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昨日は、学習院大学へ行った。先回はじめて参加して、「反知性主義と新宗教」について発表した「歴史の文体研究会」の第7回が開かれた。
発表は、秋田大学の志立正知さんの「家伝という神話―津軽藩系譜言説形成の背景を中心に」と、愛知教育大学の前田勉さんの「『中朝事実』の仮想敵は誰か―赤穂お預け事件との関連で」の二つ。前者は、津軽藩での藩主の系譜がいかに、さまざまな伝承をもとに創作されたものかを示したもの。後者は、山鹿素行が仮想敵とした儒学者は誰かという問題から、赤穂浪士による討ち入りとの関連まで。どちらも興味深いものだった。
とくに、後者の発表の最後で、浅野内匠頭と山鹿素行、吉良上野介と林蘇峰の関係について言及されたが、とくに吉良と林家との関係については聞いたこともなかったので、松の廊下の刃傷事件の謎が解明される可能性があるように思えた。まるで推理小説のようだ。
終わってからは、大学の向かいのビルで懇親会。ここは昔古いビルが建っていて、中華料理屋があった。もう20年以上前の話だ。
昨日から、江古田のThe MoN 桜月流で、「神道コンシェルジュ」の講座をはじめた。私が講師で、神職でもある桜月流宗家の神谷美保子さんが聞き手になるというもの。ときには、こちらが聞き手になり、神道界のことについても語ってもらった。
第1回は、「神道とはどんな宗教なのか」ということで、現在、多くの人たちが伝統的と考えている神道にまつわることが、明治の近代になってから生まれたものであることなどを話した。礼拝の仕方からはじめて、伊勢神宮の以前の姿、神仏習合の時代のこと、そして、東京で一番大きな明治神宮やそれに次ぐ、靖国神社が、近代の産物であることなど。
これで、神道のイメージが根本から変わったのではないだろうか。幸い、講座は好評だったようだ。次は、4月の第4日曜日に3時から行う。「神はどこにいるのか」がテーマ。
今日は東大の安田講堂へ行ってきた。トロン・プロジェクトの坂村健さんの最終講義。
坂村さんの存在を知ったのは、先週最終講義に行った早野龍五さんを通してのこと。放送教育開発センターで、コンピュータ関連の番組を作るということで、人を探していた。実際に、坂村さんとは番組を作り、その後、その番組はビデオとして販売もされた。
そんなことで、1988年には箱根で開かれたトロンのシンポジュウムにパネラーとして呼ばれたこともある。今日、スライドのなかに一瞬そのときの光景が写ったが、坂村さんはそれについて説明なしに先へ進んだので、何を話そうとしたかは不明。
最後に、挨拶をして帰った。この時代は、自分にとっても原点であるような気がする。改めて今日はその気持ちをよみがえらせることができたかもしれない。
午後銀座へ出かけた。Sound Create Legato の店の前に、Loungeがオープンしたというので、出かけてみた。前に蔵出しバーゲンをやっていたところ。Legato の方にまず寄ったら、店の人にお約束ですかと言われた。黒崎さんが来ているらしい。別に珍しいことでもない。何も約束などはしていないのだが。
黒崎さんは、伊東屋で額装してもらったというお経をもっていた。慈恵大師のものだという紙がついている。慈恵大師とは、良源のこと。天台座主にもなり、天台の中興の祖とも言われる重要な僧侶。ただ、面白いのは、死後角大師として民間信仰の世界の対象になったこと。果たしてこれが、良源によるものなのかどうかはわからないが。家に戻って調べてみると、「大方廣佛華嚴經」の一部だった。これは、80巻からなるので、「八十華厳」と呼ばれている。
Loungeの方は、広くて、居心地がよい。スピーカーの台についてと、音楽用のNASについて相談したが、前者は送ってくれることになったが、後者についてはあまりよくないという反応。それよりも、電源タップが重要らしい。
昨日の夜、マイルスの『ネフェルティティ』のアルバムをかけてみた。LPレコードだ。
今日は、比較のためにTidalで聞いてみた。すると、アンソニー・ウィリアムズとハービー・ハンコックの位置が逆になっている。まさか、装置を逆につないでいるというわけではないはずなのに、と思い、CDリッピングでも聞いてみたら、やはりTidalと同じだった。
どうしてそんなことが起こるのかと、ほかのレコードでも試してみたが、異常がない。LPでもCDでも同じだ。そこで調べてみると、発売されてから途中で、この『ネフェルティティ』は右左が変わったという情報にぶち当たった。どうも最初発売したものは間違っていたようだ。
そんなことはこれまでにはなかった。けっこうそういうことはあるのだろうか。逆だと聞いていて、なんだか変だという気はする。でもこれは、どうしようもない。
今日で、朝日カルチャーセンター横浜教室での「日本神道史」10回の講義がすべて終了した。自分でいうのもなんだが、しっかりと古代から現代まで、神道の歴史を追うことができたのではないかと思う。一般の神道史となると、現代神道の立場から神道を追うことになるので、神仏習合の時代の位置づけが難しくなる。しかし、中世から近世にかけては、それが基本だったわけで、仏教との関係を押さえないと、神道の歴史も終えない。前半は講談社現代新書の『「日本人の神」入門』で述べたことと重なるところが多いが、後半ははじめて論じたことがほとんどだ。これは、どこかでまとめないといけない。
終わってから、桜木町に出て、横浜のジャズ喫茶と言えば有名な「ちぐさ」に寄ってみる。昔のちぐさとはやっている人も場所も違うらしい。入ってみると、いかにもジャズ喫茶という音。アナログしかかからないのがいい。
リクエストが順番にまわってきたので、ヴィクターフェルドマンの「アライバル」をリクエストする。和田博巳さんの愛聴盤だが、今は手に入らない。スコット・ラファロのベースが聴きものだが、フェルドマンの方が凡庸なので、ビル・エヴァンス・トリオのようにはいかない。コーヒー500円だし、もっと早く気づけばよかった。
昨日は歌舞伎座昼の部へ行ってきた。入場してみると、いきなり、前の日に最終講義を拝聴した早野龍五さんがいて、ご挨拶。
最初の演目は、真山青果の「明君行状記」。あまりかからない演目ではじめて見た。いかにも真山青果という作品で、偉い侍と若い侍が議論で対決するという点では、「御浜御殿」に似ている。同じ作者だからそうなるのだろう。襲名を控えた亀三郎は頑張っているが、「御浜御殿」とは違い、主君のためのかたき討ちという「大義」が欠けている分、話が小さく、やはり面白みに欠ける。どだい失敗作なのではないだろうか。
その後、「義経千本桜」の渡海屋・大物浦。実はこの演目が好きではない。なぜ好きではないかというと、大物浦での知盛が血だらけで、あまりにも悲劇的。そこがいいという人が大半なのだろうが、私は何度見ても好きになれない。それは、今の人間には、海の底にある浄土にリアリティーを感じられないからではないだろうか。その分、死ぬことが悲劇に直結する。だが、舞台になった時代では、浄土へ行くことが生きる目的になっていたわけで、必ずしも悲劇にはならない。悲劇であるとすれば、それは、安徳帝が義経によって救われてしまい、入水しないこと。安徳帝が入水すれば、海の中が浄土になる。それがないと死ぬことはただの犬死にになる。今の演じ方、果たしてそこまでを考えているのだろうか。
今回は、孫のサッカー教室の送り迎えがあるので、大物浦の前で退席した。かえってそれがよかったかもしれない。仁左衛門の引っ込みもよかったし、巳之助のなんだか江戸の人間のような荒々しさも、ほかの役者にはないもの。時蔵は初役だというが、一転高貴な身分に変わるところが見事。それだけ見ればいいともいえる。
昨日、早野龍五さんの最終講義に行ってきた。場所は、東大校内の「小柴ホール」。初めて行った。
最終講義はいくつか出たことがあるが、理系の人のははじめて。222枚のスライドを巧みに操って1時間半の講義は時間通りに終わった。
早野さんとは30年来のお付き合い。話のなかに、ハッカーを捕まえたという話が出てきて、それを思い出した。初めて会ったのはその直後で、そうしたことがあったということを聞いていた。
それにしても、福島の問題は彼にとって大きいのだろうと強く感じられた。もし、3.11がなかったら、全然違う最終講義になっていただろうし、私も再会して、講義に出ることもなかっただろう。人生というのは何が起こるかわからないものだ。
国立劇場で、「伊賀越道中双六」の「岡崎」を中心とした通しを見てきた。
これは再演ということになるが、この前のも見た。それは読売演劇大賞を受賞している。相変わらず、岡崎の場面がすさまじい。歌舞伎の数ある演目のなかでも、子供が理不尽に殺されたり、妻が雪の中に放置されたりというところで、一番残酷というか、衝撃的なものだ。
国立なので通しで上演するが、2回とも見て、もう岡崎の場面だけでいい気がする。あまり背景的な説明もいらないだろう。実際、「沼津」の方は、単独で上演されているわけだから。
それに、かたき討ちの相手が実際に出てこない方がいい面もある。今回も錦之助だが、巨悪のイメージがない。それだけの思いをして敵討ちをするのだから、相手は、ひどい悪人、たとえば、幸四郎とか海老蔵とか、そういう役者でないと貫禄負けする。まさか、そんな人たちを出すわけにもいかないのだから、単独で上演すべきだろう。歌舞伎座で見たい。
先日「バイキング」に出演したときお会いした柳川祐二さんから、今月15日に発売になる『永遠のPL学園 60年前のゲームセット』(小学館)が送られてきたので、さっそく読んでみた。
主題はPL教団の野球部ということになるが、そこには当然PL教団のことが深くかかわってくる。教団が、いかに野球部を押し出したか、また、最終的には見捨てることになったのか、そのプロセスがよく分かった。
PL教団は、ひとのみち教団と言っていた戦前にもかなり伸びたし、戦後も公称では200万人の信者を抱える有数な教団に発展した。その力があったからこそ、野球部にも資本が投下され、その強化が図られたわけだが、教団が衰退に向かうと、それができなくなる。そこには、教祖の交代ということもかかわっていて、新宗教教団の裏面史としても読める。とても私には参考になった。
昨日は、江古田の「The MoN桜月流」で開かれた「みつるぎ節会 旧初午と火伏」に参加する。
旧暦で初午を祝うというもので、伏見稲荷大社に関連する行事。京都では、布袋の土人形に火という字を書いて、それを荒神棚に祀ると火伏になるという。それを模したもの。
なぜ布袋なのかを含めさまざまな要素が入っているので、いったい何がもとになっているのかを考えてみると、いろいろと難しいことが出てくる。それだけ、京都の行事は奥が深いということなのだろうが、万事あっさりした関東というか、東京の習俗に慣れていると、とても不思議なものに感じる。
昔は、火ということを恐れる感覚が今よりはるかに強かった。そのために、さまざまな形で火伏ということが行われてきたのだろう。布袋は弥勒菩薩の化身でというのは、黄檗宗の萬福寺にも見られるものだが、どういう経路で初午と結びついたのだろうか。これも不思議だ。
昨日、朝日カルチャー横浜教室での「日本神道史」の講義が9回目になったのだが、その冒頭で、一昨日歌舞伎座で見た「引窓」の話をした。この演目、京都の南、八幡の里が舞台になっている。八幡というのは石清水八幡宮のこと。ここでは、「放生会」という行事が今でも伝えられているが、芝居は、その前日から当日にかけてということになっている。放生会は、神道ではなく、殺生を禁じる仏教の行事で、その点では神仏習合の時代の名残になる。そういうことが分かると、なぜ濡髪長五郎が放免されるのかがわかる。歌舞伎座の舞台では、この濡髪を演じた弥十郎丈がよかった。罪を追っているという点で、与兵衛よりも造形が深いので、実際にはこちらが主役と言えるのだろう。幸四郎は若い。右之助は、再挑戦ということで意気込みはわかるが、まだちょっと空回りのところがある。
次は、「けいせい浜真砂」。要は、「山門」の女版。はじめて見た。藤十郎はあまりに貫禄がありすぎて、「将門」の滝夜叉姫のようだ。
最後は、河東節開曲300年記念ということで、海老蔵の「助六」。やはり海老蔵の助六は、花道がいい。それだけでも満足。雀右衛門の揚巻は、まだスケールが小さい。ほかも、世代交代が部分的に進んでいて、まだ小ぶりの印象を受けた。左團次が、意休をやりすぎて、ちょっと飽きている感じもした。巳之助の福山かつぎは、これはなかなか。
終わってから、階段で地下まで降りたが、すれちがったのは、松竹の安孫子社長ではなかっただろうか。社長でも、やはり階段を使う。当たり前のことで、当たり前でないのかもしれない。
早野龍五さんの初の写真展「之圖」に行ってきた。六本木ヒルズのすぐ近くなので、校正の仕事をしてから寄った。今日は初日で、レセプション。
2階展示替えがあり、早野さんがほぼ毎日撮影し、アップしてきた写真を6年分、2年分ずつに分けて展示するとのこと。よって、現在は、2011年から2012年にかけてのもの。700枚以上が展示されているので、一枚一枚は小さい。しかも、席の奥にあるので、見るのに苦労する。
そのなかに、早野さんご夫婦を義弟のやっていた池袋のトルコ料理の店にご招待したときの写真があった。懐かしい写真だ。
毎日写真を撮り続けるというのは、これ自体かなり大変だ。私など、本を書いている仕事だけだと、格別新しいこともないし、珍しいところに出かけるわけではないので、何を撮ったらいいかわからなくなる。早野さんは大変まめなのだろうと、改めて感心した。
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