7月8日(金)7月大歌舞伎夜の部を歌舞伎座で見る
7月大歌舞伎夜の部へ行った。『荒川の佐吉』と歌舞伎18番の「鎌髭」と「景清」。前者は、舞台では仁左衛門と團十郎の2001年月の歌舞伎座のものを見ているはずだ。いい芝居だと思った記憶がある。実際の舞台はそれ以来ではなかろうか。
ところが、前半、なんだかおもしろくない。どこが悪いのかもよくわからないが、やはり人物像だろうか。最後になって、中車が登場し、涙の子別れになると舞台がしまったが、猿之助と中車、いとこだけに似ていて、どちらがどちらか聞いているだけではわからなくもなり、それもマイナスに働いていた。まだ、全体にこの配役だと若いということだろうか。海老蔵が成川を演じたが、最後、あっけなく佐吉に負けてしまい、果たして海老蔵がやる役なのかと疑問にさえ思った。
これを見ながら、勘九郎時代の勘三郎が、島田正吾の政五郎で佐吉を演じたものを思い出した。これは、映像で見たような気がするし、あるいは映像でも見ていないのかもしれないのだが、たしかに政五郎が島田正吾なら、全然舞台が違ったものになっていただろう。台詞のいちいちが、きっとこころにそのまま響いてくるはずだ。
最晩年、島田正吾はひとり芝居を毎年新橋演舞場で二日間だけやっていて、一度だけ実際に見たことがある。その日は美智子皇后が来ていて、芝居が終わった後、あいさつした島田氏が、最初は皇后に向かって感謝の弁を述べていたのが、途中から自分の世界に入り、これからの抱負を滔々と語っていた記憶がある。
調べてみると、それは、2002年5月30日のことで、これが島田氏の最後の舞台だった。また来年も来ようと思って、行けなかったのは覚えているが、今回調べるまではっきりと最後の舞台だとは確認できていなかった。考えてみると、とても貴重な機会に接したことになる。
海老蔵の2つの景清物は、すでに通しの『壽三升景清』で見ているが、中身はかなり変わっている気がした。最後の大立ち回り、見栄の連続だが、それがなかなか豪快で美しい。さすが成田屋。どこかふっきれたところがある。
全体に、メリハリがあったというか、いいところと悪いところが際立っていたというか、そんな舞台だった。
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