5月11日(日)松山俊太郎先生のお見舞いにうかがったらすでに亡くなられた後だった
知り合いから病状が思わしくないと聞いていた松山俊太郎先生のお見舞いに、三軒茶屋の病院にうかがう。日曜日なので受け付けが警備員の方だったが、亡くなられたとか、少しそんな話も出たが、確認するとまだ入院中ということで病室にむかう。
しかし、ベッドはから。看護師の方から、今朝方亡くなられたと聞いた。連絡をとってみると、すでに代々幡斎場に搬送されたとのことなので、世田谷線で下高井戸に行き、そこから幡ヶ谷へ行く。この斎場には来たことがない。着くと、葬儀について、ずっと先生に付き添っておられた丹羽さんや、福神の渋沢さんなどが葬儀社の人と相談をしている。
相談が終わるとちょうど4時になり、面会の時間になったので、霊安室で先生のお顔を拝見する。まだ亡くなられて、半日も経っていないので、お顔はまるで生きているかのよう。黄疸が急に出たと聞くが、お顔はたしかに黄色い。入院されてから1年半。途中奇蹟的な回復を見せたが、かえって元気になられたことで癌が急速に進行したのかもしれない。人間のからだの不思議なところだ。
やはり斎場が混んでいて、通夜は18日の日曜日、葬儀は19日の月曜日。享年83歳。
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