く。

そのあと、もう一件編集社がくるはずだったが、それが来ない。電話したら、日にちを間違えたとのこと。というわけで、少し眠くもなったので、そのまま帰る。

1月29日(日)日曜なのに鼎談の仕事があり宇野常寛・森直人氏と「ヒミズ」を語る

日曜だが、夕方に仕事がある。『サイゾー』で宇野常寛さんが連載している文化時評の鼎談で映画の「ヒミズ」を取り上げるので、その予習をする。監督の園子温氏が、NHKのスタジオ・パークに出演した時のもの、録画してみていなかったのを見る。けっこうこれは面白かった。小学校の時、なぜ服を着なければならないのか疑問に思って、全裸で登校したという。お父さんが大学の先生というのも関連がありそうだ。お父さんのことなども調べ、さらに「ヒミズ」を飛ばしながら、見直す。見たのは去年なので細かいところは忘れている。

4時少し前に家を出るが、寒い。神泉の駅から歩いてサイゾーの編集部へ。その下では、「苫米地ワークス」をやっている。鼎談は、宇野さんと私に、森直人さん。こちらは初対面。最後に30代にとっては、40代はうっとうしく、むしろ50代の方が話が分かる的な話題になり、それも面白かった。

鼎談が終わったところで、産経新聞から平田再逮捕についての電話取材を受ける。どのメディアもそうだが、取材している人たちは30歳以下、20代が多い。となると、オウムのことなどほとんど知らない。いつでも昔のことは忘れられていくが、戦争などは体験していなくても繰り返し報じられ、演じられるので、直接そのときに体験していない世代でもわかることはある。ところが、オウムの事件や学生運動の時代となると、さほど報じられないので、後の世代はまったくわからないということになる。これは難しい問題だ。

帰りは渋谷へ出て、タワーレコードへ行く。久しぶり。

January 29, 2012

1月28日(土)朝遅く起きたのが敗因であわただしい一日になる

土曜日なので、朝起きるのが遅くなったことが敗因。いろいろとあるので、朝、床屋へ行く。が、けっこう混んでいる。床屋というのはいつ混むかが誰にもわからない。すでに先客が二人いる。一人は髭剃りの段階なので、それほど待たされないかと思ったが、意外とこれが時間がかかり20分以上待たされた。

そのために、家に戻るのが遅くなり、急いで着替えて出かける。町田のNHK文化センターでの講義のため。ところが、朝方の地震のせいで、電車も遅れている。おまけに町田の駅に着いたら、不慣れで妙な出口から出たら、わからなくなる。一度戻って出直したりしたので、着いたのは5分前。昼食をとる暇がなかった。

それで講義。世界の三大宗教についての一回目は、キリスト教について。最初に、未公開映画祭で好評だった『ジーザス・キャンプ』の映像を見てもらう。これは、洗脳のプロセスを描いたもので、かなり強烈で、教材としてはとてもいい。そこからキリスト教原理主義の話をはじめて、キリスト教がどうやって成立したか、その特徴などについて話をする。最後は、昼食抜きのため、若干疲れた。

講義が終わってから、外へ出ると通りの向い側に餃子の店があり、おいしそうな感じだったのでそこへ入る。もう3時過ぎなので、空いている店も少ない。そこで餃子と卵スープを食べる。量が多いが、まずまず。

町田から経堂へ戻り、自宅へ。自宅の前に車が停まっている。きっと取材にくるTBSだろうと思い、声をかけるがやはりそうだった。5時からインタビュー取材を受ける。内容は、平田信の再逮捕をめぐって。私の元自宅爆破事件で再逮捕されるようだ。それが終わると、もう真っ暗。というわけであわただしく終わる。

January 28, 2012

1月27日(金)極寒のなか日蓮遺文の勉強会に行き本の再校ゲラを渡す

あまりに寒くて、風邪がぶり返した気配もあるが、しなければならないことがいろいろある。

明日、町田のNHK文化センターで講座をしなければならないので、キリスト教についてレジュメを作る。『ジーザス・キャンプ』を冒頭に見てもらう予定にしている。

その後、『なぜ浄土真宗が(日本で)いちばん多いのか』の再校の校正、最後の部分を見る。これで、午前中が終わった。

午後は、日蓮遺文の勉強会へ。いよいよ終わりが見えてきたが、寒いせいか出席者が少ない。「諌暁八幡抄」の途中まで進む。次回は、これが終わり、あとは書状ばかりだ。会場は日蓮文化研究所だが、常円寺で水行のためにおかれていたおけのなかの水は凍っている。

終わってから、伊勢丹へ行き、幻冬舎の編集者に再校ゲラを渡す。格別問題がない。あとはタイトルに日本を入れるかどうか。私の作業はほぼ終わった。発売は、2月の末になる。28日くらいか。幻冬舎の編集者がLinnのLP12をもっているので、喫茶室を出たところが、その売り場だと教えた。いろいろ見ているので、後において帰る。

とにかく今年は寒い。とくに常円寺に行くときの歩道橋の上が寒かった。大昔、山岸会にいて、指扇というところに住んでいた頃、真冬に宿舎に帰ろうとして、橋の上であまりの寒さに止まりそうになったことを思い出した。川が寒いのではなく、橋の上が寒いのだということを改めて知る。

January 27, 2012

1月26日(木)津田大介さんの『情報の呼吸法』をライブラリーで読んでしまったので精いっぱい宣伝する

寒いので、ヒルズのライブラリーへ朝からでかける。ただ、出かけるまでが寒くてつらい。9時半頃着くが、ヒルズにわたる地下歩道の手前で、目の前をよぎる人があったが、これが渡辺貞夫さんだった。キャップをかぶって元気そう。

ライブラリーでは、ひたすら仕事。『死は怖くない』の第1章を大幅に直し、第2章を15枚ほど書く。あとは、『なぜ浄土真宗がいちばん多いのか』の校正を、昼ご飯を食べながらもしたので、かなりはかどる。明日には終わるだろう。

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そんなことで、夕方になってしまったが、ライブラリーの新刊のコーナーに津田大介さんの新刊『情報の呼吸法』があったので、それを読み始める。本文の紙が青い本というのは、これまで読んだことがない。すらすら読めてしまうので、けっきょく最後まで読み切ってしまった。本当は購入して読むべきなのだろうが、読みやすいので仕方がない。ただ、本を買うと、電子書籍もついてくるらしい。

津田さんの書いていることは、講演で聞いたり、ご本人からすでに伺っていることもあり、それほど新しいという部分は少なかった。ただ、仕事の全体像が見えてくるのは、やはり本ならではで、これはツイッターの領分ではないだろう。「津田大介論」でも書いたけれど、こういうメディア的な人物が登場するのも時代の必然という気がする。ただ、誰もがそれを真似られるか、同じような実践ができるかと言えば、それは難しい気がする。その違いは何なのかは、かなり重要な問題なのだが、そこを論じてしまっても、しかたがないというか、本当には理解されないのかもしれないと思う。

「津田論」を書き終えてから、その仕事の全体は「デジタル・ストリーミング」ということではないかと考えるようになった。これは、LinnのDSのシステムから発想したものだが、ツイッターなどまさにこのDSではないだろうか。ここらあたりは、もう少し深めてみたい。久しぶりに、というか20数年ぶりにメディア論を書いてみたい気もしている。

January 25, 2012

1月24日(火)小林一三の経営哲学を学びながら財閥の問題の重要性に気付く

昨日は夜に雪が降った。それが積もっているが、日中は晴れそうなので、とけることだろう。午前中は家で仕事。『一個人』の神道の連載、神職について考えてみる。仏教の寺院は、修業や学問研鑽の場で人のためにあるが、神道の神社は、もっぱら神のためにある。それは、僧侶と神職の数の違いにもあらわれていて、僧侶が寺院の数よりはるかに多いのに対して、神社は神職が少ない。そんなことを書く。

昼に家を出て、ヒルズへ。雪が凍っていたりして、歩きにくい。昼食はヒルズのそばの鰻屋で食べるが、鰻が小さくなっている。最近の高騰のせいらしい。

午後は、勉強会のための資料作りからはじめて、死についての本の原稿も少し書く。そのあと、経営哲学の勉強会で、小林一三についてやる。阪急グループの創始者で、宝塚歌劇をはじめた人。阪急沿線という生活文化を作り上げたところに特徴がある。いったいどこからその考えが発しているか、それがつかみにくいかった。

そのあと、勉強会に出ていた電通の渡辺君と、このことについて食事をしながら議論をする。重要なのは、資本の問題で、果たして鉄道事情を展開するうえで、いったいどういう資金を使ったか。それを調べないといけない。そんな話から、財閥と企業との関係について議論が及ぶ。これまでとりあげてきた企業はどれも非財閥系。その意味では、ベンチャー企業だ。トヨタを今ベンチャー企業という人はいないが、その成り立ちからすると、海のものとも山のものともつかない車を事業化しようとしたのだから、明らかにベンチャー。それは、松下にもダイエーにも、サントリーにもいえる。

この角度から全体を見ていくと、非常に興味深いことが出てくるように思えた。最後は銀座のクラブへ行き、深夜に帰宅。

January 24, 2012

1月23日(月)錦織の試合を観つつ満足できない原稿を書き直す

『kotoba』の原稿、もう一本あって、こちらは葬式について。その原稿を書きだす。ただし、11時からwowowで錦織選手の全豪オープンの試合があるので、それを見てしまう。3時間を超える熱戦。昔は体力がなかった錦織だが、今はタフだ。戦法も違うし、かなりクレバーという印象がする。相手は、それに翻弄される場面があった。

そんなわけで、原稿書きを再開したのは午後になって試合が終わってから。熱戦だけに見ているだけで疲れた。それでも、なんとか最後まで書き上げる。12枚ほど。ただどうも、内容が面白くない。もやもやしていたので、夕方になって再度最初から全部書き直す。少しましにはなったが、都合24枚書いたことになる。

一度書いた原稿でも、満足できなければ、最初からやり直すのが一番いい。けっきょくそれが効率的。もとのものを生かそうとすると、かえってごちゃごちゃになり、はかどらない。それでも、一度書いていると、2度目は早い。今回の書き直しも、1時間と少しで終わった。

夜は東京も雪に。深夜にはかなり積もっている。雪はきれいだが、後が大変。明日は早く消えてほしい。NHKで錦織の番組を見てから寝る。

January 22, 2012

1月20・21日(金土)宗祖の話をしたり映画を見たり

金曜日は朝から雪。家で仕事。『死ぬのは怖くない』の原稿、第1章を書き上げ、第2章に入る。今、死ななくなっている現状をとりあえずおさえることにする。

午後は、新宿の歯医者へ。最近、歯間ブラシを風呂に入りながらすることに変えた。その成果が出て、珍しくよいと褒められる。歯の手入れは、やはり余裕がないといけない。洗面所が寒いので、とかくおろそかになりがち。それが要注意だ。

夜は、飯田橋へ。トランスビューの中嶋氏がやっている「現代を聞く会」で話をする。内容は日蓮や親鸞といった宗祖の実像について。今本を作っている最中なので、おのずと親鸞が中心になる。会は盛況で聴衆は30人ほど。会場は満杯。終わってから、飲み屋へ。

土曜日は、日本映画を見る。「ニューイヤーズ・イブ」と「Always 三丁目の夕日64」。前者は、ニューヨークでのカウントダウンにまつわる人の出会いを扱ったもの。なかなか筋立てがしゃれていて面白い。ただ、ほかの人も感想に書いていたが、女優がありまり美しくない。ボンジョビとロバート・デ・ニーロに出演料をもっていかれたのだろうか。美しくないと盛り上げりに欠ける。

後者は、第2作を見ていないが、かなり楽しめた。第3作でもこれだけ面白いのだから、さらに続編ができるだろう。父と子という手段を正面に扱うのは日本映画としては珍しいかもしれない。典型的なイニシエーション映画だ。

January 20, 2012

1月19日(木)明日20日は東京瓦会館で宗祖の実像をめぐる話をする

家で仕事。『kotoba』という雑誌から頼まれていた日本人の死生観についての原稿を書く。19枚なので、かなりのことが書ける。すでに書き上げていたが、もう一度見直してグーグル・ドキュメントに載せる。この雑誌にはもう一般頼まれているが、締め切りは親切にも来週に設定されている。

明日の金曜日、トランスビューの中嶋氏などがやっている「現代を聞く会」で話をすることになっているので、そのための準備をする。自己紹介的に著作目録を作り、日蓮と親鸞を題材に宗祖の実像についての内容をまとめていく。あまり詳しいレジュメではないので、比較的簡単にできた。明日は飯田橋の東京瓦会館というところで、6時半からある。行けば誰でも聞けそうな会だ。

ついでに、新しい本を書く仕事にも入る。今度は死についての本。『死ぬのは怖くない』という仮のタイトルがついているが、これはなるべくわかりやすく書くというのが一番の目標になる。15枚くらい出だしを書いてみる。

午後からは、孫が来る。だいぶしっかりしてきて、反応するようになっている。家にいるとうるさいらしいが、外に出ると静か。ちょっと置物のようで、それほど泣きもしなかった。まだ寝返りは打てないようだが、動き出すと大変だろう。その孫の父親に、我が家秘伝のホットプレート料理法を伝授する。

WOWOWで全豪での錦織の試合を見る。最初の方は仕事をしながら、ツイッターで経過を見ていたら、ボロボロだったようだ。第3セットに入って、最初にブレークしたところから形勢が逆転したようで、映像では第4セットの終わりくらいから見る。最後は圧勝。ずいぶんと安定して強くなっている。サービスもかなり入るし。次が楽しみだ。

January 19, 2012

1月18日(水)車で関東中央病院と都立中央図書館をまわりすっかり疲れる

今日は、病院と図書館を両方回らなければならないので、カーシェアリングの車で行くことにした。

まずは病院。こちらは採血検査だけなのでそれほど時間はかからないが、少し混んでいた。診察は来週。甲状腺亢進症の薬を使わなくてよくなるかが焦点だ。

病院は関東中央病院なので、そこから都立中央図書館へ行く。電車を使うと、かなり不便。それほど道が混んでいないので、11時には到着する。それから、親鸞関係の資料を探す。主なものは、当時の日記の類。親鸞のことはまったく出てこないが、法然のことが出てくる。これは、法然と親鸞の社会的な地位の違いにもとづくもので、親鸞は京都ではとくに目立った動きをしていないせいでもある。

ただ、歴史学の専門的な研究者ではないので、いったいどの資料にあたればいいか、戸惑うこともある。それに都立図書館のシステムが、少し前に来た時と変わっている気がする。たしか、コンピュータの検索が一時使えないことがあったので、システムを変更したのだろう。それで時間を無駄にしたところもあり、予想したよりも時間がかかる。あらかた調べ終えたが、けっこう疲れた。

そこから、車で自宅へ戻る。

夜、NHKの古典芸能観賞会での「彦坂権現」、見ていない後半を見る。吉右衛門得意の演目だ。芝雀に貫禄が出てきたし、最近の東蔵は存在感がある。

January 18, 2012

1月17日(火)原稿書きとテレビ取材そしてLinnのバージョンアップ

午後取材があるので、家にいる。集英社の『kotoba』という雑誌に2つ文章を寄稿することになっている。そのうち、日本人の死生観の特徴を説明する文章を書いていく。一神教との比較という形で進めていった。仕事としては、これを20枚弱書いた。

午後は、NHKテレビの取材。ただ、平田の起訴の時期の問題があるので、いつ使われるかはわからない。

LinnのDS、ソフトがDavaarの5というのにバージョンアップになった。その表示がDSにもいつも出ているが、結構面倒なことが起こったりするので先延ばしにしていた。ただし、問題なくバージョンアップができた。新しいものとしては、「ソングキャスト」というのが使える。要するにこれは、コンピュータの音、ユーチューブとか、ラジコとかの音がDSを通して流れるようになるというもの。一応、動くことを確認したが、まだ本格的に使えるようにはなっていない。これからのことを考えると、この機能は重要な気がする。ほかのPCオーディオではできることだが、それもできるなら、やはりDSが便利だということになりそうだ。

January 17, 2012

1月16日(月)親鸞の750年遠忌のまさにその日に親鸞についての本を書き上げたことに驚く

寒い中朝からヒルズへ。ヒルズで仕事をする一日。親鸞の原稿、昨日最後まで書いたので、それを見直す。結論の部分になるので、慎重に直す。完成。全体で300枚くらいになっている。最近のものとしては量がある。もっとも、親鸞の文章の引用があるので、それでふくらんだところもある。ほかに、季刊雑誌の原稿を頼まれているので、そのアウトラインを考える。

午後は、シネマで『ロボジー』を見る。ただで見られるチケットがあるので、それで見た。なかなか時間がとれなくて、あまり効率的に使えていない。『ロボジー』は面白かったが、家族がまだ見ていないので、内容は書けない。歌もいい。映画が終わってから、一度ライブラリーに戻り、帰宅する。

帰宅してから、親鸞の原稿を最初から最後まで読んでみる。資料であたらなければならないものがあるのはわかっているが、やはりちゃんと調べきれていないと本としては出せない。この作業をする必要があるが、原典なので都立図書館とかに行かないといけない。こういうときは、大学に所属していないのが不便だ。高い本も、研究費なら変える。以前、大学につとめていた時代は、かえって原典を集めてのような研究をしていなかったので、研究費があっても使いどころがなかったりした。今なら、親鸞関係のものをとりあえず買い集めていたかもしれない。なくてもなんとかはなるが。

その後、ツイッターをしていたときに、ふと思いついて「親鸞」で検索してみた。すると、750年遠忌の法要が終わったという記事がツイートされている。もしやと思って調べてみると、親鸞が亡くなったのは、グレゴリオ暦では、1263年1月16日。だから法要かと納得したが、私はまさに親鸞の750年遠忌の日に、親鸞についての本を書き上げたことになる。そう思うと、恐ろしい。書いていたとき、いささか興奮状態にもあり、親鸞にとりつかれているような気がしていたが、それは本当のことだったのかもしれない。親鸞は、実像を知ってもらいたいと、それでとりついてきたのだ。

これまで親鸞は苦手なところがあったが、今回本を書いて、なるほどこういう人物なのかと納得できたところが少なくない。苦手を克服できたことが大きいようにも思う。

January 15, 2012

1月14日(土)東京ジャーミィーでイマームに取材し『ミッション・インポッシブル』を見てアクション映画に敵がいなくなったことの難しさを改めて確認する

朝は代々木上原へ。東京ジャーミィーの取材。『宗教家になるには』の改訂版で、宗教家に聞くのコーナーのなかにイスラム教の指導者も含めることになった。そこで、義弟の紹介でイマームに会うことになる。義弟の話では日本語ができるということだったし、以前にはそういう人もいたのだが、今回のイマームは日本語ができず、英語で話をしてもらうことになった。


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その点で、取材には少し苦労したが、イスラム教におけるイマームの役割、どうやってイマームになったのか、日常生活はどのようなものなのかをうかがう。一番興味深かったのは、小学校を卒業したあと、3年にわたってアラビア語の『コーラン』を全部覚えたということ。これは、イマームとして必須のことなのだろうが、熱心な家庭では子供にその道を進めるらしい。それでも、パキスタンで学んだ時には、イスラム教を学んだだけではなく、最後には経済のMBAを取得したとのこと。ちょっと予想しなかった道筋だ。

義弟が前に東京ジャーミィーで私が話をしたことがあるということを伝えていたらしく、代わりに2月に私が講演をすることになった。2月19日日曜日の3時から、テーマは日本の神道とイスラム教のようなものになるだろう。

取材を終えてから、ライブラリーへ行き、親鸞の本の最後の章にとりかかる。だんだん、本格勝負といった内容になってきた。『親鸞に帰る』、あるいは『本当の親鸞』のような本になりそうな気がする。

夕方は、シネマで『ミッション・インポッシブル』の最新作を見る。アクションというか、アクション・シーンはなかなかのものだが、敵がよくわからない気がした。これは、『ソルト』を見たときにも感じたが、冷戦が崩壊し、テロの時代が去ったなかで、アクション映画では敵が不明確になっている。だから、主人公が何のために戦っているのか、ミッションを果たそうとしているということしかわからないし、感情移入が難しい。そんために、見終わってもすっきりしない。超大作なので、観客が増えるよういろいろな仕掛けをしてはいても、それも生きない。アクション映画にとっては、冷戦時代が懐かしいということになるのかもしれない。

January 14, 2012

1月14日(金)親鸞の第6章を書き上げて演舞場へ行き「連獅子」と「め組の喧嘩」を堪能しいつものように黒崎さんに会う

朝から家で仕事。とびきり寒い。

東国の親鸞について書いていく。全体を直して、最後に書状の中身にふれた。書状は、京都に戻った親鸞が東国の信者に宛てたもので、教義を解説する内容になっている。ここには、ちょっとイメージとは違う親鸞があるようにも思った。本人が書いたものなので、そこから本人の肉声や人柄を推測することができる。従来はあまり重視されてこなかった気もするが、これは重要だという気がした。とりあえず、この章を書き終える。本は後一章でまとまりがつくだろう。

午後は新橋演舞場へ。連れ合いが「連獅子」を見たいというので一家ででかける。「矢の根」と「連獅子」という組み合わせは、去年の10月だかの南座と同じパターンだ。今回は、富十郎の遺児、鷹之資がその将来を託された吉右衛門と親子で踊る。まさに物語そのまま。鷹之資は、なかなかりりしい。まだ12歳だが、精いっぱい頑張っている。彼が大として初舞台に登ったのは、たしか2歳のときだったと思うが、それは見ている。小さいのが見栄を切ったところが、かわいいし、さすが歌舞伎役者の子と思わせた。吉右衛門、踊りは弱点でもあるが、疲れているようで、よろよろしているところがあった。頑張ってほしいい。

「矢の根」は三津五郎。豪快で楽しいものだが、やはり歌六が、セリフもないのに貫禄がある。最後の「め組の喧嘩」は、菊五郎劇団の真骨頂で、さすが喧嘩の場面に迫力がある。席も2階右だったので、花道全体が見通せて、こうした演目ではよかった。「連獅子」ということで、このポジションをとったが大正解だった。

休憩のとき、いつものように黒崎政男さんに会う。もう珍しいことではなくなった。桟敷をもらったというからうらやましい。今月の歌舞伎、彼も浅草とルテアトルに行ったという。そんな話で盛り上がる。

帰りの電車で知り合いに偶然遭遇するが、その人とはインター・ナショナル・オーディオショーで2度あったことがある。黒崎さんとも同じ所であっているので、私を含め、生活圏が似ているのだろう。東京は広くて、狭い。

January 13, 2012

1月12日(木)親鸞の東国20年と平田の逃亡17年の落差に唖然とする

寒い、寒い。どんどん寒くなっている。これが峠だろうか。

資料の関係で、一日家で仕事をする。相変わらず東国の親鸞。なぜ念仏だけでと言っている親鸞が『教行信証』を書いたのか、聖徳太子信仰や善光寺信仰との関係はどうなのかなどを追っていく。東国に信徒ができたことは事実だが、それがどういったものだったのかもあまりよくわからない。水郷に生きる人々の殺生からの救済という意味が悪人正機の考えの中にあるような気もするが、鳥や魚をとっても五逆罪にはあたらない。

最後に、書状のことに行きつく。書状の親鸞は、法然を髣髴とさせるところがあり、穏やかに法を説く人間に見える。しかも、書き方はどれも似ていて、二元論を否定するところでも共通する。やはり親鸞は生涯法然の弟子という立場を堅持し、その理解も、法然からずれていないのではないか。だんだん、そんな気がしてきた。この部分は明日書くことにする。

オウムの逃亡犯平田信についての報道が続いているが、17年間ほとんど外界と接触せずに逃亡生活を続けていたらしい。親鸞が東国にいたのは20年ほどらしいが、その間に多くの弟子を作っている。簡単に比較はできないにしても、17年と20年の中身の開きはあまりにも大きい。平田が有罪になれば、彼は獄につながれ、あるいは生涯そこから出られないかもしれない。無期囚の仮出獄がほとんどなくなった現状では、その可能性の方が高いだろう。彼の人生はいったいなんだったのか。考えると暗澹たる思いにかられる。

January 12, 2012

1月11日(水)親鸞の『教行信証』と格闘する

一日家で仕事。ヒルズに行った方が暖かく一日が過ごせるのだが、図録とかをもっていくのが大変なので家で作業をするしかない。親鸞の本も佳境に入り、東国の親鸞が何をしたか、そして東国で書かれたと考えられる『教行信証』の内容について考える部分になる。

『教行信証』というのは、本とは『顕浄土教行証文類』という。これは、親鸞自身がつけたタイトルで、最後の「文類」というところがみそだ。あるいは「証文類」として考えてもいいかもしれない。タイトルを訳すれば、浄土教の行がいかに正しいのかを顕した証文の類となる。こういう意味なのかどうかはわからないが、そのスタイルからすればそうだろう。とても、現代的な感覚では著書とは言えない。親鸞が生涯にわたって、これを直し続けたというも、データベースのようなものだったからかもしれない。データが増えれば、おのずと改訂が必要になる。

したがって、その内容が何かを追うこと自体が、作られた目的に反するかもしれない。だから、親鸞もこの本を読めとは信徒に勧めていない。勧めているのは、兄弟弟子の書いたものだ。こんなことを考え、それを文章にしていくというのは、かなり大変。ということで、20枚はいかなかった。

夕方は、近くの「焙煎急行」へ。ルワンダとか、ジンバブエとか、珍しい豆もあるが、一通り試したので、元のブラジルに戻る。明日の朝は相当に寒くなるらしい。

January 11, 2012

1月10日(火)ルテアトル銀座に玉三郎と松緑を見に行く

連休も終わったが、暮から正月にかけて仕事続きだったので、さすがに今日は仕事をする気がしない。そこで、ル・テアトル銀座の「坂東玉三郎初春特別公演」に出かけることにする。去年は、海老蔵騒ぎで、急遽玉三郎が公演をしたのではなかっただろうか。

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最初は、お年賀の口上。玉三郎ひとり。そのあとは、「妹背山」の道行と御殿。最初の「道行恋苧環」。やはり笑三郎と右近がよくない。二人が何者だかもわからなければ、関係もよくわからない。そこに玉三郎のお三輪が登場しても、関係がはっきりと出ていないので、ただ焼きもちを焼いているだけにしか見えない。歌舞伎は個々の芸とはいえ、やはり背景となる関係性が浮き出てこないと、そのなかでの演技も意味をなさない。これが全体に後を引いている感じがした。

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「三笠山御殿」では、松緑が登場し、鱶七。猿弥の入鹿との対決は、あまりこれまで見たことがなかったような気がした。松緑は最近なかなか良いのだが、これはまだという感じ。猿弥が悪くはないがスケールが小さいのが響いている。これが、もっと悪人に見えれば、鱶七も生きるはずだ。その後、お三輪が登場し、官女にいじめられるが、ちょっと型どおりで、いじめが徹底していない。自分の生血が入鹿殺害に使われるということで満足するというのも、お三輪の求女との関係があってのことではないか。

やはりルテアトルは歌舞伎を考えてない舞台なので、花道も安っぽい。それを逆手に取る方法もありそうだが、どうもしまらない。客席で飲み物さえ飲めないのも歌舞伎的ではない。というわけで、不満が残った公演だった。


January 10, 2012

1月9日(月)休みのはずなのに全然休みにならない日『怪処』という雑誌をもらう

正月からあまり休みという感じがしないし、この3連休もすべて仕事になった。

朝は、家で仕事。『ローマで王女が知ったこと』が筑摩書房で文庫になるので、そのための原稿の直しをする。女子大の先生が書いているというスタイルになっていたが、それだと現状に合わないので、そこら辺りを中心に筆を入れていく。午前中には全部は終わらなかった。

午後は、2時から取材。昨年末に頼まれたもので、今なぜアレフやひかりの輪に若い人が入るのかというテーマだが、やはり事情が変わったので、平田の話が中心になる。その取材に来た吉田悠軌さんという方から、『怪処』という同人誌をもらう。怪しげな場所についてのガイドのような本だが、これがなかなか面白い。


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そのあとも、文庫化の原稿を直していき、一応最後まで終える。それをファクスとメールをして、この作業は修了。それからは、親鸞の本の次の章の構想を立てるが、これが全体の山場になりそうで、なかなか難しい。

夜になって、7時から、津田大介さんのチームに取材を受ける。内容は平田のことで、こちらからどうかと提案したもの。1時間くらい話をするが、終わってから、伊藤青年の話などが出て興味深かった。

8時には幻冬舎の編集者が来て、校正したゲラを渡す。その作業と、ちょっとした提案について話し合ったので、10時近くになってしまった。この時間に帰宅するのはけっこう珍しい。


January 07, 2012

1月6日(金)2月に出す本の校正をしつつトースターを買う

今年は本当に寒い。朝、洗面所など10度にも達していない。

目下の仕事は、2月に刊行する『なぜ浄土真宗がいちばん多いのか 日本仏教宗派の謎』(幻冬舎新書)の校正。固有名詞がたくさん出てくるし、事実関係をたしかめないこともあり、これは簡単にはできない。でも、10日までに仕上げないといけないので、がんばるしかない。午前中いっぱい、家で校正。

午後は、昼食後にライブラリーへ。3時からオウム関係で取材があり、その前は校正の続き。1時間ほど取材を受けて、少し校正を続ける。浄土真宗まで行った。

それも早めに切り上げて、新宿のビックカメラへ。トースターが壊れたので、新しいのを買う。いろいろなメーカーのものが並んでいるが、決め手になるようなところが見当たらない。立派なものと、それほど立派でないものがあるが、内容的に考えると簡単なのでよさそうだ。ということで、軽くできているものを買う。ほかに、ブルーレイのディスクを購入する。

まだ、世間は半分休みモードで、電車もすいている。本格始動は来週からだろうが、こちらは何かあわただしい。

January 06, 2012

1月5日(木)新春浅草歌舞伎を堪能するの一日

新年にはやはり歌舞伎。今年は新春浅草歌舞伎に行くことにした。ずいぶん前に一度行ってことがあるが、まだそのころはこれほど人気がなかった。幕の内ということもあって、かなりの盛況。

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今回のお目当ては、昼の部では、最近贔屓にしている壱太郎。最初の「八犬伝」では浜路、次の「廓文章」では夕霧をやっている。昼の部では、亀治郎とともに一番目立つ。「八犬伝」は、原作はすべて読んでいるが、これまで歌舞伎では見たことがまったくなかった。テレビでもない。最近は、いろいろなところでやっているようだが、今回はその一部。壱太郎の浜路は、途中、書き口説くような場面があって、そこで一瞬、場内の空気をすべて支配してしまうようなところがあった。女形としての口跡が安定しているのがいいし、何より手の動きが繊細。あとは、亀治郎の蟇六がすごい。最後のだんまりも悪くなかった。若手がたくさんいて、それが楽しい。

「廓文章」の夕霧は大役。どうなるかと思ってみていると、これがなかなかの出来。小娘から傾城へと見事に変化している。大輪の花がつぼみをつけたという印象。もちろんこれからだろうが、存在感がある。愛之助の伊左衛門はがんばってはいるが、阿呆ぶりに抜けていない。まだまだ。驚いたのは、太鼓持ちの上村吉太郎。我當の部屋子だというが、まるで富十郎を小さくしたような感じ。こんな子役がいるとはびっくりだった。

夜の部は、演目が猿之助のものだけに、亀治郎のワンマンショー。実は、この「敵討天下茶屋聚」もまったく見たことがなかった。亀治郎の声は、まるで猿之助だが、役者としては以前の勘九郎に近い。ちょっと体の線が細いところで損をしている気もするが、観客を沸かせる能力は秀でている。どんな猿之助になるのか。かなり当代とは違ったものになりそうだ。

January 05, 2012

1月4日(水)今年の仕事始めはひどく寒い日になった

実質的な仕事始め。世間と変わらない。朝からヒルズへ向かう。ライブラリーの方々も、おそらく今日から仕事始めという人が多いのだろう。

仕事は、親鸞の本。本当に調べれば調べるほどわからないことが多く出てくる。みな、伝承と実像とのあいだで苦しんでいるが、どこかいい加減なところで探求を止めてしまっている例が多いように思う。そこをぎりぎりまで追い詰めていかないと、今回の本の意味がない。とりあえず、一章分ができる。次の章は、少し観点を変えて論じていきたい。

仕事をしている合間に、オウムの平田関係で取材が入る。一件は、ライブラリーまで来てもらって取材に答える。もう一本は電話取材。取材を受けていると、今回の出頭劇の不気味さのようなものが浮かび上がってくる。これは、まとめてどこかに発表すべきかもしれない。その手立ても考える。

帰ろうとして外へ出ると、風も強くひどく寒い。一日ヒルズのなかにいると、気が付かないが、今日はとてつもなく寒い日のようだ。あわてて、経堂まで帰る。外食という手もあるが、久しぶりに家で夕食。酒を飲みすぎて、まったく飲みたくない。

January 04, 2012

正月三が日 何やら波乱の年明け平田逃亡犯出頭など

あけましておめでとうございます。今年がよい年になるようにお祈り申し上げます。

大晦日には紅白歌合戦とゆく年くる年を見て、典型的な暮れの過ごし方をする。したがって、元日には起きる時間が遅くなったが、ツイッターを見てみると、オウムの逃亡犯、平田信が出頭したとのニュースが流れているのが分かった。ネットでもそれを確認し、もしかしたらと思ってメールを開いてみると、いくつも取材が入っていた。それであわてて連絡し、新聞社の電話取材3件とテレビの電話取材1件をこなす。自宅にもテレビ局と新聞社が一社ずつ来て、それにこたえる。予想もしないあわただしい年明けになった。その後、実家へ。

Sdim5438


2日は、皇居に一般参賀に出かける。平成の時代になってからははじめてではないか。一度昭和天皇の参賀に行ったことがある。7万人が訪れたというが、相当な人出。10時10分のお出ましは、挨拶の最後を遠くから聞いてだけだった。そこで、次の11時まで待つことにする。他にも待っている人が多数いて、身動きもできない。無事11時のお出ましに接することができた。午後は、御厨さんのお宅での新年会に伺う。けっきょく、1時過ぎから10時過ぎまでいて、相当に飲んだ気がする。学生さんのなかに、元日に初詣に行った時、並んでいるあいだに親から『神も仏も大好きな日本人』を渡されて読んだばかりという人がいた。これは幸先がいい。

3日は、年賀状を出していなかったのを出してから妻の実家へ。電車のなかで、本の校正を少しするが、昨日の飲みすぎもあり、眠くなる。というわけで、平穏でいてあわただしい正月を過ごす。


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