3月17日(金)なぜ私は大物浦が嫌いなのか
昨日は歌舞伎座昼の部へ行ってきた。入場してみると、いきなり、前の日に最終講義を拝聴した早野龍五さんがいて、ご挨拶。
最初の演目は、真山青果の「明君行状記」。あまりかからない演目ではじめて見た。いかにも真山青果という作品で、偉い侍と若い侍が議論で対決するという点では、「御浜御殿」に似ている。同じ作者だからそうなるのだろう。襲名を控えた亀三郎は頑張っているが、「御浜御殿」とは違い、主君のためのかたき討ちという「大義」が欠けている分、話が小さく、やはり面白みに欠ける。どだい失敗作なのではないだろうか。
その後、「義経千本桜」の渡海屋・大物浦。実はこの演目が好きではない。なぜ好きではないかというと、大物浦での知盛が血だらけで、あまりにも悲劇的。そこがいいという人が大半なのだろうが、私は何度見ても好きになれない。それは、今の人間には、海の底にある浄土にリアリティーを感じられないからではないだろうか。その分、死ぬことが悲劇に直結する。だが、舞台になった時代では、浄土へ行くことが生きる目的になっていたわけで、必ずしも悲劇にはならない。悲劇であるとすれば、それは、安徳帝が義経によって救われてしまい、入水しないこと。安徳帝が入水すれば、海の中が浄土になる。それがないと死ぬことはただの犬死にになる。今の演じ方、果たしてそこまでを考えているのだろうか。
今回は、孫のサッカー教室の送り迎えがあるので、大物浦の前で退席した。かえってそれがよかったかもしれない。仁左衛門の引っ込みもよかったし、巳之助のなんだか江戸の人間のような荒々しさも、ほかの役者にはないもの。時蔵は初役だというが、一転高貴な身分に変わるところが見事。それだけ見ればいいともいえる。
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