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May 2018

May 31, 2018

5月31日(木)拙著『天皇は今でも仏教徒である』をもとにした見解が朝日新聞に掲載された

今日の朝日新聞で、皇室と宗教の問題が扱われている。その記事のなかで、私のコメントが紹介されている。

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実際に記者からインタビューも受けているが、主な論点は、サンガ新書『天皇は今でも仏教徒である』で述べたところ。それをもとにインタビューをされた。

他に原武史氏の見解も紹介されている。


May 30, 2018

5月30日(水)『AIを信じるか、神(アッラー)を信じるか』は明後日発売

6月1日に刊行される祥伝社新書『AIを信じるか、神(アッラー)を信じるか』の見本ができた。

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この本は、AIの提示する答えがブラックボックスに入っていて、因果関係を説明しないというところから発想されたもので、今世界に広がりつつあるイスラム教の神も同じ性格を持つことを指摘するところからはじまる。AIについては、人間の仕事を奪うかどうかといったことに関心が集まっているが、何かを決定する、評価するというところにかかわってきているだけに、これからの影響は大きい。そうしたAIを活用した社会として、意外に先進的なのは中国。中国は自由が規制され、プライバシーということがやかましく言われないので、AIの活用が容易だ。それによって、中国は、デジタルの分野で飛躍的に伸びている。私はそれを「デジタル毛沢東主義」と呼んでみた。

いったこらからの世界はどう変貌していくのか。文明論的な角度から論じたのが今回の本だ。

May 28, 2018

5月28日(月)広野真嗣『消された信仰』は宗教学の先輩宮崎賢太郎氏の見解を批判した興味深い本だった

小学館ノンフィクション大賞を受賞したという広野真嗣氏の『消された信仰ー「最後のかくれキリシタン」長崎・生月島の人々』が仮綴じ本で送られてきた。6月1日に発売になるらしい。

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この本は、一方では、生月島のかくれキリシタンの現状について取材にもとづいて報告したものだが、その一方で、かくれキリシタンのあり方に対して批判的な研究者の見解に疑問を投げかけた、宗教学的にも興味深い考察になっている。

批判の対象になっているのは、私の宗教学研究室の先輩でずっと長崎純心大学で教えてきた宮崎賢太郎氏だ。宮崎氏からはこれも最近『潜伏キリシタンは何を信じていたのか』が送られてきた。宮崎氏はカトリックの信者でもあるので、かくれキリシタンについては、その信仰のあり方を評価していない。これは昔からのことで、それで論争になったこともあった。本来かくれキリシタンは、明治になった時点でカトリックに復帰するべきだったのであり、それができないのは、信仰が変質してしまっているからだというのが、簡単に言えば、宮崎氏の論点だ。

この見方を広野氏は批判しているわけだが、一つ重要なことは、日本にキリスト教の信仰が伝えられた時、宣教師たちはどういう信仰を広めようとしたのかという点だ。現代は合理主義の時代で、とくにカトリックは第二バチカン公会議以降変わった。それまで信者には聖書を読ませなかったし、ミサはラテン語で意味が分からない。修道女も修道院のなかに閉じ込めたままだった。そこでも変わったのだから、16世紀のカトリックの信仰がいかなるものだったのか、それを本来なら検証する必要がある。だが、宮崎氏もそれは行っていない。

当時、キリスト教の信仰を伝えようにも、翻訳の問題があり、仏教用語に頼らざるを得なかった。だから、天国は「後生」と呼ばれていたようだ。少なくとも現代のようなカトリックの信仰が伝えられたわけではない。遠藤周作の小説もそうだが、現代のような信仰が伝えられたことが前提になり、そこで根本的に間違えている。

宮崎氏は、かくれキリシタンは、カトリックに改宗するとたたりが起こると恐れているとしている。そこで非合理だというわけだ。しかし、これは宮崎氏本人から直接聞いたことだが、長崎で水害が起こったとき、水が家の近くまで来たのに、自分の家がそれをまぬかれたのは、信仰によるものだと言っていた。広野氏は、これをどう思うだろうか。


May 27, 2018

5月27日(日)甥が生まれたので対面しに行ってきた

甥が生まれた。正確に言えば、妻の弟の子どもなので、義理の甥ということになる。

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生れたのは、23日なので、まだ4日しか経っていない。行ったら、すやすやと眠っていた。そのあと目覚め、ミルクなどを飲む。まだ、3000グラムもないので小さい。

すでに孫が2人いる私からすれば、甥っ子が生まれるというのは、とても珍しい話になるかもしれない。年の差婚だとそうなるが、妻の弟ももう40歳。子どもができるのが遅かった。

2018年生まれということになると、82歳まで生きれば、22世紀まで生き続けることになる。そう考えると、くらくらしてくる。


May 26, 2018

5月26日(土)Linnの超迅速対応と久しぶりの更科堀井

一昨日の夜、オーディオを立ち上げたら、向かって右のスピーカーから音がでない。しかも、スピーカーはスタンドの上におかれているわけだが、スタンドのスピーカーを支える台のところが、熱くなっている。これは異変ということで、Sound Createに連絡してみると、Lanケーブルを交換して試してみてほしいと言われる。それは試したが、とりあえず電源を落として昨日の朝にもう一度。今度は、両方のスピーカーから音が出ない。スピーカーについてはテストができるのだが、左からは音が出ても、右からは出ない。

そこで、午後にLinnのスタッフに来てもらい、結局、スタンドを交換することになった。通常なら、時間がかかるはずのことなのに、たまたまKatalyst化されたスタンドがあったという、その場で交換してもらう。これで無事に音が出るようになった。たまたま納品があったということも重なり、驚きべき迅速な対応になった。Linnの製品、10年くらい使っているが、今まで一度も問題はなかった。こういうのは珍しいとのこと。

午後は、ヒルズへ行き、敬語関係の難しい論文に目を通す。その後、娘と「更科堀井」へ。実に久しぶり。

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やはりここはうまい。満足して帰るが、乃木坂まで歩いたので、しんどかった。何しろ、ずっとのぼりが続く。

May 25, 2018

5月25日(金)『もう親を捨てるしかない』の韓国語版が出た

幻冬舎新書から出した『もう親を捨てるしかない』が韓国語訳された。5月8日に発売されたようだ。

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私の本の韓国語訳が出るのは、2冊目。1冊目は『人はひとりで死ぬ』だった。ちょうど3.11の直前に出たもので、それで韓国からも取材を受けたように記憶している。

二つの本には共通点がありそうだ。都市化のなかで、家族関係が変化してくるのは韓国も共通していることだろう。それをどのようにとらえ、受け入れていけばいいのか。そうした問題を扱ったものに、韓国から注目が集まるらしい。翻訳でもその問題を論じた本が読みたいというのは、韓国ではまだ分析が進んでいないからだろうか。注目されるところだ。

May 23, 2018

5月23日(水)東京通信大学の科目の収録をした

9月から、新しく開校した東京通信大学で「宗教と社会」の科目を担当することになっている。その収録に昨日、大学の方へ出かけて行った。大学は、西新宿のコクーン・タワーにある。経営母体は、モード学園だ。

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前回、テスト収録をしているので、やり方はわかっているが、本番ははじめて。1回が60分で、それを15分ずつ4講でやることになる。収録は1講ずつ行った。1講が15分。スライドを見せながら解説することになる。

15分といっても、必ずそれに納めなければならないわけではない。多少の前後はかまわない。それでも、全体のバランスを考えれば、15本で行った方がいいだろう。そこがちょっと難しかった。それでも、トータルで62分となり、上出来。

途中、スライドの文字の間違いに気づいて慌てたりしたが、そこも含め、次はもっとうまくやりたいものだ。


May 17, 2018

5月17日(木)幸福の科学の映画『さらば青春、されど青春』を観る

昨日の夕方は新宿へ出て、シネマート新宿で幸福の科学の最新映画『さらば青春、されど青春』を鑑賞した。

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定員が300人を超えるところだが、観客は私を入れて11人ほどとかなり寂しかった。映画の内容は、大川隆法総裁と思しき主人公が大学に入り、宗教家として立つまでの物語。故郷の徳島、川島町も出てくる。

主人公はまじめで、有能。ただ、「イイシラセ」という神からのメッセージが降ったため、宗教家になるべきかどうか苦悩している。実際と違うと思われるのは、父親や兄の描き方。父親の方がもともと宗教に強い関心を持っていたはず。

ただ、映画の展開として問題なのは、主人公の苦悩が、宗教家として立つのを妨げるものが、周囲への配慮だったり、厳しさにかける。ただ、こうした状況は、幸福の科学の一般の会員には近しいものかもしれない。

千眼美子は後半から登場。主人公が名古屋に転勤したとき、同じ職場で出会う。会社を辞めてジャーナリストになりたいという希望をのべるが、総務課のOLという設定とは合わない。まじめに演技しているが、彼女の個性は生きていない。

主人公を演じた、大川総裁の息子、大川宏洋には独特の存在感がある。今は教団から離れて、演劇活動に邁進しているようだが、彼を生かせるような作品に出合えたら、一歩先へ行けるかもしれない。

May 14, 2018

5月14日(月)LinnのKatalystがやってきた

いよいよカタリストが我が家にやってきた。

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作業は、DACの入ったスタンドの部分を交換する形で行われた。外観はまったく変わらない。ただ、裏を見ると、カタリストである証が。

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音を出してみると、一目瞭然。昨日までは何だったのかと思うほど違う。恐ろしい。


May 13, 2018

5月13日(日)歌舞伎座夜の部は時蔵

昨日は、さいたま新都心のNHK文化センターで、神道についての講義をする。前回は時間を変更させてもらったので、少なかったが、今回は15名。教室があまり大きくないので、混んでいるという感じ。神社建築の歴史を追うという話。ただ、建築物以前のことに多くを費やす。

午後は、歌舞伎座へ。先日は昼の部だけだったので、夜の部。

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演目は、弁天小僧、菊畑、喜撰。弁天小僧は、もしかしたら菊五郎最後になるかもしれない。もう弁天小僧そのまま。ただ、五人は、若手3、ベテラン2でバランスが悪い。格の違いがそのまま出てしまっている。

菊畑では、虎蔵初役という時蔵がよかった。牛若丸になってからの品格が違うし、からだの動きが美しい。時蔵見直した。ほかは、全体の配役のバランスが悪い気がする。團蔵の鬼一となると、すごみが足りない。そのなかで、松緑も冴えない。最近の菊畑、淡海の配役に相当苦労している様子。

最後は、喜撰。菊之助がはじめて踊ったようだが、なんだかよく分からなかった。中途半端。この踊りはかなり難しいのだろうが、要点をつかんでいない気がした。

終わってから、妻と歌舞伎座近くのバルでワイン。


May 11, 2018

5月11日(金)新開店した「音吉メグ」に行ってみた

昨日は週に一度の大学。大学が終わった後、吉祥寺まで歩いて、ディスクユニオンへ。そこで、チャーリー・ヘイデンのカルテット・ウエスト、「イン・エンゼル・シティー」を買う。

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それをもって、新開店した「音吉メグ」へ行ってみる。昨日は、オーディオの日とか。店のなかには、前と同様にアヴァンギャルドが鎮座しているので、違う店という感じがしないところがあった。システムはいろいろと複雑。アバンギャルドだけではなく、他のスピーカーもなっている。面白いのは、ハイレゾ再生の仕組み。バッテリー駆動のプレーヤーが使われていた。

「イン・エンゼル・シティー」もかけてもらったが、これがなかなかいい音でなった。残念なのは、光カートリッジが故障中で、代わりのものでアナログ・ディスクをかけていたところ。きっともっといい音がするのだろう。


May 07, 2018

5月7日(月)團菊祭昼の部へ行く

今日は歌舞伎座昼の部へ行ってきた。

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12代目市川團十郎5年祭ということで、昼の部の最初は「雷神不動北山桜」の通し。これ3回目だろうか。「毛抜」「鳴神」「不動」といった歌舞伎18番が次々に出てくる、いわば海老蔵のワンマンショー。前とは少し変わっているような気もした。はっきりした記憶がない。

いちばんよかったのは、菊之助の雲絶間姫。けっこう色気があり、鳴神上人が堕落するのももっともかと感じさせた。海老蔵は、ちょっとそれに押され気味。「毛抜」も実におおらかで、ごきげんに花道を下がっていったが、もう少し人間離れしてもいい。

「不動」は、いつものように空中浮遊。同じときに観劇していた早野龍五さんの話では、最前列からお賽銭が投げられたとのこと。すでに海老蔵は仏だ。二階のロビーには、成田さんからお不動さんが勧請されていた。


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帰るときに、夜の部も見るという早野さんに近刊『京都がなぜいちあんなのか』をお渡しする。

May 01, 2018

5月1日(火)大嘗祭とは何なのか

神道コンシェルジュ講座で、大嘗祭について3回やってみた。途中、天皇が神に対して神饌を捧げる場面を実演してみたりもした。天皇の代替わりに一度だけ行われる儀礼だけに、規模が大きく、その全容をつかむことは難しいので、都合3回をかけたことになる。

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大嘗祭については、折口信夫の「大嘗祭の本義」という論文が有名で、そこでは天皇霊のことが出てくる。もっとも肝要な儀式は、この天皇霊を受け継いでいることにあるというのだ。

現在では、折口説を否定する見解が多い。大嘗祭に先立つ譲国儀や即位儀において皇位の継承がなされるなら、改めて大嘗祭でそれを行う意味はない。そういうことになるのだろうが、真床御衾のある神座が何なのか、その説明が難しい。

大嘗祭は長く受け継がれるなかで、当初の形が変わり、中国式の儀礼の要素が入ってきたりしているので、それで全体の意味が分かりにくくなっているところがある。

さらに、京都から東京に斎場が移されることで起こった変化もある。いったいこれは何の儀礼なのか。現代のいて意味を持つのか。そこからして議論をする必要があることを感じた。


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