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September 2013

September 30, 2013

9月29日(日)知り合いの吹奏楽を聞きに行き尾崎豊の実家など朝霞を堪能

日曜日。午前中は、アゴラに原稿を書く。「葬式仏教化する創価学会の現状」というもの。霊園開発に熱心な創価学会の最近の動向を葬式仏教化という視点からとらえてみた。

昼頃家を出て、朝霞へ。副都心線があるおかげで、東上線に行くのが便利になっている。朝霞からタクシーでマルエツをめざすが、違うマルエツについてしまった。そこから歩いて、妻が行きたいという尾崎豊の実家へ。着いてみると、雨戸が閉まっている。引っ越したのか、留守なのか。と思っていると家の前に車がついた。妻の話では、あれが尾崎のお父さんとのこと。事情が分からないので、そこまで。

そこから歩いて、朝霞市民会館へ。知り合いの編集者大貫さんが入っているジャグラーズ・ウィンド・オーケストラの定期演奏会。いろいろな曲をやったが、たくさん来ている子供を意識してのないようで、プリキアやらエレクトリカル・パレードやら。その合間に、吹奏楽の曲をやるというような内容。それなりに楽しい。

終わってから、駅へ向かう途中で、アサカ・ベイカリーという店の前を通る。どうも地元では有名な店らしい。そこで上食を買って帰る。こうして朝霞を一日楽しんだ。

September 29, 2013

9月28日(土)御厨邸のギャラリーでの久しぶりの展覧会

土曜日なので、なんとなく仕事をしたようなしていないような状態で、原稿を直したり、少し書いたりする程度。

午後はヒルズへ。牧野出版の佐久間さんと、『そうそう』の次の号に載る原稿の検討。佐久間さん、電車のなかで急に倒れた人を世話して遅れる。そのあと、桜月の二人がやってきた、今後の運営について。松木君には、いまヨーロッパに1000人のレッスン希望者がいるらしい。それを管理するには組織が必要。NPO法人化を提案する。


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2人が時間があるというので一緒に尾山台で。御厨邸のギャラリー、AU HASARDでの久ぶりの展覧会へ。今回は、築山有城という作者の個展。もらったハガキからはどういうものかまったく想像ができなかったが、巧みに照明を使った展示で美しかった。

オープニングレセプションなので、いろいろな方と出会う。8時前に失礼して、帰りは三軒茶屋の安曇野でそば。

September 28, 2013

9月27日(金)この際尾上松也は襲名したらどうかと名前を考えてみる

朝は家で仕事。『日刊ゲンダイ』の生まれ順の連載、今回は尾上松也と前田敦子。果たして前田敦子の梨園入りはあるのか。松也、この際、何か襲名した方がいいような。松助は順当だが、ちょっと華がない。ほかに適当な名前があるだろうか。ここが難しい。音羽屋の系統ではないかもしれない。

昼前に新宿へ行き、歯科へ。定期健診。歯間ブラシの使い方が甘いと指摘される。もっとしっかりやらないといけない。

昼食後大手町へ。SJSの事務所。津田塾の学生が卒論のための取材に訪れる。1時間ほど、葬儀の変化や自然葬の今後について語る。そのあとは、別の来客と懇談。

夜は、5月の歌舞伎座「鶴亀」を見る。5月はあまり興味をひかれなかったので、一度も見に行かなかった。「鶴亀」では、梅玉が圧倒的な存在感。翫雀や橋之助が、子役的な踊りをやるのはどうなんだろうか。松江も首ががちがちで、なんだか堅苦しい。

September 27, 2013

9月26日(木)ザ・ニュースペーパーの番組の収録と島薗氏の『日本仏教の社会倫理』

午前中から午後にかけては家で仕事。まず、文芸春秋社から頼まれていた、外国人労働者問題と宗教との関係についての原稿を仕上げる。イスラム教は土葬。それで日本でもトラブルが生まれていたりする。そうした問題について考えてみた。

午後は、葬儀の本、新しい章に入った。葬儀がなぜ難しいのか、その構造から考える個所。この後は、葬式仏教のことを問題にし、最後にではどうするかの方向に行くことになりそうだ。

夕方、虎ノ門へ。JFMで放送される、ザ・ニュースペーパーの「PEOPLE~日曜日の朝刊・世界を笑え!」という番組の収録のため。リーダーには一度お会いしたことがある。話は『プア充』について。これは、この本の特徴だが、読んでくれた人は、本当に共感してくれる。おかげで番組の収録もいたってスムーズに終わる。

島薗進氏からいただいた『日本仏教の社会倫理』という本を読み終える。正法という観点から、日本における仏教の在り方を見直した本。島薗氏がこうしたことを問題にすること自体が興味深いが、なんとなく、各宗派における正法観の分析の部分は、新左翼のセクトの差異を分析しているような感じがした。ただ、その分面白い。最後に、震災以降の仏教者の実践でまとめられていて、島薗版「がんばれ仏教」になっているのが、ちょっと物足らない。そこには、理論性というものが欠けている。根本的には、浄土教系の信仰を評価しすぎてきた日本のインテリ批判ではないか。これから、どう展開するのか興味深い。

September 26, 2013

9月25日(水)『プア充』の集中取材と富田倫生さんのお別れの会

午前中は家で仕事。葬式の本の原稿を書く。4章がもう少しで終わる。

昼前に家を出る。ヒルズへ。時間がないので、ロブションでパンを買い、急いで食べる。『プア充』関係の取材がまとめて3本。夕刊紙、ラジオ収録、週刊誌。何度もこの取材を受けているが、読んだ取材者が妙に納得しているのが面白い。

終わってから、日比谷へ。東京会館で開かれた、青空文庫の富田倫生さんのお別れの会とシンポジウム。富田さんとは面識がなかったが、『パソコン創世記』のなかでヤマギシ会のことが出てくるのが気になっていた。無所有の考え方が、青空文庫には生きているような気がしている。


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最初はシンポジウム。津田君や平田さんの話を聞く。それから、お別れの会。武田徹さんとまずは挨拶。田原総一郎さんと富田さんとの深い仲は知らなかった。途中、山形浩夫さんがいたので声をかけてみる。初対面。でも、そうそうに逃げられた。そういえば・・・

途中、富田さんの奥さんにヤマギシ会との関係について聞くと、あれは後輩の話だという。ただ、スピーチのなかには、富田さんが共同体や金が要らない社会ということに関心をもっていたことがうかがえた。やはり生前に伺っておくべきだったと後悔した。

September 25, 2013

9月24日(火)『日本人はなぜ富士山を求めるのか』が発売になり伊勢丹では伊勢丹柄のスリーピースを見つける

今年7冊目の著作となる『日本人はなぜ富士山を求めるのか』が発売になる。発売元は徳間書店で、新書より一回り大きな徳間ポケットから。副題は、冨士工と山岳信仰の原点。富士山をめぐる信仰世界をさぐってみた。


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朝は家で仕事。今日の千葉のカルチャーセンターでの講義の準備にパワーポイントを直した後、葬式の本の第4章を書く。葬儀産業についてといったところ。

昼食後、もう少し原稿を書いてから千葉へ。ところが、総武線の各駅停車が遅れて電車がこず、千葉駅に着いた時にはすでに3時21分。千葉駅が工事中で時間はかかるし、若干遅刻。5分遅れで講座がはじまった。そこでは、伊勢神宮について語る。

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終わってから千葉駅まで歩くが、また、帰りの総武線のホームがいくつもあり、おまけに遅れていて何に乗っていいかわからず混乱。千葉駅は使わない方がいいという結論になる。東京経由で新宿3丁目。伊勢丹のヒッキーフリーマンで、先日頼んでいたジャケットのデザインと裏地などを決める。ウィンドーには、刷新される伊勢丹のショッピングバックの柄をモチーフにしたスリーピースが。

最後にビッコロで、電動歯ブラシの替えを買う。やっと見つけた。ビッコロ、上の階から撤収したのか。売り場が変わっている。

September 24, 2013

9月23日(月)お彼岸に最澄について書き永代供養という考え方の矛盾について考える

秋分の日。だいぶ涼しくなり、秋らしくなってきた。

休みだとはいえ、締め切りを過ぎた原稿があるので、休んではいられない。『一個人』に今月から連載がはじまる比叡山の高僧、開祖たちの連載。2回目は、最澄について書く。すでに書き出してはいるが、最澄が一体どういうことをめざしていたのかをわかりやすく書いていくのは結構難しい。空海との関係も、俗説とは違うし、徳一との論争となると、今一つわかりにくいところがある。

今回調べていて、一番大胆な試みが大乗戒壇の設置ということ。それまでは、中国式のやり方で戒を授け、それで正式に僧侶を生んできた。ところが、最澄はそれをすべて撤廃し、最終的には本人の心からの懺悔によって得度できるという道を作った。これは、のちの鎌倉新仏教の開祖たちにも通じていく。ただ、それでは僧侶の品質保証がかなわないので、12年籠山のような仕組みを用意した。そうなると、だれもが成仏できるとしながら、修行を必要とするという矛盾に直面することになる。

そんなことを一日考えていたせいか、急に永代供養ということが気になってきた。なぜ永代に供養しなければならないのか。どこで成仏できるのか。永代供養墓に入るということは、永遠に成仏できないということになりかねない。仏も供養の対象にはなるが、仏の側が布施して供養してもらうという形もおかしい。仏教界はこの点をどのように考えているのだろうか。

September 22, 2013

9月19~21日(木~土)芦屋の朝日カルチャーから龍谷ミュージアムKBS京都かわもとそしてSJS静岡への旅

木曜日は、午前中は家で仕事。『一個人』の連載、第2章として最澄について書く。かなり書いたが終わらない。締切には間に合わないのは確実。午後はSJSの事務所へ。いろいろと用件があった。遅くなって季織亭で飲むことになってしまった。

金曜日は、朝から新幹線で新大阪へ。そこから新快速に乗り換えて芦屋。朝日カルチャーセンターでの講座。神道について一回で語る。ヴァーチャルな伊勢参りと出雲大社詣でを含んで1時間半。質問が15分ほど。30名を超えていたので、カルチャーとしてはかなり盛況。


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終わってから、新快速で京都へ。ホテルに寄ろうと思ったが、時間がなく、そのまま龍谷ミュージアムへ。「極楽へのいざない」という展覧会。初めての場所なので行くのに迷った。第一部の浄土信仰はそれほどでもなかったが、第2部の練供養は、まとまった展示なので、勉強になった。図録も買う。一度練供養は見てみたい。浄真寺は次いつだっただろうか。

近くのホテルによってから、地下鉄の京都駅へ。コーディネーターの山野さんと落ち合って、KBS京都へ。「京biz」というコーナーで『プア充』を取り上げてもらうことになり、その収録。聴き手が、本をしっかりと読んでくれたので、短いがとてもよい収録になった。

その直前、ツイッターで見ると、『プア充』がアマゾンで100位以内に入っている。急上昇。インターネットでの投稿が拡散して、そうなったらしい。終わってから、祇園のかわもとへ。大将スペシャルの御造りなど。しめは、赤穂鯛の雑炊。ホテルにタクシーで帰る。

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土曜日は、朝、あまちゃんを見て、朝食をとり、プールへ。誰もほかにいなかったのでゆっくり。10時半にホテルを出て、新幹線で静岡へ。SJS静岡県支部の集まり。40人ほどだが、比較的年齢層が低い。ゼロ葬とともに、新しく思いついた「マイ自然葬」についての提言など。議論も活発。終わってから駅で寿司をいただき、東京へ戻る。


September 19, 2013

9月18日(水)『日本人はなぜ富士山を求めるのか』の見本から林真理子さんとの対談そしてツイ友の会

午前中は家で仕事。葬式の本の原稿、第3章を書き上げる。

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そのかんに、今度徳間書店から出る『日本人はなぜ富士山を求めるのか』の見本が届く。表紙がきれいでいい。富士山をめぐる信仰の世界をさぐる内容のもの。23日発売。

昼食後ヒルズへ。葬儀業界の業界誌『ヒューネラルビジネス』の取材を受ける。最近の葬儀事情と、今構想している「ゼロ葬」について語る。

そこから、赤坂エクセルホテル東急へ。『週刊朝日』での林真理子さんとの対談。林さんとははじめてお会いした。『プア充』の本をきっかけに、お墓や宗教、ミッションスクールやら、いろいろな話題が出た。

終わってから、用事があってSJSの事務所へ寄る。そこから近い、毎日新聞社のホールで、「ツイ友の会」なるものをやっていて、早野さんが飲んでいるということを知り、会場へ。これは、早野さんと江川紹子さんがやっている会のようだ。江川さんとは久しぶり。亡くなられたお父さんがペットと墓に入ることを希望されていたが、寺からは畜生と一緒というわけにはいかないと断られたという。それをどうしたらいいか、相談される。

ほかに、玉井さんとか、池田香代子さんとか。毎日新聞の記者で昔の知り合いなど、さまざまな人と会う。開沼博君にもあいさつしたが、なんとその直前に『サピオ』の取材で、『プア充』についての感想を求められたらしい。びっくり。2次会には参加しないで帰宅。

September 18, 2013

9月17日(火)亀還ると名古屋のジャズ喫茶

朝、来訪者あり。まだ、宅急便などが来ない時間。隣の方で、なんと行方不明になっていた我が家の亀をもってきてくれた。ずっと、近くにいたらしいが、台風の雨で水が増え、それで発見されたらしい。

9時前に家を出るが、電車が乱れている。半蔵門へ。少し遅れた。TOKYO FAのBLUE OCEANという番組に生出演し『プア充』について語る。終わってから、タクシーで東京駅へ。名古屋へ。カルチャーセンター。

ついたのが、数分前でぎりぎり。中日文化センターでの講座は、今期6回目の最後。近代における神道と、とくに天皇との関係について話をする。これで、前のと合わせると一年話したことになる。全部で18時間。一日中しゃべり続けたようなもの。

ちょっと、時間があったので、名古屋のジャズ喫茶へ。栄のユリという老舗に行こうと考えたが、閉まっていた。仕方がないので、少し離れているが、藤が丘の青猫という店に行く。雰囲気がいい。JBLのSE9800が鳴っていた。あとはゴールドムントらしい。こんな店が家の近くにあるといい。

中日が最後ということで、熱田の蓬莱軒へ連れて行ってもらう。ここははじめて、まだ5時過ぎだというのに、帰る客もかなりいるし、次々と人が来る。相当に繁盛しているのに驚く。ひつまぶしの店。やはり茶漬けにするとうまい。

そこから、名古屋駅までタクシーで送ってもらい帰宅。

September 17, 2013

9月15・16日(日月)幸福の科学と池上彰の共通性を探ってみる

週末から月曜日にかけては、台風接近で大荒れ。日曜日は、夜、桜月流美剱道の公演「月のけはい」を見に行く。賢人は佐治晴夫先生。自分が出た時には、何が行われているのかわからなかったが、これでよく分かった。贅沢な公演だと思う。終わってから、妹と大森の「レシャット」へ。帰りは電車がなくなりタクシー。

日曜日は、朝は大雨。午後になると、雨がやむ。新御茶ノ水へ。サンガの会社の下で講演。テーマは、「幸福の「科学」と池上彰」というもの。幸福の科学の霊言が、要は、難しい現実をわかりやすくしてくれるものだという点で、池上氏の解説と似ているのではないかということから、両者の共通性を探ってみたが、意外に深いところでつながっている気がした。

終わってから、近くでお茶。というのも、「月のけはい」でこの日出演する塚本こなみさんが、浜松から新幹線で来ることになっていたが、電車が止まり東京になかなかつけなくなっていた。昼は佐治さんが代役。夜は、もしこれなかったら、私がということになっていたが、なんとか到着し、代役をしないでもすんだ。

September 15, 2013

9月14日(土)『そうそう』第2号にのせる巻頭論文を一気に書き上げる

土曜日。台風が近づいているらしいが、日中はまだその影響はない。

昨日、3回もしゃべったので、さすがに疲れ気味だが、そうも言っていられない。まず、『アサヒ芸能』の連載、東京でのオリンピック開催が決まったので、それにちなんで「聖火」の話。私たちは、当たり前のように聖火という表現を使っているが、実はこれは東アジアだけ。そこから、聖火リレーの起源とナチズムの関係など、掘り起こしていくと実に面白い。そんな原稿を書いた。

昼食の後は、図書館に本を返しに行って、魚真。天候が悪いのか、不漁。しろえびとアジ、それに明太子。ここの明太子はとても安くておいしい。

午後は、SJSの『そうそう』第2号に書く、巻頭論文を書く。タイトルは「自然葬からゼロ葬へ」。新しい運動の方針を、これまでの経緯を踏まえて書いてみる。20枚を一気に書き上げた。なるべくわかりやすく書いてみたが、まだ書かなければならないことがありそう。とりあえず、編集担当理事に送ってみる。

というわけで、休みなのに仕事の一日。月曜日は、サンガ・クラブで話をしなければならないし、火曜日は中日文化センターの講義がある。その準備もぼちぼち。

September 14, 2013

9月13日(金)SJSの市川集会と桜月流美剱道の公演「月のけはい」が無事終了

午前中は家で仕事。葬式の本の第3章を書き進める。10枚以上書いたか。

昼前に家を出て、市川へ。葬送の自由をすすめる会の市川集会。事務局長の地元だけに、会場はいっぱいで立ち見も出た。途中までしかいられないので、1時間15分ほど話をして、質問を受けた。テーマは、「直葬・自然葬・ゼロ葬」。しばらくは、SJS関係ではこういう話になるだろう。

終わってから天王洲アイルへ。桜月流美剱流の公演「月のかはい」に出るため。ところが、今日が13日の金曜日で仏滅のせいか、浜松町でモノレールを乗り間違え、羽田空港の国際線ターミナル駅まで行ってしまう。時間がないし、焦ったが、どうしようもない。なんとかモノレールで戻って、開演10分前に会場に入る。立ち位置も分かっていない。


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今回は、剱舞と講演とを組み合わせたユニークなもの。まず、神谷宗家と私が対談し、それを受けて松木君のソロ。そしてまた、対談、剱舞と続いていく。最後は、宗家の難しい問いに答えて、私のモノローグ。それが15分ほど。また、剱舞があって、一番最後に、私が自作の詩を読むという進行。二回公演で、対談の内容もモノローグもまったく別のものにした。いろいろな人に来てもらったが、宗家の関係でよく鈴木忠志さんのところでお会いした元文化庁長官の近藤氏とも挨拶。1回目と2回目のあいだでは、公演を見てくれた編集者と本の打ち合わせをしたりもした。

とりあえず、無事に終わる。ただ、自分では公演全体を見ていないので、どういうものかよく分からない。ほかの先生が出演するものを見たいと思った。日曜日にでも行くとしようか。

いかに朗読した詩をのせる。

 それは何なのか。
 それは何であったのか。何であろうとしているのか。
 男の頭のなかに、何かが浮かぶ。それが何なのか、意味の分からないことばと、とりとめのない夢のような絵姿が浮かぶだけで、それもすぐに消えてしまい、こころには何も残らない。
 男は試みに剣をふるってみる。剣は滑らかに男の周りの空気を切り裂き、元の鞘へ戻る。
 もう男の頭のなかには何も浮かばない。目は何もとらえず、耳も音をとらえない。
 だがそこに、気配だけがあった。
 遠くで稲光がしたが、いつまで経っても雷鳴は聞こえてこない。
 あれは稲光ではなかったのだろうか。
 男はもう一度剣をふるう。剣は何かに当たった。当たったまま、それをまっすぐに切り裂いていく。
 男の前には半分の月があり、切り裂かれた残りの月は、粉々に砕けて、そのまま宙に消えていった。
 月はじっと男を見つめている。男は、気配の主がその月だと気づいた。
 男は見つめられていることに恥ずかしさを感じ、見つめている半月を切り裂く。
 飛び散った月の断片は桜の花びらとなって降り注ぐ。
 すでにその下には男の姿はなく、ただ剣だけが宙に浮かんでいる。


September 13, 2013

9月12日(木)JFM「デイリーフライヤー」の収録やら会員管理システムの売込みやら

朝は少しだけ家で仕事。葬式の本の続き。

そのあと、大手町へ。SLSの事務所。監事でもある奥津さんが見えて、他のNPOで会員管理のシステムが利用できないかという話をする。金セッッピョルさんも大阪から来ていて、一緒に話をする。論文指導の話や、最近の大学入試での出題傾向など、興味深い。

昼食前に半蔵門へ。グランドアークで昼食をとったあと、TOKYO FMへ。そのなかにあるJFNのスタジオで、『プア充』の本について語る番組の収録。これは「デイリーフライヤー」という番組で、放送は9月17日(火)13:00–13:30となる。東京では聞けないが、FMの地方局29局にネットされるという。

収録が終わってから、再びSJSへ。今度は、寺院デザインの薄井さんが来て、最近のお墓事情について話を聞く。墓地の認可業務が都道府県から市町村に下りたことで、許可が難しくなり、墓地が作れなくなっているという。そのほか、マーケティングをしらない坊さんの永代供養墓の話など。広告しなければ、だれも墓は買わない。こちらでも、会員管理システムをお寺で利用できないかという話をする。

事務所でずっと働いてきた福島さんが明日限り。明日は集会で事務所に行けないので、ご苦労様の挨拶。

5時には、信濃毎日から電話取材を受ける。長野でも家族葬が急増しているらしく、その背景などについて語る。

September 12, 2013

9月11日(水)金曜日の桜月流「月のけはい」は島田裕巳ワンマンショーの気配だとわかるなか「陰陽師」を楽しむは

午前中は家で仕事。葬式の本の原稿、第2章を書き終えて、第3章の概要を考え、文章も数枚分だか書いていく。今日書いた分は、15枚くらいだろうか。

昼食後、東雲へ。新宿からりんかい線乗り入れの埼京線。意外と簡単。東雲駅は初めて下りたが、倉庫街。その一角にスタジオがあった。金曜日に出演する桜月流美剱道の『月のけはい』の通し稽古、というか場当たり。私がどういったことをするか確認していったが、90分の時間のうち、半分以上が私の話ということになっている。これでは、「島田裕巳ショー」だ。意外に役割が大きいのに驚く。

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終わってから、松木君に歌舞伎座まで送ってもらう。ようやくチケットがとれた「陰陽師」を見るため。4時前に入ったので、檜でお茶。はじまってみると、思っていた以上に面白かった。前半は松緑、後半は染五郎が善玉の主役で、悪玉は海老蔵と愛之助。善玉の方がなかなかよいので、悪玉も光る。海老蔵は首だけになって叫ぶところと、最後、愛之助を道連れに冥土へ向かうところは、さすが。菊之助も悪くはないが、いつものように同じ調子なので、それが単調に感じられる。問題は、亀蔵の衣装。これがおかしい。しかし、新作歌舞伎でこれだけ面白かったのは、「研辰の討たれ」以来ではないだろうか。おそらく再演になるだろう。

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舞台がはねてから、銀座魚真へ。入ってみて、乃木坂の店長だった橋本君がいるのに驚く。彼はスーパーバイザーになったらしい。大間の鮪の串焼きがとくに美味。

September 11, 2013

9月10日(火)頭の中は行幸と最澄のことでいっぱいだが原稿を21枚書いてカルチャーで講義し伊勢丹メンズ館10周年に行く

前の日の夜、朝日新聞に載った伊勢神宮の記事で、明治天皇がはじめて伊勢神宮に参拝というものがあった。そこで、持統天皇が最初だったんではとツイッターしてみたら反響があった。そのなかに、持統天皇は行幸で、伊勢神宮に参拝しているわけではないという反論というか、指摘があった。

これは、けっこう難しい問題で、参拝、とくに天皇の場合には親拝と行幸との違いをどう考えるかということになる。熊野行幸は一時流行したが、これは天皇ではなく上皇。となると、そもそも天皇が神社に参拝するということがあったのかどうか。孝明天皇は石清水八幡宮に参拝したようだが、これは近代のことととらえてもいい。行幸論とまでは大げさではないが、考えなければならないことがある。

そんなことを考えつつ、午前中は、家で仕事。葬式の本の原稿を21枚書く。時間さえあれば、やはり書ける。そのあいだに、富士山の水、ワイン、そして町山君の映画と恋愛の本が届く。

午後は、千葉へ。朝日カルチャーセンターで神道について講義をするため。行の電車で最澄についての本を読むが、最澄が大乗戒壇を構想したくだり、読んでいてはまってしまった。これは、僧侶をいかに生むかという点で、重要なこと。最澄は非常に興味深い存在に思えてきた。これも考えないといけない。

講義は、出雲大社を中心として、神社の在り方について語る。SJSの元理事、平野さんもいつものように来てくれた。
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千葉から新宿へ。最後は、伊勢丹メンズ館の10周年。今年は、お客を少し絞ったのかもしれない。例年のようには混雑していなかった。今年の遊びは、還暦にちなむもの。果たしてうまくいくか。

September 10, 2013

9月9日(月)久しぶりに本の原稿をまとめて20数枚書く

今日は珍しく一日家。しかも、連載原稿もとりあえずなく、本を書く作業に集中できる。ここのところそうした機会があまりにもなかった。これからは、時間を確保していかないといけない。結構これが難しいことだが。

本の原稿は、葬式について。葬式と墓がどうしてこんなに厄介なことになったのかを解明し、今の社会の資本の論理との関係を論じるもの。葬式も墓も、これまで何度か書いてきたが、状況は刻々と変化している。今日は、第1章を20数枚書く。これだけまとめて書いたのは久しぶり。時間があれば書けるのだ。

20枚を超えて書くと、その時点でいっぱいになり、あとは何もできなくなる。本を読むのもおっくうに。それに、冷房なしで仕事をしていたせいか、夕方には散歩に行く気力もなかった。まだ少し暑い。

夜、朝日新聞の夕刊を見ると、伊勢遷宮の解説記事が。そのなかに、伊勢神宮に最初に参拝したのは明治天皇という記載が。これ、本当に困った間違い。やはり「アゴラ」にでも書く必要がありそうだ。

September 09, 2013

9月8日(日)日本人の死生観を巡って3時間近く対談をするが豪雨のなかドンピシャで娘をピックアップ

日曜日だけれど仕事あり。午前中は、カルチャーセンターでの講義の準備をする。パワポを用意し、映像を確認する。レジュメは簡単なものにした。

午後は、麹町へ。途中、永田町で昼食。駅の中が食堂になっているのをはじめて知る。朝が遅かったので、おにぎりを二つ食べる。

麹町から文芸春秋社へ。『文芸春秋』来月号が歴史の特集で、そのなかで日本人の死生観の対談に出るため。お相手は、東大史料編纂所の本郷和人氏。初対面。話は現代の死生観の変化からはじまって、中世にさかのぼって、それがどうだったのかを確認していくような方向。ただし、当時の僧侶の在り方や仏教の持つ意味だと、多岐にわたり、途中これで死生観の話としてまとまるのだろうかと思ったが、最後、現代に戻ってうまくまとまったような気がする。終わってみると3時間近く話をしたことになる。

終わって、タクシーを呼んでもらったが、外は豪雨。日曜日なので通用門から出るが、そこから歩かなければならず、そこだけで雨に濡れた。渋谷へ出て246から世田谷通り。ちょうど娘がサイエンスクラブの帰りで、車が通る世田谷線の宮の坂駅に帰ってくるというので、ピックアップすることになる。タクシーが駅に差し掛かったところで、ちょうど娘の乗った電車が到着。うまくピックアップできた。あまりにタイミングがよかった。その時間は、また豪雨になっていた本当に助かった。

夜は『半沢直樹』。堺は本当に恫喝するところが怖いね。

September 07, 2013

9月6日(金)『そうそう』の今後の方針を提案するが夜の会食は1時近くまで続いた

午前中は家で仕事をする。『アサヒ芸能』の連載で、天皇の火葬問題について取り上げる。それから、葬式の本、少し書く。なかなかこれに集中できない。

午後はSJSの事務所へ。システムのこれまでの経緯と、次からの『そうそう』の内容について。『そうそう』については、自然葬からゼロ葬への流れを強調し、運動に動きをうむきっかけにしていかなければならない。そのためには、運動誌としての性格を強化していく必要があり、こちらで方針を明確にしていかなければならない。とりあえず、これから3号分の内容を提案する。

その後、事務所に、現在進行中の本の担当編集者と、これから書く本の担当編集者が来て、打ち合わせをする。書く本の方は、しだいに内容が決まってくる。果たしてどうなるのか。

夜は、荒木町で会食。話がはずみ、外に出て時計を見たら、なんと1時近くになっていた。午前6時半からだから、6時間も飲んでいたことになる。どこかで時間が消滅してい待ったかのよう。仕方ないので、タクシーで帰宅。

September 06, 2013

9月5日(木)J-WAVEに出てから親孝行とお金と村上春樹の取材を受け最後は打ち合わせで一日が終わる

朝は早起きして、ヒルズへ。『プア充』について紹介してもらうため、別所哲也さんのラジオ番組に出る。JーWAVE。深夜の雷雨で小田急線が遅れているというので早く出たが、遅くはならなかった。15分くらいの枠なので、あまり長くはしゃべれなかった。別所さんとは、大昔サイババの取材でちょっとどけ因縁がある。合間にその話もする。

ラジオ出演が終わってから、ライブラリーへ。さすが時間が早いのでほとんど人がいない。9時半から、女性週刊誌の取材で親孝行について。これは、小林よしのり氏が、余命半年とか宣告された母親のもとに仕事が忙しいので帰らないと宣言したら、ブログだかが炎上したということが発端らしい。もっとも、小林氏の母上、その後も氷川きよしのおっかけに奔走しているとのこと。

さらに、11時からは女性誌の取材で、お金について。若い人のお金についての不安にこたえるといった内容。話していて、断るということが一番問題なのではないかということに気付く。どうも人生うまくいかないと思っている人は、どこかで何かを断った、あるいは断り続けてきた経験があるのではないか。

昼食は歩いて吉野家へ。ちょっと「プア充」。午後は、2時から朝日新聞の英語版の取材。昔よく来た記者が久しぶりに来訪。村上春樹氏のことについて聞かれる。話していて、こちらも、村上ワールドは構造が能と等しいものだったということに気付く。死者が訪れてきて、何かを語り、また去っていく構造は、まさに能。それが、『1984』のBook3から崩れ、『多崎つくる』ではまったく影をひそめていた。どうもそこにオウムの問題がからんでいるようだが、それについてはもっとまとめて考えないといけない。

最後は、牧野出版の佐久間氏が来て、いろいろとこれまでの経緯について伺う。それで6時。一日よく働いたというか、人に会いすぎた。

September 05, 2013

9月4日(水)上野の東京国立博物館で「和様の書」の展覧会を見る

午前中は家にいて、仕事。最初に、「アゴラ」に記事を書く。タイトルは、「なぜ福助の歌右衛門襲名は大ニュースなのか」。「アゴラ」を読んでいる読者は、歌舞伎にはあまり興味がないかもしれないが、ビジネス的な観点で見ても、あるいは組織論としても興味深い話題のはずだ。

それから、『日本人はなぜ富士山を求めるのか』の再校ゲラが来ていたので、それに目を通す。初校から、まえがきとあとがきが増えた。写真のキャプションに少し手を加える。

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昼食後は鴬谷へ。東京国立博物館へ行く。会期の終わりが迫っている「和洋の書」を見るため。日本人が書いた書の傑作の多くが展示されている。あまり内容を事前にチェックしていなかったが、4大手鏡がすべて出ていたらしい。もっとも、全部を一度には見られなかったようだ。書の展覧会は見に来る人が少ないが、ゆっくり回っていると、ずいぶん時間がかかる。終わってから、本館で運慶快慶周りの仏像の展示を見る。

その後、上野駅近くの喫茶店で、編集者と打ち合わせ。これは、日曜日にやる日本人の死生観をめぐる対談のための下準備。

September 04, 2013

9月3日(火)踊る宗教の教祖の孫が参議院議員になっていることを知る

まだ暑い。予報では、だんだん涼しくなるということなのだが、その気配が見えない。

午前中は家で仕事。仏像の本の直し、順調に進んで、最後まで終わる。それから、頼まれていた「あまちゃん論」を見直し、少し修正してそれを送る。一つ一つこなしていかないといけない。

午後は、SJSの事務所へ。システムつくりの担当者が来ているので、今後について話をする。途中、週刊誌の記者が来て、この前の参議院選挙と新宗教の票の関係について取材に答える。これを受けるにあたって、調べていて興味深い事実を知った。自民党の比例区で当選した北村経夫氏は、天照皇大神宮教の教祖、北村サヨの孫。しかも、サヨの後を継いだ孫娘の清和の弟にあたる。当然教団から支持されているが、統一教会系の世界平和連合からも支持を得ているらしい。天照皇大神宮教と言っても知らない人が多いかもしれないが、戦後「踊る宗教」として注目された。

事務所を出てから、大手町の紀伊国屋へ。今度対談する東大の本郷和人さんの本を購入する。

September 03, 2013

9月2日(月)「新薄雪物語」も「吉原雀」も消化不良

朝は少しだけ家で仕事。仏像の本の直し、唐招提寺のところまで行った。

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家を出て、東銀座へ。歌舞伎座。昼の部。花形歌舞伎で、「新薄雪物語」と「吉原雀」。

まずは「新薄雪物語」。この作品あまり上演されない。私も1度しか見たことがない。大作で役者がそろわないと上演できないと言われている。たしかに、過去の上演記録を見るとそうそうたる役者が並んでいる。ただ、見た時の印象では、これは歌舞伎というものに対するパロディーかと。たとえば、女性の方が男性に対してひどく積極的だったり、子供を守るために親が切腹したりする。それを花形でやるというのは、初めてのことではないか。

役者の言葉を読むと、この作品を見たことがないというのも少なくない。少なくともみな初役。それで、「新薄雪物語」をやるというのは、これはどう考えていいか難しい。3階で見下ろすように見たせいか、ちょっと眠かった。海老蔵もたいしたことがないし、このところ心境著しい梅枝も、声が上ずって、中身がない。面白かったのは、三人笑だが、それも、子供の役者が大人をまねているようなところがあった。夜の部の配役が決まり、それで昼に何をするかとなったのだろうが、ちょっとどうか。

「吉原雀」も、勘九郎も七之助も廓の遊びという雰囲気がまったくない。帰りがけ、廊下の勘三郎の写真と目があったが、ちょっと怒っているように見えた。


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帰りにとらやへ。


September 02, 2013

8月31・9月1日(土日)細かな原稿を週末に片付け『半沢直樹』でいろいろ思う

週末、夏休みも終わろうとしている。だが、暑い。いい加減に涼しくなってほしいと思うが、容赦がない。

基本的に休みで、家からあまり外にでなかった。それでも、身近い原稿をいくつか書いた。ザッパラスの生まれ順診断の携帯サイト用のコラムが、9月分4本。これは、一人っ子と一人息子とどう付き合うか。それから、『アサヒ芸能』の連載で、エジプトのムスリム同胞団について。考えてみると、あの「アラブの春」はどうなってしまったのだろうか。それから、『週刊ポスト』から頼まれた「あまちゃん論」。これは、火曜日締切でそれまで送信はお預け。最後に、今月出る富士山の本の「あとがき」を書く。

ほかに、SJSの『そうそう』のこれからの予定について3号分考えてみる。秋からこれを武器に攻勢をかけなければならない。

日曜日の夜は『半沢直樹』を見る。堺、川原と知り合いが出ているせいもあるが、ドラマとしては面白い。ただ、前半と常務の人間性が変わったところが問題だろうか。堺側の提案として、常務を悪の権化とするアイディアが採用されたとも報道されたが、その分、前半の時の複雑な人間性が単純化されすぎてしまったようにも見える。それにしても、愛之助と中車と共演していることになるわけだから、堺も歌舞伎に出たらどうか。川原君も、幸四郎の婿だから、ついでに出てみたら。と勝手な妄想。

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