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兵藤裕己さんが校注された『太平記』(岩波文庫)全6巻を読み終えた。
刊行がはじまったのが2014年の4月だから、完結するまで2年半を要している。その途中、朝日カルチャーセンターの千葉教室で講座が重なり、兵藤さん本人にもお会いすることができた。同じひろみで、字も近い。ちょっとした縁を感じていたが、その折、校注の作業で目を悪くして、中断しているということを伺った。
その後、再開されて完結にまで至ったわけだが、たしかに注が細かい。何よりいいのは、同じ言葉に繰り返し注が出てくることで、そうなっていないとこの本は読めなかっただろう。ご苦労様というしかない。
各巻、長文の解説がついているが、とくに最後の巻の解説は南北朝の正統問題にふれて、啓発されるところが多かった。講談社学術文庫に入っている『太平記〈よみ〉の可能性』でも述べられていたことだが、今回の方が分かりやすく、また、射程が長い気がした。
昨日は歌舞伎座の昼の部へ行った。芝翫親子襲名の2か月目。
演目は、最初が「四季三葉草」。本来は儀礼である三番叟を清元に仕立てたもの。前回上演されたのを見たのかどうかはっきりとした記憶がないが、もともと格式ある儀礼だったものが色っぽい清元になるというのは、ちょっと違和感を持った。
次は、染五郎の「毛抜」。染五郎だと弾正がおとなしい。もっと江戸歌舞伎の荒事らしさが欲しいが、それを望むのは無理か。
三番目が、襲名した芝翫親子の4人連獅子。芝翫がちょっとかわいいところもあり、親子というより四兄弟の感じがした。最後の毛ぶりも、新橋之助がリーダーという、この家のありようを示している。
最後は、幸四郎の「加賀鳶」。前半はちょっとだれた感じもあったが、終わりに近づくと俄然面白くなった。幸四郎独特の体の使い方が軽妙で、道玄にはうってつけ。娘と一緒に見に行ったが、帰りがけ、「道玄は道元じゃないよね」みたいな話になる。
土曜日の午前中は、朝日カルチャーセンターの横浜教室へ。「日本神道史」の第3回目で、アマテラスについて考えてみた。1時間半しゃべるのに準備が4時間もかかった。アマテラスには多くの謎があり、まだまだ解明できていない。
横浜から、新桜台まで行く。これが今は乗り換えなしに直通で行ける。江古田駅に向かうつもりが、反対に行ってしまった。地下鉄で慣れない駅だと、方向がつかめない。
江古田について、みつるぎカフェ。松木君による時代劇の殺陣の解説。練馬区の行事に入っているので、お客さんもかなり入っていた。それにしても、三船敏郎の殺陣はすごいということを改めて学んだ。昔の時代劇を今作ろうとしても、それはできない。できるとすれば、CGだろう。
六本木ヒルズでは、クリスマスの準備が進んでいる。ツリーは、まだ点灯には至っていない。
ハロウィンが終わったらクリスマスというのが、最近の傾向だが、こうした年中行事、少し前と比べるとずいぶんと変化してきている。年中行事など毎年の繰り返しのはずなのだが、近年では、洋物が中心になってきている。その洋物のなかでも、栄枯盛衰があり、ハロウィンが盛り上がるようになってくるのに比較すると、バレンタインは一時の勢いがない。ハロウィンは、仮装で盛り上がるという点で若者の行事で、まだ家庭に十分には浸透していない気がするが、これからどうなるのだろうか。
少なくとも、正月、ひな祭り、お彼岸、五月の節句、お盆といったパターンが重要性を失っているのも事実。年中行事はどんどんと変容していく。結局はそういうものだろう。
昨日は娘のバレーボール部、都大会に出場してその大会が巣鴨の文教学院大学女子中学であった。夢にも考えていなかった都大会だが、トーナメント形式の試合では、第1セット19対24から追い上げて、ジュースにまでもちこんだものの、そこから相手にとられて24対26でセットを落とした。ここで逆転できれば、あるいはと思わせたが、第2セットは16対25で敗れ、最初の試合で敗退。それにしても、よくぞここまで来たもの。校長先生やほかの先生方も応援にかけつけて盛り上がる。
試合が終わった後は、昼食を食べて、巣鴨の地蔵商店街へ。考えてみると、とげぬき地蔵には来たことがない気がする。というわけで、商店街をめぐり、洗い観音をあらったりと巣鴨を探索する。たしかに、落ち着いていて、高齢者が来るには程よい場所だ。
昨日は歌舞伎座へ、娘と。芝翫襲名披露興行の2か月目。祝い幕が斬新。ただ、事前に知っていたので、インパクトはなかった。
演目は、最初が「綱豊卿」。仁左衛門が得意とする演目だが、染五郎の演じ方はとても現代風。分かりやすいが、『元禄忠臣蔵」の世界とは少しずれるのかもしれない。
「口上」は、前の月とメンバーが異なり、わけのわからないことを言う左団次も含まれている。前の月より時間に余裕があるのか、全体にゆったり。新芝翫の口上、力がこもっていて、なかなかいい。
次は襲名披露の演目「盛綱陣屋」。小四郎の左近が頑張っているが、芝翫、声が高くなる悪い癖が戻っている。緊張のせいだろうか。もう一つ、この人、何もしないでいるときに、気配を消すのではなく、力を抜いているように感じられ、それが舞台の緊張感をそいでいる気がする。
最後は、新橋之助の「芝翫奴」。これは、要するに「共奴」だが、もちろんまだまだ。上半身と下半身がばらばらで、奴の力強さが出ていない。明日からは一番下の歌之助、まだ中学生。いったいどうなるのだろうか。見てみたい気もする。
昨日は朝日カルチャーセンター横浜教室での『日本神道史』の2回目。神道のはじまりについて、縄文時代までさかのぼって話をした。
先日アメーバTVに出演した際、関係者の方から、横浜駅近くのショートショートシアターの招待券をいただいたので、そこへ行ってみる。1時間で4本が上映される。短いもので5分、長くて25分。出来としては、一番長い「合唱」がよかった気がするが、「数分間のロマンス」もいかにもフランスらしいエスプリのある作品だった。
最近の一般の映画は、2時間をはるかに超えているのが多く、長すぎるという印象があるが、ショートショート映画は、その点ではなかなかいい。
終わってから馬車道まで歩き、ディスクユニオンに行くが、めぼしいものはない。買ったのは、ブランフォード・マルサリスと父親のエリスの12インチシングル。こういうのははじめて買ったが、音はたしかにいい。
昨日は文化の日。日本国憲法が公布された記念日ということで、毎日新聞では憲法にかんする本の広告が。そのなかに、拙著『天皇と憲法』も含まれていた。
天皇の公務の軽減を話し合う有識者会議も開かれているが、国民全体がまだ天皇と憲法の問題に対して関心が薄い気がする。天皇が現在の憲法でも要になっていて、もしその不在という事態が起こったら、日本の国家は途端に機能しなくなる。にもかかわらず、そうした事態は「想定外」とされ、対策も立てられていない。
一つの国家の存亡が、一つの家にかかっているという事態そのものに大きな問題があり、そこに憲法の欠陥がある。天皇の在り方、地位を憲法で規定したことで、より一層、天皇家の維持が難しくなっている。果たしてこのままでいいのか。当然これからはその議論が必要なはずなのだが。
国立劇場の初日に行ってきた。今回は、全段のなかでもふだんかかることの多いものばかりで、珍しい場面はなかった。勘平が、錦之助から菊五郎に代わり、おかるが菊之助から雀右衛門に変わる。
最初の道行、菊之助の針仕事の手つきがよかった。最近はこういうのがいい。
次は、勘平の物語だが、定九郎の松緑、口から血を吐くところを失敗して、あっさりと死んでしまった。菊五郎はいったいどれだけ勘平をやったのだろうか。勘平そのもの。郷右衛門が歌六だったり、源六が團蔵だったりと、配役はかなり豪華。菊五郎劇団と吉右衛門劇団が共演しているわけだから、当然そうなるのだろう。
一力茶屋。雀右衛門がいかにも妹の甘えを好演していたが、受ける又五郎の平右衛門が器として小さい。初役ということもあるが、ニンではない気がする。吉右衛門も、最後のうっぷん晴らしの恨みの表現はうまいが、これもこの場面の大星としては小さい気がした。なにしろ、この三人はみな次男。どうしても、次男ばかりが集まると、器が小さくなってしまう。これは仕方がないことでもあるが。
昨日は、教え子、といっても珍しく男性だが、に誘われて、オーチャードホールでのリンゴ・スター・アンド・ヒズ・オール・スター・バンドの公演に行く。ロックのコンサートを生で見るのは珍しいし、ビートルズのメンバーはまったく初めて。
ステージはハロウィン・モード。スマホや携帯なら演奏中も撮影ができるというのも知らなかった。朝、リンゴ・スターのアルバムを聞いて勉強していったので、そのとき聴いた曲も演奏された。
リンゴは76歳というが、飛び跳ねたり、まったく元気。これには驚いた。きっとビートルズの時代よりも楽しいのだろう。曲のなかには、サンタナのバンドにいたグレッグ・ローリーが入っているので、よく知っているサンタナの曲がかなり演奏された。私などにはそれがいちばん楽しい。
帰りは、ハロウィンの渋谷の街を通って帰ったが、仮装した若者たちがただ歩いているだけで、これは何なのか今一つわからなかった。あとはもうクリスマスか。
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